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マニピュレイション!  作者: 立花 葵
志と野望
34/72

ジークの野望2 1/2

 サルナと別れてから三年と少し。

 荷車に胡座(あぐら)をかき、書き留めたものを見返した。


 俺は南から北へと蛇行しながら旅をしている。これまで十一の国を見て回り、四つの戦争を見物した。その内の一つには傭兵として参加もした。

 とは言っても何もしていない……前線の衝突を間近で見物して帰った。多分俺は戦死したと思われている。ギメ・イーダよ安らかに眠ってくれ。


 小さな国が多く、小国がごちゃごちゃと乱立している状態だ。立ち寄った町や村がどの国にも属していないというのも珍しくはなかった。

 これから国を名乗るにふさわしい成長を遂げるか、何処かの国に取り込まれるのだろう……。


 どう贔屓(ひいき)目に見ても――ギースの頃より退化している。


 まず、他種族の姿を殆ど見かけない。ギースの頃、何処へ行っても必ず居たドワーフですら見かけるのは希だ。たまに町中ですれ違うと、互いに「お?」と珍しそうに視線を交わすようなざまだ。


 そして、町の中はちょっと裏へ回れば悪臭が漂い、口と鼻を覆っておかなければ気分が悪くなった。

 しかも一人でぷらぷらしようものならカツアゲの雨あられ……まぁ、おかげで俺の懐はかなり潤ったが。


 皆日々の生活に追われ、加えて繰り返される戦争に国全体が疲弊しているようであった。町や村はどんよりとした暗さを纏い、道行く人々は皆どこか俯いているように感じられた。何処かの国に属している町や村はそれが一層濃く感じられた。


 逆に、そのおかげで潤っている者達も居た。奴隷商や武器商人、娼館もなかなか繁盛しているようだ。

 人族は人間族中寿命は最短の種族だ。だが、繁殖力は他の追随を許さぬぶっちぎりのトップだ。


 これはその結果だ。


 受け皿が整うより先に、数ばかりが増えたのだ。互いを食い合う事でそれを補っている。良くない循環にはまり込んでいる。



 ――ふと荷車が動きを止め、メモを捲る手を止めた。

「旦那……もう……」

 靴だけを履き、荷車を引いていた全裸の男がへたり込み、痣だらけの顔を向けて声を絞り出していた。

「……そうか。ならば仕方ない」

 刀の柄へ手を伸ばした。


「そ、そんな……約束が――」

「何を言っているんだ? 約束が違うとでも言いたいのか? 何でもするから命だけは取らないでくれと持ちかけたのはお前だぞ? 俺は次の町までこれを引いて歩けと言ったんだ。もう町に着いたのか?

 そうでないのなら――、命を貰うしかないだろ」

 男はヨロヨロと立ち上がり、再び荷車を引き始めた。


 ん? ああ、こいつはさっき通りがかった町で俺の身ぐるみを剥がそうとした奴だ。逆に身ぐるみ剥いでこのタクシーを手に入れた。


 痣だらけの顔をさらし、ナニをぶらぶらさせて荷車を引く男に、時折すれ違う者が目を向けるが――すぐに興味を無くしたように目を戻した。

 奴隷が一般的で、その待遇はギースの頃より格段に悪くなっている。こんなものを見てもさほど気にも留められない……。


 ギースの頃も奴隷は一般的なものだった。だが、その待遇は今と比べればかなり良いものだった。ブラックもブラックだが、一応従業員と言えなくもない待遇はあった。

 主人によって環境はまちまちだろうが、今のこの世界における一般的な奴隷の認識は「道具」だ。生物として見ているのかも怪しいところだ。


 こいつは俺の身ぐるみを剥がそうと絡んできたわけだが、ここまでの仕打ちをするつもりは俺も無かった。

 ここまで来る間に、こういう(やから)にはかなり絡まれた。だが、こいつらがこうなったのは半分は環境のせいだ。そしてこいつらだって生きるのに必死なのだと思い、幾らか絞り取る程度で解放してきた。


 だがこいつはダメだ。こいつはサルナの羽根にツバを吐きかけやがった。綺麗に洗ったが、嗅ぐとまだツバ臭い気がする……。

 あの場で爆散させなかっただけ有り難く思え。


 ――サルナは今頃どうしてるだろうか? 好奇心に負け、フラフラと他種族の町や村に降りたりしてないだろうな……。あいつは自分(天人族)がどれ程レアな存在なのかイマイチ理解してないからな……不安だ。


 日がとっぷりと暮れ――、奴の頭に括り付けたランタンから時折焦げ臭い臭いが漂ってくる。

 森を抜け、眼下に町の灯りが見えた時、全裸男に声をかけた。


「おい、もう良いぞ。失せろ」

「は、は、はい」

 言うと同時に男は一目散に森へと逃げて行った。

(まだ結構元気じゃねぇか……。町の方へ向かえば良いのに、死にたいのか?)

