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ヴェルムント

 なだれ込む北天に混じり、デニスも鳥籠へ飛び込んだ。

「ドロレス!」

 弱々しく見上げる彼女へ駆け寄り、デニスは青ざめた。

 右の足首が明後日を向き、左腕は肘より先がない。骨が剥き出し、僅かに残された皮膚が垂れ下がっているだけだ。

「……デニス」

 彼女の鼓動の合わせ、剥き出しの血管がビュルリと血を吐き出した。


「ああ……、なんて事だ……」

 止血しようとするデニスへ、北天から声が飛んだ。

「外へ連れ出せ! 閉じ込められるぞ!」

 ドロレスを担ぎ上げ、デニスは急いで外へ出た。

 一先ず跳ね橋の下に隠れ、彼女の腕を縛った。

「痛ッ……」

「できるだけ腕を上に」


 デニスの肩に掴まり、立ち上がろうとしたドロレスは――初めて足が折れている事に気が付いた。

(あの時……)

「ここでいいよ。ここなら――」

「ダメだ! 魔力炉が稼働したら橋を巻き上げる手はずになっているんだ!」


 ドロレスを抱え、よたよたと駆け出した。

「……ハンスに痩せろって言われたっけ。ゴメン……言う事聞いとけばよかった……」

「んな事を言う余裕があるなら大丈夫だな」

 行く先に、ニック一行の姿が見えた。

「……あれがC(チャイルド).()O(オブ).()L(リリス)?」

「違う。彼らは魔力炉へ向かった」

「そっか……」


 よたよたと走るデニスへ、オンズが声をかけた。

「情けないのう……。何をモタモタしとるんじゃ」

 そう言って鳥籠を指差した。

「ほれ、急がんと来るぞ」

 振り返ると、鳥籠の上に天鼠竜(ビュリウス)の姿が見えた。


 しかし……昨夜一晩走り続け、とんぼ返りしてきたデニスの体は限界を迎えていた。

 彼の意志に、体が付いてこれなくなっていた。

「ったく……」とため息を漏らしたオンズが手をかざした。

 デニスの足元で魔法陣が瞬き、不意に体が軽くなった――と同時にユルトが襟首を掴んだ。

「……?」


 次の瞬間――視界がグルグルと回転を始めた。

 一回転――二回転――三回――、体が宙を舞い――大きく弧を描いて橋の袂まで飛んで行った。

 着地して地面を滑走するデニスをライナーが受け止め、同時に体が重さを取り戻した。


「ドロレス! 生きてるのか!?」

「なんとかね……」

 ライナーは背負っていた荷物を下ろして医療品と幾つかの観測気球を取り出した。

「どうするんだ?」

「こいつで浮かせて観測所まで運ぶ」


 放り込んだキューブ状の物体に水をかけると、バルーンがモコモコと膨らみ浮き上がった。

 応急処置を施し、三つのバルーンをドロレスへ括り付けた。浮かすには至らなかったが、殆ど重さを感じなくなった。

「よし、急げ!」

 白み始めた空を振り返り、二人は観測所へ急いだ。


 

 ※



 格子を背に、北天が扇状に陣を構えた。

 クラウスは鳥籠の隅々に視線を走ら、ビュリウスの姿を探した。

(正面に成体が一頭。残りは何処だ? 外へ出たか? それとも……)

