北天
「開門!」
号令と共に、ゆっくりと門が開き始めた。ゴリゴリとレールを進む門扉の重さが、地面を伝い足から耳の奥へと届いた。
動力はザシャと同じく神殿から供給されているようで、両脇の塔から微かに湯気が漏れている。
やがて門が開き切り、巻き上げらる鎖が落とし格子をゆっくりと持ち上げた――
北天本隊に続き、テント類を積んだ彼らの荷車が門へ進んだ。少し間を開けてカルア一行が続き、カルアはレムと共に最後に門を潜った。
『速やかに通過し、速やかに離れるように』
門を潜る前に、衛兵にそう言われた。
暫く進むと、岩だらけの殺風景な道に赤い杭が見えた。場違いなそれを目で追い、随分と小さくなった北門を振り返った。
(まだ開いてる……)
後ろを歩くレムが杭を通り過ぎた――その時、北門から低い汽笛のような音が鳴り響いた。
大気を伝う振動に、全身を揺さぶられたような感覚を覚えた。もしも耳元で聞いたなら、頭が爆発したかもしれない。
同時に落とし格子が落下を始め、引きずられる鎖に火花が見えた。
門からは離れていたが、格子が降りきった瞬間を足先で捉える事ができた。
顔を戻すと……思わず足を止めていた面々が、肩をすくめて顔を見合わせた。
「凄い音だったね。頭がクラクラしたよ」
歩調を緩め、並んだアイクがブルブル首を振った。
「うん。まだ変な感じ……」
と、カルアも首を振った。
ふと――、脇に避けていた北天の数人がカルアの後ろに合流した。
「護衛が合流するまでは俺の班が代行する。もしもの時は本隊の方へ逃げろ」
返事は待たず、彼は手を差し出した。
「オスカー・ハントだ」
二人と握手を交わし、チラリと門を振り返った。
「大丈夫だったか? たまに吐いちまう奴もいるが……」
「ちょっと変な感じはしますけど、大丈夫です」
「何処のどいつかは不明だが、ドラゴンの咆哮だと云われている」
「ドラゴンの? 『似てる』じゃなくて?」
アイクはキョトンと目を瞬かせた。
「ああ。塔の中に角笛みたいなものが設置されててな、そいつに魔力を注ぎながら吹くとさっきのが鳴るんだ。ドラゴンの骨から削り出した物だと云われてるが……」
「ドラゴンの骨ってそんな特性があるんですか?」
今度はカルアが首を傾げた。そんな話は聞いた事がない。
「さあな。大勢真似したらしいが、誰も成功してないんだ。だからアレが本当にドラゴンの骨でできていて、本当にドラゴンの咆哮なのは不明だ。
だが、咆哮としての効果はたしかにある。見た目は片手に握り込めるぐらいの小さな代物なんだがな……、並の奴は足腰立たなくなるし、色々と追い返した実績もある。
町へ戻ったら見に行ってみるといい。触れる事は出来ないが、見るだけなら団長に口添えしてもらえば大丈夫だ」
――ノーキスの北門は、この大陸を二分する長大な山脈の切れ間の一つのだ。そして、数少ないエルフ領への入口でもある。
かつては、多くの人々がここからエルフ領へ旅立った。しかし……今はもうその役目は終えている。エルフ領へ向かうのに、このルートを選択する者はいなくなった。
エルフ領北部は、人間の支配が及ばない危険な土地だ。その奥には、モル・ラルタと呼ばれる魔獣やドラゴンに支配された古代都市の遺跡がある。
そんな危険地帯を抜けるルートを選ぶ者はいない。モル・ラルタのその先に暮らすフェイレン達も、このルートは滅多に使わない。
山脈の切れ間である谷を抜けると、別の谷が現れる。大陸の亀裂とも喩えられる深く広い谷だ。最も広い場所では対岸まで数キロの幅を持ち、日が届かぬ程に深い場所もある
この谷は、横たわるその土地土地で呼び名が異なり、ここノーキスとその一帯では『ブリム渓谷』と呼ばれている。
