現実
「ご苦労様」
人懐っこい笑顔を向け、兵士は青札を差し出した。
「次は何処へ向かうんだい?」
「中央まで行って、そこから東の拠点に」
カルアは札を仕舞いなが兵士の問いに答えた。
「東側は魔物やモンスターとの遭遇が多いみたいだから、気をつけてね」
「はい」
「ま、君達なら心配するような事はないと思うけどね……」
そう言って、兵士は三体のゴーレムをまじまじと眺めた。
――カルアの合図を受け、数台の荷馬車から成る車列がゆっくりと動き出した。
荷馬車には様々な建材が詰め込まれており、車輪の上げる軋みが、その重量を想像させる。
カルア達に命ぜられたオーダーは、建設中の各施設の建材と、追加の補給品の輸送。そして、求めがあれば、建設現場での手伝い。加えて車列の護衛。っとなっている。
だが、彼女達が使用する道は、警備を命ぜられた冒険者と領主から派遣された兵士達が巡回し、極めて高い安全が確保されている。
実際のところ、護衛の部分は名ばかり。やる事と言えば、ぬかるみや段差に嵌まった荷馬車を脱出させる事と、傾斜を上る際の補助が主な仕事だ。
そして、この状況に苛立ちを募らせ、時折眉をピクピクと痙攣させる者がある。
言うまでも無く――
ルチルナだ。
車列を前後から挟むように、カルアが車列の先頭を歩き、ルチルナとローレンスは車列の後ろに続いた。
ルチルナはメイメイの肩に座り、今し方荷を降ろした詰所の裏で、杭を相手に訓練する兵士達から視線を滑らせてため息をついた。
身を屈めて頬杖をつき、先頭の荷馬車の向こうで揺れるレムの鶏冠を退屈そうに眺めた。
ローレンスはその様子を横目でちらりと窺い、危機感を募らせていた。
(そろそろ……限界ですかな……)
オーダーの受注に成功し、はしゃぐカルアをルチルナは面倒臭そうに見つめていた。
受注に成功したと分かった途端、妙に冷めた様子で淡々と過ごしていたルチルナだったのだが……その実、靴を新調し、手袋まで買った。興味なさそうに振る舞いつつ、その意気込みたるやなかなかのものであった。
間違い無く、ルチルナははしゃいでいた。
カルアもローレンスも、そんな事はお見通しで、あえて手袋や靴に触れるような事はしなかった。
密かにやる気に満ちていたルチルナだったのだが、いざ蓋を開けてみると……何も変わらない。景色が変わっただけで、やっていることは商会の仕事と同じだった。
作業場が東の森に変わっただけだ。
街道に飛び出して来る獲物を思うままに蹂躙する――彼女が思い描いていたものとは遠くかけ離れていた。
他の者達が物々しい武装をした連中と引き継ぎを行う中、モサモサの胸毛を見せつける半裸の筋肉ダルマ達と引き継ぎを行った。
この町では珍しい巨人族の三人組だった。この時点で気が付くべきだった。
巨人族――彼らが最も重宝されるは建築や整地の現場だ。
『誰憚る事無く暴れられて、それで感謝される依頼を受けられるようになるのよ。ほんのちょっと我慢するだけでね』
父とローレンスにまんまと乗せられて家を追い出され、そして今度はユニスの口車に乗せられたのかと――ルチルナは目をつり上げ、ピクピクと瞼を痙攣させた。
――車列は大きく左へ折れ、森の中へと続く道に入った。まだ切り株や根が残り、轍も多い新しい道だ。加えて、前日の雨でそこかしこにぬかるみが出来上がっていた。
おかげで引っ切り無しに車輪を取られ、車列は大きく速度を落とした。
車輪を取られる度に御者に呼ばれて馬車を押し、メイメイとランランに泥水が跳ねる。ルチルナの機嫌は目に見えて悪くなってゆく……。
「あの……、すみません……」
その声にギロリと目を向けると――小さく縮んだ若い御者の男が、顔色を窺うようにルチルナを見つめていた。
ルチルナは鼻から荒々しく息を噴き出し、チラリとランランへ目を向けた。
ぬかるみに車輪を取られた荷馬車をランランが押し、沈み込んだ車輪がゆっくりとぬかるみを脱して行く――
ローレンスはルチルナの目を盗み、するりと先頭を歩くカルアの元へ向かった。
「カルア様」
