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マニピュレイション!  作者: 立花 葵
出会いと追憶
20/72

求める時にそれは無い

 道行く人々の視線が、後ろを歩く巨大な全身鎧(フルプレート)に注がれる。

 自然――、その視線にさらされるカルアはフードを深く被り、俯き加減に歩きながらチラチラと後ろを歩く全身鎧を窺い見た。

 だいぶ慣れてきたカルアであったが……時折周囲を見回すように右や左に体を捩る度にビクッっと身を震わせた。


 すれ違う人々の中には感嘆の声を漏らす者も居た。彼女が操るマリオネットだと思ったのだろう。誰かが着ているものだと思い、話しかける者もいた。

 カルアはその度に何故か恥ずかしくなり、微妙な表情で石畳に目を落した。ローレンスに聞いた彼らの滞在する宿を目指し、足早に歩いた。



 ――中央広場から少し北へ入った所にその宿はあった。三階建てで、小綺麗な高そうな宿だ。


 通りに面した窓から中の様子を窺った。一階部分は酒場と言うよりレストランと言った趣で、食事をしたり優雅にお茶を飲む人々の姿が見える。


 突き当たりのカウンターで、主人らしき男が頬杖をついて本を読んでおり、その後ろの壁に幾つもの鍵がぶら下がったボードが見える。カウンターの脇に見える階段から先が宿なのだろう。

 場違いな気がして、そろそろと中へ入った。カルアに続き、少し身を屈めながら全身鎧が後に続いた。


 ――周囲に居た人々の視線が突き刺さる。が、普段からメイメイとランランを見慣れているのであろう主人はさほどの驚きは見せなかった。

 あの二体と比べるれば小さいので、それほど巨大とも思わなかったのかもしれない。


 白髪交じりの丸顔の主人は、やれやれとでも言いたげに眼鏡の隙間から上目遣いに二人? を見た。


「あの――ルチルナ・メイフィールドさんとローレンス・シェパードさんは……」

 主人はカルアを見つめたまま深い溜め息をついた。

「やっぱりあの二人の知り合いか……。あんたらはみんなそうなのかね? そういう物は外に待たせてくれ」


 主人は呆れた目で全身鎧を見つめた。主人はカルアが操るマリオネットだと思ったのだろう。

 全身鎧の兜のスリットの中は暗くてよく見えないのだが、これだけ明るい所でよく見れば、中身が無い事ぐらいは分る。


「す、すみません」

 慌てて頭を下げるカルア。しかし、別にカルアの所為ではない。反射的に頭を下げてしまったが――納得がいかないカルアは、この理不尽に抗議しようと顔を上げ、口を開き――


「あの二人なら昼ぐらいに出かけたよ」

 肩をすかされ、カルアはどもりながら尋ねた。

「え、あ――ど、どちらに……?」

「さあ?」

 と主人は素っ気なく答えたが、出掛けにローレンスの手に膨らんだギルド貸し出しの袋が握られていた事を思い出し、訂正した。


「――ああ、冒険者ギルドだろう」

(その手もあった! もしギルドで二人に会えなくても、ギルドに行けばなんとか出来る人が居るかも知れない!)

「ありがとうございます!」


 頭を下げ、駆け出したカルアに続き、全身鎧も表へ飛び出した。

 ぶつかりそうになった通行人が上げる「お」とも「わ」ともつかない悲鳴を聞きながら、主人は床に目を落とした。


(……床がたわんでなかったか?)

「ローリー!」

 本に目を戻し、二人? を見送り入り口をぼんやりと眺めていた給仕の女性へ「床が割れてないか見といてくれ」と、溜め息と共にページを捲った。



 ※



 ――誤算だった。ギルドの敷地へ入ったとたん、青空市に群がっていた好奇心の強い冒険者達に囲まれ、門を潜ったところから先へ進めないのだ。


 口々に誰が着てるんだ? マリオネットか? 中にはこれが例の酒場にあったのを知っている者も居り、貰ったのか? とか、買い取ったのか? とか、幾らだった? などと脳天気な質問を浴びせてくる。

