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マニピュレイション!  作者: 立花 葵
志と野望
43/72

ジークの野望4 2/2

 俺は五年ぶりの我が家へ帰り、ふて寝をする以外に為す術なかった。

(アルマスも何か噛んでいるようだが……あいつは何をしたんだ? サルナに色々と吹き込んだのはあいつか?)


 ……なんてな。「真面目」に羽根を付けて服を着せたものがアルマスだ。ありえない。

 だが、この件に関与している事は間違い無い……。

(あいつは何をした?)


 身を起こし、外へ出た。とっくに日は沈み、空には月が輝いていた。

 地上で見る月よりも鮮明に、大きく見える気がする――


 家を離れ、月を眺めながら里をぶらぶらと歩いた。家々から淡い光が溢れ、木々が光を実らせているように思えた。


 クロウラーの登場は、里における魔力結晶の価値も大きく引き下げた。

 石板に光の魔法陣を彫り込み、魔力結晶を用いて光の魔法を継続的に発現させる。繰り返し使えるスクロール――魔法具だ。

 滅多に使われる事のなかったこの魔法具が、今は各家庭で当たり前のように使われるようになった。

 ――ふと、行く手にアルマスが舞い降りた。


「散歩か?」

「……この件にお前がどう関わってるのかと考えていたんだ」




 ――月明かりの元、アルマスと当てもなくぷらぷらと歩いた。

 ふと、足を止めたアルマスが家々から溢れる光を見つめて呟いた。

「お前がもたらした変化だ」


 そう言うと、身に付けている服を摘まんでみせた。

「これもな」

「……持ち込むべきではなかったか?」

「そういう意味ではない」


 再び歩き始めたアルマスは、続いて歩き出した俺に尋ねた。

「初めて会った時の事を覚えているか?」

「……ああ」


「いきなり里に住まわせろと食いついてきた……。あの時、本当は長老に掛け合う気などなかった。適当にあしらって無視しようと思っていたのだがな……」

「ふうん……。何でまた気が変わったんだ?」


「お前が両親を説得しに行っている間、ババムからお前の事を色々と聞かされた。あの寡黙な男が、あれほど長く口を聞くのは初めて見た」

「ババムが……」


「お前はまるで――生まれ落ちた瞬間から、己の行くべき所を知っており、そこへ向かってひたすら走り続けているように思えてな……。更には誰に教わるでもなく呪言を会得した」

「……」


「そしてお前は、掟に厳格なエルフに掟を曲げさせた」

「それをやったのは親父だ。俺ではない」

「いや、お前だ。お前の父は、お前の為に掟を曲げさせたのだ。お前が言い出さなければそんな事はしなかっただろう?」


「それは……そうかもしれんが……。結局何が言いたいんだ?」

「私は、お前が何か途方もないもの背負っているように思えたのだ」

(大袈裟な。俺は自分の人生以外背負っているつもりはない……)


「そんなお前の訪問に合わせるように誕生したサルナが、お前に寄り添おうとする様を見ているとな……お前が背負っているものを、サルナも背負っているように思えてな……」

「……そう、長老に言ったのか?」

 アルマスはバツが悪そうに口元を緩めた。


「長老もサルナの両親も、口にこそしなかっただけで似たような事を考えていたらしい。まあ……、私が口にのぼせなかったら、こうはならなかったかもしれん」

 俺は大きくため息をついた。

(そりゃ、歩く真面目がそんな事を言えばな……)



