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マニピュレイション!  作者: 立花 葵
志と野望
42/72

ジークの野望4 1/2

「星が見えるのう……」

 横になり、天井の隙間を見つめていたモーゼルが呟いた。


「ああ」

 隙間だらけの壁からは冷たい夜風が吹き込む。

 ジークとモーゼルは毛布に包まり、膝を抱えるように縮こまった。


「隙間風が辛いのぅ……」

「ああ」

「膝が辛いのぅ……」

「ああ」

「腰が痛いのぅ……」

「……モーゼル」


「こんなボロ小屋が本当に国に成長するのかのぅ……」

「黙れ」

 

 モーゼルと握手を交わしたあの日から、早速国作りを始めるべ行動を開始した。

 とにもかくにも先ずは土地の確保だ。相応(ふさわ)しい土地を探し、入植者を募って村を開く。可能な限り戦火が届かぬ僻地であり、冬以外雪に縁の無い所が理想だ。


 幸いな事に、今この世界では誰も居ない土地へ行き、

『ここは俺の物だ!』

 が何の問題もなく(まか)り通る。


 俺達はこの大陸を二つに隔てる山脈に沿って場所を探した。理由は幾つかあるが、大きな理由二つ。

 一つは川を探す為。もう一つは山を背にする為だ。


 川は言うまでも無く水の確保を容易にするた為だ。山を背にするのは防衛上の理由だ。

 どんな僻地(へきち)であろうと、ある程度豊かになれば必ず何処かしらがちょっかいを出してくる事は目に見えている。そうなった時、守る方向は少なければ少ないほど良い。


 この山脈は、波紋状に幾重にも重なっており、標高もかなりある。特に中央に(そび)えた絶壁のような山脈は尋常ではない。

 恐らく、これを越えられるのは天人族だけだろう。俺もこれを越えるのは難しい……。


 ――長いことウロウロと歩き回り、山脈が大きくうねった窪地に求めていた場所を見つけた。


 (そび)え立つ岩山から流れ出す滝、その先には湖があった。湖から溢れた水は、周辺に湿原を作り出していた。

 背は壁のような岩山、湖と湿原を側面に置けば防衛面は言うこと無し。ただし、退路もない。


 ま、そこは俺次第だ。俺が自分で思っているよりも弱くなければ問題ない……。


 山に沿って広がる森を開き、水路を巡らせ――やらなくてはならない事は多い。

 早速開発に取りかかった。先ずは寝起きする小屋の建設から始めた。のだが……早々に問題が生じた。


 木を切り板にする。呪言でこれを行っていたのだが……数本目で俺は魔力を使い果たし意識を失った。

 また、切り倒した木の運搬や邪魔な岩を退かすのも想像以上の魔力を必要とした。


 当初は、農地や住宅、水路などをある程度整備してから入植者を募る予定だった。少なくとも、水路と住宅を築く敷地の整備までは二人で終わらせる予定だった。


(俺が居ればどうとでもなるだろう)

 と、高を括っていた……。


 だが、結果は散々なものだった……。


 初日に意識を飛ばし、連日早々に魔力不足に陥り一向に開発は進まなかった。

 そんなこんなで辛うじて仕上げたのがこのボロ小屋だ。板と丸太を積み上げた隙間だらけのボロ箱だ。


 俺は自信大きく打ち砕かれ、膝を抱えて毛布に包まった……。

(抜け穴的な脱出路を用意しておかねばならんな……)


「――モーゼル」

「ああ、巨人族じゃな……」


(あの生物重機の力……なんとしてでも我が村に迎えたい!)

