9.全校集会
「はーいみんなー!各自『ゆかいな死んだ蜂さん】討伐お疲れ様!やっぱり七不思議の名前は伊達じゃないね☆」
「会長、アンデッドビーって呼んでください」
「でもそれ、ヒロが勝手に命名した名前でしょ?呼び方なんて伝われば自由でいいじゃない」
「だからって『ゆかいな死んだ蜂さん】はないだろ!それにな、異世界のモンスターならそれらしい名前を・・・」
「よくわかんないけど、そーゆーところが『中二病』って言われる原因じゃないの?」
「何だとコラア!」
お前は、今、言ってはいけない事を言った!!
ギャーギャーと口論を始めるヒロと亜紀を見て、まほろはどう止めようかとあたふたし出した。
「せ、先輩達、落ち着いて・・・!」
校舎内に侵入したアンデッドビーを各自撃破した後、
とりあえず亜紀の放送で生徒会室に集合した面々は
今後の方針を決める為に意見を出し合おうとしていた。
が、ヒロと亜紀のどっちもどっちな言い争いは終わる気配を見せない。
「せ、先輩・・・あうぅ・・・」
ヒロと亜紀の応酬に挟まれて、まほろの顔が徐々に悲しみで歪んでいく。
そんなまほろに代わって、二人を止めたのは双樹だった。
「喧嘩する程仲が良い、すばらしい事です。でも、後輩の前でする事ではないでしょう?」
柔らかく、優しく・・・全てを許容してくれるような良き姉のような笑みを前に、反論できる者などいない。
「すっすみません」
「ごめんなさい」
二人同時に下げた頭を、双樹はふわりと撫でる。
しなやかで細い双樹の指が自分達の髪に触れて、
何とも言えない気恥ずかしさを感じつつも胸中に広がるのは嬉しさだ。
(ああ恥ずかしい・・でも気持ち良い・・・この歳になって頭撫でられるのがこんなに嬉しいなんて)
(室咲先輩に毎日撫でてもらえるなら来世は犬になってもいい。・・・・割と本気で)
「それで、これからどうしましょう会長」
快感のあまりフニャフニャになっている二人には気づかず、双樹は八雲を見やる。
「今の状況は学校全体に関わる問題だ。
今後の方針は、ここに憑いている全員に周知しないといけないね。だから・・・」
ぱんっと手を打ち鳴らす音は、七不思議メンバーの行動開始の合図。
「全校集会を開こうか」
「よっと・・・これで全員か?」
空間歪曲による物質転移で体育館に運び込んだのは、
バスケットボールが詰まった籠や倉庫から出してきた骨格標本、
美術室の石膏像、鉢植えのアサガオなどなど。
一見すれば、てんでバラバラな備品が所狭しと集められている。
「お疲れ様です、ヒロ先輩」
「俺が役に立てるのはこれくらいだからな。地味だけど」
「目立たなくても、こんな風に学校の皆を一か所に集められるのは先輩だけです。
七不思議の中で先輩しかできない事ですよ?凄いです」
キラキラと目を輝かせながら褒めるまほろには、変な憐みや慰めは無い。
純粋に凄いと思ってくれているまほろに、ヒロの目頭は熱くなる。
「・・・ッ。ありがとう。まほろは本当に良い後輩だ」
湧き上がる嬉しさでおかしな行動をとらないように、拳を握りしめて自分を抑え込んでいたヒロだったが。
「私、良い後輩ですか・・?」
どこか呆然と呟かれた言葉に、首を傾げながらヒロは答える。
「ああ。すっごく良い後輩だ」
「・・・いい子だと、思ってくれますか」
「当然だ。お前以上にいい子なんているもんか。自慢の後輩だよ」
「先輩・・・ッ!」
むぎゅ、と。
体を包み込む柔らかな感触。
特に胸部から腹部にかけて伝わる圧倒的な質量。
「は?」
思わず口から出た声は、あまりにも情けなかった。
というか、あれ?ついさっきも同じような事がなかったか?