 ――翌朝、再び旅立つ俺達を里の者達が総出で見送りに出た。

 それぞれと別れを済ませ、最後にアルマスと向き合った。


「まだ納得していないか?」

「分かるか?」

「お前は機嫌が悪いとすぐ顔に出る」

「そうか、以後気を付けよう」

「お前の家は残しておく」


「そりゃ、また……。サルナと一緒に居なければ、俺は家にも帰れんのか」

 肩を竦める俺に、アルマスは手を差し出した。

「……それもサルナが?」

「地上ではこうするのだとな」

 アルマスと握手を交わし、籠に乗り込んだ。


 何時になくご機嫌な様子で飛び立ったサルナへ、俺は一つ約束をさせた。

「サルナ。一つだけ約束してくれ。もし、俺が本気で帰れと言った時は、絶対に従ってくれ」


「……」

「分かったな?」

「……」

「分かったのなら返事をしろ!」

「……はい」

「よろしい……」



 ◆



 予定地へ戻ると、既に森を拓き始めていた。

 近くの木陰で、モーゼルがボーダレスな額の汗を拭いながら地面に魔法陣らしきものを書いていた。

「もう始めていたのか」


「おお……、戻ったか」

 モーゼルはホッと息をつき、すぐに顔を戻した。

「当面の食料などは確保したが、食い尽くす前に自給自足出来るようにならねばならんからの。もたもたしておれんわい。

 金も殆ど使ってしもうたからのう……道具も予備が尽きる前に自前で調達できるようにならねばならん」


 周囲を見回し、モーゼルの集めた者達を眺めた。予想に反し男が多い。

 即席の炉で鍛治仕事をしている男が一人と、数人の女達が食事の支度をしていた。他は森の開墾に従事しているようだ。

こいつ(モーゼル)は結構真面目にやっていたんだな……)


 シルンとサヒルは既に到着しており、事も無げに木を引き抜き巨大な岩を持ち上げる様を、周囲の連中がポカンと眺めていた。

(図体がでかい分移動速度も早いな……)


「あれは素晴らしいのう。……お主の弟子じゃと言うておったが?」

「そういう条件で借り受けた。このまま定住するかはあの二人次第だ」

「ふむ。歩く道場らしい条件じゃの」

(歩く道場か……、確かに。雰囲気は正に道場だったな……)


「……結構集めたな。これで全てか?」

「今日か明日にはもう一陣到着するが……、そっちは数に入れん方がいい」

「どういう事だ?」

「まぁ……見れば分かる」 

 切れの悪い返事を返したが、やましい様子はなかった。


「ふうん……。で、そいつは何だ?」

 地面に書かれた四角い枠のような魔法陣を指すと、モーゼルは手をかざし別の場所に魔法陣を描いた。


〈穴〉(カウス)


 枠の中の土がもこもこと押し出され、四角い穴が開いた。

「よし、上手くいった」

「お~。流石だな」


「丸いのはもう作ったからのう、当分はこの二つでなんとかなるじゃろ。改良すべき所だらけじゃが……そこまでは手が回らん。一先ずこれも覚えさせねばならんからのう」

(これ「も」?)


「もしかして……教えたりしているのか?」

「丸は何人かに覚えさせた。あとでこれも覚えさせる」

 ふと、モーゼルは何か思い出したように尋ねた。

「お主、呪言でパパッと紙を作れんか? あと、魔力結晶を作れたりはせんか? このスクロールを大量に作れれば、もっと効率的に進められるのじゃが……」


(一体どうしたんだ……? てっきりタダで入り浸れる娼館でも作るつもりで話に乗ったのかと思っていたのだが……)


