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マニピュレイション!  作者: 立花 葵
覚悟と戦いの記憶
46/72

 外殻塔に立っていた男の名はライル・ヴィンター。相棒はユアンというそうだ。

「緑の昇級試験の時にパーティーを組んだ。あんなに気が合う奴に会ったのは初めてで、以来ずっと組んで旅をしてきた……」


 ユアンの事、自分の事、旅先での出来事……。

 彼は寂しげな顔で森を見つめ、ぽつぽつと語った。


 拠点を囲む木々はぐるりと伐採され、森を海とするならばここは浜辺と言えそうだ。

 カルアは、所々に倒されたままの木々が残る浜辺を見つめ、ライルの話に耳を傾けた。


 森から一頭のファルムが現れ、倒れた木々を器用に飛び越えて走っていた――


 枝のような大きな角を持つ鹿によく似たこの生き物は、この世界全域に生息している。この世界において革製品と言えば、誰もが最初に思い浮かべるのがこの生き物だろう。

 肉は食用に、角や革は様々な物に加工され生活に溶け込んでいる。


 なんとなくファルムを目で追っていたカルアは、ふと何かを感じて振り返った。


(レムさん……)

 こちらへ向かって歩くレムの姿が見えた。

「どうした?」

 釣られて振り返ったライルに、カルアはレムを指差した。

「ちょっと離れすぎちゃったみたいで……。私のもう一人の相棒です」


 指された先に、こちらへ向かって歩く巨大な全身鎧(フルプレート)と、すれ違い様に物珍しそうに振り返る一団が見えた。


「なあ、ゴーレムってどうやって作るんだ?」

「私はゴーレムの事はよく分からないんです。レムさんは――『レム』って言うのはあの子の名前なんですけど、レムさんはたまたま受け継いだだけで、私が作ったわけじゃないんです」

「そうだったのか……。てっきりメイフィールドの一門なのかと思ってたよ」


『来るわよ』


 耳元で声がした。

 その瞬間――、夢の記憶が鮮明に蘇った。


『早く連れて行ってね――』


 耳元で囁かれた言葉……。

(同じ声だ)

 咄嗟に振り返ったが――少女の姿はない。

 カルアの目に映ったのは、塔から身を乗り出し堀を覗き込むライルの姿だった。


「何だ……?」

 堀を覗き込んでいたライルが呟いた。

 堀に一頭のファルムが落ちていた。壁面に体をぶつけ、右へ左へ駆け回っていた。


 間抜けな奴も居たものだと思いかけた――その時、森から次々と動物達が飛び出し、一直線に駆け抜け同じように堀へと落ちた。

 落ちずに踏みとどまった者達は左右に別れ一目散に駆けて行く――


 身を乗り出し、それを目にしたカルアの顔色が変わった。

(何かから逃げてる……)


 ライルに目を向けると、既に弓を構え矢をつがえていた。

警報(アラーム)は使えるな?」

「はい!」

 返事と同時に魔法陣を描き上げ、六つの〈警報(アラーム)〉が放射状に森へ放たれた。

 森へ吸い込まれて行く光球を見送り、ライルは弓を引き絞った。

「……」



 ――しんと静まった森を見つめ、ライルは弓を下ろした。

「……問題なさそうだな」

 そう言って、カルアを振り返った彼の顔が(にわか)に険しくなった。

 頭痛にでも堪えるように、カルアはこめかみに指を当て森を睨み付けていた。


「いくつ反応した……?」


「……全部……です」

 六つ放たれた〈警報〉。その左端は北の外殻塔の辺りまで届いていた。そして右端はこの拠点を大きく越えた場所まで飛んだのを見届けている。 

 恐ろしく巨大な何か……または集まった何かが森を埋め尽くしている……。

 常識的に考えて後者であることは明白だ。だが、それらしき者の姿は見えない。


 ライルは素早くある物を取り出した。ペンよりも一回り太く短い。スクロールを細く巻き、魔力結晶で固めた物だ。

 結晶スクロール(巻物)またはスクロール結晶と呼ばれる魔法具の一種だ。魔法を全く使えない者でも使える魔法を封じ込めた巻物だ。

「封じ込めた」という表現は適当ではないが、今は省略する。


 魔力を込めると同時に手の中でそれを折り、南へ投げた。

警報(アラーム)!〉

 呪文を送ると、スクロールから弾け飛ぶように二つの光が森へ吸い込まれた。


 間もなく……、ライルの思考に形容しがたい不快な感覚が割り込んだ。

(反応は東寄りに飛んだ一つ……。まだ完全には包囲されていない……?)


