志
軒を連ねた露天を巡り、それぞれに昼食の盛られた皿を手に席へ着いた。
ダンジョンの周辺に店を出すには冒険者ギルドの許可が必要となる。当然、それらの店ではトークンを使用する事が出来る。
カルアはルチルナの隣に座ろうとして――ふと昼食の皿を置き、そのまま奥へと歩き出した。
訝しげにカルアを振り返ったルチルナとローレンスの目に、頭から毛布を被り木陰に座る人物が留まった。
カルアはその人物を目指しているようだ。
カルアは足を止め、毛布を被った人物に声をかけた――
「マーカスさん」
続けて文句を言おうと開いた口からは、思わず違う言葉が溢れ落ちた。
「――ど、どうしたんですか?」
顔を上げ、はらりとめくれた毛布の下から――髪は真っ白に染まり、げっそりと頬の痩けたマーカスが虚ろな目でカルアをぼんやりと見つめていた。
「ああ、お前か……」
生気の無い目でカルアを見つめ、マーカスはぽつりと呟き顔を戻してまたぼんやりと何処かを見つめた。
「何やったかは知らんが、十分罰は受けたと思うぜ」
すぐ横のテーブルに座っていた男がカルアへ声をかけ、クックと詰まった笑い声を響かせた。
(あ、この人……)
カルアが冒険者登録を行った時、ユニスとロジャーの間に座っていた魔術師と思しき男だ。
「あの時の……」
男は軽く手を持ち上げ、礼を言うカルアを制して向かいの椅子を勧めた。
「ラルフ・ギルマンだ」
男はそう名乗り、向かいに座ったカルアへ手を差し出した。
「カルア・モームです」
カルアも名乗り、ラルフの手を取った。
「あの、マーカスさんどうしたんですか……?」
「ここのダンジョンに最初に入ったのはあいつなんだぜ? それも一人でな」
「そうなんですか?」
驚いたカルアは思わずマーカスを振り返った。
ダンジョンは外から分かる事は殆どない。その為、新たに発見されたダンジョンには、最初に豊富な経験と実力を備えた者達が万全の体制を整えて踏み込む。
未知のダンジョンに単独で入るなど、よほどの自信家かただのバカだ。
「出てこないからな、てっきり密閉型かと思ってたっぷり準備して入ってみたら……」
そう言って、ラルフはまたクックと詰まった笑い声を漏らした。
「アラネアは知ってるよな?」
「はい。大っきな蜘蛛ですよね?」
「そいつの巣にぶら下がってた。行くのがもうちょっと遅かったら食われてたぜ」
「それで……」
ぼんやりと宙を見つめるマーカスを振り返った。
「まる五日近く、蓑虫みてぇにぶら下がってたんだとよ。『脱兎』なんて二つ名持っといてざまぁねぇよな。
ま、色々と欲をかいた報いだな。あいつらを出し抜いて一儲けしようなどと考えたのが運の尽きだ」
二人の会話はマーカスの耳にも届いているのだろうが、マーカスは身じろぎもせず、ぼんやりと宙を見つめていた。
「まあ、どうしても気が収まらないってんなら……止めはしねぇけどよ」
そう言って、ラルフは促すようにマーカスを顎で指した。
「止めておきます」
苦情を言おうとは思っていたが、それ以上なにかするつもりはなかったカルアは首を振って答えた。
ラルフは口元を緩め、微かに頷いた。
「……あの、ロジャーさん達と一緒にダンジョンには入らないんですか?」
「ああ、俺は留守番だ。外でやらなくちゃならん事もあるからな。それに――」
ラルフはバツが悪そうに肩を竦めて見せた。
「もっと相応しい奴が一緒だ。悔しいが、最良の選択だ」
ラルフの登録証は青。カルアにとっては雲の上の存在だ。そう言われてもいまいちピンとこない。
「ところで、暴――メイフィールドのお嬢ちゃんと組んでるらしいな」
「はい」
ふうん……。っと唸り、ラルフはまじまじとカルアを眺め、
「そいつは何の略なんだ?」
そう言って、カルアの登録証の隅に彫り込まれた『C.O.L』の文字を指した。
「えっと……C.O.Lの略です」
「ふうん……。リリスの子供――奉信者か」
「両方――です、かね……」
歯切れの悪いカルアに、ラルフはニヤリと笑って見せた。
「もっと胸を張れ。俺達なんて、もっと壮大な名前を付けたもんだぜ」