 ぽかんとする俺を、モーゼルは不思議そうに見つめた。

「なんじゃ?」

「いや……、なんでもない。少し時間がかかるが、どちらも手に入るようになる」

 そう言ってサルナに目を向けると、サルナは籠からクロウラーを抱え上げた。


「お主……正気か?」

 モーゼルは目を剥いてクロウラーと俺を交互に見つめた。


「大丈夫だ。あれで成体だ。ドラゴンフライにはならない」

「……本当か? 聞いた事もないぞ……」

「安全性は保証する。俺の服もサルナの服も、あいつが出す糸から作った物だ」

 サルナはクロウラーを籠に戻し、小さな糸玉を拾い上げてモーゼルの手に落とした。


「私は何をすれば良いですか?」

「空からこの一帯の様子を見てきてもらえるか? 詳細な地図が欲しい。それと、近づいてくる者があれば知らせてくれ」


 ――しばらくの間、モーゼルは糸玉を摘まみ上げて訝しげに眺めていた。

「そう心配するな。いずれ分かる」




 やがて日が沈み――

 働いていた者達は、突き立てた柱に板を立てかけただけの簡素な寝床に横たわった。あの中途半端な小屋は解体してこれになったらしい。

 日が沈んでからそれほど経っていないが、皆早くも眠りに落ちつつあった。その顔はどれも(やつ)れ、疲れ切っていた。


 焚き火を前に、モーゼルと今後の方針を話合っているとサルナが戻った。

「遅かったな」

「ジーク。傭兵らしき者を前後に置いた一団がこちらに向かっています」

「たぶん護送を頼んだ連中じゃ」


「傭兵を雇ったのか?」

「案ずるな。信用できる連中じゃ」

「なら良いが……」



 一時程が過ぎ――森の中にチカチカと点滅する灯りが見えた。

 それに応えるように、モーゼルは焚き火の中から火の付いた薪を拾い上げ、大きく振って見せた。

 光は点滅を止め、森からランプを手にした傭兵らしき者達が姿を現した。その後ろに、ぞろぞろと小さな影が続いた――


(……子供?)


 それに混じり、一つだけ大きな影が微かに見えた。

「見つける事の出来た者ぐらいはな……」

 そう言ってモーゼルは寝床で眠る者達に目を向けた。

「物理的な労働力にはならんが……、効率は上がるじゃろ」


 数名の傭兵に挟まれ、十名ほどの子供達がやってきた。恐怖に満ちた目を伏せ、濃い疲れを纏っていた。

 先頭を歩いていた傭兵の男がチラリとモーゼルを窺い、俺に視線を移した。


「もしかして……こちらが?」

「うむ。この男がお主らの雇い主じゃ」

「ダレン・ウォーカーといいます」

「ジーク・ヴァルニだ」

 差し出された手を取り、目配せをしてダレンを促した。

「早いとこ引き合わせてやれ」

 

 大きく頷き返し、ダレンとその手下(てか)の者達が子供達を親達の元へと導いた。

 再会を喜ぶ者達を見つめているモーゼルに、俺は正直な疑問をぶつけた。


「正直に言うとな……。お前はタダで入り浸れるお前好みの娼館などを作る為だけ(・・)にこの話に乗ったのだと思っていたんだがな……。一体どうしたんだ? お前はこんな奴だったか?」


「お主には言われたくないわ。……無論、事が成った暁には期待しておるぞ」

「ギースはそんなにクズな奴だったか?」

「自覚がないとは尚更タチが悪いのう」

(多少クズい振る舞いをしていたとはおもうが――そんなにか……?)


「……」

 暫くギースの記憶を掘り起こしていたが、向き直って森の淵にポツンと佇む影に声をかけた。


「それで……お前は一体何をしているんだ?」


 ――ゆっくりと近づいてきた影を、焚き火の灯りが照らし出した。

 問いかけには答えず、傷付いた獣族の女が鋭い目で俺を睨んだ。


「なんじゃそいつは?」

 首をかしげるモーゼルへ、戻ってきたダレンが答えた。

「あの子らを受け取りに行ったら、店先に繋がれてまして。店主の話だとヴァルネで捕まえたと……。なもんで、一応買い取ったんですが……」


「なるほどのう……」

「言葉が分からないようで……ずっとあの調子で」

(それは無い。断言できる)

 こいつに限って言葉が分からないなんて事はありえない。なぜなら――


 こいつは、以前ヴァルネで見かけた『はぐれ』だ。


 黒い毛色に少し欠けた耳と目元の古傷……間違いない。

「大人しく付いて来たのか?」

「ええ。暴れるようならそのまま逃がしてしまおうかと思ってたんですが……大人しいもんで」


(一体何を企んでいる? 傷を負っているとはいえ、手枷も足枷もなくノコノコ付いて来ただと?)

