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凶報

 ふと、前を行くアイクが振り返った。

「ねぇリン、ルチルナと何かあったの?」

「……別に。何もねぇよ」

「ふーん……」


 先頭を行くアイクは歩を緩め、スルスルと後ろへ下がった。

 最後尾を行くカルアの前まで下がり、荷車の後ろに座るルチルナと向き合った。

「ねぇルチルナ、メイメイには乗らないの?」

「気分じゃないの」

「ふーん」

「何よ?」


「リンと何かあった?」

「……別に。何もないわよ」

「ふーん」

 ギロリと向けられた視線に肩を竦め、アイクは後ろへ下がりカルアと並んだ。


「二人揃って『別に何もない』ってさ」

 と、野次馬根性丸出しの笑顔を向けた。

「でもまあ、喧嘩してるって感じでもないんだよね」

 そこはカルアも同意見だ。急に距離を縮めたとか、険悪ムードが消えた。ではないが、二人の間の空気が変わった事は一目で分かった。

 ――いや、『変わった』というより、『気まずい空気に呑み込まれた』と言うべきか。


 後方から注がれる好奇の視線に曝され、ルチルナは目の置き場が定まらずフラフラと視線を泳がせた。

(鬱陶しいわね……)

 時折二人をギロリと牽制し、何も聞くなという無言の圧を送り続けた。


 気にはなるが……。

「放っておきましょ。怒鳴り合ったり殴り合ったりされるより

いいよ」

「まあそうだね……、この仕事が終わるまで大人しくしててほしいし」

 と、アイクは残念そうにため息を漏らした。しかしすぐに気を取り直し、オスカーを振り返った。


「気になってたんですけど……」

 そう言って、先頭を行くバゼルに目を向けた。

「なんだ?」

 ピカピカに磨かれたバゼルの鎧が、キラキラと光を弾いている。後に続く団員が黒で統一されていることもあり、目立つことこの上ない。


「あんなに目立ってて良いんですか?」

「ああ。その為の格好だからな」

「その為? 目立つ為って事ですか?」

「そうだな……」とオスカーは腕を組んだ。


「北天守晴に求められる条件ってのが一つだけある」

「条件?」

「ああ。いくら北天守晴になりたいと思っても、この条件をクリアできなければ絶対に北天守晴にはなれないって条件が一つだけあるんだ」

「……目立つ為っていうのと関係あるんですか?」


「ああ。関係というか直結する話だ」

 その言葉に、ローレンスが反応した。

「たしか……北天守晴が代々受け継ぐ剣技があるとか……」

「へー」と、カルアも食い付いた。

 視線を集めたオスカーは、得意げに口を開いた。

「俺達は――北天は、戦いに於いても団長ありきなんだ」


 その時――不意に隊列が止まった。

 オスカーも言葉を止め、皆伸び上がるように先頭の様子を窺った。

「橋が落ちてる……」

 アイクの言葉を受け、カルアはすぐに地図を確認した。

(たしかここは問題ないって……)


 ルチルナも荷物の上に登り、橋の様子を眺めた。

「……」

 出だしの数メートルを残し、橋が崩壊していた。

「妙ですな……」とローレンスも首を傾げた。

「しかし、通れないのであれば迂回するよりありませんな」

 と、地図を覗き込んだ。


 暫くして……地図を囲む面々へルチルナの声が飛んだ。

「つい最近壊れたって感じね」

 言葉と同時に、足元に石塊が転がった。

「ホントだ。断面が新しい……」

 石塊を拾い上げたアイクは、ふと首を傾げた。


「これどうしたの?」

「見えたやつを拾ったの」

 そう返すルチルナの神眼が、僅かに開かれていた。

「……なるほど」

(ルチルナどんどん成長してるな……)

