北へ
ノーキス冒険ギルト。
当然の事だが、冒険者に制服などというものは無い。登録証を帯びている事。それ以外に身に着ける物に関するルールはない。
しかしその風体は、請け負っている仕事とランクで自然と似たりよったりなものになってゆく。その為、外見からでもその人物の事がある程度は読み取れる。
まず初めに見るべきは……やはり登録証だろう。登録証の色によって、同じような格好をしていても読み取れる情報は大きく変わってくる。
例えば、暖炉前に腰掛けいる男。登録証は黄だ。剣が脇に置かれているが、防具は帯びておらず荷物もない。
彼は依頼票をあさりに来たのではない。何か食い込める良い話はないかと探りに来ただけだ。
何処かの宿に腰を落ち着け、美味しい話が来るのを待っている。ついでに、露天に何か掘り出し物でもないか見てみよう。
といったところだろう。
一方、依頼票が見える位置に腰掛けて何か飲んでいる男。
格好だけ見れば先程の男とよく似ているが、登録証は白だ。
彼は依頼票を全て見終わっており、新たな依頼票が貼られるのを待っている。彼が狙っているのは近場への配達だろう。さっと配達に行ってまた戻ってくる。大きくは稼げないが楽に稼げる。
その向こうに見える緑の登録証を帯びた傭兵のような女。
剣を帯び、防具は胸当てらしき物が一つ。荷物は旅をするには小く、丸めた寝具と弦を外した弓が括ってある。
移動の邪魔になる防具類は極力外し、かさばる胸当てだけは身に着けているのだろう。武装を必要とするがその道中にはさほど必要としない。
その条件が当てはまるのは……近場の緩いダンジョンだ。
大都市の周辺は街道の警備もしっかりしている。そして都市に近いダンジョンは特に厳重に監視されている。
緑からダンジョンへの入場が解禁されるが、全てのダンジョンへ入れるわけではない。緩いダンジョンへ通い、腕を磨きつつ実績を稼ぎ、ランクを上げより危険なダンジョンへと挑むのだ。
そのすぐ近くで立ち話をしている一団も似たようなものだが、登録証は黄と青の混成パーティーだ。
荷物は大きく防具類も余すところなく身につけている。背負っている鞄を下ろせば、すぐにでも全力で戦える。
彼らが請け負っているのはおそらく護衛だ。依頼人はかなり危険な地へ赴くのだろう。
では――、たった今ギルトへ現れた男はどうだろう?
身を包むピカピカの鎧と大きなマントで視線をさらい、真っ直ぐに受付へ向かうその姿は、まるでステージを歩くファッションモデルのようだ。
真っ青なマントを翻し、磨き上げられた甲冑が触れる光を白く弾いた。
歳は三十前半といったところだろう。彫りが深く、目鼻立ちのはっきりとした濃い顔だ。髭も濃いようだが、ツルリと丁寧に剃り落とされている。
後ろで纏めたブロンドの髪はしっかりと撫でつけられ、跳ねている毛は一本もない。
「バゼル・デリンガーだ」
兜を脇に抱え、受付へ立った男はそう告げた。
ピカピカに磨かれた美術品のような鎧は、この場には似つかわしくない。しかし、彼がそれを身に着けている事にはなんら違和感を感じさせない。そんな気品が、声と仕草から嫌というほど滲み出ていた。
彼は更に多くの視線をさらい、緊張した受付嬢に導かれて奥へと姿を消した――
◆
――道を歩くカルア一行
これから、いよいよ例の依頼――ヴェルムントへの旅が始まる。
一度ギルドへ向かい、そこで軽い打ち合わせと輸送物資を受け取る事になっている。
