戦いの後
目を開くと、真っ白な天井が見えた。
視線をずらすと、左目にズンと重い痛みが走り、触ると布の感触がした。
右の肩が酷く痛んだ。
首を傾けると、メイメイとランランの股に身を埋めて眠るカルアとローレンスの姿があった。
二人とも座ったまま、メイメイとランランにもたれて眠っている。
左腕で体を支え、身を起こすと首からお守りがブラリと垂れ下がった。
(これってカルアの……)
室内は、白いブロックを継ぎ合わせたような石造り――服は知らぬ間に白い病衣に変わっていた。
(神殿かしら……)
だだっ広い部屋に、丸テーブルが一つと椅子が数脚。後は自分が横たわるベッドがポツンと置かれていた。扉は両開きの大きな扉が見えた。
その時、片側の扉がそっと開き、治療師の男が部屋へ入ってきた。
「お目覚めでしたか」
優しげな笑みを浮かべ、フードを脱いでルチルナへ歩み寄った。
側で眠る二人に気を遣ったのか、彼は声を落としてルチルナに尋ねた。
「左目に痛みはありますか?」
「ええ……。それよりも肩が痛いわ」
彼はそろりとベッドの脇に移動して包帯を解き始めた。
「寂しい部屋で申し訳ありません。あちらの二体が通れそうな部屋はここしかなかったもので……」
包帯が解かれ、差し込んだ光に目を細めた。
「痛みますか?」
「少し……」
「もう少しですね」
そう言うと、彼はひんやりとした布を当て、新しい包帯を巻き直した。
「後で別の者が傷の治療に伺いますので、お休みなっていて下さい」
そう言うとそろりとベッドを離れた。
そっと部屋を出る治療師を見送り、再び室内を見回した。
ベッド脇のサイドテーブルに、ティーセットと返り血が綺麗に落とされたメイメイのリボンとランランの帽子が置かれていた。
「……」
――ふと、カルアが顔を上げ、ルチルナを見た。
「ルチルナ……」
「おはよう」
カルアは飛び上がるように立ち、ルチルナに抱きついた。
「ルチルナ!」
「ちょ、痛――」
言いかけて、ルチルナはカルアを押し退けて顔を顰めた。
「あ、ごめん……痛かった?」
触られた肩が痛かった。だがそれよりも……。
「カルア……」
「ん?」
「……臭い」
「あ……ごめん」
恥ずかしそうに俯くカルアの後ろで、目覚めたローレンスが目を潤ませてルチルナを見つめていた。
「お嬢様!!」
抱きついたローレンスを押し退け、ルチルナは顔を背けた。
「二人とも臭いのよ! お風呂入って来なさい!」
その時――、扉がノックされ、治療師の女性が姿を見せた。
「お加減はよろしいようですね」
そう言って、彼女はにこりと微笑んだ。
「――それじゃ、私達はお風呂行ってくるね」
扉が閉じられたのを見届け、治療師の女性はルチルナを肩脱ぎにして包帯を解いた。
傷口を挟むようにかざした彼女の手に魔法陣が現れた――
〈治癒〉
魔法陣がパッとかき消え、傷口に仄かな熱を感じた。
「経過は良好ですよ。完全に魔力を出し切っていましたから、普通はもっとかかるのですけど……、後二、三回で完治すると思います」
「そう……」
「すぐに眠くなってきますので、我慢せずにお休みなって下さい」
そう言うと、彼女は薬を塗り、新しい包帯を巻いてルチルナをベッドに横たえた。
扉が閉まる音を耳に入れながら、ルチルナは胸の上でカルアのお守りを弄んだ。
(本当に魔力の戻りが早くなるのね……)
急激に眠気が押し寄せ、お守りを仕舞うと同時にストンと眠りに落ちた――
◆
ざぶりと湯に浸かり、カルアは湯船の縁に頭を預けてホッと息をついた。
――あれから、今日で三日が経っていた。
あの日は灯籠の打ち込み作業を、その翌日は、僅かな休憩を挟みながら夜を徹してオークの死体を焼き続けた。そして、今朝がたようやくザシャへ戻った。
連日の疲れと寝不足で、初めて乗る飛空艇にはしゃぐ暇も無く眠りに落ちた。
その後ルチルナの元へ向かい、再び眠っていた。
浴場を出たカルアは、ルチルナの病衣に似た服を纏い、壁の穴から吹き出す心地よい風に目を細めた。
