進撃の暴君2
カルアは振り下ろされる剣を躱し、構えた杖の頭に手をかざした――
「〈風の刃〉!」
相対したスケルトンが袈裟斬りに両断され、体を二つに分けて地面へ転がった。
その上を飛び越え――、カルアは走った。
先の一撃で倒せないのは分っている。足止めに過ぎない。完全に倒すのであれば、谷底でやったように潰すのが理想的だ。
カルアもそれは重々理解している。だが、この場所では出来ないのだ。
周囲の木々が邪魔で、壁で押し潰そうにも、木に引っ掛かって倒す事が出来ない。
左右から迫る新手に杖を構えた――
頭に水晶のような四面の角柱をあしらった杖。四面それぞれに魔法陣が彫り込まれている。
結晶体に彫り込まれた魔法陣に魔力を送り、呪文を唱えれば彫り込まれた魔法陣の魔法が発動する。
紋様や魔法陣を描く手間を省き、素早く魔法を発動させる事が出来る。魔術師の標準装備と言える魔法具だ。
右から迫るスケルトンを〈風の刃〉で切り伏せ――その隙に間合いを詰めたもう一体が大きな鎚を振りかぶった――
カルアは杖を掲げたまま素早く向き直り、手首を捻り別の魔法陣へ魔力を込めた――
「〈障壁盾〉!」
屈めば体をすっぽり隠せそうな透明の板が現れ、鈍い音を立て鎚を弾き返した。
鎚に引きずられ、仰け反ったスケルトンへ〈障壁盾〉を押し込み、押し倒したスケルトンを跨いで駆け抜けた――
「ッ――!!」
足を取られ――バランスを崩したカルアは前のめりに転倒し、杖が手を離れ前方に転がった。
足を取ったのは、先程押し倒したスケルトンだ。仰向けに倒れながらもカルアの足首をガッチリ掴んでいた。
地面を掴み、木の根元に転がった杖へ手を伸ばすも――僅かに届かない。
掴んだ地面を引き寄せるように力を込め、更に手を伸ばした。
(もう少し……)
指先が杖に触れる……その刹那、本能的に何かを察知したカルアが振り返った――
彼女の両足を跨いで立つスケルトンが、今まさに巨大な両手剣を振り下ろそうとしていた。
「――!!」
転がるように身を捩り、先程まで頭があった場所へ剣が突き立てられた音を聞いた。
剣を引き抜くスケルトンとの間に魔法陣を描き、大きく魔力込めた――
「〈拒絶〉!」
乾いた破裂音が響き渡り、至近距離で〈拒絶〉を受けたスケルトンが四散し、その後ろから迫っていた数体が吹き飛ばされた。
足を掴んでいたスケルトンも、肘から上を残して姿が消えていた。
杖を拾って素早く立ち上がり、木に背中を押し付けた。足首にぶら下がった手を振り解いたその時、脇から現れたスケルトンが横薙ぎに剣を振った――
咄嗟に身を縮めて躱したカルアの眼前を、切り裂かれた鳥の羽が舞った。
フードの先に縫い付けられていたお守りだ。カルアの動きについて行けず、取り残されて横薙ぎに振るわれた剣の餌食となったのだ。
幹沿って転がるように反対側へすり抜け、そこに立つスケルトンを捉えた。
「〈風の刃〉!」
真っ二つに切り裂かれたスケルトンを飛び越え、走り出したカルアめがけ、茂みから槍が突き出された――
咄嗟に体を捻って躱したが、危なかった。躱したと言うより、スケルトンが外したと言った方が良いだろう。
何とか体勢を立て直して杖を構えたカルアは、背後に迫る気配を感じて振り返った。
――剣が鼻先をすり抜け、空を切った。
バランス崩したスケルトンの体が眼前へ投げ出され、カルアは槍を突き出したスケルトへそれを力任せに突き飛ばして踵を返した――
――森はとっぷりと闇に包まれ、かろうじて差し込む月明かりを頼りに進まねばならなかった。
しかし、首から提げたお守りを出す暇すら与えない、息つく間もない攻撃に、防戦一方のジリ貧な戦いとなっていた。
一体一体の強さは、カルアからすると雑魚なのだが……スケルトンは数に物を言わせて迫り、加えて決定打に欠けるカルアは苦しい戦いを強いられていた。
カルアの魔法技術と魔力を総動員すれば、なんとか切り抜けられるやもしれないが……。
問題なのは体力の方だ。目に見えて動きが鈍くなっている。総じて肉弾戦を得意としない魔術師の身体能力は低い。
肉弾戦を得意とする強大な敵でも、一対一であれば相手の攻撃圏外から魔法の雨を降らせ、倒す事も出来る。
