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マニピュレイション!  作者: 立花 葵
旅立ちと追憶
15/72

ある男の記憶6

 成功した! ついに呪言による魔法の発動に成功した! 代償は――


 我が家の全焼だった。


 湧き上がる苛立ちを紛らすために、力任せにやった「ビシ!」で発動した。

 爆音と共に煙突が火炎を吹き上げ、暖炉と壁を吹き飛ばした。

 逆流した炎が部屋を飲み込み、一面火の海と化した。


 ……思い描いたままの光景が、そこにあった。


 俺のベッドも炎に包まれ、崩れ落ちてきた屋根に埋もれた――



 気が付くと、全身焦げた親父に抱きかかえられていた。

(――そうか。何と言うか……今まですまんかった……)

 この日、俺は一方的に親父と和解した。髭からもやもやと煙を立ち上らせていた親父がとても頼もしく見えたのを覚えている。


 ――でも寝る前の祈りはやめない。これは譲れない。


 幸いにも、母にも祖父母にも怪我は無かった。俺も怪我は無かった。盛大に火炎を噴上げる我が家へ親父が突進し、俺を救い出してくれたのだった。


 俺達親子は、新居が建つまで母の実家に身を寄せることになった。実家と言っても同じ村の中、徒歩数分だ。

 取り敢えず親父の実家じゃなくてよかった。


 俺が魔法を使った事は当然ながらバレていた。

 普通ならまさか二歳児が……となるのだろうが、俺の異常な行動をつぶさに見ていた彼らには疑いようも無かった。


 二歳にして魔法を使う天才児。


 きっと魔法の英才教育が始まるのだろうと俺はわくわくしていた。シンボル(紋様)魔法に関しては学ぶつもりは一切ないのだが、魔力の総量を上げたりといった訓練であれば役に立つはずだ。

 そう思い、今か今かと待っていたのだが……両親祖父母共にその顔は一様に暗かった。


 確かに、俺は家を燃やしてしまったのだしなと反省した。だが、その理由はそんな事ではなかった。こそこそと交わされる彼らの会話から、信じがたい事実を知った――


 なんと、彼らは呪言を知らなかったのだ。この世界にはシンボル魔法しか無いと言うではないか! 


 彼らは俺が何か良くない物に取り憑かれてとか、呪いがどうのとかそんな心配をしていたのだ。

 家を移って間もなく、どっかの婆さんが妙な儀式をしていったのはそう言う事だったのかと知った。


 総じて魔法が得意でその知識も深いエルフが何を言っているのだと憤慨した。この時ほど満足に話せない体に苛立ちを覚えた事は無い。

 ここの暖炉もフキトバシテヤロウカ?



 一度呪言での魔法の発現に成功すると、後は割と簡単にこつを掴めた。

 当然というか……家を燃やして以来、俺の暖炉への接近は厳禁となった。見せてもくれない。代わりに、外の見える窓際にベッドが置かれた。


 家を移ってからは、夜中に窓から見える篝火(かがりび)に向かって練習した。最初の頃に一度吹き飛ばした以外は上手くやれている。

 あと「ビシ!」とやるのはあれ以来やっていない。魔法を発現させなくても不安になるだろうと思い、封印した。今は指先で「ピョコ」とやっている。言葉は「ふぁひゅん」(バキュン)だ……。


 三歳を過ぎると――たどたどしいが言葉もだいぶマシになってきた。そして、ようやく二本足で立てるようになった。長い道のりだった……。


 ベッドの柵は牢屋仕様へと変わった……。


 そんなある日の事――

 以前、妙な儀式を行った婆さん再び現れた。骨と皮だけの体によれよれの白い一重を羽織り、斑に白髪が交じった長い灰――鼠色の髪。はちまきをして蝋燭でも差せばさぞや似合うだろう。

 見開いた目をギョロギョロと動かし、両親と祖父母が見守る中、奇声を上げ、床を踏みならし、服を着せた気味の悪い木彫りの人形を数体置いて帰った。いや、売って帰った。


 俺が夜にこっそりやっていた篝火相手の訓練は、しっかりバレていた。篝火の炎に混ぜてポスポスと火炎を起こし、キメ顔で指をフッとやっていたのが見られていた事を知り身悶えた。


 しかし、俺には悶えたくなる事実であったが、暗い部屋から篝火を見つめ、にたにたと笑う幼児は傍目にはどう映っただろうか? 


 ……言うまでも無い。気味が悪かったのだろう。


 何かに取り憑かれてるとか、操られてるとか、そんな事を信じてしまうのも無理は無いのかもしれない。


 前の世界では、よく分らない現象は幽霊や妖怪といったものに押しつけていた。それはこの世界でも変わらない。

 シンボル(紋様や魔法陣)を使わない魔法、不可解な行動、自分達の理解を超えた――理解出来ない事は、やはりよく分らない物に押しつけておくしかない。


 その結果があの婆さん(ペテン師)だ。


 なぜペテンと断ずる事ができるのかって? 確かに、あの婆さんが言うような摩訶不思議な存在や現象は、この世界にはあるのかもしれない。

 いや、きっとあるのだろう。三度目の生を受けた俺が言うんだから間違いない。


 だが、あの婆さんはそれを見抜けなかった。なんたらとか言う悪魔に取憑かれてるとか、操られてるとか、呪われてるとか。


 断言出来る。あいつはペテン師だ。


 儀式の効果と言えば、あの婆さんに殺意が芽生えた事以外何の変化もないし何も感じない。

 婆さんとベッドの周囲に置かれた気味の悪い人形に敵意を募らせた。


 しかし、怒りに任せて行動しても、両親と祖父母が余計に心配するだけだろう。ともかく、あのエクソシスト気取りの婆さん(ペテン師)をどうにかしないと……。


 ああいった連中に傾倒し、家庭が崩壊するという事例は前の世界で幾つも耳にした。あれやこれやと不安を煽る事ばかり吹き込んでいるようだし、取り返しのつかない事になる前にどうにかしなければ……。


 やっぱり腹が立つので人形を少しづつ焦がしてやった。



 ※



 母が倒れた……。人形が焦げている事に気が付いた母は泣き崩れ、寝込んでしまった。


 クソ! やはり感情に任せて行動するとろくな事にならない……あのババア(ペテン師)は何を吹き込んだんだ……!