ヴェルムントまでは数日かかる予定だが、一行の荷物は少ない。必要な物は全てギルドが用意しているらしく、荷物は予備の毛布に防寒具類に、非常食が少し。
「はぐれても二日は生きていられる用意はしてこい。時間厳守。早くても遅くてもダメだ。あと、昼飯は必ず食ってこい」
と、ヴィクターに言われた。
昼には少し早かったが、言われた通りに昼食を済ませ、ジェフの店を出たところだ。
一見すると特に変わった様子はないが――
「ねえ」
ルチルナはなかなかに機嫌が悪いらしい。
「……」
「リン」
「……」
「呼んでんのよ! 返事ぐらいしなさいよ!」
ギリギリと奥歯を鳴らした。
「ん? ……ああ、すまん。ぼうっとしてた」
「知ってるわよ。今朝も、昨日も、一昨日も聞いたから」
目を吊り上げ、口元をヒクヒクと震わせた。
「たしかに、あなたはやらかしてくれたわ。でもそれは私も同じ。つい我を忘れていろんな人にも迷惑をかけたわ」
「……そうだな」
「それがムカつくって言ってるのよ!! 何時までもグジグジ、グジグジ! 悲劇のヒロインにでもなったつもりなのかしら!?」
皆思わず足を止め、道行く人々がルチルナを振り返った。
まだまだ言い足りないようだが……集めた視線から逃れるように、顰めっ面をプイと背けた。
プリプリと大股で歩き、メイメイによじ登った。
「いい? カルア。ああいう男は絶対にダメよ。見合いの真似事を山程やらされたお陰で、ダメ男っていうのが分かるようになったの」
「へえ……」
肩越しにリンを睨み、キリキリと目を吊り上げた。
「アレよ、アレがそうよ。ここぞという時に当てにならない役に立たないクソ雑魚よ!」
ルチルナはプイと顔を背け、皆を置いてノシノシと歩き去った。
「……」
「お嬢様は自尊心が非常に高こうございますが……誰を向こうに回しても、それを貫く強さを備えておられます」
と、隣に立ったローレンスが精一杯のフォローを入れた。
「……たしかに。ルチルナは何時でも、誰を前にしてもルチルナですね」
二人の顔を、様々な言葉が這いずり回ったが……口には出さずルチルナの背を見送った。
ぼうっと歩くリンが二人を追い越し、疲れた顔のアイクが隣に並んだ。
「ルチルナがキレるのも尤もだよ……。流石に疲れたよ」
ため息を漏らし、ぼうっと歩くリンを眺めた。
「何時もはさ、見てるこっちの胃が痛くなる事を散々やってケロっとしてるのにさ……」
たしかに、らしくない。
――ギルドの少し前でルチルナが待っていた。
メイメイの肩に座り、物珍しげに振り返る通行人へ忌々しげな視線を返していた。
彼女の目が、ギロリとこちらを向いた。
「遅い」
昔の彼女なら、怒りに任せてズンズンと先へ行ったのだろうが……ローレンスは、緩みそうになる頬を引き締めた。
「何?」
「どうかなさいましたか?」
すっとぼけるローレンスへ舌打ちを漏らし、合流して門を潜った。
ギルドの前庭は、例の如く露天とそれを巡る商人と冒険者で賑わっている。が……ザシャほどの賑わいはない。
やはりあの街は特別なのだ。そんな事を思うカルアの視線は、とある一団へ引き寄せられた。
三、四十人は居そうな大所帯だ。建物の入口付近で思い思いに寛いでいる。
帷子とプレートを多用した鎧に身を包み、黒い大きな盾を背負っている者が半分程。残りは軽装で、同じく黒塗りの巨大な矢筒らしき物をを背負っている。
プレートと留め具類は黒く染色され、帷子のシルバーが白く強調されている。
冒険者にしては身なりが統一され過ぎで、かと言って兵隊や騎士団というには垢抜けている。
(クラン……?)