エルフ領北部から山脈に沿って下り、やがて山脈を裂くように斜めに食い込んで行く。
向こうへ抜けると徐々に山脈から離れ、最後は川となり海へ通じる。
切り裂かれた山脈まで戻ろう。
ここに、『嘆きの井戸』と呼ばれるこの谷で最も深いポイントが存在する。日は全く届かず、一年の殆どを霧に覆われている。稀に吹き上げる突風が反響し、霧と共に呻き声のような不気味な音を吐き出す。
この嘆きの井戸の底に、深淵と呼ばれるダンジョンがある。踏破した者は勿論、心身共に五体満足に帰った者もなく、謎に包まれたダンジョンであった。
冒険者ギルドが大規模な遠征を行い、初めて中の様子がある程度判明した。しかし、その代償は悲惨なものとなり、現在は封鎖され何人たりとも立ち入る事はできない。
記録によると、昔は頻繁に決壊も起こしていたようだが、今は安定している。
では、ノーキス北門まで戻ろう。
谷間を抜けると――眼下にブリム渓谷と、その向こうに広がるエルフ領の広大な森が現れる。
北門から伸びる道は裾野を山脈に沿って北上し、徐々に谷の淵へと近づいて行く。
谷は対岸まで数百メートルという幅が続き、翼を持たぬ者の往来を拒んでいる。しかし、それが故に比較的安全とも言える。
谷の淵まではゴツゴツとした岩肌の斜面が続き、視界を遮る物は殆どない。
へばり付くように草が生え、所々に見える木は低く細い。緑も少なく、一見すると枯れているように見える。そこまで傾斜はきつくはないが、転ぶと二度と起き上がれない気がした。
――転げた石が凸凹とした斜面に弾かれ、バラバラと砕けながら跳ねた。跳ねる度に小さく縮み、やがて消滅するように視界から消えた。
「……」
その様子をぼんやりと眺めていたカルアへ、オスカーが声をかけた。
「運良く淵まで滑って行けたとしても、放り出されて谷底へ真っ逆さまだ」
続けて、単眼鏡を覗きながら谷を指差した。
「ほれ、あそこ」
カルアも単眼鏡を取り出し、指された場所へ向けた。
――対岸の森からせり出した木に一匹の蜥蜴が見えた。
(トカゲ……?)
樹上を歩くトカゲ。なのだが……何かがおかしい。
加えて、ゆったりと歩くその姿がジリジリと記憶を擽った。
ふと――鳥が横切り、漠然とした違和感が一気に弾けた。
「サラマンダー……!」
あの巨体が小さなトカゲのように……。
「エルフ領って所は、あんな化け物みたいな木に覆われた土地だ。こっちの常識なんてものは通じない」
そう言って、更に付け加えた。
「本来サラマンダーはもっと北に居るんだがな、最近ここらに引っ越したらしい。あいつらに追い出された連中とはもう会ったんだろ?」
「それってザシャに来た……?」
アイクへ頷き、再び単眼鏡を覗きしみじみと呟いた。
「一体何が起こってんだろうな……」
◆
同じ頃、先行する別のパーティがいた。
ドワーフの男は、杖の先で近くの小石を斜面へ落とした。
帷子を着込み、胸や肩はプレートでしっかりと覆っている。
腰に斧を一本下げているが、手にした杖は魔術師のそれだ。
「何時まで経ってもこの景色は慣れんな」
転げ落ちて行く石を見つめ、長い髭を絞るように掴みブルリと身を震わせた。
「ニック。本当にやるつもりか?」
その問に、先を行く男が振り返った。
ヒョロリとした長身は、一見すると脆い印象を受ける……しかし、彼の異様な出で立ちが、それを危うさへと変質させていた。
左右の腰に何本もの剣をぶら下げ、防具らしい防具は何も身につけていない。
ブロンドの髪を半分剃り落とし、薄く伸びたその下に蜘蛛の巣のような入墨が見える。
腰に下げた剣が、動く度にガチャガチャとやかましい。
