ある男の記憶8
天人族との邂逅を心待ちにしながら、ババムの家へ足繁く通った。
来たるべき日に備え、彼らの言葉もマスターした。
明日こそは、明日こそは、と通い続けて――
――二十五年。
二十五年だ。二十五年だぞ!
どんなに気の長いやつでも、「たまに」は精々数ヶ月だろ!
長寿な種族という奴らは……十年単位を「たまに」という表現で片付けるな!
こいつら時間の感覚はどうにも理解しがたい……。
だが、別にこの二十五年をボサッと過ごしていたわけではない。
三度目の正直だ。俺はこの三度目の生を悔いの無い最高の物にしようと日々努力しているのだ。
毎日毎日、訓練に明け暮れている。ババムの所ではムームと一緒に彼に師事し、鍛冶屋としてのスキルも獲得しつつある。物質精製で魔法の訓練も怠らない。
二人は俺が呪言を使える事を知っているが、秘密にしてくれている。誰に憚る事もなく訓練が出来る。
ここに居る間、俺の回りでは常に複数の素材がサラサラと宙を舞い何かしらの物質を精製している。
村では狩りに同行して生きる知恵を学び、親父と戦士達を相手に戦いの訓練にも精を出した。
二十五年。ひたすら己の能力向上に努めた。
最初の頃こそ、毎日せかせかと動き回るおれは奇異の目で見られていたが、今ではすっかりと定着した。逆に昼寝なぞしていると大丈夫かと心配される程になった。
あと二年で三十五歳――そう、ギース・トレントがくたばった歳だ。
そして、一つの不安が生まれた。
俺の見た目なのだが、人族で言えば十歳程度の見た目だ。だが、村に居る八十歳は五歳程度だ。
「俺短命疑惑」が絶賛浮上中なのだ。
祖父曰く、親父の血の影響で体の成長が早いだけで、一般的なエルフよりも長寿になるはずだ。っと言うのだが……不安だ。
もしそうじゃなかったら……そう思うと尚更じっとはしていられなくなるのだ。
この不安に追い立てられるように、更に貪欲に知識を求め、時間を惜しむように訓練に励んだ。
この頃から、俺はババムの所へ行くふりをして、ちょくちょく森を徘徊するようになった。
手頃な倒木や岩を見つけてはど派手に吹き飛ばし、日々力を増してゆく己にニタニタと笑み浮かべ、寿命への不安と天人族になかなか会えない苛立ちを解消していた。
なんとも不毛な破壊活動をしていたのだが……、そのおかげで、ある大きな発見をする事となった。
そしてその二年後、奇しくもギース・トレントが没したのと同じ歳。また別の大きな発見をした。発見というよりも気づきだが――呪言獲得に次ぐ大きな気づきだった。
まずは、その話からしておこう――
三十五歳になった俺は、次は四十二歳を無事に通過する事だな。などと考えていた。
そこへ湧いてきたなんとも不吉だが心躍る話……。
この村――正確には祖父が元居た村の風習らしいのだが、およそ百年に一度、森の精霊達に特別な供物を捧げなくてはならないらしい。
祖父はきっちりとその風習を輸入しており、その百年に一度というのが今年なのだそうだ。
その供物というのは、ここから北東へおよそ一月ほどで辿り着ける山に生息している、サラマンダーと呼ばれる巨大な火蜥蜴の目玉と尻尾なのだそうだ。森の精霊は黒魔術でも使うのか?
そんなに遠くまで出かけるチャンスは恐らくもうない。そんな遠出が許されるのは、成人と認められてからだ。
因みに、エルフの成人とは二百歳だ。そんなには待っていられない。俺は早く外の世界を見たいのだ!
いや、嘘をついた。正直に言おう。
俺はサラマンダーとやらを見た事が無い。だから見て見たいのだ。
いや、これも嘘だ……。
俺はそいつと戦いたいのだ! しかもかなりの難敵だと言うではないか!
一体俺はどの程度の力をつけたのか、試したいのだ! 訓練においては、戦士達と拮抗する力をつけている。だが、訓練は訓練だ。実戦においてはどうなのか試したいんだ!
