ある男の記憶9
サラマンダー狩りから帰った俺は、例の第三の魔法を『体現魔法』と名付けて検証と実験に明け暮れた。
剣や槍や格闘などなど、そういった武芸の技を使い続けると、目眩がするほどの疲労感に襲われる。
それらは肉体にかかる負荷の所為だというのが一般的な認識だ。俺もずっとその認識だった。グリムにもそう教わっていたからな。
だが、その正体は単なる魔力切れだったわけだ。考えてみれば、魔力切れとほぼ同じ症状だというのに……思い込みとはやっかいな物だ。
俺は魔法を使わなかったし、まさか自分が魔法を使っているとは思っていなかったしな。
――体現魔法。
当初は、武芸やその技を彷彿とさせるもっと気の利いた名前を考えこねくり回していたのだが……それでは都合が悪い事が発覚したのだ。
それに最初に気が付いたのは、剣を打つババムの姿を見た時だ。
真っ赤に輝くそれにハンマーを打付けるババムの姿を見て――これもそうだと、はたと気が付いた。
この世界の一流の職人達が作る品は、特別な性能を宿す事がある。
業物や大業物と呼ばれるそれらは、研ぐことを必要としない剣や包丁であったり、多少の傷や綻びであれば勝手に直ってしまう盾やローブであったりと様々だ。所持者に何らかの加護を与えるような物もある。
身につける物ばかりではない。料理や薬といった物にも業物や大業物は存在した。
これらは体現魔法の産物だ。それを使い、魔法的な効果を付与していたわけだ。
福田浩之として生きた世界には、その隅々にまで科学があり、科学が支配していた。
それは世界も同様だ。ただし、科学ではなく魔法だ。その隅々にまで魔法があり、魔法に支配されている。
試しに、鉄を鍛えながら作り上げる物のイメージ送り込んだ。そして出来上がったそれは――
曲がらない釘。いや、曲がるが曲がっても元に戻る釘だ。異世界風に言うと――形状記憶合金とでも言えば良いのだろうか?
目を丸くするババムとムームを見て、俺は鍛冶職人としてもやっていけるかも知れない――
などと調子に乗っていたらババムに頭をはたかれた。職人の世界はそう甘くはないようだ。
一応記念にエンブレムを作ってみた。以前見た祖父著の歴史書の表紙に書かれていたものだ。
枝に止まった一羽の鳥。モデルは「ルルグ」と呼ばれる雄孔雀を彷彿とさせる白い美しい鳥だ。
この鳥はねぐらを持たない。木から木へと常に移動しながら生活している。森を彷徨い、ここへ辿り着いた祖父が自分の人生をこの鳥に準えたらしい。
自宅の入り口に掲げられたエンブレムに祖父は大層喜んでくれた。こいつは錆びたり苔むしたりする事はない。多分な……。
ババムのお眼鏡にはかなわなかったが、思っていたよりも上手くいった。
今はまだイメージの大半を呪言に頼っているが、それもそう長くは無いだろう。
そして、これらが出来たと言うことは……この世界の武芸に無数に存在する技。そして後継者が居らず、伝説と化してしまった奥義や秘技――それらを全て我が物とする事が出来るのではないか?
俺は口角をつり上げ、ほくそ笑んだ。まぁ、魔法の親玉たる呪言を習得しているのだ。当然か?
――この日、俺は初めてシンボル魔法を使った。初めて暖炉に手をかざしたあの日から、五十年の時が経っていた。
一度シンボル魔法を使ってしまうと、呪言を失ってしまうのではないか? そんな恐怖から俺の中でシンボル魔法は禁忌となっていた。
だが、その理屈でいけば、俺は剣の稽古を始めた時に呪言を失ったはずだ。だから大丈夫……そう結論した。
森にこっそり作った即席の暖炉擬きへ手をかざす――
「〈炎〉!」
遠慮なく魔力を込めた為、盛大に火炎を噴上げ暖炉擬きは吹き飛んだ。
ハッハー! 木っ端微塵だぜ!