「あたり前だ。なんたってギルド長公認なんだぜ? 何を企んでのかは知らねえぇが、あのスカかした面が歪む様を拝みてぇじゃねぇか」
鋭い目を更に吊り上げ、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「何もかもお見通しみたいな面しやがってよ。何時でもテメェの思い通りに事が運ぶと思ったら大間違いだ。世の中そんなに甘くねぇってんだよ」
「それこそが狙いじゃとおもうがの……」
小さく呟き、後ろを歩くもう一人の男を振り返った。
「ユルトよ、お主はどうなんじゃ?」
「……」
巨大な鎚を担いだ鬼族は、口元に微かな笑みを浮かべた。
肌は赤黒く、角は短く太い一本角。雑に纏めた髪が、竹箒を突き刺したように頭に乗っかっている。
軽装が多い鬼族には珍しく、プレートを重ねたゴツイ肩当てが左の肩から肘の先をすっぽりと覆っている。
「……ま、お主らが良いのならワシは構わんが」
やがて――一行は古い橋の前で足を止めた。
「こいつを落とせばブリムを通るしかねぇ」
谷が枝分かれしたようにパックリと斜面が割れ、古い石橋が道を繋いでいる。
「ブリム側の橋は無事なのか?」
「さあ? 知らね。ダメだったら底まで降りりゃいいだろ。サラマンダーは期待できねぇけど、淀みまで行きゃドラゴンフライが居るかもしんねぇし」
巨大な槌をクルクルと回すユルトを振り返った。
「んじゃ派手に頼むわ」
◆
空が色づき始めた頃、カルアと北天の一行は今日のキャンプ地へたどり着いた。
岩肌に吸い込まれるように穿たれたトンネル状の大きな空間だ。雨風も凌げる理想的な場所だ。一見すると自然の産物のようにも見えるが……そうではなさそうだ。よく見ると手が加えられている事が分かる。
――テントの設営を終えたカルアは、トンネルの入口に立ち色づく地平線とその彼方へと広がる森を見つめた。
(普通サイズだったとしても、あの森を迷わずに進める自信はないな……)
「知識では知ってたけど……やっぱり実際に見ると違うね」
同じく地平線を見つめ、アイクはそう溢した。
「師匠が『エルフ領へ行く時はパラドでガイドを雇え』ってしつこく言ってたけど……」
「これを見れば納得だね」
「うん。ローレンスさんはエルフ領へは?」
「一度だけアルフ・ディメラへ」
「いいなぁ、僕もいつかエンヴュロスを見に行きたい」
「それって世界一大きいっていう樹だよね?」
「うん。見るとなんか人生変わっちゃうらしいよ」
「たしかに。そうなっても不思議ではありませんな」
「へー、私も見てみたいなぁ」
一方――
早速テントへ入り、ゴロゴロと転がっていたルチルナは……ムクリと身を起こしてテントから顔を出した。
「呼んだ?」
「おう」と返したオスカーは、彼女の表情から何かを察したようだ。
「使い心地はどうだ?」
「最低限の機能だけを求めた代物ね」
「軍隊組織の装備品なんてそんなもんさ、我慢してくれ。その代わり、一番良いい場所だからよ」
「そうなの?」
「焚き火に一番近く、一番風がに当たりにくい」
「ふーん。それで、何かご用かしら?」
「飯の時間だ。声を掛け来てもらえるか?」
「分かったわ。ありがと」
ふと、オスカーはバツが悪そうに頬を掻いた。
「まあ……飯も同じでな。質は期待するな」
そして――
ルチルナは無表情にスープを啜り、ただ一言「塩味」とだけ発した。
「取り敢えず全部放り込んだって感じね……ちゃんとしたレシピがある料理なのかな……」
そう言うカルアにリンが続いた。
「鍋に入れる。煮る。二行もあるぞ」
その隣で、アイクは幾つかの小瓶を取り出し、何やら振りかけては口に運び満足そうに頷いた。
