C.O.L
ザシャ冒険者ギルド。
門を潜ったルチルナに、前庭で露店を開いていた女が声を掛けた。
「ねぇ、何か買ってかない?」
「後でね」
通り過ぎたルチルナに、すれ違いざまに別の者が声を掛ける。
「よっ」
と軽く持ち上げられた手に、彼女も軽く手を上げて応える。
数ヶ月前、そんな光景を誰が想像出来ただろうか?
メイメイとランランを外に待たせて中へ入る彼女を、クレアが見たら何と言っただろうか?
隅の席に座っていたリンとアイクが、ルチルナに気づいて手を振った。
カルアと同じく、首元に下げた二人の登録証には、『C・O・L』の文字が見える。
「今日は海岸だよ。貝掘りが四つ」
歩み寄ったルチルナに、アイクはそう言って控えを手渡した。
「期限に余裕があるわね……。今日と明日に分けましょう」
まさかこの二人とパーティーを組む事になるとは、まさかこんなやり取りをする事になるとは、本人ですら思っていなかっただろう……。
「カルアは一緒じゃないのか?」
リンにそう言われ、ルチルナは後ろを歩いていたカルアが居ないことに気が付いた。
「……さっきまで居たわよ」
――前庭に出された露天の一つを覗き込み、カルアはじっと考え込んでいた。
「どうすんだ? 買うのか?」
「んん……」
しゃがみ込んだカルアは、敷物に並べられた品の中から拳程の半透明の結晶体を手に取り、日にかざして再び唸った。
「んん……」
「杖に加工するつもりなら、もう少し欲張った方が良いと思うぜ? そりゃ物自体は悪い物じゃないが……どっちかってっと、レアだからって方に目が行ってるだろ?」
「……ですよね」
とは言ったものの……戻した結晶体を未練がましく見つめた。
――ふと、脇から伸びた手がそれを拾い上げた。
「何なの? これ……」
ルチルナは先程カルアがやっていたように結晶体を日にかざした。
白く濁った結晶だが、驚くほど光を通した。
「サイクロスプの角だよ」
店を出していた男が答えた。
「この間の奴?」
「ああ、切り出しに行った時のおこぼれだ」
「ふ~ん。何に使うの?」
カルアは杖の頭にあしらわれた結晶体を指した。
「ここを作る材料にするの」
そう言って未練の残る瞳でルチルナの持つ角の欠片を見つめた。
「サイクロスプの角は丈夫な上に魔力導性が凄く良くって、魔法具や魔導具の材料に最適なんだ」
「ふ~ん。これじゃダメなの?」
「ダメではないんだけど……」
言い淀んだカルアに代わり、店を出していた男が答えた。
「もっと透明度の高い物が理想だな。サイクロスプの角は、透明度が高い程に魔力導性が高く、魔力磁性も高い。
せめてそれ越しに字が読めるぐらいの透明度は欲しいところだな」
「ふ~ん」
「確か――マリオネットの材料にも使われるって聞いた覚えがあるな……」
ルチルナに向けて言ったであろうリンの言葉に、彼女は反応しない。いや、出来ない。
(知らないわよ。そんな事)
「とりあえず買っておいて、もっと良いのが見つかったら買い直せば良いじゃない?」
「んん……」
「――毎度」
角の欠片を仕舞うカルアを振り返り、リンが呟いた。
「金貨二枚って……。使うかどうか分かんねぇ物に……」
「後からモヤモヤするよりはいいかな~って」
「それはそうかもしれんけど……」
「金貨……二枚……二枚……」と微かに聞こえるリンの呟きを聞き流し、アイクに尋ねた。
「それで、依頼は何を受けたの?」
振り返ったアイクが差し出す控えを受け取り、パラパラと目を通した。
「今日と明日で二つづつに分けようかって話してたんだけど、良いかな?」
「うん」
背で二人の会話を聞いていたルチルナは、ひょいとメイメイによじ登り振り返った。
「それじゃ、ローレンスを迎えにいきましょ――」
神殿で幾つかの薬を買い求め、水を汲んでいたローレンスは、水筒を並べて石段に腰を下ろした。