だが……こういった多対一となると、魔術師一人では分が悪い。
強力な範囲攻撃魔法という手段もあるが、巨大な魔法陣を描かねばならず、時間がかかる。
戦闘における魔術師は、盾となり敵を引きつける者が居て初めて真価を発揮するのだ。
カルアも例に漏れず、身体能力はさほど高くない。へろへろになってザシャへ辿り着いた事を思えば、それは明白だろう。
――じりじりと追い詰められながらも、突破口を開こうともがくカルアへ容赦なくスケルトンが群がった。
〈風の刃〉で切り倒しながら、カルアは全力で走り続けた。
(立ち止まっては駄目だ――)
念じるように口の中でも呟き、躓きながらも走り続けた。少しでも止まればたちまち包囲され、背から、左右から、容赦なく剣や槍が突き出される――
「キャッ!」
何かにぶつかり、よろけたカルアの口から声が溢れた。木の陰から現れたスケルトンに激突したのだ。すかさず杖を構えて魔法を放った。
「〈風の刃〉!」
真っ二つになったスケルトンが崩れ落ち、同時に――立ち止まるのを待っていたとばかりに背後から数体のスケルトンが迫った。
即座に振り向き杖を構えた――
(――間に合う?)
(いや、反転して逃げたほうが――)
――秒に満たない一瞬で判断を下した。
(迎え撃つ!)
カルアの前に二つの魔法陣が描かれ、迫り来る数体が一斉に武器を振りかぶった――
「〈拒絶〉!」
カルアへ吸い寄せられるように動いたそれらが、彼女へ届くかと思われた瞬間――魔法陣に近かった数体が四散し、その後ろに群がるスケルトンが吹き飛んだ。
それらは他のスケルトンを巻き込み、周囲の木々に激突してカラカラと崩れた。
カルアは素早く向き直りながら、体を囲むように三つの魔法陣を描た――
案の定背後に迫っていた数体を〈風の刃〉で切り伏せ、同時に魔法陣を描き終えた。
正面に描いた魔法陣を払いのけ、先程切り伏せた数体の上にフリスビーの様に飛ばした――
「〈拒絶〉!」
再生を始めていたスケルトン達は、頭上からぶつけられた衝撃波と地面に挟まれ、弾け飛ぶように四散した。
続けて――振り向きざまに残りの二つの魔法陣を押し出す様に左右の闇の中へ弾き飛ばした。
「〈拒絶〉!」
闇の中から、カラカラとスケルトン達が転がる音を耳に入れ、正面に迫ったスケルトンを〈風の刃〉で切り伏せた――
漸く作ったこの隙にお守り取り出し、魔力を込めた。
曲玉形のお守りが白く輝き、闇を払い視界が開けた――
……見えなければまともに戦えない。
しかし、見た事を後悔する光景だった――
スケルトンの包囲に隙間などなかった。木々の間を埋めるように、よたよたと歩くスケルトンで埋め尽くされていた。
魔導具によって魔力量は底上げされているが……いくら魔力があっても、魔法を撃つ暇が無ければ意味は無い。
それに、こんな戦いをしていては魔力よりも先に体力が尽きてしまう……。
(無理だ――)
思わず溢れそうになる諦めの言葉を、歯を食いしばり飲み込んだ。
(行くしか無い)
意を決し、正面に魔法陣を描きつつ走り出そうとした、その時――首筋を掴かまれ引き倒された。
「ギャ!」
仰向けに倒され、体を打付けた痛みに思わず声が漏れた。
描きかけの魔法陣が、煙のように消えた……。
――頭の右半分と右肩を吹き飛ばされたスケルトンが、逆さまにカルアの視界へ入った。
最初に二つの〈拒絶〉で粉砕した際に討ち漏らしていたのだ。残骸に紛れてしまった為、見落としてしまった……。
スケルトンは残った左手でカルアの首に掴み掛かった――
カルアは鼻先に魔法陣を描きつつ、締め上げてくる骨の手に指を割り込ませ必死に抗った。
その間に、切り伏せただけだったスケルトンが再生しながらズルズルと這い寄りカルアに組み付いた。
振り解こうと体をばたつかせもがくも、その為に手の力が抜け――ギリギリと首が絞まった。
鼻先に描いていた完成しかけの魔法陣が、虚しくかき消えた……。
呼吸が詰まり、涙で滲む視界に、一体のスケルトンを捉えた。
体を左に引かれるような動きで、足下から近づいてくる……。
(嫌だ……嫌だ!)
