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マニピュレイション!  作者: 立花 葵
それぞれの
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 ザシャ冒険者ギルドの二階。

 ギルド長の執務室に、座る場所が入れ替わったクリスとロイの姿が見える。

 どこか座り心地の悪そうなクリスとは対照的に、ロイは鼻歌混じりに淡々と業務をこなしていた。


「ん? 椅子は好みの物を持ち込んで構わないよ。私はちょっと固い方が使いやすかったからね」

 クリスの視線にロイそう言って応えた。

「いえ……そういうわけでは……」

 クリスは小さくため息を溢し、手元の報告書に目を戻した。

 

 ダンジョンの対応に襲撃騒動の始末でただでさえゴタついているというのに、モル・ラルタの調査協力に引き継ぎと各方面への顔合わせ……やることが山のように積もっていた。

 そんな中、本部から帰った彼女を待っていたのは、これまた面倒な事件の報告だった。

「少し休憩しよう」

 眼鏡を外して目頭を揉むクリスへ、ロイが声をかけた。


「……はい」

「お茶を入れよう」

 盆にティーセットを乗せ、茶葉を探して戸棚をあちこち開けるロイへクリスが声をかけた。

「茶葉はその左の引き出しに入っています」

「ああ、これか」


 ――程なくして、クリスの前にティーカップが運ばれた。

「変な感じです」

 カップを口に口を付け、居心地が悪そうに溢したクリスへロイはどこか楽しげに微笑んだ。

「三月も猶予を貰えたんだ。ゆっくりやろうじゃないか」

「はい」

 しかし、ホッと息をついた二人の視線は、自然と机に置かれた報告書に落ちた。


「何か進展はあったかい?」

「いえ……まだ何も」

 ロイは報告書を拾い上げ、カップに口を付けた。

「ダンジョンで殺人ね……」

「疑いが濃厚であるだけでまだ確定はしていません」


「ふむ……。報告者はレイ・ハモンドにラルフ・ギルマンか……」

 報告者の名を読み上げたロイに、クリスは降参したようにぼやいた。

「確定はしていませんが……間違いないでしょうね……」


「遺留品は衣服の一部と思われる朽ちた布きれ……」

「黒炎系の魔法でしょう。微かな腐敗臭を感じたと報告にあります」

 この世界には、物や生物を腐敗させる魔法が幾つか存在する。いずれもその過程において黒い炎発生させる為、そう呼ばれている。

「またえげつない物を使ったな……死後に使われた事を祈るよ」

 呟いたロイは、報告書を捲り目を通した。


「被害者は少くとも二人と推測される。か……」

「これまでダンジョンに出入りした者の安否の確認は取れています」

 皮肉な事に、襲撃のお陰でダンジョン周辺で働いていた者達を含め、正規の手順を踏みダンジョンへ出入りした者達の安否の確認は既に取れていた。

「少くとも、被害者は我々とは無縁の者か……」

「そうなります……」

 カップに口を付け、クリスはため息混じりに溢した。


 ダンジョンは冒険者ギルドの管理下にある為、そこで起こった事件であればその始末は当然冒険者ギルドが行う事となる。

 しかし、現在ザシャ冒険者ギルドは深刻な人手不足に陥っていた。ダンジョンの攻略は勿論の事、散り散りに逃走したオークの捜索、モル・ラルタの調査協力に警備と巡回の増員……。そこへ来てこの事件だ。


 どの時点で侵入したのかは不明だが、警備の目をかい潜りダンジョンへ侵入した者が少くとも二人。これがもし〈障壁〉を突破しての侵入であれば、ただの侵入者ではない。そしてそれを始末した者となれば……かなりの手練れであることは想像に難くない。追う方もそれなりの者を当てなければ犠牲者を増やす事になりかねない。


「せめて外であればな……」

「ええ、領主を巻き込めたのですが……」

「遠方のギルドにオーダーの打診をするしかあるまい」

「いえ、神殿の警備から人を回そうかと考えています」

「神殿の警備は割かない方が良い。神殿警備は、即時投入できる高い戦力を留め置くための名目であることは、君も十二分に理解しているだろう? 彼らを使うのは最後の手段だ」


