友
ザシャの神殿前。
入り口の広い石段の隅に、行儀良く座るメイメイ、ランラン、レムの姿がある。
女の子に人気はメイメイとランランのようだ。
興味津々に近づく子供を、主の二つ名を知る親達が引き剥がしている。
レムは男の子に人気なようだ。特に大っきな男の子に人気なようだ。
数人の髭もじゃドワーフが品定めでもするように、ぺたぺたとレムの体を触っている。
さて、この三体の主はというと――
「では、後ほど」
「はい」
青い暖簾をくぐるローレンスを見送り、カルアはこれから自分がくぐる赤い暖簾を見つめた。
暖簾には丸から立ち上る三本の波線が描かれている。
「お風呂の印なんだって」
カルアの疑問に答えたルチルナは、脱いだ靴を抱え慣れた様子でペタペタと奥へ入って行く。
カルアも慌てて靴を脱ぎ、その後を追い暖簾を潜った。
――広い脱衣所の入り口に設けられた受付へ、ルチルナが登録証を見せて料金を支払った。代わりに、タオルと小さな包み、小さな木札の様な物を受け取った。
「見せると少し安くなるわよ」
言われるがままにカルアも登録証を見せ、料金を支払った。
「ご利用は初めてですか?」
受付に座る女性信徒がカルアへ尋ねた。
「はい」
「棚の鍵は必ず身につけてお持ち下さい」
何の事かはよく分からないが、取り敢えず「はい」と返したカルアだったが……札に輪になった紐が通されていた為、鍵とは多分これの事だろうと見当をつけた。
渡された大小二枚のタオルと、握り込める小さな包みを手に札に書かれた番号を探してペタペタと脱衣所を歩いた。
扉の付いた棚が何列もずらりと並んでいた。服を脱いで棚へ仕舞う者、湯気の立ち上る体へ服を纏う者……そっちの気は無いが、カルアは少し恥ずかしそうに目を泳がせた――
「ベタベタする……」
ルチルナはぶつぶつとぼやきながら、靴と脱いだ服を棚へ置き、閉めた扉へ札を差し込んでくるりと回した。札を首に下げ、手には小さな包みとタオルが握られている。
カルアもルチルナと同じように服と荷物を棚へ仕舞い、扉に札を差し込んだ――
(あれ……?)
「魔力を込めると回るわよ」
首を傾げるカルアへルチルナが声を掛けた。
ルチルナの言う通り、魔力を込めるとするりと回り鍵が掛かった。
「これ魔導具なんだ」
感嘆の声を漏らし、カルアは開けたり閉めたりと繰り返した。
「ちょっと……恥ずかしいから止めてよ!」
ルチルナが声を潜めてカルアを窘めると、彼女は照れくさそうに笑ってこそこそと逃げるルチルナの背を追った。
――湯気で曇った戸を引き開けると、三つ並んだ大きな湯船が見えた。クレアの言った通り、人が少なければ湯船で泳げそうだ。
それぞれを隔てる低い壁からは絶え間なく湯が沸き出し、そこに座り体を洗う人々の姿が見える。
アーチ型の高い天井。全体が建物と同じく白い石造りで、湯船からは贅沢に湯が溢れていた。
カルアは目を輝かせキョロキョロと周囲を見回した。
ルチルナは立ち止まって動く様子のないカルアの手を引き、洗い場へ座らせた。
「すごいね! 広いっては聞いてたけど――」
桶の様な椅子に座り、カルアはまだキョロキョロと首を振っている。
「分かったから……あんまりキョロキョロしないでよ」
ルチルナは恥ずかしそうに、桶に汲んだ湯を頭からザブリとかぶった。
照れ笑いを返し、カルアも湯をかぶった。湯は壁の穴から途切れる事無く流れ出していた。
(こんな贅沢に使えるなんて――)
何杯目かの湯をかぶり、受付で貰った小さな包みを開いた。
(石鹸だ! 良い香り……)
――カルアは洗い終えた体に残る香りに鼻をヒクヒクと動かし、満足げに微笑んだ。
ふと目を向けると、隣でルチルナが髪を洗おうとしていた。
「髪洗おうか?」
ルチルナが返事を返すより先に、カルアはルチルナの後ろへ回り、髪を洗い始めた。
ルチルナは一瞬抵抗しかけたが、そのまま身を任せた。
「そんなにお風呂が珍しいの?」
「うん。こんなに湯を贅沢に使えるなんて初めてだよ」
「家にもあるでしょ?」