 獣族の言葉で再び問いかけた。


『なぜ逃げなかった? 傷を負っているとはいえ、こいつらを蹴散らすぐらいはできただろう? 何を企んでいる?』

『……』

『そもそもあそこの住人でもないお前がなぜ捕まった?』

『…………あたしらを買ったのはあんたか?』

『だったらどうなんだ?』


 ――しばらくの間、彼女は共に連れてこられた子供達を眺め、諦めたように語り始めた。

『あたしはあそこが気に入ってたんだ……』


 彼女は身を震わせ、布を巻き付けた両手をじっと見つめた。

『あの日…………。逃げた後ずっと後悔していた……。はぐれになったことまで後悔した……だから、占領された町に戻って…………』


 身を震わせながら語る彼女の目は、自責と怒りに満ちていた。

『消えないんだ…………見知った連中が殺されて行く光景が――あの光景が消えないんだ! ずっと目に中に残っている……』


(敵討ちに行って、返り討ちか……)

『せめて……あたしらを買った奴の首を食千切ってやろうと思って……』

 両手に巻かれた布を剥ぎ取ると、モーゼルとダレンは思わず顔を(しか)めた。


 ――彼女の手は全ての指を落とされ、手のひらだけが残っていた。


 膿んだ傷口から黒い血が滴り、悪臭が漂った。

『やってみるか?』

『……指が全部あっても……多分あんたには敵わない。そのぐらいは分かるよ……』

 そう言った彼女の目は鋭さを失い――ぽっきりと折れてしまったように、みるみると覇気が失われていった……。


(出来るだろうか……?)

 いや、魔法――魔力に不可能はない……はずだ。


『指は持っていたりするか?』

『……犬に食わせるのを見せられた』

 彼女の頭にそっと手を置いた。

『手をイメージしろ。まだ指があった時の手を強く思い出せ』

『……?』

『いいからやれ』


(イメージを読み取って……)


 俺の記憶にはない映像が、頭の中に流れ込んだ――

 屈強な男達に取り押さえられ、踏みつけられた手首。

 へし折られ、潰され、ねじ切られてゆく指――

 滲む視界が引き回され――斜めに落ちた視界にそれを貪り食う痩せこけた犬が映った。

 その向こうに――瓶から酒を(あお)り、ニタニタと笑う男が見えた――


『……これではない。こうなる前を思い出せ』


 ――強い日差しに目が眩んだ。

 日にかざした、逞しくも美しい指――

 同時に、彼女の手に透けたそれがぼんやりと浮かび上がった。

(やはり……、魔力に――魔法に不可能はない!)