「それは承知していますが……」

「なに、要請はまだ私の名前で出される。君が借りを作ることにはならんよ」

「そういう意味では……」

「ま、これは私の方で対応しよう。この件は私に預けて、君はその他の業務に専念してくれ」


 ロイの引退が、先の襲撃で多くの死傷者を出した事の引責である事は明らかだ。だからこそクリスは後を継ぐことを了承した。

 この上更に面倒を押し付けるなど……不都合を体よく去る者に押し付けるようなやり方は彼女の信条に反する。


 しかし、現状はそうも言っていられない……クリスは顔を歪め、苦し気に吐き出した。

「……お願いします」



 ◆



 ――その頃。カルア一行の姿は桟橋にあった。

 久しぶりにエルフリード商会からの指名依頼が入り、桟橋で荷下ろしをしていた。リンとアイクは別の依頼を受け、今日は別行動となったのだが……。


 カルアは朝冷えの残る冷たい風にぶるりと身を震わせ、荷を下ろす三体のゴーレムを眺めた。

 その後ろで、ルチルナは木箱の陰に隠れてなにやら難しい顔で本を読んでいる。


「何見てんだ?」

 ふと歩み寄ったリンが、ルチルナの手からひょいと本を奪い取った。

「ゴーレム理論(入門編)? お前……名門の産まれのクセにこんなもん読んでんのか」

 ルチルナは、嘲笑うリンの手から素早く本を奪い返し目を吊り上げた。


「あなたはせっかく人に産まれたのに猿以下の教育を受けてきたみたいね……。デリカシーってものが皆無ね」

「ハイハイ、猿で結構、結構」

 と意外にも食い付かなかった。

「お前……俺に負けそうで焦ってんだろ?」

 ニタニタと微笑む彼の余裕はそういうことらしい……。


「リ~ン~。サボってないでやってよ……」

 と、近くの漁船からデッキブラシを手にしたアイクが桟橋に飛び降りた。

 彼らが受けた別の依頼とはこの船の清掃だ。

「フン、まともに依頼をこなす事もできなみたいね」

 チラリと漁船に目を動かしたルチルナは、どの口がと聞こえてきそうな反撃を繰り出した。


「リ~ン。そんな事やってる暇はないだろ……」

 と、火花を散らす二人に割り込んだアイクの目に、ルチルナの胸に抱かれた本が留まった。

「ゴーレム理論……入門編?」


「こ、これは……知識は――こういう知識は、常に最新のものに書き換えておかないといけないのよ」

「へぇ、僕はゴーレムの事は全く分からないんだけど、ゴーレムを使役するのって大変なんだね」

 そう言うと、アイクは荷を下ろすメイメイとランランをまじまじと眺めた。

「そうよ。お猿さんには理解できないみたいだけど」

 と、ルチルナは得意気にリンを()め付けた。


「ゴーレムってさ、どうやって作るの?」


「え? あ――ま、まず核を作るの。ゴーレムの本体は核よ。性能の九――五から九割は、か、核によって決まるわ」

「へぇ~。そうなんだ。その核はどうやって作るの?」

「か、核は……核は――」


 アイクは別にルチルナを煽っているわけではない。純粋な好奇心から尋ねている。

 その為、無下にあしらう事ができずルチルナは言葉に詰まった。何故なら、彼女にそんな知識はないからだ。彼女の有する知識は、胸に抱いている入門編より乏しい。


「い、色々ありすぎて一口には説明できないわね」

 目を泳がせ、ルチルナは精一杯の逃げ口上を口走った。

「へぇ~、なるほどねぇ」

 と、本に視線をずらしたリンは逆だ。彼はルチルナの事がだいぶ分かってきている。


「まぁ、皆さん。それは仕事を終えてからで」

 と仲裁に入ったローレンスだが、その胸の内は――

(いいですぞ! いいいいですぞ! さぁ、もう一声! もう一押し!!)


