暴君の受難
「いやぁ、やっぱり彼女も居ると早いねぇ」
並べられた箱へ二体の歩く鉱石が歩み寄り、ぽろぽろと自分の体を箱へ納め小さくなってゆく。
「クレーンの使用料に人夫の手間賃、馬と荷車のレンタル代。それを払わなくていい上に、それを使うよりも遙かに早く仕事が終わる。
木箱の残骸を片付けるのが手間だけど……うん、これは贅沢な悩みだね」
作業を眺めながらエストは上機嫌でニコニコと笑っていた。
いつもの如く、倉庫の隅に置かれたテーブルに座り、エストとカルアはお茶を飲みつつ作業の様子を見守っていた。
ルチルナはメイメイの肩に座り、時折立ち上がりながら二体の簡易ゴーレムを得意げに操っている。
昨日、乙女の沽券を守ることは出来なかったが……とりあえずは元気になったようだ。
脇に立って笑い声を響かせるマドックとは何か波長が合うらしく、時折ハイタッチなぞ交わしている。
「お代わりはいかがですか?」
今日はローデックではなくローレンスが二人にお茶を注いでいる。
「いただきます」
カルアは、自分のカップへお茶を注ぐローレンスをまじまじと眺めた。
ローレンスは二人にお茶を注ぐだけでなく、作業をする面々にも水を運んだりタオルを差し出したりと、便器に突っ伏していた姿からは想像のつかない機敏かつ引き締まった動きを見せている。
『酒は飲んでも飲まれるな!』
師匠達だけでなく、村の大人達が口々に言っていた言葉が蘇った。
みんな同じ経験をしていたという事なのだろうか……?
視線を戻すと、次々と木箱へ蓋が打ち付けられていた。カルアの指示に従いレムがそれを次々と積み上げた。
カルアはすっかりレムに心を許したようだ。不安に駆られ続けた反動だろうか?
途中からランランも積み上げ作業に加わり、あっという間に片付いてしまった。
「はい、お疲れ様でした」
それを見届けたエストは二本の青札を取り出し、カルアとローレンスへ渡した。
「まさか午前中に終わってしまうとは思わなかったよ。これなら仕事を倍に増やしても余裕だね」
そう言ってニコニコと上機嫌に笑った。
「それはちょっと……」
「冗談だよ。それじゃ、頑張ってね」
ちらりとルチルナへ視線を滑らせ、エストは鼻歌混じりに出口へと歩いて行った。
エストの視線の意味――ルチルナの試験対策の始まりだ。
何も知らぬルチルナは上機嫌で二人の元へ戻ってきた。
「なに? もう終わりなの?」
澄ました顔で言っているが、微かに口元がにやけている……かなり機嫌が良いようだ。
「はい。お嬢様。ただいまお茶をご用意致します」
ルチルナは席に座り、ローレンスの入れたお茶を満足そうに飲み始めた。
「これからどうするの?」
「北門でお弁当買って、浜の方に。次の依頼があるから」
「次の依頼?」
ルチルナの問いにはローレンスが答えた。
「釣りとはまた違った狩りを行います」
「ふーん」
ルチルナ曰く、釣りは狩りなのだそうだ。珍しく頑張っていたのはそんな理由からだったらしい。
自分を差し置いて次々と獲物を狩るローレンスに対抗意識を燃やしていたのだった。
――今朝、商会の依頼を受けた際、初めての指名依頼にルチルナの顔はにやけていた。
受注手続きを得意げに行うルチルナを尻目に、ローレンスとカルアはクエストボードを前に素早く打ち合わせを行った。
その結果、薬草採集などはやめて、貝掘りなどはどうだろ? という話になった。
釣りを狩りと認識したのであれば、これもそう認識させられるのではないか? 上手くゆけば、原型を留めて拾う。これをしっかりと出来るようになるかもしれない。
上機嫌で出口へ向かうルチルナを見送り、素早く貝掘りの依頼を受けた――
――道すがら、水筒に神殿の水を汲み、バケツと小さなスコップやらを買い求め、北門へ向かったカルア一行。
おそらくこの町で最も目立つであろう筆頭とその二番手が連れ立って歩く様は否応なしに人目を惹いた。
また変な二つ名などを付けられるのではないかと、人目を憚るように目を伏せたが、無駄な努力である……。
北門を潜り跳ね橋を渡ると、南門同様に屋台が軒を連ねていた。
この街道を北進するほどに、気候は寒いものへと変わってゆく。南門と違い、北へ向かう者達を目当てにした暖かそうな衣服を売る店なのども見える。
昼食の弁当を買うべくカルア一行は屋台を巡り歩いた。
それぞれに個性のある料理、周囲に漂う匂いに、ついつい目移りしてふらふらとあちこち店を覗き込んだ。