「なに?」

「別に」と睨むルチルナを笑顔で躱した。


 先頭を窺うと、バゼルとクラウスが地図を手に何やら話している。

「ねえ、カルア。魔法で浮かせてロープか何かで引けないかな?」

「出来ることは出来るけど……」

 カルアは渡すべき人と物を見渡した。

「荷車は諦めて、人も半分なら何とか……ってところかな。重量を操作する魔法って、凄く燃費が悪いの」

「そっか……。やっぱ迂回するしかないか」


 などとあれこれ思案する面々へ、ルチルナが割り込んだ。

「ともかく向こうに渡れればいいのよね?」

「うん……、まあそうだけど……?」

 ルチルナは荷車を飛び降り、メイメイによじ登った――



 バゼルと話していたクラウスは、向かって来るルチルナを振り返った。

「見ての通り、戻って迂回するしかなさそうだ。悪いが――」

 そう言うクラウスを遮るように横切り、橋の袂に立った。

「そんな面倒な事してらんないわよ」


 同時に、ルチルナは神眼を開いた。

 十字を切るように現れた四つの瞳孔が、拡縮を繰り返しながら左右へ滑るよう回転を始めた――

「そっか! その手があった!」

 とアイクは手を打った。


 周囲の岩や残骸が、まるで意思を持つように転がり、橋へ集まった――

 崩れた橋がニョキニョキと伸び、またたく間に対岸へ到達した。

「こんな事が……」

 と呆気に取られるクラウスの隣で、破顔したバゼルが「見事!」と手を叩いた。


 当のルチルナは、歓声を上げる面々を尻目にメイメイと共に橋へ踏み出した。

「何してるの? 渡んないなら片付けちゃうわよ」

 と澄まし顔であるが……。


(これで当面はご機嫌ですな)

(暫くは扱い易くなるな)

(今ならリンとも仲良く……)

 付き合いの長い面々には、この澄まし顔はお馴染みであった。


 再び隊列が動き出し、橋へ踏み出したバゼルが呟いた。

「北門の逸話はこういうことか……。なら、ヴェルムントの逸話も……」

 続けて、隣に並んだクラウスがしみじみと溢した。

「神眼を巡るお家騒動の話はよく耳にしましたが……。なるほど納得しました」

 


 ◆



 一方、橋を落とした張本人達は――

 幾度目かの橋に差し掛かり、ニックが舌を鳴らした。

「チッ、落ちてんのかよ」

「手間が省けて良いじゃないか」


「はあ? 何言ってんだよクソジジイ、あるはずの橋が無くて右往左往する様を想像するのが気持ちいいんじゃねぇか。

 今頃面倒な道を通って、ひょっとすると何か厄介なのに絡まれてくたばってる奴もいるかもな……。そう考えると、三倍も四倍もメシが美味くなるってもんだろ?

 無いはずのものが無いないんて……普通じゃねぇか! それをどうやって楽しむんだよ?」


「知っておったが……お主は本当にクズじゃのう」

「知ってんならいちいち言うなクソジジイ」

 その時、ユルトが無言で彼方を指差した。何かが光を弾き、キラキラと煌めいている。

「あん?」


 単眼鏡を向けると……。

「おいふざけんなよ! なんでもう来てるんだよ!」

 単眼鏡の向こう――バゼルの前に、ピンク色のゴーレムを従えた少女が立った。

(あいつは……)

 次の瞬間――崩れた道が見る間に修復され、隊列は歩みを止める事なくゾロゾロと進んだ。


 ギリギリと歯を鳴らすニックの耳に、呑気な声が届いた。

「あれがメイフィールドの……。あそこを通るのは苦労したのにのう……。神の宿りし瞳、ちっと相手が悪かったの」

 続いて、何処か愉しげに微笑むユルトが肩に手を置いた。


「……クソが!!」

 手を払い退け、ニックはツカツカと崩れた橋へ向った。

「おいクソジジイ!!」

「はて……? お主から見ればどっちもジジイじゃからのう」

「オンズ! テメェが一番ジジイだろ! くだらねぇ事言ってないでさっさと向こうへ飛ばせ!」


「待たんのか?」

「うるせぇ! さっさとやれ!」

 癇癪を起こすニックとは対象的に、穏やかに微笑むオンズとユルト。その瞳は、やんちゃな孫を見守るそれであった。


 

