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 ノーキスの町――

「今日は冷えるな……」

 肩を抱き、道を行く一人の男。

 夜まで続いた仕事を終え、冷えた体に酒を注ごうと先を急いだ。

 最近新しく出来た酒場が彼のお気に入りだ。料理も酒も美味く、今日は何を飲んで何を食おうかと考える内に自然と鼻歌が漏れた。

 さて、ここを曲がって少し行くと……。

「ん?」

 

 何やら騒がしく、野次馬が群がり道を塞いでいる。

「何だ?」

 歩み寄った男を、野次馬の一人が振り返った。

「ケンカだよ」

「ふうん……」

 さして興味が無さそうな男へ、別の男が声をかけた。彼が行く酒場で見かける顔だ。


「ほら、オヤジが言ってた連中だよ」

「それって……ザシャでオークの大群相手に暴れたってゴーレム使いの?」

 それを聞いていたまた別の男が振り返った。

「サイクロプスと戦ったって連中か?」

「ああ。その死体を操ってオーク蹴散らしたって話だぜ」


「へぇ、そんな連中のケンカを見たって自慢出来そうだな」

 男は感嘆の声を漏らし、その本人達を一目見ようと伸び上がって人垣の向こうを覗き込んだ。

(……あれ……が?)

 隙間から妙なゴーレムが見えた。


 全身ピクン色で頭に真っ赤なリボンを乗せたゴーレムと、青白ストライプのゴーレムだ。ストライプの頭にはカウボーイハットらしきも物が乗っている。

(……まあ、スゲェ奴ってのは変人が多いからな)

 と、彼は思い出したように尋ねた。


「そもそもなんでケンカしてんだ?」 

「試験で倒したガーディアンが原因で揉めてんだと」

「倒したのにか?」

「ああ、何が不満なんだろうな……」

(……やっぱり普通じゃねぇんだな)


 首を傾げる彼らの脇を、リンの槍を抱えたベルがすり抜けた。

 野次馬の中へ飛び込み、グリグリと隙間をこじ開け弾き出されるように人垣を抜けた――



「覚悟はいいかしら?」

 振り返ると、メイメイとランランを従えたルチルナが仁王立ちしている。

「お前こそ覚悟はできてんだろうな?」

 距離を取り、正面に立つリンは首を回して体を解した。

「毎度ながら、威勢だけは良いのよね。威勢だけは」

「精々今のうちに強がっとけ」


 ベルが運んできた槍を受け取り、ゴツゴツと石突で地面を打った。

「そいつ等の後ろに隠れなくて良いのか?」

「ご心配なく。私はここから一歩も動かないわ。というか、あなた相手に動く必要がないわ」

 ガヤガヤと取り囲んだ野次馬達が、睨み合う二人のやり取りを見守った。


「……フン、後悔すんなよ」

「その言葉、そっくりお返しするわ」

「……」

 ベルが野次馬へ紛れたのを見届け、リンが身構えた。

「どうぞ、何時でも掛かってらっしゃい」

 ――と、同時にリンが動いた。


 構えた盾が微かに地面を打ち、浮かせていた踵が降りた――その瞬間、リンは撃ち出されるように地面を滑り、一瞬で間合いを詰めた。

 盾を肩で押すようにすっぽりと身を隠し、ルチルナめがけて槍を突き出した――


 結果は……リンの予想通りのものであった。メイメイとランランの拳によって突進は止められた。あの二体は見た目より遥かに素早い。

 たが……全てが予想通りというわけではなかった。突き出した槍が、僅かにルチルナへ届いてた。

「余裕こいてっと刺さっちまうぞ」

 槍を引き戻すと同時に、ルチルナの頬をツ――と赤いものが伝った。


 ――後に、ベルはこの時の事をこう語った。

「リンの槍が、ドス黒い風船を割った」


「!?」

 足元の石畳が蠢き、咄嗟に距離を取ったリンの鼻先をメイメイの拳が横切った。

 先程まで道であった物がメイメイとランランの腕へ集まり、リン目掛けて次々と打ち下ろされた。


 地下を通る温水が溢れ、漂う湯気で視界が霞んだ。

 しかし、重量を増した分二体の動きは鈍り、リンは飛び退いて次々と攻撃を躱した。

(今なら……)

 隙を突いて二体の脇を抜け、盾を構え踵を浮かせた。

(食らえ――!)

