防衛戦
――東部ダンジョン中央。
衛兵達がランプを吊り下げたポールを手に街灯のように佇み、避難する人々の足元を照らした。
列をなす人々の横を、ギルドの職員と衛兵達が忙しなく駆けて行く。
避難所へ向かう荷車を見送り、クレアは東の空を振り返った。
「……」
少し前、北の拠点から救援を求める信号が打ち上げられたと聞かされた。
目を戻し、避難所へと向かう人々の列を見つめた。交わされる会話からは、さほど緊迫した様子は窺えない。しかし、その奥に隠した不安が、ソワソワとした仕草に滲み出していた。
ここには、他の拠点の様に高い外壁や堅牢な建物を備えていない。人々が向かっているのは、ダンジョンだ。攻略の為に設けられたキャンプを避難所として使用する。
ダンジョンは外界から完全に隔離された空間であり、その出入り口は一つしかない。ある意味天然のシェルターと言える。
『決壊』とは、あくまでダンジョンの周辺で起こる現象であり、ダンジョンから魔物が湧き出てくるわけでは無い。出入り口を囲う高く堅牢な壁は、出さぬ為ではなく、入れぬ為だ。
ダンジョンと決壊については、またいずれ――
列を見つめていたクレアは、目の前を横ぎった人物に駆け寄った。
「ラルフさん。何か分かりましたか……?」
「いや。まだ何も……。ともかく避難を急がせてくれ」
「はい……」
続けて何かを言いかけたラルフは言葉を止め、何かに引かれるように駆け出した。
振り返ったクレアは、思わず胸に当てた手を固く握りしめた――
胸に渦巻いていた不安が、東の空で瞬いていた。
(カルアちゃん……)
監視塔の梯子を駆け上がり、ラルフは東の空を見つめた。黄色に続き、今度は赤い光が瞬いた。
黄は救援を求める信号、赤は決壊を報せる信号だ。
決壊ならば、まず赤を打ち上げる。だが、北も東も黄を打ち上げた後に赤を打ち上げた。
そして、決壊が始まったのであれば、ここと南でも異常が観測されるはずだ。
(決壊ではないのか……?)
「北と東からの報告は?」
「まだ何も」
「周辺の様子は?」
「異常ありません」
「南は?」
「今のところは何も。ルルグを飛ばしていますが、到着には今暫くかかるかと」
ラルフの問いに、側に控えた衛兵が淀みなく答えた。
「……担当官は?」
「第一キャンプに押し込め――避難者の誘導に当たっています」
(こいつが担当官なら良かったのにな……)
眼を戻し、岡の陰に沈んで行く赤い光を見つめた。
(何が起こっている……?)
――ややあって、ラルフは首を振って指示を出した。
「緑以上の冒険者を全員集めてくれ。それ以外は引き続き避難者の誘導と物資の搬入だ」
「はい。直ちに」
(ともかく救援の準備だ)
同じ頃――、東の拠点。
黄と赤の光が降り注ぐ中、ルチルナとローレンスは周囲を見回し、こちらへ向かうレムの姿を捉えた。
(じゃぁカルアは無事ね)
そう結論したルチルナは、攻め寄せるオーク達に目を戻した。
東から侵入したオーク達は次々壁を飛び降り、狂戦士と化して戦線を押し上げていた。
門に人員が集り過ぎた事も要因の一つではあるが、ここまでの侵入を許したのはこの拠点の作りにも問題がある。
外壁に上るには外殻搭を登り、途中に設けられた扉から行くしかない。東の外壁へ行くには北の外殻搭か東の外殻搭のいずれかを通らねばならない。
搭の階段は狭く扉も小さい。次々と新手が扉へ殺到し、壁上へ出る者達を阻んでいた。