 ※



 地図を見ていたアイクが、鼻歌交じりに問いかけた。

「もうすぐコンラート砦だね。この調子なら日暮れにはヴェルムントに到着できるんじゃないかな」

「そうだね」

「まさかこんなハイペースで進めるとはな。神眼様様だな」

 カルアに続き、オスカーはそう言ってルチルナを拝んでみせた。


「ところで――、コンラートで護衛と合流するんだよな?」

「その予定です」

「どんな連中なんだ?」

「私達も詳しくは……。ただ……」


 と、ヴィクターの言葉を伝えた。

「死神ね……。何か曰く付きの連中みてぇだな。ま、信用ならねぇ連中だったら俺等の側に居な」

「ありがとうございます」

 その時、道の先に城門のような大きな門が現れた。

 門扉や落し格子は無く、風雨に晒され傷みが目立った。

 中に建物は無く、だだっ広いスペースが確保され、無数の洞窟が掘られていた。


 中を見回すルチルナの耳に、ヴィクターの声が蘇った。

『砦って名前が付いちゃいるが、ヴェルムントの倉庫だ』

「倉庫か……」

 と、ずっと気配を殺していたリンが呟いた。

 一瞬――交差しそうになった視線を逸し、互いに背を向けて少し早い昼食の準備に取り掛かった。


 ふと、その視界に三人の男が映った。出口の方から、スタスタとバゼルの方へ向かっている。

 その腰と首に、黄色い登録証が揺れていた。

「君達が……ルカ殿の言っていた護衛か?」

 と、クラウスが応じた。

「ああ? 護衛?」

 首を傾げるニックに代わり、オンズが答えた。

「如何にも」


「そうか」

 まじまじと三人を眺め、ユルトの持つ鎚に視線を滑らせた。

「近々、兵舎の一部を取り壊す予定なんだが、依頼を出せばそれも(・・・)やってもらえるかな?」

「ああ? 何言ってんだ?」

 そう言うニックの後ろで、オンズはユルトと視線を交わしバツが悪そうに長い髭を弄んだ。

「バレとるっちゅうことじゃ」


「ふーん、で? だったらどうすんだ?」

 その問いにはバゼルが答えた。

「別に何も。ただ、ここからは我々の前を歩いていただけると助かる」

「無論、我々の目が届く所をな」

 クラウスが付け加えた。


「しかし……それじゃと護衛という我らの任がのう」

「心配無用。私の判断で君たちの任を書き換える事ができる」

 そう言って、バゼルはギルドの筒を手渡した。

「ふむ……」

 と中を改めるオンズへ、バゼルが付け加えた。

「それは封を切った瞬間から効力を発揮し、ノーキスへ足を踏み入れた時点で効力を失う。よって、今より君たちは私の指揮下に入る」


「コイツ何言ってんだ?」

 口を半開きに指差すニックへ、オンズが何事か囁いた。

「名代?」

「そうじゃな……ギルド長が二人に分裂して、一人はノーキスに、そしてもう一人が――」

「コイツって事か?」

「そういう事じゃ」


「ふーん、あんな野郎は一人でも多過ぎんだけどよ……まあいいや、んじゃよろしく、クソッタレ(ギルド長)様よ」

 そう言って踵を返したニックの目に、一人の男が留まった。息も絶え絶えとこちらへ走ってくる。

(ありゃノーキスの衛兵か?)

「衛兵がこんな所で何をしておるんじゃ?」


 彼は足を止めた三人の脇を抜け、崩れ落ちるようにバゼルへ跪いた。

 最初は驚いた顔を見せたバゼルとクラウスであったが――彼がなぜここに居るのかすぐに見当がついたようで、クラウスの目が吊り上がった。


「ほ、報、く……」

 衛兵は何か言おうとするが、荒い呼吸に阻まれ何を言っているのか全く聞き取れない。

「落ち着け。息を整えろ」

 


 ※



「まず、お前は誰だ?」

「近衛連隊、バクスター隊所属、デニス・クック兵長であります」

「それで、クック兵長。近衛隊がノーキスの外――、しかもこんな所で何をしているんだ?」

 クラウスの顔が険しさを増した。


「ヴェルムントへ先んじ、北天守晴団を迎え入れる準備をしておりました」

 思わず足を踏み出したクラウスを制し、バゼルはデニスを促した。

「それで? 私に何を伝えに来た?」

 暫しの沈黙を経て――デニスは大きく息を吸った。


「ヴェルムントにて、ビュリウスの群れに遭遇」


 静寂が、水面を走る波紋のように広がった。

「『鳥籠(とりかご)』へ入ったスヴェン・フィッシャー曹長、ハンス・ケルツ兵長、ドロレス・メイヤー上等兵の三名が安否不明。ライナー・ベルツ伍長が観測所に残り、ヴェルムントを監視中であります」

