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マニピュレイション!  作者: 立花 葵
覚悟と戦いの記憶
52/72

戦いの記憶2

 ジークは櫓に登り、朝日に照らされた二つの軍勢を眺めた。

(マクス君は予定通りだが……なぜディアス・ベルリングが?)


 南に翻るのはエナンの旗。つまり、マクス君だ。そして西にディアス君だ。

 両軍は町の目前で動きを止め、陣地を構築して互いに出方を探り合っていた。

(手を結んでいるわけではないようだが……)


 隣に立つモーゼルが呪文を唱えた。

「〈千里眼(アリフベル)〉」

 手の中に、物々しい装備の兵士達の姿が映し出され、モーゼルは呑気な声を漏らした。

「こりゃ本気じゃのぉ」


 映し出されていた像が流れるように切り替わり、先程とは装いの違う兵士達の姿を映し出した。

「こっちも本気じゃのぉ。いったいどんな返事を出したんじゃ?」


「……知らん。サルナに聞いてくれ」


(もともとこうなる予定ではあったが……)

 即座に軍勢を動かしたとしても一月以上はかかると予想していた……。それが僅か三週間で押し寄せてきた。それもディアス君のおまけ付き……。


 もともと向こうもそのつもりだったのだろうが……それにしても早すぎる。

(鼻水にそこまでキレたのか? 手に付いたのか?)


「ところで、良い魔法だな。後で詳しく聞きたい」

「これはワシの秘術じゃ。ハイそうですかと教えるか」

「どうせ覗きの為に作ったんだろ? 俺がもっと有意義に使ってやる」


 モーゼルはモゴモゴと何か言いかけ、スッと目を逸らした。

「……」

(こいつ……マジで覗きの為に作ったのか?)


 その時、ふわりとサルナが舞い降りた。

「特に変化はありません。南はおよそ四百、西は二百。実質的な兵力は三百と百ちょっとといったところでしょうか」

(ディアス君は脅し三、四割といったところか……。マクス君はマジだ。ガチだ。目が血走っていることだろう)


「そうか……。で、サルナ。この間のお返事には何と書いたんだ?」

「特に何も書いておりませんが……何か書いた方が良かったのでしょうか?」

「……」


「まぁ、今更そんな事を聞いたところで無意味じゃ。とっとと指揮を執れ」

 ジークは向き直り、それぞれの部隊の指揮を執る中核メンバー達を見回した。


「……予定通りに行う。前線に出るのは俺だけだ。残りは実地訓練だ。

 恐らく、一方的な蹂躙(じゅうりん)になる。異常に高揚する者や躊躇(ちゅうちょ)する者が必ず出てくるはずだ。自分が受け持つ部隊の反応を見逃すな」


 櫓を降りたジークは広場へ向かい、集まった町人達の前に立った。

「間もなく戦闘が始まる。皆には投石機とバリスタを使い、実戦を経験してもらう。

 訓練通りにやれば良い。ただし、ルシンとサヒルの助力はない。訓練を思い出し、各自己の役割を果たせ。以上だ」

 それぞれの部隊に別れ、持ち場へと散って行く姿を見送りサルナを振り返った。


「今回までは何も言わん。だが、今後何かする時は、緊急で無い限り必ず俺を通せ。良いな?」

「はい……」

 と返事を返しつつも、サルナは首を傾げた。


「それと、モーゼル」

「なんじゃ?」

「もしもの時は……皆を率いてくれ。遠いが……ドワーフの国を目指すのが良いだろう」


「その心配は無いと思うがの……。承知した」

 モーゼルに頷き返し、サルナへ向き直った。

「では行くぞ――」


(この程度の軍勢……軽くあしらってもらわねば今後が思いやられるぞ……)

 モーゼルは長い髭を弄びながら、南へ向かうジークを見送った。





 

 斜面とその淵に敷かれた陣を仰ぎ見た兵士は、緩やかな斜面の先に広がる森と、その向こうに見える湖を眺めた。

 畔に築かれた小さな町を見つめ、ため息をついた。


(あんなちっぽけな町に……)

 西へ目を滑らせると、ここと同じようにして築かれたディアス・ベルリングの陣が見えた。

 岩が多く、木々が少なかった斜面を開き、彼らは陣を構築した。

 注意深く一帯を見渡すと、森を中心におぼろげに大きな臼状の地形が浮かび上がる。



 ふと――森の縁に何かが舞い降りた。

(……?)

