101 『水』が合わない
気持ちを切り替えて自分を鍛え直すことにした了大。
そこに愛魚が現れて、また別な次元への移動を提案します。
中庭に来た。
呼び出されていた教師は……アウグスタさんだった。
「熟考の悪魔たる、このアウグスタにお任せください」
アウグスタさんから教えてもらった《思考速度有意向上》と《動体視力有意向上》は有用だけど、二周目の最後の出来事がショックだったりそれ以降の周回ではやさぐれていたりで、少し忘れかけていた。
僕のことを覚えていないアウグスタさんに合わせる意味でも、最初からやり直そう。
「トニトルスさんは来てくれなかったのか」
「ふむ。雷のくちばしことトニトルス・ベックスですか。私では彼女に劣るとお考えで?」
「いや! そうじゃなくて」
いけない、いけない。
トニトルスさんのことがついつい口に出ちゃった。
これはアウグスタさんに失礼だったな。
「すいません、決してそういうわけじゃないんです。というより……」
とはいえ、アルブムを敵に回すなら、トニトルスさんも敵になっちゃう可能性が高いだろう。
そうそう全員にいい顔ばかりはできないから、仕方がない。
それを思えば、アウグスタさんの方がいいかもしれない。
「……アウグスタさんが教師についてくれるなら、トニトルスさんよりも安心かなって」
「は……」
二周目では逃げられちゃったけど、敵としてドラゴンが揃い踏みのあの状況なら仕方なかっただろう。
勝算がなかった僕の責任だ。
……ベルリネッタさんも、そうなのかな……?
「……はァー! リョウタ様、可愛いっ!」
ちょっと、可愛いって!
今のどこでそういう話になるかな!?
「あどけないながらもどこか寂しげな眼差しに、物憂げな微笑! 可愛らしいったらありませんよ、もう!」
うーん?
やさぐれてた周回じゃ、誰もそんなこと言わなかったのにな。
よくわからないセンスだ。
でも、寂しげと言われてみると、確かに寂しい気持ちは少しある。
あの二周目も最初はアウグスタさんに色々教えてもらって順調で楽しかったし、フリューや寺林さんを死なせずにすんでいたし、悪いことばかりじゃなかったけど……
それを今のアウグスタさんは覚えてないからね。
「ん……そうそう、リョウタ様。いくら専属教師とはいえ、私相手に『さん』付けや敬語は無用に願います。他の者に示しをつけることもお考えください」
アウグスタさん……アウグスタはそういうところもよく考えて立ち回る。
熟考の悪魔の面目躍如。
そしてしばらく時間をかけて、地道な修行を最初からやり直して《思考速度有意向上》と《動体視力有意向上》を改めて修得した。
向上の『倍率』は今後の課題だけど。
そうして過ごして今は七月上旬。
あっちの学校のテスト対策は別にいいや。
問題は何周しても全部、細かい違いはさておき出題範囲と傾向は同じだった。
むしろ変にいい点を取りすぎると、不正行為疑惑が持ち上がるから面倒になる。
程よくそれなりでいい。
でも、ここでそんなことはどうでもよくなる、これまでとは違う問題が持ち上がった。
アウグスタと《書庫》で呪文書を読んでいた時のこと。
「時に、リョウタ様。こうして職務に忠実に、専属教師として惜しみなく明かし、教えるこの私は……よくやっているとお考えになりません?」
「アウグスタはよくしてくれてると思うよ。もちろん、それは間違いないと思う」
「ありがとうございます。ですが、よく働く忠臣には言葉だけではなく、それに応じた褒賞があってしかるべきでは……ともお考えいただけませんか」
褒賞。
確かに、僕の初歩的な質問にわかりやすく答えたり、新しい呪文を教えたりしてくれるアウグスタに何かご褒美を出すのは、おかしいことじゃないと思う。
ずるいとかずるくないとかじゃなくて、働きに応じた役得があるべきだろう。
と思ったものの。
「ご褒美か……それはかまわないよ。でも僕は財務関係をまるごと委任しちゃってて、よくわかんないんだよね。何が動かせるのか、というか真魔王城ってそもそも、貨幣を使ってるところを見たことがない気がする」
「金子が欲しいのではありませんよ、リョウタ様」
報奨金を出そうとして、僕の裁量で出せるのかな……と思ったら、お金の話じゃなかった。
お金じゃないならもしかして、ロールプレイングゲームによくありがちなアレか。
「お金じゃ買えないもので、欲しいアイテムでもあるの? そういうのを扱ってるのは誰だっけ、凰蘭さんあたり?」
「財宝が欲しいのでもありません。もっと違う角度からお考えください」
魔王の城とかラストダンジョンとかにしかない、レアなアイテムがいいのかと思ったけど、これも違った。
金銀財宝なんかじゃ動かないっていうのはいいけど、じゃあどうしたらいいのか。
「じゃあ何が欲しいの? 言ってもらえないとわからないや」
「……リョウタ様」
え、アウグスタの僕を見る目が熱っぽい?
