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マニピュレイション!  作者: 立花 葵
出会いと追憶
29/72

ある男の記憶10

「では、三十五年後の今日、結果を持ってくる」

 そう言い残し、飛び立ったアルマスを見送ったのが二年前。

 あまりのしつこさにアルマスが顔を(しか)めてしまう程、俺は三十五年後と念を押した。

 ……また三十五だ、俺はこの数字に何か縁があるのかね。


 覚えておくと良い。長寿な連中と待ち合わせをする時は、正確に、出来れば秒単位で行え。曖昧にやると何年待たされるか分ったものじゃないぞ。「たまに」が六十年前後の連中だからな。

 俺は「今すぐだ!(数日中)」「明日にしろ!(一週間くらい)」「三日後だ!(一月以内)」が、連中と話すときの口癖になってしまった。


 

 ――結局、親父の魔法を用いても今すぐ出立とはならなかった。

 百歳。百歳まで待て。ここに落ち着いた。

 俺は今六十七歳。あと三十三年……約三百九十六ヶ月……一月を三十日と計算して――一万一千八百八十日。

 

 これまでは特に意識する事無く日々は駆け抜けていた。気が付けば三日が経ち、十日が経ち、一年が過ぎ……。むしろ時間を緩やかに流す方法はないかと考えたぐらいだ。


 それが叶ってしまった。指折り数えていると、急に時間の流れが停滞し始めたのだ。

 少しでも早く時間を流す為に、一つ一つの訓練を今まで以上に集中して行うようになった。


 だが……、眠る前に数えるカウントは、相変わらず遅いままだ。

 目が覚めればカウントが一つ減る。そう思うと、三日が一週間とも十日とも思えてしまった。

 朝目覚めて夜に眠る。この間をいくら短縮しても、翌朝目覚めるまでにきっちり取り戻されている。


 今まで以上に一つ一つの訓練に集中しているのに、得られる結果も悪くなる一方だった。

 何かを終える度に時計を見て……消費した時間を計っている。

 俺の無意識に書き込まれたカウントダウンが、心をかき乱した……。


 ――気が付けば、ぼうっとしている事が増えた。

 知らぬ間に手が止まり、何をするでもなくぼんやりと目に映るものを眺めている。

 そんな俺とは対照的に、ムームとババムは工房に籠もる時間が段違いに長くなった。毎日、毎日――朝から晩まで工房から鎚の音を響かせていた。

 一心不乱に鎚を振る二人に、ふと――自分の姿(人生)を見た気がした。


 おっさんになり、ふと振り返り懐かしさを覚える子供時代。

 俺のそれは、ギース少年の苦い記憶しかなかった……。

 本当の意味で、俺は人生をやり直すべきだったのではないか? 子供らに混じり、無邪気に笑い……。

 完璧な人生イコール幸せな人生。頭にあった式がぐにゃりと歪んだ。完璧な人生の、その下地を日々作っていた俺は……。



 俺の揺らぎをいち早く察知したのは祖母だった。

 ある時、祖母に誘われて森を散歩した。景色を眺め、ゆっくりと歩きながら話をした。

 親父を見ると泣き叫んでいたこと。

 暖炉ににじり寄り続けたこと。

 暖炉に謎の気合いを飛ばし続けたこと。

 暖炉を吹き飛ばしたこと。

 ババムの家に足繁く通うようになったこと。

 祖母の声が途切れた……。


 それから――、それから――


 それから……。


 十歳を過ぎた俺は――


 俺は……。


 祖母の悲しげな目が突き刺さった。

 全力で走り続けていた俺は――俺の人生は、大切な物を――大切な者達を振り切って疾走してきたように思えた。

 思い返せば……純粋に景色を景色として眺めたのも、親父の肩に乗って初めて森へ入った時以来だった。


 このカウントダウンは、彼らと過ごす最後の時間となるかもしれない……。


 俺は歩みを緩める事にした。だらけるという訳じゃない。走る所は走り、緩める所は緩め、肩を並べる機会を増やした。

 この頃だったと思う、ババムとムームにさり気なく異世界の話なんかをしたのは。刀のくだりで予想以上の食い付かれ、ワウに聞いたを突き通すのに苦労したのを覚えている。


 時々ムームを誘って森を散歩するようにもなった。

 ムームは俺と一番歳が近く、手を握っても脂汗が吹き出さない唯一の女性だった。

 それに何より、小柄だがドワーフ特有のガッシリした体。小顔でクリクリの大きな瞳。ど真ん中だ。

 三度目の人生で最も激しく変化したのは女の好みだった。何もかも親父の所為だが……。


 時々散歩に誘い、俺が密かに飼うペットも紹介した。数十年前、三十三歳の時に吹き飛ばした倒木から見つけた可愛い奴だ。

 初めて見せた時、俺を見る彼女の目が狂人を見るそれだった事を今もよく覚えている。

 十数年後に村の者たちに紹介した際に、戦士達に向けられた殺気も忘れない。


 歩みを緩めた俺だったが、不思議と時の流れは速くなったように感じた。

 ただがむしゃらに消費していた日々を、惜しむようになったからかもしれない……。

 