振り向いたカルアは、ローレンスの顔を見た瞬間に言わんとする事を察した。
轍やぬかるみに敷く分厚い板をレムに持たせ、手早く指示を出して先行させると、ローレンスに尋ねた。
「限界ですか……?」
「噴火が近いかと……」
カルアもローレンスも、日を追うごとに機嫌が悪くなるルチルナを手をこまねいて見ていた訳ではない。ルチルナのストレスを少しでも吐き出させようと、色々と試みてはみたのだが……。
いっその事ゴブリンでも現れてくれたら……。
さしものローレンスでさえそんな考えが過ぎる程に手詰まりになっていた。
今この時も、極力ルチルナの手を煩わせぬように、車輪が嵌まりそうな場所に目を光らせ、レムに塞がせている。しかし、とてもではないが全てを塞ぐ事は出来ない……。
――荷馬車をぬかるみから出したルチルナは、先頭の荷馬車の陰でなにやらこそこそとカルアと話すローレンスを見つけ、目をつり上げ、鼻を膨らました。
蒸気でも噴き出すように鼻から息を噴き出し、口を開きかけた、その時――
「おい、あれ……」
「指を差しちゃだめだよ」
背後から飛んだ声を振り返ると――大きな盾を背負った青年と、弓を背負った、何処かあどけなさの残る少年が立っていた。
「ほら、絶対あつが暴君だって」
「だから指を差しちゃダメだって!」
ルチルナを指す手を、弓を背負った少年が掴んで下ろさせていた。
「ふ~ん。こんなガキがねぇ……」
盾を背負った青年はツカツカと歩み寄り、値踏みでもするようにまじまじとルチルナを見つめた。
続いて荷馬車の方へ向かい、
「このゴーレムもお前のなのか?」
そう言って、材質でも確認するように無遠慮にペタペタとランランに触れた。
つり上げられたルチルナの目に、敵意が満ち満ちた……。
「なぁ、このゴーレム――」
言い終えるより先に、振り向いたランランの腕が青年めがけて振り抜かれた――
後方から響いた大きな音に、カルアとローレンスがハッと顔を向けた。
腕を振り抜いたランランと、それを受け止める黒い大きな盾が見えた。
(しまった!)
ローレンスは弾かれたようにルチルナの元へ駆けだした。
「お嬢様! なりませんぞ!」
大人しく依頼をこなし、ようやく汚名を返上しつつあるというのに……こんなところで、ましてギルドオーダーの最中に問題を起こさせるわけにはゆかない。
カルアも慌ててローレンスの後を追った。
「ルチルナ! 堪えて!」
「あっぶねぇな……」
盾の陰から僅かに顔を覗かせ、そう溢した青年を大きな影が覆った。
いつの間にやら、ランランは腕の先に、体をすっぽりと覆ってしまえる程の巨大な板を生やし、青年めがけて降り下ろそうとしていた――
「まて! まて! 落ち着け!」
そう声を張り上げ、青年の後ろから飛び出して来た、同じく大きな盾を背負った男が両者の間に割り込んだ。
同時に、駆けつけたカルアとローレンスがルチルナを押し止めた。
「お嬢様。事情は存じませぬが、どうか、どうかご辛抱を……」
「ルチルナ。堪えて」
ルチルナはジロリと二人を睨み付けていたが……、プシュ! っと鼻から蒸気を噴き出しランランを戻した。
先程間に割り込んだ男はホッと息を吐き、くるりと向き直って青年の頭へゲンコツを落とした。
「痛ッ!」
「お前が悪い」
「そうだよ」
続いて、弓を背負った少年が頭をはたいた。
「すみません」
そう言って少年はルチルナへ頭を下げた。
ルチルナは「フン!」と鼻を鳴らし、いつの間にやらまたぬかるみに嵌まっていた荷馬車を押し始めた。
御者の男は先程よりも更に小さく縮み、前を向いたまま青い顔でじっと一点を見つめている。ルチルナの鼻息に煽られ、髪が揺れたように見えた……。
「ルチルナ」
優しく微笑みかけるカルアにチラリと目を動かし、ルチルナは不本意そうに顔を和らげた。
「申し訳ない」
盾を背負った男は頭を下げ、青年の頭を押した。
「お前があやまらくてどうする」
頭を押され、青年は渋々謝罪を口にした。
「……すみません」
当のルチルナは……苛立たしい物から離れるように、車列の前方へ移動して荷馬車の補助を始めた。