 カルアが事情を話し捌こうとするが追いつかない。


「――ふうん、勝手にねぇ」

 ベテラン風の魔術師の男が呟いた。

「本当にお前が操ってるんじゃないんだよな?」

 その隣に居た大きな盾を背負った男が尋ねた。

「だから、勝手に付いてきちゃったんです……て……」


 ギルドを訪れる時はフードを深く被り、声を低く保って男のフリをしていたカルアであったが、そんな事はもう微塵も頭に無い。


「ホントに何処にも魔法陣が無いね」

 カルアに付いてきた全身鎧の回りをうろうろと舐め回す様に見ていた剣士風の女が言う。

「内側かもしれんだろ」

 と何処かから声が飛び、

「え、それやっちゃいけないんでしょ?」

 と女が返す。


 唸りながら全身鎧を頻りに触っていたドワーフの男が口を開た。

「マリオネットはマリオネットであると外から見て分るようにせねばならん。全部内側に隠したら捕まってしまうぞ。自宅や自分の敷地であれば良いが……」

 言いながら材質を確かめるようにコンコンと全身鎧の胴を叩いた。


「おぬしなら着れそうだが、どうだ? 見覚えはないか?」

 ドワーフの男が、その後ろに立つこの町では珍しい鬼族の男に尋ねた。

「鬼族の鎧はもっと軽装だ。我々は動き易さを重視する」

 一本角の鬼族の男は、巨大な鎚を地面に置き、両手を柄に重ねてじっと全身鎧を見ている。


 赤黒い肌、カルアの連れた全身鎧と変わらぬ身長。全身を覆う分厚い筋肉と、下あごから僅かに覗く二本の鋭い牙。

 額から生えた、短いが存在感のある角。それらから放たれる威圧感に息が詰まりそうだ。


「それもそうじゃな。並の攻撃ではおぬしらの皮膚を貫く事は出来んしな」

 ドワーフの男は納得した様に呟いた。

 現に、鬼族の男は脛当てと鳩尾辺りまでを覆う胸当て以外、防具らしい物は身につけていない。


「そもそも本当にマリオネットなの?」

 先程の剣士風の女が尋ねる。

「それ以外考えられん。ただ……」

 それに答えたベテラン風の魔術師は言い淀んだ。


「ただ?」

「目的は分らん」

 マリオネットはそれを操る術者と感覚を共有させるのが普通だ。少なくとも視覚は共有させているはずだ。マリオネットとは、例えるならラジコンだ。目を瞑って操作するのは難しい。


「知り合いのいたずらとかじゃないの?」

 剣士風の女性がカルアへ尋ねた。

(師匠なら出来るかも知れないけど……師匠ならきっと――胸や尻を触ろうとしてくるはず……)

 カルアが否定するより先に、この全身鎧が何処にあったのかを知る者達が声を上げた。


「それはないだろ。俺の知る限り五年はあの店にあったぜ?」

 それを聞き、別の男が声を上げる。

「いやいや、少なくとも五十年はあるって話だぞ?」

 そこへまた別の男が割り込む。

「もっとだろ。デールがガキの頃に見たってんだから八十年は堅いだろ」


 それを聞き、最初の男が驚きの声を上げた。

「は? デールって幾つなんだよ?」

「九十五っつったかな……。だいぶ薄まってるけど、あれでもエルフの血が入ってるからな。見た目よりかなり歳だぜ」


 今度は五十年と言っていた男が驚いたようだ。

「エルフかよ! あのくりくり赤毛はドワーフだと思ってたんだがな……言われてみると――」

 どんどん話題は逸れ、違う話で盛り上がり始めた。


 カルアそっちのけで全身鎧を囲んだ連中が、あれやこれや全身鎧の操り主の憶測を披露しあっていると、腕を組んでじっと様子を見ていた長身のエルフの男が口を開いた。


「『暴君』に聞いてみればいい。あの娘の目はそういう者を暴くのだろ?」


 質問攻勢に第一目的が頭から飛んでいたカルアは、ハッとすると同時に――期待に満ちた目で周囲を囲む連中を見回した。

 その場に居た者達がなるほどと言うように「あ!」っと声を上げたものの、皆そのまま首を傾げ始めた――


「そう言えば……」

 剣士風の女性が呟く。続いて巨大な盾を背負った男が呟いた。

「今日はあのキンキン声を聞いてないな……」

 続いて首を傾げながらドワーフの男も呟いた。

「何時もなら、朝か昼位にキンキンキャンキャンやり合っとるのにな」

 そこへ――、近くで露天を開いていた男が声を割り込ませた。


「本人は見てねぇけど、昼位にあのピンクとストライプなら見たぞ」

(たぶんスケルトンの事でギルド長に呼ばれたんだ――その後は?)


