ある男の記憶5
呪言の訓練を始め、一年以上が過ぎた。
俺は毎日毎日、飽くことなく体の中に魔力を噴上げ、暖炉に「ビシ!」と手を伸ばし続けた。
もし、俺の気合いが視覚化出来たとしたら、きっともの凄いオーラが立ち上っていただろう。髪も金髪にりそうなぐらい凄いのが。
母と祖父母は最初の内は笑顔で見守ってくれてたのだが……。
目を血走らせて毎日毎日「ビシ!」とやっている姿に流石に不安になったらしく、この一年で五回ほど医者が診察に来た。
そして小さな暖炉の模型が俺のベッドに置かれるようになった。数日中にまた診察に来るそうだ。
まぁ、この程度は想定内だ。気になどしていない……。やや同情を含んだような視線があの頃の記憶を呼び起こすが……どうという事はない。平気だ。大丈夫だ……やれる。俺はやれる……。
ところで……。
俺の体なのだが……成長が遅い。すこぶる遅い。
間もなく二歳になろうというのに全く立ち上がる事が出来ない。
前回は一年も経たない内に二本足で立つことが出来たいうのに……。長寿な種族は赤子時代も引き延ばされているのだろうか。それとも前回の俺が早すぎたのか……?
しかし考えようによってはとてもありがたい事だ。色々と柔らかい時代が長いと言う事は、それだけ効率よく学べる時間が長いとも言える。
体の成長を根気よく待ちながら、己を鼓舞しながら、今出来ることをじっくりとこなす。「ビシ!」と「ビシ!」と――
そうして、二歳の誕生日を迎えた。暖炉の模型が少しリアルな物に変わった。
これに向かって「ビシ!」とやれば彼らは喜んでくれるのだろうか?
取り敢えず手に持ってキャッキャッ、キャッキャッとはしゃいでおいた。もし呪言が発動して燃やしてしまったりしては忍びないし……。
二歳になって数ヶ月が過ぎると、より体の自由がきくようになってきた。口も動きが良くなり、発音も徐々に安定してきているように感じる。
呪言の訓練も欠さず行っている。体の成長のおかげなのかは分らないが、最近何か掴みかけてきた気がする。たまに何かが出そうな感じがする事があるのだ。
それと、新たな情報が手に入った。
「抗魔戦争」なる単語だ。かなり昔の事らしいが、世界を二分して戦ったとても大規模な戦争があったらしい。
何でも、その戦争によって世界は焼き尽くされたらしい。
巨人は出てこないし七日間でもないらしいが、取り敢えずそんな大規模な戦争の話も抗魔戦争なる単語も俺の記憶にはない。
しかし、この世界は色々と違う所は多いが、どうも最初に生きた世界と同じ感じがしてならない。
別に違うなら違うで良いのだ。ただハッキリさせたい。このハッキリしないむず痒さがどうにも俺の心をかき乱す……。
そうならそう。違うなら違う。ハッキリそう断定出来る決定的な情報が欲しい……。
早くこの世界のもっと詳しい情報が知りたい……。満足な情報収集が出来ない事へ湧き上がる苛立ちと妙な焦燥感を押さえ、今日も訓練に勤しむ。
「ビシ!」と「ビシ!」と「ビシ!――!!!!!!」
2016/07/07… 2017/07/21再編集 2017/09/29再編集