服は洗濯を頼んだ。普段は自分で洗うのだが、トークンが使えた為それで任せてしまった。
(ルチルナは暫く寝てるだろうな……)
適度に体を冷まし、浴場区画を出たカルアは神殿の中をぷらぷらと歩いた。
物珍しそうにキョロキョロと首を振り――程なく、大きな像の前で足を止めた。
入り口から真っ直ぐに延びた水路の先に――泉の中央から、とぐろを解く様に一体の龍が立ち上がっていた。
浴場以外の場所に入った事がなかったカルアは、これ程近くで見るのは初めてであった。
猛禽の嘴を思わせる口に、長く太い二本の髭。翼と言うには小さい六枚の羽。
ヒレとも鶏冠とも取れる、鬣の様に頭から背を覆う皮膜――
「海龍リヴァイアサンよ」
後ろから飛んだ声に、思わずゾワリと毛が逆立った。
男が無理矢理女の声音を真似ている……。そんな声だった。
「ここの泉は、リヴァイアサンの加護を受けているのよ」
そう言って、どぎつい化粧を施した男がカルアの隣に立った。
帯を締めただけの真っ白い貫頭衣から、色黒の太く逞しい四肢が覗いていた。
「そう……なんですね……」
形ばかりの相づちを返し、その隣に視線を滑らせた。
半歩さがり、控えるように少女が佇んでいた。年の頃はルチルナと同じぐらいだろうか?
更にその後ろに、一組の男女が控えていた。
信徒達と同じ真っ白いローブを身につけているが、首元には神殿の紋章が刻印された登録証が見える。色は紫だ。
鋭い目でカルアを一瞥し、スッと視線を戻した。
「巫女様。そろそろ」
少女に促され、歩き出した巫女に続いて一行は奥の扉へと姿を消した。
(あれが……巫女……)
ブルリと身を震わせ、その場を離れた。
カルアは病室の区画を進み、首をつっこんで室内を見回した。
大きな部屋に、幾つものベッドが並んでいた。天井に魔力ランプが埋め込まれ、室内は明るい。
(別の部屋かな……)
向かいの部屋へ移動し、中を覗いたカルアはスッと部屋の中へ入った。
「ライルさん」
「カルア・モーム……相棒の方は大丈夫なのか?」
「ええ。さっき目を覚ましました」
「そうか」
「怪我の具合はどうですか?」
「もう一回治療を受けて終わりだ」
矢を放った後――ライルの手はカミソリの山に手を突っ込んだように、皮膚がズタズタに切り裂かれていた。
「見た目が派手なだけで、傷自体は浅かったからな。毒を抜く方が大変だっったよ」
ライルに微笑み返し、カルアはサイドテーブルに置かれたティーセットに目を向けた。
「お茶、入れましょうか?」
「ああ……、頼む」
――カップに口を付け、ライルはホッと息をついた。
「さっき、ユアンの遺体を回収したって知らせを貰った」
「そう……ですか……」
「明日、葬儀があるんだが……出てもらえないか? 仇を取った者達に送ってもらたくてな……」
「はい。ルチルナにも話しておきます」
「ありがとう……。ところで――」
フッと口調を変えてカルアに尋ねた。
「あの執事の爺さんは主の所か?」
「ああ、いえ……、多分――」
――その頃。
浴場区画の一室。
壁から吹き出す心地よい風を受け、椅子に持たれて眠るローレンスの姿があった。
この少し前――、東の拠点。
半身を瓦礫に埋めたサイクロスプの死体に足場が組まれ、角が切り出されていた。
サイクロスプの角は、物自体もさることながら、輸送の難しさから希少価値は高い。
その様子を眺めるマルコの隣に、ラルフが歩み寄った。
「どうだ、爺さん。久々に大物を仕留めた気分は」
「小僧……」
チラリとラルフを一瞥し、マルコは目を戻した。
「あんな場所でぶっ放すなんてな……。よく誰も巻き込まれなかったな」
「ならば、お前ならどうした?」
「そら同じ事をしただろうさ」
「フン」
と鼻を鳴らしたマルコは、こちらへ向かってくるレイに視線を滑らせた。
「もう戻っても構わんか?」
「ええ。ご苦労様です」
二人に背を向け、歩き出したマルコをラルフが呼び止めた。
「爺さん」
「なんだ?」