――ふと、見覚えのある屋台を見つけた。頑固そうな初老の白髪坊主が構えた屋台だ。
覗き込んだカルアに気がついた店主が声を掛けた。渋みの効いた低い声だ。
「ああ、あんたか」
ぴょこりとお辞儀を返すカルアの目は料理に向けられている。相変わらず豪快に切られた具材を使った料理がいくつか並んでいた。しかし、弁当のような物は見当たらない。
「持って行くんだったら詰めるぜ」
店主の言葉を受け、ちらりとルチルナとローレンスを窺った。
ルチルナは興味深そうに料理を見ている。ローレンスも頷いている。
「じゃぁ、三人分お願いします」
「――毎度」
店主の声に送られて、大ぶりの包みをぶら下げた二人と二体。そして、ルチルナを肩に乗せたメイメイが街道を進む。
ルチルナはレムが抱えているバケツとスコップが気になるようだが……前を歩く二人は質問をする隙を見せない。
暫く進むと、右手の岡の上に佇むオベリスクが見えた。
今日は風も穏やかで良い日よりだ。あそこへ上がれば、素晴らしい景色も堪能でき、今日の日よりを全身で味わうことが出来そうだ。
だが、あの場所が何なのかをカルアは知っている。神殿を有する町のそばには必ず建っているそうだ。
二つの理由から、見晴らしがよく目立つ場所を選んで建てられているという。
一つはその下に眠る者達の為に。もう一つは、目にした冒険者を戒める為だそうだ。
カルアは微かに目を伏せ、それを胸に仕舞った。
――街道は崖にぶつかり、大きく湾曲してザシャの町は完全に見えなくなった。
遙か遠くに海へ突き出す岬と灯台が見える。あの岬を越えると小さな漁村が点在しているらしい。
クレアの話だと、その岬の手前に良いポイントがあるそうだ。
ルチルナは朝から調子に乗って魔力を使いすぎた所為か、メイメイに抱えられすやすやと寝息を立てている。
暫く進むと街道は森の中へ進む道と、海の方へ下る道に分かれた。
海の方へ下り、微かに聞こえる波の音を頼りに街道を外れ林を突っ切った。
――やがて視界が開け、砂浜と海が広がった。
海にはぽつぽつと島が浮かび、その向こうを進む商船が見える。日は真上から降り注ぎ、正午を告げていた。
浜の中程へ移動し、林の縁にできた日陰に適当な岩をレムに運ばせ、腰を下ろした――
浜にはカルア達以外誰もいないようだが……そりゃそうだ。今朝の時点で四つあった依頼は全て彼らが持って行ったのだ。
それはさておき、腹が減ってはなんとやら。一先ず、昼食とした。
ローレンスに揺り起こされたルチルナは泳ぎに来たとでも思ったのか、着替えがどうのとぼやいていた。
着替えならローレンスが持っている。長靴と手袋を……。
沖を行き交う船が時折島の陰へ隠れ、反対側から姿を現す――
心地よい風と、程よく零れる日差しを受けながら昼食を堪能した。
ルチルナは相変わらず幾つかの野菜を拾い上げ、ローレンスの昼食へ混ぜていた。
「――それでは、お嬢様はこちらを」
ローレンスが見覚えのある長靴と手袋を並べた。
「キノコなら採らないわよ!」
「いえいえ、申し上げた通り、狩りでございます」
ルチルナは探るようにローレンスの顔を窺った。
その隣で――、カルアはローブと靴を脱ぎ、袖と裾をまくりバケツとスコップを手に海の方へてくてく歩いて行った。
ローレンスも上着と靴を脱ぎ、同じように袖と裾をまくり上げた。
ルチルナはじっとローレンスを見つめたまま動こうとしない。
「いかがされましたか? お嬢様」
ローレンスは平静を装っているが……内心冷や汗をかきながらルチルナの表情の変化を見逃すまいと構えた。
何としても、あの台詞をルチルナの口から引きずり出さねばならない。
カルアも澄ました顔で海へ向かったが、二人のやり取りに耳をそばだてている。足の運びがいくつになく遅い。
「拾うだけですが、やってみると面白うございますぞ」
ルチルナの表情は動かないが、ローレンスは畳み掛けた。
「しかし、中には逃げるものもありますし――難しいやもしれませんな。私とカルア様で狩りますので、お嬢様はそこでお待ち下され――」
海へ歩き出したローレンスは、去り際にチラリとルチルナを振り返った――
「釣り竿も持ってくるべきでしたかな……」
――ルチルナは牙でも剥き出すように、口元を吊り上げ歯を覗かせた。
「――フンッ! そんなの簡単よ!」
(いただきました!)
