ジークの野望
フラクトゥム岩礁。
天人族の里はこの中にあった。例の浮かぶ岩の密集地だ。
下は海、周囲に陸地は見えないが、この岩礁の中心に大きな島があるそうだ。
浮かぶ岩は海面や海上だけでなく、海中にも広がっているらしい。岩は最も小さい物で拳程だそうだ。
しかし、そんな物でも破壊はおろか動かす事さえ出来ないという。
アルマスはぐねぐねと岩の間をすり抜け、海面すれすれまで降下したかと思うと、またぐねぐね上昇したりと、かなり遠回りしているようだった。
元々ある隙間しか通れないのだから仕方がない。まして、俺の乗る籠を抱えてだ。通れる場所は限られる。
もっと楽なルートもあるらしいのだが、数日かかってしまうと言っていた。
半日程で岩礁の中央へ出た。彼方に見える島が目的地かと思いきや、通り過ぎ再び岩礁へと入った。
そこからはひたすらぐねぐねと上昇を続けた。そしてようやくたどり着いたそこは、雲の上だった。
岩を無数の木が覆い、その根を編み込むようにしてすっぽりと岩を包み込んでいた。それが大小様々無数にあり、岩を覆う木に家と思しき物が作られていた。
木が生えた岩を彼らは島と呼んだ。確かに、雲を海と見立てれば島のように見える。岩の上に木を植え、長い年月をかけて作り上げたそうだ。
……山の上ではダメだったのだろうか? まぁ、こっちの方が天人族っぽい感じで良いが。
俺はその中でも一際巨大な島へと運ばれた。籠を降り、アルマスの後に続いた。
木々の間に岩や板を敷き詰めて作られた道を進み、俺にあてがわれた家へ通された。
一先ず荷物を置き、そのまま同じ島の中心にある巨大な木の洞へと案内された。代々長老はこの洞に住まうのだそうだ。時計はここにあった。
――長老の名はムグナ。長老と言う以上当たり前の事だが、見た目でもかなり歳なのが分かる。
挨拶もそこそこに、呪言が見たいと言うので何度かやって見せた。何度か呪言擬きを混ぜたが、違いは分からなかったようだ。
ムグナは目を丸くして何かぶつぶつと呟いていたが、何と言っていたのかは聞き取れなかった。
好奇心が満たされたのか、好きなだけ自由に暮らせというありがたいお言葉を頂き解放された。
お土産の金の卵もアルマスが説明し、快く受け取ってもらえた。
長老から解放された俺は、早速「筆記者」と呼ばれる者達の元へ案内してもらった。再び籠に乗り、近くの別の島へと運ばれた。
巨大な木に幾つもの書庫が作られた、正に知恵の生る木だ。
書庫には常時一、二名の筆記者が居り、語り部の話が無い時は古くなった物を新しい物に書き写したりといった作業をしていた。
俺が最初に探した物は地図だ。空を飛ぶことの出来る彼らなら信憑性の高い物を作れるはずだと思ったからだ――
思った通りあった。村にあった適当な丸や四角を描いたような物じゃない。福田浩之の世界で見た物に近い。
しかし、この地図を信用するならば、人間族の支配地はギースの頃よりも明らかに狭い。
世界は一度ゼロに戻った。この地図を見て初めて実感することが出来た。
そして予想通り、地形は大きく変化しているようだ。世界が滅びた日、地形も作り直されたって事か……。
一部だが、僅かに残っていた古代の地図と比較すると、この下にはかつて巨大な大陸があったようだ。そして無数に浮く岩は、かつて天人族の里を形作っていた物……。
無論、全てがそうという訳ではないだろうが、彼らがこの場所にこだわった気持ちは分かる。
彼らの記録は独特だ。彼らは他種族との交流は無いと言って良いほど関わりを持たない。俺やババムはかなり稀なケースだ。
その為、本当にただ見た事をそのまま書いている。ただただ空撮し続けたと言えば良いだろうか? 見た物について調べたりなどは全くしておらず、添えられた絵と語り部の簡単な所見から推し量るしかない。
ただ、絵は驚くほど正確だ。特に建物や地形に関する物は測量でもしたのかと思える程だ。
