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マニピュレイション!  作者: 立花 葵
志と野望
38/72

ジークの野望3

「酒でも飲むか……」

 ヴァルネを発ってどのぐらい経っただろうか? 内に渦巻いていた怒りを冷ます為に、何も考えずにひたすら歩き続けていた。


 歩調が徐々に緩み――ふと遠くに町の灯りが見えた時、そんな言葉が口をついた。

 思えば、この人生において俺は酒やタバコといった類いには全く手を出していなかった。


 まだ内で燻る怒りは酒を掛けて鎮火させるか……。そんな事を考えつつその町へ入った。


 町の中は、武装した傭兵と思しき連中が(たむろ)し、闊歩(かっぽ)していた。何処か俯いた様子の住人達とは対照的に、連中の目はギラギラとした光を帯びていた。

 住人の話によると、すぐ近くまで手を伸ばしてきたエナンの軍勢を警戒して領主が集めた者達らしい。


 兵士で溢れる町の酒場は何処もかしこもぱつぱつだった。

 入る気は無かったが、何となく娼館も覗いてみると、これまた繁盛している。

 向かいの路地に立ち、娼館を眺めた。入り口で交わされる客の男達と、見送りに出た女達の空々しい会話に耳を傾けた。

 エルフは耳が良い。その血を引く俺も、純血には劣るがそれなりに耳は良い。


 ふと、娼館から出てきた一人の老人が目に留まった。

(……俺もあのぐらい元気なジジイになりたいものだな)

 長い白髪の、額から天辺まで禿げ上がった爺さんが、見送りに出た女の尻を執拗になで回していた。女の尻に生えた尻尾かと錯覚してしまいそうだった。


 ジジイは欠けた前歯を覗かせてニヘリと笑い、ようやく手を離して歩き始めた。

 耳を澄ますと、女の微かな舌打ちが聞こえた。

(舌打ちされてやんの。俺は同じエロジジイでも、愛を囁いてもらえるようにならんとな)

 こちらにノロノロと歩いてくるジジイを眺めながら、心の中でほくそ笑んだ。


(あの面……ハゲによく似てやがる)

 だんだんと近づいてくるジジイ。この路地へ入るつもりなのだろうか?

(しかし見れば見るほどよく似てやがる。余韻に浸るあのにやけ顔なんて――)


「すまんの、ちと通して貰えんか?」

 目の前まで迫ったジジイが声を掛けてきた。だがその声は、俺の耳にはこれっぱかしも届いていなかった。


(ハゲだ。ハゲ)


 ギースの頃、俺に魔法を教えようとした魔術師……。

 いや――、そんなはずはない。生きているわけがない。よく似ているだけ――

「聞こえんのか? そこに突っ立っとると通れんぞ」


「……ハ、ハゲ」

 ああ、すまん。と言うつもりが……口から出たのはその言葉だった。


「失礼なやつじゃの……」

 ジジイはあからさまに顔を(しか)め、なめ回すように俺を見た。

「見たところ、傭兵のようじゃが……。兜を被って走り回っとれば、お前もすぐにこうなるんじゃ。精々大事にせい。失った物は戻らんぞ」

 そう言うとジジイは俺を押しのけて路地へと入った。


 世の中には自分と全く同じ容姿の人間が三人居ると言う。

(こいつはハゲのそれか……? いや、子孫か?)


 ジジイの背を見送りながらそんなこと考えていると、口が勝手に動いた。

「おい……」

「なんじゃ?」

 ジジイは足を止め、不機嫌そうに振り返った。


「お前の親類にハゲは居るか?」


(違う! 違う! そうじゃないんだ! ――いや、そうか? あいつの名前は覚えていない。ハゲとしか呼んでいなかった……いや違う、そうじゃないぞ!)

 ジジイは目をつり上げ、ゆっくりと向き直った。


「このクソガキが……そうか、そうか、お前は喧嘩を売っとったんじゃな。歳じゃからの、理解が遅くてすまんの」

 そう言うとジジイの周囲に無数の魔法陣が浮かび上がった。

「ま、待て、ハゲ! 落ち着け! ハゲ!」

 ジジイの眉がピクピクと動き、広い、広い額に青筋が浮き上がった。


「違う! 違う! そういう意味じゃないんだ! お前があまりにもハゲに似ていて――」

(ハゲに似て? ハゲててハゲに似てて……ハゲに似ててハゲている……。いいのか。ん? んん――)

 