なんて簡単なんだ――シンボル魔法。これを作った奴は凄いな。
火を消しながら関心すると同時に、シンボル魔法と体現魔法、この二つと呪言を隔てる決定的な違いに気が付いた。
シンボル魔法は送り込む魔力によって発現する魔法に強弱を付ける事が出来る。体現魔法も同じく、イメージを作り上げる動きを制御する事によって強弱を付ける事が出来る。
つまり、発現する魔法に対して主導権は術者にある。
呪言は逆だ。
発現する魔法の方が主導権を持っている。それを発現させるのに必要な魔力を術者から奪い取る。
魔法が支配するこの世界において、おそらく呪言で出来ない事はない。出来なかったとしたら、それは魔力が足りてないだけだ。
同時に、シンボル魔法と体現魔法の優れた点にも気が付いた。
呪言は魔法に主導権を握られている為、どれ程の魔力を消費するかはやってみないと分らない。完全に経験則で推し量るしかない。
だが、シンボル魔法と体現魔法は主導権が術者にある為、魔力の消費量が非常に計りやすい。
さらに、イメージの違いによるブレも存在しない。発現するものは決まっている。魔力と動きで強さを調整するだけだ。
――この日から、俺はシンボル魔法を解禁し、祖父の元へ通いシンボル魔法を真面目に学び始めた。
さらに、村に居る様々な職人の元を訪れるようになった。様々な武芸に魔法の訓練、職人達の技術を学びと正直自分でもイカれてると思う程に忙しく日々を送った。
そうして――、十年程が経ったある日。生まれて初めての来客があった。迷子の迷子の大猫さん――猫っぽい獣族だ。
獣族は読んで字の如くだ。美少年や美少女に愛らしい耳とふわふわの尻尾を付けたような夢のある奴らじゃ無い。獣だ。
一昔前の洋ゲーと言えば分って貰えるだろうか? 人っぽい手足を持った、獣だ。
獣族はギースの頃に何度か見た事がある。辺境の山間に行くと稀に見かけることがあった。
体格は人族と大差ない。非常に警戒心が強く、他種族との交流も嫌う。中には例外もいるようだが、俺が見かけた連中は、皆こちらの姿を認めるとするりと森へ姿を消していた。
その為、こんなに間近で獣族を見たのは初めてだった。
そして――、やっぱりと言うかなんというか……獣臭い。
せめて毛がふわふわモコモコとでもしていればマシだったのだが――ごわごわで所々ヘアワックスでも付けたように固まっている。
一瞬こいつがゴミ箱を漁っている姿を想像してしまった……。
ワウと名乗るこの獣族は社交的な方らしく、たどたどしいがこちらの言葉を使った。壁は感じるが一応コミュニケーションは成立した。
黒と赤茶の斑模様。腰には何かの毛皮を巻き、蔦や葉で作られたポーチらしき物をぶら下げていた。
武器は手作りらしい弓と黒曜石の様な石で作られたナイフ……。
正直貧相な物ばかりだ。だが、そんな貧相な装備で旅をしてこれたのだ。獣族のサバイバル能力の高さが窺える。
よく分らない種族とのハーフである俺が珍しいらしく、俺の回りを歩き回りクンクンとニオイを嗅いでいた。俺はエルフ臭いそうだ。
獣族の寿命は二百年前後。人族の次ぎに短命な種族だ。生活スタイルは男と女で随分と違う。
基本的に男は森を転々とし、単独で旅暮らしをしている。なかには二、三人でまとまって旅する者達もいるらしい。
女は十~二十名程の集団で生活し、あまり移動はしない。子供は全員で育てるのだそうだ。
暫く村の近くに滞在する事になったワウの元へ通い、色々と話しを聞いた。一応獣族の言葉も教わった。
そして、男だとばかり思っていたのだが、ワウは女だった。
言われてみれば……確かサビ猫と三毛猫はメスしかいないんだっけか? こいつらも同じなのか……?
一応半裸の女が目の前に居ると考えて良いのだろうか? ……乳首ばかりが六つ……俺には無理だ……。
ワウのように単独で旅暮らしをしている女の獣族を『はぐれ』と呼ぶそうだ。他種族と交流を持つ獣族はみんなその「はぐれ」と呼ばれる者達だそうだ。
目的は不明だが、ワウはとにかく誰も住んでいない所を目指して旅をしていたのだとか。
こんな所に住んでいる者が居るとは思わなかったなどと言っていた。
ここが陸の孤島だとは知っていたが、どうやらそこを更に分け入った秘境らしい。
村の外の事――他の地域で暮らしている者達の文明レベルなどを色々と聞きたかったのだが、誰も居ない所を目指して来たと言うだけあって大した話は聞けなかった。
だが、彼女は面白い物を俺に見せてくれた。手にすっぽりと握り込めるサイズの丸い物体。マーブルチョコを大きくしたような形をしていた。
通りがかった古代の遺跡で拾ったと言うそれは、透明感のある黒い色で、傷は全く無く、周囲が映り込んでいた。光にかざすと、微かに幾何学的な模様が潜んでいるのが見えた。
俺はそれをエルフの弓と俺が鍛冶の練習で作ったナイフと交換して貰った。