 その時、見開いたルチルナの左目が、ギロリとリンを捉えた。


 くるりと回った四つの瞳孔が、キュッとリンを見つめた。

「――ッ!!」

 砕けた石畳から泥が吹き出し、足を掴む様に地面へ引き込んだ。

(しまった……!)


 振り返ると、メイメイが腕を振りかぶっている――

 球と言うには歪で、拳と言うには大きすぎる……まともに食らえばひとたまりもない。

 リンの背後でモコモコと地面が盛り上がり、壁のようにそそり立った。


 ベルは言う。「ルチルナは黒い炎に包まれて、歯を剥き出して唸ってた」

 

(クソッ……!)

 ルチルナは本気だ。本気で自分を潰そうしている……。

 体を捻り、どうにか盾を打ち付けた――


 低い鐘の様な音が響き、壁が展開された。

 野次馬がどよめき、強烈な一撃を受け止めた壁から、高く鋭い音が波紋のように響いた……。


 やがて……リンが顔を歪め、訪れた静寂に亀裂が走った。


 それは瞬く間に蜘蛛の巣のように広がり、その向こうには腕を振りかぶるランランの姿が見えた。

 リンは槍を引き寄せ、ランランの追い打ちが当たると同時に石突で背後の壁を突いた――


「!?」

 リンが突いたその場所に大穴が開き、吊り上がったルチルナの眉がピクリと動いた。

 ランランの拳がリンをすり抜け、背後に作った壁を直接殴ったかのような一撃だった。


 反射(ディーレ)――盾や壁で受け止めた力を攻撃に転用する技だ。

 リンとて、伊達にこの二体やローレンスに弾き飛ばされてきたわけではない。彼も日々成長しているのだ。


 が、今回はここまでだ。ランランの一撃はなんとか相殺したものの……集中を切らした壁は砕け、結局二体の拳を直接盾で受け止め、先程開けた穴から打ち出された。


 ゴールネットへ突き刺さるサッカーボールの様に、リンは雑貨屋へ突き刺さった。散乱した瓦礫が野次馬を襲い、歓声に悲鳴混じった。

「クソ……成功したのによ……」

 瓦礫を押し退け、身を起こしたリンを大きな影が覆った――

 

 目の前に迫ったメイメイが、更に巨大化した腕を振り上げている。

「ッ!!」

 咄嗟に盾を構えたが、壁を展開するには至らず……今度は花屋へ突き刺さった。

 

「痛ってぇなクソ……」

 瓦礫を押し退け、ヨロヨロと這い出すリン目掛けてメイメイとランランが殺到した。

「クソ……!」

 躊躇なく建物を破壊しながら、二体はリンを追い立てた。容赦なく腕を振り回し、弾かれた瓦礫と共にリンが野次馬の中をゴロゴロと転げた。


 ――ふと、リンを振り返る野次馬達を大きな影が覆った。

 リンを追ってきた二体が、大きく腕を振りかぶっている。ルチルナには、リン以外のものは全く見えていないらしい……。

「おい! 待て!!」

 叫ぶリンの声は悲鳴にかき消され、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う彼らの上に、巨大なそれを振り下ろした――


「あれ……?」

 壁を展開しようとした盾が空を切り、両足が宙に浮ていた。

 迫っていたメイメイとランランの腕を掴み、取り押さえている者が居る。

 あの二体を見下ろすほどの巨体……背で交差するサスペンダー代わりの鎖は、押さえつけた二体の手足程に太い。

(試験の時に観客に居た……)