 それは一瞬森へ降り、直ぐに飛び去った。

 鳥……にしては大きかった。

(モンスター……ドラゴンとか)

 

 サイズとシルエットから考えれば幼体のドラコンという可能性もないわけではない。

 だが、いくら辺境といってもその可能性は極めて低い。幼体が居るということは、近くに巣があるはずだ。当然成体のドラコンも居なくてはおかしい。

 しかし、もう十年以上ドラゴンの目撃情報はない。


(まさかな……)

 一瞬過ぎった考えを振り払ったが……その考えはあながち間違いではなかった。僅かな後に、そう考えを改める事になるとは思いもよらなかった。


 いや、ドラゴンであった方がマシだったかもしれない。


 ――ふと、森から誰か出てきた。

 斜めに開いた貫頭衣の隙間から、腰に帯びた剣が覗いていた。すっぽりとフードを被っており顔は見えないが、男のようだ。


 真っ直ぐにこちらへ向かってくる男に、近くにいた二人の兵士が歩み寄り、何事か言葉を交わしていた。

(傭兵か?)


 戦場には、必ずと言って良いほど傭兵が姿を見せる。戦いを生業とする彼らは、戦場の臭いを嗅ぎ付け何処からともなく集まってくる。


(こんな結果の分かりきった戦場に……。大方、略奪のおこぼれ狙いだろう)

 微かな舌打ちを漏らし、先程飛び去った影を探して空を見回した。

 中程まで昇った太陽が、冷たい朝の空気を心地よい涼風(すずかぜ)に変えていた。

(今日は暑くなりそうだな……)

 

「止まれ!!」

「止まれと言っている!!」 


 緊迫した声に、ハッと目を戻した。だが、声を発した兵士達の姿はない。

(……? あいつらは何処に――)


 ヒュンっと風切り音が響き、無意識に追った瞳を光が刺した。それはギラリと幾度か煌めき――目の前に槍が突き立った。


 垂直に突き立った槍は僅かの間その身を揺らし、しがみついていた手首を振り落とした……。


「なっ……」

 後を追うように、微かに形を留めた肉片、引き千切られた鎧の残骸……血の雨が、ボタボタと降り注いだ。


 顔を引きつらせ、立ち竦む兵士の足元に――降ってきた大粒の塊が転がった。

 口の中で起こった爆発が、逃げ場を求めて顔の半分を吹き飛ばした。なぜこうなったのかと問われれば、そう答えるのが妥当だろう。


 立ち竦む彼の脇を、異変を察知した兵士達が次々と駆け抜けた。

 周囲の音が遠退き――悠然と歩を進める男を中心に、視界は小さく縮み時の流れは滞った。


 逃げろ!