一人頭三本。計十五本の水筒を眺め、ホッと息をついた。
「ご苦労様」
「お嬢様」
一瞬しにゃリと崩れかけた背が、スッと伸びる様子は見る度に感心してしまう。
「今日はどちらへ?」
「北の海岸で貝掘りよ」
そのやり取りの間に、カルア達は慣れた様子で水筒を袋に詰め、レムに持たせた。
「それじゃ、行きましょうか」
歩き出したカルアを先頭に、一行は北門へ姿を消した。
◆
同じ頃――
中央大陸、冒険者ギルド本部。
すり鉢のような部屋に、ギルドの要職にある者達が集まっていた。大半は、補佐を伴った各地のギルド長だ。その中にはロイとクリスの姿も見える。
部屋の底――中心に冒険者ギルド本部長キール・グストフの姿が、そのすぐ側の机で、二人の書記が休む事なくペンを走らせていた。
キールは、純血の人族であれば四十代半ばといったところだろうか? 癖のある赤毛は、ドワーフの血が入っていることを強く窺わせる。しかし、背は平均的なドワーフよりも高く、スリムだ。
周囲を囲む視線と、時折飛ぶ鋭い質問にも動じる事なく、根が生えているかのようにどっしりと、堂々と振る舞う様は、彼の肩書きが伊達ではないことを物語っている。
本部の報告に続き、各ギルドの収益や各地のダンジョンについての報告がなされ、時折関係するギルドへの質問等が交わされた。
一通りの報告が終わり質問にも区切りがつくと、本部長はロイに向き直った。
「では……、ザシャギルド長、ロイ・コールダー。先のオークの襲撃について報告を」
一同の視線を集め、ロイは報告書を手に取った。
「まず、現状から申し上げます。襲撃を行ったオークの捜索と殲滅は現在も継続中であります。オーガに関しましては、殲滅は完了したものと認識しております」
ロイはちらりと周囲に視線を走らせ、質問が無い事を見届けて先に進んだ。
「総数はおよそ二千五百。戦化粧などから、ブリムコロニーのオークとそれに寄生していたオーガの群れと判明しております。
コロニーが存在した場所には、現在サラマンダーの群れが住み着いていると、調査隊からの報告を受け取っております」
「サラマンダー? なぜそんな所に?」
「ブリムとなると……モル・ラルタ周辺から流れてきたとでもいうのか?」
「モル・ラルタから? まさか――」
ざわついた場内に、ギャベルの音に続いて本部長の声が響いた。
「それについてはノーキスから報告がある。続けたまへ」
場内を静め、本部長はロイを促した。
「引き続き調査を継続し、正確な数や分布の把握に努めております。情報が届き次第、随時報告致します。
オーク達が連れていたサイクロスプですが、渓谷東部に戦闘の痕跡と若いバジリスクの死体、数十のオークとオーガの死体が確認されています。バジリスクと戦い、傷付いたところを捕らえたものと推測されます」
本部長は大きく頷き、別の男に向き直った。
「ではノーキスギルド長、ルカ・オルダーニ」
人族であれば二十代前半といったところだろうか? 純血のエルフでありながら、エルフ領へ足を踏み入れた事がないという珍しい人物だ。
報告書を手に取った彼の耳元から、白に近い美しいブロンドの髪がはらりと溢れた。
スッと伸びた艶ややかな髪から、サラサラと音が聞こえたような気がした。
「数ヶ月前より、ノーキス周辺のモンスターが増加傾向にあることから、その調査を行っておりました。
結果、北東部を中心に外からの流入が確認された為、痕跡を辿り、モル・ラルタ周辺へ調査隊を送るに至りました」
ふと顔を上げたルカは、注がれる視線に念を押すように周囲を見回した。
「これは本部と共に再三に渡り確認を行い、裏付けの取れたものであります」
微かにざわめいた場内をもう一度見渡し、ルカは目を戻した。
「モル・ラルタに巣食うドラゴン達が巣を放棄し、何処かへ姿を消しています」