「村長さんの所にサウナがあっただけで、こんなお風呂がある家はなかったよ」
「そうなの?」
「うん。盥一杯の水を運んで、それを湯に沸かすだけでも大変なんだよ」
「ふ~ん」
ルチルナは心地よさそうにカルアの手に頭を預け、相づちを入れた。
「ルチルナの家はどうだったの?」
「こんなに大きくはないけど、お風呂はあったわよ」
(そうだった。ルチルナは貴族なんだよね……冒険者じゃなければこんな風には……)
――ルチルナの頭にザブリと湯をかけ、泡を流した。
ルチルナは髪をさっと絞り、カルアを座らせて髪に手を伸ばした。
短く刈り込まれたカルアの髪に指を滑り込ませながらルチルナが尋ねた。
「髪は伸ばさないの?」
「前は腰まであったんだよ。でも、冒険者になるなら初めは男のフリをしておいた方が良いって言われて――」
「それで切ったの?」
「うん。無駄になっちゃったけどね……」
カルアは何かバツが悪そうにはにかんだ。
「ふ~ん。もったいないわね」
ザブリと湯がかけられ、カルアは首を振って水気をきった。
――階段状の腰掛けに座り、湯に体を沈めた。
ただ湯に体を浸すだけなのに……えもいわれぬ心地良さに包まれ、思わずため息が溢れた。
ルチルナは少し背が足りないのか、上を向いて突き出した顔の周りを髪が漂っていた。
ふと、カルアはルチルナの脇へ手を回し、ひょいと自分の膝の上へ乗せた。
「な、何すんのよ」
「エヘヘ、良いじゃない」
ルチルナは抵抗はしているが、まんざらでもなさそうだ。結局――ルチルナはカルアの肩に頭を預け、大人しくなった。
「カルアは兄弟は居るの?」
「居ないよ。でも、村に居た子達はみんな兄弟みたいな感じだったかな」
「ふ~ん」
「ルチルナは?」
「姉が二人。でも、私が生まれた時には結婚してて家には居なかったわ。姉妹だって言われてもピンとこないわね」
「そっか……」
その時、カルアの隣にするりと座った人物があった。
「へぇー、仲良いんだね」
「あ、えっと――」
「ユニスよ」
首を傾げるように、タオルで纏めたブロンドの団子をふわりと揺らした。
(そうだ、ユニスさん。ユニス・フェルマー? ファルマー? ……えと――)
記憶をまさぐるカルアの膝の上で、ルチルナは何故かそっぽを向いてユニスを見ようとしない。
「ふ~ん」
とユニスはと二人をまじまじと見つめ、「それっ」とルチルナの脇を掴み自分の膝の上に乗せた。
「何すんのよ!」
ユニスは激しく抵抗するルチルナを、後ろから抱きすくめるようにむぎゅと押さえ込んだ。
「ふふん」
と、耳元で勝ち誇った笑みを漏らすユニスから、ルチルナは反発する磁石のように顔を背けた。
「あんたが助けたんだってね?」
「だったら何よ!」
「別にぃ~」
ユニスの手から逃れようと、ルチルナが再び暴れ出した瞬間、ユニスはフッと力を抜いた。
勢い余って膝から滑り落ちたルチルナをカルアが慌てて拾い上げた。
カルアの膝に戻ったルチルナは、ユニスを睨み「フンッ!」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
その様子を見て、カルアはローレンスの話を思い出した。
(もしかして、ルチルナを負かした高位の冒険者って……)
カルアの思考を読むように、ユニスが答えた。
「声を掛けてきた連中を手当たり次第にボコボコにしてたからさ、ちょっとお仕置きしたのよ」
「そうだったんですか……」
「うん。ねっ!」
言うと同時に、ユニスは再びルチルナを膝の上に拘束し、耳元に口を寄せた。
「あのまま本当に暴君になっちゃうんじゃないかと思ったけど……安心したよ」
ルチルナは湯に不機嫌が染み出しそうな顔で、ユニスから顔を背け続けた。
しばらくして、再び暴れ出しそうな気配を察し、ユニスは拘束を緩めた。
するりと抜け出したルチルナは鼻先すれすれまで湯に沈み、カルアを盾にでもするようにピタリと貼り付いてそっぽを向いた。どうあってもユニスと目を合わせたくないらしい……。