 一連のやり取りを楽しげに見つめていたカルアは顔を戻し、隣に立つローデックに尋ねた。

「そういえば、エストさんはもう戻ってるんですよね?」

 と――何故かローデックも目を泳がせた。

「え? いや、ああ……戻っちゃいるんですが……。ちっとばかし体調が良くないようで……」


「そうなんですか?」

「え、ええ、あれで、多分旅疲れってやつで」

 驚くカルアに、ローデックは取り繕うように返した。


「じゃあ後でお見舞いに――」

「いえいえ、そんなお気遣いは――た、大した事じゃねぇですし、二、三日寝てれば良くなりやす。ほ、本人もそんな事いってやしたし……ええ、うん、こっちから顔見せに行くとかなんとか――ああ、ボブ! それはこっちだ」

 しどろもどろにそう言うと、逃げるようにボブの元へ走って行った。

「……?」




 ――それから数刻、エルフリード商会社長室。

 荒れに荒れた部屋に、簀巻(すま)きにされ樽に詰められたエストの姿があった。一見すると樽に猿轡(さるぐつわ)を噛まされた生首が乗っているようにも見える。


 床板があちこちと剥がれ、そこら中に物が散乱している。部屋の中心から窓にかけてこんがりと焦げ、窓枠だけになった窓からゆったりと風が吹き込んでいた。

 どうやら、この部屋は局地的な地震と噴火に見舞われたらしい。


 部屋を見回したローデックは大きくため息をつき、椅子を運び背もたれを抱くように腰を下ろしてエストと向き合った。


「社長……姐さんが見舞いに来たいって言ってやしたよ」

「……」

「なんとか誤魔化しやしたが……」

「……」

「ちょっと外しやすんで、騒がないで下せぇよ?」


 ローデックが猿轡を外すと、噛みつこうとしたエストの歯がカツンと鳴った。

「早く出せ!! こんな事してる場合じゃないんだ!! 出せ! 出せ! 出せ!!」

「いってぇどうしちまったんですか……どう見たって普通じゃねぇですよ」

「いいから早く出せ!!」


 キッと睨み返すエストの鼻先に魔法陣が浮かび上がった――

 ローデックは呪文を唱えようとするエストの口を慌てて塞ぎ、ガタガタと揺れる樽を押さえつけた。

「やっぱ覚えてねぇだけで何か催眠系の魔法に当てられてるんですって! もうちっと辛抱しててくだせぇ、もうすぐ――」


 その時、背で扉が開きヘッジに続いて貫頭衣をすっぽりと被った女性が現れた。

「兄貴、副社長が」

「副社長! いきなり呼び戻して申し訳ありやせん」

「いえいえ、大丈夫ですよ~。それより――」

 言いかけて、彼女は樽詰めのエストの姿を認め慌てて駆け寄った。

 