 本能はそう訴えていた。

 意思も体にそう命じた。


 だが、体は動かない。


 視界の端を駆ける兵士達が、ゆっくりと視線を遮り、男の姿が視界から消えた――


 その時、弧を描くように一筋の光が駆け抜けた。視界を遮る兵士達も、その光を遮る事は出来なかった。

 腕が、足が、首が、胴が、次々と地面へ転げ落ち、幾重にも重なった悲鳴と断末魔が響き渡った。


 ……遮る物が無くなった視界の中を、あの男だけが歩いていた。瞬く間に赤く染まった地面を、悠然と歩いていた。

 手にした曲剣を振り、払われた血が頬を叩いた。


「ヒッ……」

 後ずさった体はバランスを崩し――地に頭を打ち付け、指は地面を掴んだ。

 目の前に迫った男を見上げ、死を覚悟した――


 ……が、男は一瞥(いちべつ)もくれず、すぐ横を通りすぎた。


 湧き出した安堵と不安が目まぐるしく彼の支配を争い……やがて、遠のいて行く足音と共に、震える口からその勝者がこぼれ落ちた。

「……助かっ……た……」


 安堵した男の目が、クシャリと膝をつく下半身を映した。

「あ……」

 溢れ落ちた中身が、それに手を伸ばすように……膝をついた半身へと続いていた。

「あああああ!!」


 押し寄せた痛みと絶望が、断末魔と共に彼を闇の中へ押し流した――



「バ、化け物……」

 二陣からその様子を見つめていた者達に動揺が走った。

 取り囲んだ十数名が一瞬で斬り倒され、行く手を阻もうとする者達も、近づくやいなや両断され地面に転がった。

 恐怖に駆られ、逃走を図った者達が次々と爆発するように弾け飛び、文字通りの血の雨が一帯に降り注いだ。


「狼狽えるな!! 所詮は一人だ!!」

 二陣の指揮官は浮き足立つ兵を静め、馬に跨がり陣を駆けた。

「盾は前へ、壁を作れ! 矢を射かけよ! 己の無謀を思い知らせよ!!」


 決して、彼は敵を侮ったわけではない。

 魔法いうものが存在し、個が大きな力を有するこの世界において、言葉通りの一騎当千の猛者という者は確かに存在する。

 そういった者達と戦場でまみえる事は珍しくない。


 それと渡り合うだけの力を持った者が居なければ、数の力で押し潰す。如何に優れた力を持ってしても、覆し難い大きな力だ。

 魔物やモンスター、圧倒的な力を持つ魔獣やドラゴンから、自らの住み処をもぎ取ってきた人間族(ヒューマン)の歴史がそれを如実に物語っている。



 だが、今回は相手が悪すぎた。



 飛来した矢が空を覆い、影を作った。弓兵陣地では早くも次の矢が一斉に弦を離れ、次をつがえた。


 ――ふと、弓兵たちは動きを止め、目の前の光景を茫然と見つめた。

(……どう……なっている?)

 放たれた矢は、見えない何かに突き刺さった様に、向かってくる男の頭上で止まっていた。

 

「これは……」

 矢の雲が、ギラリと煌めいた――

「伏せろ!!」

 馬上の男は叫び――盾を構えた者達が一斉に盾を地面に打ち付け、鐘を打ったような低い音が響き渡った――


 一斉に向きを変えた矢が、唸りを上げ次々と彼らに襲いかかった。

「魔術師か……!? 魔術部隊を呼――」

 その時――盾を構えた者達の眼前で、空間にヒビが走った。

 瞬く間に、それは幾重にも重なったクモの巣のように広がってゆく……。

「バカな……壁が……」


 ガラスが砕けるように、展開されていた壁が砕け散り、無数の矢が降り注いだ。

 盾を、人を貫き、倒れた兵士が瞬く間に地面を覆い――悲鳴と呻きが一帯を支配した。


 馬を射貫かれ、投げ出された指揮官は、雪崩を打って逃走を始めた兵を静めようと怒声を上げ続けた。

「静まれ!! 静まれ!! 狼狽えるな!!」

 しかしその声は……最早一帯に響く悲鳴の一つでしかなかった。



「おい」

 振り返ると、あの男が立っていた。

 男はフードを脱ぎ、彼に問いかけた。

「この陣の指揮官とお見受けする」

(エルフ……? これ程の者が無名なはずは――)