加えて、この拠点は四方から攻め放題だ。常に全方位へ対処せねばならない。大半の者達が置かれた状況を把握出来ぬままに戦いが始まり、各所への適正な戦力の投入が行えていなかった。
際限なく攻め寄るオーク達は戦線を押し上げ、搭の登り口にもオークが群がっていた。
その為、東の外壁へ上るには西か南の外殻棟から向かわねばならなず、東と北の外殻塔は半ば孤立していた。
塔の登り口が塞がれて間も無く、塔からの援護が勢いを無くした。
塔に詰められる人数は限られる。守るべき場所が増えた上に、矢の補給が滞り始めたからだ。
魔術師達も魔力を消耗し、積極的な攻撃を控えるようになっていた。登り口を塞がれ、人員の入れ替えもスムーズに行かない。
それに合わせるように、オーク達も扉への攻勢を緩め、代わりに仲間の死体を土嚢の様に積み上げて扉を塞ぎにかかった。
次々と新たな進入路を開き勢いづくオーク達を見つめ、マルコは唇を噛んだ。
不意を突かれた上、圧倒的な数を前に誰もが守勢に回った。特に、魔術師達はその姿勢が強く出た。皆魔力の温存を図ったのだ。
戦いが始まった時、温存する事は考えずに全力で攻勢に出ていれば、ここまで押し込まれる事はなかっただろう。
攻め寄せるオーク達に強力な範囲魔法などを撃ちかけていれば、一気に数を削られ二の足を踏んだ事だろう……。
(今からでも遅くはない……。外壁ごと進入路を吹き飛ばし、体制を立て直す)
このまま防戦を続ける事は難しい。皆、確実に疲弊している。現に息切れを起こした者達が負傷者の手当てや離脱の支援に回り始めていた。
敵と味方の距離が近い為、強力な攻撃手段を持ちながらそれを行使できず、ジリジリと余力を失いつつあった。
まだ力がある内に、全力でぶつかるしかない。東の外壁を見つめ、マルコは杖を構えた。
(壁の損害は最小限に……)
この壁は守る側には非常に有用だが、攻める側には邪魔でしか無い。
――その時、視界を何かが横切った。
それはオークを巻き込み、壁に張り付くようにひしゃげてずるりと滑り落ちた。
出所に目を向けると、シオマネキのように巨大な片腕を持つゴーレムの姿があった。
巨大な腕を振り抜き、くるりと回ってバランスを取る。
打ち飛ばされたオークが、点々と壁に痕跡を残した。
「なかなか難しいわね……」
ルチルナはメイメイの差し出した腕に立ち、外壁に取り付いた梯子から次々と侵入するオーク達を見つめた。
(あそこに打ち込みたかったんだけど……。まぁ球はいくらでもあるわ)
建物の屋根を伝い背後に回り込もうとする一団を打ち飛ばし、ルチルナは一気に前線へ割り込んだ――
狂戦士と化した仲間を前面に置き、数にものを言わせ戦線を押し上げようとするオーク達に、前線で対峙する者達の間には焦りが広がっていた。
圧倒的な数で攻め寄せ、敵味方が密集して戦うこの状況に多くの者が歯を鳴らした。
この拠点を守る者達から見れば、オークはそれほどの脅威ではない。しかし――振るう剣の軌道に、掲げた杖の先に、引き絞った弓の射線に、味方の体が割り込む……。
下に見ていた者達にジリジリと力を削られ、焦りのいろもジリジリと濃くなっていた。
口を歪め、歯を鳴らす者達の頭上を――一つ、また一つと影が通過した。
一つは外壁を飛び越え、もう一つは梯子を登りきったオークにぶつかり外へと弾き飛ばした。
(なんだ……?)
