表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マニピュレイション!  作者: 立花 葵
旅立ちと追憶
2/72

ある男の記憶

 ギース・トレント。享年三十五歳。


 ごく普通の農家の次男として生を受けた。

 少し年の離れた優秀な兄と比較される事が多く、ちょっとひねくれた性格に育ち、何かと周囲に反発して常に孤立していた。


 ギースが十歳になった頃、近所に住み着いた元傭兵の男との出会いが彼の人生の転機となった。

 男はグリムとだけ名乗り、非常に無口で人付き合いも悪く、浮いた存在であった。


 しかし、同じく浮いた存在であったギースとは何か通じるものがあったのか、グリムとギースが仲良くなるのに時間はかからなかった。

 グリムはギースに剣を教えた。そして、ギースにはそれを我が物とする才があった。


 グリムの教えを吸収し、めきめきと力を付けるギースにグリムは瞠目し、自分の持つ技術を次々と教えた。一通りの武器の扱いに体術と、ギースも貪欲にそれを吸収した。


 十五歳になった頃には、ギースはグリムと拮抗する程の力をつけていた。

 ある時、グリムは決心する。


 この才をここで終わらせたくない。


 彼は家を売り払い、二頭の馬を買いギースの元を訪れた。

 そして、その姿を見たギースは瞬時に意味を悟り、馬へ跨がった。村を捨てる事への迷いは微塵も無かった。


 道すがら、グリムはギースへ馬術を教えた。主立った種族の使う言葉も教えながら、二人で傭兵をしながら旅をした。

 魔物やモンスター退治、用心棒、傭兵団の助っ人。国家間の戦争にも参加した。

 ギースは幾多の実戦を経験し、さらに腕を上げていった。


 二十歳を迎えた頃には、もはやグリムでは太刀打ち出来ない存在となった。

 決して、グリムが弱かったわけではない。ギースが強くなりすぎたのだ。



 ――旅へ出て十三年。グリムが病死する。ギース二十八歳であった。

 グリムの死を機にギースは旅をやめ、傭兵団を立ち上げた。名は【グリム傭兵団】とした。


 グリム傭兵団の躍進は凄まじく、その名は瞬く間に国中に知れ渡り、周辺諸国にまで轟いた。

 そして数年の間に――傭兵団は更に強力に、巨大な組織へと成長した。


 国内の貴族達はギースを味方につける事に躍起になり、周辺国ですら、グリム傭兵団を恐れ戦争を避けるようになった。

 同時に、団長であるギース・トレントの名が轟いた事は言うまでも無いだろう。


 ギースは三十三歳の時、傭兵団に所属していた女性、アニタと結婚する。

 そして二年後、ギース三十五歳の時、アニタが妊娠し一人の人間として、傭兵団として、絶頂にあった。


 そこへ舞い込んだ一つの依頼。

 国内屈指の危険地帯で発見された遺跡と、そこに発生しているであろうダンジョン(迷宮)の調査。


 単独で受けるのは危険すぎると言う周囲のの反対を押し切り、グリム傭兵団単独で事に当たった。


 国内最強の集団を率い、国王ですらギースの顔色を窺い、周辺国をも牽制できる力を手にし調子に乗っていたのだ。

 調査出発の当日、臨月を迎えたアニタへ、


「帰ったら子供の名前を決めよう」


 と声を掛け、調査へ向かった。

 これが、アニタが見たギースの最後の姿となった。


 ――後に知ったのだが、こういった言動は死亡フラグと言うものらしい。



 グリム傭兵団が向かった遺跡は巨大な建造物の跡であった。屋根は崩れ落ち、石塊と柱ばかりが残っていた。

 中へ入り調査を始めて間もなく、突如床が抜け、傭兵団は地下に発生していたダンジョンへことごとく落ちてしまった。


 ダンジョンに巣くっていた魔物達が一斉にギース達へ襲いかかり、半時と持たずに、彼らは壊滅した。

 いや――、よく持ったと評するべきだろう。並の者達であれば五分と持たなかったはずだ。

 魔物達はどれもギースが見たことも無い姿で、強さも桁違いであった。


 肝心のギースはと言うと――

 魔物攻撃を躱した弾で横穴へ落ち、井戸のような地底湖でバシャバシャともがいていた。


 真っ暗闇の中、必死に這い上がろうともがいたが、壁は磨かれたようにすべすべしており掴まれるような所は全くなかった。

 水は氷のように冷たく、容赦なく体力を奪っていった。剣を捨て、鎧を脱ぎ捨て、よじ登ろうと必死にもがいた。


 しかし、健闘むなしく体は自由を失い、鼻と口へ入ってくる水に咽せながら沈んでいった。


 魔法が使えていれば、壁に足場を作る事もできただろうが、ギースはこれまで全てを肉弾戦で切り抜けてきた。

 魔術師が相手でも、切り倒し、殴り飛ばして倒したし、その自信もあった。


「魔法も覚えた方が良い」

 そう言う仲間の言葉を鼻で笑い飛ばしてきた自分を呪った。


 意識が途切れる寸前、「ああ、真面目に魔法を習得しておけばよかった」とひどく後悔したのを覚えている。


 これが、俺の最初の人生の記憶。

2016/05/08改行修正 2017/7/22再編集 2017/09/25再編集 2022/08/19微修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