 知らせを受けて駆けつけた祖母は、人形を見ると手で口を覆い、涙ぐんでオロオロオロオロとしていた。

 いたたまれなくなり、祖母の裾を引っ張り精一杯心配そうな顔を作った。


 ――祖母は恐る恐る俺を抱きしめてくれた。

 ごめんよ、もうしないから……。

 次回で必ずケリを付ける。必ず事態を収拾する。俺を抱きしめ、咽び泣く祖母に誓った。



 そして祖母に誓った日から約一月。対決の時が来た。

 前回と同じ儀式の後、更に上の儀式をやると言い、都合良く部屋に婆さん(ペテン師)と二人きりになった。

 何をするのかと、一応は暫く眺めていたのだが――やっぱりだ。ただ椅子にボケッと座り、時々思い出したように奇声を上げていた。このペテン師めが!


 紋様を描く要領で婆さんの鼻先に文字を書いた。

『読め』

 婆さんは一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに元の顔に戻りジロリと俺を睨み付けた。

 続けて『今すぐ、俺は正常だと説明し、帰れ。俺の事は忘れろ』

 婆さんは俺を睨んだまま鼻で笑っていた。


 紋様や魔法陣が空間に描かれる事が当たり前の世界では、紋様や魔法陣以外の物が描かれても別に驚く事では無い。最初の婆さんの驚きは(こんなガキが?)という驚きだろう。


 別に口で言ってもよかったのだが、ふにゃふにゃした声で、

「いましゅぐ、おれはせーじょーだとしぇつめーして」

 などとやっても締まらないし迫力もない。無表情に見つめ、文字を突き付けた方が良いだろうという判断だ。


『まずは髪を貰う。今すぐ出て行け』

 俺は魔力を練り、婆さんの髪がはらはらと抜け落ちるイメージを作り上げ、中指を立てる動作共に婆さんにプレゼントした。

 (しばら)くしたら頭をチリチリと熱して、それっぽく演出すればいい。婆さんにそれっぽく錯覚させ、そう思わせれば十分だ。その後、適当な脅し文句で止めを刺す。


 当然のように婆さんは出て行かない。そろそろ頭を熱してやるかと、止めの脅し文句を考えつつ、魔力をこねてイメージを――


 ――毛が抜けた。


 はらはらと床に落ちる髪を見て、驚愕した婆さんが目を見開いて俺を見た。俺も驚いた。


 だが、ここが勝負所だ。冷静を装い、すかさず文字を描いた

『次は命を貰う。一族郎党皆殺しだ!』

 演出として、床に散らばった髪を一気に燃やしてやった(ふぁ!!)。婆さんは逃げだそうとしてすっ転び、気絶してしまった。


 ――だが、一番動揺し、一番驚いていたのは俺だ。

 婆さんに放った魔法がまさか本当に発現するとは思っていなかったし、俺は婆さんに中指を立てただけだ。

 イメージを作ったのは演技にのめり込む為で、中指を立てたのは少しでもスッキリしたかっただけで――


 俺の頭を閃光が走り抜けた。

(言葉以外も媒介に使える? そして魔法も――)


 考えてみれば、俺は炎以外出した事がなかった。そして炎を出す以外の魔法を試した事がなかった。

 別に炎にこだわりがあった訳では無い。たまたま最初に使おうとしたのがそうだったと言うだけで、炎である必要は全くない。


 試しに、例の気味の悪い人形に魔法を放ってみた。

 イメージは怪盗一味の何でも斬ってしまう剣士の技。刃は風――

 サッと手を振り上げると共に、人形にイメージをぶつけた。


 ――見事。人形の服だけが切り刻まれ、床に散らばった。

 またつまらぬ物を斬ってしまった――。フハ……フハハハハハハ!(ウキャキャキャキャ!) 凄い……凄いぞ! 何でもありだ! 俺は声を張り上げ高らかに笑った。


 視線を感じて振り向くと、意識を取り戻していた婆さんが尻餅をつき、目を剥いて俺を見ていた。

 婆さんの耳には、魔王の産声とでも聞えたのだろう。睨み付けると這いつくばって部屋を飛び出して行った。



 この日を最後に婆さん(ペテン師)が再び姿を見せる事はなかった。ちゃんと俺は正常だと説明もしていったようだ。正確には治ったと伝えたようだ。

 よかったよかったと我が家に笑顔が戻った。あの婆さん(ペテン師)のおかげだと思われているのは癪だが……まあいい。俺はそんなに小さい男ではない。


 後、髪は儀式用のズラだったとかなんとか言い訳していたらしい。しどろもどろに説明する奴の姿を思い描き、ほくそ笑んだ。

2016/07/07… 2017/07/21再編集 2017/9/30再編集 2022/08/19微修正

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