 見えたイメージを固め、彼女の手へ解き放った――


 ぼけたピントを合わせるように――彼女の手に指が戻った。


『指が……あたしの……、指……』

「どうなってんだ……?」

 半開きの口でそう溢し、彼女とダレンは目を剥いて復元された手を呆然と見つめた。


 二人の視界の外で――モーゼルは周囲に悟られぬよう、よろめきかけた俺の背を支えた。

「魔力切れか?」

 二人に聞こえぬよう、モーゼルが声を潜めて尋ねた。

「ヤバイ……意識が飛びそうだ……」


「もうちっと我慢せい! ここでひっくり返ったら台無しじゃ!」

「ああ……い、いや……ダメだ……無理だ……」

「もたれかかるな! もう少しじゃ!」

 そう言って俺の背をつねり上げた。


「き……、金貨を、何枚か……」

 モーゼルが数枚の金貨を手に押し付けたが、手に力が入らず彼女の前に転げ落ちた。

 それに反応し、顔を上げた彼女に精一杯の平静と余裕を装い、気力を振り絞った。


「お前に仕事を頼みたい」

「……」

「今、入植者を募っている。是非とも獣族を迎え入れたい。仲間達を勧誘してきてもらえんか?」

「……あたしらは他種族に混じって暮らしたりはしない。無駄だよ」


「そんな事は分かっている」

「……それじゃ、あたしを開放するって言ってるのと同じじゃないか」

「好きにしろ。そいつは餞別とも路銀とも好きなように解釈しろ」


 暫くの間、彼女は地面に散らばった金貨を見つめていたが――素早い動きで数枚拾うと森の中に飛び込んで行った。


「あいつ話せたのかよ……。礼ぐらい言えよ」

 そう溢したダレンが振り返って尋ねた。

「いいんですか?」

 ここから先は、俺は全く覚えていない。


 モーゼルの話によると、俺は「構わん」と返したそうだ。

 翌朝目覚めたら籠の中でクロウラーと一緒に寝ていた。モーゼルがダレンの気を逸らしている間に自力で籠まで行ったらしい。


 顔に乗ったクロウラーを退かし、体に絡まった糸を払って起き上がった。まだ日は出ておらず、朝靄が立ち込めていた。

 俺は籠から小さな糸玉を拾い上げ、糸を紡いで布に織り上げた。


 魔力の消費量について分かってきた事がある。魔法とは、面倒な過程をすっ飛ばして結果を取り出せる便利なもの。

 そのすっ飛ばした過程が何かで魔力の消費量が大きく変わるようだ。ただその変動が、物理的な手間を省くと少なく時間的なものだと多い。というような関係性がイマイチ見えない。

 この辺を解明できればもっと魔力を効率よく使えるのだが……。


 例えば今作った布は、糸玉からいきなり布にするより一度糸にしてから布へと仕上げた方が消費は少ないように感じる。こういう分かりやすいものばかりなら良いのだが……。


 昨夜の、獣族の女の指を再生させたのが良い例だ。あれは再生させたのか、コピーしたのか、はたまた時間を巻き戻したのか……俺にもよく分からない。

 ハッキリしている事は、俺は魔力の総量をもっともっと増やす必要がある。という事だけだ。



 日の出を待ち、モーゼルが連れてきた者達を全員集めた。

 皆疲れた顔をしているが、昨夜肉親と再会できた者達は幾分か生気が戻っているように感じた。

 しかし、その視線は木箱の上に立つ俺ではなく、隣に立つサルナへと注がれていた。


(そりゃそうか……)

 昨日は到着してすぐ、サルナは上空からの調査と偵察に向かい戻ったのは皆が寝た後だ。

 咳払いをし、視線を戻した彼らに尋ねた。


「ヴァルネの住民だった者は手を上げろ」

(――八割ぐらいか?)

「ジーク・ヴァルニだ。お前達を買った者だ」

 彼らを見渡し、言葉を続けた。


「ヴァルネは滅んだ。破壊され、何もかも根こそぎ奪われた。

 お前達の両親が、祖父母が切り拓いた故郷はもう存在しない! お前達が故郷と呼べる場所は何処にもない! 自身の命ですら、もうお前達の物ではなくなった。

 お前達は……、俺の所有物として辛うじてこの世界に留まった!」


 俺の言葉に、モーゼルとダレンは眉を(ひそ)めた。


「……もう一度だ。かつて――お前達の祖父母が、両親がやったように、己を買い戻し、自身が、その子孫が、故郷と言える場所を拓き踏み留まれ!!

 機会は用意した。以上だ」



 ――サルナは地図造りの続きを、俺とモーゼルは開墾作業の様子を眺めた。

 作業を始めた面々は、昨日より幾らか動きが良くなっているように思えた。

(多少は効果はあったか? それとも子供達の影響か……)


