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マニピュレイション!  作者: 立花 葵
それぞれの
57/72

旅路 1/2

 フロール。

 ザシャから北へ約一日、最も近い宿場町だ。


 石畳の道を挟み、宿と酒場がひしめき――いや、道の方がそこを貫いた、といった方が良いかもしれない。

 それぞれが好き勝手に建てたのであろう無秩序で統一性のない建物達は、適当に重ねた積み木の断面のようにも見える。

 ザシャへ向かう者、ザシャを立った者、その殆どがこの宿場利用する。道に沿って長く、枝のように広がる分かりやすい発展を遂げている。



 昨日ザシャを立ったカルア一行もフロールを目指した。

 予定より出発が大幅に遅れ、機嫌が悪かったルチルナも、彼女の武勇伝を聞かされていたのであろうベルとアーサーのよっこいしょにより鼻歌を歌うほどに持ち直した。


 荷車はランランが引き、強行軍のため途中でへばるであろうベルとアーサーをレムに抱えさせるつもりだったのだが……何故かアーサーが嫌がり、それはランランに任せてレムが荷車を引いた。

 出発が遅れた為、当然ながら到着も遅れた。その為、昨夜は遅い夕食を済ませるとみな先を争うように宿へ引き上げた。



 翌朝――

 リンが宿を出ると、すでに皆集まっていて自分を待っていた。

「昨日の今日でいい根性してるわね」

 忌々しげに溢すルチルナを、リンは特に気にする様子はなかった。


「ん? 時間通りだろ」

 と、きょとんとしていた。

「そうだけどさ……」

「まぁまぁ、ともかく時間通りに集まったんだから、出発しようよ」

 アイクが間に入り、それ以上荒れることなく宿場を立った。


 ルチルナの不機嫌の理由……それは、昨日のリンの遅刻だ。

 リンはアイクと同じ宿に泊まっていた。一緒に宿を出ればよかったのだが……。

「便所行くから先に行ってってくれ」

 そう言われ、深く考えることなく先に宿を出た。

 ところが、いつまで経ってもリンは姿を見せず、結局アイクがもう一度宿へ戻ってみると……トイレ脇のベンチで居眠りをしていた。

 

 アイクは買い物をすっぽかし負い目もあり、昨日のからルチルナの機嫌をとり何とか丸く収めてきた。

 ベルとアーサーのルチルナよっこいしょにも助けられつつ、彼女の(しか)めっ面が崩れたのを見届け、ホッと息をついて遠ざかって行く眼下の宿場を振り返った。

(もういいよね……)