飛ぶ能力を持っているからなのか、空間や立体の認識能力がずば抜けている。顔に双眼鏡が埋まっているのかいうほど視力も良い。
俺は毎日書庫へと通い続けた。当然ながら、島と島を結ぶ橋などはない。高い位置に作られた建物へ行くための梯子や階段などもない。
呪言を使って飛べなくはないのだが……不可能ではないというだけだ。魔力の消費が桁違いに大きく、実用的ではない。
飛ぶという行為は、翼を持った者達の特権なのだと改めて思い知った。
――結局、自宅を書庫のある島へと移してもらい、蔦や木材を加工して書庫を結ぶ通路は自分で作った。釘はない空気は薄いで苦労した……。
当然の事ながら、天人族の里は火気厳禁だ。基本的に全てが木で出来ているからな……わざわざババムの所へ来ていたのはそういった理由からだったようだ。
火を使わない為か、料理という概念も薄い。食い物は木の実や果物ばかり、肉はない。彼らの言う肉は芋虫だ。……俺は認めない。
下は一応海なわけだし、ここから釣り糸を垂らせば魚が釣れるだろうか? などと幾度となく考えながら、ヘルシーな食生活を送った。
天人族の寿命は六百年から八百年程らしい。エルフに勝るとも劣らぬ長寿な種族だ。だがエルフとは違い、体の成長はすこぶる早い。およそ十年程で大人並みに成長する。そこからは非常にゆっくりとなり、三百歳頃まで成長を続けるそうだ。
翼や飾り羽根の色は各々違い、羽根っぽい髪も同じ配色になるようだ。
色が多く派手な程人気――つまり、モテ男モテ女になる。アルマスは白に緑っぽい羽根だ。彼らの中では非モテだ。
俺から見れば結構イケメンだと思うのだが……はやり鳥の仲間なのだろうか? 求愛ダンスもやるのだろうか……。
そして、彼らが書き続けている記録だが……理由はよく分からない。先祖代々続けている事だと。理由らしい理由はそれ以上は出てこなかった。ムグナに聞いても答えは同じだった。
――数年経った頃、ある筆記者の男の所に子が生まれると言うので見せてくれと頼んでみた。ただ単純に卵が孵る瞬間を見てみたかったのだ。
他意はない。だから気が付かなかったと言い訳しておこう。
俺は何とも失礼な勘違いをしていた……怪訝な顔をしながらも彼が本人の了承をどうのと言っている時に気がつくべきだった。
普通の出産だった。
卵から孵るのだとばかり思っていた俺は両手をついて詫びたくなった。だが、それはそれで失礼だろうと、無駄にテンションを上げ、脇で出産を応援した。
その時生まれた子は、サルナと名付けられた。翼や髪を縁取るように真っ赤な羽根を持つ女の子だ。
刷り込みなんて事は無いらしいが、サルナはなぜか俺によく懐いた。書庫に居ると俺が読んでいる物をいつも横から覗き込んでいた。
彼女は好奇心が強いようで、剣や魔法の訓練にも興味を示した。俺の後を付いて回り、側で棒切れを振ったりなどして真似をしていた。
天人族には武芸というものが無い。魔法も日常生活で使うもの以外修めていない。
他種族と全く関わりを持たず、空も飛べて都市伝説と化すほどひっそりと暮らす彼らには、所謂天敵が居ないのだ。戦う術など不要だし、必要に迫られた事も無いのだろう。
その為、戦いの訓練をするサルナは周りからは奇異の目で見られていた。
……なんだか昔の自分を見ているようで、ついつい相手をしている内に鍛えてやりたくなった。
彼女には武芸と呼ばれるものは一通りやらせてみたが、槍などの長物に収まった。剣も筋は良かったのだが、間合いが近くなりすぎる物は、翼の方が長くなってしまうため実用的ではなかった。
自在に飛び回り突き出されるリーチの長い攻撃はなかなかの曲者だ。
他にも、彼女には弓と魔法を重点的に教えた。空から降り注ぐ矢や魔法は桁違いの脅威になるだろう。
魔法はシンボル魔法を教えた。呪言は誰にも教えるつもりはないからだ。天人族の里へ移り住んで、それは確固たるものになった。
呪言を得た当初は、こいつで一財産……などと考えていたのだが、その考えはすぐに捨てた。まぁ、独占したいという気持ちが無いと言えば嘘になるが、真面目な理由からだ。