 露天を開いていた男は思い出すように続けた。

「一番奥のテーブルに行儀良く座ってたな……」

「そう言や……クレアがやけに機嫌良かったな」

 ベテラン風の魔術師が思い出すように言った。


「何も受けずに帰ったって事か?」

 鬼族の男がぼそりと呟くと同時に、カルアは奈落へ突き落とされた思いがした。


「奴が使ってる宿なら知っているが……行ってみるか?」

 長身のエルフの男がカルアへ声を掛けた。

(宿……もしかしたら入れ違いになってるかもしれないし――)


 そこへ、少し前に現れ、全身鎧を眺めていたドワーフの女が声を割り込ませた。

「あたしあいつと同じ宿使ってるけど、戻ってないよ」

 ドワーフの女は全身鎧の腕と胴をコツコツとノックしながら付け加えた。

「因みにあたしは宿から真っ直ぐここに来たよ」


(そんな……。そ、そうだ、依頼を何も受けてないとは限らない)

「もしかしたら何か依頼を受けてるかも――」

 カルアは手掛かりを逃すまいと祈る気持ちで口走った。

「受けてても教えてはくれんぞ」

 ドワーフの男が顔の前で手を振りながら遮った。


「あいつ今日何処いったぁ? なんてのは絶対に教えてくれないよ。事件とか事故の公式な調査なら別だけど」

 と剣士風の女が付け加えた。

「そんな……」

 呆然とするカルアへドワーフの女が追い打ちをかける。


「胴と兜は空っぽ、手と足は詰まってる。つまり、魔法陣を全て内側に隠した違法なマリオネットだね」

 天辺で纏めたボリュームのある赤毛をふわりとゆらし、得意げに微笑んだ。


 対照的に堅くなり、青ざめるカルアへ――先程メイメイとランランを見たと言っていた男が、大きな白い布紙を広げて見せた。

「取り敢えず、これに適当な魔法陣でも書いて貼り付けちまえばいい。暫くは誤魔化せっだろ」

 そう言ってにっこりと微笑んだ。

「安くしとくぜ?」



 ――カルアそっちのけ盛り上がる冒険者達。

「そっちの赤いやつの方がいいよ」

「そーだよねー。そっちの方が派手で良いかも」

「魔法陣はこんな感じか?」

「それじゃバレバレだ。そういうのは専門家に任せろって」

「そうだ、インクにこれ混ぜるとさ――」


「おお、何となく光っとるように見えるのぉ」

「今、王都の女達の間で、これを塗料に混ぜて爪に塗るのが流行ってんだよ」

「へぇ~」

「三色付きでどうだ?」

「ん~――」


「ち、ちょ、ちょっと……」

 悪乗りし、盛り上がる彼らを止める術を持たぬカルアは、隣に立つ長身のエルフの男に助けを求めるような視線を送った。


 ――彼は鼻から小さな溜め息を漏らし、視線は合わせずそっと肩に手を置いた。



 ◆



 予定外の出費を強いられながら(ようや)く手に入れたのは、カルアが冒険者ギルドで質問攻めになっていた頃に、町を出るルチルナとローレンスを見たという南門の衛兵の話だけだった。


(あんなに目立つ人間を探すのにこんなに苦労するなんて……)

 とぼとぼと歩きながら、ちらりと後ろを歩く全身鎧を見た。

 悪乗りした冒険者達に、腹掛けの様に赤い菱形の布紙を貼り付けられ、その真ん中にパチ物の魔法陣が描かれている。まるで金太郎のようだ。

 光の具合で光っている様にも見える偽魔法陣を眺めながら、深い溜め息をついた。


 仰ぎ見た空は赤く、街灯がぽつぽつと点灯し始めていた。

(一旦宿に戻ろう……)

 そう思い辺りを見回すと、いつの間にか倉庫街に迷い込んでいた。

「……」


 閉門前に荷を出そうする商人達が慌ただしく動き回り――今日の荷を出し終えた倉庫では、開け放った入り口やがらんとした庫内で酒盛りが始まっていた。


 同じように倉庫に置いたテーブルでカードゲームに興じる者や、入り口に置いた椅子に退屈そうに座る者達が、楽しげな彼らに時折恨めしげな視線を送っていた。この者達は荷の到着を待っているのだろう。


 ちらほらと溢れる楽しげな声や姿と、恨めしげな視線の間を縫い、宿を目指しとぼとぼと歩いた――



 ――通りがかった倉庫の前で、荷車を送り出した男が振り向きざまにカルアの姿を認め、行く手を阻むように立ち塞がった。

 薄汚れたカーキ色の前掛けと似た色の丈夫そうなズボン。一目見て分厚いと分る使い込まれたグレーの手袋。ぴちぴちの白いタンクトップ。


 夕日をキラリと弾く見事なスキンヘッドに、思わず視線が吸い寄せられた。

 日によく焼けた肌に太いぼさぼさの眉と落ち窪んだ細い瞳。左側は無骨な眼帯に覆われて見えない。口と顎には黒い髭が生い茂っていた。歳は四十位だろうか?