という可能性もあるが……統一するのは登録証のエンブレムが精々だろう。
そんな事を思いつつ、一団の横を抜けようかという時――行く手を塞ぐように一人の男が立った。
「何?」
っと、不機嫌なルチルナが即座に反応した。
「君がルチルナ・メイフィールドか?」
この男は、他の面々とは出で立ちが異なる。剣を帯び、小綺麗で……垢抜けていない。
「そう言うアンタは誰よ?」
チラチラと歯を覗かせ、不機嫌に返したルチルナは、ローレンスに窘められ口の中で舌を鳴らした。
「そうだけど。何か、御・用・か・し・ら?」
「不躾に失礼した。私は――」
その時、ギルドの扉が開きヴィクターが遮った。
「おい、後にしろ。こっちが先だ」
視線をカルア達へ移し、早口に捲し立てた。
「遅刻だぞ急げ! あと、デカイのはそこに待たせておけ。早くしろ」
ヴィクターを追うように慌ててギルドへ駆け込んだ一行であったが……、時計を見るとまだ余裕がある。
「はぁ? 時間には遅れていないが遅刻だ。先方はもう来てんだよ」
足早にカウンターへ進み、その奥へズンズンと進んだ。
「おい、早くしろ」
グネグネと廊下を進み、カーテンゲートを開けて小さな小部屋へ入った。
「早く乗れ」
ヴィクターはゲートを閉め、壁から突き出た黒い半球を掴んだ。
同時に、微かな揺れと共にゆっくりと部屋が上昇を始めた。魔導回路を用いたエレベーターだ。
(エレベーター? だったっけ?)
話には聞いていたが……これがそうなのかと室内を見回すカルアの隣で、「フンッ」とルチルナが笑みを浮かべた。
「どうしたの?」
「表の連中」
その言葉で、ルチルナが何をしているのかすぐに分かった。
表に待機させたレムと視界を同期すると――
――先の一団がレムを取り囲んで何やら騒いでいる。
顔を寄せた男が、コツコツと兜をノックした。
「おーい、本当に誰も入ってないのか?」
さらに顔を寄せ、バイザーから中を覗く男へ周囲から声が飛んだ。
「何か見えるか?」
「……いや、真っ暗で何も見えん」
「手は入らないか?」
「無理だな。棒とかなら――」
っと悪乗りしそうな彼らを、ルチルナに声をかけた男が窘めた。
「そのぐらいにしておけ。見られているぞ」
「コイツが見てるものを見れんのか?」
「見ているという表現が適切かは分からんが、コアが感知しているものを共有していると聞く」
「へー、じゃああの嬢ちゃん達もそうなのか?」
「多分な」
おもむろに服を脱ぎ始めた男を、ピシャリと引っ叩いた。
「アホな連中」
「ねね、ルチルナは音も拾えるの?」
「ええ。音も拾えるけど……送るのはムリね。私はまだ出来ないわ」
「そっか……」
「その辺は魔法でどうにかできないの?」
「そういう魔法はあるけど、見える範囲にしか届かないの」
「ふーん。……そう言えば、受け取るのは簡単だけど送るのは難しい。って叔父が言っていたわね。魔法も同じなのかしら?」
「送り先を定めるのが難しいんだ。姿が見えないやつを殴れるか?」
と、不意に割り込んだヴィクターがゲート開いた。
エレベーターはいつの間にか動きを止めており、ゲートの向こうには廊下があった。
ヴィクターは足を止め、エレベーターを降りた一行を振り返った。
「お前達は冒険者だ。ガチガチに畏まる必要はない。が、節度は弁えろよ」
特に返事を待つでもなく、ヴィクターは廊下を進んだ。
突き当りの扉は開け放たれ、真ん中を歩くヴィクターの肩越しに、窓の向こうに広がるノーキスの町並みが見えた。
扉と変わらない大きな窓が並び、室内はとても明るく景色も良い。
外は良く晴れ、ここが雪国だという事を忘れそうになる。彼女達は、まだ雪に埋もれるノーキスの街を見た事がない。
眼下の景色へ雪を描き足し、思い思いに想像を廻らせた。
棚にはビッシリと本が並び、大きなテーブルに椅子が数脚。インテリアの類は少ない。