そう言ったラルフの視線が、フッとカルアの頭上を飛び越えた。
釣られるように振り向くと、馬に跨がった一団が森を抜け、舗装された道へと入るのが見えた。
徐々に近づいてくる一団の、その先頭を行く人物に目が吸い寄せられた。
首元でチラリと光を弾く真っ赤な登録証――
「クラス・レッド……」
ぽつりとカルアの口から溢れた。
六つある冒険者のランクの最上級である紫。その更に上がある。
冒険者の頂点に立つ者――その者達が掲げる色が『赤』だ。
世界に数える程しか存在しない、飛び抜けた実力とギルドに絶対の信頼を置かれている者の証。目指したからといって手に出来る物では無い。
通常、冒険者に所属という概念はない。だが、赤だけは異なる。彼らはギルド本部直属とされ、様々な特権と権限を有している。
彼らの意向は本部の意向。そう言って差し支えない程の大きな権限とギルドの信頼を得ている。
カルアの見つめるその人物はふとこちらに手を振り、それに応えるようにラルフが手を上げた。
「お知り合い……なんですか?」
驚いて尋ねるカルアに、ラルフはバツが悪そうに口元を緩めた。
「俺が冒険者を目指して故郷発った時は――まだ馬にも乗れないガキだったのにな……」
そう言って溜め息をつき、取り繕うように続けた。
「だからって、やりあったとしても負ける気はしねぇぜ? ……ま、勝てる気もしねぇがな」
先程の一団は馬を降り、カルア達が荷を下ろした建物へと入って行った。
「そんじゃな。俺も仕事だ」
そう言ってラルフは席を離れたが、ふと立ち止まってカルアを振り返った。
「暴――。メイフィールドのお嬢ちゃんに伝えといてくれ。皆通った道だ。俺も、あいつもな」
そう言ってちらと先程の建物を振り返った。
「腐らずにやっていれば、必ず大暴れ出来る日が来る」
「はい。ありがとうございます」
微笑み返すカルアへ頷き、ラルフは付け加えた。
「ユニスはお前らに期待してるみたいだからな、失望させるなよ? じゃぁな」
ラルフは踵を返し、後ろ手に手を振りながら歩き出した。
――席へ戻り、昼食を食べ始めたカルアへルチルナが尋ねた。
「知り合いなの?」
「うん。冒険者登録の時にちょっとね」
「あの赤い奴も?」
「私は面識はないけど、幼馴染なんだって」
「ふ~ん……」
微妙な相づちを返し、ルチルナは彼らが入って行った建物をぼんやりと見つめていた。
「あの人達も、昔はこういう地味な仕事をやってたんだって。地道に続けていれば、どんどん派手な仕事が増えるってさ」
「ふ~ん……」
じっと建物を見つめていたルチルナの視界を遮り、ゴチャゴチャと山盛りの皿を持ったリンが向かいに座った。
「……あんたそれ本当に食べ切れるの?」
「ギルド持ちだからな。限界まで食っとかないと」
顔を顰めるルチルナにそう返し、リンはガツガツと食べ始めた。
「動けなくなっても助けないからね」
そう言って隣に座ったアイクの皿は、ルチルナよりも少ない。
「お前は食わないから何時まで経っても小さいままなんだよ」
リンは自分の皿を傾け、アイクの皿にゴチャゴチャと無造作に料理を移した。
「ちょっ――リン! も~混ざっちゃったじゃないか……」
「食えばどうせ混ざるんだから同じだろ」
「全然違うよ。そんなんだからいつまで経っても子供だって言われるんだよ」
ふてくされながらも、アイクはリンの皿から薬味なぞを取って食べ始めた。
「いい食いっぷりですな」
山盛りの昼食を頬張るリンを、ローレンスは目尻を下げて見つめていた。
「あれ? カールさんは?」
カルアはカールの姿がない事に気が付き二人に尋ねた。
「なんか、知り合いに会った、みたいで、向こうで、話込んでる」
リスのように頬を膨らましたリンが切れ切れに答えた。
「口に物を入れたまましゃべらない」
ムスっとしたアイクがリンを窘めた。
「そんな事どうでも良いだろ」
「良くない。鏡見ながらやってみなよ」
「俺は、気にならねぇよ。体が、小さければ、言うことも、小せぇんだよ。もっと大雑把に――」
「だから口に――ああ、もう……、溢れてるじゃないかぁ」
