天鼠竜
少し、時を遡る。
格子の向こうにブルー・アイを見つめ、ニックは舌打ちを漏らした。
「なんであいつが出て来ねぇんだよ」
稜線から溢れた朝日に手をかざし、鳥籠の上を這い回る二頭の天鼠竜へ目を戻した。
「あれで我慢せい」
そう言うオンズへため息を返し、ニックは体を回して抜き打ちに剣を投げた。
(まあ兎も角――)
飛翔する剣が鳥籠に当たる――その刹那、彼の視線に引きずられるように軌道を変え、加速して一気に空へ舞い上がった。
(テメェが来るかオレが行くか……)
鳥籠を見下ろし、剣はくるりと向きを変えた。
次の瞬間――ギラリと弾いた朝日を残し、弾丸のようにビュリウスへ撃ち込まれた。
(……面倒くせぇな)
ニックは舌打ちを漏らし――ひらりと剣を躱したビュリウスはそのまま空へ舞い上がった。
剣から伸びた〈糸繰〉のような帯が切れ、オンズとユルトはため息を漏らした。
「またか……」
「いい加減に距離を覚えろ」
「うせるせぇ、だから予備を持ってんだろが」
「剣はタダじゃないんじゃぞ! お主の雑な扱いに応えられる業物が幾らすると思っとるんじゃ!?」
「うるせぇな……、金なんか適当な連中シメて稼ぎゃいいだろ」
その言葉に、オンズは寄せた眉をグニャリと歪ませた。
「どうしてルカに良いように使われるハメになったのかを忘れたか?」
その時、突風が駆け抜け二人は手を翳した――
言い争っている間に、一頭のビュリウスが橋へ降りていた。
指の隙間にビュリウスを捉え、二人は身構えた。
(咆哮――)
――と、その頭上をユルトが飛び越えた。
体を海老反りに反らせ――まるで巨大な弓のように鎚を撃ち出した。
――巻き上がる土煙ががビュリウスを包み、駆け抜けた轟音と地揺れは砲撃を受けたかのようであった。
(……躱した)
ニックは、バラバラと降り注ぐ石塊を躱し、剣に手をかけた。
土煙が膨らみ、飛び退くビュリウスを吐き出した。
広げた翼が風を生み、着地と同時に土煙を散らした――その瞳に、土煙に紛れ突進していたユルトの姿が映った。
「!!」
分厚いプレートに覆われた右肩が鼻面を捉え、図体に似合わぬ悲鳴を漏らして空へ逃れた。
同時に、オンズの背に三つの魔法陣が現れた。
「〈追火〉」
魔法陣がくり抜かれたように分離し、中央部分を撃ち出した。後方から光を噴射し、まるで光る矢のようなそれが襲いかかった。
しかし、ビュリウスはそこに見えない足場でもあるかのように宙を駆け、迫る〈追火〉を難なく躱した。が――通り過ぎた〈追火〉は弧を描き、向きを変えて再びビュリウスへ迫った。
――ヴェルムントの周囲を、ビュリウスと〈追火〉が駆け回った。
残された魔法陣が、それを追って激しく首を振り――オンズは逃げ回るビュリウスを睨んだ。
「……」
一方――
観測所を目指すデニス達も、肩越しにその様子を窺っていた。
〈追火〉を振り切ろう飛び回るその遥か上を、もう一頭のビュリウスがゆったりと旋回している。
〈追火〉が当たっても、それだけで仕留める事は出来ないだろう。
だが、一対一の時間を生み出す事は出来る。それをよく心得ているのだ。
「あの二頭……単独では勝てないと分かっている」
ライナーが溢した。
しかし、かと言って自分たちに出来る事はない。ゆったりと旋回するビュリウスを見つめ、デニスは唇を噛んだ。