 記憶を引っかき回し、名の知れた武人や傭兵を目の前の男と重ね合わせた。

 だが、この男と符号する物は見つからなかった。そもそも、エルフという時点で該当する人物はなかった。


 硬直したままの彼の返事を待たず、男は言葉を続けた。

「大将は何処(いずこ)に」

「……何者だ?」

「お前達が攻めようとしていた町の代表だ」

「……て、停戦の……交渉か?」

 その言葉に、男は微かに鼻を鳴らし、口角を吊り上げた。


「――死を告げに行く」


 それを聞くと同時に、素早く剣に手を伸ばした。

(適わずとも、せめて一太刀――)

「――ッ!!」

 剣に伸ばした手は宙を舞い、刀身の代わりに吹き出した血が弧を描いた。


 ――彼がそれを見届けたかは定かでない。宙を舞った手首に続き、首も胴を離れ、斜面を転げ落ちていた。




 マクス・ロンドは、本陣のテントで瓶を咥え酒を呷った。

(ワシをコケにした事、必ず後悔させてやる……)

 血走った目でギョロリ何処かを睨み、額に青筋を浮かべて再び酒を呷った。


(早く交渉の使者を送っこい。肉塊にして送り返してくれる!)

 いや、それよりも……町の前で(はりつけ)にでもした方がよいだろうか?

 そんな事を思い巡らし、下卑た笑みを浮かべた。



 ――ふと、テントの外が妙に騒がしい事に気が付いた。

「何事だ?」

 側に控えていた男が立ち上がり、テントを出た。

 背丈と変わらない大きな盾を背負ったその男は、瞬時に事態を悟った。


 負け戦――総崩れだ。


 兵士達が、次々と本陣を駆け抜け森へ飛び込んで行く……。

 男は脇を抜けようとした兵の腕を掴んだ。

「どうした!? 何があった!?」

 兵士の目は恐怖に支配され、意味を成さない言葉を叫き散らした。


 西に敷かれたディアスの陣に目を向けると、幾つもの煙が上がり、時折爆発するような火炎が見えた。


(両方を相手に打って出たのか……? 何処にそんな戦力が……)

 男は斜面に駆け寄り、その下に迫っているであろう敵の軍勢を探した。

 しかし、それらしきものは見当たらない。駆け上って来るのは 、恐慌状態に陥った味方の兵ばかりであった。


(これは……何らかの魔法か?)

 兵達の脅え方が尋常ではない。加えてこれ程の広範囲で一斉に……。


 ふと、男の目に斜面を上って来る赤い(もや)が映った。

(――!!)

 咄嗟に盾を構え、地面へ打ち付けた。

 金属と金属が奏でる、重く、甲高い音が響き、男の体が押し戻された――


 構えた盾と男の足に抉られた地面が、受け止めたものの重さを物語っていた。


「正面に居た連中といい……面白い技を使うな」

 靄の中から声が聞こえ――散らされるように流れたそれが、鼻腔一杯に血の臭いを運んだ。


(あれは血か……)

 靄の中から現れた男の後ろに、その軌跡を記すように爆散した兵士達の残骸が散らばり、血と肉の道が出来上がっていた。


 だが、手にした曲剣から滴る血の他に、男は一滴の返り血も浴びていなかった。

(魔術師……両方か?)

 その時、後方でマクスの怒声が響いた。


「貴様等! 何処へ行く!?」

 テントを出た彼は、逃走する兵達を止めようと叫き散らした。

「ヴァート! これは何事……」

 言いかけて――彼は口を閉じ、自分を見つめる男を睨んだ。



 テントから出てきた一団の中に、見覚えのある男が居た。一人だけ鎧も身につけず、偉そうに喚いている。

 ジークは目だけを動かし、その周囲を固める一団をサッと見回した。


(周りに居るのは皆魔術師か?)

 身に付けている物や身のこなしから、手練れである事はすぐに分かった。

(目の前の男といい……本来中核を成すはずの戦力を引き連れてテントに籠もっていたのか?)