 ……俺が向かうと分かってる所に行きたはくねぇか。


 時計を見ると日の出まではまだ数時間ある。ここで一眠りして、日が昇ったら町へ向かおう。門も閉まっているだろうし。



 ――翌日の昼頃、通りがかった農夫と籠一杯の果実と荷車を交換し、町へ向かった。

 背負った籠から林檎に似た果実を掴み出し、モシャモシャと食いながら斜面に広がる畑を見渡した。


 町を囲うように畑が広がり、水路が巡らされていた。

 水が低所から坂を駆け上り、畑へと運ばれている。傾斜を無視し、一定の速度で水が斜面を上っている。


 水路の先では、散水機のような物が水を撒いている。他にも、水路に併設された水車小屋のような物が幾つか見える。だが、肝心の水車は付いていない。

 水路の縁に屈み込み、メモを捲り水路の中に描かれた紋様と照らし合わせた。


 この水路に流れているのはただの水ではない。温泉もびっくりな効能を持っている。病気や怪我の回復を早め、作物も逞しく育つ。さらには魔力の回復効果まである。

 龍神教を名乗る者達が築いた「神殿」と呼ばれる施設……。この水路はそこから延びている。


 ――門番に幾らか掴ませするりと町へ入った。

 神殿。これまで二つの町でこれを見た。そして、この施設がある町は周囲に比べ遙かに豊かな町だった。


 龍を神と崇め、彼らが『龍の涙』と呼ぶ神殿内の泉から湧き出す水を無条件に供給し、信徒達は神殿の管理を行い、畑を耕し、炊き出しのような事までやっていた。

 布教活動は行わず、神殿を利用する者に祈りを求めたりもしない。ひたすら人々へ奉仕しているような、何とも奇妙な連中だ。


 人々も神殿には強い敬意の念を持っているようだ。土地を巡り頻繁に戦争を繰り返しているが、神殿への侵攻はタブー。どの国もそれは堅く守っている。

 その地を占領しても、決して神殿には手を出さない。俺の身ぐるみを剥がそうとした連中ですら、神殿へ押し込むようなまねはしない。

 そして神殿は絶対中立を貫き、特定の個人や組織、国家に肩入れはしないのだとか。



 ――龍をモチーフに使ったエンブレムが掲げられた、石作の美しい建物。大きさから察するに、まだ若い神殿のようだ。

 彼ら(龍神教)が『龍の涙』と呼んでいる泉は、少しずつ大きく成長するのだとか……神殿はそれに合わせて少しずつ大きく改築されてゆくらしい。

 泉が成長する……そのままの意味なのか、比喩的なものなのかは分からない。泉が直に見える所までは立ち入らせてもらえなかった。


 神殿とそこから延びる水路をくまなく見て回ったが、他の神殿と同じだ。

 水路の中に描かれた紋様――


 これは魔導回路だ。


 意匠はだいぶ異なるが、間違いないだろう。龍の涙から湧き出す水には魔力が溶け込んでいる。その魔力を使い、水路を制御している。


 水路だけではない。水路が繋がる様々な設備――畑へ水を撒く装置や、炊き出しなどに使っている大きな調理設備、水車の無い小屋の中では脱穀機や機織り機が動いていた。それらにも漏れなく魔導回路と思しき物が組み込まれている。


 神殿とは、言わば発電所だ。電線の様に水路を巡らし、魔導具へ動力を供給している。古代の文明はこうやって栄えたのだろうか?

 だが、信徒へ尋ねても土地の者へ尋ねても、これら魔導具についての知識を持つ者は居なかった。

 そもそも、魔導や魔導技術、魔導回路という言葉さえも知らなかった。


 彼らは口を揃えてこう言った。これは魔法陣であり、神殿(龍神教)が有する秘術なのだと。そして龍神教と神殿についても、昔からあるものだと。


 嘘ぬかせ、俺はこんな連中は知らん。少なくともギースの頃にこんな連中は居なかったし神殿も無かった。

 魔導具については一先ず保留だ。この施設を作った者達――正確にはそれを統べる者は、どうやら魔導技術の存在を隠しておきたいようだしな……シンボル魔法の様に、(かせ)を付けた運用を目指しているのか――はたまた単に知識不足なだけか……。


(ま、普通に考えれば前者だろうが……)