「お主本当に当てがあるのか……?」

「明日になれば分かる」

「ふうん……」




 ――翌朝、日の出と共にサルナが舞い降りた。

「て、天人族……か?」

 モーゼルは目を見開いた。


「ああ。流石に見るのは初めてか?」

「話だけは幾度も耳にしたが……見たのは初めてじゃ……。

 本当に存在したのじゃな……。一体何処で関わりおうたのだ?」


「いろいろあってな。今俺の家は天人族の里にある」

「……転生を繰り返し、エルフに生まれ天人族と暮らす……なんとデタラメな人生じゃ……」

 そう言ったモーゼルの目は早くもにへりと垂れ下がり、いやらしく口元を緩めていた。


「……手と足はごついが――なかなか。あの引き締まった腰など――」

「モーゼル。あれは俺の妹だ。種族が違うなどと野暮なことは言うなよ」

「そ、そんな睨まずとも、お主が妹と呼ぶ者にちょっかいなど出さんわ。ワシとて命は惜しいからの」


「何を言ってるんだ。俺がお前を殺すなどするわけないだろ?」

「そ、そうじゃな」

 安堵するモーゼルへ微笑みかけ、付け加えた。

「玉を()り下ろすからな。覚悟しろ」

「……」



 ――ボロ小屋を建てた後、サルナと待ち合わせたあの岩棚にメッセージを刻んでおいた。朝日を背に現れたサルナを見つめ、メッセージがきちんと伝わったていた事に安堵した。


「久しぶりだな。変わりないか?」

「ジークは大袈裟です。先程別れたばかりではないですか」

「……そうだったな」

(やはり一度染みついた感覚というものは――) 


 ちょっと待て。朝日と共に現れた……?


「サルナ。お前……メッセージは何時見たんだ?」

「ジークがメッセージを残した直後に。なにやらゴソゴソしていたので……、気になって」

「は? 見てたのか? じゃぁ何で――すぐ来ればよかっただろ」

 すると、サルナは上目遣いに微笑んだ。


「時間はきっちり、正確に。なんですよね?」

(んっっまっ! 一体何処でそんな事を覚えてきたのかしらこの子は!?)


「……何時から見てたんだ?」

「白い建物に若い女を連れ込んでいたあたりから」

 ヴァルネからずっと見てたのか? 背に突き刺さるモーゼルの視線は無視した。


「そこからずっとか?」

「はい」

 上目遣いにニコニコと微笑むサルナは、なんとも生き生きとしていた……。


「ところで……ジークは一体何をしているのですか?」

 そう言ってボロ小屋とモーゼルに交互に視線を送った。

「ここを開発して村を作るんだ」

「結局良い住処は見つからなかったのですね」


「そういう事だ。無いのなら作るまでだ」

「ふ~ん」と相づちを返しつつ、サルナは視線をモーゼルに移した。

「そちらは?」

「村人一号だ。共に村作りをしている」


「モーゼル・デュライと申します。このような辺境で、かようにお美しいお方にお目にかかれるとは――」

 モーゼルは言葉を止め、睨み付ける視線に応えた。

「なんじゃ。あ、挨拶をしとるだけじゃろ……そんなに睨むな」


「サルナと申します」

 自然に人族のお辞儀を返すサルナを見て、別行動をしていた間どう過ごしていたのか見当がついた。

「サルナ……お前、相当あちこちに降りたな?」

「いけませんか?」


「あれほど言っただろう……、地上の世界はお前が思っているより遙かに危険なんだ! 友好的でない者の方が遙かに多い。特に、お前(天人族)に対しては何を企むか分からん。お前の姿が金にしか見えない連中はごまんと居る!」


「ああ、もしかしてこれの事ですか?」

 サルナは金貨や金板がジャラジャラと入った袋を開いて見せた。

「……これはどうしたんだ?」

「私に挑んできた方々からいただきました。金色のが特に綺麗で……、これだけ選んで集めました。これを沢山持っているといろんな方が挑んできて――」


 大きなため息をつき、頭を抱えてサルナを諭すジークの様子を眺め、モーゼルは微かに口元を緩めた。

(随分と変わったのぅ……)