「ちょ――、先生! どうしたんですか!?」

「あっしらにも何が何だか……多分催眠系の魔法をかけられたんじゃねぇかと……」

「まさか……先生がそんなヘマをするなんて……」

 そう溢し、ふと思い出したようにフードを脱いだ彼女の頭から、フェネックのような大きな耳がピンと立ち上がった。


「あ、これお土産です。皆さんで召し上がって下さい」

 そういうと脇に抱えていた包みをローデックに手渡した。

「こりゃお気遣いいただいて……、ありがたく」

 包みを受けとると同時に、ローデックは再び暴れ出した樽を押さえた。



 話は数日前に(さかのぼ)る――



 倉庫を発った荷車を見送っていたローデックは、それと行き違いに走ってくるエストの姿に我が目を疑った。

「しゃ、社長!?」


 予定では、ダンジョンに潜入したエストは運び出される荷物に紛れて戻ってくるはずだった。ローデックは抜かりなくその準備進め、エストからの合図を待っていた。

 それが何の知らせもないばかりか、真っ昼間に何の変装もなしに走って帰って来たのだ。


 思わず声を上げたローデックの前を駆け抜け、エストは扉に手をかけた――と、ようやく彼に気が付いたように振り返った。

「やぁ、急いでたからそのまま帰って来ちゃったよ」

 肩で息を切り、言い終えぬうちに慌ただしく階段を駆け上り社長室へ駆け込んだ――


 呆然とその背を見送ったローデックは、続けて社長室から響いた物音で我に返った。

 手当たり次第に棚や机を引き倒し、家捜しでもしているような……急いで後を追い社長室に駆け込んだ。

「社長! 入りますぜ!?」


 ――あの僅かな間にどうやればここまで荒らせるのか。地震にでも見舞われたかのように物が散乱していた。

 呆気にとられるローデックを他所に、エストは奥の資料室から腕一杯の荷物をせっせと運び出しては無造作にぶちまけた。

「しゃ、社長……、ここを引き払うので……?」

「え? どうして?」


「どうしてって……、要る物だけより分けて――」

「ああ、要らない物を処分するんだよ」

 と同時に、エストは無造作に積まれた品々の上に手をかざした。

「〈(イグニス)〉」

 吹き出した火炎がそこに積まれていた物を焼き尽くし、窓を破り隣の壁面まで焦がした。


「ちょ――社長!」

 ローデックは慌てて上着を脱ぎ、周辺に残る火種を叩いて回った。

「いってぇどうしたんです!? 火事になっちまいますよ!」

「だから要らない物を処分してるんだよ。君も手伝ってよ」

「要らねぇって……あんな必死に集めてたじゃねぇですか……」

「もうそんな物は必要ない。だって僕は……」


 エストはニタリと笑みを浮かべてローデックを見つめた。

 その顔は狂喜に満ちていた。爛々と瞳を輝かせ、抑えがたい喜びが口元をつり上げていた。

「この研究はね、やっぱり僕の使命だったんだ。いや――それを得るための道だったんだ」

 エストは更に口元を吊り上げ、目を見開いた。


「僕はね、神の啓示を受けたんだ。神の使徒になったんだよ!! ……フフ、アハハハ!!」


 ローデックは思った。普通じゃない。もっと率直に言えば……、

「イカれてる……」

 ふと振り返ると、騒ぎを聞きつけ商会の面々が入り口に群がっていた。


 先頭に立つマドックは、ローデックの目配せを受け取りヘッジに囁いた。

「ホセを連れてこい」

 図体がでかい為階段の下で様子を窺っていたホセが、人垣をかき分けマドックの隣に立った。

 ローデックとマドックに頷き返し、周囲の面々にちらりと目配せを送り大きく息を吸い込んだ。


「見てないで皆も手伝ってよ」

 と、エストは資料室から運び出した品々に再び手をかざした。その時、

「やれ!!」

 マドックの号令と同時に皆耳を塞ぎ、ホセの口から咆哮が吐き出された――


 部屋を埋め尽くした咆哮が空間をビリビリと揺らし、壁を震わせ床を波打たせた。


「な……、なにを……」

 魔法陣がかき消され、エストの体がぐらりとよろめいた。

「かかれ!」

 言葉と同時にローデックが躍りかかり、周囲の面々も一斉にエストへ飛びかかった――



「そんな事が……」

「もう何が何だか……操られてるとしか思えねぇですよ……」

 再び猿轡を噛まされ、モゴモゴと何事かを叫ぶエストを見つめてローデックは首を振った。

 しかし、彼女の見立てではそういった魔法の気配は感じられない。


「……何か気が付いた事とかありますか? 何でも構いません」

「んん……これと言って……。と言うより何もかもが変で――」