アイクはタオルを取り出し、何やらブツブツと溢しながらリンの皿の周りと鎧の胸元を拭き始めた。
(……この二人、付き合ってんのかしら……)
顔を顰めるルチルナの隣で、目尻を下げたローレンスが何やら頷いていた。
「お嬢様のお父上と、旅をしていた頃を思い出しますな」
ギョッとして振り向くルチルナには気が付かず、ローレンスはニコニコと微笑んでいた。
(性格って、似てない方が上手く行くものなのかな……)
リンとアイクのやり取りを向かいで眺めていたカルアは、そんな事を思った。
――昼食を取りながら、二人の事を聞いた。
リンとアイクは、カルアと同じく十四才を迎えると同時に冒険者となるべく故郷を発ったそうだ。
二人は冒険者登録を行って間もない頃に出会い、それから一年と少しの間、共に母国であるヴァルネ王国周辺で活動していたそうだ。
ザシャのダンジョンの噂を聞き、ほんの数週間前にザシャへ移ったのだとか。
「――ヴァルネは、帝国と国境を接する大国ですな。第二次抗魔戦争の最中、混乱に乗じて版図の拡大を図った帝国を押さえ込んだ国にございます。
もしヴァルネが存在していなければ、南方は全て帝国領となっていたやもしれませぬ」
「それもあって、帝国とは無茶苦茶仲が悪いんだ。いまだに国境周辺では小競り合いがあるよ」
「うちと帝国の因縁は深いからな」
「そうなんだ……、ローレンスさんは行った事があるんですか?」
「はい。若い頃に何度か訪れた事があります。人族が治める国で、あれほど多くの他種族が暮らす国は他に見た事がありません。
様々な文化や風習が入り交じった、何とも不思議な国でありましたな」
「へぇ~」
っと相づちを入れるカルアに、ローレンスは思い出したように付け加えた。
「それと、神殿へ払う敬意の深さには目を瞠りましたな」
何かた尋ねたそうなカルアの視線にはアイクが応えた。
「僕らの国では、神殿は最も敬うべきものとされているからね。国の式典や王家の祝い事には必ず神殿の神官と巫女を招待状するんだ」
「へぇ~。でも、神殿はそういった事には関わらないんじゃ……?」
「うん。神殿は一度として招待に応じたことはないんだ。
でも、それが終わるまで神殿の裏に馬車がずっと待機するんだ。だから、神殿の裏に馬車がいると、今日は何かあるんだな。ってね」
「誰も来ないから、代わりに泉の水を水瓶に汲んで、席に置くんだよ。
つっても一般人が見れんのは建国祭の時だけだけど、王様の真横に置かれてたぜ」
「へぇ~。神殿と王家は何か繋がりがあるの?」
「初代女王の厳命だからだって話だけど……、その理由は実はよく分からないんだ。噂は色々あるけどね」
「たとえば?」
「そうだね……。よく言われているのは――ヴァルネは、正式には新生ヴァルネ王国って言うんだ。
ヴァルネは産声を上げた頃に、帝国の前身であるエナンに一度滅ぼされているからね。
その時、王家とそれに列なる者は皆処刑された。はずだったんだけど……。
唯一、難を逃れたヴァルネ二世の姪、後の新生ヴァルネ王国初代女王イルマが兵を挙げ、エナンの軍勢を撃ち破って国を再興したんだ。
そのイルマ女王を匿っていたのが、神殿だったからだ。って都市伝説レベルの噂だけどね」
「ふ~ん……。エストが好きそうな話ね」
「そうだね。今度会ったら聞いてみようか」
目を輝かせてしゃべりまくるエストの姿を想像し、カルアは頬を緩めた。
「ヴァルネに行く事があったら気を付けてね。神殿への不敬は大変な重罪だからね」
「そいや、神殿に押し入った学者だかがとっ捕まった時はえらい騒ぎだったって、近所の婆さんが言ってたな」
(それって、まさか……)
「……ちなみに、その人は?」
「放免されたらしいけど、なぜお咎め無しなのかって、皆不思議がってたって言ってたな。首が飛んでも文句は言ねぇ重罪だからな」
「……」
――昼食を終えた一行が出発の準備をしていると、周辺で道や施設の工事に当たっていた作業員達が遅めの昼食を求めてドヤドヤと押し寄せた。
カルアは手を止め、押し寄せた彼らの多くが被った黄色いヘルメットをじっと見つめていた。