 左右の闇に視線を走らせた。


 その時、顔の脇に魔法陣が現れた。

『外に二頭じゃ。天井をうろついとる』

 オンズの声が聞こえた。

 そして、クラウスの思考を読むように続けた。

『跳ね橋が上がるまでじゃ。姿が見えんと維持するのは難しい。それと、間もなく夜明けじゃ』


「ブルー・アイは居るか?」

『それらしい奴は見えん』

「そうか」

 クラウスが手を上げた。

 同時に最前列の盾を持った団員達が壁を展開した。

「気を付けろ。そこは多少届くぞ」


 次の瞬間――咆哮が駆け抜けた。それは、かつて耳にした事のない桁外れなものだった。

 展開された壁が反響するように震え、外に居るオンズ達は顔を歪めてよろめいた。


「なんじゃこれは……」

「ざけんなよ、防げてねぇじねぇか!」

 しかし、ブルブルと首を振り直ぐに立て直した。

 振り返ると、格子の向こうで青い光が揺れていた。


 一際大きな足音を響かせ――闇の奥から一頭のビュリウスが現れた。

 眼の前に居た別の一頭を押し退け、倍はあろうかという巨体が北天の前に立ちはだかった。

 顔に、角に残る無数の傷跡――そして、青い光を帯びた右目。


「ブルー・アイ……」

 クラウスが呟き、バゼルが剣を構えた。

「我らが因縁……、今日で終わりにしよう」



 ※



 一方、魔力炉を目指すカルア一行は――

 突然響いた咆哮に、膝が抜けるようによろめいた。

「なんなのよ……」

「咆哮……?」

「壁越しで距離もあるっつーのに……」

「なんて威力だよ……」


 いち早く咆哮から脱したローレンスが、自身の頬を挟むように打った。

「炉を動かせば咆哮は壁を通らなくなるとクラウス殿が。魔力炉へ急ぎましょう」



 ――やがて

 掲げた魔力ランプが一枚の扉を照らした。

「あった!」

 通路にアイクの声が響き、カルアが駆け寄った。

 ノブを引き、「鍵が――」と言うアイクを押し退け、レムが扉をぶち抜いた。


「急いで」

 部屋へ駆け込み樽の中をぶちまけた。

 床に転がる保管箱を開き、リンは虹色に輝く結晶を眺めた。

「すげえな……これ買ったら幾らすんだろな」


「リン! こういう時にやめてよ!」

「そんな怒るなよ……」

 アイクに窘められ、リンは魔力炉へ走った。

 床に設置された大きな漏斗状の装置へ次々と結晶を流し込んだ。

「でも……炉を止めた気持ちは分かるかも」

 吸い込まれて行く魔力結晶を見つめ、アイクが呟いた。


 カルアは操作盤へ取り付き、パズルのような板をカタカタと入れ替えた。

「これで良いはずなんだけど……」

 程なくして――天井が白い光を帯びた。徐々に光が増し、まるで屋外に居るように周囲を明るく照らした。

 

「後は……」

 再び操作盤を動かした。

「これで跳ね橋が巻き上げられるはず……」



 ※



 鳥籠では――

 天井が白い光を帯び、一気に闇を溶かした。

 それはつまり、カルア一行が魔力炉へ辿り着いた事を意味する。

 しかし……跳ね橋が動く気配がない。

(……だめか)

 クラウスは心の中で舌打ちを漏らしつつ周囲に視線を走らせた。

(ブルー・アイの他は――)


 成体が二頭……。その内一頭は標準的なサイズより小さい。分類的には成体となるが……大人ではないようだ。突然の事に驚いたようで、キョロキョロと首を動かしている。

(まだひよっ子か)


「九番!」

 クラウスの号令と共に、小さな個体へ槍が撃ち込まれた――

 しかし、ひらりと躱しサラマンダーの如く壁面を駆けた。それを追い立てるように、クラウスの号令と共に次々と槍が撃ち込まれた。その一方で、彼は手信号で幾つかの班へ別の指示送っていた――


 追い立てられるビュリウスが、堪らず天井の穴へ飛び込んだ――その瞬間、これまでとは違う連続した射撃音が響いた。

 それは幾重にも重なり、まるで一つの音であるかのように聞こえた。


 やがて……落ちて来た二本の槍が、床を跳ねた。どちらも穂先が砕け、押し潰したように曲がっている。

 その上に、穴へ逃げ込んだビュリウスが落ちた。


 ……内側から喉を破り、欠けた穂先が覗いている。腹の不自然な膨らみも、下に槍がつかえているのだろう。尻尾の脇に、根本まで突き刺さった槍が見える。

 ドラゴンの皮膚や鱗は非常に硬く、単発では通らない事が多い。躱し難い場所へ追い込み、一点に五本もの槍を打ち込んだのだ。

 

(ここからだ……)

 尻尾を打ち付け、威嚇する二体に視線を戻した。



 ※



 座っていたカルアが呟いた。

「跳ね橋はちゃんと動いたのかな……」

「それで分からないの?」

 ルチルナが操作盤を指差した。

「うん……確認は出来ないみたい」


 通路からアイクの声が聞こえた。

「何も聞こえないね……鎖が動くような音も、戦ってる音も」

「……」

 意を決し、カルアが立ち上がった。

「見てくる」


「オレも行く」

 とリンが続いた。

「大丈夫。皆んなはここで待ってて」

「はぁ? 見に行って、橋が降りてなかったらどうすんだ? 降りてませんでしたって言いに来るのか?」

「……」


「俺は、組むと決めた時に一蓮托生と覚悟した。変な遠慮すんなよ」

 歩き出したリンにアイクが並んだ。

「何か今日は冴えてるねぇ」

「うるせ」

 と茶化すアイクからプイと顔を背けた。


 ふと、ルチルナがカルアの手を取った。

「行きましょ」

「……ありがとう」

 歩き出したルチルナは、つい先程ローレンスと交わしたやり取りを思い出していた。


(砦を出る際に申し上げた事を覚えておりますか?)