沸き起こったどよめきを押し潰すように、ルカは言葉を続けた。
「ドラゴンに限らず、モル・ラルタとその周辺において著しい減少を確認。モル・ラルタ及びその周辺において魔力の揺らぎを観測。
ザシャで起こった大規模襲撃は、モル・ラルタとその周辺に巣くっていた者達の移動に伴い押し出された末端が引き起こしたものと推測されます」
立て続けにギャベルの音が響いたが、場内は先程のようには静まらなかった。
本部長は手を止め、ざわめきを押し潰すように声を張った。
「既にクラス・レッドを中心とした調査隊を派遣している――」
場内のどよめきに紛れ、クリスもロイに顔を寄せて囁いた。
「ダンジョンでしょうか?」
「どうかな……仮にそうとして、ドラゴンが逃げ出すかね?」
「――規模を拡大し、更なる調査を行う。必要物資や人員についてはこの場にて協議を行う」
まだざわめきの残る場内を見渡した本部長がルカに向き直り続きを促した。
――その時、ふと手を上げた人物があった。
長い黒髪を無造作に束ね、肌は白く、一見すると少々ずぼらな女性のように見える。
落ち着きがなく、指先でせわしなく眼鏡を持ち上げていた。
ざわついていた場内の視線が彼に集まり、波が引くように静けさが戻った。
「何かな?」
訝げに尋ねる本部長には目もくれず、彼は手首を返してロイを指した。
「あの、長くなりそうですから、先にロイさんに伺っておきたい事がありまして」
彼は、溜め息をつく本部長と周囲から溢れる苦笑いなど意に介さず、首を傾げるロイに尋ねた。
「以前そちらから回収しました照合機を使用した者と、特にその対象者について詳細――」
立て続けに響いたギャベルが彼の声をかき消し、切りつけるような本部長の声が響いた。
「後にしたまえ」
まだ何か言おうとする彼の肩を掴み、隣に座る男が何事かを囁く様子が見えた。
どうにか彼は口を閉じたが……その不満げな顔たるや、見ているだけでこちらの口もへの字に曲がってしまいそうであった。
本部長は改めてルカに向き直り、続きを促した。
「ドラゴン達がノーキスへ流れてくる可能性を考慮し、デリンガー侯へヴェルムント要塞の再稼働を打診――」
顔を寄せたクリスに、その意図を察したロイが首を傾けた。
「初めて見る顔だ。知っているか?」
クリスはもう一度横目でチラリと窺い、その左右に視線を滑らせた。
「いえ……」
クリスも彼に見覚えは無い。だがその左右に座っている者達には覚えがある。魔導工房『黒ネコ』の面々だ。
しかし……彼らに、それもこんな場で受けるような質問は無いはずだが……。
「……」
相変わらず指先でしきりに眼鏡を持ち上げ、苛立たしげに足を揺らす彼には、ルカの話など全く耳に入っている様子はない。
「現在、フェイレンに協力を仰ぎドラゴン達の行方を追っています。つきましては――」
◆
「――フェイレン?」
昼食を取りながらカルアは尋ねた。
「うん。ノーキスのずっと奥に暮らしている人達の事だよ」
朝の内に貝掘りを済ませ、平たい岩をテーブル代わりに一行は昼食を取っていた。北方最大の町、ノーキスの話をしているとフェイレンという言葉が出てきたのだった。
「かつては特定の一族を指すものでしたが、現在はエルフ領北東――モル・ラルタの向こうに暮らす者達を指す言葉ととしても使われます」
ルチルナが弾き出す野菜を受け取りながら、ローレンスが口を挟んだ。
「モル・ラルタの向こう……」
「雪と氷に閉ざされた地に、幾つかの集落が点在しているそうです。伝え聞いただけで、私も行った事はありません」
「何でそんな所に住んでんだ? 引っ越しゃいいのに……」
リンは不思議そうにぼやいた。
「フェイレンとは、古いエルフの言葉で『残された者』という意味だそうです」
「残された者?」
カルアの問に、アイクが口を挟んだ。
