進撃の暴君
「あの……お嬢様?」
ローレンスは躊躇いがちに、後ろを歩くルチルナを窺い見た。
――ズン、ズン
と、聞えてくる返事はゴーレムの足音ばかり……。
ルチルナはピンク色に塗ったゴーレム――メイメイの左肩に座り、正面を見据えていた。差し出された腕に足を乗せ、肩に手をついて器用にバランスを取っている。
森へ入ってかれこれ数時間。
ローレンスは「はぁぁぁ……」と溢れそうになる溜め息を噛み殺し、暗くなり視界の悪くなった森を見渡した。
ちなみに、彼が噛み殺す溜め息の半分は己に向けられたものだ。
ローレンスは意を決して立ち止まった。
主を振り返り、胸に手を当てて頭を垂れた。
「お嬢様。そろそろ町へ戻りませんと――」
「ローレンス」
ルチルナは重心を右手にずらし、目だけを動かしてローレンスの右胸辺りを見た。
「……畏まりました」
ローレンスは上着の内ポケットからペンのような丸い棒を取り出した。端の穴に紐が取り付けられ、その先に小さなフックが付いている。
棒を握り、ローレンスが魔力を込めた――
じわりと棒が光を放、薄い黄を帯びた光が、込められる魔力に呼応して強さを増し煌々と輝いた。
反対側の穴へ紐に付いたフックを引っ掛け、三角形を作り提灯のようにぶら下げた。
魔力を糧に光を放つ魔力ランプの一種だ。旅暮らしをする者の必須アイテムの一つだ。
それを見届け、ルチルナは視線を戻した。
(帰る気無し……ですな)
ローレンスは諦め、森の奥へ目を向けた。
――今朝、ルチルナが肩を怒らせギルドを出た後、宥めに宥め、説得に説得を重ね、日がだいぶ傾いてから漸く依頼を一つ受けたのだが……。
(これは当て付けだ……)
出発は明日にしなければならない時間になってから依頼を受け、「出発は明日にしましょう」と言うローレンスへ、
「あれだけ今日受けろって言っておいて! だったら明日でも良かったじゃない!」
――と、明日になっても受ける気はなかったくせに、散々嫌みを垂れて森へ向かったのだった。
ローレンスは肩を落し、森の奥へと歩を進めた。
ルチルナ・メイフィールド。八歳。
この世界においてゴーレムの生成と聞いて、まず思い浮かべるのはメイフィールドの家名だろう。非常に優れたゴーレム使いを輩出し続ける名門だ。
ルチルナはそのメイフィールド家の正当な次期当主……候補だ。
メイフィールド家当主の座に就く条件は、当代当主との血縁の濃さではない。神眼と呼ばれるメイフィールドの一族が代々受け継ぐ特殊な目を宿したか否かだ。
神眼とは、保有者に特殊な能力を与える目の事だ。
代表選手を挙げれば、全てを見通すと言われる千里眼に万里眼、魔法を食い尽くすと言う蟒蛇、対して反射する魔鏡などが挙げられる。
神眼によく似た邪眼と呼ばれる物も存在するのだが、今は置いておこう。
神眼は血縁者に受け継がれるが、必ず受け継がれる訳ではない。受け継がれる条件は判然としておらず、誰にも受け継がれずに一族から神眼が失われてしまう事は珍しくない。
宿す神眼に即した素養を持っているかなどは関係なく「気まぐれ」としか言いようが無い。
分っているのは、直系の二親等以内にそれを持つ者が居れば、宿す可能性がある。その血縁の中に保有者は二人以上登場しない。
と言う事だけだ。二等親以上離れて受け継がれた記録は今のところ無い。
メイフィールド家においては、現当主の甥であるノエルが右目に神眼を宿し誕生した。当然、次期当主はノエルと決まった。
だがその一年後。四十を超えた現当主夫婦に三人目の娘が誕生した。それがルチルナだ。
このルチルナの誕生が、メイフィールド家を二分する騒動を引き起こす事となった。
なんとルチルナは左目に神眼を宿していたのだ。
神眼は二つで一セットなのだが、このように別れて引き継がれた前例はなかった。少なくとも、歴史に神眼が記録されて以来初めての事だ。