デジャヴ?デジャヴか?いやでも、仮にそうだとしても、
この感触は本物で、現在進行形の現実だ。
若干放心しながら視線を下に向ければ、丸く愛らしい頭とつむじと、何より大きく押し潰れたまほろの胸が目に入る。
スクール水着で抱き着かれれば、当然胸の谷間は上から丸見え。
感触も生々しく伝わる訳で。
まほろも自分のした事にはっと気づいたのだろう、ほぼ反射的にヒロを見上げた。
至近距離で目がかち合う。
互いの瞳の中に、自分の姿が映っている事がはっきりわかるくらいの近さ。
ぶわ、と顔に熱が広がったのは同時。
先に距離を離したのは、まほろが先だった。
「ご、ごごごごごめんなひゃ・・痛っ!」
同様のあまり途中で舌を噛んでしまったまほろが、とっさに口を手で押さえて痛みに耐える。
よほど強く噛んだのか、目に涙が浮かぶ。
大丈夫かと声をかけたいヒロであるが、こちらはこちらで自分の事に手一杯だった。
抱き着かれた時の体勢―行き場の無い手を宙で固まらせたまま、心配の言葉一つ喉から出てこない。
そんなヒロをよそに、まほろは自分の行動を慌てて弁明し始めた。
「あ、あのあの、違うんです!嬉しくてつい・・・」
「ウレシクテ ツイ」
「先輩に褒めてもらえて、感極まって・・・どうしても先輩に触れたくなっちゃって」
「フレタクナッチャッテ」
「本当にごめんなさい!こんな事、恋人がすることですよね」
「コイビト・・・・コイビト??」
「はうっ!あ、うあああ・・・・!」
みるみる顔の赤みが増していき、決壊寸前の羞恥の涙。
ここまできて、ようやく自分がどれだけ大胆な事をしでかしたか理解したらしい。
わなわなと震える体はいっそ可哀想な程で。
同様のあまりカタコトのオウム返ししかできていなかったヒロが何かを言う前には、
もうこの場に留まるのは耐えきれなかったらしく。
「ごっごっ・・・ごめんなさいいいいいい!!!」
とうとう泣き出したまほろが、大声で謝罪の言葉を叫びながら体育館を飛び出した。
呆然とその場に立ち尽くしたヒロは、ただまほろの背中を見送るしかできず。
しばらくたってようやく口からこぼした言葉は―
「・・・死んでもいい」
「残念ながら僕達もう死んでるんだよねー」
誰に言うでもないつぶやきを拾われて、ヒロは驚きのあまり飛び跳ねた。
「どうわああ!?かっ会長!いつからいたんですか!?」
「まほろちゃんがヒロ君に抱き着いたあたりからかな。あの引っ込み思案なまほろちゃんが大胆な事するなーと思ってたんだ」
微笑ましく笑う八雲に悪意は見当たらないが、それでも誤解をまねいていたら後々面倒だ。
ヒロは慌てて八雲にまほろとのやり取りを説明しようとした。
「あ、あの!俺は決して後輩にやましい気持ちを抱いた訳ではなく!
「みなまで言うな。いいんだ、僕も同じ男だ。あんな立派なモノ押し付けられたら皆そうなる」
しかし八雲はヒロの言葉を遮って、さも理解しているかのように深く頷いた。
話を聞く気が無いというよりも、そんな野暮な事は言わなくていいという彼なりの心づかいである。
力強く肩を叩き、励ますように親指を立てて心底楽しそうに八雲はウインクする。
「ビバ、青春!」
「誰か俺を今すぐ強制成仏させてくれ・・・!」
からかわれたり誤解から軽蔑されるのはつらいが、かといって思春期の考えやら興奮やらを真正面から肯定されるのも色々な意味でつらい。
というかいたたまれない。
羞恥で押し潰されそうだ。穴があったら入りたい。入った上で埋められたい。
土葬!土葬をしてくれ!!
『会長、準備が整いましたよ』
ステージの2階の放送席から、スピーカーを通して亜紀の声が聞こえてきた。
「ありがとう。それじゃあそろそろ始めようか。みんな打ち合わせ通り持ち場について」
亜紀の報告に頷いて、八雲が歩き出す。
なおも頭を抱えたまま、それでも自分も続こうとヒロもステージに上がろうと足を向けた時、亜紀から声がかかる。
『ヒロ』
「ん?」
緩慢な動きで、亜紀がいる放送席を見上げる。
小さな窓から亜紀の姿はかすかに見えるが、表情までは見えない。
しばらく沈黙が続き、そして。
『・・・・・・キモイ』
「ああああん!!?」
ヒロの額に、まるで漫画のようなはっきりとした青筋が浮かぶ。
亜紀は放送席から先程のヒロとまほろの様子を見ていたらしい。
それにしてもキモイはない。しかも体育館全体に響き渡るマイクを使って言うなんて。
亜紀からは、自分を見上げながら抗議をしているヒロの姿がよく見える。
2愛の放送席には、ヒロの声までは届かない。
ただ地団太を踏みながら激しく怒っているのは見て取れる。
マイクとスピーカーの音を一旦切って、亜紀は深くイスにもたれかかった。
「・・・最悪」
別にヒロとまほろが仲良くしている事は構わない。
スク水姿で抱き着かれている姿は犯罪臭しかしないが、
抱き着いたのはまほろの方で、ヒロに非がある訳でもない。
そうなのだけれど。
自分以外の女の子に抱き着かれているヒロを見るのが、なんとなく癪で。
ヒロは死んでからできた、大切な友人だ。
そう、友人。
なら何故、こんな怒りを覚えてしまうのか。
自分自身の感情であるはずなのに、全く説明がつかない。
イライラする。ヒロにも、自分にも。
「・・・バカ」
ぽつりとこぼした言葉は、一人きりの放送室にだけ虚しく響いた。
「じゃあ、照明を落としていいよ」
八雲が合図したと同時に、ステージ上以外の体育館の照明が消えた。
暗がりの体育館に並べられた数々の備品に向かって壇上から話しかけるという、
なんとも奇妙な光景が広がる。
「僕達は廃校に合わせてこの世から消えるはずだった。でも此処に来てそうはならなくなった。
そこでこれからどうするか、みんなの意見も聞きたい」
八雲がにこりと笑い、そしてバックミュージックでもかける軽やかさで指をぱちんと鳴らした。
「それじゃあみんな、出てきていいよ」
「「「「「「ヒャッホ――――――!!!!」」」」」
まってましたと言わんばかりに、体育館中に歓喜の雄たけびが響き渡る。
美術室の石膏像が歌い、骨格標本が躍り、各球技のボールには顔が浮かんで勢いよく籠から飛び出て体育館中を跳ね回る。
まさに幽霊・妖怪のオンパレード。それも全員テンションが高い。
一瞬にしてカオスと化した体育館を見渡して、八雲の隣に立っていたヒロは深いため息をついた。
「予想はしてたよ、もう!」