 間違いない。あの時の巨人族(タイタン)だ。

「フン!」っと、暴れるメイメイとランランを地面にねじ伏せた。


 同時に、視界がくるりと流れ……これまた見覚えのある顔が現れた。

 コブのような歪な角を持つ鬼族(オニ)……。

 こうして間近で見て……この歪な角の正体が分かった。

 これは武器だ。この歪な形は、武器として使い続けた結果だ。


「こんなに活きの良い連中は久し振りだ」

 次の瞬間――脳天から足の先まで突き抜けた頭突きが、リンの意識を弾き飛ばした。


「貴方どうするのかしら?」

 ルチルナの耳元でキアが囁いた。

 いつの間に現れたのか……全く気配を感じなかった。

「人を辞める事にしたのかしら?」

 そう言って、左目に浮き出た筋そっと撫でた。

「……」


 ルチルナは無言で簡易ゴーレムを精製し、キアに殴りかかった――その瞬間、ひょこりと現れたニアの正拳突きで簡易ゴーレムは爆発するように砕け散った。

「思ってたよりかた〜い」

(ニア・フェイレン……)


 鬼の形相で睨むルチルナには目もくれず、メイメイとランランを指差した。

「ねぇねぇ、あっちも壊して良いのぉ?」

「ダメよ。勝手な事するとアイツに怒られるわよ」

 そう言って、こちらへ向かってくる鬼族の男を見た。

「女の子にその頭突きはダメよ」


「お前こそ、その穢れた指でコイツ等に触れるな」

 キアを睨み付け、駆けつけた衛兵達を振り返った。

「後はお前たちの仕事だ。さっさと連れて行け」

 そう言って、彼はルチルナへ視線を戻した。

「どうする? オレが運んでやってもいいぞ?」

 手に下げていたリンを持ち上げ、ブラブラと揺らした。



 それから数日――



 微かな鐘の音が耳をくすぐり、冷たい朝の空気が頬を撫でた。

「……」

 目を覚ましたルチルナは、毛布に包まったまま身を起こしてブルリと身を震わせた。

 石造りの冷たい床と壁……。

 薄い敷物越しに、ゴツゴツとした床の感触が伝ってくる。


 振り返ると、小さな格子窓から淡い光が差し込んでいる。この牢は地下にあるらしく、雑草が一緒に顔を覗かせていた。

 顔を戻せば、鉄格子の向こうに向かいの牢が見える。

 向いの主はまだ眠っているようで、膨らんだ毛布が上下に揺れていた。

「……」


 ふと、扉を開く重苦しい音が響いた。

 続けて、靴音に混じり杖をつくような音が近づいて来た。


「ハッハッハ!」

 衛兵と共に現れたヴィクターは、ルチルナを目にした途端大口を開けて笑い始めた。

「ハッハッハ!」

「……」

「ハッハッハッハッハ!!」


「何か用かしら?」

 ギリギリと歯を剥き出すルチルナを見つめ、ヴィクターは満面の笑みを浮かべた。

「いい気味だ!」

 ルチルナの左目が大きく見開かれ、床の石がガタガタと蠢いた――


 ――っと、向いの牢から飛んできたスプーンがルチルナの額を打った。

「痛ッ――!」

 涙の滲む目を吊り上げ、リンを睨んだ。

「何すんのよ!」

「こっちのセリフだ! ここを破壊したらどうなると思ってんだ!」

「牢の破壊は脱獄とみなされる。脱獄の罪は重いぞぉ」

 っと、ヴィクターは上機嫌にルチルナを見下ろした。

