97 面従『腹背』
とうとうアルブムとの二度目の対決。
しかし、様子があちこちおかしくて……?
そして、忘年会に行こうというところで。
いよいよあの人が来た。
「真殿了大さま、お初にお目もじいたします。私は《鉄の戦慄》と申します」
アイアンドレッド。
彼女とヴァンダイミアムの動向が、この先の展開について重要な役割を持つ。
「あなたは、これから起こる出来事、今後あなたが立ち向かうべき敵を、ご存知ですか?」
これから起こる出来事と敵。
そんなの決まってる。
あいつだ。
「ああ。あの忌々しいアルブムに勝たないといけないからね、君とも初めましてじゃないし、できるだけ鍛えてるし」
「あなたは『最初』ではないということなのですね」
あなたが最初とか最初ではないとかって、そういう意味か。
二周目だからね。
この後はまたスティールウィルに会うことになるかな。
彼が勝てるように助けてみるのもいい。
「後で来てくれるんだよね?」
「必要であり可能であれば、ですね」
そうか、そもそも今度こそスティールウィルが勝てばいいだけのことでもあるか。
僕はどうしようかな。
「何か僕から、助けられることはある?」
「いえ……今回は特には」
スティールウィルにも何か秘策があるとか……もしかしたら、彼にも前回の記憶があるとか?
まあ、僕の助けはいらないというなら、余計なことはしない方がいいかな。
そして忘年会で息抜きしたり、更に修行を積んだりして過ごす。
前回通りなら、そろそろスティールウィルが負けて、アイアンドレッドがユニットを持ってくる頃だ。
そろそろ……
「リョウタ様? お話にあったヴァンダイミアムの使者、来る様子がありませんが。本当に来るとお考えで?」
「来るはずなんだよ……そろそろ来る、はず……」
……来ない。
どうなってるんだろう。
そう言えば、立待月にも会ってないぞ。
ベルリネッタさんに聞いてみる。
「立待月さん? ああ、彼女は起きませんよ。起こそうにも、わたくしでも入れない部屋ですので」
どうして起きて来ないんだろう。
僕の行動や展開が変わったせいか?
わからない。
どんどん不安になる。
出て来ないと言えば、確認してなかったことがある。
「カエルレウムは……また引きこもってるのか?」
今回では、カエルレウムにも会ってなかった。
慌てて部屋を訪ねて、呼んでも開けてもらえない。
当然か。
でも今は緊急時、言い訳は後だ。
魔王の権限で強制開錠!
「……そんな」
いない。
そこにカエルレウムはいなかった。
それだけじゃない。
部屋の中には、あるひとつを除いて何もなかった。
テレビも、ゲーム機も、ゲームソフトも、それらを納めていた棚も、その他の家具でさえも。
唯一、この部屋から持ち出せないようになっている《魔力変換電力装置》が、空しくも淡く光るだけ。
それ以外は何も残さずに、カエルレウムは忽然といなくなってしまっていた。
あまりの落差に愕然とさせられて、ついついあの頃を思い出す。
「りょーた! 今日はこれで遊ぼう!」
無邪気な笑顔。
型落ちのレトロゲームたち。
僕と通じ合っていた心。
前回のカエルレウムを思い出すと、なおさらその差に打ちのめされる。
カエルレウムがいなくなったことを思い出しながら、自宅でファイダイにログイン。
りっきーさんと……ルブルムと話がしたい。
フレンドから来てるポイント……エールを確認して……
「あれ……ない」
来てない。
りっきーさんからと表記されたエールは届いてない。
全部、他のフレンドからだ。
こっちからエールを送ってみようと、フレンド一覧からりっきーさんを探す。
『最終ログイン:43日前』
りっきーさんの名前の下に、前回のログインから何日経ったかの表記を見て、また愕然とさせられる。
ここ最近一ヶ月以上ログインしていないという意味だ。
「りょーくん、勉強は見てあげられないけど、他のことは相談してね?」
ファイダイをやめて、僕に関わるのもやめたのか。
りっきーさん……ルブルム……
「ちくしょうッ……!」
悔しい。
アルブムさえ……あいつさえいなければ、あの時間を失わずに済んだのに……!