立ち止まったスケルトンが、ボロボロの巨大な両手剣を振り上げた。
(こんな所で――嫌だ! 嫌だ! 死にたくない――)
――世界が水に沈み、時の流れが滞った。周囲の音が遠退き、ゆっくりと剣が迫った――
ほんの微かに残る母の顔、大きな手で頭を撫でる父の姿、根気よく魔法を教えてくれた師匠、親代わりになってくれたパーゼル、村の皆の顔、昔助けてくれた冒険者の顔……それらの記憶が、脈絡もなく溢れ出た。忘れた去ったはずの記憶までもが次々と湧き出し、目まぐるしく脳裏を駆けた。
――ゆっくりと剣が近づいてくる。
嘔吐くように息を吸い、閉じそうになる瞼をこじ開けた。涙の滲む目をグリグリと動かし、瞼の隙間から助かる術を探し求めた――
――出立の日に、手を振っていた師匠とパーゼルの姿がループし、朝靄の中へ消えてゆく――
――間もなく剣が体へ届く。
全身の筋肉が、縮む様に硬直した
……ふと、視界の左に何かが入った。
それは左から右へゆっくりと動き、まるで紙芝居のページをめくるように、剣を振り下ろすスケルトンが描かれたページが押し出されてゆく――
――やがてページは押し出され、木々の隙間から見上げる星空が描かれたページへと変わった
顔に、強い風を感じた。
ドン――ッと、頭の方から地を伝う衝撃を感じ、音が戻った。
同時に首を締め付けていた力が消え、塞き止められていた空気が一気に肺へ流れ込んだ――
「――ご無事ですか?」
涙を零し、激しくむせるカルアを、見覚えのある老紳士が抱き起こした。
その時――、老紳士の後ろに剣を振りかぶるスケルトンが見え、カルアは目を見開いた。
しかし、彼女が声を上げるより先に、巨大な板がスケルトンを弾き飛ばし、粉々に打ち砕いた。
見覚えのある青白ストライプ模様のゴーレムが、両手の先に巨大な板を生やし、周囲の木々諸共次々とスケルトンを打ち砕いた。
その向こうでは、土のゴーレムが走り回り、体を大の字に開いてスケルトンへ飛びかかっていた。
ベシャリとスケルトンを潰し、腹ばいになったはずが――仰向けで寝ていたように起き上がり、次のスケルトンへと飛びかかって行く。
「他に居るの?」
足下から聞えた声に目を向けると、これまた見覚えのある少女とピンク色のゴーレムが立っていた。ページをめくったのはこのゴーレムだ。
ゴーレムの左腕に立ち――左手を腰に据え、右手をゴーレムの頭に添えてバランスを取っている。
フリルから覗く赤と白のレース、赤いパンプスがやたらと目立った。
『暴君』と呼ばれていた少女だ。
気味の悪い左目をぐりぐりと動かし、カルアを見下ろしていた――
(神眼……? 邪眼?)
ぼうっと見つめるカルアを、少女は訝しげに見つめた。
ハッ――と我に返り、カルアは質問に答えた。
「私だけです」
「そっ」
少女は周囲をぐるりと見回し、ピンク色のゴーレムごと向きを変えた。
右腕に生えた巨大な板を横薙ぎに振り、近づいてくるスケルトンを打ち飛ばしながら、背を向けて歩き出した。
「立てますかな?」
老紳士が優しげな声をかけ、立ち上がろうとするカルアをそっと補助した。
「大丈夫です。あ、ありがとうございます――」
慌てて礼を言うカルアを老紳士が制した。
「お話は森を抜けてから。支援をお願いできますかな?」
「――はい!」
――先頭に立ち、次々とスケルトンを薙ぎ払うルチルナであったが、あまりの数の多さに流石に声を漏らした。
「多いわねぇ……」
「谷へ近づくにつれて増えましたからな、もう少し離れれば減るでしょう」
背後から近づくスケルトンを、美しいフォームで蹴り崩しながらローレンスが答えた。
カルアは杖に仕込まれた〈氷弾〉を撃ち、簡易ゴーレムを支援している。
拳より一回り小さな氷の玉を打ち出す魔法だ。込める魔力を減らしているので威力は落ちているが、スケルトン程度であれば、足を撃って転ばす位は容易だ。
密集している先頭を転ばせれば、密着して歩いている連中もそれに躓いてころころと転んでくれる。
そこへ、体を開いた簡易ゴーレムが飛びかかる。
ルチルナがちらりとカルアを振り返った。
「範囲魔法とかないの?」
