求める程に遠ざかる
「――フハハハハ! おう、飲め飲め!」
丸テーブルを挟み、正面にどかりと座った眼帯男が瓶から酒を呷りながらカルアへ酒を勧めた。
大量の荷が運び出され――がらんとなった倉庫に、椅子やテーブルが置かれ筋骨逞しい男達の夕食兼酒盛りが始まっていた。
カルアは、目の前に置かれた質より量と言いたげな太いワインボトルと、何の使い回しかは分らないが数リットルは入りそうな豆樽になみなみと注がれたエールに視線を巡らした。
視線をを落すと、左手に一枚の金貨が輝いている。
今朝ギルドで貰った報酬に金貨は無かったが、それはそれは美しく輝いていた。
だが、この金貨はどうだろう?
物理的には美しく輝いてはいるが――言い知れぬ恐怖と罪悪感を孕み、酷く濁った光に見える……。
全身鎧には荷を積ませるだけでなく、走らせたり踊らせたり、荷の上げ下げを繰り返す不毛な運動もさせた。
しかし、魔力切れでダウンどころか息切れする様子もなく、何事も無かったかのように、相変わらずカルアの後ろに控えている。
「明日は朝一で頼むぜ。明日は船が入るからな。急がしいぞ! フハハハ!」
ギョッと顔を上げたカルアは即座に断った。
「無理です! それにこれ私のじゃ――」
「ちゃんとギルドに指名で依頼を出しとくからよ!」
相変わらずカルアの話は全く聞く気がないようだ。
「ローォーデーェーーック!!」
眼帯男の直ぐ脇に控えていた茶髪のモヒカン男が耳を塞ぐ手を外し、一歩踏み出して眼帯男に顔を寄せた。
「へい、ボ――親方」
「ひとっ走りギルドへ行って依頼を出してこい!」
モヒカン男は「へい」と返事を返し、倉庫から駆け出して行った。
「ちょ、ちょっと待って――」
慌てたカルアだったが、ふと気が付いた。
(私――名乗ってない。……戻って来ない内に帰らないと!)
「私もう帰らないと!」
そう宣言して慌ただしく席を立ち、出口へ急いだ。
「もう帰んのか? 明日は頼むぜ! フハハハ!」
眼帯男の声を背で受け流し、倉庫を脱したカルアは逃げるようにデールの宿を目指した。
※
――カウンター近くのテーブルを囲み、デールは常連達に混って酒を飲んでいた。
他に客の居ない店内を見回し、そろそろ酒場の方は閉めようか考えていた彼の目に、店に入ってくる疲れ切った様子のカルアが映った。
無言で歩み寄るカルアの後ろには、赤い腹掛けをした全身鎧がしっかりと張り付いていた。
「どうだった?」
デールの問いに疲れた顔を俯かせ、カルアは首を振った。
「――で、倉庫でバイトして帰ってきたのか?」
声を殺して笑うデールと常連達の姿に、憤慨したように声を荒げた。
「笑い事じゃないですよ!」
「悪ぃ悪ぃ」とは言うものの……、笑いを噛み殺しているのがみえみえだ。
「デールさん、本当にこれ事分らない――あ、デールさんて……」
「デールでいいよ。デール・シムズ。シムズなんて呼ぶ奴は居ねぇから気にするな」
「はぁ。あ、カルア、カルア・モームです」
「カルア君と呼んだ方が良いのか?」
デールのからかう様な声に、カルアは口を尖らせた。
「もうどうでも良いですよ。今日一日で何もかもが消し飛びました」
「まぁ、声や仕草に気をつけても、お前に男装は無理があったんだよ」
デールは楽しげに笑い、話を続けた。
「その全身鎧だけど、俺が初めて見たのが八十五年前。うろ覚えだが、曾爺さんの話と総合すると――少なくとも百年はそこにあったはずだ」
時折体を捻る様に動かし、周囲を見る全身鎧をしげしげと眺めた。
(百年以上……)
「でも、悪意があるようには見えないんだよな。敵意は感じないし、何て言うか――護衛でもしてるように見えるんだよな」
