幕間
「やっぱり問題はなさそうですね」
「そうですか……」
クレアは魔導技師の言葉に納得が行かぬようだ。眉を寄せ、首をかしげている。
「念のため工房に持ち帰りますので、こちらを使ってください」
白いつなぎを着た技師はクレアに黒い半球を渡し、その他の受付で使用される魔導具のチェック作業へ戻った。
少しだぼついたつなぎの背には、デフォルメされた黒猫の顔が描かれている。ピンと尖った耳に、丸みを帯びた顔と左右に三本ずつの髭。黒く塗り潰されているが、一目で猫だと分かる。
冒険者ギルドが有する工房『黒ネコ』から派遣された魔導技師だ。
工房の名とその出で立ちから、冒険者ギルドにおいて魔導技師は「黒ネコ」と呼ばれる。
冒険者ギルドで使用される魔導具の開発、設置、メンテナンスは全て黒ネコ達の手で行われる。飛空挺のメンテナンスも彼らが行うのだが、紺のつなぎに白で猫の顔が描かれている為、そちらは『白ネコ』と呼ばれている。
作業をする黒ネコの背を見つめていたクレアは、手元の薄い板へ目を落とした――
【レム:使役者カルア・モーム】
レムの大まかな容姿が描かれたそれは、カルアが提出した使役ゴーレムの申告書だ。
マリオネットは申告不要なのだが、ゴーレムは申告しなければならない。
昨日、日没直前にカルアが使役ゴーレムの申告を行いに冒険者ギルドを訪れた。
クレアは全身鎧がゴーレムであったことに驚きつつも、文字通り、手取り足取り申告作業を手助けし、至福の一時を過ごした。
必要以上の手間と時間をかけて一通りの手続きを終え、最後にレムとカルアの魔力の照合を行った。
黒い半球に双方の魔力を当て、それを記録するのだが……これがどうにも上手く行かなかった。
クレアを含め、その時ギルドに居た者にこの魔導具を使った経験のある者は居らず、唯一の経験者ニーナは長いこと謎の腹痛で休んでいる。
結局、マニュアルを見ながら何度も繰り返してどうにかこうにか申告は完了したものの……クレアは魔導具の故障を疑ったのだ。
「――それでは、また二月後に伺います」
黒ネコはくたびれた白いワークキャップの庇を軽く持ち上げ、裏口から出て行った。
「ご苦労様です」
その背に声をかけながら、クレアは黒ネコが口にした言葉を思い出していた。
黒ネコが説明する手順、注意、その他諸々を聞く限り、昨日のクレアはその模範と言えるものだった。
『誰かの魔力が混ざったのかもしれませんね』
そんなはずはない。そうなのだとしたら、レムはカルア以外の魔力を持っているという事になる。
(前の主の魔力をまだ持っている……? 主が二人……?)
まさか、っとクレアは首を振りそれを打ち消した。
それに、非常に気に入らない事だがクソガキの神眼の見立てもある。
申告書を保管場所へ戻し、クレアは受付へと戻った。
その頃――
ここはデールの営む酒場兼宿の二階。
顔を歪め、差し出される手桶を無言で押し返すルチルナ。
「出しちゃった方が楽になるよ?」
心配そうに掛けられるカルアの声は右から左へと抜けてゆく。
「今は私しか居ないから、誰も見てないから……ね?」
ベッドの縁に座り、青い顔でじっとどこかを睨むルチルナ。
他の泊まり客は気を利かせたのか、連鎖的な二次災害を避けたのか、そうそうに宿を引き払った。
時折、「ドン、ドン」と何かを打ち付ける音が、廊下の方から響いてくる。
伝ってくる音を振り返ったカルアの目には、失望が窺える。
扉を出て廊下を左に進むと男女兼用のトイレがある。音の発生源はここのようだ。
(不覚! 不覚!)
堅く握った拳を便座の縁で振るわせ、頭を打ち付けるローレンスの姿があった。
(あまりのお嬢様の目映さについ我を忘れて……なんたる失態! ローレンス・シェパード! 貴様には失望した!)
頭を打ち付け、ぎりぎりと歯を鳴らした。
(貴様を信じ、お嬢様を預けて下さった……なんと言うつもりだ!)
一際大きく頭を打ち付けた彼の目が鋭い光を帯びた。
(天地神明に誓う……! お嬢様がメイフィールド家当主の座に就かれるその日まで、金輪際酒は飲まぬ!)
――こうして、この世界にまた一つの誓いが産み落とされた。
おそらく、世界で最も多く立てられる誓いであり、最も果たされる事のない誓が……
2016/07/07… 2016/09/28段落修正 2017/07/25再編集 2017/11/14再編集 2020/09/30微修正