これまで全く目にしたことが無かった訳では無いが、これ程間近で観察したのは初めてだった。
(やっぱり……、同じ物だ)
頭の上半分をスッポリと覆い、額の辺りに緑の太い線で十字が、後ろには『安全第一』と書かれている。
後ろの文字以外は、カルアのある記憶と完全に符合する。
「どうかしたのか?」
いつの間にか合流していたカールの声に、カルアは我に返った。
「あ、いえ……。あのヘルメットは……?」
「ああ、冒険者ギルドの行う工事を請け負う者にはあれが支給される。作業員の依頼を請け負っても同じだ。
あれを被らないと作業をさせてもらえなくてな……。忘れて行って追い返された事があったな」
そう言ってカールは苦笑いを浮かべた。
(なるほど……。だからか……)
カルアは、これまで街道沿いの施設への物資輸送を行ってきた。ダンジョンの発見に伴って整備が進められた所への輸送はこれが初めてだ。
街道の警備や整備は主として領主が行う。その為、見る機会が少なかった。
「後ろの文字が違う物はあるんですか?」
「んん~、見たことはないな……」
「そうですか……」
カルアはそれ以上なにも尋ねなかったが、出発してからも時折すれ違う作業員達を目で追っていた。
「……一応、ギルドで販売も行っているぞ。色などを塗ってはいけないとうい決まりも――」
「あ、いえ、欲しいわけじゃ……」
「ふむ?」
「子供の頃、あれと同じ物を被った人に助けてもらったんです。ただ、その人が被ってたのは後ろの文字の所が違ったんで……」
「なるほどな……」
――中央へ向かう道すがら、カルアは幼い頃に体験したある出来事をカールに語った。
「いつも村外れの森で師匠に魔法を教わっていたんですけど……。ある時村のすぐ近くに魔物が出たって知らせが来て、師匠と養父は私を残して村に戻ったんです。
その時私には本当の事は教えくれなくて、すぐ戻るからここに居ろって……。
……待ってる間退屈で、花を摘んだりしてる内に――気が付いたら全然知らない場所に居て……。怖くなって近くの岩陰で蹲ってたんです。
そしたら、誰かが来た気配がして、きっと師匠と養父に違いないって飛び出したら――」
「そのヘルメットの人物か」
「いえ、棍棒を振り上げたオーガでした。
もう本当に怖くって……、腰を抜かすっていうのを初めて体験しました。自分の体じゃないみたいでしたよ」
「……よく生きて戻れたな」
「棍棒が落ちてくる……って思った瞬間――」
カールは思わず眉を寄せてカルアを見た。
「ツルハシが飛んできてオーガの頭を吹き飛ばした?」
「パーーン!って、粉々でした。血やら何やらでもう全身ビチョビチョ」
「そのツルハシを投げたのが?」
「ええ、その人があのヘルメットを被ってたんです。引きつった笑顔で顔を拭いて……森の外まで連れて行ってくれたんです」
カルアはお守りを引っ張り出し、じっと見つめた。
「その時に貰った物なんですけど、泣いている私を和ませようと……こうやって光らせたり消したり、たくさん話しかけてくれてたんですけど……。
これを首にかけてくれた事と、自分は冒険者だって言ってた事しか覚えてないんです……。
私は師匠と養父が戻ってくるまで泣くばかりで、お礼も言えてないんです……」
「ふうん……。ギルドに仲の良い職員はいるか?」
「……?」
「普通は教えてはもらえんが……。もしもギルドの依頼を受けていたのであれば、ひょっとすると記録が残っているやもしれんな……」
(そっか……。ギルドが発行した依頼であれば、数年間記録が保管される。もしかしたらまだ……)
「頼んでみます!」
――やがて、十字に分かれた道の先にゲートが見えた。このゲートの向こうが中央――東部ダンジョンの入り口だ。
そして、カルア一行の本日の宿泊地だ。
ここから先は、冒険者ギルドが発行する通行証を持つ者以外入る事は出来ない。数名の衛兵とギルドの職員が荷の確認と通行証の提示を求め、ゲートの前には列が出来ていた。
すぐ側に衛兵達が詰める詰所と高い櫓が組まれ、ゲートから延びる柵がこのエリア一帯を囲んでいる。