「かつて人間族は大いに栄え、世界の隅々にまでその版図を拡げた。しかし、大きな厄災に見舞われ絶滅寸前にまで追い込まれてしまった。
辺境に暮らす者達の殆どは、その時に取り残されてしまった者達の末裔なんだって、僕は習ったよ。フェイレン達は、かつてモル・ラルタに暮らした者達の末裔なんじゃないかとも言っていたね」
「流石、お坊ちゃん、は、違うな」
得意気なアイクの言葉に、リスのように頬を膨らませたリンが茶々をいれた。
「……そんなに詰め込まなくても誰も取らないよ。まぁ確かに、僕はそんな生存競争の激しい暮らしはした事がないよ」
そう言って大きくため息をついた。
「んだと!」
「ちょっと! 溢れてるわよ!」
向かいに座るルチルナが声を荒げ、顔をしかめた。
「食べ方の汚い男は受けが悪いわよ」
「好き嫌いの激しい女もな」
と、詰め込んでいた物を慌ただしく飲み下し、リンはすかさず反撃を繰り出した。
「二人とも、それはこの後でじっくり、ね」
睨み合い、火花を散らす二人にカルアが割って入った。
ふと「そういえば……」と、アイクは思い出したように尋ねた。
「カルア達はフェイレンの技を見たんだよね?」
「フェイレンの技?」
「竜狩りの技とも。サイクロスプの腕を吹き飛ばしたあれです」
「ああ、あれ……」
「いいなぁ、僕も見たかったよ」
「私も初めて目にしましたが、ドラゴンを撃ち落とすとも云われる技……。得心致しました」
ローレンスの言葉に頷いて感心しつつも、カルアはマルコの使った魔法の方が気になっていた。
「モル・ラルタはドラゴンの巣窟となっておりますゆえ、その近くに暮らすフェイレン達は幼い頃よりドラゴンと戦う術を教え込まれるそうです」
「ますます分かんねぇな。とっとと引っ越しゃ良いのに……」
「代々住み暮らした地を捨てるのは、そこに魂を置いて行くような気がする。かつて村ごと引っ越した者がそんな事を言っておりましたな……」
「ふ~ん……」
――食事を終え、お茶を飲み終えたルチルナがゆったりと立ち上がった。
「そろそろ始めましょうか」
そう言って、既に海岸で待っているリンを振り返った。
「それじゃ、僕らも始めようか」
「うん」
林に分け入って行くカルアとアイクを見送り、ルチルナはリンの元へ向かった。
――アイクが弓を引き絞り、矢尻の先にカルアが手をかざした。
「〈糸繰り〉」
スッと伸びた光の糸が大きく弧を描き、立ち並ぶ木々の隙間を間を縫って先に置かれた的と矢を繋いだ。
弦を離れた矢が、光の糸に導かれるように軌道を変えて進んだ――が、途中で羽が木を擦り、あらぬ方向へと弾かれてしまった。
「もう少し緩やかに曲げて、木との間隔ももっと開けた方が良いね」
「んん……」
(曲げると途端に難しくなるな……)
「もう一回やってみよう」
アイクが再び矢をつがえ、カルアが矢尻に手をかざした。
一方、ルチルナとリンは……。
勢いよく振り抜かれるランランの腕が、見えない壁に阻まれ鈍い衝撃と何かが共鳴するような甲高い音が響いた。
盾を構えたリンの眼前で空間にヒビが走り、微かに隙間が開いた彼の口から食い縛った歯が顔を覗かせた。
パンッ――と、ガラスが割れる様に、展開していた壁が砕け散り膝を付いたリンが顔を歪めて悪態をついた。
「クソッ……!」
「全然ダメね」
メイメイの肩に座るルチルナが勝ち誇るようにリンを見下ろした。
「クソッ……」
鼻歌でも歌い出しそうな彼女を睨め付け、立ち上がったリンは再び盾を構えた。
「何度やってもムダよ」
「うるせ!」
言うと同時に――裂帛の気合いと共に盾を地面へ突き立て、「フンッ」と鼻を鳴らすルチルナを睨んだ。
間髪入れず、踏み込んだランランが腕を振り抜いた――
「――!!」
鈍い音が響き、弾き返されたランランの体がぐらりとよろめき、ルチルナの眉がピクリと動いた。
(見たかクソガキ!!)