 一方、カルアもちょっとした悩みを抱えていた。

 ふと目が合ったアーサーに微笑みかけるも……彼は兄の後ろや母親の足元にスッと身を隠してしまう。

「わたし嫌われてるのかな……」

 隣を歩くリンへポツリと洩らした。


「ん~、照れてんじゃねぇか? ほら、照れ隠しでつい興味ありませんってフリしたり、意地悪しちゃったりとかやるんだよ」

「そういうものなの?」

「あの年頃はそうだよ、好きな娘には特にな。うちの弟も隣に住んでた女の子に意地悪してさ、好きなくせに顔を合わせるたびに……」


「へぇ~。弟が居るんだ」

「ああ。妹三人に弟一人の両親無し……」

 兄弟達の顔を思い出しているのか――ため息を洩らしつつも、リンは優しい笑みを浮かべた。

「もっともっと稼がないとな……」

「……それで冒険者に?」


「ああ。本当は側に居た方が良いんだろうけどな……。来る者拒まずで受け入れてくれて、立ち回り次第で大きく稼げる。パッと思いつくのは犯罪者か冒険者しかなかったよ」

 カルアとしては、犯罪者と冒険者を同列に語ってほしくない……しかし、ハイリスクハイリターンという点においてはたしかに似ている。


 ふと、リンは顔を寄せて耳元でヒソヒソと続けた。

「お前が受けてた倉庫の依頼。かなり稼いでたんだってな? 社長とも仲良いんだろ?」

 リンが何を言わんとしているのかは分かった。しかし、面識を得るチャンスを棒に振ったのは彼自身だ。


「今さら……何度も誘ったじゃない」

「さすがに俺でも病人(アイク)ほっぽって行くなんて薄情な事はできねぇよ」

「仕事にも誘ったじゃない……」

 呆れたようにそう言うとカルアは腕を組み、すまし顔のリンを演じた。


「『施しは受けねぇ』とか何とかって、面識を作っておいて損はないよって言ったの無視して行っちゃったじゃない」

「それは……あの時は、その……」

 その時、いつの間にか隣に並んでいたアイクが割り込んだ。


「僕は受けようって言ったんだよ。リンが意地張っちゃってさ、僕ら(冒険者)にとってコネはとっても大事なのにね。ホント勿体ない事をしたよ……」

「じゃあお前だけでも行けばよかったじゃねぇか」

 口を尖らせるリンを、アイクはジトっと見つめた。


「そうしようとしたら、『裏切り者!』とか言うから仕方なくリンの方に行ったじゃないか」

「……」

「自分で言った事も覚えてないのかい? だいたいね、リンは――」

 と、昨日からの鬱憤(うっぷん)を晴らすようにアイクの説教が始まり、カルアはそっと離れ最後尾を歩くルチルナの元へ向かった。


 ルチルナはメイメイの肩に座り、遠ざかって行く海を眺めていた。ぷらぷらと足を揺らし、時折微かな鼻歌が漂った。

 柔らかな朝の日差しと仄かな風が景色を彩り、長らく暮らした地を後にする――何処かノスタルジックな気分を和らげた。

 道はどんどん海沿いを離れ、この山を越えれば完全に見えなくなる。


(しばら)くお別れだね」

「ええ。数で言えば、悪い事の方が多かったけど……いざ離れるとなると名残惜しいわね」

 チラとカルアへ目を動かし、ザシャの方角を振り返った。

 ――ふと、ルチルナはカルアに目を戻した。

「ところで……」


「ん?」

「あなた、どうしてアーサーに避けられてるの?」

「だよね……やっぱり避けられてるよね?」

「何かしたの?」

 カルアは首を振り、腕を組んで考えた。


「何もしてないと思うんだけど……。だって出発する時に初めて会って、その時からずっとだよ?」

「向こうは前から知ってたみたいよ」

「それはあの騒動の(うわさ)を――」


「そうじゃなくて、そのずっと前から知ってたみたいよ。あなたというか、私たちをね。そんな感じ事を言ってたわ」

「何処かで会ってたのかな……」

「ギルドに何度も行ったことがあるって言ってたから、顔を合わせた事があるとしたらそこじゃないかしら」


 カルアは記憶を掘り起こし、ギルドで言葉を交わした者を思い付く限り並べてみた。しかし――

「んん~、分かんない」

「私もさっぱり」

「ローレンスさんは?」


 そう言って、先頭を歩くローレンスへ目を向けた。

 マーレイ夫妻と言葉を交わすローレンスを見つめ、カルアは首を振った。

「ローレンスさんが忘れてるなんて事はないか……」

「……そうでもないわよ。最近、物忘れが多い気がするのよね……。歳も歳だし……」


「え? それってまさか……」

 ヒソヒソを言葉を交わすカルアとルチルナを、チラチラと荷車の陰から窺うアーサー……。

 布紙の切れ端に素早く何かを書き留め、ポケットにねじこんだ――



 アーサー・マーレイ。

 彼はカルアがザシャを訪れる一月ほど前にザシャへ越してきた。

 (ジェフ)の仕事の都合で転居する事が多く、これまで数多くの別れを経験してきた。その為、いつしか人との交流を避けるようになっていた。

 自宅に引きこもり、本を読んだり絵を描いたり……そうやって次の引っ越しのまでの時間を潰すように過ごしていた。

 