一応、彼女なりに、ストレスをコントロールする術を学びつつはあるようだ……。
「お怪我などはございませんか?」
ローレンスが不安げに声を潜めて尋ねた。
「仮にあったとしても、非はこちらにある。申し訳ない」
青年から手を離し、男は頭を下げた。
キレのある声に、堅そうな雰囲気を纏った男。首に提げた登録証がなければ、軍人だと言っても通用するだろう。
「あの、原因はなんだったんですか……?」
カルアは男に尋ねた。ルチルナを信じてはいるが、拭いきれぬ部分があるのも事実……。
「失礼な振る舞いをして、彼女を怒らせたんだよ。喧嘩を売ったようなものだよ」
青年に呆れたような目を向け、弓を背負った少年がカルアの問いに答えた。
それを聞き、カルアとローレンスはホッと胸をなで下ろした。
「俺は、あのゴーレムと立ち合わせてくれって頼もうと……」
(なるほど……)
カルアとローレンスは顔を見合わせた。
ならばいっその事立ち合わせて……という考えが一瞬二人の頭を過ぎったが、口には出さなかった。
「マーカスって人がさ、この町には『暴君』と『姫』って呼ばれるゴーレム使いが居るって言ってたんだよ……」
カルアの眉がピクリと動いた。
「チンピラ従えて倉庫街を牛耳ってるって」
(あの人! クレアさんが気をつけろって言ってたけど……)
「絶対そうだろうと思って……『暴君』とかスゲー強うそうじゃん?」
彼らの視界の外で、別の意味でルチルナの耳がピクリと動いた。
「だから立ち合わせて欲しくて……」
つり上がりそうになる目を抑え、カルアは努めて穏やかに返した。
「その人ウソしか言わないので、忘れた方が良いですよ」
「ふ~ん」
青年は、イマイチ納得のいかな様子だ。
ともあれ一区切りついたのを見計い、軍人のような男が口を開いた。
「私はカール・アクス。少し目を離した隙に……監督責任を負う者として、この不手際と、二人の非礼を改めて詫びたい」
そう言って頭を下げるカールに、少年が何かを言いかけたが……カールの一瞥を受け口を閉じた。
「いえ、こちらこそ」
「こちらにも非が無い訳ではございません」
慌ててカルアとローレンスが頭を下げた。
荷馬車の補助を行いながらも、耳だけはそばだてていたルチルナは面白くなさそうに顔を顰めた。
だが、割り込まないところを見ると――いきなり殴りかかったのはやり過ぎだったと思っている……のであれば良いが。
カールの促すような視線を受け、青年が口を開いた。
「リン・ソーヤー。歳は十五だ」
「僕はアイク・ウィーリス。同じく十五だよ」
思わず目を瞠ったカルアとローレンスへ、アイクは何かバツが悪そうに頬を掻いた。
「みんな同じ反応をするんだよね……」
慌てて繕いかけた二人を制するように、アイクは言葉を続けた。
「気にしないで下さい。自分でも歳と見た目がずれてるのは分かってますから。それに、年下に見られるのは上に見られるよりお得な事が多いんですよ」
アイクはそう言ってニコリと微笑んだ。
肌は白く、帯状の布をヘアバンドのように緩く巻き、天辺から垂れ下がった長いブロンド髪は穂を垂れた麦のようだ。
背には弓を背負い、腰の辺りに短剣を手挟んでいる。外套の隙間から見える胸当て以外防具らしい物は身につけていない。
一方、リンは黒髪を短く刈り込み、肌は浅黒く、いかにも肉体労働者といった風貌をしていた。
黒い大きなタワーシールドに、背丈よりも少し短い槍を背負っていた。身につけている鎧も、各所に金属を用いた重装備だ。
カールは、持っている獲物はリンと同じだが、リンの持つ物と比べると、素人目にも質の違いが分かる。鎧はリンと比べると少々軽装のようだ。
「カルア・モーム。十四です」
「ローレンス・シェパードと申します。歳を申し上げるのは――少々憚られますな……」
そう言って、バツが悪そうに首へ手を回し、三人の若者を見た。
カルアはちらりとルチルナを振り返り、
「彼女はルチルナ・メイフィールド」
「私めの主にございます」
と、ローレンスが後を継いだ。
「これから中央へ?」
カールが尋ねた。