「覚えてねぇか?」
そう言ってラルフはレイに目を向けた。
「……?」
「ほら、弟子にしろって押しかけた時、俺を馬から振り落とした……」
無意識に髭を掴み、考え込んでいたマルコがハッと顔を上げた。
「お、おお……」
「お久しぶりです」
「あの時の……。そうか、そうか……」
マルコは目見開き、何度も大きく頷いた。
その時――、飛空艇の出発を知らせる汽笛が鳴り響き、マルコはもう一度大きく頷き――踵を返して飛空艇へ乗り込んだ。
その数時間後……。
ギルドの二階に、ギルド長と向かい合うマルコの姿があった。
「本当に、よろしいのですか?」
「そろそろ席を空けねばな」
「……」
窓から射し込む光が、テーブルに置かれたマルコの登録証を青く光らせた。
「それでは、失礼する」
席を立ったマルコの背に、ロイは深々と頭を垂れ、足音が消えるまでじっと見送った――
外へ出たマルコは、一度ギルドを振り返り――南へ歩き出した。
五十年という冒険者生活に終止符を打った彼の脳裏を、様々な記憶が駆け抜けた――
すれ違う冒険者達に己の記憶を重ね、五十年の時を彷徨った。
ふと、じゃれ合いながら前を行く二人組がよろけ、マルコにぶつかった。
「すみません」
そう言って頭を下げる女性に会釈を返し、登録証の位置を直そうと――首に手を伸ばして頬を緩めた。
身が軽くなったような思いと、漠然とした寂しさが入り交じった、何とも言いがたい笑みを浮かべた。
――宿へ戻り着替えを済ませ、神殿の湯船に身を沈めた。
(入ってから返すべきだったな……)
久々に正規の料金を支払い、そんな事を思った。
思い立ったら直ぐに行動してしまう。この気性が、随分と面倒を呼び込んだ。
(どれだけ時を経ても、変わらんものは変わらんのだな……)
湯船の縁に頭を預け、溜め息交じりにホッと息をついた。
◆
目を開くと、足下に見覚えのある老人が座っていた。
身を起こし、ルチルナは首を傾げた。
「あなた……」
「マルコ・ファーナーだ」
「それは覚えてるわよ。どうしたの?」
「見舞いだ」
「そう……。ありがとう」
「茶を入れよう」
そう言って、茶葉が入った小さな包みを見せた。
ルチルナはベッド脇に座るメイメイとランランを移動させ、代わりにメイメイにテーブルを運ばせた。
ベッドの淵に腰掛け、マルコがお茶を入れる様子を眺めた。
〈加熱〉
マルコが手をかざした水差しから、フワリと湯気が立ち上った。
「便利ね」
マルコは口元に微かな笑みを浮かべ、ポットに湯をそそいだ。
「何か顔つきが変わったわね」
「そうか?」
「もっと好戦的な顔をしてたと思ったのだけど……」
「お前も何かスッキリした顔をしとる」
「そうね……。スッキリしたわ」
「そうか」
マルコはポットを傾け、尋ねた。
「魔力の回復が早い質なのか? あれほど魔力を吐き出して……、普通ならまだ寝ておるぞ」
「今はね。お守りがあるから」
「ふむ?」
マルコは一瞬首を傾げたが――、さほど気に留める様子も無く、お茶が注がれたカップを置き、向かいの椅子に腰を下ろした。
「美味しいわね……これ」
カップに口を付け、ルチルナが呟いた。
「そうか……」
会話が途切れ、カップとソーサーの立てる音が、二人の間に流れた――
「……なぜ冒険者になった?」
「お父様とローレンスに家を追い出されたのよ」
「ふむ……。戻ろうと思えば戻れるのではないか?」
「そうね……本気で帰るって言えば、多分……」
「帰る気はあるのか?」
「……無くなったわ」
「なぜだ?」
「自由でいられるから……かしらね」
「名門の家は、貴族は面倒か?」
「と~ってもね。今思うと……尚更ね」
「家を継ぐ気はないのか?」
「それはあいつが継ぐでしょ……私は興味ないわ」
「ならば、冒険者を続けるのか?」
「そのつもりよ」
「何時まで、冒険者でいるつもりだ?」
「何時まで……。そうね、出来ればずっとそうしていたいわね……」
カップを口に運ぶルチルナを、マルコはじっと見つめた。