全身鎧が動き出した時に、カルアとデールの間に入った剣士の男が言った。
確かに、時々体を捻り何かを注視する様は警戒している様にも見える。
だが、そう見えるというだけだ。見方を変えれば、自分を攫う隙を窺っている様にも見える……。
それになにより気味が悪い。
これを通して自分を見ている何者かが居ると思うと……言い知れぬ恐怖が湧き上がって来る。
かと言って、攻撃を仕掛けて破壊出来なかったらと思うと……。
「素直に言う事をきくのなら、こき使ってやればいい」
赤ら顔の立派な髭を蓄えた老人がひゃっひゃと笑い、それに被せる様に回りの酔っ払い共が口々に無責任な事を言う。
「――取り敢えず、曾爺さんが何か書き残したりしてないかぐらいは探しとくよ」
不機嫌顔のカルアへ、デールが慰めるように声をかけた。
(早くあの二人を探し出さないと……)
◆
――ア――
カル―――。
「おい、カルア」
体を揺すられ目を開けると、ベッドの脇にデールが佇んでいた。
「デールさん……? おはようございます――」
カルアは眠い目を擦り、体を起した。
足下には相変わらず全身鎧が佇んでいる……。
「もうお昼ですか?」
デールの宿は昼に一度退出しなければならない。昨夜、疲れ切ってベッドに倒れ込んだカルアは寝過ごしてしまったのかと思った。
「いや、さっき開門したばっかだ」
じゃあ何故? とカルアは首を傾げ、怪訝な顔でデールを見つめた。
「お前に客だ」
微かに口角をつり上げる彼の顔を見て、
(あの二人が来た!)
っと何ともポジティブな考えを抱き、ベッドから跳ね起きた――
一階に降りると――、見覚えのある二人組がカルアを待っていた。無論、カルアが期待した二人組ではない。
「――なっ、なんで……!?」
筋肉質な茶髪のモヒカン――ローデックと呼ばれていた男だ。もう一人のハンチング帽を被った大男も、昨日のあの倉庫で見た覚えがある。
「姐さん! もう船が入ってまさぁ! 早く依頼を受けてきてくだせぇ!」
モヒカン男が早口にまくし立てる。
「おい、ホセ! 姐さんをギルドまでお送りしろ!」
後ろに控えていた大男にモヒカン男が指示を出し、
「へい」
っと返事を返した大男が、カルアをひょいと担ぎ上げ出口へ運ぶ。
「え、いや、ちょ――ちょっと!」
大男はそのまま店の外に置かれた荷車にカルアを乗せ、荷車の前へ回った。
「そっちは自分で走らせてくだせぇ」
と、側に控える全身鎧を指差すモヒカン男。
「じゃあホセ、頼むぞ。桟橋は分るな?」
「へい」
「ちょっと! 待って! 待って!」
事態を飲み込めず為すがままだったカルアが漸く抵抗を始めた。
しかし、返事を返すと同時に荷車を引いて走り出した大男ホセ。その後ろに走る全身鎧が続いた。
「待って! 止めて! 止まって!」
「ボ――親方怒る。俺、走る」
ホセはカルアを無視し、巨体からは想像のつかない軽快な動きで器用に障害物を避けながら冒険者ギルドを目指して駆け出した。
(なんで!? ――なんで分ったの!? しかも宿まで――)
カルアは思い至らなかったようだが……冒険者ギルドの前庭で、青空市をやっていた連中に『巨大な黒い全身鎧を連れた魔術師』と言えばあっさり割れた。
指名依頼を確認する黒い柱――通称「黒筒」ギルド側の正式な呼び名は「石柱」となっている。ギルド内で石柱と言うと通常これを指す。に登録証をかざした。
磨き上げられた断面の中程に、横書きで文字が浮かび上がった。
【△ エルフリード商会 0】
(エルフリード商会……これだよね?)
