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マニピュレイション!  作者: 立花 葵
志と野望
37/72

一歩 2/2

「はい、お疲れ様でした」

 カルアとルチルナへ青札を渡し、エストはにっこりと微笑んだ。


「鉱石運びはこれで終わりなんですか?」

「うん。今日入れた分で最後だよ。お陰様で予定より大幅に早く片付いたよ」

 にこにこと微笑むエストは上機嫌に続けた。


「だいぶ予定が繰り上がったからね、例のダンジョンでも一仕事できそうだよ」

 そう言って、倉庫の奥にみっちりと詰め込まれた木材や石材の山を眺めた。

「でもまさか、こんなに早く片付くとは思って無かったからなぁ、もっと沢山仕入れておくべきだったね」


 ――東の森で発見されたダンジョン。もう少し攻略が進むと正式な名称が付けられるのだが、今のところ『東部ダンジョン』と仮称されいる。

 これからダンジョンの入り口を壁で囲み、そこを中心に仮設の監視所に宿舎、待機所などが建てられる。


 思い返してみると、カルアが商会の仕事を請け負い始めて少し経った頃から、鉱石の箱に混じってちらほら木材や石材運び込まれるようになった。エストはあの時点で、この展開をある程度予期していたようだ。


「お代わりはいかがですか?」

 ティーポットを手にローレンスがテーブルを囲む三人へ声を掛ける。

「旦那! そういうのはあっしがやりやすんで、どうぞ、かけてくだせぇ」


 ローデックが慌てて割り込み、ローレンスに椅子を勧める。

「いえいえ、お気になさらず。おかけになって下さい」

「ささ、かけてくださせぇ」

「いえいえ、ささ、どうぞ――」


 ローレンスとローデックの不毛なやり取りを他所に、エストはカルアとルチルナへ尋ねた。

「ところで、勿論君たちも発令には従うんだよね?」


「当然でしょ」

 得意げな顔で答えるルチルナ。その目は大手を振って獲物を探しに行ける喜びと、何か邪悪なものが混じりギラギラと輝いていた。

「出来そうなものがあれば受けるつもりなんですけど……」


 発令されるオーダーは、通常の依頼とは受注のやり方が少し違う。

 クエストボードに貼り出されるのは依頼票ではなく、内容、報酬、そして募集定員が書かれた物が大きく貼り出される。受注する者は、その旨を受付へ伝える。


 一定時間で募集は一旦締め切られ、その時点で定員内であれば、そのまま受注完了となる。しかし、定員内に収まる事は希だ。定員をオーバーした場合、くじ引きの抽選となる。


「受注出来るかは――運次第ですね」

 と、カルアは肩を竦めて見せた。

「やるって言ってるんだから受けさせれば良いのに」

 口を尖らせるルチルナ。ふとその隣の椅子が引かれ、ローレンスが席に着いた。


「先着順で受け付けてしまいますと、大所帯のクランなどに独占されしまいますからな。公平を期すための仕組みでございます」

 ローレンスが席に着くと同時に、ローデックが「どうぞ」とお茶を置いた。

 不毛な争いはローデックが制したようだ。


「ところで、パーティーの申請は済ませたのかい?」

「ええ、一応は……」

「パーティー名は?」

 エストの問いに、カルアとローレンスが目を見合わせた。

「だからメイメイで良いじゃない。ルチルナでも良いわよ」

 不思議そうにルチルナが口を挟んだ。


「それは素晴らしい案だね。――でも、やっぱり全員を象徴する名前……一言で君たちの構成やスタイルを連想させるものが理想だと思うな」

「んん……」

 と、三人は自分の眉でも見るようにくりんと目玉が上を向いた。