 言いかけて、ふとローデックは思い出したように付け加えた。

「そいや、取り押さえた時全身びちょびちょに濡れてやしたね」

 が、それは特に関係があるとは思えない。


 耳をピクピクと揺らし、「んん~……」と唸りながらエストを眺めていた彼女は、ふとローデックに向き直った。

「先生と二人にしてもらえますか?」

「隙あらば魔法を撃とうとしやすんで、気を付けてくだせぇよ」

 そう言うと、ローデックはヘッジを連れて部屋を出た。


「手に負えねぇ時は直ぐに呼んでくだせぇ」

 ローデックが扉を閉めると、彼女はゆっくりと歩き室内を見回した。

「じゃあ、先生。これ外すんで、大人しくしてて下さいよ?」

 そう言って、エストから猿轡を外した。

「やぁ、エミリーくん。早速だけど出してくれるかな?」


 エミリーはローデックが座っていた椅子を置き、脱いだ貫頭衣を座面に敷いてじっとエストの目を見つめた。

「まず、説明して下さい」

 サッと尻尾の毛並みを整え、腰を下ろしてエストと向き合った。

「どうせ信じないさ」


 すると――エミリーはキッと目を吊り上げた。

「私は……! 私は、先生を信じて付いてきたんですよ!? 前にもこんな事をしましたよね!! 研究室ごと貴重な写しを燃やして、研究発表をすっぽかして、遺物を盗み出して、理事会に猟犬を放たれて、その理由もまだ聞いてないんですよ!! それでも……! それでも私は先生を信じて付いて来たんです!!」


「……」

「先生はそんなに私が信じられないんですか!?」

 エミリーは席を立ち、無惨な姿を晒すエストの収集物を一つ一つ手に取りテーブルに並べ始めた。

「……君の事は信じてるよ。でも……」

「でも?」

「きっと君は信じないよ――」


 扉の外で待機していたローデックとヘッジは、エミリーの怒鳴り声を聞き、扉に耳を当てて中様子を窺っていた。

「――はぁ!?」

「ほら! 信じないじゃないか!」

「ちょ――いくらなんでも……」

 エミリーの声に続き、また魔法を撃とうとして口を塞がれたのか……モゴモゴとくぐもったエストの声が聞こえ、それきり何も聞こえなくなった。


「兄貴……大丈夫なんすかね?」

「……」

 そのまま暫く間様子を窺っていた二人だったが……不安になりローデックが扉をノックした。

「副社長? 大丈夫ですかい?」


「え、あ、だだ大丈夫です」

 一瞬の間を置き、妙に慌てたエミリーの声が聞こえた。

「手が必要なら言ってくだせぇよ?」

「だだ大丈夫、大丈夫。大丈夫ですよぉ」

 取り繕うようなエミリーの声と足音が聞こえ、ピシャリと扉の鍵が閉じられた。


「……」

 思わず顔を見合わせたヘッジがポツリと呟いた。

「濡れ場……すかね?」

 と言う彼の頭を(はた)いた。



 ――同じ時、商会の倉庫から少し離れた路地に、見覚えのある二人組の姿があった。一人は人族の女、もう一人は獣族の男だ。男の方はフードを被っており顔はよく見えないが……いつか酒場で不穏なやり取りをしていた二人組で間違い無い。


 女の方は――少々目元がキツいがなかなかの美形だ。道を行けば思わず目で追ってしまう者も多いだろう。質が悪いのか手入れを怠っているのかは分からないが、ぼさついたブロンドを後ろでまとめている。

 一見すると立ち話をする行商のように見えるが……。


「また面倒な所に引きこもりやがって」

 女は口元を微かに歪め、忌々しげに呟いた。

 見通しが良く、周囲には倉庫しかない。部外者の彼らが長く留まれば目立ってしまい張り込むのは難しい。


「ま、奴があそこに居る事は間違ないようだ」

「じゃぁとっとと踏み込んじまおうぜ」

 さも当たり前のように返す女に、男は今しがた倉庫につけた荷車から荷を下ろす商会の面々をさり気なく指した。

「……あいつら。へぇ、何処に逃げたかと思えば」


「先行組と合流するのが先だ」

 背を向けた男はちらと女を振り返り、これまで幾度となく繰り返した言葉を口にした。

「フードを被れ。あまり素顔を晒すな」


 隠密行動を旨とする彼らのような者にとって、容姿は重要な要素の一つだ。人目を引く特徴は好ましくない。人目を引かず、記憶に残りずらい……『よくある顔』であることが望ましい。

 その意味で言えば、彼女はこの仕事には向いていないと言えるだろう。


「ヘイヘイ……」

 女はフードを被り、首に巻いたスカーフを引っ張り口元を隠した。

 男に続いて歩き出した彼女は倉庫を振り返り、荷を下ろす商会の面々を見つめた。

「相変わらず愉快な奴だね」

 そう独りごちた彼女の瞳は、どこか楽しげであった。

 