ローレンスとカルアが目を合わせた。
とりあえず、この台詞を吐いたルチルナは途中で投げ出す事はない。ミンチにしたりするが……一応は最後までやる。
「――ね? ほら、簡単でしょ?」
長靴をはいたルチルナは、浅瀬にしゃがみ込んでカルアがほじり出した貝を摘まみ上げ、まじまじと眺めた。
「ふーん。棒切れみたいな奴ね……」
そう言うと、重しを入れ浮き上がらないように置かれたバケツへそれを放り込んだ。
カルアの手順をまね――さくりとスコップで砂を除ける。ゆらゆらと漂う砂の中からヒョコリと貝が頭を出した。
すかさず掴んだものの、思いの外強い力で振り切られてしまった。
一瞬顔を歪ませたルチルナへカルアがすかさず声を掛ける。
「ほらほら、ここにもあるよ」
――その様子を少し離れた所からローレンスが眺めていた。
へたり込むように膝を付き、濡れているのにも気がついていないようだ。
(お嬢様が……お嬢様が自らのお手で……)
感激に打ち震え、頬を伝う涙を拭うと同時に――ルチルナが癇癪を起こした。
「いいいいい!」
神眼を見開き、ルチルナが立ち上がった。
「メイメイ!」
水底から砂の簡易ゴーレムがむくむくと立ち上がり、歩み寄ったメイメイが貝の逃げ込んだ穴めがけて拳を突き刺した――
砂と水しぶきが吹き上がり、キャっとカルアの小さな悲鳴が響いた。
と同時に――、なぜか立ち上がりかけた簡易ゴーレムがサラサラと砂へ戻っていった。
カルアは悲鳴に反応したレムを止めると同時に、仰向け倒れたルチルナの姿を認めた。
「ルチルナ!」
カルアは慌ててルチルナを抱き起こし、続いてローレンスが駆け寄った。
「お嬢様!」
(一体なにが……吹き上がった砂に石でも――)
しかし、ルチルナの体に傷などは見当たらない。慌ててルチルナの体を検めるローレンスの耳に、やけに冷静なカルアの声が届いた。
「あの、ローレンスさん」
「……」
「多分……魔力切れです」
そう言われて、はたと今朝のルチルナの行動を思い起こした。
そういえば……調子に乗って巨大な簡易ゴーレムにポーズをとらせ、踊らせ、高笑いをするルチルナの姿が鮮明に蘇った。
簡易ゴーレムは通常の――メイメイやランランのようなゴーレムと異なり、マリオネットに近い物だ。生み出した者からの――主からの魔力の供給が絶たれると活動を停止する。
通常、簡易ゴーレムの生成と維持には膨大な魔力を、使役には高い集中力を必要とする。しかし、ルチルナは神眼のおかげでその負担が大幅に軽減されている。
神眼がなければ二体もの簡易ゴーレムを実用レベルで使役するなど至難の業だ。普通は一人一体の代物だ。
ローレンスはホッとすると同時に、カルアからルチルナを受け取り昼食を取った木陰に横たえた。
ほんの僅かな時間ではあったが、ルチルナが自らの手で何かを行った。ローレンスは、それだけで満足だった。
ルチルナの顔を満足げに見つめ、再び海へと向かった。
そのままそばに座り、余韻に浸っていたかったのだが……明日期限の依頼が二件ある。その分は今日中に集めてしまわねばならない。
メイメイとランランはルチルナに寄り添うように座り、主が目覚めるのをじっと待っている。
ゴーレムはそれぞれの持つ核によりその行動や性能は大きく異なるが、特別な指示が出されていない限りは常に主を守ろうと行動するように作られるのが普通だ。メイメイとランランもそのように作られているようだ。
◆
――目を覚ましたルチルナが身を起こすと、浅瀬で貝を掘るローレンスとカルアと思しき影がもぞもぞと動いていた。