綺麗だが……整い過ぎていて居心地はあまり良くない。
「余計な物に触るなよ。カーテンのシワの数まで覚えてる変態野郎だからな」
そう言って、ヴィクターは部屋を突っ切り、隣室へ通じる両開きの扉をノックした。
「どうぞ」
ルカの声が聞こえ、ヴィクターは一度こちらを振り返り、扉を開いた――
テーブルを挟み、向かい合った長ソファーにルカの姿があった。横目でチラリとこちら伺い、すぐに向いの男へ目を戻した。
一瞬の事だったが、視線に込められた彼の不機嫌を十二分に受け取る事ができた。
しかし、何故そんなに不機嫌なのか……カルア達はチラリと目を見合わせた。
向いに座る男は初め見る顔だが……相当に身分のある人物である事だけは一目で分かった。
「彼らが?」
「はい」
ルカが頷くと、彼は立ち上がり優しげな笑み浮かべた。
同時に立ち上がっていたルカは、何か促すようにこちらを見た。
「ルチルナ・メイフィールドと申します」
「ローレンス・シェパードと申します」
戸惑うカルアらを他所に、ごく自然に繰り出されたその仕草に、改めて彼女らの出自を思い知った。
「カルア・モームです……」
「……リン・ソーヤー」
「アイク・ウィーリスです……」
三人がモゴモゴと続き、ルカが姿勢を改めた。
「こちらは、第四十六代北天守晴――」
「バゼル・デリンガーだ」
と、彼は自ら名乗った。
(デリンガー……ってたしか)
ノーキスを含む北方を治める領主の名だ。
「冒険者といえど、くれぐれも節度を弁えるように」
ルカの言葉に、バゼルは少し困ったように微笑んだ。
「いや、そう固く苦しくならないでほしい。これから同じ任務に当たる仲間だ。私も君たちと同じ冒険者だと思って接してほし」
言葉遣いはそこそこ垢抜けてはいるが……それが不自然極まりない。……額面通りに受け取るは難しい。
「よし、挨拶は済んだな。じゃあお前らは準備にかかれ」
と、ヴィクターは追い立てるように一行を部屋の外へ追い出した。
常ならばムッとするのだろうが……扉を閉めるヴィクターの後ろで、ルチルナとローレンスを除く三人はホッと息をついた。
「デリンガー侯の三男坊だ。喧嘩を吹っ掛けたりするなよ」
歩き出した彼を追って、来た道を戻った。
「私は意味もなくケンカ売ったりしないわよ」
「そうかい。ま、お前らじゃ相手にならんだろうがな」
「そんなに強ぇのか?」
「意外か?」
「まあ……正直そういうイメージはない」
ニヤリと笑い返すヴィクターに促され、一行はエレベーターへ乗り込んだ。
「無役の次男三男なんてのは、ただただ戦争に備え戦争に行く事が役みたいなもんだからな。そいつから逃れる為に冒険者になる者はたしか多い。
家の経済力を背景に、形ばかりの冒険者となり安穏と暮らす。お前らが思い浮かべているのはそういう連中だろ?」
「俺はそういう連中しか見た事がない」
「義務を果たさぬ者と、昔は軽蔑されたもんだがな……戦争らしい戦争はなくなり、全うしようにもその場はない。正直、腐るなっていうのもちょっと酷な話だ。
そんな事情もあり、なんだかんだと甘やかす者が増え、とやかく言う人間は減った。まあ、最近は国に残っていても、親と家のすねを齧って遊び呆けるような奴も増えたがな……。それだけ平和な時代が長く続いているって事だ」
エレベーターを降り、ヴィクターは肩越しに一行を振り返った。
「だがな、国に残り腐らずにやってる連中を甘く見るな。ヤツに関して言えば……俺達に置き換えれば、青――いや、紫は堅いだろう。加えてあの連中の手綱を握っているんだ。もう少し上かもしれん」
皆関心するように唸ったが、ルチルナの興味は違うところにあった。
「ふーん、あんな大家でも三男ともなれば無役なのね」
「あー、そこはちょっと複雑でな……まあ、精々仲良くやって本人達に聞け」
問い掛ける視線を受け流し、一行をカウンターの向こうへ押し出した。