 ◆



 その日の夕刻。日が沈み、街灯が灯り始めた頃……ふと開いた扉から、エミリーを伴いエストが姿を現した。

「いやぁ、騒がせてしまって申し訳ない」

 ローデックは、いつものようにニコニコと微笑むエストを訝しげに見つめ、後ろに佇むエミリーに視線を滑らせた。


 エミリーは――耳をピンと立て、視線はまるで何かを追うように、ゆっくりと階段下の扉へと動いた。

 視線を追って振り返ると、その先で外へ通じる扉が独りでに開いた。

「……?」


 獣人族は嗅覚もさることながら、その大きさからも分かるように非常に優れた聴力を持っている。その為、ローデックはエミリーが扉の立てる微かな軋みを捉えたのだと思った。


(……ちゃんと閉まっていなかったのか?)

 加えて今日はそこを出入りした者が多く、そう結論した彼は、さほど気に留めることなく尚も扉を見つめるエミリーに声をかけた。

「副社長?」

「え、あ――はい! 大丈夫。大丈夫ですよ」

「……」


 何も尋ねていないのにそう答える彼女を訝しく思いつつも……いつもの調子に戻ったエストを見つめてホッと息をついた。


 


 所に変わって――

 ザシャ冒険者ギルド。受付で昇級試験の申請を行うカルア一行の姿があった。


 カルアが差し出した用紙を受け取り、目を通した受付嬢が尋ねた。

「講習へも参加という事でよろしいですか?」

「はい」

 受付嬢は慣れた様子でペンを走らせ、

「では、みなし(・・・)ということで受付を致しました。依頼の完了報告時に向こうのギルドへ提出して下さい」

 カルアは戻ってきた控えを手に、後ろから覗き込んでいたリンとアイクを振り返り顔を見合わせて微笑んだ。


 背が足らず、用紙もやり取りもよく見えないルチルナは、互いに顔を見合わせて微笑む三人を面白くなさそうに見上げた。

「終わったんなら宿に戻りましょ。お腹が空いたわ」 

 歩き出したルチルナに続き、ギルドを出た一行に露店を巡っていたローレンスが尋ねた。


「手続きは終わりましたか?」

「はい」

 カルアから申請書の控えを受け取ったローレンスは、目を通しながら満足げに頷いた。

「しかし、良いタイミングで指名が入りましたな」


「引っ越しの護衛だっけか?」

 と、口を挟んだリンに、控えを取り出したカルアが頷いた。

「うん。ジェフ・マーレイさん。ご本人と、奥さんと息子さんが二人。荷物は荷車が一つ」

「結局最後まで荷車を引くのね……」

 ため息混じりにそう溢し、先を行くルチルナは大きくため息をついた。


 例の襲撃騒動以降、当然ながら各拠点の強化が行われた。主に警備の増強と拠点その物の強化、そしてそれを結ぶ道の整備と、ダンジョンに関係する依頼の数が急増した。必然的に物資輸送や工事といったオーダーが数多く出され、人手不足も相まって彼らは異例の早さで実績を積み重ねた。


 試験に向けた実績を稼ぎつつ、目当ての依頼が無い日は軽いものをこなし訓練を行う。そんな日々を送っていた。

 そして実績があと一つとなっていた彼らに、白と分類される指名依頼が舞い込んできたのだ。


 ノーキスへ引っ越す一家の護衛と荷物の運搬という渡りに船のような依頼だ。

 普通は依頼を完了してからとなるのだが、確実な達成が見込まれる場合は、このようにみなしで申請を受け付ける。現在の彼らは、そのぐらいの信用は得ている。

 