振り返ると、見覚えのある少女が居た。ピンク色とストライプ模様のゴーレムを従えた少女――
「やっと当たったわ」
打ち飛ばしたオークが侵入路の一つに当たり、満足げに微笑んだ。
ルチルナは自分を見上げる者達にチラリと目を動かし、メイメイが長く伸びた腕を振り下ろした――
咄嗟に手をかざした彼等の後ろで、オークの断末魔と共に血飛沫が上がった。
「よそ見してるヒマは無いわよ」
ルチルナは視線を戻し、悠然と歩み出した。
(暴君ルチルナ……)
ルチルナ・メイフィールド。『暴君』と呼ばれているゴーレム使い……。
その場に居た誰もが彼女を知っている。無論、悪い意味で……。
最近鳴りを潜めていたというだけで、はっきり言ってルチルナの評判は、悪い。
周囲の冒険者はもちろん衛兵達も彼女の悪評はよく知っている。だが――
今はそれが、この上なく頼もしかった。
攻撃をものともせず、先を行くランランが躍りかかるオークを叩き潰し豪快に打ち飛ばしながらズンズンと進んで行く。
オーク達の攻撃は硬いゴーレムの体には歯が立たず、パラパラと細かな石くれを散らすばかりであった。そしてその石くれは、磁石に吸い寄せられるようにゴーレムの体に戻って行く。
彼等の与たダメージは、塗られた塗料を剥がすのが精々であった。
だが、それを操るルチルナは違う。
「お嬢様! あまり出過ぎますと――」
主を諌めるローレンスの声をかき消し、周囲の冒険者と衛兵がルチルナに続いた。
「後ろは任せろ!」
「回り込ませるな!」
突出するルチルナを囲い込もうと回り込むオーク達の前で、ずらりと並んだ盾が一斉に地面を打ち叩き、鐘を打ったような低い音が幾重にも重なり響いた。
振るう剣や鎚が打ち返されるように盾に弾かれ、よろめいたオーク達を突き出された槍が容赦なく貫いた。
楔を打ち込んだように、前線が変化した――
その先頭――ズンズンとオークの群れに分け入って行くルチルナの、その心中は複雑であった。
まるで己の配下のように背に大勢を引き連れているのは心地よいのだが……。
(こう近いと打ち飛ばすのは難しいわね……。あそこを潰したいんだけど……)
壁上へ上がる道を開くには暫くかかる。それに――
侵入路から視線を滑らせ外殼塔の入り口を見つめた。
(あんな狭い所この子達じゃ入れないわ……)
壁上へ目を戻したルチルナは、外壁から簡易ゴーレムを生成しようと左目を見開いた。
(ちょっと壊すぐらい大丈夫よね)
神眼を開きかけた――その時、彼女の頭をおぞましい閃きが駆け抜けた……。
(……いけるかしら?)
口角を吊り上げ、左目を大きく開いた。
左目の虹彩に四つの瞳孔が開き、拡縮を繰り返しながら右に左にと滑るように回り始めた――
積み上げられたオークの死体の山が窪むように崩れ、絞り出すように血が吹き出した。
死体の壁が崩されたと思い、側に居たオーク達が身構えた――が、その向こうに見えた敵は動く気配がない。扉の向こうで、塔の上で、皆目を見開き微か口元を震わせていた。
ズルズルと窪みに吸い込まれるように、尚も死体の山は崩れ……むくりと何かが立ち上がった――
――死体を圧縮するように取り込みながら、悍ましい簡易ゴーレムがオーク達に襲いかかった。
振り下ろされた腕から血肉が飛び散り、潰された仲間を食らうように腕へ取り込み彼らに迫った。
仲間の死体を盾に使い、土嚢のように扱っていても、この異様な怪物が放つ恐怖には抗えなかった。
血を滴らせ、いたる所から臓物を垂れ提げた簡易ゴーレムを前に、蜘蛛の子を散らすように次々と逃走を図った。
(なんとデタラメな……)
マルコは目を瞠りルチルナを見つめた。
大きく見開かれたルチルナの左目は、警戒する小鳥のように素早く動き、まるで自らの意思を持っているかのように思えた。
(神の宿りし瞳……理をも曲げるか)
――何にせよ、好機だ。
マルコは杖を下ろし、側に控える男に指示を出した。
「体勢を立て直す。使えそうな者を集めてくれ」
歩く度に、腕を振るう度に、簡易ゴーレムから血肉が飛び散った。元が元だけに強度は低く、おろし金の上を歩くように体を形作る物が剥がれ落ちた。
(維持は難しいけど……やってみるものね)
逃げ惑うオーク達を見つめ、ルチルナは邪悪な笑みを浮かべた。
(あいつらもいけるかしら?)