「にとにかく観測所へ入ろう。連中が俺達に気が付く前に……」
――観測所へ辿り着き、備品室へドロレスを運び込んだ。
苦しそうに呻く彼女の額へ、デニスが手伸ばした……その手が掴まれた。
「どうした? 何が必要だ?」
何か言おうとしているようだが……上手く聞き取れない。
耳を近づけ、彼女声に耳を澄ませた。
「……なんだ?」
ライナーの問いには答えず、デニスは奥の棚へ駆け寄った。
「手を貸してくれ」
二人がかりで棚を引きずると……隠れていた窪みに、地下へ降りる縦穴が現れた。
「地下があるのか……?」
「シェルターだ」
そう言って、デニスは真っ直ぐにライナーを見つめた――
ニックとユルトは空を見上げ、もう一頭のビュリウスを眺めた。
遥か上空を、ゆったりと旋回している。
「……チッ」
バラバラに攻めかかってくる事を期待していたのだが……。
「やっかいだな……」
その時、眼前をビュリウスと〈追火〉が横切った――同時に爆炎が上がり橋を揺さぶった。〈追火〉の一つが、橋に当たったのだ。
「ジジイ! 何してんだヘタクソ!!」
ニックが悪態をつくと同時に、ガラガラと橋が崩れ始めた。ユルトの一撃で致命傷を負った橋には耐えられなかったのだ。
ヴェルムントへ背を向け、崩れる橋に追い立てられるように三人は駆けた。
――その背にビュリウスが迫る。
しかし、オンズは待っていたとばかりに笑みを浮かべた。
「来たな!」
いつの間に分けていたのか――ビュリウスを追っていた〈追火〉の一つが、オンズの後ろから現れた。
(上に行く以外逃げ場はないぞ?)
立て続けに爆音が響き、炎と煙がビュリウスを包み込んだ。
「!?」
次の瞬間――立ち込めた煙を突き破り、ビュリウスが現れた。三人の頭上を飛び越え、行く手を塞ぐように橋へ降りた。
首元と尻尾に、〈追火〉による痛々しい傷が見える。
空へ逃れる事はせず、敢えて当たったのだ。そう結論した――その刹那、背で風の音を聞いた。
大きな帆が、いっぱに風を捉えたような――
曇ったガラスを拭うように煙が晴れ――駆け抜ける熱気が、総毛を逆立てた。
「!!」
迫りくる火炎は、太陽が落ちてきたのかと錯覚させた。
――咄嗟にユルトが鎚を打ち付け、巻き上がる石塊と風が壁のようにそそり立ち火炎を遮った。
同時に、行く手にもう一つ太陽が吐き出された――
「〈障壁〉!!」
ほんの一瞬、オンズが早かった。火炎に飲まれるより早く、〈障壁〉が三人を包んだ。障壁と地面の堺が赤々と輝き、煙が漂った。
「ちとナメ過ぎたわい……」
炎の濁流を内から見上げ、オンズはホッと息をついた。
「構えろ」
ユルトがニックを促した。
「オレは前だ」
ニックは二本の剣を逆手に握り、屈むようにだらりと下げた。
「分かった。俺は後ろだ」
ニックとは対照的に、ユルトは背を伸ばして鎚を肩で担いだ。
二人の重心がゆっくりと沈み――ぶらぶらと揺れるニックの手が、微かに地面を撫でた。
次の瞬間――火炎が止まり、オンズが〈障壁〉を解いた。
振り抜かれるユルトの鎚を蹴り、ニックは打ち出されるように跳躍し一気に間合いを詰める。
ユルトはそのまま体を回し、滞空するビュリウスめがけて鎚を投げた――
ブレスを出し終えた一瞬の硬直を捉え、間合いを詰めたニックが斬りかかった。