カルアはギルドまで連行されたところで依頼を受ける気は無く、帰ろうとしたのだが……。
「俺、怒られる……」
厳つい声と顔に似合わぬつぶらな瞳を潤ませるホセ。そしてその様を見ていた周囲の視線……。
断るに断れなくなり、渋々ギルドの中へ向かった。
石柱を離れ受付へ向かいながら、ちらりと入り口脇に佇む全身鎧の姿を確認した。
(ちゃんと待機してくれてる……このまま逃げたら追って来ないかな……)
その思考を読む様に――体をこちらへ捻る姿が見え、逃げるように受付へ立った。
「あの、指名依頼の――」
(あれ? 昨日と違う人……)
「はい。カルア・モーム様ですね?」
(……綺麗な人)
真っ白な肌。ウェーブの掛かった長いブロンドの髪。ぱっちりとした目に長い睫毛。
同じ女としての自信を失わせる……つい目が行ってしまう豊満な谷間。押さえつける服がとても苦しそうだ。
非常に均整の取れた顔を少し傾け、上目遣いに見上げる瞳は――何か誘われているような妖艶さを覚える。
ぼうっとするカルアを見て、彼女は首を傾げた。その仕草にも、何か計算された美しさを感じる。
「あ、すみません……」
例の瞳を向け、にっこりと微笑む受付嬢。
「指名の依頼が一件ございます。お受けになりますか?」
「……はい」
カルアは腹をくくり、そう答えた。
「次回からは、石柱で依頼が表示されましたらそのまま手をついて魔力を送り込んで下さい。そうすると我々の方で分かりますので、お呼びするまでお待ちになって下さい」
彼女は見ている方が気恥ずかしくなりそうな、優しくも妖艶な笑顔を向けて付け加えた。
「勿論、受付へ直接来て頂いても構いませんよ」
「は、はい――」
そっちの気はないカルアだが、こんな顔を向けられてはついはにかんでしまう……。
それを誤魔化す様に質問をしてみた。
「後ろの数字は何なんですか?」
「期限を表します。0は当日、1なら一日と言った具合です」
受付嬢は変わらぬ笑顔を向けて答えた。
「では、登録証をかざして下さい」
前回依頼を受けた時同様、カルアは屈み込んで依頼票に登録証をかざした。
――その時、頭上で受付嬢が大きく息を吸い込んだような気がした。
彼女から控えを受け取りながら、ふと気が付いた。
(昨日結構汗かいたのに体洗ってない――散々酔っ払いにも囲まれたし、臭うのかな……)
カルアは顔を赤らめ、俯き加減に足早に外へ出た。
――来た時と同様に、ホセの引く荷車に乗り港へ向かった。
全身鎧の待機指示は解除しなかったのだが……一定距離離れるとしっかり追ってきた。
(……ダメか)
カルアの最後の抵抗は、虚しく打ち砕かれた――
※
商会の男達に混じり、桟橋に下ろされる荷を次々と荷車に積む全身鎧。
その様子を、カルアは少し離れた所から眼帯男と並んで見守った。
男達は皆日に焼け、筋骨逞しい。服装は白いタンクトップにカーキ色の前掛け、似た色のズボンに丈夫そうなグレーの手袋。
髪型はモヒカンが最も多いようだが、他にも反骨精神に溢れ――前衛的な髪型が多い。
横半分だけ剃り落とした者、縦縞模様に髪を剃っている者、ウニの様な者も居る――加えて伝法な言葉遣い……。
「あの……」
カルアは恐る恐る隣に立つ眼帯の男に問いかけた。
「これが本業なんですか……?」
「おう。今はこれが本業だ」
男は正面を見たまま答える。相変わらずでかい声だ……。
「今――は?」
「元は海賊だ。船長は俺だ!」
(やっぱりろくな奴らじゃなかった……!)
警戒の色を浮かべたカルアに気が付き、眼帯男が返した。
「フハハハ! 安心しろ。もうすっぱり足は洗った」
「そうですか……」
僅かに警戒を解いたカルアへ、余計な一言が飛んだ。
「おうよ。ヤバい荷だって滅多に運ばねぇ」
(ダメだ。これは切るべき関係というやつだ)
しかし、自分は名も顔も知られている……逃げ切れるだろうか?