ユニスは微かに口元を綻ばせ、その様子を満足げに見つめた。
「二人ともまだ試験は受けないの?」
「私はもう少し実績を稼がないと……」
カルアが昇級試験を受けるにはもう少し実績が必要だ。
ルチルナは必要数の実績は既に稼いでいるが、まだ仕上がっていない。今試験を受けて落ちてしまったら、一定数の実績を稼ぎ直さなければならない。
ふとユニスは声を落とし、顔を寄せた。
「明日か明後日には発令があるわよ」
「入り口が見つかったんですか?」
カルアも声を落とし、興味深げにユニスに尋ねた。
「ええ、当分はダンジョン暮らしでお風呂もお預け」
そう言うと、彼女は大袈裟に渋い顔を作った。
「――でも、昇級しても私たちはダンジョンには入れないですし、まだ縁の無い話しですよ」
そう言って肩を竦めて見せるカルアを、ユニスは試すような目で見つめた。
「そうでもないよ。かなり大きなダンジョンみたいで、少しずつ影響が出始めてるの」
「魔物が発生し始めたんですか?」
「ええ。魔物や、それに追い立てられた動物やモンスター。そういった連中が、街道にちらほら出てきちゃったりしてるのよ」
カルアはハッと何かに気が付いた。
「街道警備……」
「それだけじゃないわよ。拠点となる関所への物資輸送や護衛、試験をパスすればそっちを受注出来るようになるわ。申し分ない戦力のパーティーも組めそうだし――」
ユニスはグイと身を乗り出し、カルアの影に隠れるルチルナを覗き込んだ。
「誰憚る事無く暴れられて、それで感謝される依頼を受けられるようになるのよ。ほんのちょっと我慢するだけでね」
ルチルナは相変わらず不機嫌な顔でそっぽを向いたままだが、僅からながらユニスの言葉に反応を見せた。
ユニスは満足したように背を持たせ、心地よさげな吐息を漏らした。
「次は何時入れるかなぁ~……」
誰に言うでもなく呟き、湯船の縁に頭を預けた。
カルアはもう少し話しをしたかったのだが、早く上がりたいオーラを出すルチルナに押されて湯船を出た。
「もう行くの? 頑張ってねぇ~」
ユニスは縁に預けた頭を揺らし、寝ぼけたような声を出した。
「今度ゆっくりお話聞かせて下さい」
カルアはルチルナに聞こえぬよう声を潜め、ユニスへ耳打ちしてルチルナの後を追った――
ユニスは後ろ手に手を振り、ズルリと首まで湯に沈めた。
――着替えを済まし、ローブと受付で渡されたタオルなどを抱えてルチルナの後に続いた。
ルチルナは受付脇に置かれた籠にタオルと石鹸を放り込み、カルアを振り返った。
「持って帰りたかったら持って帰っても大丈夫よ。脆いからすぐダメになるけど……」
カルアは石鹸の包みを鞄に入れ、タオルは籠に入れた。
「クロウラーのごはんになるらしいわよ」
「へぇー、そうなんだ」
カルアはクロウラーがタオルを抱え、もにもにと食べている様を思い描いて頬を緩めた。
「そのまま食べる訳じゃないわよ?」
怪訝な顔で見上げるルチルナへ、カルアは浮かべた絵をかき消し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「そうだよね……」
「行きましょ、多分ローレンスが待ちくたびれてるわ」
暖簾を潜ると――、そこから見える待合室のような空間で、椅子に座って風を浴びるローレンスの姿が見えた。
壁に並ぶ四角い穴から程よい風が吹き出し――熱を帯び、微かに汗が滲む体に受ける風は心地よく、思わずため息が漏れる。二人の緩んだ口元から抜け出した魂が見えた気がした。
だらしない顔を晒て背後に佇む二人に気がつき、ローレンスは慌てて立ち上がった。
「これは――、失礼を致しました」
上着を脱ぎ、シャツのボタンも幾つか外して着崩しているが、それをピシャリと締まった姿に見せる彼の仕草は流石と言う外ない。
やはりトイレで突っ伏していたのは別人だったのだろう……。
「これも魔導具なんですか?」
心地よい風に目を細めながら、カルアはローレンスに尋ねた。