「うん。だいぶ良くなった」
一方ローレンスは……。
「昔を思い出しますな。道中かき集めた食材でこういう食事を致しました。あの頃へ戻ったような気がします」
と、ニコニコと上機嫌に平らげた。
――その後は焚き火を囲み、ザシャでの戦いの話や神眼を見せてくれという北天の面々と過ごした。
キッチリと統一された身なりとは対象的に、堅苦しい者は居ない。彼らであれば、冒険者だと名乗られれば受け入れる事ができそうだ。
そんな一時を過ごし、それぞれのテントや持ち場へと戻る北天の面々を見送った。
「なんか……拍子抜け。ピクニックにでも来た気分」
そう溢したアイクにルチルナが続いた。
「テントと食事がもっとまともだったらそうね」
「今はモル・ラルタの異変? の影響で安全に見えるだけだって、言ってたじゃない。あんまり気を抜き過ぎないでよ」
カルアが返した、その時――気配を感じると同時に、隣にバゼルが腰を降ろした。
「やあ、お邪魔するよ」
昼間とは違い、甲冑は脱いでいるが……剣を帯び、戦う構えは解いていない。
不意を突かれたカルアは、まだ七割程しか完成していない「はい」を口から押し出した。
慌てて居住まいを正すカルア達へ、バゼルはバツが悪そうに微笑んだ。
「そんなに畏まらないでくれ。私も皆と同じにたのむよ」
暫しの沈黙経て、リンが慎重に口を開いた。
「……って言われてもよ。その家名を聞いちゃ、流石の俺でもハイそうですか……とはな」
その答えに、バゼルは「その調子で頼む」と楽しげに微笑んだ。
「家名などただの飾だ。私――いや、我々にそういったものは本当に意味の無いものなんだ」
「ふーん……」と、ルチルナは気になっていた事をぶつけた。
「何の役にもついてないってのと関係あるの?」
「ノーキスの町には我々の墓がある」
「……どういう事?」
「私は、北天守晴を授かると同時に死んだんだ。私だけじゃない。北天守晴団は死人の集まりなんだ」
「なんだそれ? 自分達はアンデットだとでも言いたいのか?」
「アンデット……」
バゼルはハッとしたように呟き、やがて大きく頷いた。
「……そうだな。うん、その通りだ」
関心したように何度も頷くバゼルの様子に、リンは頭を掻いた。
「だからどういう事なんだよ……」
「いつでも役目に殉じるという覚悟の証……とかそういう事ですか?」
アイクの問いにバゼルは頷いたが、「少し違う」と返した。
「私の死は、正式な手続きを経て王にも届けられている。他の者達もだ。公式に、我々は死んでいるんだ。どのような理由であれ、私が家督を継ぐ事も、北天守晴以外を務める事もない。無論、団員達も同じだ。我々の社会において、我々は死人として扱われる」
「ふーん……」
リンはそう返しつつも、納得はしていないようだ。
「生きているように見えて死んでいる。生を求めて彷徨う……正に亡者だ」
そう呟き、何度も頷くバゼルの隣にクラウスが立った。
「団長、そろそろ……」
ハッと振り返り、彼は名残惜しそうに腰を上げた。
「名残惜しいが、ここで失礼するよ」
テントへ戻ってゆくバゼルとクラウスを見送り、カルアはホッと息をついて立ち上がった。
「私は休もうかな……。テントへ行ってるね」
声をかけられたルチルナは「私も」とカルアを追い、二人はテントへ引き上げた。
「僕も。明日からが本番みたいだしね」
続いてテントへ向かったアイクを振り返り、リンは焚き火に目を戻した。
「……」
※
肩を揺すられ、リンは目を覚ました。
顔を上げると、オスカーの姿があった。
(あれ……寝てたのか……)
オスカーは焚き火に薪を入れ、隣に腰を下ろした。
「テントがあるんだから使えよ」