柵に沿って衛兵が巡回し、無許可の立ち入りを厳しく監視している。
カルア一行は足を止め、カール達と向き合った。
「それでは、我々はここで」
「はい。ありがとうございました」
「いやいや、礼を言われる事ではない」
その隣で、リンはバツが悪そうに首に手を回していた。
「これから北へ?」
「うん。向こうで夜間組へ引き継いで、今日はお終い」
そう言って、アイクは名残惜しそうな目を向けた。
「んじゃっ、またどっかでな!」
何かを誤魔化すように大声で言うリンに、ルチルナが声をかけた。
「次は容赦しないわよ」
「フン、上等だよ」
そう言うと、リンは手を振りながらカールの後に続いて歩き出した。
「それじゃ」
リンに続き、アイクも手を振りながら小走りにカールの後追った。
ふと、手を振る一行をカールが振り返り、踵を返して戻ってきた。
「東へ行くと言っていたな?」
「はい」
きょとんとするカルアを見つめ、カールは何か言おうと迷っているように見えた。
「何か……?」
「……東側で、モンスターや魔物との遭遇が多くなっているという話は聞いているな?」
「はい」
すると、カールは他言無用と前置きし、昼食の時に聞いたという話を語った。
「遭遇が増えている原因はダンジョン以外にある。ギルドはそう睨んでいるらしい」
「ダンジョン以外の原因?」
「ああ、何かは分からない。それで、東の拠点から調査チームを送ったらしいんだが……予定を二日過ぎても戻っていないそうだ」
「何かに遭遇して、戻れなくなった……」
ローレンスの呟きに同意するようにカールは頷いた。
「可能性は様々考えられるが……力の弱い連中は、普通はダンジョンの影響範囲から出ようとする。だが、東側では逆の事が起こっている。
……もっと厄介な何かが東にある。そう考えるのが自然だ。恐らく、ギルドもそう考えて調査隊を送ったのだろう」
不安気なカルアの表情を見て、カールはふっと顔を崩した。
「ま、もしかすると今頃はもう戻ってきているかもしれんし、何かあればギルドが発表するだろう。
一応、頭の隅にでも留めておいてくれ。用心するに越したことはないからな。
『常に臆病であれ』この稼業に身を置いて、長生きをする鉄則だ」
「はい。ありがとうございます」
「ご忠告、感謝致します」
「では」
と、カールはローレンスにも劣らぬピシャリとした礼を返し、リンとアイクの元へ戻った――
東部ダンジョンの入り口は、以前カルアがヨモ草を摘んだ沼の底にある。
かつてここには砦があった。今は沼になっているが、この対岸辺りにその入り口があった。あの時カルアが目にした人工物はその名残だ。
今は周囲の木や草が刈り取られ、対岸の斜面に張り付くように築かれた監視塔やそれを結ぶ通路の名残を見ることが出来る。
沼を穿つように、底に沈んだ門の残骸へ向かう通路が設けられ、上から見ると沼がぽっかりと口を開けているように見えた。
ゲートを潜った一行は、谷の淵を進んだ。人だけであれば、谷の淵に設けられた階段を降りればよいのだが、荷馬車は通れない。
淵に沿って進み、比較的傾斜の緩い斜面に作られた道を幾度か折り返し、谷底へと下りた。
沼は高い堅牢な壁に囲われ、谷底へ下りるともう入り口を見ることは出来ない。高い壁が、ランクの壁を視覚化したように思え、それを映すカルアの瞳には敵意と羨望が滲んでいた。
鍛冶屋、研ぎ師、仕立て屋に薬師などが軒を列ね、ダンジョンに潜る者達や警備に当たる者達が盛んに出入りしていた。
進む度、それぞれに交わされるやり取りが立ち替わり耳をくすぐり、鍛冶屋の振るう鎚の音が心地よいリズムを刻んでいた。
ルチルナも聞こえてくるやり取りに耳を澄ませているらしく、時折振り向いて恨めしげな視線を送っていた。
やがて――耳をくすぐっていたやり取りは遠退き、代わりに、更なる道の整備や施設の建設を行う者達の声が飛び交った。
一行の目的地――資材置き場へ到着した。
「じゃ、受付に行ってきます」
皆を待たせ、カルアは向かいに作られた建物へと向かった。