ランランの肩越しにルチルナを睨み、ニッと笑みを浮かべたリンの眼前に――大きく腕を振りかぶった二体の簡易ゴーレムがむくりと立ち上がった。
「!! 汚――」
言い終えるよりも先に――パンッ、と壁が砕け散り、二体の拳を盾で受け止めたリンの体が宙を舞い砂を巻き上げてゴロゴロと転がった。
「テメェ! 汚ぇぞ!」
素早く身を起こし、歯を剥き出して抗議するリンを見下ろし、ルチルナは涼しげな笑みを浮かべた。
「ちょっと本気を出し過ぎたかしら? でもあんたばかり本気っていうのもフェアじゃないでしょ?」
ギリギリと歯を鳴らすリンを他所に、ルチルナはクルリと背を向けて振り返った。
「それじゃローレンスの蹴りも防げないわよ」
「はぁ? 爺さんの……」
ルチルナはお茶の支度をしていたローレンスを呼び、
「私は休憩するから暫くお願いね」
そう言って、昼食を取った岩の方へのしのしとメイメイを進めた。
「では、よろしくお願い致します」
慇懃にお辞儀をするローレンスに、リンは困惑顔で尋ねた。
「大丈夫かよ……無茶するなよ?」
「ご心配には及びません。さ、全力で」
そう言って身構えたローレンスを見つめ、リンは渋々盾を構えて気合いと共に地面へ突き立てた。
「怪我したって知らねぇからな!」
「ご心配なく……」
言葉と同時に、ローレンスが跳躍して大きく踏み込んだ。体をクルリと回し、着地と同時に槍のごとき蹴りが突き入れられた――
「!!?」
壁は一瞬にして砕け散り、再び宙を舞ったリンが砂浜をゴロゴロと転がった。
「ふざけんなよ……クソッ……」
口に入った砂を吐き出しながら、震える手を支えにヨロヨロと身を起こした。
「執事じゃねぇのかよ……」
「はい。メイフィールド家にお仕えする執事でございます」
「ただの執事がこんな蹴りを打つかよ……!」
「昔取った杵柄でございます。これでも若い頃は冒険者をしておりましたからな」
「は? ……ランクは?」
「黄を、いただいておりました」
「……」
黄は、一般的に一流と評されるランクだ。
呆然とするリンを他所に、ローレンスは恥ずかしそうに頬を掻いた。
「随分と昔の話ですし、歳も歳ですからな……だいぶ衰えましたが、まだまだ負けませんぞ」
そう言って再び身構えた。
「……ふざけんなよクソッ」
カルア達は一体何をしているのか……? 見た通り、訓練を行っている。
彼らが次に目指すランク緑。いよいよダンジョンへの入場が許されるランクだ。
ダンジョンへの入場は、魔物達の巣穴へ入る事と同義だ。強力な個体や複数を相手にする場面が多く、単独での攻略は困難を極める。
冒険者にとって、攻略の難易度=死の確率だ。その為、ダンジョンの攻略はパーティーを組み、複数人で挑むのが基本だ。チームでの戦術を学び、身に付けなければならない。
当然試験はダンジョンで行われる。その為、緑以上のランクを目指す者達は黒から白の間に固定のパーティーを組み、そのメンバーで試験に臨むのが一般的であり、推奨されている。
カルア達は今、個々の能力の向上と把握に努めているところだ。
単独でも試験を受ける事は可能だが、即席のパーティーを組む事となる為、元々そういったチームで戦う事に慣れた者でなければ突破は難しい。
例を挙れば、軍人や傭兵上がりといった、与えられた戦力で戦う事に慣れた者達の突破率は高い。
そして、緑を目指しているということは、彼女達はそれに伴う選択への答えが出ているのだろう。
試験突破後に迫られる選択……今の身分を捨て、ダーラの市民となる事。
これは言い方を変えれば、冒険者ギルドが管理するダンジョンへの入場は、ダーラの市民にのみ許されているということだ。
しかしなぜそんな制約を必要としているのか……。
世界中に根を張る冒険者ギルド。この巨大組織の運営には莫大資金が必要だ。
では、冒険者ギルドはどこからその資金を調達しているのか? 普通に考えれば依頼料だが……それは収入源の一つでしかない。
仮に一切の依頼料を得られなくなったとしても、この組織が揺らぐ事はない。
この組織を支える最も大きな収入源――
それがダンジョンだ。
ダンジョンは、脅威である。
人間族にとって、間違いなく脅威である。
だが同時に、資源でもある。
種族を問わず、日々の生活に欠かせない魔法具や魔導具。今や人々の生活に溶け込み、これなしでは日常的生活に支障をきたす程に浸透している。
その魔法具や魔導具を動かしているのが――冒険者ギルドを通じ、日々各地のダンジョンから排出される魔力結晶だ。
生活圏に神殿を持たない圧倒的多数の者達や、各国の保有する飛空艇はその燃料を魔力結晶に頼っている。
神殿を有する都市は大半を泉で補っているが……それを管理する龍神教が唯一手を結ぶ組織もまた、冒険者ギルドだ。
我々の世界で言えば、冒険者ギルドは世界中の油田を手中に収めているようなものだ。
冒険者ギルドが――都市国家ダーラが、世界のエネルギー事情の根幹を握っている。
この組織を維持し、絶対中立を謳い貫くには、この事実が必要なのだ。
では各国はこれをどう捉えているのか?