 どうせ直ぐに別れる事になるのだから、端から交流は持たない。っと引きこもるアーサーとは対照的に、兄のベルは積極的に外へ出て現地の人々と交流を持った。

 その結果、ベルの元には遠方で別れた友人からの手紙が届いたりという事が徐々に増えて、最近はその返事なぞを書く為にアーサーとは全く違う意味で引きこもる事も増えた。


 そんな兄を(うらや)ましく思いつつも、アーサーはこれといって何を変えるでもなく過ごしていた。



「――ベルの奴はずいぶんと社交的でして、人の心を掴むのが上手いというか……入って行くのが上手いというか、商人に向いているようで将来が楽しみです。あたしの後を継いでくれたらいいんですがね」

 嬉しそうにそう語るジェフへ、ローレンスは目尻を下げて何度も頷いた。


 が、隣を歩くシンシアはふと顔を曇らせた。

「アーサーももっと社交的になって欲しいんですけど……。兄弟だからって性格は似ないものですね。無理にでも……もっと外へ出し、人と交流を持たせた方が良いのでしょうか……」

 すると、ローレンスは二人に顔を寄せて声を落とした。


「実は、お嬢様は七歳まで一歩もお屋敷に外に出たことがありませんで……。友達と呼べる者も居りませんでした。メイメイとランラン以外は誰も側に寄せず、寄れず……。それはそれはもう荒れて荒れて……。


 無理矢理にでもお屋敷から連れ出せば、きっと変化があると思い期待したのですが……結局何も変わらず、ただただ互いの心を疲弊(ひへい)させるばかりでした。

 その頃のお嬢様の噂は耳にされた事があるのではないですかな? 本当に、色んな事がありましたからな……」


 何処か申し訳なさそうに頷いた夫妻へ苦笑いを返し、最後尾を歩くルチルナを振り返った。顔を寄せて話をするカルアとルチルナを見つめ、目を細めた。

「しかし、ある事を切っ掛けにお嬢様は変わられました。そして私も……」

 夫妻に顔を戻し、ローレンスは話を続けた。


「結果から言えば、お嬢様の場合は友との出会いでしたが……その切っ掛けは、私への当て付けの為に受けた、偶然お嬢様の目に触れた薬草採集の依頼です。

 どうにも……人生には、然るべき時に然るべき成長や変化の切っ掛けが用意されている。


 人生を振り返ってみると、そのように思えてなりません。

 何時、一体何が切っ掛けとなるかは分かりませんが……成長や変化が訪れた時、それを正しく導く事。その姿勢を保つ事が肝要なのではないでしょうか」


 そう、きっかけがあれば……。アーサー自身、そう思う事は少なくなかった。そんな、ある日の事だ――

 青い顔で便所へ引きこもった兄が扉越しにこう言った。


「実は……俺はエージェントだったんだ」


『えーじぇんと』が何なのかは分からなかったが、アーサーはこの言葉に惹き付けられた。

「俺の後を……任務を引き継いでくれ……」

 任務とは何なのか、そもそもどういう事なのか……疑問は尽きなかった。しかし、さほど迷う事なくアーサーは(うなづ)いた。それが自分でも不思議だった。 


 任務とは、上の階に住むニーナの同僚であるクレアの動向を探る事。動向の意味はよく分からなかったが、取り敢えず頷いてみたら冒険者ギルドへ放り込まれた。


 当然だが……つい昨日まで引きこもっていた少年に冒険者ギルドは過酷な場所であった。入り口をウロウロしていると通りすがり冒険者にからかわれ、こずかれ、敷地へ踏み込むだけでも一苦労であった。

 そして、そこでアーサーはあの男と出会う。師匠と崇める男との出会いだ。


 アーサーの前に、マーカスが腰を下ろした。

「あれがカルア・モームだ。おっと、急に振り向くなよ。ゆっくり()り気無くだ」

 黒く巨大な全身鎧(フルプレート)を連れた少女が前を横切った。

「目で追うんじゃねぇ。然り気無く向きをかえて……そうだ、むしろ目を逸らすように――上出来だ」


 続いて、後を追うようにルチルナと2体のゴーレムが続いた。

(暴君ルチルナ……)