 俺は約束の日までの数十年を、主に魔力量上昇とシンボルを学ぶ事に重点を置いた。

 体の成長が止まると魔力の上昇も緩やかになると教わったからだ。体の成長の早い俺は、百歳で人族の十五か十七くらいになっているという予想だ。だがあくまで予想だ。保険をかけてこちらを優先した。


 シンボルは学べば学ぶ程に感心した。いかに少量の魔力で高い威力の魔法を発現させるか。よく研究されている。

 やはり技術という物は、何かしらの制限を受けた方が進歩するのかもしれない。


 平行して呪言の研究も行った。その結果、シンボル魔法を呪言で使うという合わせ技を編み出した。

 呪言で魔法陣を描き、呪言で呪文を送り込む。これを同時に行う事でシンボル魔法の手順をカットし、術者が主導権を持つ安定した魔法を、呼吸でもするように使用する事が可能となった。



 ――そうして迎えた運命の日。



 約束通り、アルマスが姿を現した。長老の許しを携えて――

 準備にかかった数日を、茶でも飲むような感覚で待っていてくれた事だけは、長寿な連中の感覚に感謝した。


 村の者達に別れを告げ、真新しいローブを纏い、ババムの家へ向かった。

 見送りは両親と祖父母、そしてムーム。ババムは一振りの剣――いや、身幅の広い刀を送ってくれた。


 俺がアルマスと出会ったあの日から、ババムとムームは俺の為に鎚を振り続けていたのだと知った。

 礼を言おうとする俺を無視し、ババムは無言で工房へと引っ込んでしまった。


 ああ、分ってるさ。いつかこの僻地まで名を(とどろ)かせ、振り向かせてやるさ。

 ムームも手を差し出しただけで何も言わなかった。俺は力強くそれを握り返し、籠に乗り込んだ。


 アルマスが大きく羽ばたき、籠がふわりと地を離れた――


 俺は、例の釘をふんだんに使った異世界の釘バットを親父の足下へ放った。

 あの苦笑いは……まぁいいさ。いつか巨人族の集落へも行ってみるつもりだ。巨人族の剣士の獲物をじっくり拝ませてもらおう。


 籠はみるみる高度を上げ、やがて誰も見えなくなった。

 籠に寝そべるように座り、まだ感触の残る手を見つめてムームの顔を思い浮かべた。


 抱き寄せてチュウぐらい迫ればよかった……。


 あの感じならきっと受け入れてくれたはずだ! ……多分。

 なんでまた無駄に格好付けようとしたのか……。悔いなく生きるとは、難しいな――



 里までは数日掛かるそうだ。

 その間に、俺のペット――いや、可愛い金の卵達を紹介しよう。

 六十七年前――俺が三十三歳の時だ。森で不毛な破壊活動をせっせとやっていた頃だ。


 吹き飛ばした倒木の残骸から卵を見つけた。一目見て魔物の卵だと分った。

 魔物の卵は色、大きさ、形は様々だ。だが、共通点が一つある。みな例外なくやたら粘着質な糸を引いている。

 最初はそのまま爆散させてやろうと思ったのだが、卵からフワフワの愛らしい謎の生物が生まれてくる妄想が過ぎり――一先ず岩の隙間に隠して図鑑で確認する事にした。


 この世界には、神獣、魔獣、魔物、モンスター、野生動物と分類される者達が居る。

 神獣は、その殆どが神またはその使いとして崇められる伝説上の存在だ。

 魔獣、モンスター、野生動物この三つは同じだ。分類する明確な基準がある訳ではない。一口に野生動物と括る事もできる。

 上から順に、人間族に対してどの程度の脅威であるか。でざっくりと分けられている。生態や特徴による線引きがある訳ではない。


 特に戦う術を持たない者でも対処出来るものは、野生動物。

 それなりに戦う術を持っていないと対処が難しいものを、モンスター。

 モンスターに対抗出来る連中が裸足で逃げ出す相手が、魔獣。

 ドラゴンは分類的には魔獣だ。ただ、飛び抜けた奴らが多いため、ドラゴンはドラゴンと区別して呼ぶのが一般的だ。


 こういった曖昧な基準で分けられている為、ある者は魔獣と評したが、ある者から見ればモンスターだったりと、特に種族間で認識に差がある事が多い。


 そして、魔物だが――こいつらは明確な線引きがある。そもそも、生物と分類して良いのかが怪しい連中だ。