頭も視界もぼんやりとし、体がだるい。再び眠りに引き込まれそうになるのを抑え、ルチルナは水筒を掴み水をグビグビと飲み干した。
フッ――と頭と体がいくらか楽になり、ガラスの曇りがとれるように、徐々に視界が鮮明になっていった。ほんの少しだが、魔力が戻ったようだ。
交わされるローレンスとカルアの会話も微かに届くようになった。
「――器用なものですなぁ」
ローレンスが感嘆の声を上げている。視線の先にはレムの姿があった。
レムは指先でちょいちょいと器用に砂を掘り、するりと貝を掴み取りバケツへと入れている。
「ここまで繊細な動きをするゴーレムはそうそう居りませんぞ」
「そうなんですか?」
「カルア様のご指示も良いのでしょう。お嬢様もここまで繊細には動かせませんぞ」
ルチルナの耳がピクリと動いた。
「それは褒めすぎですよ」
照れくさそうなカルアの声が響く。
「もっと離れた所からやってみましょう」
バケツを手にぶら下げ、レムがのしのしと遠ざかる。
「――そのあたりからではどうでしょう?」
「えと、こんな感じ――ですか?」
「そうですそうです、呪文を送る要領で」
レムが何かを拾い上げ、バケツへと入れる。
「素晴らしいですな! いやぁ、感服いたしました!」
だらしなく笑うカルアの声がする。
「もう一歩先へ行ってみましょう。自身がレムになったおつもりで、レムと同期するのです」
「レムさんになったつもり……」
「魔力を送りこみつつ、受け取るような――そうです、動きに合わせて――」
「ああ! これレムさんが見てる物ですか?」
興奮気味のカルアの声が響いた。
「見えましたか?」
「変な感じです。自分の見てる物に重なるように……」
「そのままそれを維持して、二本の手を別々に動かしていると思って――」
レムとカルアがほぼ同時にバケツに何かを放り込んだ。
「素晴らしい! お嬢様もまだしっかりとは修めておられぬ技術ですぞ」
ルチルナの耳がピクピクと動く。
「いやぁ、素晴らしい! カルア様は素晴らしい才能をお持ちですな! マリオネットの技術なども修めてみてはいかがですか? きっと一流の人形遣いにもなれますぞ」
「褒めすぎですって……」
だらしないカルアの照れ笑いが響く。
「力はゴーレムが、繊細さが要求されるものはその主が、お互いを補い合って初めて真価発揮する。ゴーレムに全てを任せてしまおうなど愚の骨頂――」
ルチルナがのそりと立ち上がった。
「そんな者にゴーレムを扱う資格はない。っと言うのが先代様の口癖でしてたが、カルア様とレムは正に理想の――」
フッと湧いた気配を振り返ると――、鼻から蒸気でも噴き出しそうなルチルナが立っていた。
「……ローレンス」
ハッとしたローレンスが慌てて言い訳を口走る。
「決してお嬢様の事を――」
「いいいいい!」
神眼を開きかけたルチルナであったが、膝が抜けたようにふらりとバランスを崩した――
慌てて駆け寄ろうとしたローレンスをキッと睨み、なんとか踏みとどまった。
ふらふらとローレンスに歩み寄り、バケツとスコップをひったくってバシャバシャと海へ入り砂を掘り返し始めた。
次々と貝を逃したルチルナは歯をギリギリと鳴らし、手袋を脱ぎ捨て引っ掴んだ貝を荒々しくバケツへ放り込んだ。
ローレンスの声も顔や体に跳ねる砂や水も意に介さず、怒れるルチルナは次々と貝を引っ掴んでいった――
――日が傾きかけた頃。
ムスッと座る砂まみれのルチルナからカルアが砂を払った。
ローレンスが声を掛けようとするも……「フンッ!」と鼻を鳴らし、そっぽを向いてカルアへにじり寄った。