「師は居るのか?」
「……」
「冒険者を続けるのであれば、もっと力を付けねばなるまい。ゴーレムや神眼について教えを請える者はあるのか?」
「……自分でやるしか無いわね」
「……」
マルコはカップを置き、僅かに身を乗り出した。
「家に帰り、教えを請え」
「……」
「それが出来ぬのであれば、魔術ギルドへ行け。お前の家の外に、ゴーレムに関する高い技術や理論を学べるのはそこしかない。冒険者であり続けようと思うのであれば、一度しっかりと学べ」
「……」
「お前は若い。冒険者をやり直す事は可能だ」
「……」
「よくよく考えてみよ」
マルコは体を戻し、カップを口に運んだ。
「……お説教しに来たの?」
「……」
カップを置き、マルコは頬を緩めた。
「……説法だ」
「何か違うの?」
「お前の言う自由とはなんだ?」
「余計な事を気にしなくて良い……って事かしら」
「何事にも、何者にも縛られず、己が思うままに選択を行える……。
しきたりや、身分など無視して、己が思うままに」
「……」
「何かを選択するとはどういう事だ?」
「……?」
「難しく考えるな。降りかかった攻撃を躱すか、防御してやり過ごすか、カウンターを取りに行くか、はたまた逃げるか、右の敵から始末するか左の敵から始末するか、……冒険者となるか。全て同じ事だ」
「自分が……選ぶ事」
「人は常に選択を行っている。自身の現状、目の前に現れる選択。それらは自身が積み重ねた選択の結果だ。
時には、他者の選択の結果が選択肢として現れる事もあるがな……。だがそれも、元を辿れば自身の選択の結果である事が殆どだ。
何を選ぶか、選ばないという事を選ぶか……。選択を選べる事。自由とはそういう事だ。
冒険者は自由の象徴の様に語られる事が多いが……、他と比べて自由が多いというだけだ」
「……そうね」
「自由とは、言い換えれば負う責を選べるという事でもある。
選択したものに、選択をしなかった事に、選択するという事そのものに、必ず何かしらの責が付いてくる。何事にも必ず責が伴う。
冒険者も多くの責を負っている。ギルドに、依頼人に、仲間に……。冒険者という選択をした時、それらの責を背負込んだ」
「……」
「全く同じ選択をしても、責はその時々で様々と変わる。しきたりであったり、立場に伴う義務であったり……。あるいは誰かの思いであったり、命であったり……。
それは時に自由を奪う。だが、負った責は全うせねばならん。そうしなければ、責は必ずお前に復讐する」
マルコは鋭くルチルナを見つめ、問いかけた。
「ルチルナ・メイフィールド。お前が選びたいものは何だ? それに伴う責とはなんだ?」
「……」
ルチルナの目をじっと見つめ、マルコはふと顔を崩した。
「今全てを理解せずともよい」
そう言ってカップを指した。
「代わりはいるか?」
「……ええ。頂くわ」
マルコはお茶を注ぎ、ソーサーに何かを添えてルチルナの前に置いた。
「これは?」
ルチルナは添えられた小さなメダルを手に取った。
細かな美しい細工が施され、中央に穴が開けられていた。
「王都の南に、ロゼという町がある。そこに王立の魔術学校がある。イザークという男が居るはずだ。
もし、魔術ギルドへ行く気になったらそれを渡せ。力になってくれるはずだ」
「……」
「どうするかは、お前の自由だ」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべた。
その時――、扉がノックされ、聞き覚えのある声が聞こえた。
「居ないのかな?」
「寝てんじゃねぇの」
ガチャリと扉が開きかけ、サッと閉じた。
「ダメだよ! 勝手に……」
「寝てんだったら顔に何か書いていこうぜ」
「ダメだよ!」
「はぁ? 俺は良くってあいつはダメなのか?」
「だからゴメンって……」
ルチルナはため息を溢し、カップに口を付けた。
――ガチャリ、と扉が開き、リンとアイクの前に見覚えのない老人が姿を現した。