「北門で荷を受け取って待機しろ」
そう言って、珍しくヴィクターは口ごもった。
「その……、なんだ、気を付けてな」
「フンッ、一体どの口が言ってるのか知らないけど、ご心配どうも」
鼻鳴らすルチルナから目を逸し、バツが悪そうに首を掻いた。
「それから――お前らに付く護衛だがな。護衛とは名ばかりの死神だ。
絶対に信用するな。当てにするな。安い挑発に乗るな」
最後にルチルナとリンへチラリと目を戻し、「じゃあな」とカウンターの向こうへ姿を消した。
――外に出るとあの一団は居らず、一人残っていた身なりの良い男が驚いたように声を掛けてきた。
「もう終わったのか?」
「つーかお前は誰なんだよ……」
っと今度はリンが応じた。
「そうだった。すまない」
言葉遣いこそそこそこ垢抜けているようだが……バゼル同様の違和感を覚えた。何処か世事に疎そうなところが、余計にその印象を強くした。
「クラウス・ライザー。北天守晴補佐を努めている」
互いに自己紹介を終えると、彼は額にシワを寄せて唸った。
「まさかこんなに早く戻られるとは思いもよらず……、我々も昼食にしようと先程解散させてしまったのだ。すぐに呼び戻すのでここで待っていてもらえるか?」
「いえいえ皆さんが普通に戻ってからで」
慌てるカルアにルチルナが続いた。
「当分一緒に行動するんだし、そんなに急がなくてもいいでしょ」
「だからこそ初めに――」
「北門で待ってるわ」
とルチルナは彼の声をかき消し、メイメイによじ登りズンズンと歩き出した。
「あの感じ久しぶりだわ……ホント嫌になる」
とルチルナは顔を顰めた。
「……お前も根っ子は同じだろ?」
「……」
「同族嫌悪ってやつか?」
「うるさい」
久々に調子が戻ってきたリンとルチルナのやり取りに、三人はホッと顔を見合わせた。
「でも何でわざわざ昼飯を済ませて来いなんて言うのかと思ったら、気を使ってくれたのかな」
「我々『も』って言ってたしね。多分時間も違ったんじゃない?」
「ええ、そらく。ギルド長はかなり機嫌が悪そうでしたからな」
「でもああいう人に出す料理を体験してみたかったな……」
未練を滲ませるアイクへ、ルチルナが返した。
「あの連中とは味覚が違うからがっかりするだけよ」
「そうかな?」
「そのまま焼くのが美味しい物を捏ねくり回したり、丸かじりが良いのにチマチマと切り分けたり、イライラするだけよ」
「ふーん」
そう言えば、お茶の時以外にお上品なルチルナというものは……。
(ルチルナって、テーブルマナー的なものは……)
(壊滅でございます。六人の先生がさじを投げてしまわれました)
続けて、何故お茶だけは……? と当然浮かぶであろう疑問にも答えた。
(『姿勢が格好良かった』と)
いかにもルチルナらしい理由だ。
――北門へ着くと、こんもりと荷を載せた三台の荷車と商人らしき男が待っていた。
ヴィクターに渡されていた控えを渡すと、男は大きく頷いた。
「はい。たしかに」
「ご注文の品は全て揃っております。ご確認を」
「はい」
っとカルアが取り出したぶ厚い布紙束を見て、ルチルナは音もなく一歩下がった。
するするとメイメイの腕に降り――さり気なく向きを変てカルアの視界から逃れた。続いてリンとアイクがメイメイの陰に吸い込まれた。
「じゃあルチルナは私と、リンとアイクはこっをお願い。ローレンスさんは……」
と布紙束を分け、顔を上げたカルアは頬を膨らませた。
そこには、手を差し出すローレンスとメイメイ背があるだけだった。
「もう! みんなでやるのよ!」
「でもそういう大事な事は……ね」
モゴモゴ抵抗するルチルナに続き、メイメイの陰から声だけが聞こえた。
「代表者であるカルアに任せるべきかなって……ね」
「間違えても文句言わないんならいいぞ」
「間違えたら私じゃなくてギルドに怒られるの! みんな怒られるの!」
「今回は北天にも怒られますな」