「騙されるなよ。世間じゃ暴君の方が有名だがな、黒幕はカルアって娘の方だ」

「そ、そうなの?」


「いいか? 本物の悪党ってのはな、そんな分かりやすい見た目はしてないんだよ。いかにもって奴を表に立てて、その陰に潜むもんだ」

「な、なるほど……」

 尊敬の眼差しを向けるアーサーへ、マーカスの講義は続いた。

「悪党ってのはな、往々にして一見すると良い奴に見える。ニコニコと笑顔で寄ってくる奴は要注意だ」


 鼻の穴を膨らまし、コクコクとアーサーは頷いた。

「最初に倉庫街に君臨したのがカルア・モームだ。暴君は正体を隠す隠れ(みの)にすぎない」

「じゃ、じゃあ、ク、クレア姉ちゃんも、何かの隠れ蓑……」


「あれはクレアがゾッコンなだけだ。悪党ってのはな、なぜか美人にもてたりするんだよ」

「な、なるほど……」

「っと見せかけてるがな、実は違う。お前、なかなかいい勘してるぞ。クレアを惑わし、ギルド内に工作を仕掛けてるんだ」


 マーカスはふと言葉を止め、ゴクリと唾を飲むアーサーを除き込んだ。

「ところで……お前、なかなかの大物を探ってるな。一体誰の差し金なんだ?」


 っと、幼気(いたいけ)な少年にテキトーな事を吹き込んで遊んでいたこの男が、どのような末路を辿ったのか……それはご存じの事だと思う。

 そしてマーカスが姿を消して間もなく、えーじぇんとアーサーの任務も終わりを迎えた。


 ……はずだった。


 任務がちょうど良いリハビリとなり、ちょくちょく自主的に外出するようになっていたアーサーは、突如路地に引きずり込まれた。

 ザシャを立つ前日の事だ。

「あなた、ギルドによく出入りしていたわね」

 壁に押し付けられ、あっという間に両腕の自由を奪われ口を塞がれた。

(ク、クレア・メンデス……)


「私の周辺を嗅ぎ回っていたようだけど……」

 ふと、とある冒険者の言葉が蘇った。

『マーカス? ああ……あいつはしくじったんだよ……』

 まるで墓標を見つめるような、遠い目をしていた……。


「ウフフ、何か言い残す事はあるかしら?」

(お、おいらもしくじったのか……)

 えーじぇんとアーサーは死を覚悟した。


 その時、ふと拘束が解かれた。

「ウフフ、特別に今回は見逃してあげるわ」

「……ッ」

 止まっていた呼吸が戻り、アーサーはズルズルと崩れ落ちた。

(た、助かった……?)


 アーサーが顔を上げると同時に、屈み込んだクレアが顔を寄せた。

「でもタダって訳にはいかないわね……」

「な、何をすれば……」

「ウフフ、簡単な事よ。新しい任務をあげるわ――」



 ……空に赤みが差した頃、カルア一行は宿場へ入った。

 ()り合わせた街道を解いたように、道は斜面を抉るように上へ下へと別れた。それぞれの道の周囲に建物がひしめき、まるで段々畑にそのまま町を作ったかのようだ。

 キョロキョロと周囲を眺めていたベルは小さな手帳を取り出し、ペラペラと捲った。


「ビプス、温泉のある宿場……」

「お風呂……」

 横から手帳を覗き込んだカルアとルチルナの呟きが重なった。

 たった一日風呂に入っていないだけだが……どうにもスッキリしない。当たり前に風呂に入れる生活を送っていた為、早くも禁断症状が現れていた。


「じゃあ……やっぱり入れる所がいいよね……?」

「そうね……少々高くても……」

 カルアとルチルナの言葉を受け、ベルは指を滑らせて手帳の一文を指した。

「風呂ならココ、前に行商の姉ちゃん聞いたんだ。飯ならこっち」

「へえ、流石商人の息子……」

 風呂と飯のどっちを優先するかと盛り上がる一向に、リンは背を向けて声をかけた。


「俺達はギルドに顔を出してくるから、そっちは任せたぜ」

 そう言って、リンとアイクはギルドへ足を向けた。

「うわ……」

 ギルドから伸びる列を目にしたアイクは、くるりと踵を返した。

「やっぱ僕も宿を探しに――」

 っと逃げようとしたが、無言でリンに襟を掴まれ引きずられるように列の後ろに並んだ。


 一般的な物品の輸送などであれば、途中経過の報告は努力義務といった程度のものであるが、護衛対象が居る場合はそういうわけには行かない。

 ルートや予定日数などをまとめた計画書を事前にギルドへ提出し、その通りに進んでいる事を道中のギルドで報告しなければならない。計画に変更があった場合も、都度その報告しなければならない。