 作業の様子を眺めていると、何か尋ねたそうにダレンが寄ってきた。

「あの、大将……」 

「村長と呼べ」

「……村長。はなんでまたヴァルネにこだわったんです?」


「俺は全ての人間族を集めようと思っている。ヴァルネは他に比べてそういった事への抵抗が低いように見受けられたからな」

「なるほど……」


「……俺はあの町に住む予定だったんだ……。ところで――お前達とはどういう契約になっているんだ? 昨日は早々に寝てしまったからな……」

「ああ……、ここの警備って事になってるんですが……オレらは雇われたというか、入植希望者でして」


 ダレンとその手下の者達は、食い詰めて傭兵になったというようには見えない。武器の扱いやその立ち振る舞いからは豊富な経験を積んだ者達である事が見て取れた。


「なんでまたここを選んだんだ? お前達なら、何処ででもやっていけたんじゃないか?」

「……オレらの、所謂(いわゆる)お得意様はヴァルネだったんですよ。あの町には随分世話になったもので……」

「ふうん……。それで?」


「ヴァルネが落とされた直後に、ある方の救出を頼まれたんです。でも、エナンの連中にはバレてたみたいで……仲間を半分失いました」

 そう言うとダレンは首に手を当てて見せた。

「ここに金貨が十枚ぶら下がってんですよ。あいつらの首にも五枚~三枚」

 そう言って手下の者達を見回した。


「なもんで、奴等の手が届かない北部へ行こうとしていた時に、モーゼルさんに出会いまして。

 オレらは、あの町からの最後の依頼を全う出来ませんでした。だから、せめて……」

「そうか……。当分はモンスターへの警戒を厳に頼む。森へ入る者があれば護衛に付いてくれ」


「分かりました。……ところで。昨日のあれはどうやったんです?」

「ああ、あの事は――」

「モーゼルさんから他言無用って釘を刺されてますんで、言いふらしたりする気はないんですけど……」


「あれは勝手に生えてきたんだ」

「勝手に……。そ、そうですね。そうでした」

 何かを察知したダレンは慌てた様子で取り繕い、いそいそと戻って行った。

(今度からは偽装の魔法陣を書いておかないとな……)


 さて――、忙しくなるな。だがその前に……


「モーゼル」


「なんじゃ?」

「子供達に読み書きと魔法を教えてやってくれ。開発が安定してきたら大人達にも魔法を教えてくれ。魔法が向かない者は俺の方に。剣と弓を教える。

 軍備は常に優先度を高く置く。今後そのつもりで進めてくれ」

「承知した」


「それと――」

 朝から作っていた物をモーゼルに渡した。

 飛行帽と溶接ゴーグルを一体化させたような帽子だ。今朝作った布と、ドワーフの国で買った革と赤い硝子板で作った物だ。


「それを被ってみろ」

「何か意味があるのか?」

 訝しげに帽子を被り、水桶に顔を映してモーゼルは首を傾げた。


「異世界の魔術師は皆それを被っている」

「本当か?」

「ああ。それにしてもよく似合う……流石だな。ここまで似合うとは――想像以上だ。きっと人気者になれる」

「そ、そうか?」

「大魔術師――いや、大賢者といった感じがするな」

 モーゼルは顎に手を当て、水桶に映る顔を得意気に動かした。


(これでこいつの視線をどうにかしろという苦情が来る事はあるまい……)



 ◆



 時は流れ――瞬く間に数年が過ぎた。

 難民キャンプの様相はなくなり、周囲の森は里山という趣を持つようになってきた。


 食料の確保も安定し、次代を担う子供達も次々と誕生している。

 更に嬉しい事に、以前ドワーフの国に置いてきた地図を手に、二組のドワーフの家族が移り住んできた。

 彼らには主に山での採掘と、もしもの時の脱出路の建設を指揮してもらっている。


 クロウラーも順調に数を増やし、布を売りに行くキャラバンが入植希望者や商人を村に呼び込んだ。

 この調子で行けば、町と名乗る日もそう遠くない。

 村を見渡せる斜面に自宅を構え、テラスに座って開発の進む村の様子をにまにまと眺めていた――


 そんなある日の事だ。


 モーゼルの娼館誘致の具申を聞き流しつつ、子供達を肩に乗せて歩き回るシルンとサヒル、その側で籠に乗せろともみくちゃにされるサルナをぼんやりと眺めていた。


 俺の後ろでは四つの精製魔法が休むことなく何かしらの物質を精製していた。見習いの鍛冶師がそこへ鉱石やらをくべ、精製された物を拾い集めている。魔力の総量を上げるため、空いた時間は常にこうして過ごしている。