(……)

(何時如何なる時でも、それは変わりません)

(……私も、皆の事をそう思っているわ。勿論あなたも含めてね)

(……)

(私も、あなたと同じように行動する。誰が何と言おうとね)



 ――来た道を戻り、見取り図を頼りに通路を進んだ。

 全ての天井が白く輝き、一片の闇も残っていない。来た時とは違う建物に居るような気がした。

「この先に……」と、カルアの声が尻窄みに途切れた。

 瓦礫が通路を塞ぎ、壁と床の一部も崩れていた。

「……扉があるはずだったんだけど」


 見取り図によれば、この先の扉から鳥籠の壁内通路へ出られるはずであった。そして螺旋状に続く通路の先に、跳ね橋の操作盤をがある。


「ルチルナなら退かせるんじゃない?」

「そうね」

 と、神眼を開こうとするルチルナへローレンスの声が飛んだ。

「お待ち下さい。無闇に動かしては更なる崩壊を招くやもしれません」


「ん〜……。他に道はある?」

 横からアイクが見取り図を覗き込んだ。

「たぶんこっから行けるぞ」

 床の穴からリンの声が聞こえた。

 中を覗くと、リンが何処を指差した。

「多分、あそこがそうだよ」


 降りてみると――少し先の天井が崩れ、光が漏れていた。

「ドロレスが居た場所に似てるわね」

 穴へ降りたルチルナが呟いた。

 瓦礫を足場に、天井へ登ったリンはゆっくりと顔を突き出した。

「……」


 一瞬、何処かの部屋へ出たのかと思った。しかし……縦に長く、ゆったりとカーブしているこの空間はたしかに通路のようだ。

 続いて顔を覗かせたアイクは穴を這い出し、ぐるりと周囲を見回した。

(……随分広い通路だな)


 その理由は直ぐに分かった。

 壁に穿たれたスリットのような隙間――覗き込むと、外が見えた。

「矢狭間だ……」

 理解すると同時に、矢狭間の前に詰める北天の姿を幻視した。

(なるほど……。でもそれだとちょっと狭そうかな……)


 続いて穴を這い出した面々が矢狭間を覗き込んだ。

「何なの? この穴」

「矢を撃つた為の穴なんだけど、ここの場合は北天が使う槍を撃つ為のものだろうね」

「ふーん」

 ルチルナは矢狭間に頭を入れ、外を眺めた。


 その時――矢狭間に油膜のようなグラデーションが走り、カルアが呟いた。

「〈(バブル)〉……」

「〈泡〉?」

「最も強い守りの魔法」

「〈障壁(ヴレウ)〉よりも上なの?」


 ルチルナへ頷き、カルアは矢狭間に杖を差し込んだ。

 矢狭間から杖が突き出ようとした時、杖の先が水面を突いたように揺らぎ六角形の網目が広がった。更に押し込むと……杖を避けるように穴が開いた――その瞬間、風と音が流れ込んだ。


「裏側からは何でも通すけど、表からは何も通さない。相応の魔力を注ぎ込めればどんなものでも防ぐ事ができる」

「へえ、カルアも使えるの?」

 アイクの問に、カルアは首を振った。

「使えなくはないけど、安定させるのが難しくて実用的じゃないの。魔法の知識として持っているだけ……。こういう大掛かりな仕掛けを使わないと実用的な運用はたぶんできない」