 モーゼルの知るジーク――ギースと言う男は、傲慢で我が儘。怒ればすぐに殴りつけ剣に手をかける。そんな男だった。

 言葉を尽くして説得する……そんなものからは最も縁遠い人間だった。


 ――二人の会話は、いつの間にかサルナもここに住む住まないの言い合いに発展していた。


「なぜですか? 呼んでおいて、なぜ私はここに住んではいけないのですか?」

「俺が地上を旅する間、お前も旅をする。そういう約束だっただろ!? それに、その許しを出すのは俺ではない」


「じゃぁ、長老が許可すれば良いのですね?」

「それは……いや、だから何度も言っているだろ! ここはお前が住むに相応しい場所ではないんだ! どうして分かってくれないんだ……」

「ジークは良くて私はダメ。ジークには相応しくて私には相応くない。サッパリ分かりません」


 サルナをここへ呼んだのは、里へ帰る前に少しだけ手伝ってもらおうと……。

(まさかこんな事を言い出すとは……)

「だから、それは――」

 その時、ふとモーゼルが割り込んだ。


「のう、ジーク。一先ず保留というわけにはいかんのか?

 ここに村を作り上げる事ができるのかは正直まだ分からんじゃろ? ひょっとするとまた旅を続ける事になるやもしれん。村と呼べるものになったら、その時にもう一度考えてはどうじゃ?」

 味方を得たサルナは得意げに微笑んだ。


「それに、今はとにかく人手が必要じゃ。そちらのお嬢さんの手を借りれるのであれば是非とも借りたい。一先ず村と呼べるものを仕上げる。そしてそれが安定した時、もう一度話し合う。それでどうじゃ?」


 巨人族の捜索にはサルナの助力が必須だ。だが、話の流れでとはいえ……これだけ帰れと連呼しておいて「ちょっと手伝って行け」とはさすが切り出しにくい……。

 それに、この場でサルナを納得させる事は出来そうもない……。


(ここはモーゼルの提案に乗るべきか……)


「……分かった。それで良いか?」

「分かりました」

 サルナは嬉しそうにくるくると回って見せ、ふわりと浮き上がった。


(時間をかけて、根気よく説得するしかないか……。あのまま言い合っていては、喧嘩別れが関の山だっただろう……)


「妥当な落とし所じゃろ。あれだけ帰れと言うておいて手伝えとは……ワシなら言えんのう」

「まぁな……正直助かった」


 ヒソヒソと(ささや)くモーゼルにそう返し、翼を広げて嬉しそうに飛び回るサルナの様子を眺めた。

 貫頭衣に帯を巻いただけの服から、股が(あらわ)になり時折尻がこぼれそうになる。それをにへりと目尻を下げて見つめるモーゼルに一抹の不安を抱いた。


「モーゼル。言い忘れたが、あれは妹であると同時に弟子でもある。あいつは強いぞぅ」

「ホーン。ソ、ソウカ……」


「ではサルナ。早速手伝ってもらうぞ」

 ふわりと舞い降り、サルナは微笑んだ。

「はい。何なりと」


「上空からここ一帯の調査、それから里へクロウラーを取りに行く。そして巨人族を探す」

「巨人族ならついさっき南の方でお会いしましたよ」

「本当か?」


 サルナは手を叩き、ニコニコと微笑んだ。

「ええ。強い方ばかりで、とっても楽しかったですよ」


(やりあったのかよ! まさか壊滅させたとか――)

「そいつらは生きてるのか……?」

「ジーク……。その言い方は心外です。私を何だと思っているのですか……」


(そういう事か……)

 不機嫌に顔を(しか)めるサルナを見て、なぜ旅に出たがったのかを理解した。

(こいつは腕試しに行きたかったのか……)