新しい薪に火が移って行く様子を眺めていたリンは、ふとオスカーへ尋ねた。
「なあ、死人として扱われる事に何の意味があるんだ?」
「それが俺等の特権であり、誇りだ」
「死人扱いされる事がか?」
「ああ。そのせいで、一部の連中からは目の敵にされてる」
「……たとえば?」
「死人を裁く法はない」
首を傾げるリンへ、オスカーは続けた。
「そうだな……もし俺とお前が町で乱闘し、無関係な人々に多大な損害を与えたとしよう」
「……」
「お前は牢にぶち込まれ、法によって裁かれる。だが俺は、牢に入る事も無くそのまま家に帰れる」
「それじゃ……その気になればやりたい放題か?」
「まあな。ただ、ここに居る殆どの者が代々北天を支えてきた連中だ。そんな不届き者は居ない」
そう前置きして続けた。
「ノーキスの法で裁かれる事は無いが、俺達は団の規則と団長に裁かれる。法を破れば追放され、二度とノーキスへ踏み入る事はできなくなる。最悪団長に斬られる」
「……実質的には俺達と大差ないってことか?」
「むしろ厳しい」
「じゃあなんで目の敵にされてるんだ?」
「要約すればそこに纏まるって話だ」
「ふーん?」
「北天守晴はノーキスの統治者が決める。だが、北天は公の組織じゃないんだ。あくまでも雇われの傭兵団という位置づけなんだ。雇い主はノーキスの町だ。
となると、費用を負担するのも……」
「それが不満な連中がいる?」
「ノーキスの町に住み暮らしていながら、法が適用されない為税すら取れない。だが町の恩恵はしっかりと受け取る」
「じゃあ正規の組織にしてしまえば良いんじゃねぇか?」
「そうなんだがな……そこはまあ、伝統ってヤツだ」
――時折舞い上がる火花を見つめ、オスカーは北天の成り立ちを語り始めた。
「抗魔戦争よりもまだ昔の話だ。その当時、エルフ領への道は三つ。
ドワーフ王国から入る南ルートと、ノーキスからの北ルート。そして嘆きの井戸。
まあ、今も昔も嘆きの井戸はあの世への道だからな。実質エルフ領への道は南と北の二つ。
どちらも同じなら近い方から行きゃいいんだが、そうじゃない。南は安全だが、当時の北ルートは今よりももっと危険なルートだった。
だが、北方に住む者達に南ルートは遠い。おまけに南へ行く道だってまだまだ未整備で物騒な時代だ。
南方に住んでいる連中は南から行けばいいが、北方に暮らす者達は危険を承知で北ルートを選ぶよりなかった。
しかしそのお陰で、辺境の小さな町だったノーキスは賑わった。
だが――、それを良く思わない連中がいた。当時一帯の王者であったドラゴン達だ。
連中は非常に賢い。だから見抜いていたんだ。人間はいずれ脅威になる。瞬く間に数を増やし、やがて巨大な群れを成して自分達を脅かす存在になると。
町は度々ドラゴンに襲われ、大きな損害を被った。
当初はひたすら防戦一方だった。とにかく襲撃を耐え抜く術を探り、ドラゴンを倒すなんて事は考えもしなかった。そんな事は不可能だと、誰もが思っていた。
だがフェイレンとの出会が――ある男がその考えを変えた。
大昔から北の極地に住む者たちが居るという噂はあったが、信じている者はなかった。だが、エルフ領の探索を行っていた連中が偶然フェイレンの元にたどり着いたんだ。
そして彼らとの交易が始まって間もなく、フェイレンは友好と信頼の証としてある男をノーキスへ贈った。
名をガトー。彼こそが初代北天守晴であり、フェイレン達が英雄と崇める男だ。
今でも、男児にガトーと名付ける親は多いそうだ。
ガトーは、ドラゴンは倒せると言いフェイレンの秘術である竜狩りの技を教えた。