彼女は大層喜んでいたが――
このマーブルチョコと比べたらそいつらはゴミだ。
俺は模様を見た瞬間ある物を思い浮かべ、直感した。
古代に栄えたという文明……これこそがその文明を支えた物だと。俺が思い浮かべた物――
――電子基板だ。
網の目の様に走り回る直線的な模様。その所々に、魔法陣とは違う非常に複雑で幾何学的な模様が幾つもあった。
翌日から暇さえあれば――いや、俺に暇な時間など無い。寝ている時、食事の時、便所に座っている時以外は常に動き回っている。
飯を食いながら、歩きながら、便所に座りながら、俺はマーブルチョコを弄くり回した。
そして、ニ月程――ワウが去って数日経った頃だった。この物体が二つに割れる事を発見した。
上下から魔力を流し込むと、側面に微かに筋が現れる事に気が付いた。そのまま上下を互い違いに捻るとするりと回り、二つに割れた。
断面には上下とも窪みがあり、何かを入れる為のスペースのようだった。
俺はピンと来た。魔力を用いて開く物体。その中に入れる物と言ったら――魔力結晶しかないだろう。
俺はある事情から魔力結晶は幾らか持っている。その事情は――また今度だ。
俺は早速魔力結晶を詰め込み蓋をした。
マーブルチョコの片面に白いリングが現れ、そこから内側へ向けて短い線が等間隔に現れた。その線と線の間に更に短い線が現れ、真ん中に現れた三角形がくるりと回り線を指した。
間違いない――、こいつは時計だ。
これを信じるならば、この世界も二十四時間という事になる。そして、指された時間も太陽の位置から考えると正しいようだ。
魔力結晶を電池の様に使い動く――機械だ。
弄くり回していた時に、一応ババムを含め村の連中も見せたのだが、誰もこれが何なのか分る者は居なかった。
作動を始めた状態であれば分るかと思い、ババムの所へ持って行った。
いつもの如くババム宅の玄関を開けた俺は目を見開いた――
――細い切れ長の目。すらりとしているが、足はごつい皮膚に覆われ、太い指が三本。どれも太く鋭い爪が付いている。
手も少しごついが、形は人間のそれとあまり変らない。指も五本だが、やはり鋭い爪が付いていた。
背に生えた大小四枚の翼は器用に折り畳まれ、頭から伸びる太く美しい飾り羽根は、背を通り地面に擦りそうな程に長い。
細い羽根のような髪をふわりと揺らし、入り口に立ち竦む俺を振り返った。
鳥人げ――――っ、ててて天人族だ!
突然の事に呆ける俺は、ババム促されるままに天人族の向かいに座った。
見た感じ男のようだが――ワウの一件もある。ともかく自己紹介からだ。
この日の為に言葉も覚えた。息を吸い、名乗ろうとする俺よりも早く、彼が口を開いた――
「私はアルマス。君が呪言を使えるという者か?」
……考えてみれば、二人に言葉を教えたのだ。こちらの言葉を使えないわけない。
拙い英語で欧米人に話し掛け、「コンニィチワー」と返ってきた時のやるせなさ……まさかここでも味わうことになるとは……。
出鼻を挫かれつつも自己紹介を済ませ、彼の前で呪言を使って見せた。
魔法陣も呪文もなく魔法を使う俺を、彼は目を丸くして見ていた。
彼は呪言と言う物自体は知っていたが、それは書物の中でのみの存在で、実際に使える者を見たのは初めてだと言っていた。
アルマスは自らのことを『語り部』と呼んだ。世界を旅し、里へ帰ると目にした事を『筆記者』と呼ばれる者達へ語り、筆記者達はそれを記録するのだそうだ。
遙か昔から、彼らはこの世界をそうやって記録し続けていると言う。
俺は期待に胸を膨らましたのだが……残念ながら世界が滅びたと言うその日に、その記録の殆どは失われてしまったらしい……。
俺は一応彼に例の時計を見せてみた。すると、彼はこれが何なのかを知っていた。
これは『魔導具』と呼ばれる物だそうだ。思った通り、失われた古代の技術――『魔導技術』の産物だと。
そして、ほんの僅かだが里に戻れば古代の文明の記録も残っていると彼は言った。
アルマスと話す内、かつて天人族に合わせてくれとババムに懇願した時の――あの叫びが内に響いた。
(なり振り構うな! 飛びつけ!)
俺は意を決し、天人族の里へ連れて行ってくれ――いや、里に住まわせてくれ! と頼んだ。
彼は難しい顔で考え込んでいたが、里の長老に掛け合う事を約束してくれた。それと、仮に許しを得たとしても、エルフの掟に則り俺が二百歳を迎えてからだと……。
俺は彼に数日ここで待つように頼み、自宅へ向け駆け出した――
親父殿、出番だ。
2016/05/10 事情は――追加 2016/05/13 改行修正 2016/06/16誤字修正 2016/07/07… 2016/09/28段落修正 2017/07/24再編集 2017/11/11再編集 2020/09/14微修正