 こいつら(龍神教)の事がもう少し分かるまでは保留しておこう。


 背負った果実を籠ごと神殿へ寄付し、町の散策へと向かった。

 やはり、神殿のある町は他と比べて豊かなようだ。だが、あくまで他と比べてだ。キャパを超えた人々が暮らし、皆何処か疲れた顔をしている。他に比べれば遙かにマシ。というだけだ。


(あの町で決まりだな……)


 俺はこれからの活動拠点を人族の国に求めるつもりだった。この旅は、それに最適な地を探す旅でもある。

 何故人族の国なのかは、正直自分でもよく分からない。二度も人族として生きたからなのか、俺が人生計画を思い描く時、俺が暮らしているのは人族の町だった。それだけだ。


 まだ全ての国を見て回ったわけではないが、これ以上北に行くつもりもない。寒い地域はもとより却下だ。


 あの町というのは、俺が二年程前に訪れた町。ヴァルネ領と呼ばれる比較的大きな町だ。

 数十年前に神殿の建設と共に誕生した人口も程よい若い町だ。地理的には僻地を言わざるを得ないが、そのおかげで戦火は殆ど届かず、コツコツと町の発展に力を注いでいる。


 この町を築いた男、ヴァルネ一世は開明的な男だ。彼は多くの奴隷を連れ、神殿と共に町を築いた。

 そして当時奴隷だった者達は、今は自前の家や畑を持ち、自分の為に働いている。

 彼は気が付いたのだ、今世界を覆っている互いを食い合うジリ貧な文明から脱却する方法に。


 だからと言って奴隷が居ないわけではない。しかし、その生活環境は良い。ホワイトとは言えないが、住み込みの従業員と言って差し支えないだろう。

 裕福な町ではないが、町の全てが同じ方向を見つめている。そんな活気が感じられた。


 今は息子のヴァルネ二世が父の意思を継ぎ、町の発展に尽力している。きっとこれから大きく成長し、人族を牽引する国となるだろう。


 そしてなにより、他種族を最も多く見かけた町でもある。様々な文化、新しい技術を取り入れようと、積極的に他種族も受け入れていた。

 エルフ、ドワーフ、郊外で農夫と何かを交換するはぐれの獣族の姿も見かけた。ギースだった頃を最も濃く思い出させた町だ。


 ヴァルネに居を構える事を決め、いそいそと旅支度を整え旅立った。

 そこそこ金もあるし、家の一軒ぐらいなら買えるだろう……家を買って、サルナと合流し、金の卵達を迎えに行って――



 いよいよ始まる第三の人生に思いを馳せ、鼻歌混じりに旅をした。

 ヴァルネを目指し、約一年をかけてのんびりと旅をした。この旅が、俺の人生で最も楽しい一年だった。


 途中で行商や旅人の護衛なのども請け負い、一緒に事に当たった連中が、時折唐突にニタニタと笑う俺を大層気味悪がっていた。

 立ち寄った町や村で、モンスターや魔物の駆除などもやった。唐突にニタニタと笑う俺に、依頼人達は揃って後悔したような眼差しを向けていた。


 だが、そんな事はどうでも良かったし、毛程も気にならなかった。

 この世界では個人の武力が大きく物を言う。そして俺のそれはずば抜けている事が分かった。更に、これから金の卵達(クロウラー)を使って起こす事業で、【衣食住】その筆頭である「衣」を手中に収めるのだ。


 これから大きく成長するであろう町において、これらを持つ俺が権力層に食い込む事は容易だ。武力、富、権力の三拍子揃った俺に死角は無い。これが笑わずにいられるか。


 何不自由無く己の思うままに生活する姿を想像し頬を緩め、そんな俺が(めと)るまだ見ぬ嫁の姿を思い描き口元を緩め、いつかサルナが連れてくる旦那候補へどんないちゃもんを付けようかと鼻を膨らまし、いずれ誕生するであろう実の弟だか妹だかに自分を何と呼ばせようかと目尻を下げた。


 子供には何と名付けようか? 畳の上で往生するには藺草(いぐさ)も探さなくては――と、ヴァルネに着いた頃には、スライム並に俺は形を失っていたように思う。



 ――そして数年ぶりに訪れたヴァルネの町を目にし、言葉を失った……。

2016/06/14脱字・表記修正 2016/06/29タイトル修正 2016/07/07… 2016/08/09句読点修正 2016/09/25タイトル修正 2016/09/29段落修正 2017/01/24誤字修正 2017/02/13タイトル修正 2017/07/29再編集

2017/11/29再編集 2020/09/30微修正

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