そして、この里に僅かに残る呪言に関する記録を見て、自分の考えていた事が正しかったと確信した。
呪言は習得の難しさから廃れたとハゲは言っていた。それも理由の一つなのだが、本当の理由は別にある。
呪言は、その使い手によって葬られたのだ。
こいつは危険過ぎる。良識ある者の手に渡れば、大いに人々の助けとなり、その恩恵は計り知れないものとなるだろう。
だが、世紀末を生きるモヒカンどもの手にでも渡ったら事だ。世界など幾つあっても足りない。あっという間に滅びてしまう。
呪言を広めるという行為は、道行く人に核の発射ボダンを配り歩くようなものだ。
科学が支配した世界では複雑な手順を踏まなくてはならなかったものを、その過程をすっ飛ばして結果だけを取り出せる。火を起こすのに木をこすり合わせたりする必要はない。そんな過程はすっ飛ばしてポッと火が出せる、素晴らしく便利なもの。それが魔法だ。
だが、本当に凄いのは魔法ではない。魔力だ。なんでも出来ちゃう摩訶不思議物質。
魔法とは、摩訶不思議物質『魔力』の運用方法の総称だ。
シンボル魔法と体現魔法。これは一定の制限を設けた運用法だ。そして、呪言は制限のない運用法だ。
体現魔法は、おそらくシンボル魔法や呪言より先に自然発生的に生まれものだと考えられる。意図して制限をかけたのではなく、動きという限られた条件下で発生した過程そのものが制限――枷となった。
シンボル魔法は、ハゲの説明通り呪言の使い手によって生み出されたものだ。だが、作り出した意図はハゲの説明とは少々異なる。
万人が使えるように――これは表向きの理由だ。真意は他にある。
シンボルを作った呪言の使い手。魔法を呪いと評したそいつは、恐らく俺と同じ事を危惧した。
じゃぁ誰にも教えなければいい? 無駄だ。一度たどり着いてしまったのだ。いつかまた、必ず誰かがたどり着く。
それに、使い方さえ間違わなければとてつもなく有用なものだ。そして捻り出した答えが……。
シンボルと呪文、この二つ枷をはめた魔法――シンボル魔法だ。
簡単に習得でき、追えば追う程呪言から離れて行く――呪言とは逆のプロセスで魔力を運用する方法。俺ももう少しでこいつの術中にハマるところだったわけだ。
シンボルは枷であり、シンボル魔法そのものだ。
そして、呪文。これは呪言へ至る道を閉ざすために付けられた枷だ。
ハゲに聞いた呪言、そしてこの里に残る呪言の記録は大方同じだ。言葉に魔力を込める事を追求したものが呪い。すなわち、それが魔法――呪言であると。
だが、魔力を込める。呪言にこの概念は無い。それが必要なのはシンボル魔法だ。
ババム、アルマス、ムグナ、彼らは呪言の存在を知っていながら、俺が使う呪言に目を丸くしていた。なぜそんなにも驚いていたのか――それは、俺が言葉を使わずにそれを行使したからだ。
シンボル魔法を作り出した者は、呪言という頂きを隠す事はしなかった。だが、その姿は偽った。そしてそこへ至る道に尤もらしい舗装を施し、ねじ曲げた。
言葉に魔力を込めたものが呪文。呪文はシンボルの一部を言葉に置き換えたものだ。ならば、シンボルはその全てを言葉に置き換える事も可能という事だ。
言葉に魔力を込める事を追求したものが呪言。つまり、シンボル魔法を追求したものが呪言であり、シンボル魔法の追求こそが呪言へ至る道だと。
そして呪言の使い手が姿を消した時、この嘘が真実となった。
以降、魔法を極めんとした者達は、こいつの手のひらで踊り続けていたというわけだ。
俺はシンボル魔法を生み出した者の意思を尊重する。呪言は俺の中に蘇った。それだけだ。外に出すつもりは無い。
これが、呪言を獲得し、シンボル魔法を学んだ俺がたどり着いた結論だ。
――だが、一つ疑問が残った。ハゲは何故プロセスが逆であることを知っていた? 何処かに呪言の正確な姿を記した物が残っているのか?