大体は右か左のどちらかに宿るのが普通である。正確には、神眼として開かれるのは左右のどちらか一方で、後年になって開かれる事もあるのだが、殆どの保有者は開くことなくその生涯を終える。
先に産まれたノエルを押す派、現当主の子供であるルチルナを押す派と、メイフィールドの家は真っ二つに割れた。
事態が動いたのは、ルチルナが一歳半を過ぎた頃の事。
ルチルナは誰に教わるでもなく、先々代が作ったとされる核から二体のゴーレム――後のメイメイとランランを作りだし、手足のように操ったのだ。
この驚異的、天才的な所行によりルチルナ次期当主論が圧倒的となった。
しかし、四十を超えて授かり、更には家名を継ぐに相応しい正に天才と言える能力を持った娘を、両親は大層可愛がった。
特に母親は大層大層可愛がり、溺愛した。蝶よ花よと育てられ、我が儘放――天真爛漫に育った彼女は、徐々に暴君の片鱗を見せ始める。
メイフィールド家に仕える者達に、二体のゴーレムを自在に操り、更に現当主の娘であるルチルナに正面から説教など出来る者は無かった。
これがルチルナの暴君化に拍車をかけ……五歳を超えた頃には、既に母ですら手に負えぬ暴君と化していた。
一方のノエルは、特出した才は見せなかったものの、正に品行方正。優等生の鏡のように成長していた。
確かに、ルチルナより一歳年上ではあるが、その言動はとても一歳の差とは思えぬものであった。
圧倒的優勢であったルチルナ次期当主論は、あれよあれよとノエル一択へと変わった。
現当主であるルチルナの父も、ルチルナの止まらぬ暴君化を目の当たりにし、彼女を妻に任せきりだった事を後悔しつつ、次期当主はノエルにと考えるようになった。
しかし、親としてはやはりルチルナを次期当主にしたい!
……と苦悶の日々を送っていた。
そんな中、ルチルナ七歳の誕生日を控えたある日、執事を勤めていたローレンスからある進言を受ける。
この家に居たのではルチルナの更正はあり得ない。家を追い出し、メイフィールド家からの一切の援助を行わず、更正するまで冒険者として生活させる。
冒険者として一人前に育て、正式に次期当主の指名が行われる十四歳までに自分が更正させる。といった旨であった。
六十を超えたローレンスは、ルチルナを当主に据え、それに仕える事が最後の奉公であると思い定めていたのだった。
ローレンスはメイフィールド家へ四十年以上仕える忠臣で、かつては一流の冒険者であった。生まれた時から側に仕え、かつて冒険者として共に旅をした彼に、ルチルナを預ける事自体に心配はないのだが……。
ルチルナを溺愛する妻をどう説得するか、そして何より自分もルチルナを手放したくない。家から出さずとも、成長すれば勝手に落ち着くのではないか?
数日間悩みに悩んだ末、妻を半ば恫喝して説得し、ルチルナ次期当主の夢をローレンスに託した。
二人がかりでルチルナへ家を出て冒険者として生活する事のデメリットを巧みに覆い隠し、自尊心と負けん気の強い彼女を焚き付けて説得した。
「そんなの私がやれば簡単よ!」
と、得意げに言い放ち「フン!」と鼻を鳴らして出て行く彼女を見送った。
時に、ルチルナ七歳と一ヶ月であった。
暫くして――まんまと嵌められた事に気が付いたルチルナは、噴き上がる怒りと苛立ちに身を焦がす。
しかし、簡単と見栄を切った以上、自尊心の塊たるルチルナは自ら帰るとは言い出せない。
ローレンスに帰ると言わせるべく数々の理不尽をぶつけるも……全く上手く行かない。
活火山の如く煙を立ち上らせ、その内に今にも爆発しそうな怒りと苛立ちをパンパンに溜め込み続けた。
――彼女がそれをどうやって吐き出したのかは、一先ず置いておこう。
かくして始まったローレンスのルチルナ更正の旅であったのだが、壁にぶつかっていた……。
冒険者のランクは大分して六つ。一つのランクに二段階あり全部で十二段階ある。ルチルナは現在下から二番目だ。
だが、戦闘能力だけを見ればルチルナは確実にその上をゆく。なら、何故彼女はそのランクに甘んじているのか?
