表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/223

99 可愛さ余って『憎さ』百倍

ここから再起編。

絶望したりやさぐれてたりしていた了大ですが、これまでとは違う角度からの交流を各ヒロインと重ねて、トゥルーエンドに近づいて行きます。

……ひたすら堕落した生活を送って、十周以上……二十周まではしてないと思うけど、時間を繰り返した。

落ちるところまで落ちた感じがした。

真魔王城にいる女をほぼ全員食い散らかして女遊びに明け暮れてたのもダメだったけど、周回(ループ)で得られる情報を悪用して、番号を予想するタイプのくじで一等を当てて大金を得た時が特にダメだった。

キャリーオーバー……繰り越し金も合わせて、三億円。

金に目がくらんで、自分どころか家族全員で仲良く堕落して家庭崩壊。

実の親ながらあの様子は見苦しかった。

……とはいえ、そのおかげで堕落した自分を省みることができたという意味では、完全に無駄なわけじゃなかったか。

ヴィランヴィーの真魔王城に行かなかったら、アルブムは僕の故郷である電子文明の次元、マクストリィに来る。

そして、僕の家族を巻き添えにしてもお構いなし。

場合によっては家族全員で仲良く皆殺しにされたりもした。

そして今はまた学校の保健室。

もう一度、初めからやり直しだ。




教室に戻る。

深海さんが授業の範囲を教えてくれる。


「……ありがとう」

「う、ううん、いいのよ!?」


深海さんはどの周回においても、アルブムに支配されない限り絶対に僕の味方でいてくれて、僕を好きでいてくれた。

こんな僕なんかに、ありがたいことだ。


「よう、真殿……いててっ!」

「返せよ」


不良グループのボス猿が僕のスマホを盗んでるのも、周回に関係なく毎度のことだ。

周回の『起点』より先に、事に及んでたんだろう。

でもまあ、些細なことだ。

こうして簡単に取り返せる。


「ほんの軽い気持ちだったんだろ? ちょっとした出来心だったんだろ? きちんと謝ってくれれば許すよ」


やんわりと視線に魔力を込めた《凝視(ゲイズ)》。

後ろに控えてる子分猿にも同様に。

やさぐれてた周回じゃ、半殺しにして病院送りにしたこともあったな。

停学処分になって後が面倒だったから、匙加減が難しい。


「あ、ああ……悪かったよ」

「うん、よし。二度とやるなよ」


こいつらに八つ当たりしても、アルブムに勝てるわけじゃない。

パターンを見切って最小限の対応で手間を省こう。




さて、真魔王城に行くか。

ベルリネッタ……ベルリネッタさんに会うのはつらいけど、行かないと家族が巻き添えを食らう。

戦いの場所はヴィランヴィーだ。

その前に、心療内科にも行こう。

ベルソムラとサインバルタが欲しい。

心療内科というのは予約が必須な上に意外と枠がすぐ埋まるらしく、次の金曜日がすぐ空いてるのはむしろ運がいい方だというのが、周回を重ねてみてわかった。

皆、心に何かしらの悩みや重圧を抱えてるんだな。


「真殿くん、具合悪いの?」

「……ちょっと不眠症気味かな」


処方箋通りに薬を出してもらったところで、深海さんに会った。

後を尾行(つけ)てきてたな。


「大変だね……ね、明日から土日だから、気晴らしに出かけない? すごいところを知ってるの」


心療内科にかかるようになってから、この導入案も毎回になった。

深海さんはサプライズのつもりで仕掛けてるけど、僕にとっては毎回のパターンだ。

行くぞ、真魔王城!