「え? あ――すみません……。部屋を間違えたみたいで……」
硬直し、視線を交わしたリンとアイクだったが――隙間から茶を飲むルチルナの姿を認め、ホッと息をついた。
「……どうぞ」
とルチルナが溜め息交じりに返事を返した直後、カルアの声が聞こえた――
「リン、アイク?」
二人が振り返ると、カルアとローレンスが立っていた。
「カルア、ローレンスさん」
人懐っこい笑顔を向けるアイクの隣で、頭に包帯を巻いたリンが「よう」っと手を上げて見せた。
「リン怪我したの?」
「ああ――め、名誉の負傷ってやつだ」
澄ました様子で胸を張るリンの隣で、アイクはクスクスと声を漏らした。
「不名誉な負傷だと思うけど。本当は調子に乗ってさ――」
「お前、言わねぇ約束だろ!」
口を塞ごうとアイクと揉み合うリン。その様子に笑顔を溢すカルアとローレンス。
――マルコは穏やかな笑みを浮かべ、ルチルナを振り返った。
「ではな」
と声を掛け、部屋を出た。
「あっ!」
と顔を向けたカルアとローレンスに黙礼で応え、マルコはすたすたと歩き去った。
「――では、ごゆっくり」
皆に茶を入れると、ローレンスはお茶請けを買いに行くと言って部屋を出た。
ローレンスを見送り、顔を戻したアイクが興奮気味に切り出した。
「すごい活躍だったらしいね」
「まぁね」
目を輝かせるアイクにそう返し、ルチルナは澄ました顔でカップを口に運んだ。
「そっちはどうだったの?」
「そっちみたいな激戦ではなかったよ。オークしか居なかったし、数もそっちに比べたら全然少なかったしね」
「そう」
「でも、犠牲者が出なかったのはカールさんのおかげだよ」
そう言ってアイクは盾を構えるように腕を突き出した。
「壁を展開して、門に殺到した大群を弾き返しちゃったからね。同じ技なのに、リンのとは全然違ったよ」
興奮した様子で語るアイクの隣で、リンはムスっと茶を啜っていた。
「後で聞いたんだけど、カールさんって、すごっい有名な人なんだって。なんでリンは知らなかったのさ」
顔を覗き込むアイクから、リンはプイと顔を背た。
「田舎の貧乏道場にそんな話は入ってこないんだよ」
「ふ~ん。それで、その怪我はどうしたの?」
ルチルナの問いに、リンは口を尖らせてモゴモゴと答えた。
「……ちょっと。油断……した」
それを聞き、アイクはニヤリと笑みを浮かべた。
「調子に乗って出過ぎちゃって、後ろからザクッって。
僕が援護しなかったら、死んでたかもしれないね」
「……うるせ」
「『未熟者!』ってカールさんに一喝されてさ、ずいぶんしょげてたんだよ」
「傷は大丈夫なの?」
「別に……。大した傷じゃねぇし……」
モゴモゴとカルアへ返すリンの背中に、アイクは「バンッ!」と平手打ちを落とした。
「――!!」
声を詰まらせ涙ぐむリンの顔を、アイクはニヤニヤと覗き込んだ。
「無理しない方が良いよ?」
「あんた……結構性格悪かったのね」
さしものルチルナも、思わず顔を顰めた。
「何時も小さいだの子供だのって詰られてるからね、やり返せる時は思いっきりやり返しとかないとね」
そう言って、アイクはニコニコと晴れやかな笑みを浮かべた。
「でも、あの状況で盾を手放さなかった事は誉めらてたね」
「当たり前だろ。一番高かったんだからな……」
「……」
「な、なんだよ……?」
一斉に向けられた視線から逃れるように、リンは一気にお茶を流し込んで身を乗り出した。
「で、お前の方はどうだったんだよ?」
とルチルナに食って掛かった――
「私も聞きたいなぁ~」
不意に聞こえた声に目を向けると、扉からユニスが顔を突き入れていた。
「ユニスさん……」
纏めたブロンドの髪をフワリとゆらし、微笑み返したユニスはいそいそとルチルナの隣に腰を下ろした。
「何しに来たのよ」
目を吊り上げプイと顔を背けるルチルナににじり寄り、体を押し付けた。
「私も混ぜて欲しいなぁ~」
「嫌よ」
「で、どうだったの?」