 こいつはもしかして……。


「……マクス・ロンドか?」

「誰だ? 貴様……」


 それを聞き、ジークは口元に邪悪な笑みを浮かべた。

(なんと嬉しい誤算だ。てっきり自宅で酒でも飲みながら報告を待っているのかと思っていたのだが……まさか本人が出てくるとはな。サルナは素晴らしいお返事を出したようだ)


 しかもこいつは――


「お初にお目にかかる。ジーク・ヴァルニだ。貴様が奪おうとしている町を治める者だ」

「貴様が……! ヴァート!! 何をしてる!! さっさとひねり殺して――」


 ふと口を閉じたマクスは、微かに歯を覗かせてニタリと笑みを浮かべた。

「殺すな。生け捕りにしろ!! ワシをコケにした事……たっぷりと後悔させてやるわ!」


 ニタニタと微笑むマクスから視線を滑らせ、ジークは盾を構える男に尋ねた。

「名を聞こう」

「……ヴァート・ファランクス」

「俺の元に来ないか?」

「二君には仕えん……」


(あっさりと国を投げ出した奴に……二陣に居た指揮官といい、ダメ上司の下には良い部下が集まるものなのか?)

「残念だ……近々戦力が減る予定でな、是非ともその腕が欲しいところなんだが……」

「あっさり裏切る部下が欲しいのか?」

「……それもそうだな」


 得物の血を払い、脇構えに構えたジークの腰が沈んだ。僅かに重心が動き――


 ヴァートは盾を蹴り――鐘のような音を響かせ、大きく踏み込み一気に間合いを詰めた。

(初撃をいなして――)

 背から素早く手槍を引き寄せジークに迫った。


 ジークの攻撃は一度防いでいる。加えて、自身の技に絶対の自信を持つヴァートは、斬撃に迷わず盾を合わせた――


「――!!」


 受け止めた刀が……まるで何もない空間を進むように、盾を切り裂いて行く……。

 切り落とされた槍の穂が、視界の隅に取り残されていた――

 

 ……ヴァートは膝をつき、咳き込むように血の飛沫を吐き出した。

 盾を切り裂た刀は、それを持つ彼の腕を切り落とし、分厚い鎧に覆われた胸をも切り裂いていた。

「ヴァート・ファランクス、その名は覚えておく」

 

 自分を見下ろすエルフの男、横凪ぎに振るわれた曲剣――

 それが、彼が生涯の最後に見た物だ。



 吹き上がる血飛沫の向こうに、杖を構えたまま立ち尽くす魔術師達の姿があった。

 一様に目を見開き……瞳は震えるように小刻みに揺れていた。


(なぜだ……)

 彼らはただボサッと立っていたわけではない。ヴァートを援護しようと魔法を放った――はずだった。

(なぜ魔法が発現しない!?)


「バカな……」

 ヴァートがあっさりと倒され、取り乱したマクスは立ち尽くす魔術師達に喚き散らした。

「な、何を呆けている!! 早う捕らえんか!!」

 しかし、歩み出したジークに押されるように、彼らは後ずさり次々と踵を返して逃走を図った。


「ま、待て! 貴様ら何処へ行く!!」

 背を向けて逃げる彼らの耳に――喚き散らすマクスの声に混じり、落胆したようなジークの声が届いた。


「――この男(ヴァート)に殉じようという気概はないのか?」


(か、体が……)

 彼らの意に反し、体がピタリと動きを止めた。

「回れ右だ」

 巨大な見えない手に捻られたように、先頭の男が向き直り……杖を掲げた。

(……止めろ、止めてくれ!!)