「はい。今日は中央の宿舎に泊まって、明日東側へ行く予定です」
「ならば、お詫びも兼ねて手伝わせて欲しい」
「いえ、そんな……」
断ろうとするカルアを遮り、カールが続けた。
「中央へ向かうのであれば通り道だ。是非ともお願いしたい」
交わした言葉はほんの僅かだが、おそらくこの男は何言っても引き下がらないだろう。そう確信できた。
「……じゃぁ、よろしくお願いします」
――先頭を歩きながら、カルアは後方を歩くルチルナを窺った。
段差やぬかるみにはまる荷馬車を事も無げに押し出すメイメイとランラン。そのすぐ側で、リンとアイクが二体のパワーに感嘆の声を上げていた。
チョロチョロとまとわり付き、作業を見守るリンとアイクへ、「フン!」と鼻を鳴らしてそっぽを向いているが……その顔はにやける様に口元がつり上っていた。
その後ろを歩くローレンスは、安堵したようにカルアへ頷いた。
カルアはホッと顔を戻し、隣を歩くカールの登録証を横目に窺った。
冒険者のランクは大分して六つ。
下から、黒、白、緑、黄、青、紫となっている。各ランクはその中で二段階に分かれ、ランクが上がったすぐは、薄い色か三角を合わせた様に、前ランクの色と二色で示される。カルア達が選んだのは前者だ。
この状態は、言わば見習い期間だ。そのランクの依頼の達成実績を規定数満たすことで、それが解除され正式な色を掲げる事が許される。カルア達は白見習いの状態だ。
そして、最も多いのが彼女達のランクである白だ。
冒険者登録を行ったその全ての者が、冒険者を生業としている訳では無い。本業は別にあり、片手間に冒険者家業を営む者は多い。
この、小遣い稼ぎの副業として冒険者家業を営むんでいる者たちは、白以上にランクを上げる事はしない。
白の一つ上、緑からダンジョンに入る事が許され、討伐などの難易度の高い依頼も登場する。
当然、依頼達成に掛かる手間も危険度も跳ね上がる。実際、依頼の遂行中に命を落とす冒険者の殆どが、緑から上のランクの者達だ。
小遣い稼ぎの副業に大きな手間や、まして命を懸けようという者は少ない。
ランクだけを上げておく。これは維持する手間が掛かるだけでメリットが無い。
そのランクの依頼の達成実績を重ね続けなければ、ランクを落とされてしまう。ランクだけ上げ、下位の依頼ばかりをこなし、いざと言う時に鈍っていて使い物にならないでは目も当てられないからだ。
冒険者家業を本業に据えなければ、維持する事は難しい。
そしてもう一つ。冒険者を副業とする者達がそれ以上ランクを上げられない理由がある。
緑からは実績を積むだけでは見習い状態を解除できない。実績に加え、試験をパスする事が求められ、さらに、もう一つ要求される事がある。
冒険者ギルド本部を有する都市国家『ダーラ』その市民となる事。
この決断を下せない者は、ここより上へ上がる事は出来ないのだ。
ダーラの市民となる決断を下した時より、元の国での身分は凍結される。登録証を返納すれば凍結は解除されるが、当然ながら冒険者登録は抹消される。
再び登録する事は可能だが、黒からやり直しとなる。
長寿な種族であれば、再び元のランクまで戻す事も可能だろうが、人族のような短命な種族の場合、それは難しい。
この世界の人工割合を圧倒的に占める人族。その殆どにとって、ここでの選択と、その後に登録証の返納を行うかは、生涯に一度のものだ。
ダーラと冒険者ギルドについて今少し。
世界各国に根を張る冒険者ギルド。しかしその本体は、有する国土は中央大陸のみという小さな都市国家だ。
中央『大陸』となっているが、かつて大陸であったとされている為、そう呼ばれているだけだ。実際には小さな島が点在しているにすぎない。
ダーラを中心に小さな島が周囲を囲み、南方にもぽつぽつと島が点在している。ザシャから西へ船で約六日、飛空挺で行けば二日はかからない。
体裁上、国家としているが、どの国にも所属しない独立組織と言う方が正確だ。
各国に対して絶対中立を貫いており、その為か、唯一、特定の国家や組織と繋がりを持ちたがらない龍神教と深い繋がりを持つ。