ユニスは無言でそっぽを向くルチルナに更に体を寄せ、顔を覗き込んだ。
向かいでぽかんとその様子を見つめるリンとアイクの後ろに、今度はラルフが姿を現した。
「扉ぐらい閉めとけよ……。よう、見舞いに――」
言いかけて、ラルフは眉を寄せた。
「ユニス……。お前、何でここに居るんだ?」
「ん~……買い物」
「申請された物は全てキャンプに送ったぞ」
「書き忘れた」
「ウソつけ。風呂に入りに来ただけだろ」
「それはついでよ、ついで」
「……他の連中は?」
「チャドとアイカはサイクロスプの死骸を見に行くって。ロジャーは……お風呂行く時までは一緒だったけど、その後は知らな~い」
ラルフは諦めたように大袈裟な溜め息をつき、ルチルナに視線を滑らせ――袋から何やら高そうな酒瓶を取り出してテーブルに置いた。
「お前が助けたって商人の男からだ。直接見舞いに来たかったんだけど、商機は逃せねぇとさ」
「えー何これ! 早く開けようよ!」
微妙な表情を浮かべるルチルナを他所に、ユニスは目を輝かせた。
「お前のじゃねぇ!」
「子供には早いわよ」
「それはそうだが、それとこれは話が違う」
そう言って酒瓶を遠ざけようとするラルフの手から、ユニスはひょいと酒瓶を奪い取り蓋に手を掛けた。
ルチルナは大袈裟な溜め息をつき、扉から部屋を覗き込む一団を指した。
「で、あれは何なの?」
「ん? ああ、お前を見舞いたいって連中だ」
ゾロゾロと入って来る者達を見つめ、ルチルナは首を傾げた。
見覚えのある顔が多いが、全く覚えのない者も多く居た。そして、何故か皆酒瓶を持っている。
「まぁ、理由付けて飲みたい連中だな」
「……」
代わる代わるルチルナに感謝や労りの声をかけ、一気に騒がしくなった室内を見回し、また大袈裟にため息をついた。
「好きしてちょうだい……。でも、私は飲まないわよ」
「えー良いじゃん。ちょっとぐらい飲もうよー」
酒臭い息を吹き付け、顔を寄せるユニスを押し退けた。
「嫌よ! それは毒水よ。頭が腐るわ」
「良いじゃんちょっとぐらい」
「さっきと言ってる事違うじゃない! だから嫌だって――」
揉み合う二人の向かいで、リンとアイクも次々となだれ込んできた連中に肩に手を回され、酒の注がれたカップを押し付けらていた。
部屋のあちこちで、互いの無事や健闘を称え酒を酌み交わす者達を眺め、カルアは頬を緩めた――
その時、するりと部屋に入って来た病衣を纏った一組の男女がカルアに歩み寄った。
「外に居る全身鎧みたいなゴーレムはあなたのよね?」
何処か見覚えのある女がカルアに尋ねた。
「はい、そうですけど……」
彼女パッと笑みを浮かべ、手を差し出した。
「ミシェルよ。皆に代わってお礼を言いに来たの」
「……?」
「ほら、拠点の外に取り残されて……」
カルアは「あっ!」声を漏らし、立ち上がって手を取った。
「貴方がここに居るって聞いたから、早くお礼が言いたくて。ありがとう」
「他の方々は……?」
「おかげさまでみんな無事よ。でも、あの後の戦いで怪我しちゃって……治療を受けてて今は寝てるの。本当は全員引っ張って来たかったんだけど……」
「いえ、皆さん無事でよかったです」
続いて隣に立っていた男が手を差し出した。
「ダリオだ。岩が投げ込まれた時、あんたのゴーレムに投げ飛ばされて命拾いしたよ。ありがとう」
「そうだったんですか……」
(それであそこに埋まってたんだ……)
「ところで……、ずいぶん声が違うのね」
そう言って、ミシェルは首を傾げた。
「……?」
「あたしらを誘導してくれたじゃない。ゴーレムの事はよく分からないんだけど……」
言いかけて、彼女は首を振ってカルアの手を取った。
「何でもないわ。それより、一杯付き合ってよ」
ニッと笑みを浮かべ、カルアの手を引いて酒を酌み交わす者達の間に割り込んだ――
――ローレンスが戻ると、部屋は冒険者や衛兵達で溢れ、廊下にもはみ出して酒を酌み交わしていた。
(これは一体……?)