斜面に背をつけるように建てられた剥き出しのカウンターを持つ建物だ。
カウンターから伸びた天幕の下には、幾つかの簡素な椅子とテーブルが並び、まるで酒場から床や壁を取り払ったような作りをしている。
ザシャ冒険者ギルド、東部ダンジョン中央出張所だ。
受付には、こちらに背を向けて誰かと談笑している職員の姿があった。
「荷受けお願いしまーす」
振り返った職員は、幾度かギルドで顔を合わせたことのある男だった。
互いに会釈を返し、資材置き場へ向かう職員に続こうとした時、カルアを呼び止めた者があった。
「――カルアちゃん」
受付に、ニコニコと微笑み手を振るクレアの姿があった。
発令に参加して以来、各地に設けられた出張所に顔を出すだけで、ザシャのギルドへ出向く機会がなくクレアと顔を合わせていなかった。
「クレアさん!」
嬉しそうに駆け寄るカルアに、クレアの笑顔が一層輝きを増した。
「今日からこっちの勤務になったの」
「そうだったんですか」
「今日は何処まで行くの?」
「今日はここに泊まりです」
すると、クレアは目を輝かせ、拝むように手を叩いた。
「じゃ、今晩夕飯を一緒にどう?」
「はい。ぜひ」
そう返したカルアは、ふと何か思い出したような顔で声を潜めた。
「あの、クレアさん……。お願いがあるんですけど……」
「なあに?」
カルアはかつて自分を助けてくれた冒険者の事をかいつまんでクレアに話した。
「――んん~、そういう事は教えてはいけない決まりなの……」
「そうですよね……。すみません。忘れて下さい」
「その冒険者って男の人?」
「ええ、人族かエルフだと思います。ヘルメットははっきり覚えているんですけど、顔はおぼろげにしか……」
「見つけて――、どうするの?」
「きちんとお礼が言いたくて……」
目を伏せてはにかむカルアを上目遣いに見つめ、クレアは声を潜めた。
「内緒よ。少し時間はかかると思うけど、調べておくわ」
「本当ですか……? ありがとうございます!」
と、その時――わざとらしい咳払いが聞こえた。
振り向くと、天幕を出た所で先程の職員の男が困り顔で肩を竦めて見せた。
「す、すみません……。今行きます! クレアさん、また後で――」
慌ただしく受付を離れるカルアを、クレアはニコニコと微笑み手を振って見送った。
やがて――カルアの姿が見えなくなり、クレアはスッと笑みを消した。
「草の根分けてでも……。何処の馬の骨か知らないけど、あの子は私のものよ……」
周囲には聞こえぬ声で、ぽつりと呟いた……。
◆
荷を下ろし終え、カルアとルチルナはかつての監視塔跡に組まれた櫓の上に居た。
扇状に広がったテラスのような場所に立つと周囲を一望でき、谷底で行われている工事の様子がよく見える。
そこからゴーレムに指示を送り、工事の手伝いをしていた。
ルチルナは手すりの隙間に顔を埋め、メイメイとランランに指示を出しつつ、土砂や石材を簡易ゴーレムに吸い上げて器用に操っていた。
隣に腰を下ろし、様子を窺っていたカルアが声をかけた。
「ルチルナ。魔力は大丈夫? 無理しないでね」
「平気よ。このぐらい」
いつもなら、そろそろ貧乏揺すりや爪を噛んだりとイライラし始める頃なのだが……珍しくじっと作業に集中していた。
ローレンスは、時折二人に飲み物を運び様子を窺いつつ、作業員達に混じって工事を手伝っいた。
上着は脱いでいるが、燕尾服に黄色いヘルメットという組み合わせは目立つことこの上ない。
「ねぇ、カルア」
「ん?」
「魔力の総量を上げる訓練って何をするの?」
「魔力を使い切るギリギリを維持するんだよ」
「使い切っちゃダメなの?」
「総量を上げるだけならそれでも良いみたいだけど、使い切る寸前を維持するのが一番効率が良んだよ。一緒に回復力も上がるからね」
「ふ~ん」
ルチルナはさほど興味を持って聞いているようには見えなかったが、自分がやっていた訓練の事などを話した。
「私は、最初の頃は魔力ランプでやったよ」
「ランプなら何でもいいの?」