「ともかく行ってみましょ」

 カルアを先頭に歩き始めた一行を、道行く人々が振り返った。

 ザシャではカルアとルチルナの存在はそこそこ知れ渡っていた為、好奇の目を向ける者は少なくなっていた。しかし、こうして初めての土地へ行くと……一際目立つ一団であるのだということを、改めて思い知った。

 


 ――同じ頃、洋上を行く一隻の客船。

 窓から赤く染まった空を見上げ、クロエはため息をついた。

「どうせ船に乗るんだったら、ザシャから乗ればよかったじゃねぇか」

 そう溢すクロエの向かいで、エストはニコニコと微笑んだ。


「正直ね、僕はあの馬車を見つけた時、本当に感動したんだ。あんな絵に描いたような成金趣味の馬車が実在するなんて思ってなかったからね。是非とも君を乗せたかったんだ」

 舌打ちを洩らし、クロエは自分のドレスを摘まんだ。


「これは何時まで着るんだ?」

「ずっとさ。でも汚れたりしたら着替えて構わないよ。似たようなのをたくさん買ったから」

 大きなため息と共に、エストの隣に視線を滑らせた。


「……で、そいつはなんだ?」

「ボブとヘッジじゃないか。もう忘れたのかい?」

「そうじゃなくて。そのアフロは使えそうだから分かんだけどよ、隣の栗頭は……」


「あ、あっしも……! 必ずお役に立ってみせやす!」

「普段は素直に言う事聞くのに、この一点張りでさ。でも現地で誰か雇ったりするよりはいいかなと思ってね。不満かい?」

 クロエは大袈裟なため息を溢し、赤い空に目を戻した。

「……ま、あたしはお前の首輪を受け取ったんだ。お前がそう決めたんなら従うさ」


 そして、チラリとヘッジを振り返った。

「足引っ張んなよ」

 続けて、エストが向き直った。

「ヘッジ」

「は、はい――へい!」

「これから僕らは非常に重要な仕事に取りかかる」

 笑みを消し、鋭い瞳を向けた。


「本当に重要な仕事だ。そして、これまでとは比べ物にならない危険な橋を渡る。下手を打つと……即、死に繋がる。助ける余裕は無い」

「へ、へい……」

「その時は容赦なく切り捨てる。その覚悟ができないなら、次の港で降りてこれをローデックに持って行ってくれるかな」

 そう言って、書類が収められていると思しき小さな筒を差し出した。

「……」


「正直、僕らもどうなるか分からない。強力な後ろ盾はあるけど……絶対はない。もしもの場合の事はマドックとローデックに頼んである。平穏に暮らしたければ、これを持って船を――」

 ヘッジは筒に手を伸ばし、グイと押し返した。

「……覚悟はいいね?」

「へい……!」 



 ◆



 夜になり――

 アーサーは隣のベッドで眠る兄の様子を窺った。

「……」

 眠っている事を入念に確かめ、そっと宿を抜け出した。

 道を行く疎らな人影に目を走らせ……帽子を深く被り直して足を踏み出した。上着の襟を立て、口元を隠すように首をすくめて歩いた。


(初めはニーナ姉ちゃんに雇われてクレア姉ちゃんを探り、今度はそのクレア姉ちゃんに雇われる……。おいらに信念はない。仕事をこなし、報酬をもらう。ただそれだけ……)

 建物の影から影へ然り気無く、しかし素早く。目指すは冒険者ギルド。雇い主(ボス)へ報告書を送るのだ。


(おいらはえーじぇんと。えーじぇんとアーサー)

「……」

(わがはいはえーじぇんと……オレはえーじぇんと……私はえーじぇんと)

