01 蓼食う虫も『好き好き』
いわゆる『なろう系』を自分でも書けるかどうか、という実験作となります。
よろしければお付き合いください。
痛い。
下腹がじくじくする。
「では、ここ。《いとうつくしうてゐたり》の意味を……真殿」
古文の授業中、下腹の鈍痛もおかまいなしに名前を呼ばれる。
立てる、かな?
「おーい、真殿。真殿了大!」
うるさいなあ……聞いてるよ。
どうにか立ち上がり、教科書を手に取る。
「……はい。『とてもかわいらしいさまで座っていた』です。それと」
別に授業内容を聞いていなかったわけじゃない。
さっさと答えてから、体の不調を訴える。
「すいません、体の調子が悪いので、保健室で休んできてもいいですか」
最近、トイレとは別で下腹部に鈍痛を感じることが多い。
去年も同じ先生だったから知っていることだけど、この前田先生は教科書通りの内容の授業しかしない。
途中で抜けても、家に帰ってから教科書を見て、その範囲の書き取りでもすれば取り戻せる。
「あー……仕方ないな。いいぞ」
「ありがとうございます」
歩けないほどではないようなので、保健室まで移動してベッドを借りて休む。
少しうとうとして……
「――――」
……何だろう。
変な夢を見ていたような気がする。
思い出せない。
「……まあ、いいか」
そのまま体育の授業も欠席。
じくじくも治まったようなので、帰りのホームルームだけ顔を出しに戻る。
教室の引き戸を開いても、一瞥くらいはされるけど特に誰もこっちに関心を持たない。
ぼっちだからな。
「真殿くん」
なんて思っていたら、席に戻る途中でひとりの女子に呼ばれた。
ぼっちの僕に話しかけてくる人、それも女子なんて。
「……深海さん」
声の主はクラスで一番の美少女だった。
いや、校内で一番の美少女という呼び声すら少なくない。
「さっきの古文の授業、四十七ページまで進んだから、そこまでやっておけばいいと思うよ」
「ありがとう」
その深海さんが、さっきの授業の範囲を教えてくれた。
聞ける友達に心当たりがなかったので、面倒でも先生に聞きに行かなきゃと思っていた矢先だ。
ぼっちとしては非常に助かる。
「はぁ……やっぱ深海愛魚、イイよなぁ……」
「容姿端麗、成績優秀の上、大企業フカミインダストリの社長令嬢」
「それでいて気取りも威張りもしないで、みんなにもぼっちにも優しい」
「つーかあの巨乳! うわぁー付き合いてぇー!」
席に戻ると、そんな深海さんを誉めそやす声が聞こえてきた。
というか、ぼっちは余計だ。
いや……そうでもないのか?
まあいいか。
適当に聞き流してホームルームを終わり、担任の先生が出て行くのを確認。
アプリのメッセージとかゲームからのお知らせとかが来てないかを確認しようと、スマホを取り出そうとするが……
「……ん?」
……ない。
スマホがないぞ?
「おう、真殿」
また呼ばれる。今日は忙しないな。
今度僕を呼んできたのは、クラス内でも素行が悪いと悪評が立ち始めているグループだ。
制服も着崩したり丈が変だったりと、たいして厳しくもない校則すら守れていない。
その中のリーダー的存在……まあ、猿山の大将だな。ボス猿。
そいつが僕に近づいてくる。
近すぎるだろ。馴れ馴れしい。
「お前、たしか深海さんに告白ったことないだろ?」
声をひそめて聞いてきたから、何かと思えば。
そんな下世話なことしか頭にないのか。
「ないよ。みんなだってふられてるだろ」
あるわけがない。
思えば深海さんは小学校の頃から、毎年なぜか僕と同じ学校の同じクラスになってばかりいるような気がするけど、特定の男子と付き合い始めたなんて話はちっとも聞かない。
告白されても断ったなんて話は、ほぼ毎日のように聞くけど。
サッカー部のイケメンの誰々くんもお断りしたとか、告白の呼び出しをされてもそもそもすっぽかしたとか。
少し考えれば当たり前だ。
あんな超絶美少女が、そこらへんの男子なんかとお付き合いするはずがない。
《別次元》
……俗に言う、住む世界が違うってやつだ。
ああいうキャラは既に、親が決めたとかドラマチックな幼なじみとかで相応の相手がいる、というのがだいたいのパターンだろう。
そう言えば、それなのになんで進路はもっと上の……進学校とか全寮制お嬢様学校とかじゃないんだ?
何がどうなって、たいして偏差値が高いわけでもなく普通くらいのこの学校なんだ?
いや、それこそまあいいか。
「お前もちょっと告ってみてくれよ。ダメ元ってやつでさー」
頭の悪い発言が続く。
ちなみにこのボス猿もその子分も、ご多分にもれず深海さんにはお断りされている。
全員ものの見事にすっぽかされてな!