つかつかとリンとアイクへ詰め寄り、分けた布紙束をグリグリと胸に押し付けた。
「検品した人がサインして」
目を吊り上げたカルアの気迫に圧され、アイクは渋々と束を受けった。
続いて、その様子を楽しげに眺めるローレンスへも布紙束を差し出した。
「この分をお願いします」
「はい」
穏やかに微笑む彼の声に、何だか急に恥ずかしさを覚えた。吊り上がっていた目尻が、しにゃりと萎えた。
「みんなちょっと面倒な事になると押しつけようするんだから……」
まだ何か言っていたようだが、聞き取る事はできなかった。
「ルチルナはこっちを手伝って!」
「分かったわよ……。そんなに怒らなくてもいいじゃない……」
のそのそと後に続くルチルナを見送り、ローレンスは布紙を捲った。
◆
最後のロープを留め、カルアは積み直した荷を見上げた。
大体の物は箱や樽に入れ、ロープや釘で荷車に固定した。高く積み上げたが、少々道が悪くても荷崩れの心配はないだろう。
ザシャでの経験から、荷車を引くのはメイメイとランランに任せ、手先の器用なレムが何時でも補助に入れるように三台分の荷を二台にまとめた。
レムの役をルチルナの簡易ゴーレムに頼ってもよいのだが……もしもの時に主力となるルチルナが魔力切れという事態は避けたい。
「では、私はこれで」
「はい。ありがとうございます。積み直しまで手伝ってもらっちゃって……」
「いえいえ、またのご用命をお待ちしておりますよ。道中お気を付けて」
帰って行く男を見送り、カルアはホッと息をついた。
(ヴェルムント要塞か……)
悪路だという事だが……道とは呼び難い道を進んだあの輸送よりはマシだろう。
(そう言えば、壁って名前が付いたんだっけ……。壁の迷宮……どんな所なのかな?)
振り返ると、ルチルナがぼうっと北門を見上げていた。
その様を見て、ふと思い出した。ノーキスへ着いた直後、後で見に来ようと……すっかり忘れていた。まあ、それどころではなくなったわけだが……。
ルチルナの隣へ立ち、改めて北門を見上げた。
他と比べてやや小振りだが、門扉は目にした中で最も丈夫そうだ。
両脇の塔から垂れた巨大な鎖の先には、堅牢な落とし格子が幻視できた。二本のレールが向かい合う弧を描き、門扉の先へ滑り込んでいる。表面の錆が、開閉は少ない事を物語っていた。
「遠目で見たときはゴーレムっぽいかなと思ったけど……そうでも無いわね」
「……仮にゴーレムだったとして、こんな大きなもの作れるの?」
「どうかしらね。絵本に登場するリリスは山のように大きなゴーレムを使役していたけど……しょせんは絵本よ」
「ふーん……」
絶壁の亀裂を、幾つもの巨大な岩をが降り積もって塞いでいる。単に落石で埋まったようにも見えるが……門が穿たれた周辺は意図して積んだように思える。
両脇を塞ぐ大岩に、巨大な岩が重なりたしかにゴーレムの股のようにも見える。しかし、その上に降り積もった岩は落石という方が自然だ。
「門の部分は掘ったんだとしたら、偶然そう見える形になったっていう方が自然だね」
「昔聞いた話だが、幾つもの岩が自ら歩いてここに収まったそうだ」
いつの間にか、隣りにクラウスが立っていた。
(それって簡易ゴーレムの……)
踵を返した彼の先に、北天の面々が整列していた。
彼が列に戻ると同時に、集団が真っ二つに割れた――定規で測ったようにピシャリと向かい合い、その向こうに、馬に跨がるバゼルの姿が見えた。
顔は兜で見えないが、あの甲冑は見間違いようがない。純白の馬に跨がり、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
――兜を被ると、随分と印象が異なる。無意識に背筋が伸びるカルア一行へ、張り詰めた空気がコツコツと押し寄せた。
「C・O・Lの諸君。宜しく頼む」
2022/04/13サブタイトル変更