まさか。
「リョウタ様が欲しいのです! もちろん、独占や束縛などできると考えてはおりません。ですが! ですがせめて、たまには褥にお招きくださってもよろしいではありませんか!?」
「ちょ、ちょっと待って!?」
まさかというかやっぱりというか、こうなるのか。
僕のどこがいいんだろうな……魔王輪の魔力かな?
だとしたらそれもそれで寂しいんだけど。
いや、今は……この周回はそれよりもっと大事なことがある。
「それだけはごめん。僕は愛魚ちゃんを裏切ることはできないよ」
それをやってしまったら、愛魚ちゃんに顔向けできない。
僕は裏切り者になるのは死んでも嫌なんだ。
そう。
相手はその気なのに僕が手を出すわけにはいかないというのは、これまでになかった問題と言える。
させてくれるからしちゃいましょう、で流されてちゃダメなんだから。
「むう、噂に違わぬ意志の固さですね。マナナさんが羨ましいですよ」
「アウグスタに魅力がないっていうわけじゃないんだ。それとこれとは別問題ってだけで」
せめてフォローは入れておく。
愛魚ちゃんがいなかったら、アウグスタが一番になることだってないとは言い切れないもの。
僕を裏切らない限りは……ね。
「あ、了大くん! ここにいた!」
そんな話をしてたら、愛魚ちゃんが来た。
僕を探してた感じかな。
「了大くん、助けて! もう限界!」
「げ、限界!?」
愛魚ちゃんに何が起きたんだ。
まさか学校のテストごときは問題ないと思うけど、それなら何か別の話か。
僕の行動がこれまでと違うから、これまでと違って勇者が……寺林さんがいつもより早く送り込まれてきたとか!?
「皆して、了大くんと仲良くするのに私の許可を得ようとするの! 了大くんが私のためにどんな女の子のお誘いも断ってるって聞いて、じゃあ私に許可を取ればいいじゃない、って話になっちゃってる……」
「何それ!?」
そんなことが起きてるのか。
僕としてはそういう問題じゃなかったのに、僕の知らないところで変な方向に話がふくらんでるぞ。
困ったな。
「いや、盲点でしたね。なるほど確かにリョウタ様はマナナさんに操を立てて『マナナさんに対する裏切り行為』を忌避していらっしゃいます。それならば『裏切り行為』に該当しないよう、あらかじめ『公認』を得ておきたいと考えるのも、不思議ではありません」
アウグスタに分析された。
公認……側室とか愛人とかってことか。
思えば最初のベルリネッタさんも、学校で富田さんに『愛人宣言じゃん!』って言われてたっけ。
時間を何周も重ねて、ずっと前の出来事のはずなのに、今でも思い出せちゃった。
ちょっと心がじくじくする。
「了大くんがそれだけ私のことを思ってくれるのは嬉しいけど、こうなっちゃうと話が別というか……真魔王城がこういう場所だなんて思ってなかったから、今は《水が合わない》というか……」
えー……それじゃあどうしよう。
だからって他の子に手をつけちゃうのは、愛魚ちゃんが嫌な気分になるだろうし。
僕も今はそういう気になれないし。
「……むしろ、今は了大くんを母さんに会わせたいの」
「母さん?」
愛魚ちゃんのお母さん。
そういえば一度も会ったことがないぞ。
周回しても何をしても、一度も見かけなかったし、それどころか話すら出てなかったし。
「で、母さんのいる次元に……《イル・ブラウヴァーグ/L'île Bleu Vague》に来てほしいの」
「ほう、イル・ブラウヴァーグですか」
イル・ブラウヴァーグ……?
どういうところだろう。
「マナナさんたち《水に棲む者たち》の起源となる次元で『青い波の島』という意味の名の通り、見渡す限りの海……およそ九割は水という次元ですね。残り一割が島で、淡水の生き物はその島の中で川や沼に棲んでいるというところですか」
「そう考えてもらって大丈夫です。説明ありがとうございます、アウグスタさん」
アウグスタの説明に愛魚ちゃんが太鼓判を押して、大体のところはわかった。
そこに愛魚ちゃんのお母さんがいるのか。
それじゃ、行ってみよう!
到着……しまった!
乗り物も何もない状態で、海の真っ只中じゃないか!?