関係を切る算段をするカルア。出来れば関わった事自体を抹消したい……。
「マドックくん。この人が例の?」
不意にした声に、その思考が遮られた。
十歳位の少年の声に聞えたが、身長を見る限りはその予想は間違いないだろう。
声の主は茶色の貫頭衣を纏い、すっぽりとフードを被り首に巻いたスカーフらしき物で鼻から下も覆われ、顔が全く見えない。
貫頭衣の裾は地面を擦りそうな程に長く、手には見慣れぬ杖を持っていた。
杖の先に取り付けられた輪に、幾つもの金属の輪が通してあり、杖を動かす度に「シャン」と音が鳴った。
魔術師が持つ杖とは趣が異なり、打撃武器としても使えそうな堅牢さが感じられる。
「社長! 大丈夫なんで?」
「うーん? でも直接見ないと分らないしね」
「で、どうですかい?」
意味の分らぬやり取りをする二人に挟まれ、カルアは交互に視線を送った――
「うん、彼女は大丈夫だよ」
貫頭衣の少年? はそう答え、杖で地面を突き「シャン」と音を鳴らした。
「倉庫に戻ったら改めて挨拶に伺うよ、頼みたい事もあるし」
一方的にカルアへそう言い残し、ホセの引く荷車に乗り町の方へ去って行った。
「今の人が社長……?」
カルアは眼帯男――マドックと言うらしい。を振り返り、訝しげに尋ねた。
「おう。社長は小せえが凄いお人だ。たった五年でみるみる会社をでかくして、来年には俺達の船が進水するんだ!」
カルアはそこは素直に関心しながらも、先の一言が気になっていた。
「頼みって何ですか……?」
「そりゃ社長に聞いてくれ。フハハハ!」
尤もな答えだが、何故か腹が立つ……。
渋い顔をするカルアの耳にマドックが顔を寄せ、声を潜めた。
「ここだけの話だがな、社長はな、なんでも元は偉ぇ学者様だったらしい。今は事情があって世を憚られる身だとか」
詰まるところ、何かから逃げてると言う事か……。こいつらと連むぐらいだ、何かやらかして逃亡中なのだろう。
「それ、言って良いんですか?」
「……ダメだな。フハハハ!」
秘密とはこうして漏れて行くのだ。ここだけの話とは、往々にしてあちこちで交わされるものである。
「親方! 整いました!」
ローデックの声に、マドックが手を上げて応える。
合図を出すと、一台当たり三頭の馬に引かせた荷車が次々と軋みを上げ、倉庫へ向けてゆっくりと動き出した。
倉庫へ向かうべく、動き出した荷車に乗ろうと歩き出したカルアの肩をマドックが掴んだ。
(……?)
振り返ると、マドックが正面を向いたまま指を差していた。その先には、一台だけ荷車が残っていた。
「あれ位引けるだろ?」
意図するところは分ったが……
「……流石に無理じゃないですか?」
――結果から言うと、余裕だった。
車輪が潰れてしまいそうな程に荷を積み込んだ荷車を、全身鎧は事も無げに引いて歩いた。
徒歩よりも少し早い速度で進む全身鎧が引く荷車――
カルアは後ろの僅かなスペースに腰を掛け、足をぷらぷらと揺らした。
荷車の荷が干し草か何かで、隣に好青年でも座っていればロマンチックな気分なのだが……。
現実は……隣に座るのはやたら声のでかいスキンヘッドの厳ついおっさん。荷は何かの鉱石が満載の箱。そして荷車を引くのは謎のストーカー。
カルアはぼんやりと空を仰ぎ、深い溜め息をついた――
※
荷車を一台ずつ倉庫へ入れ、荷を下ろす。カルアは入り口から少し入った所でその様子を眺めていた。
男達は基本的にマドックの――ではなく、茶髪のモヒカン男、ローデックの指示に従い荷を下ろしている。
マドックは腕を組んで仁王立ちし、時折「フハハハ!」と豪快な笑いを響かせる以外特に何もしていない。
カルアはその様子を眺め、何ともいえぬ気分であった。
カルアも全身鎧に指示を出す以外何特に何もしていない……。
作業を見守りながら、何かズルをしているような罪悪感と、黙々と指示に従い動く全身鎧に言い知れぬ恐怖を募らせていた。
デール達もギルドの冒険者達も特に害は無いと楽観視しているようだが、カルアは気が気では無い。
何時反旗を翻し襲いかかってこないとも限らない。それに、これだけの図体のマリオネットを休むこと無く動かし続ける底なしの魔力を持つ者が、ストーカーのように自分に張り付いているのだ。
確かに、カルアに何か仕掛けるつもりならこんな目立つ真似はすまい。元々カルアの滞在する宿の一階にあったのだ、カルアが寝ている間にどうとでも出来たはずだ。回りの連中が楽観視するのも分らなくもない。だが、一言言いたい。
他人事だと思いやがって!