「そうだな……すまん。あと――そいつを貸してくれ」

 そう言って、先程サルナが見せた金の詰まった袋を指した。

「すぐには無理だが、必ず返す」

「いえ、ジークが欲しいのなら差し上げます」


 サルナが差し出した袋を受け取り、数枚の金貨を抜いてそのままモーゼルにパスした。

「モーゼル。俺は巨人族の所へ行ってくる。その間に必要な物と奴隷を買ってきてくれ。何か手に職を持っている者は優先して買え。特に紡織の技術を持った者は最優先で買え」


「鍛治屋は要らんのか?」

「可能ならば、で良い。無理に探す必要はない。鍛冶ならば俺が教えてやれる」

「お主にそんな知識があるのか?」


「まぁな。超の付く一流の鍛冶師の元で学んだ。……認めてはもらえんかったがな」

「ふうん……。それで、何時までに戻れば良いのだ?」

「三――六ヶ月。半年以内には俺も戻る」

「ふむ……。承知した」


 ――珍しく真面目な顔をしているモーゼルに、思わずもたげた不安を口にした。


「多少は遊んでも構わんが、節度を持ってな」

「失礼な奴じゃの。その程度の分別はあるわい」

 モーゼルは露骨に顔を(しか)め、くるりと背を向けた。


「それじゃ、ワシは早速行ってくるとするかの」

「モーゼル」

「なんじゃ?」

「……もしもの時は、何も考えるな。逃げる事を優先しろ」

 振り返ったモーゼルは顔を和らげ、まじまじと俺を見つめた。


「本当に変わったのう。以前のお主を知る者であれば腰を抜かすぞ」

「そうか?」

「ああ、気色悪うて毛が逆立ってきたわい」

「……」


 思わず光を弾く頭に目を向けると、モーゼルは不機嫌に背を向けた。

「じゃぁのぅ!」


「モーゼル。それと――」

 言いかけた俺を遮り、モーゼルは先回りして答えた。

「可能なら元ヴァルネの住民を。じゃろ?」

「……ああ」


 歩きながら、モーゼルは思った。

(あれを更生させるとは……、異世界とはどんな場所なのだ? 奴が戻ったら詳しく聞かせてもらうとするかのぅ)

 

 鼻歌混じりに去って行くモーゼルの背は、何処の娼館に寄ってからにするべきかと問いかけていた。


(本当に大丈夫だろうな……)

 不安だが、奴を信用する外ない……。


「巨人族は何処へ向かうとか言っていなかったか?」

「たしか……南の、ドワーフの国へ用があるとか……」

(よし、ツイてる! 上手くすれば先回りして会えるかもしれん)


