episode 3
噂話が広まり始めてから約1ヶ月後。
遂に貴族が馬車に乗って現れた。
村外れにある大きな洋館が彼らの別荘だ。
村人は馬車が近くを通ると作業を止め、一礼した。
貴族の馬車がフェミュールの家の近くを通りかかったときだった。
フェミュールは何も知らずに、森から山菜を持って歌いながら降りてきた。
彼女の歌は貴族の馬車を止めた。
馬車から降りてきた小太りの男―ガンフオール・アルパジカ伯爵は、近くで頭を下げていた農夫に声をかけた。
「あの歌は誰が歌っている?」
農夫は恐れおののき、声を震わせる。
「へ、へい・・・この農家の一人娘さんのフェミュール・シエロです・・・。」
アルパジカ伯爵はちらりと森の方へ目を向け、すぐに馬車に乗り込んだ。
フェミュールが家の裏に辿り着いたとき、ちょうど馬車が走り去るところだった。
「お父様。」
馬車が走り始めると、中から森を見上げていた少年がアルパジカ伯爵に向き直った。
「どうした、ルイード?」
ルイードと呼ばれた少年は、考えの読めない瞳で向かいに座る伯爵を見上げた。
「あの娘はヘルエムです。」
家の裏口から現れたフェミュールは、両親と従業員たちに一瞬で囲まれた。
皆がみな、微かに体を震わせている。
「フェミュール、貴女・・・分かっていてしたの・・・?」
やっと口を開いたのは彼女の母親だった。
フェミュールは少し首を傾げた。
「伯爵様が、今家の前を通り過ぎることを分かってて、お前歌ったのか・・・?」
震えながら彼女の両肩を掴んでいた父親がそう聞く。
周りの者が唾を飲み込む音が聞こえた。
「いいえ、私はただいつものように歌いながら帰って来ただけよ。」
両肩に乗せられた異常に熱い手に触れながら、そうフェミュールは答えた。
事実、彼女は伯爵がその時間に来ていたことを全く知らなかったのだから。
両親はその場にへたり込んだ。
慌てて母親を支えた彼女を父親が見上げる。
「お前は別に他の人のようにS級と結婚しようと考えたりしなくていい。
お前は本当に心から想える人と共に生きなさい。
そう言おうと思っていたんだが、そうか、わざとじゃなかったのか・・・。」
安心したようなその顔に、彼女は優しく触れて両親を抱きしめた。
「私はS級だからって結婚相手を決めるほど浅はかではないわ。」
その時、玄関がノックされ、1人の男が入ってきた。
「フェミュール・シエロ、貴女をガンフオール・アルパジカ伯爵が夕食に招きたいと申されており、招待状をお持ちしました。」