「ハゲ、ハゲと……おかげで忌々しいクソガキを思い出したわい」

(……いや、まさか。あり得ない……)

 だが――確かめずにはいられなかった。そもそも、三度目の生を受けた俺自身があり得ない存在だ。ハゲの身に似たような事が起こっていたとしても別に不思議ではない……。


「――ギース・トレント」


「ん? おお、そうじゃそうじゃ、そんな名前じゃったわい。小太りで腹の出たブタのような奴じゃったわい。わしの忠告を無視して魔物に食われたがの――」

 そう言うと、ジジイは鋭く目を光らせた。

「お前は、わしの手で葬ってくれるわ」


(ああ……間違い無い。ハゲだ)

 だが何故生きている? こいつは人族じゃなかったのか? 一体こいつは何歳――いや、それは後だ。


「……ん? なぜ奴を知っとる?」

「俺だ。ギースだ」

「何をバカな……。あいつは人族じゃ。腹の出た小太りの――いや、そもそももう死んだわ」

「ああ、お前らが止めるのを聞かず、ダンジョンに落ちてくたばったよ」


 信じた訳ではないようだが、明らかに動揺するハゲに畳み掛けた。


「酒保のマリアちゃんを覚えているか? お前のお気に入りだったし、お前が口説いた翌日に居なくなったんだからな、よく覚えているだろう?」

 ハゲは目を剥き、周囲に浮かんでいた魔法陣がフッとかき消えた。


「本当にギースなのか……?」

「だからそうだと言っているだろう」


 それきりしんと静まった路地へ、喧嘩を期待して路地の前後から顔を突き出していた連中のヤジが投げ込まれた。

「おい、早くしろよ!」

「ジジイ! お前に賭けてんだよ! 早くしろ!」

(……鬱陶しい連中だ)


 俺はハゲと自分の後ろに石壁を生やし、外野を押し出した。

(この向こうは酒場だったな……)

 隣の壁を消し去り、中へ入った。


 壁際の席で酒を飲んでいた連中が、ずかずかと中へ入って行く俺達をポカンと見つめていた。

(……席は空いてないか)


「おい!」

 用心棒らしき二人の男を従え、目を吊り上げた店主と思しきマッチョが近づいてきた。

(そうりゃそうか……)

「すまん、修理代だ」

 目の前まで詰め寄ったマッチョが口を開くより先に、数枚の金貨を掴ませた。


「あぁ!? ん――あ、ああ……」

 金貨を見て勢いを失ったマッチョに、更に金貨を一枚掴ませた。

「適当に酒と何かつまめる物を頼めるか? 席はあそこでいい」

 先程穴をあけ、路地に出来上がった小部屋を指差した。

「お、おう……。待ってな」

 隅に置かれていた木箱を運び、地面に腰を下ろしてそれをテーブル代わりにハゲと向かい合った。


(破産したぞ……クソッ)

 神殿で格好良く財布を投げつけたかったところを我慢して、数枚の金貨を抜いたというのに……。

(その場の勢いに任せた行動は慎むべきだな……)

 そんな反省をしていると、ハゲが口を開いた。


「さっきのは魔法か?」

「まぁな」

 続けてハゲが何かを言おうとした時、先程のマッチョがドンっと酒瓶を置いた。


「本当にそこで良いのか? なんなら席を空けるぜ?」

 そう言ってニヤリと口角をつり上げた。

「それはありがたい。だが、ここの方が都合が良い。また荒れるかもしれんからな」

 そう言ってチラリとハゲを見た。


「壁を消したのはお前じゃろが……」

「そうかい。そん時はそっちの壁でたのむぜ」

(隣もたしか酒場だったな……。ライバル店か?)

「そんじゃ気が変わったら何時でも言ってくれ」

 グラスとつまみの盛られた皿を置き、マッチョは去って行った。


「まぁ、取り敢えず飲めよ」

 俺はグラスに酒を注ぎ、ハゲの前へ置いた。

 しかしハゲはグラスを脇に退かし、じっと俺を見つめた。

「お前は本当にあの小僧か?」


「マリアちゃんの後釜だったエドナちゃんな、お前に乳をつつかれた尻を揉まれたとよく抗議に来てたぞ。触られた所に発疹ができるとか言って泣いてたな」

 ハゲの眉がピクリと動いた。


「門番やってたナタリーも、お前のいやらしい視線をどうにかしてくれとよく来てたな。目玉をくり抜かせろって言うのを宥めるのに苦労したんだぞ。おかげで俺は彼女を美味しくいただけたけどな」