――が、微かな舌打ちを漏らし、背を向けたオークを叩き潰した。さすがに生きたままは取り込めたなかったようだ……。
(これは……このような……)
邪悪な笑みを湛える主を見上げ、さしものローレンスも唇を震わせた。
神眼、石の眼。メイフィールド家が代々受け継いできた神聖な物……かつてこのような使い方をした者はあっただろうか……? いや、試みた者すらいないだろう……。
だが――
しかし……!
(輝いておりますぞ! お嬢様!!)
――その頃。東部ダンジョン中央。ラルフ。
「北からの報告が届きました。オークの襲撃のようです」
「オークの襲撃?」
ラルフは衛兵から受け取った報告に、我が目を疑った。
(約五百? 何を言っているんだ……?)
そんな大規模な襲撃……。俄には信じられない内容だ……。
だが、これが何かの間違いであるという可能性は限りなく低い。それほどの事でもない限り救援を求めたりはしない……。ラルフは改めて報告に眼を通した。
(丸に縦棒の紋様……。五百以上の規模……何処のコロニーだ?)
掻き毟りそうな程に頭を掻くラルフに、新たな報告が届けられた。
「東からです。こちらも丸に縦棒。ブリムコロニーの連中です」
「ブリム? そういうからにはブリムにあるコロニーか?」
「はい。ブリム渓谷の北に、推定三千の大規模なコロニーが確認されています」
東からの報告に眼を通したラルフは顔を上げ、衛兵に尋ねた。
「……周辺の状況は?」
「異常はありません」
「南は?」
「異常はないと」
東を見つめ、ラルフは再び報告に目を落とした。
(東に千以上……。北と東で少なくとも千五百……。コロニー総出で来たとでも言うのか……?)
そんな事があり得るのか……?
ブリム渓谷。ここから遥か北東に位置し、北の境界とも呼ばれる深く広い谷だ。その北端はエルフ領へ達する。この谷を越えると、強力なモンスターや魔獣が闊歩する死の世界となる。
ここからブリム渓谷までは真っ直ぐ進めたとしても半月はかかる。実際には多くの谷や山を越えなければならず、ちょっと道を間違えた。迷った。などでたどり着くような距離ではない。ましてこれ程の大規模な数を率いて……。
明確な意思を持って攻め寄せたと考えざるを得ない。
(どうする……。この数に対抗出来るだけの人員はすぐには用意出来ない――)
その時、梯子からひょこりと顔を覗かせた人物があった。月の光を受けた登録証が、キラリと赤い光を弾いた。
「何処に行ってたんだ!? こんな時に――」
声を荒げるラルフを遮り、彼は早口に尋ねた。
「すまない。色々と準備があってね。それより、報告は見たかい?」
「ああ」
「すぐに発つ。一緒に来てくれ」
「は? 行くって……まさか――」
ラルフが言い終えるのを待たず、彼はするりと梯子を降りた。
「おい! 待て!」
後を追い梯子を降りたラルフは、ひらりと馬に跨がった彼に駆け寄り声を張り上げた。
「おい、レイ! 待てって!」
レイに詰め寄り、ラルフは更に声を荒げた。
「大将が行ってどうする!? すぐに部隊を編成して――」
「大丈夫だよ」
「大丈夫なものか! 不在の間に何かあったらどうする! 誰が指揮を執るんだ!」
「決壊でも起こらない限り僕の出番はないよ」
すかさず反論しようとするラルフの言葉を遮り、レイは鋭く言い放った。
「何も起こらない! 決壊も起きない!」
「……根拠は?」
「各所からの報告。そして実際に見て回った上でそう判断した」
「……」
「仮に決壊が起こるとしても、今日明日ということは絶対にない。断言できる。これは君の見解とも一致すると思うのだけど、どうかな?」
何か言いかけたラルフを遮るように、馬に跨がった三人組が現れた。
ツンと澄ましたエルフの姉妹に壮年のドワーフ……レイが率いているパーティーのメンバーだ。
一行はレイの側で馬を止め、最後尾に居たドワーフの男が駆る馬から一人のギルド職員が降りた。
「お忘れ物です」
報告を届けた衛兵が、ラルフに杖を差し出した。
「君の名前は?」
「ロベルト・レンダーノです」
「ロベルト・レンダーノ。非常事態につき、君を臨時の担当官に指名する」
レイがそう言って職員の男を振り返ると、「やれやれ」とでも言いたげに男は手を上げて頷いた。どうやらこの為に連れてきたようだ。
そんなやり取りをしている間に、馬に跨がった冒険者が次々と姿を現した。いずれも黄や青のベテランばかりだ。
「この状況で、何事も起こらない場所に大きな戦力を遊ばせておく。それこそ看過できない。
無論、フェルマー卿とギルド長に部隊の編成は要請している。でも、それを待っている時間はない」
ラルフはレイに鋭い目を向けた。
「おとぎ話のように、大将が先陣切って突っ込んで行くような時代じゃねぇぞ。当然、策があるんだろうな?