 魔力不足からくる気だるさと眠気が心地良く、ついついこのまま眠ってしまいたくなる……。


「のう……。聞いておるのか?」

「もう少し待て。せめて町と呼べるものになってからだ。今はそういう欲をテキトーに処理出来る場所を作るのは困る。産めや増やせや、もっと増えてもらわんとな」


「それはそうじゃが……」

「村の中でパートナーを見つけてみたらどうだ? 先生、先生と、子供から大人まで結構慕われてるじゃないか。一人ぐらい落とせそうな女は居ないのか?」


「無理じゃ……。ワシを先生と呼ぶ連中は誰もワシを雄としては見とらんわい……。それに……」

「ふうん……?」


「そりゃ、慕われるのは嬉しいぞ。ただ……痛いんじゃ。ワシを先生と呼ぶ連中のあの目が痛いんじゃ……。特に子供達のあの無垢な瞳で見つめられると、なにかこう……心をえぐられておる気分じゃ……。


 あの視線に囲まれておると、素晴らしい尻や乳を目の前にしながら、触る事も口説く事もできん……。最近は目を合わす事も出来なくなってしもうたわい……。もうこれ無しでは外も歩けん……」

 そう言ってモーゼルは例の帽子を深く被り直した。


「……ま、ともかく。誘致するなら今は娼館より神殿だ」

「それができれば国なぞあっという間に作れるわ」

「ん? 神殿に詳しいのか?」

「……そうか、ギースの頃には無いものじゃったな」

「ああ。俺が神殿と龍神教の存在を知ったのはお前と再会するほんの少し前だ」


「神殿を建てるには、その地に龍の涙と呼ばれるもが眠っている必要がある。

 龍の涙は非常に希少なものらしくての、そうそう都合よく転がっているものではないそうじゃ」


「ふうん……。そもそも龍の涙とはなんなんだ? 成長すると聞いたが……」

「そのまま意味か、比喩的なものなのかは分からん。ワシも泉を直接見た事はない。じゃが……」

「が……?」


「『龍の涙』あれは血の泉じゃ」

「血の泉?」

「お主は不思議に思わなかったか? 何故神殿だけが侵攻を受けないのか、なぜ無慈悲に略奪をする連中が神殿や信徒は見えてすらいないかのように無視するのか」

「何かからくりがあるのか?」


「神殿は強力な二つの結界に守られている。一つは敵意を持った者を完璧に排除する結界」

「そんなに強力なのか?」

「神殿は一度として奪われた事はない。それが答じゃ」

「ふうん……」


「氷に閉じ込めるものであったり焼き尽くしてしまうものであったりと、神殿によってまちまちのようじゃ。

 それそのものはそう難しくはないんじゃがな……。分からんのは、敵意を持った者というのをどうやって選別し、そして素早く確実に狙い撃つのか……そこは分からず終いじゃ」


「……その仕組みについては目星がつく」

「本当か?」

「ああ、今度教えてやる。で、もう一つの結界とはなんだ?」


「外からは絶対に落とせぬ城を、お主なら――ギースならどう攻めた?」

「……人質を取り、開門を迫る。もしくはそれを使って内側から崩壊させる」

「連中は……目の前で信徒や住民がどんなに惨たらしい拷問を受けようとも、殺されようとも決して屈しない。

 長い年月と(おびただ)しい血を流し、世界に覚えさせたのじゃ……」


(なるほど……)

「血の結界か……」

 ヴァルネの神殿で会った、あの凛とした女性信徒の姿を思い起こした。

 あの力強い瞳が、龍神教のその強固な意を体現していたように思えた。



「先生ー!」

 不意に声が聞こえ、ぺたぺたと幼い姉妹がモーゼルに駆け寄ってきた。姉妹は顔を見合せると、得意気に魔法を使って見せた。

「おお! 素晴らしい! その調子じゃ」


 モーゼルが頭を撫でると、姉妹は嬉しげに顔を見合せぺたぺたとサルナの籠を待つ列へと走って行った。

「モテるじゃないか」

「フン、子供に興味はないわい」

 そう言うと、モーゼルは深いため息をついた。


「……ああ、これを脱ぎ捨て、己をさらけ出せる場所が欲しい……」

「……」

「欲望のままに過ごせる場所が欲しい……ワシにはその場所が必要じゃ……」

「……」


「のう、ジーク。何とかならんのか……」

(そう言われてもな……その調子で真面目にやっていればそのうち一人ぐらい――)