 彼の顔を見るまでもなく、カルアは状況を理解していた。いや、思い出していた。己を殺そうとする者が放つ気配――多くのそれを向けられた感覚――


 その瞬間、カルアの脳裏を先程見た光景が走り抜けた。


 レムを物珍しそうに振り返った一団……彼らの出で立ち――


(これから巡回に――)

 振り返ると、今正にその一団が門を潜ろうとしていた。


「ダメ……」


 カルアは外壁の上に飛び降り、少しでも彼らに近づこうと走った。

「ダメ! 戻って!」

 門を潜る小さな背に向かって叫んだ――しかし、日中よりは静かというだけで拠点の中は音で溢れている。声はかき消され、届かない。


 壁上を走り北の外殻塔を抜け、門を目指して北側の壁上を走った。

「出てはダメ! 戻って!!」



 ――最初に異変に気が付いたのは屋台で酒を飲んでいた者達だった。

 カルアの行動を目にし、男はグラスを置いて立ち上がった。


「旦那……?」

 訝しげに声をかける店主を無視してカルアの視線の先を振り返った。しかし、中央の建物が邪魔でその先は見えない。

 ハッ――と何かに気付いた男は弾かれたように駆け出した。


(三班目が出る頃だ……!)


 建物を躱して門を視界に納めた時、一瞬だったが門の向こうに数人の人影が見えた。

「呼び戻せ!!」

 叫ぶと同時に門へ向かって駆け出した――




 門に立つ衛兵の目が、こちらへ向かって走る男の姿を捉えた。

 振り向き様に、北側の壁上にも走る者の姿がちらりと見えた。

 男は何か叫んでいるように思えるが……はっきりとは分からない。だが、男の手振りは明らかに自分に向けられていた。


(……何だ?)

 ぼんやりと男を見つめ、到着を待った。



「――呼び戻せ!!」

 ようやく捉えた言葉と男の形相が、少し前に巡回に出発した一団に結び付いた。

 振り返ると、彼らが森を進み右に折れる様子が微かに見えた。


 咄嗟に後を追おうとした彼の肩を、先程の男が荒々しく掴んだ。

「俺が行く! どっちへいった!?」

「み、右に」


 拠点の周囲は伐採され、森の縁までは距離がある。特に西と北は広い範囲が伐採され、東と南に比べると倍以上の差がある。

 とはいえ大した距離ではない。七、八十メートルといったところだろう。


 だが、門を飛び出した男は妙な感覚に捕らわれた――


(遠い……)


 森までの道のりが、異様に長く感じた。

 森の縁が、迫りくるような圧迫感を与えながら、遠退いて行く……。見通しの良いこの場所に、恐怖を覚えた。

他人(ひと)の心配をしてる場合か……クソッ!)



 カルアが門の真横――西の外殻塔を抜けた時、巡回に出た者達の姿は見えなかった。代わりに、森に向かって走る見覚えのある男の姿が見えた。

(屋台に居た人だ……)


「レムさん!!」

 男を追ってレムが門を飛び出したのを見届け、カルアは塔へ戻り階段を駆け下りた――が、立ち止まると同時に踵を返して塔の上に登った。

(援護が必要になるかも知れない……)

 鋸壁に張り付き狭間から森の様子を窺った。


 この拠点は何者かに包囲されつつある。それが一体何なのか、どれ程の数がいるのか、それは分からない。

 本能は逃げろと言う。だが――

 背から杖を引き寄せ、森の縁に目を凝らした。


  


 ――その頃、東の外殻塔で弓を構えていたライルは思わず弓を下ろした。

「なんだこれは……」


 すぐさま向きを変え、中央の監視塔めがけて矢を放った――

 矢に叩かれた半鐘の音に驚き、側で居眠りをしていた衛兵が飛び起きた。

 東の外殻塔に立つ男が森を指差し何事か叫んでいる。

(森が……なんだ?)