それには、この組織の生い立から語らなければならない……のだが、それは別の者へ譲りたい。
――窓辺のソファーに腰を下ろし、クリスは海を見つめた。
日は赤く染まり……数刻前の輝きを、揺れる水面に僅かばかり忍ばせていた。
ぼんやりと海を眺めていたクリスは、気配を感じて振り返った。
「お待たせしてすまない」
「いえ」
ロイと共に現れた本部長へそう返し、歩き出した彼に続いて廊下を進んだ。
緩やかに円を描く廊下の窓からは、周囲を取り囲む海と島、そして眼下に広がるダーラの町を一望できる。
建物がみっちりと立ち並び、中央には大きなドーム状の建造物が見える。町の規模に不釣り合いな巨大なドームだ。
低い櫓のオブジェのような物――旧式の灯籠に導かれるように延びる直線の道が、ドームを中心に放射状広がっている。
大きな門は開け放たれ、その両脇に門番のように佇む阿形、吽形と呼ばれる厳つい面構えの石像が目を引いた。
「次の記録更新はいつかな……」
隣を歩いていたロイが窓に目を向け、ポツリと呟いた。
「さあ……。私が生きている間に、最深部へ辿り着いて欲しいですね」
二人が見つめる門の向こうにあるのが、世界最大と謳われるダンジョン。ダーラ大迷宮だ。
最深部を目指し、今この時も、大勢の冒険者達がアタックを続けている。
ゆっくりと景色は流れ――門を正面に捉えた時、本部長が足を止めた。
「くれぐれも、粗相なきように」
本部長は、窓越しに門と向かい合う大きな扉に手をかけた。
「失礼します」
扉を押し開けた本部長に続き、ロイとクリスは部屋へ入った。
室内は暗く、扉から射し込んだ光が壁に沿ってずらりと並ぶ甲冑を照らした。突き当たりには、磨き上げられた黒い石造りの机が見えた。
二人の背で扉が閉じ、外の明るさに慣れていた二人の目を黒いベールを被せた様に闇が覆った。
壁に並んだ魔力ランプが淡い光を放ち、闇に紛れる甲冑達を不気味に浮き上がらせ、正面の机をぼんやりと照らした。
一歩進む度に、まるでそれに合わせて両脇の甲冑が付いてきているような感覚を覚え……クリスは目だけを動かし、ずらりと並ぶ甲冑に視線を走らせた――
板金の鎧とは違う――鮮やかな色彩に彩られた、編み上げた部厚い布のようにも見える大きな肩当てや草摺。
胸当てを中心に、各所に張られた布地には美しい柄の刺繍が施され、兜にもそれぞれオブジェのような飾りが取り付けられている。武具でありながら、芸術作品のように思えた。
ただ一点……顔を覆う、口髭を蓄えた厳めしい老人のような面が異彩を放っていた。
数歩先を行く本部長は机の脇に控え、二人は足を止めた。
クリスは依然として感じる不可解な気配を探るように、甲冑に目を動かした――
我々の目には、豪華な五月人形と映ったであろうそれは、クリスの目にはどう映っているのか?