 みっしりと筋肉に覆われた腕を組み、盛り上がった大胸筋でタンクトップが裂けてしまいそうだ。

 カルアは一瞬立ち止まったが――、脇を抜けよう向きを変えた。


 すると男は一歩横にずれ、カルアの行く手を塞いだ。

「あの……なにか?」

 男はカルアをちらりと一瞥し、後ろの全身鎧を見つめた。

「マリオネットか?」

 男は、酒焼けしたような野太い声で尋ねた。語尾に「!」が付きそうなでかい声だ。


「えっと――はい」

 もう何もかも面倒臭くなっていたカルアは適当にあしらうつもりで答えた。


「パワーがありそうだな」

 この語尾に「!」が付きそうなでかい声がこの男の地声なのだろうか?

「バイトしていかんか? 冒険者だろ? 報酬は弾むぞ」

「あの……もう帰りたいので、依頼ならギルドに――」


「まあ! そう言うな! あれを――」

 男は手を伸ばし、倉庫に積まれた大きな木箱を指差した。

「いや、だから――」

 遮ろうとするカルアの声を押し潰すように続けた。

「そこの荷車に乗せるだけだ! どうだ! 簡単だろう!」


 カルアの声が聞えていないのか無視したのか、男はそのまま腕を動かして側に置かれた荷車を指した。

 話の中身も人間的にも面倒臭そうな奴だ。しかも本当に語尾に「!」が付くと衝撃波が放たれそうだ。

 カルアはもう無視してしまおうかと思いながら、倉庫の中へ目を走らせた。


 数人の男達が二人のやり取りを見守る後ろで、筋骨逞しい男達が数人がかりで木箱を持ち上げて荷車に乗せている。


 見守っていた男達の中に居た茶髪のモヒカン刈りの男が、声のでかい眼帯男に声を潜めて耳打ちする。

「ボ――親方。大丈夫なんですかい? 前にピンクと縞連れた――」

「大丈夫だ! こいつは耳も口もある。言葉も通じてる」

 カルアにはモヒカン男の声は届かなかったが、ルチルナと何やら因縁がありそうだ……。


 カルアは倉庫に積まれた木箱を見つめながら、赤い腹掛けをした全身鎧がせっせと木箱を積む姿を想像して少しだけ口元を緩めた。

 しかし、この全身鎧はカルアが操っている訳ではない。正体不明のストーカーだ。


(出来ないって分れば諦めるでしょ――)

 カルアは全身鎧に振り返り、自分でもアホな事をと思いつつ、投げやりに指示をしてみた。

「あの箱を荷車に乗せて……」

(はい、分ったでしょ、私の言う事なんか聞かないの、早く帰らせ――)


 眼帯の男に目で語ろうとしたカルアの視界の隅を、黒い物体が横切った――


 全身鎧がのしのしと歩き出し、数人がかりで持ち上げようとしている箱をひょいと持ち上げ、荷車へ積んだ。

 だらしなく口を半開きにして立ち尽くすカルアを他所に、全身鎧は次々と木箱を荷車に積んでゆく。


「フハハハ! こいつはいい!」

 眼帯の男が豪快に笑い、呆然とするカルアの背を倉庫の中へ押し込んだ。

 全身鎧は木箱を積み終わるとカルアの元へ戻り、まるでカルアの指示を待つようにじっと佇んでいる。

(な、なにこれ……? どう言うこと……たまたま? 気まぐれ? 本当に師匠のいたずらだったとか――)


「どうした? ほら、次はこいつらだ!」

 眼帯の男に急かされ、我に返ったカルアは恐る恐るもう一度指示をしてみた。

 指示通りに動きだす全身鎧……。

(な、なん――なんで! 何が目的なの――)

 その時、カルアの脳裏に閃光が走った。


(はっ! このまま良いようにこき使えば―――魔力切れでダウンするんじゃ……)


「次はどれ! あれ!?」

 突如やる気を漲らせ、カルアは木箱や樽の山を指差して眼帯男を睨み付けた。

「お、おう」

 男は一瞬たじろいだが、すぐに豪快な笑い声を響かせた――

2016/05/09脱字修正 2016/05/30誤字等修正 2016/09/28… 2017/07/22再編集 2017/10/20再編集 2020/09/14微修正 2022/08/24微修正

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