ダーラの事を人々はこう呼ぶ。
『迷宮都市ダーラ』
中央大陸と聞いて人々が思い浮かべるのは、冒険者ギルドとダンジョンだ。中央大陸は世界屈指のダンジョン密集地帯であるからだ。
だが、迷宮都市と呼ばれる所以はそこではない。無数に存在するダンジョンの中で、飛び抜けて知名度の高いダンジョンがある。
『大迷宮ダーラ』
またはダーラ大迷宮と呼ばれる、世界最大といわれる大迷宮だ。未だ、最深部へ辿り着いた者は無い。
ダーラはこのダンジョンの真上に築かれ、その入り口は都市の中心にある。その為、常にダンジョンの影響を受け続けている。
当然、様々な対策が講じられてはいるのだが、通常ダンジョンの内部でしか見られぬ現象が数多く報告されており、
「ダーラはダンジョンに取り込まれているのではないか?」「そもそもダーラはダンジョンの一部なのではないか?」
そう囁かれている。迷宮都市と呼ばれるのはその為だ。
ダンジョンを内包した都市はダーラをおいて他に無い。都市の中心にダンジョンを持つなど、冒険者の国らしい。
と言えば聞こえは良いが、正気の沙汰ではない。今のところ大きな問題は起きていないが、危ぶむ声は多い。
抗魔戦争以前、各国は領土と資源を巡って激しく争っていた。そこへ横槍を入れたのが西からの侵略者、魔族と称される者達だ。
強大な共通の敵を持った各国は矛を収め、手を結んで侵略者を打ち破った。これが、抗魔戦争と呼ばれる戦いだ。
抗魔戦争において、各国は一度は纏まった。しかし、抗魔戦争終結後に始まった世界戦争――結局、以前の戦争の続きを始めたのだ。
多くの国が滅び、疲弊し、実に多くのものを失った。
この世界戦争の最中、それに拍車をかけるもう一つの戦争が始まった。各地に次々と発生したダンジョンとそこから吐き出される魔物達との戦だ。
初めこそ各国は他国と魔物の両方を相手に戦っていたが、際限なく数を増やし衰えることのない魔物達の侵攻に、他国と争う余裕は無くなった。
そして、疲弊した人間族はその版図を大きく失うこととなった……。
後に第二次抗魔戦争と称されるこの戦いが、結果的に世界戦争を終結させた。
この戦いの最中、魔物達と戦うことを専門に請け負う傭兵団が各地に産まれた。
それらの傭兵団が大きく成長するに伴い、各国はダンジョンや魔物との戦いは傭兵団へ任せ、国の立て直しへ注力するようになった。
その頃、中央大陸を拠点に活動していた一際大きな傭兵団があった。元々は、大迷宮ダーラの攻略を試みていた者達だと言われている。
彼らは中央大陸を開拓し、都市を築いた。そして、中央大陸に巣くったダンジョン群と大迷宮ダーラに鍛えられた彼らは、各地の傭兵団を取り込み、ことごとくその傘下へ収めるに至った。
そして戦いに一段落ついた頃、各国の承認を得て、国家として独立を果たした。同時に、傭兵団は冒険者ギルドと名を改め、現在の体勢を確立していった。
と言うのが、世界の常識なのだが……これに異を唱える者は多い。
しかし、世界中がまだまだ混乱していた時期であり、残されている記録は少ない。そして当の冒険者ギルドがだんまりを決め込んでおり、様々と唱えられる説を否定もしなければ肯定もしない。
結局のところ、冒険者ギルド誕生の経緯はハッキリとしない。
何処かの自称考古学者に尋ねれば、目を輝かせて話してくれるのだろうが……いずれその経緯を語る者が現れるだろう。と言うに留めておこう。
では、カルアの視線に話を戻そう。
カールの登録証の色は黄。リンとアイクは白だ。ランクの違う者同士がパーティーを組んでいても不思議な事ではない。ただ、緑以下か緑以上という場合が殆どだ。緑を跨いだこの組み合わせは珍しい。
有志を集めて組織されたクランのようなものであれば分かるのだが、そういった連中は何処かしらにそれを示すエンブレムなどを身に付けているものだ。
しかし、この三人はそういった物を身につけていない。一体どのような繋がりなのだろうか? リンとカールの装備から推し量るに、師弟なのだろうか?