「出発は僕らの都合に合わせるって、知り合いとかなの?」

 アイクの問いに、カルアとルチルナは首を捻った。我々には、何処か聞き覚えのある名前だが……。

「ん~……。多分知らないと思う」

 と、揃って首を振った。


「ふ~ん。ところで、爺さんの方は何か目ぼしい物は見つかったのか?」

 そう尋ねたリンに、ローレンスは首を振って見せた。

 彼は、試験へ望むルチルナに何か相応しいものを探すと言って露店を巡っていたのだが……。

「これと言って目を引く物は……」


「だよな。腰を据えて張り付かないとそうそう良い物は見つかんねぇよな」

 ギルド周辺の青空市の客は冒険者ばかりではない。特に各地を巡る行商達は、必ず冒険者ギルドを覗いて物色して行く。

 よほどタイミングに恵まれなければ、目ぼしい物は大抵彼らにさらわれてしまう。


 通りを歩いていた一行は、とある路地の前で足を止めた。

「それじゃ、また明日」

 そう切り出したカルアに続き、ルチルナがリンとアイクに尋ねた。

「中央広場で良いかしら」


「うん。僕らは構わないよ」

「それじゃ遅れないでよ」

「テメェもな」

 手を振り、宿へ向かう三人手を見送ったリンは「俺らも飯にしようぜ」と、手を振り続けるアイクを促した。


 行き違いに路地を出てきた行商が前を横切り、カルア達を見失ったアイクは広場に足を向け尋ねた。

「どうしよっか、何処かで食べてく? それとも宿にもどって――」

 と尋ねるアイクの声が聞こえていないのか……リンは先程二人の前を横切った行商を振り返り、人混みに紛れて行く背を追うように見つめていた。


「今の人、リンが好きそうなタイプだったね」

「ん? ああ、まぁな……」

 と、からかったアイクが面食らう程素直に認めつつも、リンは微かに顔を(しか)めた。

「……どうしたの?」

「いや、何か……すげぇヤバい感じがした――」



 ――その行商は通を外れ、うねうねと路地を進み倉庫街の一画に出た。幾つかの倉庫を横切り、ふと暗い路地へ吸い込まれた。


「おい」

 暗闇に――うっすらと鋭い瞳が浮かび、怒気を孕んだ男の声が聞こえた。

「ヘイヘイ……」

 女はフードを被り、スカーフを引っ張り上げた。

「……」


「ねぐらは(もぬけ)の殻。少し前までは居たみてぇだけど」

 そう言うと女は壁に背を持たせ、商会の倉庫を窺った。

「何日か前にボヤ騒ぎあったらしいし、消されたんじゃねぇか」

 ふと、立ち去ろうとする男の気配を感じて女が呼び止めた。


「何処行くんだよ?」

「……増援を要請してくる」

「はぁ? 面倒な事してねぇで踏み込んじまおうぜ。それに、先走っといて消されるような使えねぇ連中は要らねぇよ」

「ならば尚のことだ。敵を甘く見るな」

 鋭い声で女を(たしな)め、「くれぐれも一人で動くなよ」そう言い残して闇の中から男の気配が消えた。



 ◆



 ――それから数刻。商会の倉庫は灯りを落とし、ひっそりとしていた。周辺には幾つか灯りの溢れる倉庫もあるが、出歩いている者はない。

 町は眠りに就き、煌々と輝く街灯だけが一帯を見つめていた。


 商会の倉庫を窺っていた女は、ふと開いた扉に目を凝らし現れた人物を見定めた。

「野郎……」

 素早く背を振り返り気配を探ったが、男はまだ戻っていない。


 舌打ちを溢し顔を戻すと――扉の前に佇んだエストが、女の潜む路地を見つめてニコニコと笑みを浮かべていた。

(一人なるのを待ってやがったのか?)