 据え付けられた望遠鏡を覗き込み――、彼は我が目を疑った。

(こんな……あり得ない!!)

 しかし、それは肉眼でもはっきりと見えた。

 周囲をぐるりと見回し、側に置かれた槌を引ったくるように掴んだ。


(この半鍾は決壊を報せる物……決壊が起こったわけではない……)

 一瞬浮かんだ迷いを振り払い、大きく槌を振りかぶった――




「今日の寝床は何処なの?」

 欠伸(あくび)を噛み殺して尋ねる女に、地図を見ていた男が苦笑いで返した。

「さっき起きたばっかだろ……。もう寝床の心配かよ」

「大事な事だよ。どうせ今日も歩き回って寝るだけなんだからさ」

 そう言ってその後ろを歩く二人を振り返った。


「まぁな、遭遇が増えたって言われてもいまいちピンとこねぇよな」

「ザシャ周辺は元々警備が厳重な上に定期的に森の掃除(山狩り)もしてたらしいし、そこを基準に言われてもな」

 そう返す二人の後ろに、こちらに向かって走る人影が見えた。さらにその後ろにもそれを追うように走る大きな影が見えた。


 足を止めた女に釣られるように、二人も足を止めて後ろを振り返った。

「……なんて言ってんだ?」

 声は聞こえたが、なんと言っているのかまでは聞き取れなかった。

 足を止めた後続を振り返り、地図を見ていた男も足を止めて追ってくる人影に目を向けた。


 声を聞き取ろうと澄ました彼らの耳に、違う音が届いた。打ち鳴らされる半鍾の音が、確かに聞こえた――


「戻れ!! 引き返せ!!」


 続いてそう叫ぶ声を聞き終えるよりも先に、彼らは走り出していた。気を抜いていたとはいえ、それなりに経験を積んだ者達の反応は早かった。


「ウソだろ……!」

「……二班の連中は大丈夫なの!?」

「知るか!! 走れ!!」

 引き返してくる彼らの姿を認め、呼び戻しに向かった男も踵を返した。



 先程までとは逆に、男を追いかける彼らの前に、溢れ出した敵意が割り込んだ――


(オーク……)


 誰かの舌打ちが聞こえ、前を行く二人が剣に手をかけた。後ろに続く二人は背から弓を引き寄せ速度を落とした。


 面倒な事をされる前に片付けて先を急ごう。彼らは瞬時にそう判断した。

 半鍾の音と目の前に現れたオークを結びつけた者はなかった。たまたま前に出てきた。そんな認識だった。


『ダメよ。走りなさい』


 彼らの思考に、少女の声が割り込んだ――その瞬間、前方を塞ぐように現れた数体のオークが弾き飛ばされ、拠点で見かけた巨大な全身鎧(フルプレート)が姿を現した。


 難を逃れた一体が踊りかかるも――首を鷲掴みに棍棒でも振り回すように仲間に打ち付けられ、取り囲もうとした新手もろとも肉塊に姿を変えた。

 呆気に取られ、更に速度の落ちた彼ら目掛けて、全身鎧は拾い上げた頭部を勢いよく投げた。


『走りなさい』


 風を切り――真横を通過したそれを追って、撒き散らされた血が彼らに叩きつけられた。

 その後ろで、撃ち抜かれたスイカのように二つの頭部が爆ぜ、その勢いは後続の数体を押し倒した。




 ――外殻塔から様子を窺っていたカルアは、森から次々と飛び出してくるオークの姿を捉えた。同時に、思わず後退りそうになった体を鋸壁に押し付けた。

(こんな数……何が起こっているの……)