「ありますけど―――多分魔力切れになっちゃいます……」
「大丈夫よ。ちゃんと運んであげるから」
「お嬢様! 無茶を申されますな」
流石にローレンスが語気を強めた。
「んん……」
然しもの暴君も、魔術師が敵を目の前に魔力切れになる事が何を意味するのかぐらいは心得ている。のだが……。
ルチルナは飽きてきたのだ。十分に憂さを晴らした彼女は、
(早くご飯を食べて寝たい)
そんな事を考えていた……。
カルアは迷った。完全に魔力切れになれば、恐らく意識は保てない。
やらなくとも突破は出来るだろうが、進行方向のスケルトンを一気に殲滅し、数が減る所までさっさと抜けてしまうのが最も安全ではある。
カルア自身、スケルトン達へ意趣返ししてやりたい気持ちもある。なんせ殺されかけ、走馬燈まで見せられたのだ……。
魔力切れになっても、お守りの効果で歩けるくらいになら直ぐに回復するだろう……。
それに、この老紳士達は信用できる。
命を救われたからかもしれないが、少女もギルドで見た印象とはだいぶ違った。
この二人は信用して良い。カルアにはそう思えた。
「少し――少し時間は掛かりますけど、やってみます」
ローレンスが慌て何かを言おうとするのを遮って続けた。
「魔力切れの時は宜しくお願いします」
ぺこりと頭をさげ、魔法陣を描き始めた。
「木を傷めちゃいますけど……」
掲げた手の先に、三つの魔法陣が横一列に浮かび上がった。
「大丈夫よ」
ルチルナの発言に根拠はない。木がどうなろうと興味が無いだけだ。
カルアが魔法陣を描き上げた――
「〈第一展開〉」
左の魔法陣が巨大な帯状の魔法陣へ姿を変え、左へ大きく走り、直角に曲がり一直線に伸びた。
「〈第二展開〉」
右の魔法陣が左と同じように、今度は逆向きに、鏡へ映した様に展開した。
「〈第三展開〉」
真ん中の魔法陣が太い帯状の魔法陣に姿を変え、二つの帯に挟まれた中央の広い空間に納まった――
巨大な魔法陣を素早く正確に描く為に編み出された手法。巨大な魔法陣を分割した、魔法陣を描く為の魔法だ。
――その様子をルチルナとローレンスはぎょっとした様子で見つめた。
彼らはこんな物は見たことがない。魔術ギルドがこういった技術を持っているという噂を聞いた事はあるが、これがそうなのか? とカルアの様子を見守った。
彼らは見ていないので知らないが、カルアが当たり前のようにやっていた、魔法陣を掴んでぶん投げるという行為も常識を逸脱したものである。
全身から魔力が引きずり出されるような感覚に襲われながら、仕上げに入る。
巨大な魔法陣をゆっくりと地面に下ろした――
幅は十メートルを優に超えるであろう、巨大な帯状の魔法陣が数十メートル先へ伸びた。
「〈岩の森――」
小刻みに地面が揺れ、無数の尖った岩の柱が一斉に突き出し魔法陣の中にある物を容赦なく突き上げた。
飛び出した岩の柱がスケルトン達突き上げ、まともに受けた者は四散し、隙間に落ちた者や柱に行く手を阻まれた者達を檻の様に閉じ込めた。
岩に突き崩された者、先端に引っ掛かりもがいている者、さながら針山の亡者のような光景であった。
カルアは魔力が吸い尽くされるような感覚にふらつきながら、仕上げの呪文を送る。
「――茨の鞭〉!」
魔法陣が掻き消え、乱立した柱から一斉に無数の棘が飛び出し、隙間にいたスケルトン達を粉々に刺し崩した。
一つの魔法陣の中に複数の魔法陣を組み込み、それを次々とは発動させ、一つの魔法とする。様々な組み合わせを作り、最大限の効果を引き出す。これは魔術師の間ではよく知られる技術だ。
魔力を出し切り、崩れ落ちるカルアの体をローレンスが受け止めた。
(この娘は一体……)
カルアの魔力が断たれ――、乱立した石の柱がサラサラと崩れた。
木を傷めるどころか、立っている物は何も無く……ローレンスとルチルナは顔を見合わせた。
色々と疑問は残ったが、素早くカルアを背負い、森にぽっかりと出来上がった巨大な道を走り抜けた――
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