だが残念な事に、彼らの技は――ダークエルフの長大な寿命や、鬼族のような強靭な肉体をして会得できるものであり、人には難しいものだった。
そこで、人にも扱えるように改良を重ね――」
オスカーは例の巨大な矢筒のような物を引き寄せた。
取り出したそれは……槍のように長く、しかし柄の長い剣という方が近い。
鋭い円錐状の刃は、下へ降りるにつれ渦を巻きながら三枚に分かれ、緩く丸めた傘のような形をしていた。
柄には何かを掛ける突起が縦に二つ、左右対称に取り付けられている。
「コレに行き着いた」
オスカーは取り出した棒状の器具を突起に掛けた。
「投槍器か?」
「ああ。四人でこいつを打ち出すんだ。フェイレンの技に勝るとも劣らない一撃だ」
「壁を置いて、後ろからコイツを撃ち込むわけか」
「ああ。だが、ファランクス槍盾術を取り入れたのは抗魔戦争後だ。そもそもファランクスの槍盾術が世界中に広まったきっかけが抗魔戦争だからな」
「そっか……。じゃあそれ以前はどうしてたんだ? いくら威力があってもこれじゃ隙きが大き過ぎないか?」
「初陣は……そりゃひどいものだったそうだ。それから遮蔽物を置いたり穴を掘ったり、魔法を試してみたりと、様々な策を講じ工夫を重ねた。
そして幾度かの戦いを経て、遂に一頭のドラゴンを仕留めた。
この話は瞬く間に広まり、名を上げようと多くの腕自慢や命知らずがガトーの元へ集まった」
「それが……北天」
「ああ。初めてドラゴンを仕留めた時、ガトーに贈られた称号が『北天守晴』ってわけだ。そして北天守晴の元へ集う者たちを北天守晴団と呼ぶようになった」
「北天守晴ってのは称号なのか?」
「便宜上、ほぼほぼ役職と扱われているがな、今でも北天守晴は称号だ。そもそも俺たちは死人……」
「役にはつけない……か。じゃあその特権を得た理由はなんなんだ?」
「ドラゴンを倒した者には多額の報酬が約束された。だが……損耗率は高く、多くの者がそれを手にする事なく死んで行った。
名声や報酬を求め、みな好きで集まり、そして死んでいった。だが結果的に――個々の理由はどうあれ、彼らは自分達が暮らす町を守って死んで行くんだ。
それに報いたいと、ある時から酒場の主人が北天に参加する者から金を取らなくなった。少々おいたをしても目を瞑った。やがて、それが町全体へ広がり――
北天はそんな住人達の心意気に感謝し、自身の葬儀を行い墓を建てた。覚悟を示して住人たちの心意気に応え、同時にその特別な扱いへ妥当性をもたせたってわけさ」
「ふーん……。よくある入団儀式的なものかと思ってたけど、深いんだな」
「タダで色々できた分を俸給として受け取るようになった以外は昔と殆ど変わってない。
縛るものがないからこそ、俺たちは慎ましく暮らし、法と町のルールを厳守する。ノーキスの町と築いたこの不文律が、北天の伝統であり誇りだ」
とオスカーは胸を張ったが……その表情は冴えない。
「なんだがな……果たす役目は無く、代々恩恵のみを享受し続けて二百年だ。……不満を持たれるのも当然だ。
そもそも……本来、北天は代々受け継いでゆく家業とは違う。そういうものじゃない……」
ふと訪れた沈黙を、焚き火の音が満たした。炎の中で何かが弾け、闇へ舞い上がった火花は夕陽のように輝き――闇へ吸い込まれた。
「北天は、解散すべきなんだろうな……」
寂しげに呟いたその声は――やけにくっきりとした輪郭を持ち、ストンと胸に届いた。
「……」
オスカーはゆっくりと腰を上げ、崩れ落ちた薪を戻した。
「実はな、北天は解散寸前だったんだ。
俺の爺さんの代には、既に『北天は解散すべき』という声が上がっていたんだ。加えて、もう長いこと肝心の北天守晴も不在で、いよいよその声を抑えきれなくなっていた」
