閑話:匍匐の暴君
「お嬢様! ありましたぞ!」
ローレンスは上着を脱ぎ、地面に這いつくばるようにして岩と地面の隙間へ突っ込んでいた手を引き抜いた。
差し出された手に、石ころの様な物が握られていた。削ったり刻んだりすると、食欲をそそる香りを出すキノコだ。
「ふーん……」
ルチルナはローレンスの手から摘まみ上げ、しげしげと眺めた。
ローレンスは近くに置いていた風呂敷包みを開き、取り出した手袋と長靴を並べた。続いてひたすらに丈夫さだけを求めた無骨なローブ広げて見せた。
「さ、お嬢様もこちらをお召しになって――」
「嫌よ! そんなの」
「服が汚れてしまいますぞ?」
あからさまに顔をしかめるルチルナ。だが――
今日のルチルナは一味違うようだ。
ローレンスから受け取ったローブを素直に着込み、靴を履き替え手袋を着ける。
地面に膝をつき、岩と地面の隙間へ手を伸ばした。
「届かないわよ!」
「もう少しです! お嬢様!」
ルチルナの靴を胸に抱え、見守るローレンス。
胸まで地面につけ、更に手を奥に伸ばすルチルナ。
(お嬢様が……お嬢様が! もう少し――あと少しですぞ!)
ローレンスは心の中で拳を作り、手を震わせた―――
遡る事一日と少し。――カルアがデールの店でピラフを頬張っていた頃だろうか。
冒険者ギルドを訪れたルチルナとローレンスは依頼の完了報告を行っていた。
そして無傷のヨモ草にニコニコと微笑むクレア嬢に見送られ、スケルトンの話をしに二階へ上がった。
カルアを助けた事を織り交ぜ、巧みによっこいしょするギルド長に何時になく上機嫌に、饒舌に話をしたルチルナ。
鼻歌でも歌い出しそうに上機嫌なルチルナを、ローレンスが見逃すわけはない。
今ならば、普段なら絶対にやらない事でもきっとやる!
そう確信していた。
今ならば、きっとゴーレムに頼らずに採集もやれるはずだ。そして一度やらせてしまえば抵抗も薄くなる。今しかない!
早速依頼を受けようとしたのだが、スケルトン発生の影響で東の森へ入るには三人以上でなければ駄目だとの事だった。
ならば早速カルアに協力を――と考えたのだが……。
(昨夜あんな目に遭ったばかりの彼女に、またその現場へ入れなどと頼むつもりか?)
と自らの配慮の無さを恥じた。まあ、結果的にはそんな配慮は無用だったのだが、ローレンスが知るはずもなく……。
カルアに頼む事は出来ないが、このチャンスを逃すわけにもゆかない。
何時もなら依頼を受けるまでにキンキンキャンキャンと一通りやり合うのだが、今なら多分あっさり受ける。
そして一度受けてさえしまえば、プライドの高いルチルナは途中で止めるとは言わない。いや、言えないのだ。
わざと断りそうなものを見繕い、ことごとく却下させた上で、じゃあこれしか……と本命を取り出す手間も、今だけは必要ない。
何かないかとクエストボードに目を走らせながら考えた。そして目に留まった一つの依頼。
ザシャから南へ約一日半。リガンと言う宿場町がある。主に東部からザシャを目指す者はこの町を経由してザシャへと向かう。
立ち並ぶ宿の中に、出される食事が旨いと評判の宿がある。道楽で旅をする者はもちろんのこと、先を急ぐ商人達もわざわざここで一泊しようとする者が多い。
元は料理屋だったのが、いつからか宿屋として営業するようになった店で、今は料理屋としては営業していない。ここの料理を食べたくば泊るしかない。
ローレンスの目に留まったのはその宿から出された依頼だった。
一週間後に泊まりに来る常連に出す料理に使う食材の調達依頼だった。集めるのは、あるキノコと川魚だ。どちらもリガン周辺で採れ、納品も現地。
特に調達に技術が要る物ではない。必要なのは根気と泥にまみれる覚悟だけだ。
正に、今のルチルナに欲しい物だ。
町まではちょっと遠いが、ルチルナはゴーレムに抱っこさせて移動するればさほど機嫌も損ねないだろう……。
ローレンスはその依頼票を手に取りルチルナへ勧めた。
案の定、上機嫌なルチルナはあっさり受けた。
そして汚れても良い服に靴と手袋を用意し、まずはキノコ集めから始めたのだ。まずは汚れることへの抵抗を削りたかった。
「――もう少しですぞ! お嬢様!」
(お嬢様は、以前このキノコを使った料理を美味しいと言って残さずお召し上がりになった。地に這いつくばりながら採った物があのような料理に化ける所を見ればお嬢様の心にきっと――)
――手を伸ばすルチルナの頭へ、岩から剥がれた土と水をたっぷり含んだ、無駄に粘着質な苔がのちゃりと落ちた。
頭に落ちた苔はそのままねっちょりと顔へ流れ……額から鼻、鼻から口の脇をねっとりと舐め回し、未練がましく顎へ一部を残して糸を引きながら地面へ落ちた……。
「いいいいっ!」
立ち上がったルチルナの顔に怒りが満ち、左目が見開かれる。
「メイメイ!」
メイメイの左腕が岩に突き刺ささり、木っ端微塵に吹き飛ばす。
続いて立ち上がった土の簡易ゴーレムとランランが石のあった場所を足蹴にし、踏みつける。
(……フード付きのローブにするべきでしたな)
ぼんやりとそんな事を考えていたローレンスの耳が、ゴーレム達が立てる音とは別の音を捉えた。
(魔物? モンスター?)
二人が居る場所は町からはかなり離れた山の中だ。何か出てきても不思議ではない。
ローレンスは音を辿り、斜面を登りその向こうを覗き込んだ。
斜面を下った谷間にある大きな岩の陰で、五匹のゴブリンが地面を掘り返している。どうやら二人が探しているキノコを掘って食べているようだ。
(お嬢様が気が付く前にここを離れなければ――)
そう思い身を返そうとした――
「ゴブリン!」
歓喜に満ちたルチルナの声が響き渡った。
しまった! と思うより先に、二体の簡易ゴーレムとランランが先行して斜面を駆け下りた。
その後ろに、左腕に仁王立ちするルチルナを乗せたメイメイが続いた。
突如現れた四体のゴーレムを前に、ゴブリン立ちは一斉に対岸の斜面を駆け上がり逃走を図った。
ゴーレム達とルチルナがその後を追う。
「お嬢様! お待ち下さい!」
ローレンスが胸に抱えたルチルナの靴を落さぬように斜面を下り、対岸の斜面を上り始めた時には既に二つの断末魔が響き渡っていた。
漸く斜面を登り切り顔をだすと、ゴブリンの頭をメイメイの横薙ぎの一閃が吹き飛ばしたところだった――
噴き上がる血と飛び散る脳髄の向こうに、今正に頭からゴブリンを踏みつぶそうとするランランの姿が見えた。
その更に向こうには、体を大の字に開き、逃げるゴブリンの背にダイブする二体の簡易ゴーレムの姿があった。
――立て続けに二つの断末魔が響き渡った。
呆然とするローレンスの瞳には、簡易ゴーレムとランランの戦果に満足げな笑みを浮かべ、逃がした獲物は居ないかと周囲窺うルチルナの姿があった。
(輝いておりますぞ……お嬢様――)
2016/07/07… 2016/08/21段落修正 2017/01/24脱字等修正 2017/7/23再編集 2017/10/20再編集 2020/09/14微修正 2022/08/26微修正