 魔物に雄雌は無い。そしてその殆どが卵を産み、消化出来なかったと思しき物と一緒に魔力結晶をぽろぽろと排出する。


 ここまではまだ良いのだが、真っ二つにしてみると……蓄えた魔力結晶がこびりついている以外中身はほぼ無い。空だ。一体どうやって動いているのか、どうやって食った物を消化し、何処で卵を作っているのか全く分っていない。


 ダンジョンの内部や周辺にいつの間にか姿を現し、数を増やしてゆく。また、魔力溜り(澱み)のある場所にも発生する。

 魔物は、魔物以外は何でも襲い何でも食う。その為、魔物は発見次第徹底的に殲滅される。放置するとどんどん数を増やし大変な事になる。


 だが、魔物もその全てが危険なものとは限らない。中には存在意義がさっぱり分らないようなのもいる。


 例えば、『スーフ』と呼ばれる毛玉だ。ファーを丸めたような奴だ。福田浩之の世界にそっくりなキーホルダーがあったな……。

 こいつは自分で動く事も出来ない。風任な奴だ。戦う術も持たず、踏まれただけで死んでしまう。だが、分類上は魔物だ。

 俺が都合の良い妄想をしたのは、こういった理由からだ。ひょっとしたら無害な奴かもと。


 話を続けよう――

 魔物の甲殻や羽根は様々な物の材料とされるが、特に武器や防具に使われる事が多い。その為、ババムの書斎には図鑑があった。

 俺はそれに載っていないかと探してみた。すると、ピッタリ当て嵌まる卵の記述を見つけた。

 期待に胸を膨らませ、ページを捲った俺は小便をちびりそうになった。


 ドラゴンフライ(竜の蠅)。あいつだった。あの遺跡で俺達を食い散らした奴だ。


 俺は即刻切り刻んでやろうと卵の元へ舞い戻った。しかし、直前でふと気が変った。

 ……今この一匹を切り刻んだところで、団員達の無念がギースの無念が晴れるとは思えなかった。


 俺はこいつを育てる事にした。幼体の芋虫から立派なドラゴンフライへ変体した時に、じわじわと削り殺してやろうと……。


 卵から生まれてきた芋虫の世話をしながら、日々復讐心を肥え太らせた。

 しかし、待てども待てども一向に変体する様子はない。少量の魔力結晶を排出し、ただただ糸玉を作るばかりで、図鑑にあったような繭を作る気配もない。そしてこいつが産んだ卵から出てきた奴も同じだった。


 ――そして気が付けば、五十年の月日が流れていた。


 奴は寿命で死んだ。俺は泣いた。

 五十年の歳月は、俺の育てた復讐心をすっかり愛情に変えていた。

 俺は奴の子供達を抱え村に戻った。

 ムームの証言もあり、なんとか無害だと信じて貰えたが、殺気立った戦士達と殺し合になる寸前だった。


 しかし、今ではすっかり村に馴染み、村の者達が着る服は奴の子供達が作った糸玉から作られている。

 俺はこいつで一財産築くつもりだ。こいつはきっと、紡織に革命を起すはずだ。



 ――所々で休憩を挟みながら、アルマスとの旅は順調に進み、間もなく天人族の里だ。俺は座ってるだけで何もやっていないのだが……。


 刀の鯉口を切る。はばきの部分にムームが彫り込んだエンブレムがある。以前、俺が祖父に作ったエンブレムをモデルにした物らしい。

 大小四枚の羽根をくの字に曲げ、羽ばたく一羽の鳥が描かれている。頭から尾まで伸びる太く美しい飾り羽根。

 天人族と共に旅立つ姿を準えたらしい。


 ――漸くこの世界への一歩を踏み出す。

 ギース・トレント(溺死)            

 福田浩之(ロードキル)

 目指すは老衰だ。子供と孫に囲まれ畳の上で大往生だ。

 皆の顔を思い浮かべ、刀を戻した。



 ああ、そうだった。まだ名乗っていなかったな。


 今回の俺は――



 ジーク・ヴァルニと言うらしい。

2016/07/07… 2016/09/28段落修正 2017/07/25再編集 2017/11/14再編集 2020/09/14微修正

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