いくら面子が良いといっても限界がある。力の中で最も強力なものは「数」だ。ただいたずらに突っ込んでもびくともしないぞ」
「もちろん」
チラリと向けられたレイの視線の先には、先程のエルフの姉妹の姿があった。
一人は折り畳まれた巨大な弓を背負い、もう一人は槍よりも大きな矢を背負っていた。
「指揮を執っている者だけを狙う。殲滅は本隊と合流してからだ。その時間を稼ぐ」
「……」
「本隊が間に合わない場合は、敵をザシャへ誘導する」
「正気か……?」
「ああ。この国で包囲戦に最も強い町だからね。その了承も取りつけてある。無論、これは本当に最後の手段だ」
ラルフは顔を歪め、微かな唸りを漏らして杖を引ったくった。
舌打ちを漏らし、後ろにひらりと飛び乗ったラルフにレイが尋ねた。
「後ろで良いのかい?」
「今度は振り落とすなよ……」
不機嫌に呟くラルフに、レイは口元にニヤリと笑みを浮かべて鞭を振るった。
――駆けて行く一行の背を見送り、ロベルトが側に居た衛兵に指示を出した。
「各班に伝達。引き続き警戒は最大レベルに。襲撃があった場合は信号にて伝達。速やかに撤退しダンジョンへ避難を」
「ハッ。……避難所に居る担当官には」
「何も言うな。そのまま押し込めておけ」
ロベルトと職員の男の声が見事に重なり、二人は顔を見合わせた。
職員の男はバツが悪そうに首に手を回して呟いた。
「あんなのにチョロチョロされてはかなわん……」
「ええ。全く……」
――同じ頃。ザシャ。
デールの酒場に数名の衛兵を従えたギルドの職員が駆け込んで来た。
客達の視線を集めた一行は店内を見回し、職員の男が口を開いた。
「たった今、新なオーダーが発令された。ランクは緑以上、直ちにギルドへ向かわれたし。これは指名オーダーである」
そう告げると、一行は慌ただしく店を出た。
「決壊か……?」
「ならそう言うだろ」
ざわついた店内のあちこちでそんな会話が交わされた。
店を出る冒険者の達の後を追うようにデールも表へ出た。周辺の宿や酒場から次々と冒険者が姿を現し、ギルドへと向かっていた。
(決壊が始まったのか……?)