それを思い切り笑い飛ばしてやってからこっち、こいつらとは仲が悪いはずなのだけど、今日は妙に馴れ馴れしい。
どうしたことだ。
「見守っててやるよ、これで録りながらな」
と言って近づけてきたボス猿の右手には、あろうことか。
「っ!?」
僕のスマホじゃないか!
さっきまで保健室に行ってた間に、盗んでたのか!
取り返そうとするが、手を伸ばすとボス猿はスマホを後ろに投げて、グループの子分猿にパスする。
「怒んなくても返してやるよ、お前のふられる現場が録れたらな!」
こういう猿知恵ばかりは巧妙な奴らだ。
後ろの子分猿も、面白がってヘラヘラ笑ってる。
「……クソが」
どいつもこいつも、クソにも程がある。
力ずくで取り返そうにも、暴力事件を起こすのは先生の内申書的にも、一対三という人数的にも不利だ。
そもそも自慢にもならないが、僕は中学の二年頃から背が伸びず……チビだ。
つまりは体格的にも不利。
で、我慢してこいつらの言うとおりにするとしても、だ。
僕が迷惑するだけならまだしも、深海さんにまで迷惑がかかるだろうが!
その深海さんは……
「えーっと……」
席が近くないからこちらのバカ話は聞こえていなかったと思うが、なんとかまだ教室にいた。
というか聞こえてたら逃げてるよな、普通。
はあ、とため息をついて、深海さんの方へ。
「深海さん、この後ほんの少しだけ、時間もらえるかな」
「……真殿くん……?」
なあに、どうせ断られるとわかっていれば、気楽なもんだ。
さっさと用件だけ済ませて、スマホを取り返そう。
「本当にごめんね。ほんの少しだけでいいから、中庭の池のところでお話させてほしいんだ」
場所は中庭にしておく。
どうせあの猿どもはスマホで動画撮影ができる範囲で近くに隠れたいんだろうから、石碑と渡り廊下がある中庭なら何かしら使って『隠れたつもり』にはなれるだろう。
逆側から見たら?
……それは知ったことじゃない。
それに、実は職員室もけっこう近くて、万が一暴力事件となっても緊急避難だけはしやすいからね。
「図書室に本を返してきてからでも、いい?」
「うん、もちろん」
深海さんは少なくともすっぽかしはせずに、直々に引導を渡してくれるらしい。
すっぽかされた猿どもよりはまだマシな訳だ。
ちょっとだけ勝った気分。
……本当に中庭に来てくれれば、だけど。
「じゃあ、後でね」
そう言って教室を出た深海さんの後姿を見送ってから、ボス猿の方へ向き直る。
「ってことで今日すぐ決着つけてやるから、終わったらすぐ返せよ!」
はっきり言って、釘を刺しておく。
これで返さなかったら、迷惑ついでに深海さんからスマホを借りて警察を呼んでやろう。
本当は今呼んでもいいくらいだけど、面倒はできるだけ避けたい。
「お、おお」
「マジかよ、あいつ……」
猿どももまさか僕がたちどころに話を進めるとは思っていなかったようで、若干たじろいでいる感じがする。
だからお前らは猿なんだよ。
でも、あの深海さんとお付き合いできるんなら、できればそりゃあお付き合いしたいよね……
そして中庭へ。
僕の方は他に用事などは特にないので、深海さんより先に着く。
深海さんが言ってた図書室って、確か三階だもんな。
「ホントに来るかなー」
「来なかったらその様子を笑ってやりゃいーんだよ」
「俺たちも来てもらえなかったけどなー」
渡り廊下の柱や壁の陰には、猿どもが三匹控えている。
風向きのせいなんだか声が大きいんだか、全部聞こえてるんだよ。
そんな猿どものバカさ加減に心底うんざりしていると、少し大きめの足音が聞こえた。
深海さんだ。
早歩き……いや、小走り?……なんか急いで来た感じがする。
きっとこの後すぐ、塾か習い事あたりの用事でもあって時間がないんだろう。
手短に済ませないと。
「ふー。お待たせ」
息を切らすほどでもなかった深海さんだったけど、深呼吸をひとつ。
こういう何気ない仕草さえも、美少女だから絵になる。
「ごめんね、時間取らせちゃって」
「ううん、大丈夫。真殿くん、お話ってなあに?」
対して僕は精一杯、キメ顔っぽくなるように表情に力を入れる。
告白、か……
「うん……」
不意に、初恋のお姉さんの言葉を思い出した。
もうずっと昔、小学校にも入る前の思い出。
『何がいけなかったのかよく考えて、諦めずに立ち向かえば、何度でもやり直せる』
そんなようなことを教えてくれた人だった。
ということは、言わば予行演習みたいなもんか。
ここで深海さんにふられるのは想定内。
むしろ、いつか本当に好きになった人に想いを告げる時、精一杯自分の印象を良くできるように、失敗しないようにと。
深海さんには悪いけど、って……
ふられたら関係ないか。
じゃあ、本題に入ろう!