アイアンドレッドにも立待月にも会えないまま時間が過ぎて、もういつ襲撃を受けてもおかしくないくらいの時期になった。
連絡がつかない《龍の血統の者》は、もう間違いなく全員敵になると考えなきゃいけないだろう。
それどころか、今回は凰蘭さんと鳳椿さんにも連絡がつかない。
本当に勝てるだろうか。
嫌な予感がしてくる。
でも、今度こそ勝たなきゃ。
会議室に集まって、作戦会議を開く。
「ベルリネッタさん。相手はアルブムです。《服従の凝視》を仕掛けてきますけど、どうか気を確かに持って、僕の味方でいてください」
「……ええ」
よく思い出せ。
たしか……『立待月は、真魔王城の機能について魔王と同格に最優先の権限を持つ』だったかな。
同格ということは、立待月が僕以上なわけじゃないということ。
僕が機能を掌握して、彼女が起きて来ないなら、真魔王城の設備は全部僕の操作が最優先だ。
「城内の機能は、操作関係を全部こっちにもらう。これでマップを出して、固有パターンで識別と現在位置把握、だったかな」
せめて、できるだけのことをやるしかない。
前回を参考に指示を出してみよう。
「結局は僕の魔王輪が目的……下手に散っても各個撃破される。浴場に陣取って、水が使いやすいようにするよ。それで愛魚ちゃんとエギュイーユはかなり戦いやすくなるはずだ」
「わかった!」
「ありがとうございます」
前回は愛魚ちゃんとアイアンドレッドがよく連携してくれた。
今回はエギュイーユの弓術がその代わりだ。
「アルブムは《服従の凝視》で精神に干渉してくる。それの解除をさせられなくなるように、ヴァイスは真っ先に狙われるから注意して。フリューとアウグスタも、それでいいね」
「あたしが鍵ですか!? 緊張しますねえ……」
「しょうがないわね。指図されてあげるわ」
「考えなしに逃げるよりは、その方がいいでしょうね」
前回は単独行動を捕捉されてしまったヴァイスも、今回は手元に置く。
フリューとアウグスタも頼りにしよう。
あとは……
「邪魔しますよー、っと」
……という考えを巡らせていたら、会議室に突然誰かが入ってきた。
誰かと思えばシュタールクーさんじゃないか。
日頃は門番で、今まさに門番に立ってる時間帯のはずなのに。
何かあったのか……となると。
「とうとう襲撃が来たの?」
「そうですよ、っとォ!!」
シュタールクーさんの手斧が、僕を襲う!?
思考速度と動体視力を上げて対応。
ついでに観察してみると……わずかに目の色がおかしい。
やっぱり《服従の凝視》にやられてるか。
「はァッ!」
ベルリネッタさんが《奪魂黒剣》で一刀両断。
シュタールクーさんは靄みたいになって消えた。
「あたしなら解除できたかもしれないのに!?」
「解除したところで、アルブムを倒さない限りまたかかりますよ。それなら今斬って捨てても同じことです」
ヴァイスの抗議もついでに一刀両断。
冷酷なようだけど、仕方ない。
ここはベルリネッタさんの言う通りだ。
「門番がやられてここまで来てるということは、もう正門は素通しで入り込まれてるわけか……」
マップを出して、光点の動きで敵の動きを見る。
固有パターンから割り出して、どの光点が誰かも表示されるけど……全員迷わずここに来る。
支配したついでにシュタールクーさんに喋らせたか。
となれば、隔壁を出して足止めだ!
「今のうちに移動するぞ!」
浴場へ移動。
マップを確認して、会議室へ攻めてくる光点を閉じ込めるように隔壁を出させる。
どうにか時間を稼いで……
……ダメだ。
とても守りきれない。
やっぱり優先的に狙われて、ヴァイスがやられた。
そして、僕にとっては見知った顔が、敵意を隠そうともせず向かってくる。
「やはりアルブム様のお命を狙うか。ならば、子供相手とて容赦せん!」
トニトルスさんが。
「母さまに逆らうバカ者なんて、わたしにとっても敵だからな!」
カエルレウムが。
「……思うところがないではないけど、母様の敵になるんじゃ仕方ないからね」
ルブルムが。
「こんな小僧、姐さんの手を煩わせるまでもねェだろ。己に任せてくれりゃいいのによォ」
イグニスさんが。
「……アルブム様の、仰せのままに……」
《服従の凝視》にやられた、他の皆が。
皆が僕を狙ってる。
前回と違って、ユニットもなければアイアンドレッドや立待月の加勢すらない。
むしろ前回よりよほどひどい、圧倒的不利な状況。
しかも、悪いことはそれだけじゃない。
「これだけ《龍の血統の者》が勢揃いでは、どう考えても不利ですね」
「となれば、リョウタには悪いけど……アタシらは手を引かせてもらうわ。じゃあね」
「そんな!?」
アウグスタとフリューが逃げた。
自分たちだけが通るための《門》を開けて、どこか別の次元に逃げて、すぐさま《門》を閉じた。
ヴァイスがやられた仇も取らずに、なんて奴らだ。
せめて、愛魚ちゃんは……!?
「ぐうッ!?」
後ろから、触手!?