さしものビュリウスも躱すことは叶わず、迎え討つ外なかった。飛び込んでくるニックへ、素早く爪を振り抜いた――
一瞬火花が散り――ニックは駒のように弾き飛ばされた。
いや――反射、原理はリンも使っていたあの技だ。爪の一撃を受け流し、その力で体を駒のように回しているのだ。
引き寄せられるように舞い戻り、ビュリウスの鼻面へ無数の斬撃を浴びせた。
堪らず飛び退くも――ニックは磁石にでも引き寄せられるように纏わり付き、途絶える事なく斬撃を浴びせ続けた。
振り払おうと爪を振るえば、ことごとく斬撃となり自身へ返ってくる。そして、返されるほどにその威力上がっていた。
逃れる場所は、空しかない。
一瞬の隙を突き、翼を広げた――その時、頭上に大きな魔法陣が現れた。
「隙あり。とでも思うたか?」
「〈微塵〉」
魔法陣がかき消え、太い帯び状ものが撃ち出された。咄嗟に身を捩るも――左の翼へ巻き付きビュリウスは橋へ引き戻された。
暴れる尻尾に合わせた剣が、共鳴するように震えながら甲高い音色を奏でた。
(チッ、安物はこの程度か……)
剣が――水を吸ったビスケットのように、ポロポロと崩れ始めていた。
(ま、安物にしちゃ持った方か)
ニックは翼膜へ狙いを定め、大きく踏み込んだ――
一方、背後に迫るもう一頭は――
飛んで来たユルトの鎚を躱し、再びブレスを撃ち下ろそうと体を膨らませた。
その時――先程躱した鎚が通った後に、〈糸繰〉のような帯が現れた。
次の瞬間――それはゴムのように縮み、ユルトを空へ撃ち上げた。
砲弾と化したユルトがビュリウスの顔面を捉え、分厚いプレートに覆われた右肩が牙を砕き子犬のような悲鳴を上げた。
「お前も降りてもらうぞ」
引き戻されてきた鎚を受け止め、ビュリウスの頭に着地した。
ユルトが大きく鎚を振りかぶり――ニックが翼に斬りかかる。
その刹那――
鳥籠から再びあの咆哮が響いた。
「――ッ!?」
ニックの斬撃は軌道が狂い、翼に巻き付く〈微塵〉を切り裂いた。
より鳥籠に近かったユルトは、力が抜けたようによろめいた。
翼の自由を取り戻したビュリウスは空へ舞い上がり、ユルトは橋へ振り落とされた。
「クソが!! なんでまだ開いてんだよ!!」
ニックは跳ね橋を振り返り、ギリギリと歯を剥き出した。
「油断したわ……」
オンズは空を見上げ、上空を舞う二頭を忌々しげに見つめた。
もうあの二頭が先程のように詰めてくる事は無いだろう。
「……泥仕合になるな」
ユルトは鎚を担ぎ、空を見上げて呟いた。
――ふと、その目にバルーンが留まった。箱をぶら下げたバルーンが空を漂っている。
ドロレスを運ぶのに使っていた物と同じ物のようだが……。
オンズも気が付いたようで、一瞬視線を交わして肩を竦めて見せた。
よく見ると、箱から煙が漂っている。
(……なんだ?)
旋回するビュリウス達も気がついたようだ。様子を窺うように、一頭がバルーンの周囲を回り始めた。
その時――不意に唸りを上げ、バルーンを蹴るように掴んだ。
箱から吹き出した何かの粉塵がビュリウスを包み、バルーンはシナシナと浮力を失った。
「……なんじゃ?」
同時に、観測所で何かが煌めいた――
観測所では、デニスが観測気球の打ち上げ場に設置した鏡のような板を動かしていた。
(来い……、こっちだ!)