 木箱の上に置かれているハゲの手がプルプルと震えだした。


「それとお前が口説いたジーナに至っては、抗議に来てお前の口説き文句を思い出してゲロ吐いたぞ。ゲロ」

「よう分かった……」


「ああ――、それと、お前が宿舎や便所にそっそり開けてたのぞき穴。あれに色々塗ったのは俺だ。目やら鼻やら辛かっただろうに、よく頑張ってたな――」


「あれは貴様の仕業か!」

 ハゲは身を乗り出し、目をつり上げた。

「だったら何だ? あの淫魔をどうにかしろと連日抗議を受けた俺の身にもなれ」

 負けじと身を乗り出し、額をつぶけて押し合った。


「フン、嫁を寝取られとった事にも気が付かなかった奴が――そんなところにはよう気が回ったのぉ?」

「あぁ?」

「あのアバズレ(アニタ)が孕んだ子が本当に自分の子だと思うてか? まんまと騙された間抜けめが」


「なんの話だ?」

「おっと、口が滑ってしもうたわ。滑りついでに教えてやるわ。お前を持ち上げとった二枚目を覚えとるか?」

(二枚目……? 副団長のアレックスか?)


「お前が留守の時は決まってアニタ共々姿が見えなくなっとったのぉ。そしてお前がくたばった依頼を持ってきたのはだれじゃ? お前が行くよう持ち上げ、焚き付けたのはだれじゃ? メンバーの人選をしたのは誰じゃ?」


(……アレックス)


「お前と一緒に古株がことごとくくたばった知らせを受けた時のあやつの顔を見せてやりたかったわ。嫁どころか自分の傭兵団まで盗られた間抜けめが」

 ペタンと腰を降ろした俺を、ハゲは勝ち誇ったように睨みグラスを置いた。

「まぁ、飲め」


 勝利の笑みを浮かべ、酒臭い息を吐くハゲを睨みながら一息にグラスを空けた。


「ほれ、まだ飲むか?」

 酒瓶を突き出し、ニヤニヤと笑うハゲを睨み続けた。

 怪しいところは多々あった……。だが、まさかこの俺に背くようなバカはすまいと……。


 あの頃の俺はいろんな面で調子に乗りまくっていたからな……クソ……クソッ!

 あの野郎(アレツクス)……。見つけ出して――いや、とっくに死んでるか……。

(だが子孫は居るはずだ! いずれ見つけ出して八つ裂きにしてくれる。あのビッチ(アニタ)もだ!) 


 俺の目には、腰を浮かしニヤニヤと笑いながら何か言っているハゲの顔が映っていた。

 腹いせに取り敢えずこいつを真っ二つにしたい衝動を、奥歯をギリギリと鳴らして抑えた。


「詳しく聞きたいところだが、そんな事はどうでも良い。ギースはくたばったしな。もう今の俺には関係のない事だ」

(草の根分け出ても子孫を探し出してくれる! 精々ゲスな先祖を持ったことを呪うんだな……)


 だが、今は我慢だ……。こいつがハゲであることは証明された。ならば、今こいつに聞くべき事は一つだ。


「そんな事よりも聞きたいことがある」

 その言葉に、ハゲも笑みを消し鋭く目を光らせた。

「わしも聞きたい事がある……」

 僅かな沈黙の後――互いにカッと目を見開き同時に口を開いた。


「古代の文明とやらは何処へ行った!?」

「……」

「……」


「おい、ふざけるなよジジイ!」

「お前こそふざけるな! なんじゃその容姿は!? 古代の文明の力を使って手に入れたんじゃないのか!?」

「お前こそそれで延命してんじゃねぇのかよ!?」


「……」

「……」


「……お前……本当に知らないのか……?」

「お前こそ……一体どうやってその肉体を手に入れた……?」

「俺は生まれ変わっただけだ」

「馬鹿な! 転生したとでも言うのか!?」

「ああ、そうだよ! 死んで目が覚めたら異世界の女の腹の中に居た! そこで死んだら今度はエルフの腹の中に居た! それだけだ!」


「異世界だと……?」

「そんな事はどうでも良い! なんなら後でいくらでも聞かせてやる! それよりも、お前はどうなんだ!? ずっと生きていたのだろう!? それでどうやったら時代まるごとスルー出来るんだ!!」