 問題は、こいつの言うついさっきとは一体何日前をさすのかだな……。

 何はともあれ、用意していた籠を引っ張り出しサルナと共に南へ向かった。



 ◆



 道すがら、サルナに地図を書かせた。モーゼルとは別口で、巨人族以外の入植者を募ってみるつもりだ。その者達に渡す地図だ。


 俺は全ての人間族(ヒューマン)を集め、人間族の国を造ろうと思っている。せっかく己が国を造るのだ。他には無い国にしたい。


 大陸を隔てる山脈は、南に行くにつれて徐々に東へと湾曲し、低くなっている。

 山脈を隔てて東に広がる広大な森がエルフ領。そして山脈が最も低くなっている場所にはドワーフの国がある。

 サルナの話によると、そこから西へ行けばエナンがあるそうだ。


 ちなみに、エルフ領とは、この地域に住む人間族の割合はエルフが圧倒的に多い為そう呼ばれているだけだ。



 大国へと成長したエナンは、更なる勢力拡大を目指して次々と近隣の国々への侵攻を続け、最近はその手をじわじわとドワーフ達の方へも伸ばしているらしい。


 立ち寄ったドワーフの国でそんな話を聞いた。しかし、流石にここへ侵攻することはあるまい。精々境界を引き、砦でも作るのが関の山だろう。

 人族の国で暮らす連中はともかく、種族全体を敵に回すようなバカなマネはすまい。


 町へ入る際、サルナは待機させた。不満を溢す彼女を(なだ)めるのには苦労したが、面倒は避けたい。


 ドワーフの国は、国というより大きな町だ。しかし、町と呼ぶにはあまりにも大きすぎる。

 幾重にも列なったなった岩山には無数の坑道が穿たれ、軌匡(ききょう)が町中に張り巡らされていた。トロッコの代わりに客車を置けば巨大な駅のような趣だ。


 谷底や斜面には、貼り付くようにびっしりと工房や住居が築かれていた。レンガや木で作られた建物も多いが、洞窟を利用した家屋が多く見られた。

 レンガの様に加工した石を積み、漆喰(しっくい)をつめた壁。天辺がアーチ状の木の扉には丸いのぞき窓。ぴょこんと飛び出したT字の煙突――ババムが住んでいたあの家だ。これはドワーフの伝統的な家屋らしい。


 それぞれの谷は無数の橋で結ばれ、二段三段と重なったそれは、彼らの技術力の高さを物語っている。流石はエンジニアの国だ。


 水に浮かぶ氷の様な、異質な物が上手く調和している。未成熟な文明の中に近代技術の祖がじわりと溶け込んでいる。

 これからこの地で産み出されて行くであろう技術と、それを足場に行われる無数の挑戦。そして、それに準じて変革を遂げて行く彼らの様を思い、湧き上がってくる高揚感に思わず口元を綻ばせた。


 彼ら(ドワーフ)の長は『王』と呼ばれているが、大統領と言った方が近いだろう。しかし、立候補はない。最も多くの推薦を受けた者が王の座に座る。


 ドワーフ達は所謂(いわゆる)職人芸というものを愛でる。全体で見ると鍛治に関係する技術を身につけている者が多いが、そればかりでではない。ジャンルを問わず、高い技術や技量には強い感心を示す。


 しかし、それが故か職人同士の喧嘩が絶えない。酒場を覗くと、高確率で言い争っているか殴りあっている連中が居た。


 町を散策しながら巨人族の姿を探したが、結局この町で彼らに会うことは出来なかった。その代わり、彼らに関する情報を幾つか得ることができた。

 彼らはちょくちょく鍛冶仕事を頼みにこの町を訪れるそうだ。鉱山や町の建設現場で仕事をして行く事もあるとか。それと、数日前に町を訪れた一団があったそうだ。

 サルナが会ったという連中かはどうかは分からなかったが、まだこの周辺にいる可能性は高い。


 巨人族には会えなかったが、町の中にはエフルに混じりちらほらと商人らしき人族の姿があった。

(何処の世界でも商人という連中は逞しいものだ……)


 しばらく留まって町の見物と勧誘を行いたかったが、巨人族の捜索を優先する事にした。技術者は多く欲しいが、モーゼルが連れてくるであろう者達を見てからだ。

 居場所が分かっており、友好的である者達の勧誘は何時でも可能だ。急ぐ必要はない。

 幾つかの買い物を済ませ、何軒かの酒場を回って入植者募集と書き加えた地図を貼らせてもらったもらった。


 先ずは巨人族。それから――獣族を勧誘したい。


 はぐれ以外は他種族と接点を持たない連中の捜索と説得には時間が必要だ。

 エルフは、いずれ国々を巡って探そうと考えている。

 元々好き好んで人族の国をうろうろしている奴の方が勧誘しやすい。


 昔と変わっていなければ、ぷらぷらしているエルフは大抵傭兵の口を探しているか、住処を探しているかのどちらかだ。



 ――ドワーフの国を離れ、サルナが巨人族と会ったという場所を目指しながら捜索を始めた。彼らは同じ場所には長く留まらないらしいが、当てもなく探し回るよりは可能性があると考えたからだ。