 静寂がざわめきに変わり――バゼルの元へ集まる北天の面々に混じり、顔を出したカルア一行の耳にバゼルの声が滑り込んだ。


「群れと言ったな? 何頭居た?」

「確認できたのは三頭。鳥籠から這い出して来るのを確認しました」

 一瞬クラウスと視線を交わし、デニスへ尋ね。

「成体か?」

「はい。成体と思われます」


 それきり口を閉じたバゼルへ、デニスが続けた。

「急ぎ事態を伝えねばと思い、夜陰に乗じ観測所を降り……」

 と、尻窄みに言葉が途切れ、跪いた姿勢のままのめるように地面へ崩れた。

 頬を押し付けるようにズルズルと横たわり、身を震わせながら焦点の合わぬ目を泳がせた。


 ――その様子を見つめ、これまで我関せずと黙っていたユルトが口を開いた。

「身も心も使い果たした。もう何も残っていない」

「こやつを鞭打ち打っていた緊張が切れたんじゃな」

 オンズが身を屈め、デニスを覆うように魔法陣を描いた。

「〈回復(クーラ)〉」

 魔法陣がかき消え――一瞬、デニスの体が淡い光に包まれた。


「治癒の魔法を使えるのか?」

 そう尋ねるクラウスへ、オンズは肩を竦めて見せた。

「心身の疲れ、怪我などの回復を促す魔法じゃ。まあ、神殿の連中が使うような高度なものではないがの。無いよりはマシ……、民間療法じゃな」


「なるほど……」と頷き、クラウスは声を張り上げた。

「誰か、兵長を介抱してやれ」

 団員達に運ばれて行くデニスを見送り、クラウスはバゼルへ視線を戻した。

「我々の存在を示さねば……」


 その様子を見守っていたカルアは、オスカーへ囁いた。

「このままヴェルムントへ向かって……戦うんですか?」

「そうなるな」

 そう言って、オスカーは唇を噛んだ。

「巣食った群れを率いているのは、たぶん過去にこの地を追われた個体だ。少なく見積もっても千年は生きている厄介な相手だ。まだ当時を覚えているんだよ……」


「覚えているんなら……、なんでわざわざ危険な所に?」

「覚えているのは、何も追い出されたことばかりじゃないさ。心地よく暮らしていた記憶だって当然ある。

 モル・ラルタを出たのが、何かから逃げているという話が本当なら、かつての住処を目指すのは不思議な事じゃないだろ?」


 その時、バゼルがこちらを見た。

C(チャイルド).()O(オブ).()L(リリス)の代表は君だったな?」

「はい」

 カルアを見据え、バゼルは続けた。

「本来ならば、君たちはここで帰すべきだ」

 その続きは、聞かずとも分かった。

 バゼルが口にするより早く、それを心に言い聞かせた。


「だが、時間が惜しい。ヴェルムントまで同道願いたい」

「無論、戦う必要はない。我々がヴェルムントへ着いたら、即座に撤退してくれ」

 と、クラウスが付け加えた。

「……皆と、皆と話し合う時間を下さい――」

 


 カルア一行を見送り、オンズはバゼルを振り返った。

「ワシらはどうするんじゃ? 名代殿よ」

「ここで彼らが戻るのを待ち、共にノーキスへ帰って貰う」

「はあ? ざけんじゃねぇぞ」

 そう言うと、ニックは首に下げた登録証を引き千切ろうと掴んだ。

「こいつを返せば名代とやらの効力もチャラだろ。オレは好きにやらせてもらうぜ」


「まあ、まあ、落ち着け」

 とオンズが宥め、ユルトがニックの腕を掴んだ。

「名代殿よ、もしも道中で襲われたらどうするんじゃ? 護衛に戦力を割いて不覚を取るような事になれば、あやつらも道連れじゃぞ」

「……」

「我らに護衛を頼むのが最善じゃと思うが……どうかの?」



 ※



「僕はどちらでもいいよ。皆が行くなら僕も行く」

 アイクは、そう言って肩を竦めて見せた。

「……まあ、実感が無いだけなんだけどね。ドラゴンって言われてもさ」

 そこにリンが続いた。

「俺も。皆が行くなら行くよ」

「要は私に道を作ってほしいんでしょ? 私だけ行って帰ってくればいいでしょ。皆で行く必要はないわ。何かあっても、私だけならたぶん逃げられるし」 

 一瞬、ルチルナがリンを見たような気がした。


「私は反対です」

 ローレンスがルチルナへ向き直った。

「これは、一歩間違うと怪我をする……そういう次元の話ではありません」

「大丈夫よ。逃げるだけなら――」


「いいえ!」

 声を荒らげ、目を吊り上げたローレンス……この場にいた誰もが、初めて目にする姿だ。

「試験で戦ったサラマンダーは如何でしたか? パワーも、凶暴さも……、全てに於いてあの比ではありません! 地を駆けるが如く自在に飛び回る……狙われたが最後、戦う他ありません」


「その通り」


 振り返ると、クラウスが立っていた。

「ましてこの細い一本道、真正面からぶつかるしかない」

「……」

「その上で、我らに同道願いたい。無論、細心の注意は払う。

 出発は日没。連中が寝ている間にヴェルムントを目指す」

「……」


「だが、安全とは言い切れない。ビュリウスは夜行性ではないが、全く行動しないわけではない。テリトリーに侵入者があった直後だ、警戒しているかもしれん……。それに、脅威はビュリウばかりではない」