「交際の申し込みです。僕とお付き合いしてください」
あ、噛まずに言えた。
自分でも不思議なくらい冷静だな。
「…………」
深海さんの返事がない。
思わず、どうなることかと固唾を飲んでしまう。
「……やっと、言ってもらえた」
はにかんだ深海さんの口から、そんな言葉が聞こえた瞬間。
深海さんの細い指が、僕の指に触れる。
「よろしくお願いします♪」
「!?」
僕の手を取りながらの深海さんの返事は、思いもよらないものだった。
まさか……!?
「「「えええぇぇぇーーーーーー!?!?」」」
返事があまりにも意外すぎたせいで、すっかり忘れてた。
いたんだったな、猿ども。
その猿どもが隠れるのをやめ、素っ頓狂な声を上げる。
だけどそれより今は深海さんと、その返事だ。
もしかして、これは……
「深海さん、よろしくって……」
「交際のお申し込みでしょ? お受けしますって意味なんだけど……?」
……もしかしなくても、オーケーという返事。
彼女ができました。
「なにぃー!?」
聞きつけたボス猿がこっちへ来る。
相当うろたえてるな。
「深海さん、こいつと……付き合う、の?」
「うん」
即答。マジですか。
言葉にも表情にも、全然ためらいがない深海さん。
「信じらんねぇー!」
僕も信じられない。
なにしろ校内一の超絶美少女ちゃん様だぞ。てっきりふられると……
あ、もうひとつ忘れてた。
「おい、スマホ返せ」
呆然としているボス猿から、自分のスマホを取り返したところで、他の猿もやってくる。
その手にあったスマホの持ち方を見て、深海さんの眼光が鋭く変わった。
「もしかして……何か撮影してたの?」
「あう……その……」
しどろもどろになる子分猿ども。
「盗撮は犯罪だよ? それに何? 真殿くんのスマホを盗んでたの? それも犯罪だよ? 知ってる? 現行犯逮捕って警察の人じゃなくてもできるんだよ? 警察呼んでもいいよ? 警察が嫌なら先生呼ぶ? いっそ両方呼ぼうか? 処分は停学かな? もしかして退学かも?」
厳しい表情の深海さんから飛んでは、どんどん刺さる言葉の矢。
まさに矢継ぎ早としか言えない。
そんなにいっぺんに言っても、猿の知能じゃ追いつけないだろ……と思ったのが早いか、不意に深海さんの表情が緩む。
「でも、今日はとってもいい日だから、データをこっちに渡したら許してあげる」
さっきのような微笑みで、今度は慈悲が示される。
何て言うか、飴と鞭?
……すごい人だ。
「みんなそこに正座」
「「「はい」」」
「スマホ出して」
「「「はい」」」
「それ以外のカメラは? ある?」
「「「ありません」」」
「この際だから、中身見るね」
「「「はい」」」
再度の鞭による投了の図。
ぐうの音も出ない猿どものスマホのファイル一覧をもの凄い手際でチェックし、さっきの動画だけを自分のスマホにコピーしては元ファイルを消去してゆく。
三人中、子分の二人がさっきの様子を動画で残していた。
「最後のこれは……これでは録ってない? チェックだけでいっか」
そういや僕のスマホ、こいつらに悪さされてないだろうな?
なんとなく自分のファイルも見てみると……
「うわ」
……こいつら、僕のスマホで録ってやがった。
子分どもは自分のスマホだったみたいだから、ボス猿の仕業か。
消されたアドレスやファイルは特にないみたいだけど、さっきの様子を録った動画がある。
そういやボス猿が『これで録りながら』って言ってたっけ。
目論見は見事に外れたわけだけど、そんなことよりスマホの中身って本当はプライバシーの塊だからな。
今度からスマホの画面ロック解除はスライドじゃなくて、せめてパターンセキュリティにしておこう。
「……そっちにも入ってるの?」
「そうみたい。はい」
実は、中にはゲームのスクリーンショットやそのキャラクターのイラストなんかの画像データが多いからちょっとアレだけど、深海さんなら悪いようにはしないだろう。
僕も深海さんにスマホを渡す。
「ふーん。ふーん……んー? んー、まあいいか」
あれ。
なんか綿密に見られてない?
さっきと手際が違うような……とはいえ、僕のスマホの中のもコピーする深海さん。
「そういえばこれ、真殿くんのスマホなんだよね」
「……? ああ、うん」
何気ない次の言葉が、猿どもにとどめを刺した。
「連絡先、交換しよ? メッセするね?」
もうこれ勝った負けたの次元じゃなくないか……死体蹴りだろ……
むしろ、よくオーケーしてもらえたな。
《蓼食う虫も好き好き》ってやつか?
◎蓼食う虫も好き好き
苦味がある柳蓼でもそれを好んで食べる虫もいることから、人の好みはさまざまであるたとえ。
今後は巨乳ヒロインが続々登場予定、ロリ成分は極限まで削っていく巨乳好き男性向けとなります。
展開やキーワードで合致しそうという方は、よろしくお願いします。