「…………異世界の物語に登場する男なのだが」

「……?」

「光源氏という者が居てだな――」


 


「――て、天才か其奴は!? ……なぜ今まで気が付かなんだ。無いのなら作れば良い……居らぬのなら産み出せばよい!! 育てればよい!!」

「……モーゼル。あくまでも物語に登場する――」

「もっと詳しく聞かせろ!」


 鼻息を荒げ、モーゼルはペンを構えた。

(こんなに食い付くとは……)

「メモを取るのは良いが……俺の名前を書くなよ? そもそもメモをとる程の――」


「何を言う! 知識とは、繰り返し繰り返し読み返して見識を深めるものじゃろうが!」

「それは……、まあ、そうだが……。もしもそのメモを落とすなりして誰かに見られたらどうするんだ? そんな物を見られたら一生お前に近づく奴は居なくなるぞ?」


「……確かに。なにか暗号を考えねばならんな」

(暗号……)

「……モーゼル。異世界の言語を学んでみる気はないか? 中でもとびきり難解とされた言語だ」


 ――後に、俺は激しく後悔する事となった。この時モーゼルに日本語を教えてみようと思ったのは本当にただの気まぐれだった。

 そんな事は考えずに、メモを取らせないという選択をするべきだった……。



 ――赤く染まった空を、籠をぶら下げたサルナが飛んでいた。

(籠待ちはあと三人か……)

 その脇で、籠に乗り終えた子供達がシルンとサヒルを相手にじゃれている。

(ガリバーってあんな感じだったのかな……)


 モーゼルは早くも五十音をマスターし、単語学習へと移行していた。

(飲み込みは早いし字もきれいだ……こいつ結構天才肌――いや、これは……アレだ。不変の理だ)

 と、そこへ――歯に何か挟まったような、なんとも言えぬ表情を浮かべたダレンがやってきた。


「あの……、村長」

「どうした?」

「村長に会いてぇって連中が来てまして……」

「入植希望者か?」

「たぶん」

 そう言ったダレンの顔は、どこか嬉しげであった。

(……?)



 村の入り口に、その一団が佇んでいた。

 先頭立つ人物は、俺を見るなり小さな袋を投げて寄越した。数枚の金貨が入った小さな袋だった。

「入植を希望していると受け取って良いのか?」

 少し欠けた耳をピクリと動かし、彼女はゆっくりと頷いた。


 黒い毛色、目元の古傷――あの時の獣族だ。

「歓迎する。……しかし、よく口説けたな」

「あたしだけじゃ無理だったさ……」

 そう言って、彼女はボロボロの地図を差し出した。以前、巨人族のシヨルガに渡した地図だ。


「すぐに家を用意させる。可能な限り急ぐが、暫くは倉庫で――」

「いや、当分は森に住むよ。ゆっくり慣らさないと……。あたし以外言葉も分からないし……」

「そうか……」

 彼女の後でやり取りを見守る一行を見渡した。


『村長のジーク・ヴァルニだ。諸君を歓迎する。何かあれば俺に言ってくれ』

 彼らの言葉で語りかけると、幾らか緊張が解けたように思えた。

「ダレン。彼らを広場に案内してくれ。皆に新たな住人を紹介したい」


 ――ダレンの後に続く一行を見送るように、彼女は俺の前で足を止めて両手を差し出した。

「これも……、返した方がいいかい……?」

「せっかく生えてきたんだ。大事にしろ」

「……そっか……うん」


「っと言うか、勝手に生えてきたものを返すと言われてもな……」

 彼女はきょとんとしていたが、ややあって顔を綻ばせた。

「あたしはコウっていうんだ。あんたはジークでいいんだよな?」

「もしくは村長だ」

 コウは頷き、真っ直ぐに目を見つめた。


「ジーク」

「なんだ?」

「……ありがとう」

2017:2/25改行追加 2017/08/01再編集 2020/09/30微修正

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