「これは僕の案だけど、リリスに(あやか)った名前はどうかな?」


「リリスって――あのリリスですか?」

「そう。魔帝リリス・オーデュ。

 彼女はその名が示す通り、魔帝と称される程の魔術師であり、ゴーレム史上最も優れた使い手だったと言われている」

「そう言えば……ゴーレム使いの中には、リリスこそがゴーレム使いの祖であるという説を唱える者もおりますな」

 口ひげを弄りながら、ローレンスが思い出したように口を挟んだ。


「流石! よく知ってるね。一般的には、所謂(いわゆる)とんでも説と言われているけどね。だけど、僕はこの説を支持している」

「何か根拠があるんですか?」

「ゴーレムの生成技術を辿って行くとね、この説に行き着いちゃうんだよ。


 ゴーレムの生成に用いる、魔導回路とシンボルを融合させたような独特の式。これはね、ゴーレムにのみ使用されてるんだ。これを応用した物などは存在しない。

 使い方は分かったけど、何故そう動くのか、その根本が分かっていない。


 つまりね、研究の末に辿り着いたものじゃないって事さ。そこに至る過程をすっ飛ばして結果だけを手に入れた、ポッと沸いてきた技術――拾い物ってことさ」


「でも、ゴーレムの技術は進歩を続けてるんですよね? なら――」

「進歩とも言えるけど、少し違う。「解明」が進んだと言った方が良いね」

 何か尋ねたそうなカルアの視線を受け、ローレンスが口を開いた。


「ゴーレムに関する技術は、世界戦争の折りに多くの記録が失われ、継承が途絶えたものも多く、大幅に後退したと言われております。

 現在の研究は、それら過去に存在した式の解明が主なものになっております」


「そうなんですか……」

 カルアはそう呟き、視線をルチルナへ滑らせた――

 視線を受けたルチルナはスッと目を逸らし、カップを口へ運んだ。

 もし、彼女に素直で正直な口が付いていたとしたら、こう答えただろう。


 へぇー。そうなんだ。


 メイメイ、ランランと暴れる事しかしてこなかったルチルナにそんな知識はない。

 ローレンスが託された夢は――遙か彼方、見上げてもその頂は毛ほども見えない……。


「この説はね、なにもリリスが最初のゴーレムを作ったって言ってる訳じゃないんだ。それだったらもっと受け入れられたかもしれないんだけど……。

 リリスは元は魔族側、魔大陸からこちらへ攻め込んで来た将の一人。ジークに破れ、彼の軍門に降った訳だけど――つまり?」


「――魔族の技術?」

「僕はそう考えてる。そしてそれがこの説が否定される理由。ま、この説も含め、ゴーレム誕生に関して明確なものは残っていないのが現状だよ」


 ゴーレムの知識に乏しいカルアにはあまりピンと来ない話だ。素直に「へぇー」と相づちを打つしかない。


「話が逸れてしまったね。リリスと君たちの構成はよく似ていると思うんだ。ゴーレム使いに魔術師。ゴーレム使いの冒険者は珍しいからね、それが二人も組んでるんだ。少々オーバーな名を付けても良いと思うよ」

「でもちょっとオーバー過ぎじゃないですか……?」


「そんな事はないさ、僕はなにも見た目だけで言っているんじゃない。リリスは一組の邪眼と一組の神眼を持っていたと言われているんだ。神眼は――」

 そう言うと、エストはルチルナを見た。


「君の持つ石の目(ラピス・アイ)。その上位版――石兵の王(ゴーレム・レイ)と呼ばれた神眼」

「ルチルナは分かりますけど、魔術師の部分は……私なんですよね?」

 にっこりと頷き返すエストへ、カルアは口をへの字に曲げて呆れたように微笑んだ。

「それじゃいくら何でもオーバー過ぎですよ」

 