粉塵に塗れたビュリウスが、ふと顔を上げた――
「来るぞ!」
備品室へ駆け戻ってくるデニスの背後に、ビュリウスの姿が見えた。
「急げ!」
ライナーが叫ぶと同時に、打ち上げ場にビュリウスが降りた。いや、激突したという方が正しい。
洞窟に逃げ込んだデニスを追い、勢いを殺すことなく顔を押し込んだ。
衝撃でよろけた彼を、バラバラと飛び込んできた瓦礫が突き飛ばし、崩れるように床を転げた。
「デニス! 急げ!」
だが、デニスは苦しげに呻くばかりで、呼びかけに応える様子はない。
「クソッ……!」
ライナーは備品室を飛び出し、デニスの襟首を掴んだ。
「デニス!! 立て!!」
そうしている間にも、ビュリウスは洞窟を崩しながら更に顔を押し込んでいる――
「クソ……!」
力任せに備品室へ引きずり、息つく間もなく扉に手をかけた――その時、強烈な光がライナーの目を刺した。
「!!」
開いたビュリウスの口に火炎が渦巻いている――
……そこからの記憶は曖昧だ。ハッキリと思い出せるのは、青白く光る扉を眺めていた所からだ。
意識を取り戻したデニスが、頭を抑えながら身を起こした。
「ライナー……」
尻餅をつき、放心したライナーが閉じた扉を見つめている。青白い光が、彼の顔から余計に生気を奪っていた。
言葉はなく、彼はよろよろと立ち上がり手を差し伸べた。
「……シェルターに降りよう」
「ああ……」
――オンズは、落ちてきたバルーンを覗き込み、漂う臭気に顔をしかめて口を覆った。
「……魅了か」
魅了。異常な敵愾心や興奮状態を作り出したり、その逆。そういった精神に干渉するものの総称だ。
残されたもう一頭は、相変わらずヴェルムント上空を旋回している。
(取り敢えずは引き離せたようじゃが……。さて、どうやって引きずり降ろすか……)
髭を弄んでいたオンズは、ふと鳥籠を振り返った。
「遠声……?」
ビュリウスの声であることに間違いはない。しかし、咆哮や唸りとは違う……これまで聞いた事のないものだ。
「呼んでいる」
ユルトが呟き、旋回していたビュリウスが鳥籠に吸い込まれた。
「クソが……、面倒クセェ事してんじゃねぇぞ!!」
ニックは怒りに任せて剣を投げ、そこから伸びる帯が天井に刺さったままの剣に絡みついた。
帯がゴムのように縮み、ニックの体を一気に天井まで引っ張り上げた。
(どこに行きやがった……?)
ギリギリと歯を鳴らすニックの目が、崩れた天井の穴を捉えた。
(あそこか……!)
ボロボロになった剣を捨て、刺さっていた剣を引き抜いて駆け出した。
「怒り狂っとる時の方が精度がよいとはな……」
「それがあいつの強さだ」
ため息を漏らすオンズの隣で、ユルトがクルクルと体を回して鎚を投げた。
「ワシもすぐに行く」
と、見送るつもりだったオンズの襟首を、ユルトが掴んだ。
「まて、止めろ! ワシは自分で――」
言い終えぬ内に、ユルト共々空へ撃ち出された。
後に、オンズはこう語った――
『全身の関節が数センチ伸びたわい』
※
――目玉を狙ったアイク矢が、ことごとく瞼に弾かれた。
(体もダメ、目もダメ……じゃあ何処を狙えばいいんだよ……)
だが、全く無駄というわけではない。
「射ち続けて!」
手が止まったアイクへカルアの声が飛んだ。
「嫌がってる……射ち続けて!」
リンは間合いを詰め、鼻先を抑え続けた。
チラチラと視界を塞ぐリンを躱そうすればアイクの矢が飛び、押しのけようと爪と構えれば、リンが出す壁に阻まれ振り抜く事ができない。振り払おうと伸ばす尻尾は、二体のゴーレムとローレンスに打ち返された。
(コイツ……何かやろうとする時に必ず首が下がる)
立ち上がろうとする者の額を押し返すように、リンは行動の起点を読み動をき封じた。嫌がるビュリウスが下がれば詰め、徐々に押し返した。
(この調子なら……)
僅な余裕を得たリンは、ふと気が付いた。
「ルチルナ! 首の左だ!!」
所々鱗が剥がれ、焦げたような傷があった。まだ新しい。
ランランがするりとリンの脇を抜け、傷口めがけて腕を振り抜いた――
微かに呻き、食いつこうする鼻っ面をローレンスの蹴りが捉えた。
堪らず爪を振り回そうとするが、ピタリと張り付いたリンの壁に阻まれ振り抜く事ができない。
(このまま通路に……!)