 オークやゴブリン、オーガといった連中は基本的に群れて行動する。人間族(ヒューマン)には程遠いが、それなりの知性も備えている。

 もし、この世界に人間族と分類されている種族が存在しなかったとしたら、彼らはこの世界で最も繁栄した種族となっていただろう。


 人間族の支配力の薄い辺境では、この連中が組織立って集落を襲うという事件が度々起きている。

 だが、それらは今カルアが目にしている光景とは比較にならない。


 まるで一国の軍隊が攻め寄せたような光景に、カルアは言葉を失った。

 胸を叩く鼓動、綿を踏んでいるような足元。壁に体を持たせ、杖を握り締めて小刻みに震える手を抑え込んだ。

(早く……急いで……!)

 門から延びる道の先を、祈るように見つめた。


「――連中はまだか?」

 不意に声が聞こえ、隣に壮年の魔術師が屈み込んだ。首に提げた登録証は黄だ。


 攻め寄せるオーク達をぐるりと見回し、冷静に尋ねる彼の様子が、小刻みに震える体に落ち着きを与えた。

「まだです」

 周囲を見回すと、搭と壁の上に衛兵と冒険者達が次々と現れ弓を構え矢をつがえた。


「お前は収容の援護に集中しろ」

 壁上に並ぶ者達を見渡し、彼は声を張り上げた。

「魔法を使える者は門の上へ! 門へ近寄らせるな! 可能な限り数を削れ! 射て!!」




 ――レムを殿(しんがり)に彼らは走った。

 ざわつく森を駆け抜け、視界が開けた。門までは百メートルもない。

 だが、彼らは顔をひきつらせた――

 開けた視界の両側に、拠点へ向けて群がる(おびただ)しい数のオーク達が映った。


 かつて目にした戦場の光景がそこに重なった――攻略地点を目指して突撃する歩兵達……。

 そこに混じって彼らの目指す場所へと向かう……悪夢のような光景だった。

 走る妨げになる荷物はことごとく捨て、全力で走った。砕けそうなほどに歯を食い縛り、見開いた目で門を捉え続けた。


 『その調子よ。広がらないで』


 レムに重なるように、彼らはほぼ一列になって走った。

 レムの背が矢や槍を弾く音に追い立てられるように、更に速度を上げた。

 何か言葉を発する余裕も、左右を見回す余裕もない。歯を食いしばり門だけを見つめた。

 しかし、拠点を目指すオークが次々と視界に割り込み、彼らに気が付いた者が向きを変え四方から押し寄せた――


 ――ふと、道を横断するように帯状の魔法陣が現れた。


 門へ導くように、一定の間隔を開けて次々と魔法陣が並んだ――

 魔法陣が目前まで迫った時、石畳もろともオークを突飛ばし、魔法陣から土壁がそそり立ち前方へ倒れ込んだ。

 倒れる壁の前に新たな壁が突き出し、押されて同じく前方に倒れ込んだ。


 次々と突き出した壁がドミノのように倒れ、オーク達を押し潰して道を開いて行く――

 門に殺到していた連中に無数の矢が降り注ぎ魔法が火柱を上げ、門へ至る道が開かれた。 


 一行は更に速度を上げ、門へ向かって突き進んだ――




 少し前――


 レムが拠点を飛び出した頃だ。

 波紋が広がるように、異常を感じ取った者達が行動を始めていた。

 外の様子を見ようと外殻塔へ向かう者、監視塔の衛兵に尋ねようと呼びかける者。周囲の雰囲気に飲まれ、外していた武器や防具を引き寄せる者……。


 状況は分からないが何かが起きている。目隠しをされたような不安と緊迫感が漂う中、


「――カン!」と響いた半鐘の音が、あらゆる音を打ち消した。


 一瞬訪れた静寂の中、何事かを叫ぶ男の声が響いた。

 多くの者が声を聞き取ろうと耳を澄ました――その時、半鐘がけたたましい叫びを上げた。


 戦う術を持たない者達は周囲の建物の中へ、衛兵と冒険者達は武器を手に壁上や門を目指して駆け出した――


 監視塔の真下。建物二階で、マルコ・ファーナーは眠りの中にあった。

 各拠点にはそれぞれそこを取り仕切る者が常駐しており、この拠点におけるそれが彼だ。


 彼はこの拠点を維持する為の物資の手配に人員の確保。更に周辺の巡回や拠点の増改築工事の指揮、その他諸々送られてくる本部からの指示を遂行するべく昼夜問わず駆け回っていた。