「魔力を送ってる間だけ光るタイプのだね。その内消費量より回復量の方が多くなって、ずっと光らせてられるようになるよ」
「ふ~ん……」
――その後も、ルチルナは癇癪を起こすこともなくじっと作業に集中していた。
◆
日が沈み――青札とトークンを受け取ったカルア一行は、クレアと共に夕食に出かけた。
谷底の一画に食事を出す店が幾つか出ており、周辺に置かれたテーブルと椅子を、柱と屋根だけの簡素な建物が覆っていた。
地面もある程度舗装もされているようだが、完了するのはまだ先だろう。
席に座り、カルアは周囲をぐるりと見回した――
そこかしこで輝く魔力ランプの光が闇を払い、一帯が音で溢れていた。
以前、ヨモ草を摘みに訪れた際に感じた静けさは一片も残っていない。ここでスケルトンの群と戦ったのは夢の出来事だったのではないかと思えた。
――ふと、ある物が目に留まった。ほんの僅かの間であったが、地面に刺さった四角い石柱が淡い光を発していた。
「あれは……?」
「ああ、灯籠でございます」
「灯籠?」
「はい。『澱み』ができぬよう、ダンジョンから滲み出す魔力を散らす物にございます。上手く散らせなかった分を、ああやって光に変えるのです」
改めて周囲を見回してみると――日中は気が付かなかったが、地面や斜面のあちこちに刺さったそれは、時折ランダムに淡い光を発していた。
灯籠を見つめていると、クレアが付け足した。
「今は味気無い形をしてるけど、元は小さい櫓のオブジェのような独特な形をしていたのよ。
輸送などの都合であの形に変わったの。私は元の形の方が風情があって好きね」
「櫓のオブジェ……?」
いまいちイメージが沸かず、カルアは頭の中であれこれと描いては消しを繰り返した。
「ダーラや古いダンジョンにはまだオリジナルの物が残っているから、いずれ目にする事になるわ」
カルアの様子を見て、クレアはそう言って微笑んだ。
「じゃ、お料理を取りに行きましょうか」
「私はここで席を取っておきますので、皆様はお先に」
そう言ったローレンスの好意に甘え、立ち上がったカルアはルチルナを促そうと目を向けた。
妙に大人しいとは思っていたが……、ルチルナは目を半分閉じ、今にも船を漕ぎ出しそうであった。
「ルチルナ大丈夫? 眠い?」
「……んん。大丈夫……」
と言っていたが――結局、ルチルナは夕飯を食べている途中でスプーンを握ったまま眠り込んでしまった。
「――それでは、失礼致します」
「はい。おやすみなさい」
ルチルナを抱きかかえ、一足先に宿舎へと向かうローレンスを見送り、席へ戻るとカルアは嬉しげに話した。
「今日、ルチルナ頑張ってたんですよ。途中でヒヤリとした事はあったんですけど、ここに着いてからはずっと作業に集中してて――」
ふとカルアは言葉を止め、指差すように頬に指を当てた。
「クレアさん。ここ」
「ん? なあに?」
カルアは身を乗り出し、首を傾げるクレアの頬をナプキンでそっと拭った。
クレアは何故か目を瞑っていたように見えたが、気のせいだろう。
「……ありがとう」
そう言ったクレアの笑顔が何処か寂しげだったのも、気のせいだろう。
時は過ぎ――
(早く寝ないと……)
遅くまでクレアと過ごしたカルアは、宿舎への道を急いでいた。
(明日は……出発する前にレムさんを洗って――)
明日の事を考えつつ早足に歩いていたカルアは、沼を囲う壁の前で立ち止まった。
「……この辺だったよね」
谷の淵を見上げ、ぽつりと呟いた。
(スケルトンに囲まれて、あの辺に飛び上がって……)
周囲を見回すと――闇を払っていた光は減り、灯籠の放つ光が一層目を惹いた。
溢れていた音はどこか遠慮がちに漂い、谷があの日見せた顔をほんの少しだけ覗かせたように思えた。
――カルアは歩調を緩め、ゆったりと歩き始めた。月は雲に隠れて見えないが、所々隙間から星が見えた。
流れる雲の隙間から覗く星々は、チカチカと瞬いているように見えた。
星を眺めながら出張所を横切り、宿舎へ入ろうとしてふと足を止めた。
「何だろ……?」
そう呟き、日中に使った櫓に目を凝らした。櫓の上で何かが光っている。
(……?)
