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夏風に囁いて  作者: 凪森
番外編
3/3

ともかぜ (涼が幼い頃の話。掌編)

涼と友風、二人の出会い。

年齢は…小学校にあがったばかりの頃でしょうか。すみません、ちゃんと決めてません(´・ω・`)

勢いで書いたので情景描写が真っ白です('Д')







―――うぁああん……うあああん……うぇえ……



 瓦屋根の軒の下で、子供の泣き声がつづいている。

 縁側に正座した老婆の膝にのり、着物の上の割烹着に顔を押しつけて泣いている。


 泣きつづけている。かれこれ三十分。


「っち……うるせーなぁ」


 屋根の上で胡坐をかいていた青年は苛々と軒下に視線をむけた。


「いいかげん泣きやめ! それでなくてもいっつもおまえは泣いてんだからよ!」


 声を荒げてみせるが、老婆の腕のなかの子供はまったく意に介さず、あくまで泣きつづけている。

 まるで彼の声など聞こえていないように。

 事実、子供には聞こえていないのだ。声どころか青年の姿さえ、彼女には見えないのだから。


「あ~~~もう」


 青年は唸りながらがしがしと両手で頭をかいた。黒く柔らかい髪が一瞬でぼさぼさになる。

 すっと彼は屋根の上に立ち上がり、そのまま軒下へ跳んだ。ふわりと。


 物理の法則をすべて無視して、音もなく軒先に降り立つ。

 そのまますたすたと裸足で縁側へ近づいていく。さわ、とほんの少しだけ微風が起こった。

 はだけた浅葱色の着流し姿で、彼は二人の前に仁王立ちした。


「おい、今度はなんだって泣いてんだ! うるさくてしかたねぇ」


 突然現れた青年に、子供……少女は驚いて泣くのをぴたりとやめた。

 まんまるに目を見開いて、青年を見上げる。


「こら、友風(ともかぜ)。りょうちゃんがびっくりするだろう。そんな言い方をおしでないよ」

「だって絹、こいつ暇さえあれば泣いてんじゃねえか。やれ仲間外れにされただの、名前が男みてーだってからかわれただの」


 最後の一言に少女、涼はびくりと体を震わせた。

 その目にふたたび、涙が盛りあがる。


「うっ……」

「あ、待て待て! よせ、耐えろ!」

「うわぁあああああん!!!」


 老婆は両手でよしよしと涼の頭を撫で、じろりと青年をにらみあげる。


「友風……いまのはおまえさんが泣かしたよ」

「…………ったく。なんでこいつはこんなに泣き虫なんだ」


 彼は片手で首をかくと、どすん、と音のしそうな勢いで二人の隣に腰かけた。

 勿論、音などしなかったが。


「絹がこいつぐれーのときは、もう兄弟おぶって子守りしてたぞ。そりゃあ働き者のしっかりした娘だったってのに………おい。涼とやらよ。今度は何を言われたんだよ? え? 言ってみろ」