 ニヤリと、アーサーは笑みを浮かべた。

(私はえーじぇんと。えーじぇんとアー――)

 っと、その時、何者かに肩を掴まれた。


「おい」

「――ッ!?」


 振り向くと、二人組の青年が立っていた。

「一人か?」

 目を見開き、プルプルと震えるアーサーの様子に、二人組は困惑したように顔を見合わせた。

「取って食おうってんじゃねぇんだ……」


 一人が膝をつき、腕に巻き付けた登録証と腕章を見せた。月の灯りを受け、腕章に刻まれた冒険者ギルドのエンブレムと『警備』の文字がぼんやりと光った。

 ザシャとノーキスを結ぶ街道の治安は非常に良い。しかし、いくら治安が良いといっても他と比べてだ。まして我々の感覚で考えてはならない。


 町には一応門が設置されいるが、町であると同時に街道でもある為、基本的に門が閉じられる事はない。夜も門番の目は厳しくなるが、ずっと開いている。しかし、この世界もご多分に漏れず、悪巧みは夜間に行われる事が多い。


 夜間も自由に出入りできる為、それなりに警戒は厳しい。門番は領主の配下が務め、町中の警備は冒険者ギルドへ依頼の体をとった委託で行われている事が多い。直轄領を離れるほどにその比率は高いようだ。アーサーへ声を掛けた二人がそれだ。


「いくら治安が良いっていってもな、こんな時間に出歩くもんじゃねぇぞ」

「宿屋は何処だ? 送って行く」

 盗賊などが子供を偵察に出したり、そもそもが子供のみで形成されたそういった組織も存在する。しかし、アーサーがそうでない事ぐらい一目で分かった。

「だ、大丈夫……です」


 ぎこちない動きで立ち去ろうとするアーサーであったが、すぐに引き戻された。

「いや、そういう訳には行かないんだよ」

「ともかく宿を――ん? 何持ってんだ?」

 警備の一人がアーサーの手から、ひょいと銀色の小さな筒を摘まみ上げた。

「あれ? これギルドの筒じゃねぇか」


 筒。大きさは大小様々あり、主に手紙などの書類を詰める。つまり、この世界の封筒だ。

 これを運ぶ商売――つまり郵便事業だが、世界中にみっちりと展開する冒険者ギルドがその最大手だ。他にも色々と手広くやっているが……それは別の機会に。


「あ、それは……」

 筒には冒険者ギルドのエンブレムが刻まれ、特殊な封が施されている。通常、冒険者ギルドが各ギルド間のやり取りで使う特別な代物だ。

 迂闊にも、えーじぇんとアーサーはそれを手に握って輸送していたようだ。


「なるほど……ギルドへ持ってけって、小遣いを掴まされたな?」

「ったく、いくら貰ったのか知らねぇけど……こんな時間に行くことねぇだろ」

「い、急ぎなんだ……」


 警備の二人はやれやれとでも言いたげに立ち上がり、アーサーを促した。

「仕方ねぇ……とりあえずギルドまで送ってやる」

「ほら、行くぞ。とっとと済まして、宿へ戻れ」


 っと、勝手な勘違いで危機を脱し、ついでに護衛も手に入れてアーサーはギルドへ辿り着いた――


「ほら、さっさと済ませてこい」

 入り口でアーサーを促し、警備の二人は長椅子に腰を下ろして煙管に火を入れた。

 ギルドへ足を踏み入れ、アーサーは目だけを動かして周囲を見回した。


(キョロキョロすると目立つ……極力首は振らない……)

 というマーカスの教えだ。

 三つある受付は一つを残して閉められ、一人の受付嬢が退屈そうに佇んでいた。

 他には数名の冒険者が姿が見えた。依頼票を漁っていた者や、テーブルで雑談していた者が、振り返ってアーサーを見ていた。


 僅かに顔を俯け、ゆっくりと歩を進めた。

(素早い動きはダメだ。ゆっくりと、目立たぬように……)


 これもマーカスの教えだ。

 しかし……警備に付き添われ、それも子供がこんな時間にギルドを訪問している時点でこれ以上ないほどに目立っている。迂闊にも、えーじぇんとアーサーだけがその事に気が付いていなかった。