 杖に仕込まれた魔法陣が光を帯び、活性化する様子が見て取れた――

「止めろ……止めてくれ……」

 彼が言葉を絞り出したのが先か……撃ち出された風の刃が地面を切り裂き、そこに立つ仲間の体を次々と刈り取った。


「……どう……いうつもりだ……貴様」

 仲間を切り刻んだ魔術師を見つめ……茫然と立ち尽くすマクスの耳に、背後に迫る足音は届いていなかった。

「違……、や、止め――」

 杖を掲げた男は苦痛に顔を歪め、体を大きく膨らませた。


 やがて……周囲の空間を微かに振るわせ、そこら中に彼だった物を撒き散らした。

 マクスにも降り注いだそれは、咄嗟に手をかざした彼の目前でピタリと止まり――ビタビタと一斉に地面へ落ちた。



「マクス・ロンド」

 耳元で聞こえたその声は、息がかかりそうな程に近かった――



「ッハヒャ!」

 情けない悲鳴を漏らして逃走を図るも……体ばかりが先へ行き、もつれた足が彼を地面に叩き付けた。


「こんな……こんな事が……。夢だ……これは夢に――」

 ヌルヌルと滑る赤い地面を、四つ這いで進む彼の前にスッと刀が割り込んだ。


 額に突き付けられた切っ先が皮膚を貫き、流れ出た血がヒタヒタと滴った。

 突き付けられた刀に押し返され、座るように半身を起こした彼は……白目を剥き意識を手放した。


(こいつは意識もあっさり放り出すのか……)

 白目を剥いたマクスをコツリと押し倒し、ジークは刀の血を払い鞘に収めた。

 斜めに浮かぶ太陽に手をかざすと、光の中から滲み出すように影が現れた――



 舞い降りたサルナへ、ジークは尋ねた。

「どのぐらい残っている?」

「両端に少しと、所々に息を潜めている者が……片付けますか?」

「いや、たっぷり恐怖を植え付けたんだ。しっかり持って帰ってもらわないとな」


「コレはどうするのですか?」

 槍を手にしたサルナは、そう言って伸びているマクスを石突きで無遠慮につついた。

「ちょっと連れてきて欲しい奴がいる」

「ここにですか?」

「ああ――」



 ――町の南西

 櫓に設置されたバリスタが、カタパルトへ走る兵士を追って大きく首を振った。

 正面に何らかの魔法と思しきリングが浮かび、セットされた槍の様な矢は穂先に刃はなく、代わりに太い結晶スクロールがセットされている。着弾と同時にスクロールの魔法が発動し、火炎を噴き出すという仕組みだ。


 紙と魔力結晶が高価である為、大量投入は難しいというだけで、スクロールを用いた攻撃というもの自体は珍しいものではない。

 このバリスタのオリジナルは正面のリングだ。神殿周辺の水路制御を真似て作ったシンボルを応用し、発展させた物だ。


 照門と照星が、カタパルトとバリスタを直線上に繋ぎ、リングを通過した矢は一気に加速して標的へと吸い込まれた。

 炎に包まれたカタパルトの上を、投石機が射出した岩が飛び越え本陣のテントを吹き飛ばした。


〈千里眼〉を見つめていたモーゼルが手を上げ、バリスタと投石機が射撃を止めた。

「もう誰も残っておらん。我らの勝ちじゃ」

 西に陣を敷いていたディアスの軍勢も総崩れとなり、散り散りに撤退していった。


 モーゼルは勝ち鬨を上げる者達を振り返り、隣に佇むダレンに声を掛けた。

「どうじゃ?」

「思っていたよりは……。そこまで大きく編成を変える必要はないと思います」

「うむ」


 戦いの終わりを告げる半鐘が鳴り響き、森から引き上げてきた獣族達の元へサルナが舞い降りた。

「コウ。ジークが呼んでいます」

「あたしを?」

「一緒に来て下さい――」





 ……マクスが目を開くと、逆さまに覗き込むジークの顔があった。

「お目覚めか?」

「……わ、ワシをどうする気だ……?」

「さぁな……それはこいつが決める」


 ジークの顔が引っ込み、その向かいから一人の獣族が顔を出した。

「コウ。お前に任せる。好きにして良いぞ」

「だ、誰だ……?」


 口ではそう言ったが……覚えている。そしてその記憶は、これから自分の身に起こるであろう事を脳裏に描き出した。

 だから、認めたくなかった……。


「覚えてないのなら思い出させてやるよ」

 言うが早いか、コウはマクスの指を掴み力任せに捻り上げた。

 鈍い音と感触――マクスは言葉にならない悲鳴を上げ、身を捩り手を包むように体を丸めた。


「安心しろ、気絶は出来ないようにしてある」

 ジークの言葉と同時に、マクスは身を起こした。

(か、体が勝手に……)