 えぐえぐと嗚咽をもらしている少女にぐいと顔を近づけ、青年は訊いた。

 眉間に思いきり寄った皺に、涼はおびえた。


「言ってみりゃあ、あんがい楽になるかもしんねーぞ? おら、おら、言ってみろ」


 はぁ、と老婆――絹がため息をつく。


「なんだってそんなにおまえさんは、がらが悪いんだろうねぇ。そこらの鬼のほうがよっぽど丁寧な物腰だよ。風の精なんてやめて、あんたが鬼をやったらどうだい」

「よけぇなお世話だっての。俺は俺のやりたいようにやるんだよ。自由気ままな風の、鑑のような性格だろ?」


 にやっと笑って青年は絹を見る。

 眉間の皺が消えたその表情を、涼はじっと見つめた。

 祖母と親しく口をきいているが、彼のことは今まで見たことがなかった。

 そもそもこんなに若い知りあいが祖母にいるのも、涼には不思議な感じがした。


「おにいちゃん……だぁれ?」

「おや、そうだったね。りょうちゃんは友風を見るのは初めてだったね」


 絹は片手で涼の背中を支え、もう片方の手でその涙をぬぐった。


「このお兄ちゃんはね、友風っていうんだ。おばあちゃんのお友達だよ」

「おばあちゃんの、おともだち?」

「そうさ」


 祖母はにこにこ笑っている。

 友風と紹介された青年は涼に小さく肩をすくめてみせた。


「くされ縁とも言うな」

「くされ……?」

「ずっと昔から知ってるってことだ」

「ずっとむかし?」


 小首をかしげる涼に、友風は小さく吐息を漏らした。


「おいおい、延々と問いがつづきそうだな。今はおまえの話だろ。なんで泣いてんのかっていう………というか、もう泣きやんだな。いいか。いいな。よし、そのままでいろよ?」

「無責任だねえ。途中放棄かい?」

「ガキの喧嘩をいちいち真面目に聞いちゃいらんねーよ。こいつらの世界は日々、目まぐるしく変わるんだぜ? 昨日大嫌いって大泣きしてたかと思えば、次の日にゃ仲良く手ぇつないで走りまわってる」