 

 受付に立ち、無言で筒を差し出した。もっとスマートに差し出したかったのだが……背が足りず、つま先で立って目一杯手を伸ばした。

(お使いで来たのね。でも何でこんな時間に……)

 そうは思ったが、そこはプロだ。見事な笑顔で筒を受け取った。

「はい、ありがとう」

「……」


 無言で踵を返したアーサーは、改めて上着の襟を立てて首を竦めた。

(無駄口はきかず、顔を覚えられないように……)

 アーサーの背を見送り、受付嬢は首を傾げた。

「照れ屋……なのかしら?」


 ギルドを出たアーサーに、警備の二人が尋ねた。

「終わったか?」

「は、はい……」

「んじゃ帰るぞ。宿は何処だ?」

 宿の名を告げると、二人はアーサーの脇を固めるように歩き始めた。


(おいらを只の子供だと思って……)

 時折二人の様子をチラリと窺い、ほくそ笑んだ。

(ククク、これは仮の姿……おいら――私はえーじぇんと。えーじぇんとアー――)

 

「あ! 居た居た!」

「――ッ!!」


 聞き覚えのある声に、アーサーはビクリと身を震わせた。

「オメー何したんだ?」

 顔を上げると、リンが立っていた。

 当然、警備の男が尋ねた。

「お前の連れか?」


「コイツ何したんだ?」

「いや、別に悪さをしてた訳じゃない。巡回していたらバッタリ出くわしてな、冒――」

 アーサーに服を引かれ、男は言葉を止めた。目を見開き、プルプルと首を振っている。


「……じ、時間も時間だからな、宿へ追い返してたところだ」

 っと、空気を読んだ彼の機転で救われた。


「ったくよ……こんな時間に何処をほっつき歩いてたんだ?」

 ズイと顔を寄せたリンから、ふわりと酒の臭いが漂った。

「後は気持ちよく寝るだけだったのによ、オメーを探しに行かされるなんて……」

 しばらくブツブツと愚痴っていたが……リンはハッと我に返り、警備の二人へ深々と頭を垂れた。


「手間を取らせて申し訳ない」

 そう言って、アーサーの頭を押した。

「ほら、オメーもやるんだよ」

「す、すみません……あ、ありが、とうございました」

「いやいや、これも仕事さ」

 そう言って踵を返した二人へ改めて頭を下げ、その背を見送った。


「ったくよ……」

 リンは屈み込んでアーサーの襟を直し、帽子を被り直させた。

「ほれ、帰るぞ」

 差し出された手を取ると、リンはゆっくりと歩き始めた。

「帰ったら、ちゃんとみんなに謝るんだぞ。みんなお前を探しに出たんだからな」

「……」


「返事」

「は、はい……」

(こ、これは仮の姿! 仮の姿だ……! お、おいらはえーじぇんと! えーじぇんとアーサーだ!)

 はたして……これから待ち受けているであろう厳しい尋問(両親による事情聴取)拷問(説教)に、えーじぇんとアーサーは耐える事ができるのであろうか……。


 

 ◆



 数日後、ザシャ冒険者ギルド。

 ウキウキと裏へ回ったクレアは、いつもカルアが座っていた席でお茶を飲みホッと息をついた。


 ノーキスへの異動が却下されると同時に、クレアはニーナ監視下に置かれた。工作をしようにも監視の目が厳しく、思うように動けずフラストレーションを溜めまくっていた。

 いっそのこと全てを捨てて追いかけてしまおうか? そんな衝動に駆られ始めた頃……全く期待していなかったスパイからの報告が届いたのだ。たまたま見かけたのでちょっとからかっただけ……だったのだが。


 クレアはカップを下ろし、銀色の小さな筒を取り出した。

 カルアはどう過ごしているのか、どんな物を食べたのか……期待に胸を膨らませて封を切った。

 丸まった報告書を引き抜き、クルクルと広げて目を通した。

「……」


『ローレンスのボケが始まったらしい』


「……マジで?」


2019/7/3ルビ追加・脱字等修正 2020/11/02微修正

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