「――圧縮魔法陣」


 エストの呟きに、カルアがピクリと反応した。

「もしかすると、君は立体魔法陣なんかも扱えるんじゃないかい?」

「……まだ、全然安定してなくて……、扱えるとは言えないですよ」

 俯いて肩を竦めるカルア。それを見るエストの目が細く光った。


「君は知らないのかい? 圧縮魔法陣は、つい最近まで魔術ギルドが秘匿していた技術なんだよ。そして立体魔法陣は、今正に、研究真っ盛りの技術なんだよ」


 エストの言葉に驚き、カルアは目を見開いた。

 あまり人目に触れさせるものではない。そうは言われていた。

『見せびらかすような真似は、くれぐれも慎むように』

 珍しく真面目な顔をした師匠の言葉を思い起こした。


「君のお師匠は、掛け値なしに凄い人だよ。是非とも一度お目にかかりたいよ」

 エストの口元はニッと笑っているが、目は真っ直ぐにカルアを見つめていた。

「確かに、オーバーかも知れないけど――君は今、その若さで魔術の最先端に立っているんだよ」


 カルアはこの時初めて、自分の知る魔術の常識が世間一般のそれとかけ離れている事を知った。

「っとまぁ、リリスに肖った名が君たちにピッタリかと思ってね」

 そう言ってエストはカップへ手を伸ばした――




「――リリスの話?」

 クレアは首を傾げた。

「んん~。これと言った話は知らないけど――本によって描かれる姿がまちまちなのは、女性だって事以外よく分かってないからだって話は聞いた事あるわね」


「へぇ~、私の家にあった絵本では、敵だった時は老婆の姿で、味方になると少女の姿でしたね」

「私が見たのは、どっちも変な仮面付けた女の子だったわよ」

 トーストを手に、口にジャムを付けたルチルナが口を挟んだ。


「そうなんだ――」

 ルチルナの口に付いたジャムをナプキンで拭いながらクレアへ尋ねた。

「クレアさんはどうでした?」

「私が子供の頃に見たのは、どっちもすっぽりフードを被ってて、性別もよく分からない絵だったわね」


 カルアは相づちを返しながら、無意識に指先に付いたジャムをちろりと舐め、クレアの眉がピクリと動いた――


「お代わりはいかがですか?」

 ティーポットを手に尋ねるローレンスへ、クレアは一瞬引きつった顔を見事な笑顔へ変換して答える。

「いただきます」

 カルア達は、いつもの如くギルドの裏でクレアと昼食を取ってる。ローレンスを阻む者は居らず、生き生きと給仕に励んでいる。


「エストに聞いた方が早いんじゃないの?」

 確かに、ルチルナの言うとおりエストに尋ねてみるべきか――




「――俺がガキの頃見たのは、ローブに面の魔術師だったな。最近のは少女か老婆の姿らしいぞ」

 そう言って、デールは水を注いだグラスをカルアの前へ置いた。

 夕食を食べながらリリスの事を尋ねてみたところ、そんな答えが返ってきた。


「リリスだけじゃなくて、ジークについても実はハッキリしてない事が多いって話だぜ。広場にある像が最も近らしいが、人族って説とハーフエルフって説で揉めてるらしいぜ」

「そう言えば――私が見た絵本とは鎧と剣が違いますね」


「モーゼル、ディアナ、バラムはハッキリとした記録が残ってるけど、ジークとリリスは曖昧なものしか残っていないって聞くな。モーゼルも魔術ギルド創設後はサッパリらしいぞ」

 そう言うと、デールは組んだ腕をカウンターへ置き、少し身を乗り出して躊躇いがちに切り出した。


「これはガキの頃に曾爺さんに聞いた事なんだけどよ、ジークは鬼族とエルフのハーフで、リリスは美しい少女だったって言ってたぜ」

 そう言って、デールはカルアの隣で肉にかぶりつくルチルナを見た。

「見た目の歳はこのぐらいで、髪はもっと白く、膝に届く位に長くて――気味が悪くなる程に美しい少女だった、ってな。あと、愛想が悪かったとも言ってたな」


「それって……」

「曾爺さんはもう少しで千五百歳って、エルフから見ても妖怪みてぇな人だったんだ。子供の頃に本物を見たって言ってたぜ。リリスとは何度か話をした――ともな」

「それって大発見なんじゃないですか?」

 カルアは目を剥いて、無意識に声を潜めた。


 デールは苦笑すると身を起こして首を振った。

「俺が初めて会った時には――もうすげぇボケててな、会う時は毎回自己紹介から始めなくちゃならなかった……。

 見聞きした事と自分が体験した事の区別もつかなくなっててな。信憑性の程は――な」


 カルアは相づちを返しながら、ふと隣に現れた気配に目を向けた。以前、レムが動き出した際にレムとカルアの前に割り込んだ剣士の男だ。


「何かリリスの逸話とか知ってるか?」

 デールが男に酒瓶とグラスを渡しながら尋ねた。

「リリスの逸話?」

 男は酒瓶を手に暫し考え、何か思い出したように口を開いた。

「ノーキスの北門はリリスのゴーレムだって話は知ってるか?」

「いえ」とカルアは首を振った。


「北側の絶壁にあった大きな亀裂を、巨大なゴーレムで塞いで、股の所に壁と門を作ったっんだとさ。

 たしかに古い地図を見ると、北門じゃなくて巨人って書いてあるんだよ。言われてみれば……ゴーレムっぽく見えなくもない。ま、ホントなのかウソなのかは分からん」

 そう言うといつもの席へ座り、手酌で飲み始めた。


 ――結局それ以上目新しい話は出てこなかった。

(明日、エストさんに聞いてみるのが一番かぁ……)