しかし、流石にこれは同行させてくれと言っても無理だろう。戦闘能力だけを見れば、俺は一人前だと言って良い。
だが、それとこれは別の話だ。俺はまだ三十五歳。エルフから見ると、おしめが取れたぐらいの子供なのだ。
彼らは子供を非常に大切に扱う。長寿な為か、エルフの出生率は異常な程に低い。
確かに、こんな連中が人族並だったらこの星はパンクしてしまうだろう。上手く出来ているものだ。
言ってみて、却下されたら諦めれば良いだけの話なのだが――空気を読むという習性が染み付いてしまっている俺は、
「連れて行ってくれ!」
を咽にぶら下げたまま悶々と過ごした。そして、それを咽に貼り付けている小骨も一つ……。
ギース・トレント三十五歳。
奴もそうやってくたばったんじゃなかったか? 己の力を過信し、調子に乗って……。
別に調子に乗っている訳ではない。いつかは試さなくてはならない。試しておいた方が良いに決まっている。
いや、だが、しかし……と脳内で幾人もの俺が激論を交わした。
そんな俺に、予想だにしなかった一言が親父から飛んできた。
「お前も行ってこい」
しかも一体どうやって説き伏せたのか、母も戦士達も村長も了承済みだった。
お前は実は魔法使いだったのか? と畏敬を込めた眼差し親父に送った。
行けと言われたのらば仕方が無い。調子に乗ったのではない。行けと言われたから行くのだ。仕方が無い。行けと言われたのだから仕方が無い。
いやぁ、仕方が無い!
かくして、俺は意気揚――仕方なしに、サラマンダー狩りへ出かける事となった。
それにしても、親父は一体どうやって説得したのか……ババムの所へ通うのを許可した時も、親父が太鼓判を押し、母を説得した。
やはり親父は知っているのだ。俺が魔法を使えることを、そしてその力は祖父を超えているという事を……。
――道中での戦闘も期待していたのだが、魔物やモンスターに出くわす事はなかった。いや、幾度か遭遇してはいるのだが、俺以外の連中が片付けていた。
今回のサラマンダー狩りのメンバーは、俺を含め九人だ。三人一組の三班に分け、先行組、中、殿と大きく距離を開けて進んでいた。
俺以外の連中はローテーションしていたが、俺はずっと真ん中だった。
その為、俺は全く戦闘に参加していない……。まさか現地に着いたら、そこで待ってろなんて言わないよな?
それはさておき、森を歩いていて気が付いた事があった。
木に覆われていて分りづらいのだが、巨大な臼状の地形がやたらと多い。
もしかしたら、これは世界を焼き尽くしたという『何か』が落ちた場所なのではないだろうか? そう考えた。
だとしたら、ギースだった頃の俺が知っている土地へ行っても、その知識は全く役に立たないかもしれない……。
――村を出て二週間が過ぎた頃、不思議な物を見た。
例の臼状をした地形の側に、巨大な岩が浮かんでいた。上に生えた木の根に掴まれるように、宙に浮いていた。
同行していた戦士達に尋ねたところ、同じように宙に浮いた岩は他にも幾つかあるそうだ。山と見紛うサイズの物もあるとか。
何故、どうやって浮いているのかは分っていないそうだ。そして、この岩は絶対に、破壊はおろか傷すら付けられないのだと言う。
全く信じていない俺の様子を見て、戦士の一人が岩めがけて矢を放った。普通であれば岩をも抉る弾丸のような一撃だ。
――何とも不思議な動きだった。矢は全く勢いを殺すことなく、岩に対して垂直を保ったまま、矢尻の先端で岩肌を撫でるように横に滑り、岩を掴んでいた木の根に刺さった。岩には、傷一つ付いていなかった。
俺は――この世界を、ギースと合わせて七十年生きている。大抵の事は知っているつもりだったのだが……まだまだ知らない事が無数にあるようだ。
博識だという天人族は、今目にしたものの答えを持っているだろうか? 彼らとの邂逅が一層待ち遠しいものとなった。
そして村を出て約三週間――
森を抜け、岩ばかりの荒地へ出た。木の代わりに岩の柱がちらほらと生え、所々に植物がある程度の不毛な土地だ。寒い時期になると、一面雪に覆われるそうだ。
彼方にうっすらと――崖のように切り立った岩山が連なっているのが見えた。サラマンダーはその山に生息しているらしい。
岩山を目指しながら、道々サラマンダーについての注意などを聞いた。ちゃんと戦闘には参加させてもらえるようだ。
――サラマンダーの見た目で最も近いのは山椒魚だ。六、七メートルはある山椒魚だ。