カルアの感情に――恐怖と困惑に加え、苛立ちが芽生えた。
それがその他の感情を飲み込み全身を支配した頃……明るい少年の声に呼び掛けられ、我に返った。
「やあ、カルア・モームさん」
浅黒い肌にピンと尖った耳。一目見てダークエルフと分かる。
幼い顔立ちと身長だけで判断すれば十歳位だろう。だがエルフとなると、少なくともカルアの十倍は年上だろう。
濃いブルーのシャツに黒のスラックス、同じく黒いベストとネクタイ。
「先程は失礼しました。当商会の主、エスト・エルフリードと申します。エストとお呼び頂けると光栄です」
芝居がかった仕草で胸に手を当て、深々とカルアへ頭を下げた。
「どうぞ、お見知り置きを」
体を戻し、アッシュブラウンの髪をサラリと流して耳へ掛けた。
疎らに覆った前髪の隙間から、翡翠色の瞳がじっとカルアを見つめていた。
彼の妙に芝居がかった仕草と明るい声を聞いていると、不思議とトゲトゲしていた心がいくらか落ち着いてきた。
「――カルア・モームです」
エストはにっこり微笑み、その宝石の様な瞳をマドックへ向けた。
「マドックくん、モームさんを少しお借りするよ」
エストはカルアを外へ誘い、倉庫の隣に併設された建物へと案内した。
正面に質素なカウンターと、倉庫と共有している右の壁に沿って二階へ向かう階段がある。
カウンターの奥に見える扉は倉庫と繋がっているのだろう。
階段を上がり、その先の扉を開けると書斎の様な部屋へ出た。社長室だろうか? 突き当たりの壁に扉が見える。奥にもう一室あるようだ。
その横に置かれた立派な机と本棚、周辺に積まれた沢山の本。雰囲気だけ見ればこの部屋の主が元は学者であると言うのは信用できそうだ。
机の前には低いテーブルと、それを挟んで向かい合わせに長のソファーが置かれている。左の壁には窓が並び、室内は明るい。倉庫と共有している壁に窓はなく、大きな地図が貼られていた。地図にはあちこちに印や書き込みがされていた。
エストはカルアをソファーへ座らせ、机に置かれた水差しから果実水をグラスへ注いだ。
「お茶を出したかったんだけど、今助手が出かけてて何処にあるのか分らないんだ」
バツが悪そうに言い、グラスを置き向かいに座った。
「いえ、お構いなく」
取り敢えず、ギルドの二階よりは居心地は良い。
彼はニコリと微笑み、膝にもたれる様に身を乗り出した。
「早速なんだけど、暫く専属でうちの仕事を手伝ってくれないかい? 君のマリオネットが居ればもう少し仕事を増やせそうなんだ」
「いや、それはちょっと……」
(そんな暇はない。一刻も早くあの二人を探さないと――出来れば今すぐにでも解放して欲しいのに……)
「どうだい? 勿論報酬は上乗せするよ」
「いえ――そういう問題ではなくて……」
カルアは、自分が連れている全身鎧についてかいつまんでエストに話した――
「――んん。それで早くその二人を探して解放されたいと……なら、尚更良いじゃないか!」
エストは声を弾ませは満面の笑みで言い放った。
「何処がですか……?」
「マドック君達は、帝国ではそこそこ知られた海賊だったんだ。まぁ、調子に乗って軍艦を奪おうとして返り討ちにされちゃったんだけどね……。
つまりね、彼らは皆そこそこ戦えるんだ。もし仮に君が心配しているような事態が起こったとしても、彼らの側にいれば君が逃げる時間ぐらいならたぶん稼げると思うよ」
エストは、相変わらず明るい声でニコニコと笑顔を湛えて続けた。