「そんなに出たければ出してやる」


「……条件は?」

「俺の特別補習を――」

 その時、ヴィクターの肩を掴みルカが割り込んだ。

「そのぐらいにしておけ」

 一体――いつの間に入って来たのか……まるで気配を感じなかった。

 側に立っていた衛兵も、驚きの表情でルカを見つめていた。


 ヴィクターと入れ替わり、ルチルナの前に美しいエルフの男が立った。

「始めまして。ノーキス冒険者ギルトが長、ルカ・オルダーニと申します」

 会釈をする彼の動きに合わせ、サラサラと流れるプラチナブロンドの髪が目を惹いた。


「ふーん、それで?」

 訝しげな視線を送るルチルナへ、ルカはニコリと微笑んだ。

「緑以上の冒険者は、形式上都市国家ダーラが国民。各地の冒険者ギルドは、ダーラの大使館とも言える。私が身柄を引き受けに来ることに何かおかしな点でも?」

「……」

「毎回ギルド長自ら来んのか?」

 っと、向いの牢からリンが口を挟んだ。


 おや? っと眉を上げたルカの肩を掴み、ヴィクターは首を振った。

「な、別にバカって訳じゃねぇんだ。ちーっと緩いだけで、バカって訳じゃねぇんだ」

 ヴィクターは腰を屈め、睨むルチルナと目線を合わせた。

「お前達が破壊したら店の修理費はギルドが払った。店主達に訴えを取り下げてもらうよう交渉しそれなりの対価も払った。破壊した道の修理もギルドが無償で請負い、デリンガー侯へ頭を下げに行った。俺も頭を下げた」

「……」


「何か言う事はないか?」

「……」

 勝ち誇った笑みを浮かべ、ギリギリと歯を剥き出すルチルナを見つめた。

「別に謝らなくていい。その代わり――」


 ◆


 数日ぶりの太陽に曝され、二人は眩しそうに手をかざした。

 顔を背けた拍子に視線が交わり、互いに舌打ちを漏らした。

「ほれ、さっさと歩け」

 促されるままに歩を進め、メイメイとランランの見張りから開放された衛兵がヘナヘナと崩れ落ちた――



「お勤めご苦労様」

 ギルドへ現れた二人を、アイクが出迎えた。

 続けてカルアとローレンスが加わりヴィクターへ頭を下げた。ルカはいつの間にか姿を消していた。

「ご迷惑をお掛けしました……」


「まあ……お相子だ、気にするな」

 そう言って頭を掻くヴィクターは、疑問符を浮かべる面々を見渡した。

「準備は念入りにやれよ」

「?」っと再び疑問符を浮かべる彼らの前に、ルチルナが筒を突き出した。依頼票の控えを収める筒だ。


「話は他所でやれ。じゃあ、気を付けてな」

 受付の奥へ吸い込まれて行く彼を見送り、皆の視線が筒へ戻った。

「……」


 ◆


 ジェフの店へ場を移し、控えを中心にテーブルを囲んで頭を寄せた。

「……ヴェルムント要塞?」

「大昔にドラゴンの南下を防ぐために建てられた要塞らしい」

「今は閉鎖されてて使ってないそうよ」

 そう言った二人は、チラと視線を交わしてヴィクターとのやり取りを語った――



「ヴェルムント要塞。まだこの街にドラゴンが飛来していた頃に造られた大昔の遺物だ。ドラゴン達の南下を防ぎ、モル・ラルタ(死の都)へ押し返した対ドラゴン用の要塞だ。今は使用されていない」