色は毒々しい赤に黒い斑の斑点模様。遠目からでも、全身をぬめぬめした分泌液で覆っているのが分る。
中腹の谷間で二匹のサラマンダーを見つけ、様子を窺った。
今はゆったりと動いているが、戦い始めると蜥蜴のように素早く動き、挙げ句、あの巨体で数メートルは跳躍するのだとか……。
メンバーを三と六の二チームに分け、別方向から同時に仕掛ける。引き離し、孤立させて仕留める作戦だ。
六人の方が本命で、三人の方は適当な所で振り切って合流する予定だ。俺は六人の方に入った。
合図と同時に一斉に矢を浴びせ、一気に後退して戦士達が潜むポイントへ誘い込む――
サラマンダーの動きは、実際に見てみるとかなり異様だ。あの巨体が本当に蜥蜴のように素早く走り、地面に腹を弾かれるようにして飛び、谷の上まで一息に跳躍してきた。
こいつの攻撃で最も気をつけなければならないのは、咆哮だ。まともに食らえば、全身が痺れてしまう。
だが、口をパクパクと動かす予備動作があるため、十分に距離を取っていれば大きな脅威にはならない。
次ぎにブレスだ。口から炎を吹き出すようなものではなく、発火する粘液を、唾を飛ばすように吐き出す。
粘液は非常に粘性が強く、何にでもべっとりと張り付き張り付き、火をつけた火薬のように炎を噴き上げる。
――咆哮の影響下に入らないように距離を保ち、矢を浴びせつつ包囲の中へ誘い込む。
女の金切り声にも似た咆哮を放ちながら、ちょろちょろと動き回り、時折吐き出すブレスがあちこちで炎を噴き上げた。
囲むように身を隠していた戦士達が一斉に矢を放ち、弾丸のような無数の矢がサラマンダーへ吸い込まれるように振り注いだ――
――その光景を目にして、ある閃きが俺の頭を突き抜けた。
あれほど渇望していた戦いに参加しているにも拘わらず、俺は固まったまま、両者の戦いに見入っていた。
サラマンダーは跳躍し、矢を躱すと同時に垂直の岩肌にぴたりと張り付いて逃走を図る――
逃すまいと軌道を変えた幾つかの矢が岩肌に突き刺さった。
自身の軌跡を記録するかのように、次々と岩肌へ突き刺さる矢を尻目にサラマンダーは壁を自在に這い回った。
俺は閃きを証明するべく、這い回るサラマンダーを見つめ、フッと息を吹きかけた。
――傍目には、サラマンダーが壁を掴み損ねたとしか映らなかっただろう。
サラマンダーが壁からはらりと剥がれ、背中から地面へと落ちた。
裏返しになり、腹を見せたサラマンダーへすかさず数名の戦士が槍を手に飛びかかった。
背より柔く、体を覆うぬめぬめとした分泌液の少ない腹に、ズブリと槍が突き刺さる――
身を起そうとばたつかせる手足に矢が降り注ぎ、幾つもの斬撃が、振り回す尻尾を弾き返した。
次々と飛びかかる戦士達の槍が、斬撃が、腹を切り裂く――
数カ所から内臓が溢れだしても尚、激しく体をばたつかせ、咆哮を放とうと口をパクパクと動かした。
そこへ、俺はまたフッと息を吹きかけた。
咆哮は不発に終わり――やがてサラマンダーは動きを止めた。
苦し紛れに吐き出したブレスが、俺とサラマンダーの間で僅かの間炎を上げ、煙へと変わった。
激しい疲労感と眠気に襲われ、地面へ吸い付きそうになる膝を抑えて何とか平静を装った。
これは、魔力切れの症状だ……。
※
サラマンダーはその場で解体し、素材として使える物、食える物とに切り分けられ、道々保存処理などを行いつつ、村への帰途に就いた。
この旅でこの時が最も辛かった。魔力切れでふらふらなのを悟られないように振る舞いつつ、どっさりと増えた荷物を背負って歩いたのだ。
十分に魔力が回復するまでに何度心が折れそうになったか……。
結局、俺は戦いを見守っていただけ。
という事になっている。訂正するつもりはない。そうなっててもらわないと困る。その為に無理して平静を装っていたのだからな。
サラマンダーを壁から落し、咆哮を不発に終わらせたのは、言うまでも無く俺の仕業だ。
――この世界の武芸には様々な技が存在する。たとえば、俺が最も得意とする剣。
刀身の長さよりも分厚い物を両断する技、遠くまで斬撃を飛ばす技、岩をも切り裂く一撃などなど、様々ある。
エルフの戦士達が使っていた、弾丸の様な矢や途中で軌道を変える矢もそうだ。
前の世界では、漫画やゲームの中にしかなかったような技が無数に存在する。
この世界において、それらは「当たり前」な存在だ。