(獣人族の鎧……)
獣人族の伝統的な鎧兜、脇に立てられたカタナと呼ばれる独特の曲剣もそうだ。
獣族と獣人族が伝統的に作り用いるこの曲剣は、剣を主武器とする者に限らず愛好家が多い。
クリスは目を戻し、机の向こうに飾られた抜き身の刀をじっと見つめた。
緩やかなアーチを描き、一般的な剣と比べて身幅の細い刀身は、一見頼りない印象を受ける。しかし、硬鋼と軟鋼を融合させた刀身は粘り強く、見た目に反し強度は高い。
鏡のように磨かれた刀身とは対照的に、くすんだ色合いの刃は鋭く、それらが描き出す刃文は造り手によって表情を変える。
これを手にした事のある者であれば、それを見ただけで、体の芯をゾクリと撫でるような鋭さを思い起こすだろう。
切る事を追求した結果生じた美が、目ではなく――魂に語りかけてくる。
装飾は色あせ、まるで……それを体に映し込むように、研ぎ澄まされて行く五感が刀身に吸い寄せられる。
その時、すぐ横の壁が扉のように開き、クリスの視線はそちらに吸い寄せられた――
羽の様な独特の髪、肩越しに覗く折り畳まれた翼……。
(齢二千とも三千とも云われる天人族の老人――)
色素が抜けた真っ白い髪と羽、顔に刻まれた深い皺はそれを感じさせるが、二人に向き合った彼に老人らしい緩慢な動きはなく、老人という皮を被っているように思えた。
(これが……冒険者ギルドを統べる者……)
瞳に宿る光は鋭く、彼の体を何倍も大きく感じさせた。
咄嗟に膝をつき顔を伏せた二人の頭上に、老人の声が静に注いだ。
「――アルマスだ。畏まる必要はない。敬称も不要だ」
しかしそうは言われても……それを真に受けることなど出来るはずもなく、音だけを頼りに彼が席へ座る様子を脳裏に描いた。
彼の放つ異様な存在感と、二人から滲む緊張が部屋を満たし、頭を押さえ付けた。
加えて甲冑から感じる不可解な気配が、一層クリスの頭を押さえた。
アルマスは机に置かれていた紙を拾い上げ、目を通しながら呟いた。
「クリス・ヴィッカー。最終ランクは黄……、その前はヴァルネ王国近衛連隊に在籍……」
コツコツと足音を響かせ、歩み寄った本部長がトレイを差し出した。
「登録証をこれへ」
トレイに登録証を乗せ、クリスはすぐに顔を伏せた。
運ばれたトレイにアルマスが手を添えると、登録証は十字を切ったように赤と白の市松模様が浮かび、中心にギルドのエンブレムが刻み込まれた。
「クリス・ヴィッカー。こちらへ」
本部長に促され、顔を上げたクリスがゆっくりと立ち上がった――
アルマスの元へ向かう僅か数歩が、とてつもなく遠く感じた。
これ程の緊張を覚えたのは初めてであった。近衛隊への入隊の際、初めてヴァルネ王に謁見した時でさえこれ程の緊張はなかった。
注がれる視線から思わず目を逸らしたくる衝動を抑え、彼の元へ辿り着いた時には額にじわりと汗が滲んでいた。
「クリス・ヴィッカー。今より、ロイ・コールダーに代わり、ザシャ冒険者ギルド、ギルド長に任命する」
アルマスが差し出す登録証を両の手で受け取り、頭を垂れた。
「謹んで、拝命致します」
クリスはそのまま数歩下がり、再び膝を付いた。
「ロイ・コールダー。三月を目処に引き継ぎを完了せよ」
「はい――」
――部屋を出た二人は、思わずホッと息をついた。
クリスは額に浮かんだ汗を拭い、ロイに続いて廊下を歩いた。
日は沈み――灯りを灯した町と、月に照らされた穏やかな海が窓の外に広がっていた。
煌々と照らされた阿吽の像を見つめ、クリスはふと足を止めて首元の登録証に手を伸ばした。
(冒険者ギルド……)
都市国家ダーラに属し、世界中に根を張る巨大組織。
各地のダンジョンを管理下に置き、龍神教が唯一手を結ぶ組織。
(……ここにあるのは冒険者ギルドだ。ダーラなんて国は何処にある?)