ローレンスは諦めてバケツに集めた貝の選別を始めた。依頼の物とそうでないもの、納品するにはちょっと(主にルチルナ産)……という物とに分けた。
その間にカルアがルチルナに付いた砂を払った。
選別が終わり、出発の準備が整った頃には、空が赤く色づいていた。
選別されたバケツに海水を汲み、カルアが手をかざす――
「〈冷気〉」
バケツの表面にパキパキと形成された氷の真ん中をコンと叩き割り、軽くかき混ぜた。二件分の依頼を満たすには十分な量だ。多少の追加報酬も狙えるかもしれない。
納品分の二つのバケツはレムが持ち、それ以外の雑多な貝を入れたバケツをカルアが持った。
「それじゃ、帰りましょう」
――ザシャへ向け、来た道を引き返す。ルチルナはカルアのローブに包まり、メイメイの腕の中で眠っている。
ずぶ濡れで日が落ちてきた為、寒そうにしていたルチルナにローブを被せるとあっという間に寝入ってしまった。かなり無理もしていたのだろう。
全ての依頼分を集めることは出来なかったが、今日の成果は上々だったと言えるだろう。
この調子で、ルチルナが自身の手でやるようになってくれれば良いのだが……。
振り返ってルチルナを見るカルアの優しげな視線に、ローレンスは口元を綻ばせた。
――南門同様、北門も屋台などが増え、市場の様相を呈していた。日中に多かった食事や弁当を売る店が減り、代わりに酒を出す店が増えた。それに加え、寝具を貸し出す店や、雑貨を扱う店などが姿を現し、閉門に備えた準備が着々と進められているようだ。
閉門まではまだしばらくある。せっかくなので、昼食を買った店で夕食を食べていこうかと思い店を訪ねると、店主がちょうど店じまいをしているところだった。
あれを全て売り切ったとは……、なかなか繁盛しているようだ。
「悪ぃなぁ、もう出せる物がねぇんだ」
「んん、残念」
そう言って、頭を掻く店主にぺこりとお辞儀を返したカルアを呼び止めた。
「そいつも納品するのかい?」
と、カルアの持つバケツを指さした。
「いえ、これはデールさん――宿の――」
デールの所に持って行く、と言いかけたカルアを遮るように、屋台の店主は大袈裟に顔の前で手を振った。
「ああ、野郎の所に持って行くぐれぇなら俺に渡しな」
そう言ってニヤリと笑った。
――底の深いフライパンに、レードルが当たるリズミカルな音と共に、雑多な貝が料理へと姿を変えていった。
ルチルナを揺り起こし、大皿にこんもりと盛られたそれを囲んで腰を下ろした。
寝ぼけた顔をしていたルチルナだったが、腹は減っているらしく皿を手にのそのそと木箱の前へ座った。
「残り物と貝の何かだ。名前はねぇ」
そう言って皿を手にした店主が座ったのを合図に、めいめい皿にとりわけ、遅めの夕食にありつた。自らの手で集めた所為か、格別に旨い。
皆が料理を頬張る中……取り分けられた料理を見つめ、ルチルナはちらちらとローレンスの皿へ視線を送っていた。
気が付いたローレンスが食べる手を止め、さりげなくルチルナの側に皿を置いた。
――ややあって、ルチルナは野菜をつまみ出し、ローレンスの皿へ移し始めた。
「俺もまだまだかねぇ……」
店主はそう呟くと、坊主頭をしゃりしゃりと撫でた。
2016/05/17誤字修正 2016/05/24誤字修正 2016/05/24表現を一部修正 2016/05/31脱字修正 2016/07/07… 2017/3/17語尾を一部修正 2017/07/25再編集 2017/11/14再編集 2020/09/30微修正