「……」


「無理強いはしない。断っても、君達の不利益になるような事はない。

 ただ……、君達抜きでとなると、行動予定を大きく見直す必要がある。早めに声をかけてくれ」

 そう言って、クラウスは戻って行った。


「私は反対です」

 改めて、ローレンスはルチルナへ鋭い視線を送った。

 そこへ、ニック一行が歩み寄った。

「まだ決めかねておるようじゃの」


 カルア一行をぐるりと見回し、オンズは奥に寝かされたデニスを指した。

「あやつの(なり)を見て何か思う事はないか?」

「……」

 ややあって、リンが呟いた。

「こいつ丸腰で来たのか? 兵士のくせに、武器も防具もない……」


「少しでも身を軽くする為に、身分を示す物以外は全て置いてきたんじゃ。

 異変とやらのお陰で、ここらも随分と静かになったようじゃが……安全ではない。じゃが、こやつは武器までも置いてきた。待っておればいずれ北天が来る事は知っておったのに、危険を侵してまで知らせに来た。何故そんなに急ぐ必要があった?」

「……」


「ドラゴンは執念深い」

 暫しの沈黙を経て、ユルトはそう言って一行を見渡した。


「連中はかつて北天によって住処を追われた。そして何らかの理由で戻って来た。

 だがそこに北天の姿はない。かつて自分達を追い出した憎き天敵は居ない」

 続きはオンズが引き受けた。 

「となれば……、元々ビュリウスどもとは何処に居ったのかは知っておるな?」


「ノーキス……」

 誰かが呟いた。


「ならばノーキスへ戻って迎え討つ備えをするべきかと。危険を侵して向かう必要はないでしょう」

 そう言うローレンスへ、オンズは呆れたように尋ねた。


「とうの昔にドラゴンへの備えを解たあの町で何が出来る? 更には町をドラゴンのテリトリーから切り取った、対ドラゴンの切り札を用済みとした連中に何が出来る?」

「……」


「地を駆けるが如く自在に飛び回る。自分で言うておったではないか。備えを捨て、図体ばかり巨大に膨れ上がったあの町を、たったこれだけの人数でカバー出来ると思うか?」

「……」

「一頭すり抜ける毎に、何人死ぬんじゃろな……」


 訪れた沈黙へ、ユルトが声を重ねた。

「これ以上町に近づかせない方法は一つ。『まだ天敵は健在である』飛び立つ前に、それを示す必要がある。勝ち負けは重要ではない。健在であるという事を、ドラゴン共に知らしめる」

「……」


 その時、これまで黙っていたニックがイライラと口を挟んだ。

「グダグダ、グダグダうるせぇんだよ。

 北天の事情も、テメェらの事情も、ドラゴン共の事情もどうでもいい。とにかくテメェらは黙って道を作ればいいんだよ」

「……」

「オレは暫く寝るぜ。帰りやがったらブッ殺すぞ」

 そう言い捨ててニックは踵を返した。


「ワシらは名代殿から改めてお主らの護衛を仰せつかった。もっとも、お主らがヴェルムントへ向かうのであればという条件付きじゃがの」

「……」

「ヴィクターの小僧からワシらの事をなんと聞いておるのかは知らんが、全部ホントじゃ。奴が言った事は正しい」

「……」


「じゃが……奇跡が起きた。北天と、ワシらの利害が一致した。ヴェルムントまでの安全は保証する。

 もしもビュリウスの襲撃を受けたらそこまでじゃがな。ワシらの目的はビュリウスじゃからな、後は好きにせい。逃げるも戦うも好きにせい。

 ただし、ワシらの邪魔はするな」



 ※



 カルアがバゼルの前に立った。

「決まったかな?」

「はい。ヴェルムントまで同行します」

「そうか……。感謝する」

「ただし、そこまでです。それ以上の協力はお断りします」

「無論だ」

 そう言って、バゼルは立ち上がった。

「ちょっと手を貸してほしい」と無数に穿たれた洞窟の一つへカルアを誘った。


 ――薄く積もった砂を払い、現れた鎖を指した。

「これだ」

 レムに鎖を引かせると――先の地面がズルズルと動き、幾つかの樽が現れた。

「荷を解いて、代わりにこれを運んでほしい?」

「これは?」

 樽を開くと、大量の小箱が詰められていた。

「高純度の魔力結晶だ。ヴェルムントの魔力炉へ焚べ、要塞の機能を取り戻す」


 洞窟を出たバゼルは、北天の面々を集めた。 

「聞け! 日没までここで身を休め、日没と同時にヴェルムントへ向かう! 食事の準備にかかれ、好きなだけ使え!」

2025/08/22誤字修正

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