ポカンと入り口に佇むローレンスの前に、人をかき分けてユニスが姿を現した。
「あ、お爺ちゃん。何処行ってたのよー」
「これは、ユニス様」
お辞儀をするローレンスに駆け寄り、カップを押し付けた。
「みんなあの子を見舞いにきたのよ。これはあの子が助けたって商人さんからよ」
そう言って瓶を傾け、カップを酒で満たした。
「お気遣い感謝致します」
深く頭を垂れたローレンスは、手に持ったカップに目を落とした。
「……」
(これは……。これは、お嬢様への感謝の印……。この好意を無下に扱うわけには……)
グラスの中で揺れる酒をじっと見つめ、ゴクリと唾を飲んだ。
(れ、例外だ……!)
その頃――
浴場区画の一室。
壁から吹き出す心地よい風を受け、長椅子に寝そべり大イビキをかくロジャーの姿があった――
◆
翌日――
北門近くの小高い丘。身元不明の冒険者の葬儀が執り行われた。
先日の戦いで命を落とした冒険者の中に、身元が定かではない者が二名。
そして、行方不明となっていた調査チームにも一人……ユアン・セラーズと名乗った、ライルの相棒だ。
オベリスクの前に置かれた骨壷に、ギルド長に続きマルコとライルが花を手に歩み寄った。
この世界は、かつては土葬が主流であった。しかし、アンデットの登場に伴い、現在は火葬が主流となっている。
花を手向けるライルとマルコを目に映し、カルアはいつかエストに聞いた話を思いしていた。
商会の倉庫でエストとお茶を飲んでいた時の事だ。ひょんなことからピレネの花が話題に上った――
「ピレネの意味を知ってるかい?」
「『安息』ですよね」
「それは花言葉。ピレネって言葉の意味だよ」
「意味? 花の名前……ですよね?」
「ピレネ。古いエルフの言葉でね、『贖罪』って意味なんだ」
「贖罪……?」
「名付けた理由は分からないんだけど、この花の原産地は中央大陸。第二次抗魔戦争の最中、まだ傭兵だった頃の冒険者と共に海を渡り、死者へ手向ける花として世界中に広まったんだ」
「へぇ~、元からあったものだと思ってました……」
「火葬の風習も彼らが広めた。なんて話もあるけど、アンデットに対処する為にそうせざるを得なかった。というのが真相だろうね――」
(贖罪……。どうして、そんな名前を付けたんだろう……)
手向けられるピレネの花を見つめ、そんな事を思った。
じっと骨壺を見つめるマルコの横顔が、やけに印象に残った。
――葬儀が終わり、ラルフは帰路につく参列者達に目を走らせた。
だが、彼が探している顔はなかった。
(……何処へ行った?)
街道へ続く階段を下り、足早に北門を目指した。すれ違う者達をちらと横目で振り返り、舌打ちを漏らした。
(クソジジイが……)
それから暫くして……南門の跳ね橋。
橋の隅を渡っていたマルコは、不意に肩を掴まれた。
「クソジジイ……」
「……小僧」
「引退したってマジなのか?」
「ああ、昨日ギルドに登録証を返した」
「……昨日顔を合わせたじゃねぇか。一言ぐらいあってもいいだろ」
「あの時はそのつもりがなかったからな」
「……」
何食わぬ顔でそう答えるマルコに、ラルフは不快感を剥き出しに顔を歪めた。
「あの後、飛空艇の中で決めた」
ラルフは出かかった言葉を飲み込み、大きくため息をついた。
「相変わらずだな……」
――ふと、マルコは改まった様子で呼びかけた。
「ラルフ」
「……なんだよ。気色悪い……」
顔を顰めるラルフに、布と革で包んだ一冊の古びた本を手渡した。
「これは……?」
「ワシが師から受け継いだものだ。編み出した式や、その改良を代々記した物だ」
意味を悟り、ハッと顔を上げたラルフをじっと見つめた。
「続きはお前に任せる」
暫くの間、二人は黙ったままジッと視線を交わし――本を持つラルフの手に力がこもった。
「確かに……引き受けた」
ラルフは本から視線を戻し、マルコに尋ねた。
「……これから、どうするんだ?」