答えは単純だ。昇級試験に落ち続けているのだ。
一番下のランクから次ぎへ上がるのに試験はない。成功を積み重ねていれば勝手に上がる。その次ぎから試験が始まる。
そしてルチルナが次のランクへ上がる試験なのだが……戦闘能力は殆ど必要ない。試験をパスするだけであれば、無くともいける。
試験内容は『採集依頼をどれだけ確実に依頼に沿って遂行できるか』だ。
冒険者ギルドとて慈善事業をしている訳ではない。依頼人の希望により確実に沿える冒険者を育成しなければならない。
まずは冒険者の基本中の基本であり、最も簡単かつ、最も多い依頼を確実に遂行できるかを試験される。
当然、この試験は一人で行わなければならない。そしてルチルナが集めるミンチでは到底パス出来るものではない……。
試験対策として、ローレンスはルチルナへ日々、採集依頼を受けさせているのだ。
しかし、何度やっても自分の手ではやろうとしないルチルナ……。
かと言ってゴーレムの生成技術を上げようともしないルチルナに、然しものローレンスも壁を感じていた……。
――闇に包まれた森を歩きながら、後ろを歩く主の様子をちらりと窺いローレンスは昔を思い出していた。
『将来はローレンスのお嫁しゃん!』
(ああ……あの素直で天使の様だったお嬢様は何処へ……。何を不敬な、お嬢様は何時でも天使であらせられる!)
口角をつり上げ、邪悪な笑みを湛えたえた主の顔を仰ぎ見た。
(このお顔は――)
ローレンスはさっと周囲に目を配り、気配を探った。
――前方にゆらゆらと漂う幾つもの影を見つけた。言い知れぬ嫌悪感と悪寒が背筋を走った。
(アンデット――スケルトンか? 何故こんな所に……)
「お嬢様」
ローレンスは立ち止まり、顔を引き締めて身構えた。
一方のルチルナは――顔に嬉々とした色を浮かべ、口角を更につり上げて舌なめずりでもしそうであった。
憂さ晴らしのオモチャを見つけ、歓喜していた。
遅くなって依頼を受けたのは、当て付けの意味もあるにはあったのだが……単にサンドバッグを探しに行きたかったのだ。
「ローレンス」
「はっ!」
ローレンスの頭上に、円を外から塗りつぶすように紋様の列がとぐろを巻き、魔法陣が完成した。
「光玉の雨」
魔法陣が消え、弾けるように、拳大の白色光の玉が噴き上がり、広範囲に散らばった。
木にくっついた物、地面に転がった物、辺り一面に散らばり闇を払った――
ルチルナはメイメイの頭に右手を添え、腕を足場に立ち上がった。
左手は腰に据えられ、さながら勝ち戦を見守る司令官の様であった。
「ランラン!」
ルチルナとローレンスに気が付き、よたよたと向かってくるスケルトンの群れに、青白ストライプのゴーレム――ランランが突進した――
ランランが腕を振るう度に、砕けた骨が舞い散った。
しかし――、スケルトンを完全に倒すには、体の六割から七割を砕く必要がある。それに満たなければ直ぐに再生して向かってくる。
腕を振るって上半身を吹き飛ばし、倒れた下半身を踏みつぶした。
――次々と仲間を打ち砕いてゆくランランに群がり、取り付いて動きを封じようとするも……次々と振り払われ、飛ばされたスケルトンは周囲の木々に骨片を残し、四散してゆく――
しかし……、如何せん数が多い。
数にものを言わせ、ランランの脇をすり抜け回り込んでルチルナへ迫った――
それをメイメイが右手でなぎ払い、打ち飛ばされた者は木々に激突して四散した。半身をその場に残した者は、数トンはあろうかという巨体にバリバリと踏みつぶされた。
(多いわね……)
「後ろはお任せ下さい」
ローレンスが背後に迫った三体のスケルトンに身構えた。