「はい。泉を動力にしてそれ自体を湯に沸かし、流れ出たものが風を起こし、街灯や跳ね橋を巡る水路に合流している。と、以前信徒の方に伺いました」
「へぇ~、神殿って凄いんですね」
緩みきり、溶け出しそうな顔でカルアは感嘆の声を漏らした。
――程よく体を冷まし、神殿を出たカルアは眼前に広がる光景に足を止めた。
神殿の入り口は周囲より高い位置にある為、町の大部分を見渡せる。煌々と輝く街灯に照らされた道と、それに沿ってひしめく建物から零れる灯りが一面に広がっていた。
夜の闇は灯りを避けるように隅に固まり、じっと息を殺している。生まれ育った村とは真逆の光景だった。
この町の繁栄は神殿によりもたらされ、維持されている。
カルアの胸に湧き上がった素直な感想だ。
各国のルーツは神殿にある――エストが語る歴史は、与太話というわけではないのかもしれない……。
――神殿を出た一行は中央広場を目指して真っ直ぐに歩いた。
外灯や周囲の建物から零れる光が、夜との境界を淡く浮かび上がらせ――仄かな眠気を帯びた空気がしっとりと纏わり付く。
眠りに落ちる町が、うっすらと目を開けているように思えた。
ふと、カルアが足を止めた――
「それじゃ、私はこっちなので」
挨拶を返そうとしたローレンスを遮り、ルチルナが割り込んだ。
「またあそこに泊まるの? あなたもこっちの宿に移れば良いのに。そのぐらいは稼いでるでしょ?」
「んー……。藁の香りのするベッドって、家に帰ったみたいで落ち着くんだよね」
「ふ~ん……」
ルチルナは不意に向きを変え、カルアを先導するように歩き始めた。
同じ宿に泊まるつもりなのだろうか……?
ふと目を合わせたローレンスは、にっこりと微笑んで頷いた。
「私は荷物を取りに行って参りますので、お嬢様をお願い致します」
慇懃に頭を下げ、ローレンスは中央広場の方へ歩いて行った。
――連れ立って現れたカルアとルチルナへ、カウンターからデールがからかうように声を掛けた。
「今日は素面か?」
「もうお酒は飲みません」
カウンターに座りながらカルアが返し、ルチルナはぷいとそっぽを向いた。
デールは楽しげに笑い、「茶でも飲むか?」と二人に声を掛けた。
カップを口に運びながら、カルアは店内を見回した。
間もなく町は眠りに就く。店内には数名の客が居るだけだ。レムの指定席――階段下のスペースにレムとメイメイが座り、はみ出たランランが床に座っている。
常連客の老人の姿は珍しく見えない。ルチルナはお茶にハチミツを垂らして旨そうに啜っている。
「失敗するのは悪い事じゃないぞ。失敗して失敗して、節度ってもんを覚えるんだよ。事、酒はな」
ニヤリと笑うデールへカルアは尋ねた。
「デールさんもそうなんですか?」
「そりゃ勿論。人並み以上に失敗してると思うぜ? こんな店もやってんだからな」
ん~、とイマイチ納得していないカルアへ、デールは言葉を続けた。
「別に酒の事だけを言ってるんじゃねぇぞ。失敗する度に、いちいち自分を縛るような事はするなよって話だ。
お前は遠からずこの町を出て、世界を旅して回るんだろ? できるだけ身は軽くしとかねぇと、身動きできなくなるぞ」
そう言って、デールは視線をカルアの後ろへ滑らせた。
「あんたも素面か? もうトイレは占領しないでくれよ」
「いやぁ、お恥ずかしい」
トランクを手に、バツが悪そうに首へ手を回すローレンスが後ろに立っていた。
「それと、もう限界みたいだぜ」
デールがちらりと向けた視線の先で、先ほどまで旨そうに茶を飲んでいたルチルナが船を漕いでいた。
――ローレンスに手を引かれ、ルチルナはメイメイを連れて宿へと上がって行った。
程なくして――、一人戻ってきたローレンスはカルアの隣へ座り、お茶を含みホッと息をついた。
店内を見回すと、客はいつの間にかカルアとローレンスだけになっていた。
「俺も風呂にでも行ってくるか……」
そう呟き、デールはティーポットを二人の前へ置き、カウンターを出た。