光を受ければその背には必ず影が現れる。都市国家ダーラとは、いわば冒険者ギルドの影だ。不合理を打ち消す為に取って付けた影だ。
言葉の上にだけある、実態の伴わない形ばかりの存在――
事実上、属するべき所を持たない一組織が、世界のエネルギー事情を支配し、各国の首根っこを掴んでいる……。
指先で刻み込まれたエンブレムをなぞっていたクリスは、得体の知れない怪物の腹に飛び込んだような気がして……今更ながら背筋にうすら寒いものを感じた。
――ロイとクリスが退室し、本部長も部屋を去った。一人になったアルマスは椅子に深く背をもたせ、側の甲冑に視線を滑らせた。
「どうだ?」
声をかけると、甲冑が首を回して振り向いた。
「良い勘をしている。俺に気が付いていたぞ」
「問題ないか?」
「ああ、大丈夫だろう。……事務方にしておくのが少々勿体ないな」
「そうか……」
呟くように返したアルマスはふと顔を崩し、卓上に腕を組んで身を乗り出した。
「ところで……探し物は見つかったのか?」
「……」
「ミネルヴァを使って何やらこそこそと動き回っているようだが……」
そう言って上目遣いに甲冑を見つめた。
「そろそろここに座ってみたらどうだ?」
「フンッ。まぁ……探し物は気にするな」
そう言うと甲冑は元の姿勢に戻り、フッと気配が消えた。
「――かしたのか?」
振り返ったロイの声で我に帰り、彼の後を追って早足に歩いた。
クリスとは対照的に、前を行くロイの足取りは軽く、心なしか何時もより背筋も伸びているような気がした。
「とうとう引退か……」
窓に映る彼の顔からは、その心中を読み取る事はできないが……とても、穏やかな目をしていた。
水面に揺れる長く伸びた月を見つめ、
(釣り船でも買ってみるか)
早くもそんな事を考えていた……。
◆
夜空を見上げ、カルアはぼんやりと月を見つめていた。
ザシャの町から見る月は、村で見ていた物よりも少し暗い気がした。星々もどこか霞んでいるように思えた。
(周りが明るいからかな……)
『ノーキスの月は、もっと青かった気がするな』
ふと、いつか聞いた養父の言葉を思い起こした。
(みんなどうしてるかな……)
記憶の中に沈んで行く意識を、ふわりと漂った芳しい匂いが引き戻した。
「――お待ち」
テーブル代わりの木箱の上で、大皿に盛られた料理が湯気を上らせていた。
ぶつ切りの具材と雑多な貝が溢れんばかりに盛られ、腹を空かせた若人達には視覚的にも満足の行くなんとも豪快な一品だ。
「今日のはちと豪華だぜ」
店主の男が腰を下ろし、取り皿を手に白い坊主頭をシャリシャリと撫でた。
ザシャの北門。ここを通る際は、彼の屋台で食事をするのが習慣となっている。
ここで弁当を詰めて行った日は日暮れにも立ち寄る事が多い為、最近は店主の方も彼らを待っている事が多い。
早速取り皿を満たしたリンがガツガツと頬張る様を、店主は楽しげに見つめた。
「食いっぷりも生傷も相変わらずだな」
そう言ってルチルナに視線を滑らせた。
「しかし……今日はちっとやり過ぎじゃねぇか?」
「今日は私じゃないわよ」
器用に野菜を避けて取り分けていたルチルナは、視線を受け流すようにチラリとローレンスに目向けた。
「昔に戻ったようで、何やら楽しくて……つい」
バツが悪そうに首に手を回すローレンスに、リンは口を尖らせた。
「ああいう、事は、最初から、言っとけよな」
リンは口の端から貝殻を摘まみ出し、言葉を続けた。
「元黄だったなんて知ってたら、最初から本気でやったのによ」
「負け惜しみもそこまで行くと清々しいわね」
すかさず食い付いたルチルナに、リンも負けじと反撃を繰り出す。
「言ってろ。お前は今の内に負けた時の言い訳でも考えとけ」
「あり得ないから、そんな心配はしなくて結構よ」
涼しげな顔で言い切ったルチルナを、リンはギラついた瞳で見返した。
「フンッ。もう一発防いでんだからな? 明日は二発だ。なんなら総動員でも良いぜ?」
ルチルナの眉がピクリと動き、微かに歯を覗かせてリンと睨み合った。
火花を散らす二人を眺めていた店主は、ふとローレンスに目を向けてしみじみと呟いた。
「若ぇってのは羨ましいもんですな」
「ええ。ひたすら上を見つめて走って行ける。羨ましい限りです」
「全くだ。歳を食う毎に、足元ばっか気になっていけねぇや……」
睨み合う二人と、何やらしんみりとする老人達を他所に――アイクは貝殻から身を外し、取り皿の上に他の具材共々きれいに並べていた。
貝殻をあしらい、コース料理の一皿の様に仕立てて満足げに手をつけた。
食卓を見渡したカルアは、綻んだ顔を隠すように北の空を見上げた。
(ノーキスか……)
緑への試験は、北の町ノーキスで行われる。
新たな船出の先に待つのは時化か凪か……北の地に現れた嵐の予感を、彼らはまだ知らない――
2020/11/02微修正 2020/12/30微修正