 全体の事とダンジョンの攻略はクラス・レッドが指揮を取っている。その補佐を行っているがラルフだ。


 マルコと補佐に当たる数名のギルド職員と領主派遣の担当官は、遅れていた工事が終わった事に胸を撫で下ろし久々に深い眠りの中に居た。

 だが、半鍾が打ち鳴らされるや否や、彼らは跳ね起き部屋を飛び出した。

 マルコは屋上へ駆け上がり、今し方監視塔から転げ落ちるように降りてきた衛兵を捕まえて尋ねた。


「決壊が始まったのか!?」

「オークだ! オークの襲撃だ!!」

 そう言って持ち場へと急ぐ衛兵の背を見つめ、彼は首を傾げた。


(……オークごときに騒いでいるのか?)

 だが、その衛兵一人ならまだしも……屋上から見えた者達は皆険しい表情を浮かべ、半鐘を叩く衛兵に至っては木槌で半鐘を叩き割ろうとしている様に思えた。


「異常事態だ。信号を上げろ」

 長い髭を絞るように掴むマルコへ、続いて監視塔を下りてきた彼と同く青い登録証身に付けた男が早口に告げた。


 この頃には、拠点へ到達したオーク達との戦闘が始まっていた。外壁に立てかけられる梯子を押し返し、矢と魔法を降らせた。

 しかし、まだ体勢の整っていない拠点の防備にはムラが多く、特に手薄な東側では梯子を登りきったオークとの斬り合いが始まっていた。


 そもそも、この拠点はこういった襲撃は想定していない。あくまで決壊に対処する為の物だ。弓や梯子を使う……魔物と分類される連中そんな知恵を持つ者はないと言って良い。


 ようやく事態を飲み込んだ彼の目に、開け放たれたままの門が目に入った。門に殺到するオーク達を大盾で押し返していた。


(何をもたもたしている!)


 屋上から身を乗り出し、建物から飛び出してきた担当官に叫んだ。

「格子を落とせ!!」

 狼狽えた様子の担当官は従えていた衛兵にすぐさま指示を出し、伝言ゲームの様に彼の言葉が門へ向かって駆け抜けた――



 門の側で――ピンと張った巨大なロープを見下ろし、斧を振りかぶる衛兵の耳にその言葉が滑り込んだ。


「――格子を落とせ!!」


 彼は外に居る者達の収容と同時に格子を落とすべく合図を待っていた。

 ……彼がもし外の様子を見る事ができていたら、指示を出したマルコがもっと状況を把握出来ていたら……混乱した状況が招いた不運な出来事だった。




 ――門前のオークが一掃され、口を開けた門の向こうに、大楯の隙間から彼らを呼び戻しに来た男が叫んでいるのが見えた。

 あと数歩……。


 黒い――、格子が割り込んだ。


 両脇から火花を散らし、腹を突く衝撃と共に彼らの前に格子が立ち塞がった。

 同時に、激突するように格子へ取り付いた彼らの叫び声が響いた――


「ウソでしょ!!」

「開けろ!!」

「開けてくれ!!」

「開けろ!!!」


 ――誰もが、彼らの収容は成功したと思っていた。

 突如現れた黒い格子――響き渡る悲痛な叫び――

 受け入れ難い現実が、彼らから時を奪った。

 外壁の上から、格子の内で、格子に取りすがる彼らを呆然と見つめた……。


「そんな……なんで……」

 道を開いたカルアは呆然と呟いた。

 その間にも、ぽっかりと空いた穴を塞ぐようにオーク達が群がって行く――


 斧を振り下ろした衛兵は斧を取り落とし、青ざめた顔で彼らを見つめた……。

「早く開けてくれ……!!」

 ぶら下がるように格子へすがり付き、彼らは膝を折り地面に崩れ落ちた。



 ――カルアは歯を鳴らし、彼らを囲む魔法陣を描くと同時にレムを動かした。

 屈み込んだレムが格子に手を掛け、石畳が砕けレムの足が沈み込んだ。

 再び門前を埋め尽くしたオーク達は武器を振りかぶり、座り込む彼らに殺到した――



 ――咄嗟に手を掲げた女は恐る恐る目を開いた。透明な壁が、殺到するオーク達を阻んでいた。

(……障壁?)