ここは何回来ても変わらない。

今は歴代制服の復刻イベントはやってないみたいだな。

露出度を抑えたヴィクトリアンメイドだ。

それでいいし、それがいい。

深海さんと一緒に来てるからなおさらだ。


「メイドの統括責任者をしております、ベルリネッタと申します」


ベルリネッタさんだ。

僕はこの人を、また信じられるようになるだろうか。

わからない。

今は……まだ、怖い。


「ああ、テスタロッサさんね」

「ベルリネッタです」


わざと間違えてみる。

もう眼光がキツい……吐きそう。


「すごいでしょ。お城で城主様体験」

「うん……」


夕食を出されたけど、やっぱりいまひとつ食べる量が減った。

もちろん、料理が美味しくないわけじゃない。

僕の精神的にね。


「本日はこちらにお泊まりくださいませ」


入浴も済ませて、あとはもう寝るだけ。

個人的にはすっかりおなじみになった王様ベッドだ。

愛魚ちゃんは帰ったのか客間を割り当てられたのか、ここにはいない。


「ところで……メイドに誰か、気に入った者や気になった者はおりませんでしたか?」


ベルリネッタさんの雰囲気が変わる。

この感じは……やさぐれてた周回でも見た。

女をあてがうことで、僕を飼い慣らそうとしてる。


「いたら、どうなんです」

「お申し付けくださいましたら、ここに来させて(とぎ)をさせることもできますよ」


ベルリネッタさんの顔を見る。

表情には出さなくても、釣り針を垂らした釣り人のようだ。

針を隠した餌をちらつかせて、食い付くのを待ってる。


「……あなたでも?」

「ええ。わたくしではご不満でしょうか?」


それも撒き餌だ。

甘い言葉をばらまいて、食い付くという行為への抵抗感をなくさせてから、針を食わせて釣り上げる。

そこに、僕が望んだ熱い心はない。


「夜はゆっくり眠りたいんですよ」

「お一人では、淋しくありません?」


一人で眠る淋しさは、どこにいても同じだろう。

淋しさは否定できないけど……


「寝首をかかれるくらいなら、一人で寝ますよ」

「まあッ」


……愛されない空しさよりは、まだマシだ。

夜の誘いを断って、誰も寝室に入れさせないように言いつけて、一人のベッドに潜り込んで目を閉じた。

こうして心がすれ違うと、つくづく思う。

あの頃の……最初のベルリネッタさんが欲しい。

今でも欲しい。

楽しかったあの時間のことを思うと、泣きたくなる。

もしも、最初からベルリネッタさんに会わなければ……なんて考えさえも浮かんでくる。

そして眠れない。

やっぱり不眠症だ。

薬を飲んで、無理にでも眠りに入った。




……気がつくと、場面が変わったように昼間のラウンジにいた。

どこかふわふわした感覚の中、不思議と『これは夢だな』と認識できてしまった。

明晰夢、って言ったかな。


「りょうた様、お茶を用意いたしました」


振り向くと、ベルリネッタさんがいた。

紅茶を淹れてくれたところだ。

もちろん、ありがたくいただく。


「美味しいですよ。ありがとうございます」

「恐縮です。ふふ……♪」


メイドとしてつとめて冷静なようでも、嬉しそうな微笑みがわずかにこぼれる。

あの日、最初の時間の中に消えてしまった、儚い一瞬。

僕だけしか覚えていない、僕だけのベルリネッタさんだ。

あの時のまま、止まったまま……

ベルリネッタさんが夢に出て、夢の中では何も変わらないのは……

それは、僕の心が止まったまま、あの時間に囚われているからだろう。

いっそ綺麗に忘れてしまえたら、こんなに苦しくはないのに。

この夢の『続き』を望むことも、なくなるのに……




体を揺すられて、目が覚める。

わかっていたけど、あれは夢。

現実の僕は、王様ベッドの中だ。


「起きてくださいませ」


ベルリネッタさんが僕を起こしに来ていた。

眠気はさっぱりなくなっていた。

不眠症の心を薬で眠らせていただけだったんだから、薬の効き目が切れればそんなものか。


「朝食の支度ができております」


スライスした肉と野菜を挟んだサンドイッチ。

程よく脂が乗っていて、パサパサでもなく重すぎでもなく。

美味しい。


「お茶を……淹れてくれませんか」


食後のお茶を頼んでみる。

程なくして、紅茶が用意された。

ありがたくいただく。


「美味しいですよ。ありがとうございます」

「恐縮です」


ベルリネッタさんはメイドとしてつとめて冷静に職務をこなしている。

事務的という言葉しか選べないほどに。

間違っても、微笑みがこぼれる(・・・・・・・・)ことなんかない。


「ふうー……」


紅茶の味は変わらない。

変わってしまったのは、関係性と心だ。

心……

そう言えば、深海さんはどうしたんだろう。

今日は姿を見てない。

元々の次元のマクストリィも、土日のはずだから学校じゃないとは思うけど。


「本日は、以前定められていた過去の制服をごらんいただきます。良いと思われましたものは復刻として着用を継続させますので、お気軽にお申し付けくださいませ」


過去の制服の復刻イベント……

そういうのもあったな。

何人ものメイドが代わる代わる目の前に現れて、大きく開けた胸元だとか、丈の短いスカートから太股だとかをアピールしてくる。

そんな破廉恥な服だと、仕事がしづらいだろうに。

いや……僕の気を引くことこそが仕事と言い付けられているのかもな。

そこまで裏事情が見えてしまうと、何を着ていても風俗嬢か何かに見えてしまいそうだ。


「おや、お気に召さないご様子でしょうか。わたくしも着替えてまいりますので、もっとよくごらんくださいませ」


慌てるでも恥ずかしがるでもない僕に向けてさらにメイドをけしかけながら、着替えて来ると言ってベルリネッタさんがその場を離れた。

何を着て見せるつもりだ……?