「…………寝とった」

「あぁ!? まともに答える気が無いのなら、その不毛な頭に割れ目入れてケツにするぞ」

 ハゲに頭突きを入れ、ぐりぐりと押しながら睨み付けた。


「……長くなるぞ」

「どうでもいい、早く話せ」

 どかりと腰を下ろし、ハゲを促した。


「ふむ……。わしが魔術師を志したのは五歳の時じゃった――隣の家に綺麗な娘が住んどっての。秘密の覗き穴からその娘の着替えやらを覗くのが生きがいでの、毎日毎日――体からキノコが生えるぐらい壁にずっと貼り付いとった」


「おい、頭を出せ。ケツにしてやる」


「せっかちな奴じゃの。もう少し待て、ここにわしが魔術の道へ踏み込みこんだ全てが、今のわしへ至るその全てが秘められておるんじゃ」

「もし、ナニの能力を維持する為に、不老や若返り研究をしようと魔術を学んだなどと言うつもりなら、頭を出せ。ケツにしてやる」


「……なんで分かったんじゃ?」

「オプションで痔も付けられるが、どうする?」

「貴様に何がわかる!!」

 突如――ハゲは声を荒らげ、木箱を打ち叩たいて立ち上がった。


「若い肉体を手に入れた上に、長寿を誇るエルフだと!? 

 見ろ! この老いぼれた姿を! わしは……わしが生涯を賭した研究は、肉体を若返らせる事は出来ず、老化を緩やかなものにしただけだった……! じわじわと老い、じわじわと男の機能が失われて行くのを味わわされるこの苦痛が分かるか!?」

 血管を浮き上がらせ、唾を飛ばして喚いた。


「全てはあのほとばしる劣情を宿した若き肉体を取り戻し、維持せんが為に研究をつづけ、血を吐く思いで禁欲し、研究に生涯の全てを捧げたというのに……! なんじゃこの仕打ちは!!」

 ハゲはぺたんと腰を落とし、弱々しい声で続けた。


「わしは研究の全てを記し、後世に託した……。わしが記した記録を元に、誰かが完成させる事を祈り、ダンジョンへ潜って眠りについた。自らを封印し、眠った……」

 ハゲはキッと顔を上げ、にわかに勢いを取り戻した。


「だが、目覚めてみるとどうだ! なんじゃこれは! 研究が進むどころか、あらゆるものが退化しておるではないか! おまけに当てつけのように……あの無礼なブタがわしが欲した物を持って現れた!! なんじゃ! なんじゃこれは! この仕打ちは!!」

 ハゲはやおら立ち上がり、焦点の合わぬ目をぐりぐりと動かした。


「もう生かしてはおけん……。切り刻んでブタのエサにしてくれるわ……ブタはブタへ帰れ!

 ……そうじゃ、わしも帰らんと。……これは夢じゃ。わしはまだ眠っておるのだ……。悪夢を見ておるのじゃ……。ならば、この世界の全てを破壊しつくし現実へ――」


「だまれ……」


 俺は奴の発する音を消し去った。無論、本人は声を出しているつもりだ。焦点の合わぬ目を動かし、薄ら笑いを浮かべていた。

 そのまま暫く何か喚いていたようだが、ようやく声が出ていない事に気が付き、ハゲの顔から笑みが消えた。


「座れ」

「貴様……はやり……」

 ヘナヘナと腰を降ろしたハゲは声を震わせた。

「……なんじゃ……なんじゃ……この仕打ちは……」

 呟きと同時に、ハゲは俯いてポロポロと涙を落とした……。


「……まぁ、飲めよ」

 グラスと酒瓶をふわりと浮かし、酒を注いでハゲの前へ着地させた。

 ふと周囲を見回すと、先程まで怒鳴り合っていた俺達を警戒するように、幾つかの視線が注がれていた。

 ハゲはグラスを引ったくると一息に飲み干し、瓶を掴んで直接グビグビと飲み始めた。


 ――その様子に、注がれていた視線が散り、代わりに先程のマッチョが無言で数本の酒瓶を置いていった。



 ◆



 ――ペチペチと頭を叩き、ハゲを起こした。

(……相変わらず良い音がする)

 昨夜、数本の酒を飲み干し、酔いつぶれたハゲを引きずって酒場を出た。

 そのまま路地に捨てて行こうかとも思ったが……結局、隣に座って一晩中いびきを聞きながら今後の事を考えていた。


 ハゲはむくりと体を起こし、暫くの間呆けたように辺りを見回していた。町は朝靄に包まれ、目覚めつつある町の声が靄の中から響いていた。


 ハゲは無言で立ち上がり、歩き出した俺に続いて路地を出た。

 日暮れとは違うカラリとした薄暗さと、ひんやりとした空気が心地よい。


 吐き気を堪え、顔を歪めるハゲを振り返り――素面に戻すと同時にズルリと魔力を引き出される感覚に顔を顰めた。

(こんなに消費するのか……)