「そんな所に何しに行くんだ?」

 振り返ったヴィクターの視線を受け、何やら思案するルカを、二人は胡散臭そうに眺めた。


 やがて彼は頷き、ヴィクターは衛兵へ視線を滑らせた。

「少し外してもらえるか?」

 戸惑う衛兵へ、ルカが付け加えた。

「何かあれば、その責は我々が負う。無論、君の主へもそう伝える」

「……分かりました」

 衛兵が立ち去って間もなく、扉を閉める重苦しい音が聞こえた。


 それを合図に、ヴィクターが口を開いた。

「こいつは機密事項だ。今のところギルド長クラスの人間しか知らん。ま、漏れるのは時間の問題だがな」

 そう言って、リンとルチルナを交互に見つめた。

「これはお前達も直に関わっている事だ」

「……?」


「今、モル・ラルタを中心に異変が起こっている。あの周辺に巣食うヤバい連中がごっそりと姿を消した。まるで何かから逃げ出す様に住処を変えた。

 今なら、お前らでもモル・ラルタ観光が出来る。そんな状態だ」

「それが?」

 ルチルナがそう返すと同時に、ルカの声が響いた。


「オークだ」

「オークって……あの時の?」

「ああ、お前達が戦ったオークの大群は、その移動で押し出された末端だ。住処を追われ、ブリム渓谷に沿って南下しザシャへ至った」

「……」

「それと……ヴェルムント要塞ってのがどう関係するんだ?」


「引っ越しした連中の中に、行方の分からない奴らがいる」

 そう返したルカの後を、ヴィクターが継いだ。

「モル・ラルタに巣食うドラゴンは、幾つかのグループに分けられている。その内の一つ、グループ『青』。モル・ラルタ西部に巣食っているドラゴンの群れだ。

 かつて、幾度となくノーキスへ飛来したと云われるグループだ。その行方が分かっていない」

「……また来るかもしれない。って事か?」


「それを警戒して要塞を再稼働させる」

「そんな古い物が役に立つの?」

「俺も直には見ていないが……、報告によると、傷んではいるが、形は保っているそうだ。手を入れればある程度は使えるだろうという見立てだ」

「ふーん……」


「だが、要塞へ至る道は絶望的だ。あちこち崩れ、橋も落ちている。人だけであれば、迂回して行き来は可能なようだが……馬車や大型の荷車なんぞは通れない」

 ようやく、話が見えてきた。

「……その物資輸送と補修をやれ」

「そう言う事だ」


「……でもよ、事情は分かったけど……何でこんな回りくどい事をするんだ? 俺達に指名オーダーを出せば良いだけだろ?」

「指名のギルドオーダーは受ける事が義務だ。だが、発行には基準があるんだ。こっちの都合で何でもかんでも出せるわけじゃない」

 回り道をするヴィクターへ痺れを切らし、ルチルナはルカを見た。

「つまり、どういう事なのかしら?」


「北門から先へ……ましてヴェルムントまでともなれば、どう例外を組み合わせても黄色以上が妥当。緑になりたての連中に発行できる内容ではない。しかし――外部からの依頼に、それなりの実績を持つ者の自主的な志願……であれば事情も変わる」


「……」

「北天守晴からの指名オーダーを、君達が了承した。

 我々ノーキス冒険者ギルドは精査した結果、北天へ幾つかの条件を付け、君達の派遣を許可した――」



「北天守晴団。

 ドラゴンと戦うために編成された対ドラゴン部隊の事です」

 飲み物を運んできたジェフはそう前置きして続けた。

「と言っても……、最後にドラゴンが飛来したのは二百年も前の話です。その時は北天が倒したそうですが……今もそれほどの力があるのかは怪しいもんです」


 続いて料理を運んできたベルが顔を寄せて声を潜めた。

「向いのおばさんに聞いたんだけど、姉ちゃん達が衛兵連れて行かれた直後にギルドの人が来て、お金を置いてったって。他の店も、翌朝には来たらしいよ」

「なるほど……」

 呟いたローレンスに、カルア続いた。


「翌日に皆で壊したお店に謝りに行ったら、みんなきょとんとしてもう来たよって。弁償してもらってお詫びも貰ったからもういいって」

 そこへ、別の料理を運んできたアーサーが付け加えた。

「ザシャのギルドの人に聞いたんだけど、ここのギルド長のルカっていう人は色々とウワサがあるらしい。見た目に騙されるな。って言ってた」


「監視されてたって考えるのが妥当ですな。どういうつもりで、そもそもギルドとして監視してたのかはわかりやせんが……そうでもしねぇとこんな迅速には動けませんぜ。仲裁に入った連中が偶然通りがかったとは思えませんし……。