通りを見回していたデールは、近くの宿から出てきた一団の中に馴染みの衛兵を見つけて駆け寄った。
「決壊か?」
デールの問いに、衛兵は周囲を窺い憚るように声を落とした。
「俺達も詳しくは聞いていないんだが、決壊ではないって話だ」
「じゃぁなんだ?」
「分からん……。ただ、北と東の拠点で戦闘が起こっているらしい」
そう答えた衛兵の向こうに、隊伍を組んで通りを横切る完全武装した衛兵の一団が見えた。
彼らは駆け足に広場へと進み、南北に別れた。周囲の者達が見慣れない出で立ちの衛兵を振り返り、後を追うようにざわめきが広がった。
一行は門の側で足を止め、道を塞ぐように並び数名がすぐ横の倉庫へと入った。
「捕物か……?」
その様子を眺めていたローデックは、早くも集まってきた野次馬の中にするりと割り込んだ。
大盾を手に壁のように並んだ衛兵達の隙間から、中で行われているやり取りを窺い耳を澄ました。
――ソファーにもたれ微睡んでいたエストは、階段駆け上って来る足音に眼を覚ました。素早く錫杖のような杖を引き寄せて身構えた。
「ローデックです」
声を聞き、ホッと息をついて杖を置いた。
「どうぞ」
「失礼します」
部屋に入ってきたローデックの顔を見て、エストは目を細めた。
「……何か動きがあったのかい?」
「――冒険者ギルド。そう言っていたんだね?」
ローデックの話を聞き、エストは念を押した。
「へい。確かに聞こえやした」
(決壊であれば市民への報せがある……。国家間のいざこざであれば冒険者ギルドは関知しない。ダンジョンまたはその周辺で、決壊以外の何かが起こった……)
エストはニッと口元に笑みを浮かべ、杖を手に取り素早く貫頭衣に身を包んだ。
「自治区の方の手配は終わっておりやす」
「うん。ありがとう」
エストはノブに手を掛けてローデックを振り返った。
「じゃ、暫く頼むよ」
「へい。お気をつけて」
――その頃、東の拠点。
ようやく北の外殼塔へ辿り着いたカルアの眼前に、吐き気を催す光景が広がった。
東の壁上は一面に血肉が飛び散り、血と肉の海から湧き出た怪物がオーク達を追い詰めていた。
背を向けた彼らの行く手にも新な怪物が立ち上がり、行き場を失なったオークが次々と壁を飛び降りていた。
(ゴーレム……なの?)
魔術の常識を覆す存在に、我が目を疑った。
(……これじゃまるで……死霊術じゃない)
死霊術とは、空想の産物である。長らくそう言われてきた。マリオネットと共に登場した想像上の技であると……。
しかし、第二次抗魔戦争末期にアンデットの存在が確認され、マリオネットは死霊術から派生したものだという説が一般化し、多くのゴーレム使いや人形使いが研究を行ってきた。
だが、いまもってアンデットの発生と原理は解明されていない。アンデットはおろか、死者のマリオネット化に成功した者すらいない。
現在の定説は、ゴーレムやマリオネットとの関連性はなく、ダンジョンなどの巨大な魔力の影響下で発生する現象である。というものだ。意図的にダンジョンを発生させる事が出来ないように、意図して発生させることの出来ない現象である。と……。
『神の力に、理や常識など通用せん――』
神眼について語った師匠の言葉を思い起こした。
グリグリと動くルチルナの神眼を見つめ、薄ら寒いものが背筋を抜けるのを感じた。
『魔術とは――』
立ち尽くしていたカルアは、機を逃すまいと壁上へ飛び降りる者達に押され我に返った。
怪物の脇を抜けたオーク達が倒され、取り付いた梯子が次々と押し返された。新な梯子を掛けようとする者達を、息を吹き返した塔からの攻撃が阻んだ。
壁を飛び降りたオーク達と共に、彼等の発した恐怖と動揺も壁を降りた。浮き足立ったオーク達を、ルチルナと彼女に続いた者達が蹴散らして行く――
援護しようと杖を構えたカルアの目に、向かいの塔の前で膝をつくライルの姿が見えた――
杖のように突き立てた剣にもたれ、膝をついたライルは違和感を感じていた。
(おかしい……)
時折痺れたように体が言うことを聞かなくなる。最初は腕だけだった。だが、それは徐々に全身へ広がっていた。
(……疲れではない)
顔を上げると、壁上は制圧され、二体の怪物が壁を飛び降りようとしていた。
その下では、壁際に追い詰められたオーク達が次々と狂戦士と化して最後の抵抗を試みていた。
体を開いた怪物がオーク達の上に落下し、とどめとばかりに壁上からも矢が射かけられた――
その時、周囲の意識が逸れたその一瞬を突き、素早く梯子を駆け登った一体のオークがライルの前に躍り出た。
――体を捩り、剣をかわすと同時にライルは首に狙いを定めた。
(終わりだ!)