 ――その時、僅かに格子が動いた。

 軋みを上げ、少しづつ格子が持ち上げられて行く――


 しかし、早くも〈障壁〉にはヒビが走り、カルアは顔を歪ませた。

 スケルトンを相手にした時のようには行かない。パワーはスケルトンより遥かに高く、数も桁が違う。

 


「撃て!! 押し返せ!!」

 声と同時に、火だるまになった数体が障壁を離れ、乾いた破裂音が連続して響き渡った。

 連続した衝撃波が殺到するオーク達を押し倒し、呆然としていた者達に時が戻った。


 カルアの張った障壁の前後に二重三重と新たな障壁が張られ、一斉に降り注いだ矢と魔法の雨は、格子が落とされる前よりも苛烈なものであった。

 格子の前に居た者達は盾を捨て、一斉に格子に取り付いた。



 ――ついに、取り残されていた者達が引きずられるように拠点の中へ転がり込み、レムの後ろで再び格子が落ちた。


「門を閉めろ!!」

 幾つもの叫び声が上がり、巨大な門扉が閉じられ(かんぬき)が差し込まれた。

 からくも拠点へ逃げ込む事に成功した四人はへたり込み、肩で息を切り呆然と門を見つめた。



 ――九死に一生を得た者の反応は様々だ。

 何も変わらぬ者、何かを悟る者、廃人の如くなってしまう者……

 彼らは――


 思い出したように体が熱を持ち、全身から汗が吹き出した。

 乱暴に顔の汗を拭い、振り返った女が声を張り上げた。


「テメェ!!」

 行き違いから格子を落とした衛兵に掴みかかった。

 同時に、割り込んだ男が衛兵の胸ぐらを掴み拳を振り上げた――


「止めろ!!」

 振り返ると、へたり込んでいた男が鋭い目を向けて立ち上がった。

「止めろ」

 もう一度そう言い、隣でへたり込んだまま放心している男を立たせた。

 彼は呼吸を整え、顔の汗を拭いながら弓を手に外殻塔へ向けて歩き出した。

 ……衛兵に掴み掛かっていた二人は舌打ちを漏らし、手を放してその後を追った。


 カルアはホッと息をつき、東側に目を向けた。

 東側の守りは薄く、多数のオークが侵入していた。仲間の死体を盾に使い、壁上で侵入路を維持する数体と、そこから吐き出されるように新手が壁を飛び降りていた。


(ライルさん……)

 カルアは搭を飛び降り壁上を東に走った。



 ――監視塔の向こうに、外殻搭から盛んに矢を射かけるライルの姿が見えた。

(良かった……)

 ライルの安否を確認したカルアは、ルチルナとローレンスの姿を求めて目まぐる視線を走らせた。


 彼女達の使う宿舎は北の外殻搭の側にある。東の外壁は目と鼻の先だ。異変にはとっくに気が付いているはずだ――しかし、姿は見えない。

(まさかまだ寝て――)


 その時、北の空で黄色い光が瞬いた。


 光を放つ球体がゆっくりと落ちて行く……。

「北も襲撃を受けてるのか……?」

 立ち止まったカルアの耳にそんな言葉が届いた。

(北の拠点……)


 リン、アイク、カールが向かった拠点だ。


 後を追うように今度は赤い光が瞬いた――

 カルアは再び走り出した。


(どうか……無事で……!)