 夕食を終えると、カルアは早々とベッドへ身を投げた。藁の香りをいっぱいに吸い込み、ごろりと仰向けに転がった。

 うとうとと微睡みながら、頭の中でデールに聞いたリリスの姿をぼんやりと描いた。

(直に見たのかは別として、少なくともその話を見るか聞くかはしていたんだよね……なら――)




 ――カルアはふと足を止め、先に佇む少女を見た。

「ルチルナ?」


(……違う)


 膝に届きそうな長い髪。ゾッとする程に美しい少女――

 長い髪を揺らし、薄い膜の上を歩くように、ふわりとカルアへ歩み寄った。

 光を帯びたような白い髪と肌。全く飾り気のない真っ白のワンピースが、彼女の美しさを際立たせている。


 カルアへ向けて持ち上げられる、細くしなやかな腕と指。抜けるように白い肌の底には、微かな紅色が潜んでいた。

 ゆっくりと、カルアの胸元へ手を伸ばす少女の美しさに、カルアは目を奪われた。


 二本の腕に五本の指、二本の足に五本の指、自分と変わらない。顔もそうだ。二つの目に二つの耳、一つの鼻と一つの口。

 自分と同じパーツ、同じ組み合わせであるのに――その一つ一つの造形と配置次第で、これ程までに美しくなるのかと、カルアは息を飲んだ。


 生きた彫刻――生きた芸術だ。


 だが、すっと開かれた彼女の瞳だけは異彩を放っていた。

 金色に輝く虹彩、縦長の細い瞳孔……まるで、大蛇に睨まれたカエルのように、目を逸らす事も指先を動かす事も出来ない。


 少女の指がカルアの胸元へ触れた――


 服は初めから無かったかのように消え去り、首に提げたお守りだけが、恥じらうように胸の谷間に蹲った。

 少女は指先でお守りをゆっくりとなぞり、ふわりと浮き上がりカルアの耳へ口を寄せた――



 ――ふと目を開いたカルアは、首だけを動かして室内を見回した。

 窓から入る滲んだような光が、日の出が近い事を示している。身を起こし、室内に満ちる寝息に耳を澄まし、そろりと部屋を出た。


 右耳に手を当て、階段へと向かった。

(何かの夢を見てた気がする……何か囁かれたような――)

 耳をくすぐられたような、リアルな感覚が残る耳をさすりながら階段を下りた。


 一階へ降りると、階段下に並んで座るレムとランランの前に常連客の老人の姿があった。


「おはようございます」

 カルアの声に振り向いた老人は、それに応えるようにニカっと笑った。口元から覗く、欠けた前歯には何とも言えぬ愛嬌を感じる。

 ここのところ姿が見えなかった為、どうしたのかと思っていたのだが――心配するような事はなかったようだ。


 老人はスキットルから酒を(あお)り、ふにゃふにゃと聞き取れぬ言葉を発しながらいつもの席へと座った。

 一体老人は何をやっていたのかと二体のゴーレムを見ると、ランランの頭に革のカウボーイハットが乗っていた。

(これ……?)