 まあ、金の出処がギルドの金庫じゃねぇってんなら別ですが……」


 ふと、カルアは試験の後に交わしたヴィクターとの会話を思い出していた。

「多分、ずっと私達を見てたんだと思う……」

 何か心当たりがありそうなカルアの様子を見て、ジェフは息子達を連れて部屋を出た。

「それじゃ、何かありましたらそこの小窓からお願いしやす」


「はい。ありがとうございます」

 部屋を出る3人を見送り、カルアは顔を戻した――


 ここは、普通の客席ではない。キッチンの奥に造られた小部屋だ。木製の小窓を開くとキッチンと繋がる。今は物置にしているようだが、いずれは従業員の控え室にしたいそうだ。


「強引に口実を作って嵌められたみたいだね。まさか気を付けろって言ってた本人が仕掛けて来るなんてね」

 そう言って、アイクは料理に手を伸ばした。

「……」

 皆黙ってその様子を見つめていたが、つられるように料理に手を伸ばした。


 暫くして――

 ふと、ルチルナは思い出した。

「そう言えば……」

 と、袋から小さな筒を取り出してバラバラとテーブルに転がした。

「これは……?」

 筒の一つをアイクが摘み上げた。

「知らない。あいつ(ヴィクター)に渡されたんだけど、忘れてたわ」


 すっぽりと手に握り込めるような小さな筒だ。よく見るとそれぞれに名前が書いてある。

「これが僕のかな? 何が入ってるの?」

「さあ? ギルドの誠意と信頼の証だとかなんとか言ってたわ」

「ふーん……」

 カルアは自分の名前が書かれた筒を手に取り、封を切った。

 その瞬間、筒から噴き出した光がカルアを包んだ――


「!!」

「ちょ……」

「おい……大丈夫か?」

 やがて光が消え……カルアは何かを確かめるように自身の体をペタペタと叩いた。

 恐る恐る臭いを嗅ぎ――安堵すると同時に、何か汚い物を見るような……なとも言えぬ表情を浮かべて固まった。


「……」

「カルア……?」

「おい、何だった?」

 続けて、成り行きを見守っていたアイクが筒を開いた――


 やがて……。

「えー、嘘だろ……」

 っと項垂れたアイクは深いため息を漏らした。

「はぁ〜……。でもなんかスッキリしたよ。なんかさ、これ見る度にずっとモヤモヤしてたんだよね」

 そう言って、登録証に付けたニヴェアのメダルをまじまじと眺めた。


 キョロキョロと二人を見比べるリンとルチルナへ、カルアが尋ねた。

「試験の後にやった魔法契約を覚えてる?」

「記憶を封じたヤツか……?」

「ええ、これはそれを解除するみたい……」


 その瞬間――顔を見合わせたリンとルチルナは、キッと目を吊り上げて先を争うように筒を手に取った――


 やがて……二人を包む光が消えた。

「……マジかよ」

 リンは言葉にならない呻きを漏らし、ガックリと肩を落として項垂れた。

 対するルチルナは、更に目を吊り上げて飛び上がるように椅子に立った。


「ほら見なさい! やっぱりアンタだったんじゃない!」

 仁王立ちで項垂れるリンを見下ろした。

「結局あのトカゲを倒したのも私とカルアじゃない! その上、また面倒な事に……!!」

 ルチルナは歯を剥き出し、プシュプシュと鼻息を荒らげた。

「…………すまん。……申し訳ない」

 項垂れたまま、リンはボソボソと呟いた。


 まさか謝るとは思っていなかったルチルナは怯んだ。が……直ぐに目を吊り上げた。

「だ、だいたい――」

「お嬢様」

 すかさずローレンスが窘め、ルチルナは大人しく席に着いた。

 とても不満そうな顔をしてはいるが……まさかリンが謝ってくるとは思っていなかった彼女とって、鉾を収める丁度よい助け舟であった。

 