「本当になんでもありなんじゃな……」


 もっと驚くかと思っていたのだが、ハゲはさほど驚いた様子もなく呟いた。

「あまり驚かないんだな」

「見たのは初めてではないからの」

「そうか……」


「……わしの師は呪言の使い手であった。厳格なエルフの老人での、多くの弟子が居った。

 皆優秀じゃったよ……。じゃが……呪言を習得出来た者は無かった。

 わしも師の元で魔術を学び、己の夢を実現すべく努力した。多くの弟子達が巣立って行く中、わしはあらゆる誘惑を振り切り、魔術だけを見つめ続けた」

 独り言を呟くように、ハゲは覇気のない瞳でどこかを見つめていた。


「――いつしか、師の元へ残った弟子はわし一人となっておった。

 そして、師の臨終に立ち会い、今際(いまわ)(きわ)の……労るような、哀れむような師の目を見た時、わしは悟った。

 師は呪言を授ける気など元より無かった。そしていかに努力しようとも、わしらには習得は出来ぬのだと。


 じゃが、正直わしはそんな事はどうでもよかった。他の弟子達と違い、わしの目的は呪言ではなかったし、わしの目指すものは呪言に頼らずとも得られる。

 初めて魔法を目にした日、その確信を覚え、その自信も……」

 ハゲは両手を広げ、弱々しく言葉を続けた。


「ほれ見ろ。これが答えだ。わしの研究は、それが不可能であるのだと証明しただけだ」


 ハゲは口を閉ざし、とぼとぼと歩いた。

「……お前は勘違いしている」

「勘違い?」


「お前が考えているものだけが魔法ではない。魔法とは、魔力の運用手段の総称だ。この世界は様々な魔法が存在し、それに支配されている。そして魔法に不可能はない。――正確には、魔力に不可能は無い」


「魔力……」

 ハゲはなにやらぶつぶつと呟くと、フッと顔を崩した。

「フン……まさか貴様に魔法を語られるとはな」


「それで、お前はこれからどうするんだ? 研究を続けるのか?」

「お前こそどうなのだ? そもそも、何をしていた? 傭兵のスカウトでもしとったのか?」

「傭兵団はもうやらんさ」

「……そうか」


「今度は正規軍を率いるつもりだ」

「はぁ? 正規軍? 国でも作るつもりか? この覇権争いに名乗りを上げるとでも言うのか?」

「そうだ。ヒマなら手を貸せ」

「そんな事をしてどうするじゃ……」


「今のままでは俺が理想とする人生は送れそうにないからな。それが実現できそうな国を作るんだ」

(理想の国じゃと……?)


「どうする? 上手く行けば、研究に適した環境も手に入るかもしれんぞ。……だいぶ後になるとは思うがな」

(わしの理想……)

「ま、無理強いするつもりはない。好きにしろ」


(わしの理想――――)


「わしにも噛ませろ」

「研究は良いのか? さっき何か思いついたんじゃないのか?」

「無論、すぐにとは言わんが設備は整えてもらうぞ」

「いいだろう」

 足を止め、振り返ってハゲと向き合った。


「ジーク・ヴァルニだ」

「……モーゼル・デュライじゃ」


「…………今考えなかったか?」

「フン。わしだって名前ぐらいは変わるわ」

 一瞬、ヤツの目に宿った光に不安を覚えたが……握手を交わし、町を離れた。




(認めたくはないが、戦に関してはこやつは天才じゃった。相当な力も手にしているようだしの……そこそこ良いところまでは行くじゃろう。

 そこへ初めから食い込んでおけば、必然的に大きな権力が転がり込んでくる……世の常じゃ。こやつの尻馬に乗り、わしも理想郷――桃源郷を作ろうではないか……。


 爺専を集めた爺専パラダイス! 研究など後でも十分じゃわい。まずは長年の鬱憤を肉欲の海で晴らし、いずれこやつから提供される設備で研究を完成させる! 一石二鳥じゃ!)

2016/08/30・2016/12/11誤字修正 2016/11/16段落修正 2017/03/30魔方陣→魔法陣 2017/07/30再編集 2017/12/3再編集 2020/09/30微修正

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