「終わったら洗い場に運んどいてくれ」
そう言い残し、デールは表の札を裏返して神殿の方へと歩いて行った。
しんとした店内に、カップとソーサーの立てる音だけが響いた。
「――カルア様。少し、よろしいでしょうか?」
「はい……?」
妙に改まったローレンスの口調に、カルアはきょとんと返した。
「私は、お嬢様がお産まれになった時から、お側に仕えてまいりましたが……お嬢様が誰かにこれほど心を許されたのは初めてでございます」
ローレンスはカルアへ向き直り、スッと姿勢を正した。
「カルア様。どうか、これからもお嬢様の良き友として、お付き合い願えないでしょうか?」
「そんな――改まって言うような事じゃないですよ」
と、深々と頭を下げるローレンスを慌てて押し返した。
「――私の方こそ、よろしくお願いします」
カルアははにかみながら、ぺこりとローレンスへ頭を下げた。
彼ははホッとしたようにカウンターへ向き直り、カップを手に語り始めた。
「お嬢様は――、現当主様のお子であり、神眼を継いだ者。お産まれになった時から、一歩引いた大人達に囲まれておりました。
手を伸ばしても届かず、答えず、曲がらず……まるで鉄格子の様に取り囲む大人達の中で……」
ローレンスはカップの中へ目を落とした。
「お嬢様の更生を図るなどと、格子の一本たる私が――勘違いも甚だしい……今更ながら、その事に気がつきましてな……」
カップに映る己を見つめ、ローレンスは深いため息をついた。
「――ローレンスさんは、ルチルナをその檻から連れ出したじゃないですか。私は……、名門の伝統やしきたりとか、貴族の家の事は良く分からないですけど、そう言ったしがらみとは無縁の場所に、ルチルナを連れ出せたじゃないですか」
「そうでしょうか……」
「冒険者、ルチルナ・メイフィールド。ローレンスさんが居なかったら、たぶん存在してませんよ」
微かに顔を綻ばせるローレンスに、カルアはおどけたように付け加えた。
「そして私は多分もう死んでます」
そう言って笑うカルアを見つめるローレンスから、沈鬱な色が薄れた。
「それじゃ、今度はランクの壁を取り払う打ち合わせをしましょう」
――しんとした店内に、カップとソーサーの音に混じり、ヒソヒソと交わされる二人の声が流れた。
――その頃。
湯船に座り、しゃりしゃりと坊主頭を撫でる男にデールが声を掛けた。
「珍しいな」
「なんでい、オメェかよ」
隣に腰を下ろしたデールを一瞥し、ぶっきらぼうに返した。
「どうだ? 久々に一杯やりに行かねぇか?」
「ケッ、オメェーのゲロを掃除すんのはまっぴら御免こうむるね」
「一杯だけだ、そこまでは飲まねぇよ」
「どうだか、一杯だけってぇ、オメェーがそれで終わったためしがねぇ。だいたい、俺より年上のくせによ、オメェーは節度ってもんがまるで分かっちゃいねぇ」
「長寿な者ってのはな、学習すんのもそれに見合った時間が必要なんだよ」
デールの屁理屈に、フンッと鼻を鳴らして口元を緩めた。
「珍しく機嫌も良いな。何があった?」
と、デールが顔を覗き込んだ。
「少し前にな、残飯になりそうだった食材を救った事を思い出してよ――料理の腕も然り、てか」
そう言ってクックと肩を揺らした。
「ま、俺も人の事はいねぇのかねぇ……」
「何の話だ?」
「一杯だけ付き合うって言ってんだよ」
「じゃぁ普通にそう言えよ」
「うるせえ」
「ったく、ひねくれジジイが」
「オメェーの赤毛ほどねじくれちゃいねぇよ」
「やかましい、テメェは生えんのかハゲんかはっきりしろ」
「フンッ、巻くのか縮れるのかはっきりしやがれ」
「チッ――、くそジジイが」
示し合わせたかのように、二人の声は舌打ちまでもが見事に重なった。
「……」
「……」
――ざぶりと、二人は同時に立ち上がった。
この日、神殿の浴場にて、ちょっとした乱闘騒ぎがあった事を知る者は少ない……。
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