大きく踏み込み、「ハッ!」と気合いと共に打ち込まれた掌底がスケルトンの肋を抜け、内から弾けるように胸椎が砕け散った。
ローレンスの体は止まる事なく流れるように動き――弾き飛ばされた残りが木に激突する僅かな間に、左から迫ったスケルトンへ蹴りを繰り出していた――
脇から入ったそれは剥き出しの腰椎を粉砕し、折り重なって落ちた上半身と下半身へ軌道を変えて槌のように打ち下ろされた。
――鈍い衝撃と共にバラバラと骨片が散らばり、視界の隅で木に激突したスケルトンが四散する様子を捉えた。
ローレンスは背に捉えているもう一体の気配を窺い、飛び上がると同時に身を翻して再び蹴りを繰り出した――
頭から打ち下ろし、丸太で叩き潰したように打ち砕いた。
正面はランラン、左右とランランを躱した者はメイメイが、背後はローレンスが蹴散らし骨片の山を築いてゆく。
しかし――数に者を言わせ、途切れる事無く二人に迫った。
加えて、砕きが足りなかったスケルトン達が次々と再生し、それに加わった――
一見ジリ貧に見える戦いだが、ルチルナの顔は邪悪な笑みを湛えていた。
――ルチルナの左目が大きく見開かれ、瞳孔を取り囲むように、虹彩に新たな四つの瞳孔が開いた。
十字を切ったように現れた瞳孔は、それぞれに開いたり絞ったりを繰り返しながら――金庫のダイヤルでも回すように、右へ左へと、中心の瞳孔に沿って滑るように回転した――
ルチルナの持つ神眼〈石の眼〉だ。
ゴーレムの生成、使役を助け、その負担を大幅に減らす。また、この眼で見たゴーレムやマリオネットなどを使役する者を暴き、その制御を奪う又は乱す事が出来る。
ランランの腕の先に、磁石で吸い寄せられる様に周囲の石塊が集まり、巨大な板を形成した。
更に、メイメイの両脇に周囲の土を吸い上げるようにして二体のゴーレムが立ち上がった。
ルチルナが生成した簡易ゴーレムだ。
形成された板を振るい、ランランがスケルトンを叩き潰した。
今まで砕きが足りなかったスケルトンを踏んで潰していたランランだったが、スケルトンがすっぽりと収るサイズの板を振るい、次々と粉砕して行く――
数体を横薙ぎに、木に押しつけるように叩き潰し、倒れた木が更に別のスケルトンを襲った。
頭上から振り下ろされる幅広の板による一撃は、機敏な動きの取れないスケルトンには躱しようもなく……構えた武器もろとも叩きつぶされた。
加えて二体の簡易ゴーレムが、スケルトンめがけ体を大の字に広げ飛びかかる。
メイメイやランランより小さいとは言え、数百キロの土塊だ。スケルトンなぞに支えきれる訳も無く、地を揺らす鈍い音と共にグシャリと潰された――
ジリ貧の様相から一転し、一方的な蹂躙が始まった。
回り込もうとするスケルトンを駆け回る二体の簡易ゴーレムが潰し、背後を守っていたローレンスは手持ち無沙汰となり邪悪な微笑みを湛える主を仰ぎ見た。
(お嬢様。輝いておりますぞ……)
――その時、ローレンスの耳が異質な音を捉えた。微かではあるが、たしかに聞こえた。何か破裂するような……自然界には無い音だ。
(魔法……?)
それはルチルナにも聞えたらしく、音の発生源を探るように周囲を見回していた。
まただ――、今度ははっきりと聞えた。
「お嬢様」
「ええ」
メイメイの右腕の先に、ランランと同様の板を形成された。
体を半壊させながらも、何とかルチルナの元へ辿り着いたスケルトンをメイメイが無造作に打ち飛ばし、音の方へ歩き出した――
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