――櫓の上に座り、ルチルナは手の中で光る魔力ランプをじっと見つめていた。
「ルチルナ?」
不意に聞こえた声に驚き、慌ててランプを消して振り向いた。
「カルア……」
カルアはルチルナの隣に腰を下ろし、優しく声をかけた。
「無理すると、明日動けなくなっちゃうよ」
「……」
カルアは、ランプを隠すように握ったルチルナの手を包むように、そっと手を重ねた。
二人の手の間で、光を取り戻したランプが煌々と輝いた。
「んん~、これだと……ルチルナはもう訓練にならないかな」
「別に、これは……。ローレンスが持ってたのを……別に訓練とか……」
尻窄みにモゴモゴと言い訳をするルチルナを見て、カルアはクスクスと楽しげに微笑んだ。
「な、何よ!」
「ルチルナの場合は、簡易ゴーレムを維持するとかの方が良いんじゃないかな?」
「そう……、なの……?」
「それぞれ自分に合う方法は違うから。慣れている事でやった方が感覚が掴みやすくて、成長も早くなるよ」
「……ふ~ん」
カルアはにっこりと頷き、立ち上がってルチルナを促した。
「もう寝ないと、明日大変だよ」
カルアの手を取り、立ち上がったルチルナは、眼下に広がる景色に目を向けた。
灯りが減った谷のあちこちで、灯籠が代わる代わるぼうっと淡い光を放ち、空の様子を映しているように思えた。
「あれもランプなの?」
「『灯籠』って言って、澱みが出来ないようにダンジョンの魔力を散らしてるんだって。散らせなかった分を、光に変えてるんだよ」
「ふ~ん……」
話を聞いた時、ルチルナも側に居たはずだが……目を開けているだけで精一杯だったのだろう。
――ふと、顔を出した月が二人を照らした。
幕を引き開ける様に雲が流れ――淡い光が谷をぼんやりと照らし出した。
ルチルナは暫くの間月を見つめ、唐突にステップを踏んでくるくると回って見せた。
翻ったワンピースの裾がふわりと広がり、美しい線を描いた。
「上手いんだね」
カルアへ向き直り、ルチルナは手を差し出した。
「あなたダンスは出来る?」
「ぜんぜん」
ルチルナは得意げに微笑み、カルアの手を取って引き寄せた。
「私に合わせて足を動かして」
「え? う、うん……」
促されるまま、カルアはルチルナに合わせて足を動かした。
「左、右、左 ……ここでターン」
ぎこちなく動いたカルアを見て、ルチルナは渋い顔を作った。
「ホントに全然ダメね」
「こういうのに縁はないから、私には必要ありません」
そう言って頬を膨らますと、ルチルナは上目遣いに微笑んだ。
「何を言ってるの? ランクが上がって行けば、嫌でもそういう場に出る機会がくるわよ」
「ん、んん……。それは、まぁ……」
再び差し出されたルチルナの手を取り、言われるままに体を動かした。
「左、右、左……違うわ。こうするの」
手本見せたルチルナは、再びカルアの手を取って促した。
「もう一回――」
それから暫くの間、疎らに拍手送る灯籠達に見守られ、伸びた影がぎこちない動きを繰り返した――
2017/3/22 脱字修正 2017/07/31再編集 2020/09/30微修正