「ここは私にお任せを。《泡の力場/Bubble Field》」
アウグスタの呪文で、僕と愛魚ちゃんとアウグスタと三人で泡に包まれた。
大きさも十分で、狭苦しくは感じない。
呪文でできた泡が着水して、割れずに僕たちを波に乗せる。
「ありがとう、アウグスタ」
「いえいえ、可愛いリョウタ様のためでしたら、お安い御用ですよ」
うっ……そういうことは言わないでほしい。
愛魚ちゃんの視線が……
「?」
……あれ、なんか愛魚ちゃんが普通だ。
怒ってるわけじゃないのか。
「了大くんがモテモテなのは、私の許可を得ようとしてきた子たちの人数で察してたけど……アウグスタさんもとは……」
「当たり前です。だからこその専属教師とお考えください」
いや、専属教師だろうとなんだろうと、愛魚ちゃんを裏切って手をつけることはないぞ。
そこは譲れない。
そんな話をしているうちに、波に揺られて島に着いた。
この島の中に、愛魚ちゃんのお母さんがいるのか?
しばらく歩く。
やたら大きい建物が見えてきた。
「あのお城に母さんがいるの。話はつけてあるから、入りましょう」
城……こっちの次元なりの魔王城なのかな。
まあ、そりゃ海の真っ只中に城を建てるのは面倒だからね。
マクストリィの現代科学でも、フロートとか油田とかの建設は大工事だから。
そんなことを考えながら城門にいる門番に話しかける。
さすがにヴィランヴィーの真魔王城のように女だらけということはなく、普通に……普通に?
マッチョの男性だった。
「これは愛魚様、ようこそおいでくださいました。陛下より命じられております。どうぞ、お通りください」
顔パス。
愛魚ちゃん、すごいな。
陛下……おそらく城主、ここの魔王か。
そういう相手に顔が利くんだな。
城内も迷わず通って、なんだか大きくて豪華な部屋に着いた。
どういう部屋だろう。
「なるほど、ここは謁見の間ですね。ここの魔王にお目通りとなれば、ひざまづいてご出座を待ちましょう」
謁見。
王様に会うってことはそういうことか。
ここは言われたとおりにしよう。
「魔王セヴリーヌ様、ご出座!」
顔を上げなさいって言われるまで、顔を上げちゃいけないんだっけ。
謁見って、実はこれまではどっちかと言うと『王様側』でいたからな。
「ようこそお越しくださいました。さ、お顔をお上げになって」
で、顔を上げる、と。
すると玉座には優雅な美女が腰を下ろしていた。
ここの魔王は女性なのか。
「ヴィランヴィーの魔王、真殿了大さんですね。私はセヴリーヌ。この次元、イル・ブラウヴァーグの魔王です」
セヴリーヌ様。
ストレートな長髪の前髪は真ん中で分けて、左右に長く飛び出している。
ちょっと何か、髭っぽいかも……なんちゃって。
もちろんそんなことは口に出しては言わないけどね。
「我が娘、愛魚がどのような男性を選んだのか、是非ともお会いしたいと思いまして」
む、娘!?
魔王セヴリーヌ様の娘なのか、愛魚ちゃんは!
ということは、アランさんは……?
「夫……いえ、アランとの暮らしはどうしても《水が合わない》と感じてこうして別居していますが、アランが愛魚をどう育てたか……それはいつでも気にしておりましたよ」
別居か。
夫婦間に何があったんだろう。
それは聞いちゃダメだな。
「さて、愛魚。了大さんとここで暮らしたいのなら、いくつかの条件があります」
「はい」
愛魚ちゃんは僕とこっちの次元で……イル・ブラウヴァーグで暮らしたいと思ってるのか。
でも、条件って何だろう?
「愛魚。生涯を共にしたいのであれば、いつか必ず直面する問題です。それは、その『いつか』が『今』であっても同じこと。さあ、まず条件がひとつ……今ここで、真の姿をお見せなさい、了大さんに!」
「っ……」
そうか、愛魚ちゃんのいつもの姿も《形態収斂》で変化させてるだけだから、別の姿、真の姿がある。
それを僕はまだ見たことがない。
僕がそれを見てもなお変わらない気持ちでいられるか、逃げずに愛魚ちゃんと向き合えるか。
今、まさに試されている。
◎水が合わない
その土地の環境になじめないことを指して言う。
淡水と海水の違いやミネラル分が多いか少ないかなど、実際に水質が論点になることはもちろんある。
また、転じて、集団や組織などに適応できないことについても使う言葉。
イル・ブラウヴァーグは《水に棲む者たち》の起源となる次元です。
ここに関連する説明描写がちょっと多めにありますが、愛魚個別ルートのために必要として容認し、尺を割きました。
次回は了大と愛魚の絆が試される試練の話になります。