「……上等だよ。乗ってやろうじゃねぇか」



 ――街灯の下に、ゆらりと女が姿を現した。

 エストは彼女をじっと見つめ――胸に手を当てて慇懃(いんぎん)にお辞儀をすると、手首を返して開いたままの扉を指した。


 ゆっくりと歩み寄る彼女に、エストが問いかけた。

「やあ、もう一人は一緒じゃないのかい?」

「ぬけぬけと……それを待ってたんだろ」

 忌々しげに答える彼女に、エストはただニコニコと微笑み背を向けて扉を潜った。

 階段を上って行く無防備な背を見つめ、女は全ての感覚を周囲に巡らせてゆっくりと後に続いた――



「レディをこんな部屋に招待するなんて申し訳ない。ちょっとしたボヤ騒ぎがあってね……灯りもまだ直ってないんだ」

 焦げ臭い室内は暗く、窓枠だけの窓から射し込む月明かりが、中央に置かれたテーブルと向い合わせのソファーを淡く浮き上がらせていた。


 女はつかつかとソファーへ歩み寄り、両肘を背もたれに乗せてどかりと腰を下ろした。

「それで、何の用だ?」

「それは君も同じなんじゃないかな?」

「あぁ?」


 向かいに腰を下ろしたエストを月明かりが照らし、翡翠を思わせる瞳がチラリと光りを弾いた。

「何か言い含められているんじゃないかな?」

「……ケッ、こっちの事情はだだ漏れってか」

「ただの推測さ。妙に温くなった追跡と……君の態度からのね」

 女は大きく溜め息をつき、身を乗り出した。


「ブツを返せば追跡は止める」

「なるほど。そして首輪を受け取れ……という事かな?」

「だろうな」

 そう言うと女は身を戻し、部屋の隅に目を向けた。半端な光がある所為か、一際濃い闇が溜まっていた。

「テメェもこっちに座ったらどうだ? 首狩り」


 闇へ呼びかけると、滲み出すようにローデックが姿を現した。逆手に抜いた短剣を両手に構え、油断なく女の動向を窺っていた。

「ま、散々おちょくられた身としては、今すぐにでも首を掻き切ってやりてぇところだけどよ」

 忌々しげにそう言ったものの、顔を戻した彼女はどこか楽しげであった。


「けど……あの老人どもが口に泡を溜めて叫き散らしてた姿は傑作だったぜ」

 そう言うと再びローデックに視線を滑らせた。

「おまけにこいつらを逃がしたのもテメェの仕業とはな……」


 彼女は目を戻し、足を組んでニヤリと微笑んだ。

「あたしは、結構お前の事が気に入ってんだよ。仲良くやれると思うぜ」

 そう言うと、返事を急かすように組んだ足を小刻みに揺らした。

「で、どうするんだ? 確かに伝えたぜ」


「それはちょうど良かった。僕も君とは仲良くやっていけそうな気がしてたんだ」

「あん? 話を受けるってことで良いのか?」

「いや」

 エストはこれまで絶やさなかった笑みを消し、じっと女を見据えた。


「僕の元へ来ないかい?」


「はぁ? 頭大丈夫か?」

 嘲るように笑う女を、エストは微動だにせずじっと見つめていた。

「……」

 彼女も笑みを消し、ゆっくりと身を乗り出した。

「本気で言ってんのか?」


「もちろん」

 さらりと返し、エストは微かに口元を緩めた。

「実はね、僕にはもう首輪が付いているんだ。これは僕が望み、進んで受け取ったものだ」

「いってぇ誰の首輪だ?」


「君らのくだらない主とは次元の違うお方だとだけ言っておくよ」

「あたしもそれを付けろって?」

「いや。この首輪がはできれば僕だけの物にしたい」

「テメェの首輪を付けろってか」

「そっちより楽しくなる事だけは保証するよ」


「……断ったら?」

 エストの体が身構えるように沈み、ローデックから放たれる殺気がチリチリと首筋にまとわりついた。

「確かに、悪い話じゃねぇけど……」

 僅かな風にも揺れる綿毛のように、女は全ての感覚を澄まし、ゆっくりと体を戻した――




 ――路地へ戻った男は、そこに居るはずの女の気配を探った。

 しかし女の気配はなく、代わりに彼の嫌う匂いが風に乗って運ばれてきた。

(エナの香り……)

 男は素早く壁に張り付き商会の倉庫を窺った――その時、倉庫に併設された建物の隙間から立て続けに強い閃光が溢れた。

 

(クソッ!)

 驚異的な身体能力を誇る獣族である彼の足は、悪態をつくと同時にその隙間へと彼を運んでいた。

 建物二階、ガラスのない窓から漂う強烈なエナの香り――男は背に隠した刀を腰に引き寄せ、隣の壁面を蹴り一足飛びに中へ踊り込んだ。

2020/11/02微修正

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