「メイメイがリボンで、ランランに何も無いのが気に入らなかったんだとさ」

 後ろからデールが声を掛けた。


 あの「ふにゃふにゃ」を聞き取ったとは……流石と言うべきか。

「なるほど――」

 と納得しかけて、カルアは首を傾げた。

「酔っ払いの考えてる事は酔っ払いにしか分からんさ」

 と、デールはニッと笑って見せた。


 デールを手伝いテーブルなどを拭き、カウンターでお茶を飲みはじめた頃――、開門を知らせるメロディーが店内へ流れ込んだ。

 程なくして、泊まり客達がちらほらと一階へと姿を見せ始めた。忙しなく出口へと向かう者、テーブルに座り朝食を取る者……。

 例の老人は酒の注がれたグラスを抱き、椅子にもたれて器用に居眠りをしている。時折、微かないびきが聞こえてくる。


「――おはようございます。お早いですな」

 と、慇懃な礼をするローレンス。その後ろに続いて、メイメイがまだ半分瞼を閉じたルチルナを抱えて一階へと降りてきた。

「ええ、目が覚めたら寝れなくなっちゃって」

 ローレンスが席に着いたのを見届け、女将が三人分の朝食とお茶を並べた。


 メイメイを階段下へと誘導したまま戻らないルチルナを振り返ると、ルチルナはランランに被せられた帽子をじっと見つめていた。

「気に入った?」

 後ろに立ったカルアの声に振り返り、

「カルアが被せたの?」

 そう尋ねるルチルナの表情と声の調子からすると、どうやらお気に召したようだ。


 カルアは首を振り、真っ赤な顔で眠る老人を指さした。

「後でお礼しなくちゃね」

 そう言って、ルチルナを連れてカウンターへ戻った。

 カルアも老人からスキットルと送られたが、そう言えば礼をしていない。もっとも、あの時はそんな余裕は無かった……。


 朝食を取りながらデールへ尋ねると、

「酒以外は受け取らねぇぜ」

 だそうだ。


「一生分の飲み代は稼いだとか何とか言って、あっさり辞めちまったけど――あれで昔はそこそこ知られた職人だったんだぜ」

 そう言えば、スキットルの革ケースも、素人目に見ても良い物だと分かる物だった。

「じゃぁ――」

 と、カルアは金貨を一枚取り出し、デールへ差し出した。


「何か見繕ってもらえませんか?」

 ルチルナの視線を受け、ローレンスもデールへ金貨を差し出した。一服盛られて以来、財布はローレンスにより厳重に管理されている。


「おいおい……酒風呂にでも入れるつもりか?」

 と、デールは苦笑いを浮かべ、棚から一本の酒瓶を掴み出した。

「あの爺さんが一番好きなのはこいつだ。二人からって事で一本付けとくぜ。ちなみに、銀貨一枚だ」

 二人で銀貨一枚分の硬貨を渡し、朝食を済ませて宿を出た。



 ◆



 ――鉱石の詰め込まれた箱を乗せ、荷車が軋みを上げて動きだした。

 南門へと向かう荷車を見送り、カルアはホッと息を吐き出し、今日は入り口近くに置かれたテーブルへ腰を下ろした。

(あと半分くらいかな?)

 積み上げられた箱を見つめるカルアへ、ローデックが声を掛けた。


「後のは間が開きやすんで、のんびりやってくだせぇ」

 そう言うと、ちらりとチェス盤へ目を落とし、

「姐さんの番です」

 と、カルアを促した。

 カルアはチェス盤を覗き込み、駒を動かした。今のところ、ローデックが少し優勢のようだ。


 入り口から少し入った所で、メイメイの股にすっぽりとはまり居眠りをするルチルナ。その向かいで、酒瓶を握り木箱にだらりと背をもたせたマドックがいびきをかいている。手から滑り落ちたトランプが、二人の間に散らばっていた。


 奥の方では、半裸のボブが永遠と腕立て伏せをしている。ランランに削られた為、一回り小さく刈り込まれたアフロが小刻みに揺れていた。


 今日は商会の面子は、ローデック、マドック、ヘッジ、ボブの四人だけだ。連日続いていた鉱石運びに一区切りつき、今日は一日カルア達に任せ他の者達は休みだ。

 エストにリリスの話しを聞きたかったのだが、生憎エストは商談へ出かけたらしく、当分はザシャへは戻らないそうだ。


 床に散らばったトランプを片付け、居眠りをする二人へ毛布をそっと掛けながら、

(あの二人はどうしてるかな……)

 と、ローレンスとヘッジの事を思い浮かべた。



「――旦那の番ですぜ」

 ヘッジに促され、ローレンスは将棋盤を覗き込み、髭を弄りながら次の手を考えた。

「そいや、こういう物はジークだかモーゼルだかが作って広めた、って話を聞いた事ありやすか?」

 その言葉を受け、ローレンスは髭を弄っていた手を止めた。


「つっても社長の受け売りなんすけどね……うちの社長にかかれば、何でもかんでも英雄達と結びついちまうんで、何処まで本当やら……」

「いつだったか――その説を裏付ける物が見つかったという話を聞きましたな」

 そう言って、ローレンスはパチリと駒を打った。


「へぇー、じゃあホントなんすね――、ああ……」

 盤を見たヘッジが渋い顔を上げた。

「どうぞ」

 と、ローレンスは微笑み、駒を引っ込めた。


 カルアとルチルナが倉庫で仕事をしている間、ローレンスは新たにオーダーが貼り出された場合に備え、ギルドへ貼り付いている。ヘッジは受注が出来た場合の連絡役として同行してくれたのだった。