だが――剣はするりと手を逃れ、膝は地を突いた。
(クソッ! まただ……!)
体勢を立て直したオークが再びライルの斬りかかった、その刹那――
オークの腕は明後日を向き、足を払ったように背中から地面へ倒れた。
倒れたオークにすかさず剣を突き立てたライルは、周囲に散らばった白い物体に目を留めた。
(氷……?)
顔を上げると、向かいの塔の上に杖を構えたカルアの姿が見えた。
(カルア・モーム……)
杖を下ろすカルアを見つめ、ライル微かに口元を緩めた。
その瞬間、カルアは目を見開き再び杖を構えた。
振り返ると、一体のオークが剣を振り上げていた。瞳は黒く染まり、体からは微かな湯気が漂っていた――
咄嗟に剣を合わせるも、不意を突いたその一撃はライルの手から剣を弾き飛ばした。
オークはそのまま駒のように回り、再び頭上に剣が戻った。
カルアは杖を構え、オークに定めた。だが、その射線の先にはライルの姿があった――
(ここからじゃ狙えない……避けて!)
降り下ろされる剣を見つめ、ライルは死を覚悟した。
また体の自由を奪われ、動く事が出来なかった。
(ユアン……俺も……)
ライルは目を閉じ、その時を待った……。
――不意に足下が揺らぎ、強い衝撃がライルを突き飛ばした。
仰向けに倒れ、パラパラと細かな石くれが周囲に転がる音を聞いた。
身を起こすと――、巨大な全身鎧が先程のオーク踏み潰していた。
(……レム。だったか……)
数体のオークがしがみついたままの梯子を持ち上げ、放り投げるレムを呆然と見つめた。
ルチルナも、下からその様子を見つめていた。
(あの子どうやて……まさか飛び乗ったでもいうの?)
「お嬢様!」
ローレンスの声で我に返ったルチルナは、脇を抜けて逃走を図った数体を叩き潰して目を戻した。
(まぁいいわ。とりあえずここはもう大丈夫ね)
壁際で抵抗を続ける残党を見つめ、唇を舐めた――
「<浮力!>」
カルアは自身に魔法をかけ、外殼塔から飛び上がった。
ひらりとライルの側に着地し、座り込んだままの彼を助け起こした。
「大丈夫ですか?」
「ああ、おかげさまで……。助かったよ」
そう答えたが、剣を拾ったライルはまた膝を突いた。
駆け寄ったカルアの目に、ライルの二の腕の刻まれた傷が留まった。
それ自体は大した事はないようだが、傷が根を生やしたよう幾つもの筋が延びていた。
「ライルさん……これ……」
傷を改めたライルは、感じていた違和感に合点がいった。
「……毒か」
口元を歪めて忌々しげに呟いた。
「余計な知恵を付けやがって……」
「何の毒か分かりますか?」
「いや、そこまでは……だが同じものを見た事がある」
「とにかく一旦離脱しましょう」
「そうだな……」
自力で塔を降り始めたライルだったが、塔を出る頃には一人では立ち上がる事も困難な状態になっていた。
ライルを支えながら塔を出たカルアに、ルチルナを乗せたメイメイがのしのしと歩み寄った。
ルチルナは全身に点々と返り血を付け、メイメイの半身は血に染まりどす黒い塊があちこちにこびり付いていた。
ルチルナは中央の建物をチラリと見やり、声を掛けた。
「怪我人はあそこに運んでるわ。救護所があるみたい」
そう言うとランランを呼び寄せた。
頭から浴びせたように、全身に血と肉片を纏ったランランからはポタポタと血が滴っていた。元の色はこれっぽっちも見えない。
自分を運ぼうとするランランをぼやけた視界に捉え、ライルは思った。
(贅沢を言っている場合ではないか……)
ランランに抱えられ、建物に入った所でライルの意識は途切れた。
2017/08/02再編集 2020/11/02微修正