全員が同じ事を思った――その時、ビュリウスが床を滑るように一気に後ろへ下がった。
一瞬首をもたげ――突き出すように咆哮を放った。
「〈無音〉!」
僅かに、カルアが早かった。続いてリンが壁を展開し、衝撃波を防いだ。
だが、間合いは開いたままだ。
間合いを詰めようとした――その時、ビュリウスの体が僅かに膨らんだ――
(ブレス!)
同時に大きな破裂音が響き、口内に打ち込まれた矢を噛み砕いた。
機を逃さず、盾を構えたリンが床を滑るように一気に間合いを詰め、ランランとレムが後を追った――
しかし、次の瞬間――ビュリウスは大きく踏み込み、左腕を軸に駒のように体を回した――
「!!」
一瞬の間を開け、一閃した尻尾が間合いを詰めるリン達を弾き飛ばした。
「……クソ」
リンは盾で辛うじて防いだが……間合いは更に広がった。
ビュリウスは唸りを上げ、大きく体を膨らませた――
(もう一度!)
アイクの放った矢が、口内に飛び込む――その刹那、振り下ろす尻尾が矢を叩き落した。
――ブレスを止める事はできなかったが、リンの壁が火炎を堰き止めた。
「振り出しだ……」
歯を鳴らすリンへ、ルチルナは平然と言い放った。
「なら、もう一度やるだけよ」
持っていた多面体の欠片をしまい、メイメイの残骸から簡易ゴーレムを生成した。
ふと、カルアが口を開いた。
「ルチルナ、天井から簡易ゴーレムを降ろした時の……そのサイズでも出来る?」
「……アイクの矢で天井に運んだ……?」
「そう、その後――」
ブレスが止み――リンが皆を振り返った。
「行くぞ」
カルアが足元に〈無音〉の魔法陣を描き、頷き返すと同時に壁が解かれた――
まだ復元の始まらない灼熱の空間へ、ゴーレム達が飛び出した。簡易ゴーレムを先頭に、ランランとレムが一直線にビュリウスを目指した。
アイクが弓を引き絞り、カルアが〈加速〉を合わせる――雲を引いた矢が顔へ降り注ぎ、ビュリウスは首を振って矢を散らした。ダメージ期待できないが、初動を抑える事はできた。
その隙に詰めて来る敵を捉え、ビュリウスが左腕を大きく踏み出した。あの尻尾の一撃だ――
その瞬間、先頭を行く簡易ゴーレムが石塊に還り、床に崩れた。
――一閃した尻尾がランランとレムを弾き返した。しかし、床に散らばった石塊はそのままだ。そこから再び、簡易ゴーレムが立ち上がった。
「!?」
軸とした腕に簡易ゴーレムが取り付き、ロープのように形を変えてぐるぐると巻き付いた。牙を突き立てるも……崩れた場所は即座に再生し、意味をなさない。
周囲を青白い光が包み――復元が始まると同時に、押し戻されていたランランとレムに続きリンも間合いを詰めた。
ビュリウスは迎え討とう再び大きく踏み出した――直後、ぐらりとバランスを崩した。
簡易ゴーレムが巻き付いた左腕が、強い力で引かれている。
通路の奥が青白い光を帯び、磁石のように簡易ゴーレムと引き合っている。
間合い詰めたリンが、再び鼻先に取り付いた。
――動こうとすれば起点を潰され、バランスを崩した。腕に繋がれた鎖に引きずられるように、ズルズルと通路へ戻されてゆく。
(もう少し……!)
ルチルナは歯を剥き出し、左目は暴れるように激しく動いた。
リンの頭上に尻尾が現れ、ローレンスが身構えた。しかし――するりと引っ込み――リンではなくローレンスめがけて突き出した。
「!?」
咄嗟に飛び退いたが――立て続けに突き出された尻尾がランランとレムを突き飛ばし、再びリンの頭上に尻尾が戻った。
「……」
しかし、リンは視界の隅に戻ってくるローレンスを捉えていた。
対処はローレンスへ委ね、盾を構える手に神経を注いだ。
振り下ろす尻尾に合わせ、ローレンスが大きく跳躍した――次の瞬間、尻尾は軌道を変え再びローレンスへ突きかかった――
「!!」
(しまった……!)