縛り上げるような触手の動きで、僕は姿勢を大の字にさせられる。
この形は、タコか、イカか……
滑るような感覚だってあるのに、なんて力だ。
とても振りほどけない。
「いいわ。そのまま拘束しててちょうだい」
「はい、アルブム様」
そんな。
その声は……聞き間違えるはずがない、その声は!
「了大くんがいけないんだよ。私がこんなにも了大くんを好きなのに、私がこんなにも了大くんを愛してるのに、他の女とばかりイチャイチャするから」
愛魚ちゃん!
この触手は……愛魚ちゃんの正体なのか……
そこまでするほど、アルブムに支配されているのか。
せめて、ベルリネッタさんは……
「あれでも相手は魔王です。この《奪魂黒剣》の力で、転生もできないようにいたしましょう」
「そうね。任せるわ」
……ベルリネッタさんまで、僕の敵になってる。
そんな、そんなことって。
「そんな……嘘ですよね、ベルリネッタさん? ベルリネッタさんは、僕を愛してくれて……」
「……愛して?」
ベルリネッタさんの手が止まった。
もっと呼びかければ、いけるか……!?
「フフ、ウフフ、アハハハ! わたくしが、この、わたくしが!? 貴方を!? 本気で!? アハハハハハハ!」
違う。
単に、僕が言ったことがおかしかっただけだ。
辺りに響くベルリネッタさんの高笑い。
こんな風に笑うベルリネッタさんなんて、初めて見る。
「ああ、可笑しい……このわたくしが、貴方など本気で愛するわけがありませんよ」
「そんなに笑っちゃ可哀想よ、ベルリネッタ」
アルブム……
お前がベルリネッタさんを操って!
「いいえ? わたくしは《服従の凝視》によってではなく、もとより自分の意志でアルブム様につくことにしておりましたので」
「《面従腹背》か。お主も人が悪いな、ベルリネッタ」
そんな!?
アルブムのせいじゃ……ない!?
「魔力さえいただければよかったのですから、朝のお世話くらいはしてさしあげましたけど……だからと言って本気になんてなられても困ります。特に、貴方のようなお子様には」
皆が僕を見下している。
本人の意志はさておき、アルブムの《服従の凝視》に屈した人。
僕がアルブムを敵に回すとわかった時点で、早々に僕を見限った人。
そして、僕に味方するふりをしながら、自分の意志でアルブムの側についた人。
僕の味方は……もう、誰もいない。
「そんな……嘘って、嘘って言ってください、ベルリネッタさん……」
せめて残った想いと魔力を全部込めて、わずかな望みに賭けて呼びかける。
ベルリネッタさんは……
「……馬鹿な子」
……ベルリネッタさんは嬉々として、僕の腹を刺した。
突き刺さる剣の金属質よりも、薄笑いを浮かべたベルリネッタさんの顔と、その瞳が、とても……
深く突き刺さって、冷たかった。
「はァッ!?」
目が覚めた。
質素なベッドに、化粧ボードの天井。
また学校の保健室だ。
つまり。
「僕は、また負けて……また、戻ったのか……」
なぜかまた戻っては来られたようだけど、戻ったということはつまり、負けたということ。
しかも、今度はただ負けただけじゃない。
僕は裏切られた。
一番信じてた人に。
一番裏切られたくなかった人に。
……ベルリネッタさんに。
「嘘だった……うわべだけ従ってるふりして、僕を利用して、騙して、裏切って……!」
こんなことならいっそ戻れなかった方が、あのまま負けてた方がまだマシだった。
もうあれっきり、目を覚まさなかった方が。
なんでなんだ。
あんな目に遭わされてまで、なんで戻ってしまったんだ!
「……う、うッ……」
こんな気持ちは、今までどんな目に遭わされても感じたことがなかった。
心の中と目の前がぐちゃぐちゃになる。
もう止められない。
「うう……うわああああァーッ!」
どうしようもない気持ちがあふれて。
僕は魔王になってから、初めて大泣きした……
◎面従腹背
うわべだけは賛成し、服従するように見せかけながら、内心では反対し、従わないこと。
この話、特に二周目ベルリネッタが了大を躊躇なく刺すシーンは、これまでで一番書きたかったポイントです。
ある意味では、ループものに突入する以上のターニングポイントかも。
メインヒロインとして擁護しますが、最初のベルリネッタは本当に本気で了大を愛していました。
二周目のベルリネッタの対応が違ったのは、了大自身の選択に問題があったためです。
そして、これまでフリューに負けて腕を折られても、勇者に負けて一度死んでも、その他どんなにつらくても泣くのだけは我慢してきた了大が、今回だけは我慢できなくなって大泣きしたというところに、話の盛り上がりを感じていただけたらと思います。