「ふーん……、そいつで全体を覆ってるわけか」

 そう言ったリンは、反対の壁に矢狭間を見つけて歩み寄った――


 ギョロリと動いたビュリウスの瞳が、自分を捉えたのが分かった。


「――!!」

 音もなく繰り出された爪に、咄嗟の盾を合わせた――

 しかし――それは膜のような物に阻まれ、矢狭間よりこちらへ入ってくる事はなかった。

 膜に食い込む爪を中心に虹色のグラデーションが走り、六角形の網目模様が浮き上がった。


「……」

 尻餅をつきかけたリンの後ろで、カルアが呟いた。

「外側と内側で表裏逆の〈泡〉を展開してるんだ」

「……なるほど」

 その時、アイクが指差した。

「跳ね橋が降りたままだ」


 カルアは見取り図をを取り出し、矢狭間から上を見た。

 天井がドーナツ状に大きく凹み、中央から円錐状にトンネルが突き出している。

「あれが引き込み口……?」

 目を凝らすと、天井の〈泡〉が途切れている。


「急ぎましょう」

 駆け出したカルアの肩を掴み、引き戻してリンが先頭に立った。

「盾があるんだから使わないと」

 そう言って、隣に並んだアイクが肩を叩いた。 


 通路には一定距離毎に階段があり、鳥籠をグルグルと回りながら螺旋状に上へ登っている。

 矢狭間から鳥籠内の様子がチラチラと見えるが、音は上から漂っている。それに混じり、上へ登る程に微かな風を感じた。


「じゃあ天井の〈泡〉は手動で?」

 そう尋ねるアイクへ、カルアが図面を差し出した。

「引き込み口の開閉って書いてあるけど、そういう事だと思う。最上部に指揮所があって、そこから操作できるみたい」

「跳ね橋もそこから操作できるんだよね?」

「うん。本来は指揮所からやるものみたい」


 視線が引き込み口を越えた時、吹き抜けた風に足を止めた。

 外から何かを突き刺したように、天井と内壁を貫く大きな穴が開いていた。

 もう夜は明けており、穴から朝日が差し込んでいた。

「気をつけろ、内側にも穴が開いてるぞ」

「私が見た時、ここに一頭ぶら下がっていたわ」

 

 素早く穴を横切り、通路を駆け抜けて指揮所へ入った。

 中央に大きな柱があり、その根本に矢狭間が並んでいる。一部矢狭間が途切れ、操作盤が設置されていた。矢狭間を覗き込むと、見下ろすように引き込み口の縁が見えた。

 

 カルアは中央の操作盤へ駆け、アイクへ見取り図を渡して奥を指差した。

「向こうをお願い。たぶんあっちが跳ね橋だと思う」

 駆けて行くリンとアイクを見送り、操作盤へ手を伸ばした――


「これでいいはず……」

 矢狭間を覗き込むルチルナとローレンスから声が飛んだ。

「引き込み口はここからは見えないわ」

「跳ね橋は動いております」

 天井に〈泡〉が展開された事は確認できたが、これで引き込み口を覆えているのかは分からなかった。


 説明を読んだ限りでは特にそういった言及はなかったが……。

(念のため……)

「少し降りて引き込み口を確認して来ます」

 と、踵を返して通路へ駆けた。



 ――死は、誰にでも訪れる。



 それが何時、どのように訪れるかは分からない。

 ただ一つ……、こちらの都合はお構い無し。それだけは確かだ。

 

 指揮所を出たカルアは音を聞いた。帆が風を捉えたような、大きな羽音。

 差し込む陽を遮り、それは舞い降りた。

 足を掬う衝撃に耐え、吹き抜ける風に手をかざした――


 不意に訪れた死は、ビュリウスの姿をしていた。


 唸りを伝えた大気は震え、耳の底から全身を撫でた。吹き付ける鼻息が髪を揺らし――開かれた口が視界を埋め尽くして行く――

 迸る涎が牙を離れ、頬を撫でた。


 その時、横っ面に体当たりするレムが視界に割り込んだ。

 ハッと我に返り、カルアは踵を返した。縺れる足に躓きながら、手で床を掻いて辛うじて駆けた――直後、弾き飛ばされたレムが床をバウンドしながらカルアを追い抜いた。



 ――跳ね橋を操作していたリンとアイクは、弾き飛ばされてきたレムに驚いて振り返った。

「!!」

 通路に体を捩じ込んだビュリウスが、猛然とカルアを追っている――

「クソッ……!」

「ヤバい!」


 指揮所へ駆け込んだカルアは、ビュリウスが見せた仕草にハッと足を止めた。

 首を竦めるようにもたげた――

 (咆哮――!)

 それを声に出すよりも早く、魔法陣を描いた。

 自分の足元、ルチルナとローレンス、リンとアイク――


「〈無音(ミュート)!〉」


 咆哮の効果は無効化されたが……爆風のような衝撃がカルアを吹き飛ばした。まるで、空気の砲弾を撃ち込まれたようだった。

 砲弾はカルアを柱に叩きつけ、「ぎゃッ!」と呻いて床へ崩れた。

 