カルアがカールの登録証を見やったのにはそういう意が込められていた。
カールは敏感にその意を察して答えた。
「同門のよしみでね」
そう言ってリンを振り返った。
「酒場で飲んでいたら、オーダーを受けるのに組んでくれと頼まれてね。師は違えど、同じ流派を学ぶ者だ。無視はできんさ。ただ……」
そう言ってカールは微かに口元を崩した。
「ちょっと安請け合いだったかもな」
今回のオーダーの受注条件は、三人以上のパーティーを組んでいる事。となっていた。
(なるほど……)
――その時、視界が大きく開け、道が良くなった。
所々に切り株や根が残り、ぬかるみや轍に度々車輪を取られていた荷馬車が一転し、するすると快調に動き始めた。道はしっかりと固められており、馬達も軽快な足音を響かせた。
幅は十メートル程、切り株も根も残っていない。その中央を、重量のある荷馬車が走っても沈み込まぬよう、木と石でそれ用の道がレールのように延びていた。
道の両脇にはあちこちに資材が積み上げられ、中程まで進むと、警備や作業員たちの詰所兼宿舎が並んでいた。
側には食事などを出す露天が、所狭しと並べられたテーブルを囲うように軒を連ねていた。
……この道は、スケルトンと遭遇したあの日、スケルトンに意趣返しをしてカルアが作った更地だ。
「スケルトンの討伐を行った連中が派手にやったらしくてな。まあ、結果的にはこれで良かったみたいだが……骨相手に何やってるんだかな」
「ソウデスネ」
カールはやけに棒読みなカルア様子をチラリと窺ったが、さほど気にする様子はなかった。
道沿いに建つ建物の中で、やや大きく周囲と比べて少しだけ造りの良い建物から、髭を蓄えた中年の男がひょいと顔を覗かせた。
カルア一行を認めると、彼女達の到着を待つように布紙の束を手に入り口に佇んだ。
紺色のローブ。胸と背に大きく冒険者ギルドのエンブレムが掲げられている。冒険者ギルドの職員だ。
「やあ、ご苦労様」
男は車列が止まると同時にカルアへ声を掛け、布紙の束をペラペラと捲り、読み上げるように声を出した。
「C.O.L……、カルア・モーム、ルチルナ・メイフィールド、ローレンス・シェパード」
「はい」
カルアの返事を受け、男はまた布紙をぺらりと捲った。
「毛布と衣料品か……」
そう言うと男は顔を上げ、すぐ脇の地面を指した。
「一先ずそこらに降ろしてくれ」
カルアの指示の元、レムが次々と荷馬車から木箱を降ろし、それを職員の男が手際よく検品してゆく。
「終わった物はそっちの倉庫へ運んで貰えるかな。出来るだけ詰めて置いて貰えると助かる」
布紙をペラペラと捲り、検品を行いながら職員の男はそう言って愚痴っぽく続けた。
「倉庫が狭くてね、中で出来ると手間がなくて良いんだが……」
「リン、アイク」
レムが幾つかの木箱を抱えて歩き出すと同時に、カールが荷物へ取り付き二人を呼んだ。
車列を挟んで建物の向かいに居たリンとアイクが、荷馬車の隙間からするりと姿を現した。
荷を抱えるカールを見た二人は、詰まれた荷へ取り付き、彼に続いて倉庫へ向かった。
「あれは……」
荷を運ぶ三人を見て、職員の男が呟いた。
「手伝いを申し出てくれて……」
その言葉に、男は口元を綻ばせた。
「手伝いね……。リンは何をやらかしたんだ?」
カルアが答えるまでもなく、微かに動いた視線と表情から、男は敏感に答えを読み取った。
「監査役が小うるさい奴だったら、とっくに外されとるぞ。ま、少々やんちゃな方が将来は有望かもしれんがな」