 このエルフ領と呼ばれる広大な森は、人族の支配地域のそれとは全く異なる。そちらを芝生と例えるならば、エルフ領の森は熊笹の密生地だ。木々の太さも高さも桁が違う。


 巨人族はその名が示す通りの巨体をしており非常に目立つ。しかし、この森はそんな彼らを容易に隠してしまう。

 しかも巨人族はその数自体が少なく、この広大な森の中から探し出すのは至難の技だ。


 ちなみに、獣族の捜索はもっと困難だ。巨人族に比べると数は遥かに多いと思われるが、隠密行動を最も得意とする連中だ。可能な限り時間を割いて探してみるつもりだが……出会えるかは運次第だ。



 捜索を始めて数日後、木々の隙間から谷間を移動する巨人族の一団を発見した。と言っても発見したのはサルナだ。二十名近い団体にもかかわらず、俺の目には何も見えなかった。

(相変わらず馬鹿げた視力だ……)


 近づくと、彼らは一瞬身構えたがすぐに警戒を解いた。どうやらサルナが会ったという連中らしい。

 二メートルは優に超え、筋肉まみれの太い手足。毛皮を着たような体毛は、手首から肘、足首から股へ、そして胸毛が特に濃い。

 半端に毛をそり落としたゴリラに牙を突き出した雄ライオンの頭を乗せたような姿をしている。女は牙が短く、体毛も薄い。


 男達は毛皮のような腰当てと、バックルとも腹当てともとれるレリーフの様な厳ついプレートを身に付けていた。そして――


(剣だ。でかい剣を持っている……)


 クソ親父……やっぱり担いでやがった。


 サルナが歩み寄ると、腕に大きな傷跡のある男が親しげに彼女を迎えた。

 近づきながら二人の会話に耳を澄ませた。


「――無くなってたらどうしようかと……」

「まだ少し痛むが問題ない」

 男はそう言って腕を回して見せ、俺に視線をずらした。

(あの腕はサルナがやったのか……?)