「みんながみんな、そうとは限らないんだよ。特にりょうちゃんは、ちょいと気が弱いところがあるからねえ」

「本当に絹の孫か?」

「どういう意味だい?」


 青年はあわてて少女に向き直った。


「おい、涼。とりあえず聞いてやるから話してみろ。なんで大泣きしてた」


 おずおずと涼は友風を上目づかいで見た。

 ん? と青年はさきほどよりは柔らかい表情でうながしてくる。


「……お、……お」

「お?」

「おとっ……」

「音? 音がどうした。腹の音がでかいってか?」

「ち、ちが……うぇえ、ひっく……ひっく」

「おい、今は泣くのはなしだ。とりあえず理由を言ってからにしろ」


 慣れない手つきで涼は頭を撫でられた。涙はなんとかもちこたえた。


「……お、おとこ……おんな、だって、大くんが……」

「おとこおんながどうした。あれか? 男みてーにガキぶん殴ってやったか? それならおまえ、見直すじゃねーか。泣くんじゃねーよ。むしろ喜べ」

「ううう……なまえが、へん、て……おとこみたい、って」

「ああ? それはいつものことだろうがよ」

「ふぇっ……ど、ドッジボール……みんなで、やろうって……いつも、りょうは、はしっこで、みてるけど……きょうは、まみちゃんが、さそってくれて」

「………」

「まみちゃん、は……あたらしく、おんなじくらすに、なったこで……それで、りょうもはいろうとしたら…だめって」

「………」

「だ、大くんが……おとこでも……おんなでも、ないやつは、いれないって……りょう、おんなのこだよ、っていっても、ちがうだろって」

「………」

「じゃあ、おとこのこに、なるって……いっても、やっぱりちがうだろって……それで、それで……おとこおんなは、あっちいけって、みんな……っ」

「友風、おまえさん寝てんじゃないだろうね」

「……っは」


 青年は自然と下がっていた顔を瞬時にあげた。

 じろりと絹ににらまれる。


「あー……なんだ、まあ。男でも女でも、どっちでもいいじゃねーか。同じ人間にゃ変わりねーだろ」

「まったく、あきれたお人だね。なんの慰めにもなっちゃいないよ」


 絹が深い深い、ため息をついた。

 その腕のなかで涼はおそるおそるつぶやいた。


「と……ともかぜは、おばあちゃんの、ともだち……」

「うん? そうだね。それがどうかしたかい?」

「……りょうと、あそんでくれる?」


 涼の言葉に、青年と老婆は顔を見あわせた。


「それは……ちょいと無理かねえ。友風にもお仕事があるからね。それに友風は秘密の友達だ。ほかの人には見えないんだよ」

「みえない……の? りょうと、おばあちゃんは、みえる?」

「そう。今は友風がりょうちゃんにも姿を見せてくれているんだよ。お礼を言わないとね。これでも大事な風精さまだからね」

「ふうせいさま?」

「風の神様みたいなもんだね」

「そうだそうだ。俺は尊い存在なんだぞ。敬ってへつらえ」

「かみさま! かみさまはなんでもできる?」

「できの悪い神様だからね、それは無理だよ」

「おい、絹。おまえ」

「じゃあ、りょうがいじめられないようには、できる……?」


 友風は黙った。びくりと涼は体を縮ませる。


「聞いただろ。俺はほかの人間には見えねーんだ。声だって聞こえない。なんもできねぇよ」

「……じゃあ、なにができる?」


 ふと、矜持にさわったのか、彼は口の端をぴくりと震わせた。


「見とけよ」


 風がざぁっと吹いて、青年が空に舞い上がる。

 宙に浮かんで、得意げに腕を組んで、そこから二人を見下ろしてくる。

 涼はあんぐりと口をあけた。みるみるうちに瞳が輝きを放つ。 


「……すごい! ともかぜはとべるの!? すごい! すごい!」

「そうだ、凄いだろう。人間にはひっくりかえったってできねー芸当だ」


 ふふん、と顎をそらす。

 涼は興奮したまま、尊敬のまなざしで青年を見つめる。


「にんげんは……ひっくり? げいとう?」

「人間はどうしたって飛べねーってことだ」

「ともかぜは……にんげんじゃない?」

「ああ。絹が言っただろ、神様みてーなもんだって。厳密には神様でもねーけどな」

「……にんげんじゃなくて、かみさまでもない?」

「ああ」


 ふと、少女は考える仕草をする。


「……さみしくない?」

「あ?」

「にんげんでも、なくて、かみさまでも、なくて……ともかぜは、なかまがいない? さみしくない?」


 友風は地に降りてきた。

 涼の前に立ち、すっと身を屈める。


「……あのな。俺は俺。俺以外の何者でもない。別に人間でも神でもなくても、同じ仲間がいなくても……まぁ、実際はいるけどよ。要するに自分が他と違ってても、なんもこわくねーし、さみしくないぞ。俺には絹がいるからな」

「おばあちゃんが……いる」

「俺はな、絹が好きだ。一緒にいると心地いい」

「おやおやなんだい。嬉しいことを言ってくれるねえ」


 突然の告白に、ふふ、と絹は笑う。

 それから慣れた様子で「あたしもおまえさんのことは気に入ってるよ」と返した。

 友風は黙って頷く。


「誰かに嫌われたり、仲間外れにされても、絹が俺を嫌わないならそれでいい。絹以外に好かれようとも思わない。わかるか?」


 黒い瞳が、見定めるように涼をみつめてきた。


「大事な人にだけ自分をわかってもらえていれば、それでいいんだ。ほかのやつがどれだけ文句を言おうと関係ない」

「………りょうは、おばあちゃんがすき」

「おばあちゃんもりょうちゃんが大好きだよ。こんなに可愛い子はほかにいない」


 ぎゅっと絹は涼を抱きしめる。

 少女はくすぐったそうに微笑んで、そっと青年に視線を移した。


「……りょうは、ともかぜも好き」


 澄んだまなざしの告白に、青年は一瞬たじろいだ。


「………あー…そう」

「ちょいと、友風?」

「う……そうだな。俺も別に………おまえが好きでないわけでもないぞ。一応、絹の孫だからな。一応」

「紛らわしい言い方だねえ。素直に好きって言えないのかい」

「うるせー」

「りょうちゃん、こういうのをね、照れ隠しと言うんだよ。本当のことを言うのが恥ずかしくて、わざと違うことを言ったりするんだ」

「ふふっ……ともかぜは、りょうをすき?」

「……………まぁ、嫌いじゃねーぞ。絹の孫だからな。うん」

「まったく、言い訳がましいねえ」


 ころころと老婆は笑った。

 その体の揺れにあわせるように、少女もいつしか明るい笑い声をあげていた。





 ―――だが、この時少女に諭した言葉を、のちに青年は長く後悔することとなる。




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