そう言って、馬車の隙間にチラリと視線を動かした。
男の視線を辿ると、メイメイの肩に座り、退屈そうに鼻をほじるルチルナをローレンスが諫めていた。
「ほい、ご苦労様」
顔を戻すと、職員の男が青札と一緒に、ギルドのエンブレムが刻印された数枚のコインを差し出していた。ギルドが発行するトークンだ。
ギルドの指定する店舗と全ての神殿で使用する事が出来る。店舗は殆どの場合、酒場と宿だ。
ギルドオーダーを請け負っている間、このような形でギルドが支援する場合がある。使用するしないは自由だが、使用しなかった場合は返却しなければならない。
札を仕舞い、御者達にトークンを配るカルアへアイクが声を掛けた。
「あの全身鎧はゴーレムなの?」
そう言って荷を運ぶレムに目を向けた。
「ええ」
「へぇ~。流派みたいので違うとか……?」
「ん~、一般的に言われる流派って言うようなものは、確かなかったと思います……。その辺はローレンスさんかルチルナに聞いてもらった方が……」
きょとんとするアイクを見て、カルアは付け加えた。
「レムさんは、私が作った訳ではないんです。色々あって、私が受け継いだだけで――」
「おい! カルア!」
目を輝かせたリンが二人に割り込んだ。
「あれはお前のゴーレムなのか!?」
興奮気味にそう尋ね、荷を運ぶレムを追って行った。
「リ~ン~、モームさん。だろ? それに……」
呆れ顔のアイクの声などリンの耳には届いてないらしく、目を輝かせ、レムを追いかけてペタペタと触っている。
アイクは出かかっていた言葉を飲み込み、リンの勢いに呑まれきょとんとするカルアへ肩を竦めて見せた。
「別に悪気はないんだ……」
「大丈夫ですよ。私はそういうの気にしないので」
アイクはバツが悪そうにはにかむと、リンを振り返った。
「リンはごつい鎧が大好きなんだ。あの鎧を買う時も、あれに落ち着かせるのに苦労したよ……」
そう言ってカルアに向き直った。
「あと、僕の事はアイクって呼んでくれると嬉しいな」
「私はカルアで」
アイクはにこりと微笑み、木箱を抱えてレムとリンの後を追った。
それを見送り、カルアは今し方荷を降ろした馬車を操る若い御者にトークンを差し出した。
「このままザシャへ戻りますので、私は結構です」
そう言って、若い御者の男は何かから解放されたような、清々しい晴れやかな笑顔をカルアへ向けた。
本人は全く自覚していないようだが、微かにルチルナの方へ目が動いていた。
周りの御者達から注がれる恨めしげな視線を受け流し、
「それでは――」
と、馬へ鞭を入れようとした――その時、いつの間に持ってきたのやら、荷受けを行った職員の男が積み上げた木箱を指差して御者に声を掛けた。
「これを中央まで積んでいってくれ。無論、手間賃は上乗せだ」
「え……いや、私は――」
御者が言い終えるより先に、リンが荷台へ木箱を放り込み、
「全部積んで良いのか?」
と、職員の男へ尋ねていた。
――御者が言葉を詰まらせている間に、リンとアイクが次々と木箱を積み込んだ。
ついさっきまで恨めしげな視線を送っていた御者達の表情たるや……。
「人の不幸は蜜の味」
とはよく言ったものだ。
2016/09/29誤字修正 2016/11/08ルビ等修正 2017/1/22タイトル変更・誤字脱字・間違いを修正・二次抗魔戦争の件を追加 2017/07/30再編集 2018/09/28再編集 2020/09/30微修正