「……それで?」
「そこへ名乗りを上げ、解散に異を唱えたのが団長とクラウスの旦那なんだ。今でも、団長の啖呵は一言一句忘れていない」
そう言って、オスカーは大きく手を突き出した。
「『北天は、ノーキスが誇りである。北天なくしてノーキスの繁栄はなかった。門に掲げる我らがシンボルを見よ、北天を抜きにノーキスを――我らが町を語る事はできない。
彼らが齎した恩恵は計り知れない。たかだか二百年程度で返せるものではない。そしてその二百年の平穏も、北天が齎したものである。
その北天を支えるという栄誉をかなぐり捨てるとは、甚だ遺憾である』
そして、第四十六代北天守晴が誕生した。
散々ゴネてた連中が、一斉に黙ったのは痛快だったよ」
楽しそうに笑うオスカーの様子に、リンはホッと緊張を解いた。
「じゃあ当分は安泰なんだな」
しかし、オスカーからは思わぬ言葉が返ってきた。
「いや、団長は北天を解散するつもりだ。水面下で解散後の団員達の身の振りをあちこちに掛け合っている」
「は……? どうして?」
「時代の変化には、誰も逆らえない……。
世に溢れていた争いはめっきり影を潜め、時代は変わった。当時の価値観や常識を元に作られたものを誤魔化しながら使い続けて来たが、あちこち限界を迎えている。北天もその一つなのさ。
これはたぶん、団長達が一番強く感じている事だ。だからこそ、俺達の為に立ち上がってくれたんだ。
俺達旧時代の遺物と新時代の間に立って、俺達がこの時代と仲良くやって行けるように骨を折ってくれているんだ」
「……」
「恐らく、これが北天最後の任務だ。北天最後の花道……となるかは分からんが、何があろうと、俺達はあの二人と北天の栄誉の為に、最後まで北天である事を全うする。
それが、今の俺達が果たすべき役目だ」
「……」
話を終えたオスカーは、大きく背伸びをして解すように体を捻った。
「なんかお前見てるとさ……」
そう言って、顔色でも窺うようにリンを見た。
「つい色々話ちまったけど、今の話は内緒だぜ? 解散云々とか他で話すなよ」
「……ああ、……分かった」
「ちょっと小便して来るわ」と踵を返した。
リンは焚き火へ目を戻し、焚き火から溢れた枝を手に取った。何をするでもなく……手の中で枝を弄んだ。
「……」
程なくして……戻って来たオスカーが隣に腰を降ろした。
のだと思った――
――オスカーが焚き火を離れた直後。
テントで寝ていたルチルナは目を覚まし、足元へずり落ちいた毛布を拾いすっぽりと身を包んだ。
(寒い……!)
毛布の下で肩を抱き、身を震わせながら何かないかとテント内を見回した。
(予備の毛布が荷車に……)
と思ったが、隣で眠るカルアへにじり寄り毛布へ手を差し込んだ。
(外になんか出てらんないわ……それより後ろに張り付けば)
その時――入り口から溢れる光に気が付いた。
(そうよ、焚き火があるじゃない!)
頭から毛布に包まり、のそのそとテントを這い出した。
近づくほどに、赤々と燃える焚き火から温かい空気が流れてくる。ホッするルチルナであったが……焚き火の前に座るリンを見つけ、舌打ちを漏らした。
(……背に腹は代えられないわね)
リンの視界から逃れるように、距離を置いて隣に腰を下ろした。
(……)
リンの方も気が付いているようだが、振り向く事はなかった。
程なく――温かい空気がルチルナを包み、眉間のシワが伸びた……その時、不意にリンが語り始めた。
「俺の家はさ、貧乏なのに五人も兄弟が居て……。
母さんは何とか俺らを食わせようといつも頑張ってくれて……。親父はクズな奴だったけど、それでも居る内はまだマシだった」
(……はあ?)