「ローレンス!」
思わず――ルチルナはローレンスを振り返った。派手に床を転げていたが……、彼はすぐに身を起こした。
安堵すると同時に――ルチルナはハッとビュリウスへ意識を戻した。
しかし……その隙を逃すはずはない。左腕を引き戻し、リンへ尻尾を振り下ろす――
咄嗟に盾で防いだが――
(咆哮!)
カルアの〈無音〉とリンの壁も間に合った。立て続けの攻撃をなんとか凌いだ。しかし――
ビュリウスは腕を大きく踏み出し――ルチルナの左目に脈打つ筋が浮き上がった。
その時――ルチルナがガクリと膝を折った。
(魔力が……、そんな……ダメ、止められない……!)
振り抜かれた尻尾が壁を砕き――弾き飛ばされたリンが床を跳ね、カルアを巻き込んでゴロゴロと横たわった。
「……クソ、ここまでかよ……」
低い唸り声が、それをかき消した……。
――全員の脳裏を、死が駆け抜けた。
「……?」
ビュリウスが動きを止め――いや、後ずさている……?
ビュリウスとの間に、誰か立っている。
「クソが!! お手軽な相手に乗り換えてんじゃねぇぞ!!」
逆手に剣を構えたニックが、ポツン立っていた。
叫ぶや否や――尻尾の一撃を貯めた斬撃が、瞼ごと目玉を切り裂いた。
悲鳴を上げ、後ずさるその脇腹に――ユルトの一撃がめり込む。
体が浮き上がる程の一撃に、堪らず踵を返して通路へ逃げた――
しかし……、その行く手は〈障壁〉に阻まれた。
「ヌハハハ! 目先の獲物につられてこんな所に入り込むとはな! あの世で反省せい!!」
〈障壁〉の向こうで、オンズが高笑いを響かせた。
振り返ると――ニックの剣に、ユルトが鎚を打ち込むところだった。
――金属が奏でる甲高い音が響き、剣がするりと喉へ押し込まれた。
そのまま孤を描き――瞬くよりも早く、腹までパックリと切り裂いた。
――ニックは、溢れ出る血と臓物の中に、脈打つ心臓を見た。
「図に乗ってんじゃねぇぞ、羽虫が」
振り抜いた剣を引き戻し、それを貫いた――
断末魔を上げる間もなく、ビュリウスが床へ崩れ落ちた。脈打つ心臓が血を撒き散らし……沈黙が訪れた。
「……」
「ニィィーック!! 何をしとるんじゃ!!」
「あぁ?」
「それを無傷で持って帰れば借金はチャラなんじゃぞ!!」
「……」
被せるように、ユルトがため息をついた
「あぁぁ!? テメェも忘れてただろうが!」
「トドメを刺したのはお前だろう。俺は加減したぞ」
と、食って掛かるニックを躱した。
「ウソつけ! おい!」
喚くニックを尻目に、ユルトはリンを起こしてカルアへ歩み寄った。
「肩を見せろ」
「――ッ痛」
外れていた肩が戻り、カルアはゆっくりと肩を回してユルトを見上げた。
「……ありがとうございます」
「全員生きているようだな」
「はい。助かりました……ありがとうございます」
「成り行きだ。気にするな」
何やらニックへぶつくさと言いながら、オンズも歩み寄った。
「なかなかどうして、全員生きておるとはのう」
そう言って、髭を弄んだ。
「おい、ジジイ。あれから取れんじゃねぇか?」
矢狭間から下を覗き、ニックは小ぶりなビュリウスの死骸を指した。
オンズは首を振り「あれの方がマシじゃ」と、ため息混じりに後ろの死骸を振り返った。
「なら……」
ニックは口角を吊り上げ、北天と対峙する二頭を見つめた。
「あれから頂くしかねぇな」
2023/02/08 微修正 2023/02/12 微修正 2023/02/26微修正 2023/06/25修整