「ま、とりあえず食べようよ」

 アイクも助け舟……のつもりで言ったのかは分からないが、手が止まっていた面々を促した。

「ヴェルムント要塞か……。地図に載ってるかな?」

 そう言って料理を頬張るアイクへ、折り畳んだ地図が差し出された。


「……あのおっさん(ヴィクター)に貰った」

 と、地図を差し出したリンは気まずそうに目を逸らした。

 こんなに弱っているリン見るのは初めてだ。いじり倒したい衝動を抑え、努めてにこやかに地図を受け取った――


 広げた地図を、隣からカルアが覗き込んだ。

「結構あるね……」

 道を真っ直ぐに進んでも二日は掛かりそうだ。

「これは通れないって事だよね?」

 アイクは所々に記されたバツ印を指した。

 そのまま指を滑らせ、道を外れバツを迂回するように引かれた線を辿った。


「三日は覚悟しておいた方が良さそうですな。迂回路の状態次第では四日……」

 いつの間にか後から地図を覗き込んでいたローレンスが呟いた。

「そうですね……」


「ねえ、荷物って何をどのぐらい運ぶの?」

「さぁ? 初回は殆ど食料品だって言ってたわ。あとは現地で設備の状態を調べてからだ、って」

 皆の注意が逸れた隙に、大皿から肉を穿り出していたルチルナは満足気に取皿を引き寄せた。

 

「つまり一往復じゃ終わらないって事だね」

「他に何か言われた?」

「んと、護衛が付くって言ってたわ」

「僕らに?」

「ええ。私が居るんだから要らないって言ったんだけどね」


 護衛が付く……それだけ危険な区域だという事だ。

『準備は念入りにやれよ』ヴィクターの言葉に込められた意味が徐々に分かってきた。



 その頃……。

 ノーキス冒険者ギルト。

 ルカは何か調べ物があるらしく、机に積み上げた本を取っ替え引っ替え次々と手に取った。

 向いのソファーに腰を下ろし、布紙の束を捲っていたヴィクターが顔を上げた。


「何を企んでる?」

 捲っていた束をテーブルに放った。

「まだこいつ等を飼ってたのか? とっとと登録証を没収しろ」

「こういう時の為に残しておいたんだ。役に立っただろ?」

 

 久しぶりに着た服から、抜き忘れていた硬貨でも見つけたように返すルカを睨み、ヴィクターは声を荒らげた。

「ふざけるな。こいつ等が護衛だと? この連中は死神だ。危険を呼び寄せはすれど、他人を護る事なんて出来ない」


「下位互換ではあるが、リリスと同じ神眼に賢者モーゼルの魔術。偶然とはいえ、ザシャではオズヴァルド・ファランクスと組んでいたそうじゃないか。オズヴァルドはバラム・ファランクス直系の子孫だ」

 笑みを浮かべ、初めてヴィクターを見た。

「彼らを追い込めば、何か面白いものが見れそうな気がしないか?」


「しない。モル・ラルタを逃げ出した連中がこちらに来ないという保証はない。もしもドラゴンなんぞに出会ったらいちころだ」

「その時は北天が護ってくれるさ。その為に居るんだ、喜んで戦ってくれるだろう。まあダメだった時は……死にたがりも、北天も、彼らも、そこまでだったというだけ」

「……」


 ようやく、ルカは本を置いてヴィクターと向き合った。

「そんなに睨むな。護衛の正体を伏せていた事は謝る。お詫びに、解約のスクロール持ち出した事には目を瞑ろう」

「!?」

 驚くヴィクターを見つめ――薄い笑みを浮かべた。

「私に隠し事は出来ないと言っただろ?」


「……」

「解約は私の指示だということにしておく」

 ニコリと微笑み、更に付け加えた。

「私から君への誠意と信頼の証(・・・・・・・・)。とでも言っておこうか」

 

 ヴィクターはテーブルを蹴飛ばして席を立った。

「お前のそういうところだよ! このクソ野郎!!」

 荒々しく閉じられた扉を暫し眺め、ルカは本に目を戻した。

2022/04/13微修正

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