ラルフの問に、マルコはふと顔を崩した。
「エルフの国へ行こうと思う。老いぼれには、あのゆったりとした時間が心地よい」
「そか……」
「ではな」
歩き出したマルコを見つめ、ラルフは大きく息を吸い込んだ。
「師匠!」
「……なんだ? 気色悪い……」
振り返り、顔を顰めるマルコを見つめ、頬を緩めた。
「元気でな」
「……お前もな」
マルコも頬を緩め、踵を返して人混みへ紛れた――
ちょうどその時――町へ戻るラルフとは逆に、道の向かいを歩いていたライルとカルア一行が南門を潜った。
「これから、どうするんですか……?」
足を止め、向かい合ったライルにカルアは尋ねた。
「無論、冒険者を続けるさ。世界を旅する理由もできたしな……」
そう言って、ユアンの遺品を仕舞ったポーチに目を落とした。
「とりあえず、帝国周辺から当たってみるつもりだ。ユアンはよく南方の話をしていたように思うからな」
「そうですか……」
「……あいつが偽名を名乗っていたのは知っていた。でも、深く踏み込んで尋ねた事はなかった……。何か事情がありそうだったからな、その内の話してくれればと思っていたんだが……」
そう言って、再びポーチに目を落とした。
「ユアンは、フィーって名の妹が居ると言っていた。その子を魔術ギルドに入れる為の資金を稼いでるってな……。
だから、報酬を受け取ると、ほとんどをギルドに預けていたんだ。遺品と共に、彼女に引き渡したい」
ふと、ライルは目を上げ、カルア達を見つめた。
「なぁ、もし――」
「必ず、お知らせします」
最後まで聞かず、カルアは返事を返した。
「フィーさん、ですね。しかと、承りました」
「それらしい子に会う事があったら、ギルドに何か残しておくわ」
そう言って、ルチルナはメイメイの肩を降りた。
「ありがとう。恩に着る」
「あなたが死んじゃったら意味ないんだからね。気を付けてね」
「ああ」
ライルは大きく頷き、ポツリと呟いた。
「俺達は死神に背を見せた」
「死神……?」
そう尋ねたカルアを見つめ、ライルは言葉を続けた。
「死神は己の中に居る。昇級試験の時に試験官に言われた言葉だ」
そう言って手を差し出し、付け加えた。
「油断は伝染する。これは俺の教訓だ」
――それぞれと握手を交わし、踵を返したライルの背を見送った。
彼は一度振り返り、大きく手を振って行き交う人々の中へ紛れていった。
「それじゃ――、宿へ行きましょうか」
歩き出したカルアを先頭に、中央広場を目指して歩いた。
(今日はこのままゴロゴロしてようかな……)
久し振りの藁のベッドと、デールの店のメニューを頭に思い浮かべた。
(私達が東の拠点に居たって言ったら、みんなどんな反応するかな……)
デールと店の常連達の顔を思い浮かべ、微かに頬を緩めた――
(もう掃除は終わってる頃よね……)
宿へ向かう路地へ差し掛かった時、真上より少し傾いた太陽を見上げてそんな事を考えていた。
その時、ふとルチルナが足を止めた。
「どうしたの?」
「まだ日も高いし――、何か依頼を受けに行きましょ」
思わず、カルアとローレンスは顔を見合わせた。
「このまま寝続けてたら体が鈍ってしまうわ」
そう言ってメイメイの肩を降り、自ら歩き始めた。
カルアと視線を交わし、ローレンスが素早くルチルナに歩み寄った。
「まだ治療が終わっておりませんし、無理をしてお体に触りますと――」
「そんな重いのは受けないわよ。採集か荷運びなら、閉門までに戻れるのがあるでしょ」
どうやら本気らしい……。
ルチルナはふと立ち止まり、ポカンと顔を見合わせるカルアとローレンスを振り返った。
「でも、キノコ集めは受けないわよ」
そう言ってすたすたと歩き始めた。
疲れが抜け切れていない二人であったが、彼女の後を追う二人の顔は、抑え難い笑みを滲ませていた――
2017/8/27脱字等修正 2020/11/02微修正