「これがお前の師か?」

「はい」


「ジーク・ヴァルニだ。その腕はサルナが……?」

「うむ。見事な一撃だった」

「すまない……。指導不足だ……」

「シヨルガだ。(おご)りに気付かされた。感謝している」

「そう言ってもらえると助かる……」



 ――互いに腰を下ろし、(しば)し彼らと語らった。

 ギースだった時は巨人族には縁が無かった為、この機会に知識欲も満たす事にした。


 シヨルガの話によると、この一団は皆彼の親類らしい。ほとんどの巨人族は一族を率いて旅暮らしをしているそうだ。中には集落を形成して定住するもの達も居るらしい。

 時折出会った別の一族と婚姻関係を結び、少しずつメンバーを入れ替えているのだとか。細かく辿って行けば、ほとんどの巨人族は親戚関係にあるのかもしれない。


 一族を率いる長の条件は、ズバリ強さだ。一族の中で最も強いものが長となる。

 その為か、強い者を非常に好ましく思うようだ。自分達を負かしたサルナとその師である俺には非常に友好的に接してくれた。

 知識欲は満たされたが――とても首が痛くなった……。


「それで……、手合わせを所望か? 残念だが、サルナを負かす者の相手が勤まるとは――」

「いや、そうではない。今、国造りをしている。……と言ってもこれから村を開くという段階なのだが……」


「なるほど。働き手か……」

「働き手というか……入植者を求めている」

「我々にエルフの国に住まえと?」

「エルフの国ではない。人間族の国だ。全ての人間族を集めるつもりだ」


「ふうん……」と唸り、シヨルガは腕を組んで俺とサルナを見つめたまま黙り込んだ。

「無論、単純な働き手としてでも構わない。定住するか否かは様子を見てから決めてもらって構わない」


 ややあって、彼は後ろで見守っていた連中を振り返り二つの名を呼んだ。

「シルン、サヒル」

 少し小柄な二人の男が歩み出た。小柄といっても、話していると首が痛くなりそうなのは変わらない。


「この二人を貸そう」

「ありがたい」

「自由に使ってもらって構わん。その代わり……その間二人を鍛えてもらえるか?」

「俺で良いのか?」

「お前に頼みたい」


「承知した」

「後の事はその二人の判断に任せる」

「彼らが戻る事を望んだ場合は何処に送り届ければ良い?」

「ドワーフの国へ向かわせれば良い」

 シヨルガへ頷き返し、二人へ向き直った。


「ジーク・ヴァルニだ。よろしく頼む」

「応」と小気味良い返事を返す様は、道着を着せればさぞ似合うだろう。 


「ところで……、この辺で獣族を見なかったか?」

「いや、ここらでは見かけんな」

「そうか……」

「まさか連中を誘う気か?」

「ああ。獣族も人間族だからな」


 シヨルガは一瞬目を丸くし、愉快そうに笑った。

「連中を説得する方が、国造りよりよっぽど難しいぞ」

「承知の上だ」

「はぐれ以外は他種族の言葉すら解さんぞ」

「そこは問題ない。以前はぐれに言葉を教わった」


「ふむ……。その場所の地図は書けるか?」

 サルナに書かせた地図を眺め、シヨルガはぽつりと呟いた。

「……良い地図だ」

「天人族の特技だ」


「我々は時々連中と共闘する事がある」

 そう言って、巨人族が使うには小さすぎる武器の詰まった袋に目を向けた。

「最近は取引もな」

(ちょくちょくドワーフの国に顔を出すのはその為か……)

「焚き付けにされるのがオチだろうが……連中に会ったら、一応渡しておこう」

「それはありがたい」


「期待はするなよ。接触は向こうからしてくる事が殆どだ。だがもし連中を探すつもりなら、東よりを探すといい。山脈の近くで連中に会った事はない」

 


 ――彼らと別れた後、数ヶ月に渡って獣族を探した。しかし、サルナの目と巨人族の経験を持ってしても見つけることは出来なかった。


 獣族の捜索は一旦打ち切り、ドワーフの国へ戻った。

 そこで巨大なツルハシを買い、シルンとサヒルに持たせて一足先に村の建設地へと向かわせた。

 俺は二度のお預けにヘソを曲げたサルナを宥めに宥め、クロウラーを取りに天人族の里へ向かった。


 そして、五年ぶりに戻った里で思わぬ事態に見舞われる事となった……。




 出迎えたアルマスは、ムグナ――長老の元へ向かおうとする俺とサルナを引き留め、先にクロウラーを取りに行けと言った。

 訝しく思いつつも、孵化(ふか)したてのクロウラー数匹と卵を籠に積み込み長老の元へ向かうと――


 そこには、長老とアルマス、そしてサルナの両親が待ち構えていた。


「……ジーク、サルナ。座れ」

(なんだ……?)

 妙な空気に警戒しつつ、長老に言われるまま腰を下ろした。 

「サルナ。今後お前はどうしたい? 遠慮なく、正直に申せ」

「……このまま、ジークと地上で暮らしたく思います」

「そうか……。では、ジーク。サルナを頼むぞ」


「…………はぁ?」


「別に(つが)えと言うておるわけではない。サルナの思うままにさせたい」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 地上がどれだけ危険か分かっているのか!?」

「それは重々承知しておる。地上の荒れ具合はサルナからしかと聞いておる。じゃが、サルナはそこで生きて行けるだけの力と技を身に付けておるのじゃろ?」


「は?」

(サルナから聞いただと?)


「私は何度かここへ戻っていますよ」

 と、サルナは俺の視線にとぼけた顔でさらりと答えた。


(こいつ――やられた……!)


「我々も、娘の思うままにさせたいと思っている」

 と、サルナの両親が追い打ちをかけ、アルマスは微妙に視線をずらして(かわ)した。

 苦悶の表情を浮かべる俺を、サルナが覗き込んで畳み掛けた。

「……ダメですか? 


 ――(あに)さま」


(カッッーー!! こいつに入れ知恵をしたのは何処のどいつだ!?)

2017/2/25改行追加 2017/08/01再編集 2020/09/30微修正

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