 彼の意に反し、体は独りでに動き手を差し出した。

 汗が吹き出し、苦痛と恐怖に顔を歪め、マクスは祈る様に叫んだ。


「止めろ……止めてくれ!! 悪かった! ワシが悪かった!! 許してくれ……。何でもする! 逃がしてくれるのなら何でもする!!」

「何でも?」

「ああ、何でも言ってくれ! 何だって渡す! ワシの町が欲しいのならそれでもいい!」


「ほう……そうだな。なら――」

 表情を和らげたジークを見て、マクスの顔に安堵のいろが浮かんだ。



「あと九本もらおう――」



 ◆



 真上に昇った太陽が、一帯に満ちる血の臭いを煮詰めたように濃く漂わせた。

 日に晒されたマクスの体は、干からびた様に小さく縮み上がっていた。


 ――どれ程泣き叫んだのか……喉は潰れ、顔にある穴という穴から、出せる物は全て出した。

 乾いたそれらが、土気色に染まった顔にいくつもの筋を書いていた。


 ふと立ち上がったコウに、ジークが声をかけた。

「もう良いのか? あと五本あるぞ?」

「もう気は済んだよ……」

「……止めは刺さんのか?」


「……今は」

「そうか……。次にお前を見たら、こいつは何を漏らすかな……」

「……」

「サルナ。自宅へお送りして差し上げろ」


「はい」

 サルナは足でマクスの頭をむずりと掴み、ふわりと空へ舞い上がった。

 南へ飛び去って行くサルナを見送り、二人は踵を返した。


「ディアスの方はどうだった?」

「みんな逃げてったよ」

「皆の動きは?」

「あたしは森に居たから見てないけど、参考になったって。ダレンが言ってた」


「損害はあったか?」

「転んで怪我をした子供が一人。たいした怪我じゃないよ」

「そうか。戻ったら今日はゆっくり休め。警備も最小でいい」

「……うん」

 小さく返事を返したコウの顔には、何処か後ろ暗い影が貼り付いていた。

「……」




 新興の小さな町が、マクス、ディアスの両軍を退けたという報は瞬く間に広がり、各地の酒場を賑わした。

 それに加え、マクスの大敗は、次々と近隣諸国を攻め落とし急激に領土を拡大するエナン王国に、無数の火種を産み落とす事となった。


 そしてその火種を炎へと変える出来事もまた、この小さな町から始まろうとしていた――



 ◆



 マクス、ディアスの両軍を退けたその夜。寝静まった町を、闇に紛れ数台の荷車が発った。

 荷車には硬貨が詰まった箱の他に、大量の武具が積まれていた。

 後ろに大きな荷物を背負った者達がゾロゾロと続き、南の山中へと姿を消した。


 町を離れ、一時ほどが過ぎた頃……見馴れない風体の一団と合流し、一行は大きく速度を上げた。

 誰も声を発する事なく、黙々と先を急いだ。



 ――ふと、先頭を行くコウが立ち止まり、荷車が動きを止めた。

「どうした?」

 忍び足で駆け寄ったダレンは、コウの顔を見て剣に手を伸ばした。

 前方の闇に目を凝らすと、道の中程に誰かが立っていた。

「昼間の残党か?」


 ただならぬ様子に、数名が二人の元へ駆け寄り剣に手を掛けて身構えた。

 後方で様子を窺っていた者達も弓を引き寄せ、矢筒に手を伸ばした。


「……ダメだ」 

 剣を抜きかけたダレンの手を掴み、そう返したコウ手が微かに震えていた。

(コウが怯えている……? まさか――)