奴が生きていたのはギースと同じ時代。滅ぶ前の世界にはまだそういった記録が残されていたという事なのだろうか……。
それと、魔導――魔導技術についてだが……これは資料が少なすぎてさっぱりだ。
里にあった魔導具は、時計と湯を沸かす大きな釜のような物以外は無かった。釜っぽい物は紙を作るのに使っているようだが、見た限り本来の使い方ではなさそうだった。
ただ一つ言えるのは、これも魔力の運用法の一つだという事だ。機械式の魔法とでも言えば良いのだろうか。
分かった事は、古代の文明が作り出したものだという事と、魔導具に描かれていた複雑な模様の事を魔導回路と呼ぶという事だけだ。
ここからは俺の推測だが、地図を見る限り、人間族の生息域は世界の隅々にまで広がっていた事が窺える。どの方角へ進んでも、その痕跡――古代都市の遺跡と思われる物が僅かながら残っているからだ。
そしてその文明を支えたのは魔導技術であり、滅ぼしたのも魔導技術なのではないかと俺は考えている。
科学が支配した世界で、それを爆発的に進歩させたのは戦争だった。そして……科学と戦争が狂気を生んだ。
この世界でも同じ事があったのではないか? 世界規模で行われた抗魔戦争、この最中に爆発的な進歩を見せた魔導技術。それらが狂気を生んだ。そう思えてならないのだ……。
一段落したら遺跡巡りでもしてみるか……。ワウの話と里にある記録によれば、微かな名残がある程度で何も残っていないそうだが、時計が残っていた。実際に行ってみると何か違う発見などもあるかもしれない。
俺は天人族の里で三十五年過ごした。当初、三十年で里を立とうとしたのだが、験を担いで五年足した。三十五という数字は、俺にとって何か意味のある数字な気がするからだ。
里で過ごす間に、金の卵――糸玉を作るクロウラー達は順調に数を増やしていった。布の希少価値は大きく下がり、彼らの服装は順調にバリエーションを増やしている。
今まで糸を作っていた蚕的な芋虫達は、今は食卓を彩っている……。
そして、彼らは面白い使い方も始めた。布を紙として使い始めたのだ。徐々に質も上がっており、書庫の記録が全てこの布紙と入れ替わる日も遠くはないかもしれない。
――そして、迎えた出立の日。
支度を終え、籠へ向かった俺は目を疑った。
サルナが当たり前のように旅支度をして籠を運んで来たのだ。俺と共に旅に出るつもりらしい。しかも長老の許しまで得ていた。
何を考えているのだと、当然抗議した。サルナはまだ三十歳にもなっていない子供だ。しかし――
「お前がそれを言うのか?」
アルマスとムグナの尤もな突っ込みに黙る外なかった……。
だが、俺の場合は特殊だ。俺は生まれながらに、おっさんが二人入っていたのだ。サルナとは事情が違う。
なんとかその辺を遠回しに説明しようと試み、支離滅裂な話をする俺をサルナが不思議そうな顔で見ていた。
結局、サルナの運ぶ籠に乗り地上へと向かった。
仏頂面で籠に寝そべっていたが……生き生きと羽ばたく彼女を見ている内に、徐々に心が和らいでいった。
羽ばたく度に、翼の先から虹色の光の粉がふわりと舞う。天人族の飛行能力は、体現魔法に支えられている。
「サルナ。お前は俺の後を付いて回るつもりなのか?」
「ジークは地上を見て回ったら、一度里へ戻るのでしょう? それまでの間、私もあちこち見て回るつもりです」
「そうか……」
旅に出るとはそういう意味か……語り部のまね事をしたいのか。
「本当はジークに付いて回りたいのですけど……私が一緒だと目立ち過ぎてしまうでしょう? それに、必要以上に他種族に姿を見せてはいけないと長老達が――」
天人族がふらりと町中に現れたら大騒ぎだ――良からぬ事を考える輩も出てくるだろう……。
――山の中腹にせり出した岩棚に、サルナはふわりと籠を下ろした。
「では、暫く別行動だな」
「いつ頃迎えに来れば良いのですか?」
「五年後の今日、ここで落ち合おう」
「わかりました」
待ち合わせの約束は細かくピッチリとだ。
「五年だぞ、五年」
「はい」
「一年が五回だ。五回」
「はい」
「もし居なくても十日ぐら――十日待て」
「はい」
「十日だぞ。十日」
「はい」
……。
……もういっちょダメ押しだ。
「一日とは何だ?」
「日が昇って沈み、また日が昇るまで」
「そうだ。または、長老の所にある時計が二回転だ。それが十回だ。十回」
「十一回目の朝、もし俺が居なかったら里に帰れ」
「わかりました」
「じゃぁ、五年後に。五年後にな」
「ジークは時間に細かく、せっかち過ぎると皆言っています」
「これが普通だ。お前も早く慣れろ」
サルナは不思議そうに首を傾げた。
技を教えるより時間感覚を教え込む方がやっかいだ……。
「ジーク」
サルナは翼から真っ赤な羽根を一枚抜き、何やら取り出して俺の胸元に貼り付けた。
筆記者達が旅へ出る語り部に行う、旅の安全を願うまじないだ。
「くれぐれも危険な場所や他種族に近づくなよ」
サルナはにっこりと微笑み、あっという間に空へ吸い込まれていった。
――返事がなかったが……あいつ何処に行くつもりだ? サルナは好奇心が強いだけに不安だ……。
まぁ、あいつの腕なら大抵の事は切り抜けられるだろうが……お兄ちゃんは心配だよ。
……。
いつになったらそう呼んでくれるのか――着物が似合いそうなあの口調は、兄さまだな……。
……。
さて、俺は俺の旅をするか――
まずは人間族最大勢力、人族の国々へ潜って実態調査だ。
山を下った遙か先に、微かに見える人族の町を見つめた。
もう少し下に降ろしてもらうべきだったな……。
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