しばらくメイドたちを……候狼さんや猟狐さんもいたのを捌いていると、ベルリネッタさんが戻ってきた。


「お待たせいたしました。こちらなどはいかがでしょうか」

「……は?」


ほとんど裸の上半身。

バストはハートマークを貼り付けて、辛うじて先端だけは隠しているけど、あとは丸見え。

スカートはこれまた短めな上に、生地が透けているから中の肢体が見えるつくり。

下着も着けていない。

バストと似たようなハートを貼り付けているだけ。

申し訳程度の衣類をつなぐチェーンにはプレートが付いていて、そこには《For You》……あなたのために、というような意味合いの文字が彫られていた。

もうどこから見てもメイドとは思えない。

センスのない風俗嬢だ。


「刺激的過ぎましたか? いえ、よろしいのですよ。お望みでしたら毎日でも着用いたしますし、これからすぐにでもお相手させていただきますから」


そんなはしたない格好を誇示しては、僕にしなだれかかってくるベルリネッタさん。

あんまりだ。

悪い冗談にも程がある。

そんな商売女の真似事をしてまで、僕をたぶらかして堕落させたいのか。

嫌だ。

もうやめてくれ。

これ以上……


「ふざけるな! そうやって色気を使えば、僕なんか簡単になびくと思ってるんだろう! 僕を……僕をバカにして……いい加減にしろ!」


……これ以上、僕を失望させないでくれ!

こうなるともう《可愛さ余って憎さ百倍》。

激情のままにベルリネッタさんを振り払って、その場を離れた。

何なんだ、このイライラは。

吐き気がする。




中庭で休憩。

気持ちを落ち着けて、切り替える。

吐き気もおさまった後で、さっきの出来事を知らないメイドを呼びつけた。


「もう、いっそベルリネッタさんの首、取っちゃいます?」

「君じゃたぶん取れない上に、あの人は首が取れたくらいじゃ殺せないと思うよ」


この子は《首里(しゅり)》さん。

前々から見覚えだけはあった《首狩り兎(ヘッドハントバニー)/Headhunt Bunny》で、やさぐれてた周回の時に手をつけて名前を覚えた。


「メイドの服装は悪ふざけ厳禁、肌の露出を控えたヴィクトリアンメイドで慎ましく過ごせって、メイドの皆に連絡しておいて。魔王の命令だよって」


制服復刻イベントの『審査結果』的な話をし忘れていたのを思い出して、それを伝えに行かせる。

今回はただの伝言役だけ。

物騒でも卑猥でもなんでもない、ちょっとした雑用だ。


「委細承知。言うこと聞かない悪い子は首をはねちゃいますね!」

「いや、はねなくていいから」


この首里さん、かわいいし巨乳だし仕事もできるんだけど、何かにつけて『首をはねる』とか『首を置いてけ』とか言い出すのが物騒なのと、ベッドに呼んでスイッチが入ったら底なしに淫乱なのとで、やや扱いが難しい。

今回みたいな、当たり障りのない雑用は頼めるけど。


「それじゃ、行ってきます」

「よろしくお願い、ね」


ベルリネッタさんたちのところへ行こうとした首里さんが、急に足を止めた。

と思ったら、僕に耳打ち。

何だろう?


「了大さま。『よろしくお願いします』と『やらしくおねだりします』って、似てると思いません?」

「そういうの今はいいから。行ってきて!」

「はーい♪」


首里さんがいなくなったところで……深海さんが現れた。

悲しそうな表情だ。

どうしたんだろう。


「真殿くんは……ああいう、積極的な子がいいの?」


そういうことか。

さっきの僕と首里さんの様子を見てたんだな。

耳打ちなんて、いかにも親しそうだったからね。


「そうじゃないよ。僕が好きなのは……」


ここは深海さんを安心させておこう。

瞳を見つめる。


「僕が好きなのは、僕を裏切らない人」

「裏切り……?」


アルブムの《服従の凝視》で支配された場合を別にすれば、深海さんは絶対に僕のことを好きでいてくれた。

僕を裏切らない、僕から離れない、僕を癒そうとしてくれる真心。

この人がいれば。

深海さんが……いや、他人行儀はよそう。

愛魚ちゃんがいれば、きっと僕は先に進める。

すぐには無理でも、いつかは最初の時間への未練を断ち切って、止まったままの心がまた動き出せると思う。

だから。


「だから……まずは交際からで、僕とお付き合いしてほしいんだ」


それには自分の意志で、未来を選ぶんだ。

愛魚ちゃんと手を取り合って、二人で先に進むんだ。


「……やっと、言ってもらえた」


はにかんだ愛魚ちゃんの口から、いつか聞いた言葉が聞こえた瞬間。

深海さんの細い指が、僕の指に触れた。




◎可愛さ余って憎さ百倍

それまではかわいい、愛しいと心から思っていた相手ほど、いったん憎いと思い始めると、反動で憎しみの気持ちが猛烈に強くなってしまうこと。


了大はこの周回では、愛魚との交際をやり直すことを選びました。

ギャルゲー的な言い方をすると、ヒロイン個別ルートに突入して行く感じです。

次回から愛魚ルート編。

水棲軍団のルーツになる別次元や、愛魚の母も出てきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