「冒険者ギルドに引き籠もるって手もある。冒険者ギルドを一つの軍隊組織と捉えれば、間違いなく世界最強の軍隊だからね。でも、生活の面倒は見てくれない。
君はまだ冒険者になったばかりでギルドの寄宿設備は使えない。何日も稼がずに食べて行けるだけの蓄えがあるのなら別だけど――」
エストは上目遣いにちらりとカルアの様子を窺った。
「今の君にとって最高の環境だと思わないかい? 安全を確保しつつお金も稼げる。更に依頼の達成実績も稼げる。そして君は座ってお茶を飲んでるだけでいい。
座っているだけで金が稼げる。労働者なら誰しも一度は考える、夢の様な環境じゃないか。そして君が夢を見ている間に僕らの夢も前へ進む」
エストは立ち上がり、まるでダンスにでも誘うようにカルアをエスコートし、奥の扉を開き中へ誘った。
――縦長の棚が三つ、間隔を開けて並んでいた。棚には古い本や石版、何かの道具のような物が所狭しと納められ、資料室のようにも見える。
「これはね、僕が集めた英雄達にまつわる品々なんだ。
多分マドック君が喋っちゃったと思うけど……僕は昔、ある組織で世界の歴史と英雄達について研究してたんだ。事情があってそこを逃げ出したんだけど――
ああ、別に何か犯罪を犯したとかじゃないよ。ちょっと面倒臭い人達のメンツを潰しちゃってね。彼らには殺したいほど恨まれてる。
変わったマリオネットを連れた魔術師って聞いたから、てっきり君が討手かと思ったんだ」
(それであのやり取りにあの格好……)
今朝桟橋で見たマドックとのやり取りに得心がいった。
「でも僕はまだ研究を続けてるんだ。これは僕の使命なんだ。
……でもね、後ろ盾を持たずにこの研究を続けようと思うと本当にお金が掛かるんだ。
だからこの会社を立ち上げ、資金を稼いでる。そしてマドック君達は真っ当な仕事をして、日の下で大手を振って生活出来る」
エストはカルアを案内するように棚の間を歩いた。時折立ち止まり、目を輝かせ大袈裟な身振りで饒舌に話す。
「そしてもうすぐ自前の船も手に入る。
彼らは事業を拡大し、もっと良い生活を送れるようになり、僕の研究は更に捗る。今が最も忙しく、大事な時期なんだ」
踊るようにくるくると回ったエストは、ぴたりと動きを止め芝居がかった仕草でカルアへ手を差し出した。
「どうでしょう? 暫く僕らと踊りませんか?」
少々胡散臭くはあるが、正直悪い話ではない。
それに、よくよく考えてみれば、組織としての依頼をギルドが受け付けたのだ。ならば、それは冒険者ギルドがある程度信用を保証したようなものだ。
冒険者ギルドは犯罪へ関わる事への罰則が厳しい。当然そこへ繋がるような依頼は受け付けない。
流石に依頼を出す全ての者の信用を調べ上げるとはいかないが、会社の様な組織はある程度調査さてれいる。そしてギルドは依頼を受け付けた。
しかし、目の前に美味しい話がぶら下がった時ほど要注意である事も事実……。
考え込むカルアへエストが畳み掛ける。
「君が暫くうちの仕事を受けてくれるのなら、その間は君が探してる二人の捜索は僕らの方で人を出すよ。
宿もここを使ってくれて構わないし、何処かに宿を取るのなら護衛を立てよう。どうかな?」
好条件過ぎる――しかし……。
長い事考え込んでいたが……、意を決し、エストの手を取った――
2016/06/16脱字修正 2016/07/07… 2017/7/23再編集 2017/10/20再編集 2020/09/14微修正 2022/08/26微修正