そして、サラマンダーのようなでたらめな存在もまた、「当たり前」なのだ。
異世界の「当たり前」を知る俺だけが、この世界の「当たり前」に疑問符を浮かべていた――いや、浮かべる事ができたのだ。
咆哮を放ち、巨体を無視した動きをするサラマンダーと、それに吸い込まれるように、軌道を変えて飛翔する矢。
それを見て、ふと閃いたのだ。そして、その閃きは正しかったと証明された。
あれらは全て――魔法だ。
俺がサラマンダーにやったことは一つ。壁を這い回る奴の足下から魔法を消し去った。そして、咆哮を放とうとする口の中で同じ事をした。それだけだ。
予想に反し、ブレスだけは魔法ではなかったようだ。それと、たったこれだけの事で、空になるほどの魔力を消費するとは思わなかった……。
サラマンダーと戦士達が使っていた魔法。それは、イメージを全身の動きで再現し、魔法へ変換する。
シンボル魔法、呪言、このどちらにも属さない、第三の魔法だ。
様々な武芸を修めてきた俺の経験から言うと、全身の動きでその技のイメージを作り上げる。と言う方が正確だろう。
術者の外で魔法を作り上げるという点はシンボル魔法と、イメージを魔法にするという点においては、呪言と同じだ。
シンボル魔法と呪言。この二つの中間に位置するものと言えるだろう。
そして、答えが出た「当たり前」がもう一つ――
ギースであった頃、魔法の習得は困難なものだった。
魔術師は武芸を不得手とし、武芸を得意とする者は魔法を不得手とする。
これもこの世界の常識――「当たり前」の事だ。
ギースであった頃の俺が、魔法の習得をあっさり投げ出したのには、こういった理由もあったのだ。
魔術を修めた者、武芸を修めた者、互いに違う手段で魔法を行使しようとしていたのだから当然の事――当たり前だ。
シンボル魔法を修めた者が、呪言へ辿り着けなかったのと同じ事だ。
ただ、両者を隔てる壁は、呪言とシンボル魔法の間にある壁ほどは高くないようだ。
現に、両方を使える者は別に珍しい存在ではない。さすがに、両方一流という者は稀だが、居ないわけではない。
だが、それでも呪言へたどり着けた者は居ない。
魔法を術者の外で作り上げる事と、内で作り上げる事の間にある壁は、想像以上に高く、分厚いようだ。
俺は試したい事が幾つも思い浮かび、一刻も早く村へ帰りたかった。早く実験と訓練に明け暮れたかった。
道中でやってしまいたくなる衝動を抑え、何食わぬ顔で過ごした。
それにしても、皮肉なものだ……。
この世界で、魔法を極めんとする者達は、その道を進めば進むほど目指す頂から遠ざかり、その逆を行った者達の方が、その頂に近づいた。
呪言を消し去ろうとした者の思惑通りと言う事か……ああ、これについてはまた今度話そう――
余談だが、村へ帰った俺は、親父が使った魔法の正体も見破った。いや、正確には、親父に魔法を使わせた者の正体だ。
俺は忘れていた。いやぁ、すっかり忘れていた。どの世界へ行っても変わらぬであろう、不変の理。
世の中――金、コネ、容姿。そして、男を突き動かすのは――
下半身だ!
ああ確かに。俺は邪魔したさ、邪魔しまくった。何せ生涯消えぬトラウマを植え付けられたのだからな。
でもな、毎晩毎晩、起きてますよアピールをするのもなかなか大変なんだぜ?
なぁ、親父殿よ、少しやつれすぎではないのか? そういう欲の強さはナニの大きさに比例するのか?
俺はお前を過大評価していたようだ。そうだよな、親である以前に、お前も雄だ。
で、弟だか妹だかの手応えはあったのかね? 清清しい顔をしやがって……。
フン、まぁ良いさ、これは存分に利用させてもらう。エルフの掟をも曲げたその魔法、また使ってもらうぞ。
当分の間は、また禁欲生活を送って魔力を溜めてもらう。
なぁ親父殿よ。長寿な種族の当分とは、一体どのくらいなのだろうなぁ?
因みに、母は少し疲れた顔をしていたがケロリとしていた。むしろ艶があるような……。
やはり、女とは――
ああ、そうだ。忘れるところだった。
サラマンダーだが、なかなか美味いぞ。見た目にそぐわないサッパリと癖のない味だ。煮て良し、焼いて良し、干して良しだ。
特に煮るのがオススメだ。醤油が欲しくなる味だ。おろしポン酢なんかも良いかもしれない。
2016/05/10誤字修正 2016/07/07… 2017/7/23再編集 2017/10/20再編集 2020/09/14微修正 2022/09/10微修正