 待ったをかけ、腕組みをして新たな手を考えていたヘッジが、フッと指差した。

「旦那――あれ」

 特設のクエストボードへ、職員が次々とオーダーを貼り付けていた。

 白から黄――カルア達が属するランクのボードへもオーダーが貼り出された――



 カルアとルチルナは今日は倉庫で昼食を済ませ、たまに来る荷車へ荷を積む以外は、日がな一日カードゲームやボードゲームに興じていた。後は日暮れには来るという最後の一台を待つばかりだ。

 日は傾き――あと一時間もすれば、空は赤みを帯び始めるだろう。流石に飽きてきたカルアとローデックが、うとうとと頭を揺らしている。


「姐さん!」

 入り口から飛んできたヘッジの声に、ビクッと身を震わせカルアが振り向いた。

「ヘッジさん……」

 ヘッジが一人で戻って来たという事は――


「姐さん、後はあっしらでやりやすんで、どうぞ、行って下せぇ」

 ローデックは早口にそう言うと、マドックを揺り起こした。


 マドックは暫く呆けた顔をしていたが――毛布を払いのけ、すくと立ち上がり腕を組んだ。

「フハハハ! 行けい!」

 と、マドックは札を取り出し魔力を込めた。

 マドックの笑い声に起こされ、顔を(しか)めるルチルナと耳を塞ぐカルアへ、マドック青札を投げて寄越した。


「後はあっしらだけで十分でさぁ、ささ、行っておくんなせ」

 カルアへ声を掛けながら、ローデックはカルアの背を押して表へ出た。

 それに続き、マドックとボブに押され、ルチルナも表へ出た。


「でも――」

 何かズルをしているようで、口ごもるカルアの背を、マドックとローデックがグイと押した。

「ネエサン。アトハダイジョウブ」

 と、声をかけ、ボブが汗でてらてらと光る筋肉を見せつけた。

「ほら急げ!」

 そう言って、豪快な笑い声を響かせるマドックの隣でローデックが頷く。


「ありがとうございます!」

 カルアは見送りに出た三人へ頭を下げ、半分寝ぼけたルチルナを手を引き、足早にギルドへと向かった。


 ――流れに乗じ、そのままカルア達に付いて行こうとするヘッジの首筋を、マドックがむずりと掴んだ。

 あわよくば、このままサボろうとしていたヘッジが口走る言い訳を

「フハハハハハ!!」

 と、殊更(ことさら)大きな笑い声で押しつぶし、そのまま倉庫の中へ投げ込んだ。


「最近、お嬢(ルチルナ)は自分で歩く事がふえやしたね」

 遠ざかるカルアとルチルナの背を見つめ、ローデックがぽつりと呟いた。

「靴の趣味も変わったな」

 珍しく、ぼそりとマドックが呟いた。

 最近のルチルナは、所々、見た目より実用性に重きを置きはじめたように感じる。単にカルアの真似なのか……それとも――

 

「さ、てと……」

 二人の姿が見えなくなり……独りごちたローデックは、マドックとちらりと視線を交わし、ボブを連れて倉庫へ戻った。


「おい! ヘッジ! また悪ぃ癖を出しやがったな!」

「あ、兄貴……出来心で――」

「ボブ! 押さえてろ!」

「か、堪忍してくだ――」


「ヘッジ、アキラメロ」

「あ、やめ――ああ!!」

 水袋を叩くような鈍い音と、ヘッジの悲鳴が響き渡り――周囲の倉庫から何事かという視線が注がれた。

 入り口に佇むマドックは、注がれる視線をぐるりと見回し――ニカッと笑顔を送り荒々しく扉を閉めた。


 扉へ近づくと、ヘッジの悲痛な悲鳴と微かな呻き声が聞こえた……。

2016/07/07… 2016/07/22 誤字修正 2016/08/21段落修正 2016/08/30誤字脱字修正 2016/09/25タイトル修正 2016/11/16段落修正 2016/12/11句読点等修正 2017/01/24誤字修正 2017/07/29再編集

2017/11/29再編集 2020/09/30微修正

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