ある少女の日記
昨日、髪を切った。今日、十四歳になった。今日、村を出た。
昨日の夜、村の皆との別れを惜しんだ。初めてお酒を飲んだ。初めて酔っ払った。皆に髪を切ってもらった。
……パーゼルさんの泣き顔を初めて見た。
グラントさんに頼んで皆が起き出す前に馬車を出してもらった。
気持ちが揺らぎそうな気がして、こっそりと旅立ちたかった。
馬車が村を出ると、師匠とパーゼルさんが石塀の影から手を振っていた。二人にはお見通しだったのだ。荷台から伸び上がって私も手を振った。
濃い朝靄で、二人の姿も村もあっという間に見えなくなった。もう少し、見ていたかった……。
「そんなもんだ。人生あっという間だ」
そう呟いたグラントさんの寂しげな横顔が印象的だった。
初めて野宿をした。毛布に包まって地べたで寝た。
ごつごつとして寝心地が悪いのに、心地良かった。干し肉と芋だけのスープと固いパンも妙に美味しく感じた。
寝る直前に魔物の気配を感じた。初めて一人で戦う事になるかもしれないとドキドキした。
結局戦う事にはならなかったけど、戦ったとしても倒せる自信はあった。でも、手の震えがしばらく止まらなかった。
これから、こんな危険が日常という世界に飛び込もうというのに……情けない。
村を出て五日目、日が沈み始めた頃にようやくヒガの村に着いた。五日ぶりのベッドはとても寝心地が良い。
シーツ越しに藁の香りを嗅ぎながらぐっすりと眠れた。ザシャに着いたら野宿用の敷き物を買おう。
私の人生における最大のイベントは、今のところつつがなく進行している。
二日分の干し肉とパンを買い、ヒガを立った。ここからは一人だ。
グラントさんが心配そうに「やっぱりザシャまで送る」と何度も言ってくれたのが嬉しかった。
でも、それは丁寧に断った。何時までも甘えてはいられない。私はもう村を出たのだ。
と言うのは建前で、本音は一人で行ってみたかっただけだ。
初めての一人野宿。食事の準備に手間取った。家でやるのとは勝手が違ってまだ慣れない。
火は魔法で起せばすぐだけど、あえてやらなかった。おかげで空腹で目が回りそうだった。
山越えは大変だとは聞いていたけど、こんなに体力を使うとは思ってなかった……。少々手間でも迂回路を行こうとする人の気持ちが良く分った。
日が沈む前になんとか森を抜けた。ザシャまで二日と聞いていたけど、それは途中で私を軽快に追い越していった旅慣れた人の感覚なのだろう。
食料と水は半分残しておこう。素直に言う事聞いて関所に泊めて貰えばよかった……。
道を間違えた。慌てて引き返したけど気付くのが遅すぎた。
途中で行商に尋ねなかったらと思うとぞっとする。遅れを取り戻そうと焦り過ぎた。
明日は食事抜きだ……。遅くとも明日の夜には着くという行商の言葉を信じる外ない……。
2016/07/07……に変更 2017/7/21再編集 2017/09/24再編集