表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

一期一会の焼きそば

作者: 巫 夏希

 碧南駅に降り立ったのは、ある昼下がりの頃だった。

 用事も無い今日は、旅をしてみようと思いバスと電車を乗り継いで蒲郡まで向かってみようと思い、その経由地が碧南だった。

 バス停は駅前にあり、直ぐに発見することが出来た。

 時間を確認すると――なんとまさかの30分待ち。

 それを考えると、急に腹が減った。

 或いは、それまで脳が空腹を認識していなかったのかもしれない。

 辺りを見渡す。コンビニは無い。交番と、寂れた商店街があるだけだ。

 遠くを見ると、車が通る大通りが見える。

 そこまで行けば何かあるだろう。そう思って、僕は足を進めることにした。

 交差点にさしかかると、『へきなん焼きそば』の文字が書かれた看板が掲げられた店を見つけた。

 店内を覗いてみると、地元の人の憩いの場所のようだ。

 しかし周囲にはこのお店以外何も見つからない。コンビニや別の店を探すと、それこそバスの時間を逃しそうだ。ええい仕方ない。味はどうだかしらないが、ここは運にかけてみよう。そう思って引き戸を開けた。

 店内に入る。カウンターは地元の人でいっぱいで、テーブル席が空いていた。

 案内されると、女将さんと思われる女性が水を持ってくる。


「メニューはあそこにありますので」


 見ると、壁のいたるところにメニューが書かれた紙が貼り付けられていた。焼きそばやお好み焼きのメニューが大半を占める。

 カウンターには鉄板があり、白毛の店主が焼くスタイルのようだ。焦げる醤油の匂いが香ばしい。

 まだ女将さんは僕を待っているようだ。不味い、急がないと。メニューを何回か往復して、僕はメニューを決めた。

 やや沈黙ののち、僕は答える。


「エビ玉、大盛りで」


 大盛りにした理由は単純明快。

 昼に用事をしていたせいで昼ご飯をすっかり食いっぱぐれていたのだ。今の胃袋は、ブラックホールの如く何だって吸い込めるだろう。

 これがインスタグラムとかやっている人なら、パシャパシャ店内の写真を撮るのだろうが、店内は地元の人だらけだし、写真を撮るのはあまりよろしくない。そもそも写真を撮るのは好みじゃないけれどね。


「お好み焼き、お待たせしました」


 見ると、隣のお客さんのメニューが完成したようだ。香ばしいソースの香りが鼻腔を擽る。

 ええい、焼きそばはまだか。脳内で僕は店主を急かす。いいや、でもまだ注文したばかりじゃないか。まだ出来やしないよ。直ぐに脳内の会議は『待機』の決議をした。


「お待たせしました」


 それから程なくして、店主が焼きそばを持ってきた。

 黄色の円形の皿に焼きそばがこんもり乗せられている。

 真ん中にはまだ白身に熱が入りきっていない、目玉焼きと紅生姜が乗っていた。


「いただきます」


 両手を合わせ、軽く頭を下げる。

 我が家の礼儀、といったところだ。まあ当たり前の礼儀作法の一つではあるけれど、こういう細かいところも大事。

 先ずは目玉焼きを崩さず、麺だけを食べてみる。もちもちとした食感が口の中に広がり、次いで淡い塩味がやってきた。

 具材はザク切りにしたキャベツとエビだけ、といったシンプルなものだったが、既にこの味付けで完成されているので特に申し分ない。

 次にエビだ。エビ玉、といっただけあって一口大のエビが六尾も入っている。

 一つ箸で掴み、口に放り込むと、ぷりっとした食感が口の中に広がった。


「美味い」


 思わずそんな独り言を言ってしまう程。

 しかもボリュームはもちもちの麺と相まって申し分ない。寧ろ後からお腹が膨れる可能性すら心配するレベルだ。



 ――おっと、ここで忘れてはならない存在がいた。



 薄く焼かれた目玉焼きだ。

 目玉焼きの黄身を崩し、軽く焼きそばと和える。想像には難くない味が広がるものだと思っていたが、違った。

 醤油の味付けにまろやかな黄身が加わることでさらに優しい味に変化したではないか。

 ザク切りキャベツも食感が残っているからいいアクセントになって丁度良い。

 ……気づけばあっという間に黄色の器はその全景を見せており、僕の胃袋を満たしていた。

 会計をしようとレジに向かい、お会計をお願いしますと声をかけると、


「エビ玉大盛りだから……ええと、七百円ですね」


 ……普通盛り五百八十円だったのでプラス三百円ぐらいを想像していたが、安い。あまりに安い。

 七百円を支払って外に出る。

 何だか七百円以上の満足感と幸福感を得られた気がした。

 日も傾いてきているし、何だか写真を撮りたくなる気分。


「やっぱり旅っていいなあ……」


 ……おや、何か忘れているような?

 そんなことを考えていたら、目の前をバスが通過するのを見て、僕は思わず絶叫してしまうのだが、またそれは別の話。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