 彼らの事は心配だ。だが、それは後だ。彼らの無事を祈りながら、壁上を走った――




 降ってきた何かに押し潰されるように、一体のオークが倒れた。頭には剣が突き立てられ、口からその切っ先が吐き出されていた。

 崩れ落ちたオークの頭を踏みつけ、ライルは突き立てられた剣に手をかけた。


 相棒(ユアン)が帰って来ない理由が分かった。

 どのような最後を遂げたのかも――


(こいつらが……。こんな連中に……!!)

 荒々しく剣を引き抜き、言葉にならない叫びを上げて搭に群がるオークを次々と斬り倒した――



 その下で……あの屋台の店主が荷造りをしていた。

 すぐ後ろの壁からオーク達が降ってくる中、彼は高価な物を箱に仕舞い、売り上げの詰まった袋を詰めてよたよたと走り出した。

 他の者達はとっくに避難しており、次々と駆けつける衛兵や冒険者達とぶつかりながら目についた建物を目指した。


(あまり丈夫そうじゃないけど……一先ずあの中に)


 扉が目前まで迫った時、外壁から屋根に飛び乗ったオークが男の前に飛び降りた――

 目は黒く染まり、全身の筋肉が不自然に隆起していた。

 涎を垂らし、異様な雄叫びを上げ狂ったように両手に持った剣を振り回した。


 剣と呼ぶにはあまりにも切れ味の悪い板だが、突きかけられた槍をへし折り、衛兵の盾を押し潰した。刺さったままの槍を意に介さず、取り囲んだ衛兵達を次々と弾き飛ばした。

 よく見ると、体には槍だけでなく無数の矢も刺さっていた。

 

狂戦士(バーサーカー)……)


 痛みを麻痺させ異常な興奮状態を作り、自らを死兵に変える……。

 一度発動させるともう元に戻る事は出来ない。オークの持つ捨て身の攻撃手段だ。動くものに見境なく襲いかかり死ぬまで暴れ続ける。

 数名を捨て駒に使い、疲弊したところを攻める。彼らの常套手段だ。


 オークの注意が衛兵達に向いた隙に、男は脇をすり抜け建物へたどり着いた。

 箱を抱えたまま、辛うじて扉に指をかけた。


(あと少し……)


 その時、背に迫ったオークが男に斬りかかった――


 間一髪、その一撃はかわしたものの……男はバランスを崩し、抱えていた箱に押し潰されるように尻餅をついた。

 顔を寄せたオークの涎が胸元へ滴り、黒い瞳に引きつった己の顔を見た。


 体から微かな湯気を昇らせ、仰け反る様に雄叫びを上げたオークが剣を降り下ろした。

 飛び散った涎と降り下ろされる剣が男に迫った。その刹那――


 建物の壁をぶち抜いたピンク色の物体が、薙ぎ払うようにオークを打ち飛ばした。


 オークの体は宙を舞い、数回バウンドして地面に転がった……。腕や体をあらぬ方向へねじ曲げ、もつれた操り人形のようだった。

 放心する男の横で――バリバリと壁を破壊する音と共に、いつの間にか真横に迫っていたオークを青白ストライプの物体がぐちゃりと潰した……。


 危機が去り、呆然とする男を燕尾服を着た見覚えのある老紳士が助け起こした。

「お怪我はございませんか?」

(昨日店に……)


「……は、はい……」

「お早く避難を」

 そう声をかける老紳士の後ろに、暗がりに溶け込むように佇む黒いワンピースを着た人物が見えた。


 闇に浮かぶ銀色の髪――フリルから覗く白と赤のレースが目を惹いた。

 何かを殴る為の物と思われる鋲付きのグローブ……やたらつま先が丈夫そうなブーツ……。

 一度見たら忘れられない妙な出で立ちのゴーレム――


(『暴君』ルチルナ……)


 邪悪な笑みを浮かべ、暗がりからゆっくりと歩み出た彼女の背に、男は後光を見た思いがした。


 ギラギラと輝く瞳にオーク達を映し、彼女は口角を吊り上げた。

「待ってたのよ……。あなた達――」

2017/6/7マルコ、髭 2017/08/02再編集 2020/11/02微修正

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