 暗闇から、見馴れた男の姿が滲み出た。


「町長……」


「こんな時間に何処へ行くんだ?」

「これは……」

「言い訳があるのなら聞こう」

 一行を()め付けるジークの姿に、皆息を飲んだ。


(やはり……あれは警告だったか……)

 小屋でサルナと交わしたやり取りを思い起こし、唇を噛んだ。

(でも……ここで止まるわけにはゆかない)

 ダレンは腰から剣を外し地面へ落とした。

 覚悟を決め……ジークの元へ歩み出た。


「必ず、必ずお返しします!! だから……どうか、どうかここは俺の首。だけで……!!」

 ジークの前に膝をつき、ダレンは差し出すように頭を垂れた。

 固く目を瞑り、首が落ちる瞬間を待った。


「……」

「……」


「待って!」

 決意の籠もった声を発し、コウはダレンへ歩み寄った。

「ダレン。あんたはダメだよ」

 そう言うと、ダレンを押し退けてジークの前へ立った。


「どうか……あたしの首で! ダレンは――」

「待て! 俺の代わりはいくらでも利く!」

 コウを押し退け、ダレンは再び頭を垂れた。

「どうか! 俺の首で!」

「あんたはダメだ! あたしが――」


 首を出し合う二人を見つめ、ジークはため息をついた。

(会計を取り合うババアかよ……)

 後ろでそれを見守る者達にも、何処かそわそわとした空気が漂っていた。


「落ち着け。……それ以上参戦されては敵わん、少し待て」


 その声は、先程見せた険しい顔とは違い、穏やかなものだった。

 顔を上げると、ジークはぼんやりと空を見つめていた。


「……?」


 程なく、袋を手にしたサルナがジークの元へ舞い降りた。

「遅くなりました」

「全くだ。もう少しで変な合唱が始まるところだったぞ」

 ジークは受け取った袋を改め、ダレンの前に置いた。


「まさかここまで迅速に動くとは思っていなかったからな、大した数は用意出来ないが……、餞別(せんべつ)だ」


 袋の中で、孵化したばかりのクロウラー達が窮屈そうにモゾモゾと動いていた。

「これは……」

「復興には産業が必要だ」

「……」


「でもあまりうちの客を奪うなよ?」

「全部知って……」

「世話は神殿に任せてもいいかもしれんな。奪われる心配はないし、それに……あそこの連中は、きっとお前達の側に立ってくれる」


 振るえる唇を抑え、ダレンは真っ直ぐにジークを見つめた。

「いつか……必ず、必ず、この命共々お返しに戻ります!!」

「バカ言え、明日からは縁もゆかりもない赤の他人だ。くれぐれも、うちの町からの支援を受けたなどという面倒を広めるなよ」


 そう言うと、舞い上がるサルナの足に掴まり、コウを振り返った。

「マクス君によろしくな」




 ――夜空を進み、流れる星々を見上げたジークが呟いた。

「星の海か……こうして見ると、実感できるな」

「……」

 サルナはジークを一瞥し、ムスッと顔を戻した。


「なんだ?」

「何か考えがあるのなら言って下さい。もう少しでダレンを始末するところだったんですよ」

 不満げにそう言いうと、口の中で何事かブツブツと呟いていた。


「お前な……」

「ちゃんと言ってくれないと分かりません」

「……そうだな、そうする。お前もな」

「……」

「……」


「今日俺が言ったことを覚えているか?」

「……?」

「何かやる時は俺を通せって話だ」

「……あ! ええ、もちろん」

「……」

(鳥頭か! 大丈夫だろうな……)



 

 ――それから一月程が過ぎた頃、エナンとその周辺の国々を、ヴァルネ独立の報が駆け抜けた。

2017/09/20改行等修正 2020/11/02微修正

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