「でもある日親父が消えて……俺も出来る限りの事はやったけど、やっぱムリでさ……。親戚、友達、顔見知り……思いつく限りの連中に金を借り、食い物を分けてもらい……随分惨めな思いをしたよ。
結局、窮状を知った親戚の一人が家に住まわせてくれてどうにかこうにか生きながらえたけど……」
(いきなり言ってんのよコイツ……)
半開きの口めがけ、「はぁ?」という言葉が喉を駆け上った――がいつになく真面目な彼の横顔がそれを押し返した。
リンは持っていた枝を焚き火へ放り込み、深いため息をを漏らした。
「俺達は生き延びたけど……母さんはダメだった。ホッと息を付くように……あっと言う間だった。
兄弟達は幼すぎて金なんて殆ど稼げないし、俺も大して稼げないから肩身が狭くてさ……。
『そんな事は気にするなって』ほんとに良い人で……、だから余計に肩身が狭くって。
学も無ければ賢くもない。体が丈夫な事だけが取り柄の俺が大きく稼げそうな職といや冒険者しか思いつかなかった」
口を挟む機会を逸したルチルナは、どうやってバレずに立ち去ろうかと目を泳がせて思案した。
(な、なんなのよコイツ……。とうとう頭がおかしくなったのかしら? まあ元々まともな知能は持ってないけど……)
「でもその為には、何か武道か魔術を修めないとやってけない。
あちこちで使いっぱしりをしながら、何とか時間を作って道場に通ったんだ。
と言っても、正面から通えたわけじゃないんだけどな。払うものを満足に払えなかったから、道場が休みの日や皆が帰った後に師匠がこっそり稽古をつけてくれたんだ」
短槍を手に取り、石突きでゴツリと地面を突いた。
「魔法や頭使う事はダメだったけど、コイツの才能はあったみたいで、数年で師匠以外に俺に勝てる奴は居なくなった。
他はダメでも、コイツだけは人並み以上にこなせる。だから他の事でいくら馬鹿にされようとも忘れる事ができた」
槍を掴む腕に血管が浮き上がり、痛みにでも耐えるように食い縛った歯を覗かせた。
「俺達引き取ってくれた親戚の爺さんが倒れて、今こそ俺の出番だと家を飛び出した。
コイツ一本で皆を支えて見せるって、息巻いて冒険者になった」
「……」
「なのに……、それなのに……! 満足に稼げていないどころか、唯一の取り柄が必要とされている時に応える事も出来なかった! オークの大群と戦った時も、試験の時も!」
岩肌を削って作られたこの道に土は殆どない。表面に堆積した砂も薄く、打ち付ける石突を堅い岩が押し返した。
無意識に……それを今の自分と重ね、ため息を漏らした。
サクサクと得意気に掘り進めたその先あったものは――途方も無く大きく、分厚い岩であった。
「挙句、ルチルナに八つ当たりして牢屋行きだ……。俺が稼げなくなったら皆が飢えちまうってのに……。そんな事すら忘れ、パーティどころか無関係な人にまで迷惑かけて……」
噛み締めた歯が軋み、微かな悲鳴を上げた。
「なあ、俺は――」
っと、オスカーを振り返ったリンは我が目を疑った。
そこに彼の姿は無く……代わりに最も聞かせたくない人物が座っていた。
頭から毛布を被り、キョロキョロと目を泳がせている。
「――し、しし知らなわよそんな事!」
立ち上がったルチルナは踵を返し、背を向けて喚いた。
「い、い、いつまでもグジグジ、グジグジ! 力不足だって思うのなら、お、補う努力をすればいいじゃない! 私はそうしてるわ!
だ、だいたい、何よ! 自分だけが不幸で、自分だけが傷付いたとでも言いたいの!?
私だって……! お父様に家を追い出されて……挙げ句に! 牢に入れられるなんて……一族恥よ!! 伯父に知れたら何と言われるか……想像するだけで腸が煮えくり返る思いよ! 一生の汚点だわ!!」
毛布の裾を引きずりながら、ルチルナはプリプリとテントへ戻った――
直後、両手にカップを持ったオスカーが戻った。
「ついでに一杯くすねて来たぜ」
とカップを差し出したオスカーは、キョトンとリンを見つめた。
「ん? どうした?」
「あ……いや、別に……」
目を泳がせながら、差し出されたカップを受け取った――
「……ルチルナ?」
テントの奥から、眠そうなカルアの声が聞こえた。
「ゴメン、起こしちゃったかしら」
「ちょっと寒くて目が覚めたの」
そう言うと、横になったルチルナを胸に抱き寄せた。
「な、何よ……」
「ルチルナ温か〜い。ホカホカ〜……」
「……焚き火に当たってたから」
「そっかー……」
カルアの手に、キュッと力が篭った。
「……ドクドク言ってる」
「……た、焚き火に当たってたから」
「そっかー……」
「……」
2022/04/16微修正