「カルア!」

〈無音〉の効果が消え、叫ぶルチルナの声が聞えた。

 咆哮そのものは逃れたが、駆け抜けた衝撃波が皆の動きを封じた。しかし、メイメイとランランの陰に居たルチルナはその影響を逃れていた。


 咄嗟にカルアへ駆け寄った彼女の背に、通路を躍り出たビュリウスが迫った――

「お嬢様!!」

 ビュリウスがルチルナへ喰らいつき、裏返ったローレンスの叫びが響いた――


 ……ルチルナが目を開くと、メイメイの姿があった。(すんで)のところで割り込み、閉じようとする口を何とか抑えていた。

 しかし――その体には無数の亀裂が走り、今にも噛み砕かれてしまいそうであった。

「メイメイ!」

 神眼を開くも――ルチルナは苦悶の表情を浮かべ、メイメイが噛み砕かれてしまった――


 直後、床を滑るように突進したリンの盾とローレンスの蹴りがビュリウスの顔面を捉えた。

 鈍い音が響き、後ろへ飛び退いたが……引き下がる気配はない。鞭のように尻尾を鳴らし、牙を剥き出した。


「カルア! 起きて!」

 駆け寄ったアイクが、気を失っているカルアを柱の裏へ引き摺った。

 立ち塞がったローレンスとリンへ、ビュリウスは低い唸りを上げ、噛み付くような素振りで威嚇を繰り返した。


(まずい……)

 リンは焦っていた。カルアが意識を取り戻さない限り、咆哮を防ぐ手立てがない。

(距離を取ってはダメだ。可能な限り詰めて咆哮を――)

 その時――ビュリウスが膨らんだように見えた。


「ブレスだ!」

 リンの声が響き、低い鐘の音とともに壁が展開された――

 壁を這うように火炎が広がり、炎が周囲を囲った。

「クソ……ッ」


 壁の両端――天井と床の境界に煙が漂い、壁の向こう側が赤く輝いた。熱に耐えきれず、表面が溶け始めていた。

 やがて火炎が止まり、真っ赤に輝く天井が糸を引くように滴を垂らした。


(これじゃ近づけない……!)

「ルチルナ! 何かねぇのか!? これじゃ近づけねぇ!」

「……」

「ルチルナ!」

 ルチルナは、メイメイの残骸から砕けた多面体の一部を拾い上げた。

「そんな……核が……」

「ルチルナ!!」 


 リンの声に、ハッと我に帰った。

「ボケッとしてんじゃねぇ!!」

 その時……、溶けた場所と滴が青白い光を帯び、時を巻き戻すように復元を始めた。魔力炉が稼働した時の状態を保つ、要塞が持つ復元能力だ。

(なんか分からんがこれなら……!)


 ルチルナはランランを前に進め、腕を強化しようと神眼を動かした。しかし――

「!?」

 取り込もうとした床と天井は、僅かに振動するが、青白く光るばかりでそれ以上動かす事ができない。


「……魔力炉を止めない限り、たぶんここのは取り込めない」

 振り返ると、アイクの肩を借りてカルアが立っていた。

「常に復元しようとする力が働いてるから……。この要塞そのものが、一つの大きな魔法具になってる」


 その時、唸りを上げたビュリウスが突進してきた――

 自在に飛び回れる外へは行かず、向かって来た。ここで飛ぶ事はできない。つまり……その必要は無いと判断したのだ。


 喰らい付こうとする口を、リンが盾でいなした。

(これなら何とか……)

 歯を食い縛るその頭上に影が落ちた。

「!!」

 長い尻尾を振り下ろし、鞭のようにしなる先端がリンの背に迫った――


 間一髪――ローレンスの蹴りが尻尾の軌道を変え、難を逃れた。

 しかし、ビュリウスの動きは止まらない。横薙ぎに振り抜かれた腕がレムとランランを易々と弾き飛ばした。

 これまで、そのパワーと圧倒的な質量差で敵を捩じ伏せてきた両者だが、それらが自身を上回る相手は分が悪い。


 質量とパワーにまかせいるだけでは、それを越える相手には太刀打ち出来ない。リンのように技を持っていなす事が出来なければ、易々と弾き飛ばされてしまう。

 ビュリウスは大きく踏み込み、リンめがけて爪を突き立てるように腕を振り抜いた――


 盾で受け止め――地面を滑りながら顔面へ槍を突き出した。

 反射(ディーレ)――受け止めた力を攻撃に転用する技だ。

 槍が口元を切り裂き、飛び退いたビュリウスは牙を剥き出し一際大きな唸りを上げた。


 しっかりと技を決めたものの……リンは顔を顰めた。

(装備の方がもたねぇ……)

 槍の穂先が欠け、盾は大きく凹んでいた。

「通路に……押し込めないと」

 カルアは左肩を不自然に下げ、苦しげにそう絞り出した。

 

「通路まで押し返せば……、腕と尻尾は使えない」

「その状態でやれんのか?」

「ムリ……って言ったら、どうにかしてくれる?」

「わりぃ、我慢しろ」


「咆哮は私が無効化する」

「オレらはとにかくあいつを後ろに下がらせる……」

 それぞれに視線を交し、ゆっくりと頷いた。


2023/06/26微修正

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