港町グレイポート
俺とセリアは宿屋の主人にお決まりの台詞を言われる事もなく宿屋を後にした。
セリアはこれからグレイポートの町へと向かうと言い、俺に一緒にこないかと言ってきた。
海に面した美しい町だという。
「行くよ」
俺は一言セリアにそう言った。
彼女は不安そうな顔を一変させ、とても嬉しそうな笑顔を浮かべて俺に長い長い口づけをした。
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潮の匂いが海鳥の鳴き声と一緒に、風に乗って運ばれてくる。
白い壁とカラフルな屋根の建物が建ち並ぶ、港町『グレイポート』
俺とセリアは町を眺めながら馬車の荷台に揺られていた。
「あれがグレイポートか......。綺麗だな」
「そうね、私も久しぶりに来たけれど綺麗な町ね」
セリアはこの町で衛兵として働くことが決まっているらしい。
任務の報奨金が出たため、懐も暖かいと言っていた。
(俺も仕事、探さないとな)
セリアは焦らなくて良いと言っていたが、年下に養ってもらうというのも流石に少ないプライドが傷つく。
ちなみにセリアは17才だそうだ......。
金髪の美少女との甘い生活......。
(異世界もいいもんだ)
俺は前向きにそう考えることにした。
馬車が町の入り口で停まり乗客を降ろしていく。
「見ない顔だが冒険者か?」
俺とセリアに門番が話しかけてくる。
「この町に衛兵として赴任してきたセリアです。よろしく」
「なんだ、同僚か......。そっちの男は?」
「彼は恋人です」
「......そうか」
門番は少し残念そうな顔で俺たちを町の中へ進むよう促した。
(恋人か......。少し不安だったんだけど、......恋人か)
正直、二人はどんな関係になったのかを、セリアに確認するのもどうしたものかと悩んでいた。
セリアは俺の手を取り町を進んでいく。
(セリアと恋人か)
俺は頭の中で繰り返し顔がにやける。
そしてセリアに握られたてを優しく握り返した。
セリアが振り返り微笑んでくる。
「今日は宿屋に泊まりましょ」
「うん」
俺は口元を緩めたまま、そう答えた。
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セリアは乱れた髪を纏めながら、
「衛兵の詰め所に挨拶に行ってくるね、カツはのんびりしてて」
「うん、わかった~」
俺はベッドに裸のまま横になりながら、そう答えた。
「町に出て迷子にならないでよ」
「今日はここに引きこもってるよ」
「ふふ、じゃあ行ってくるね」
セリアは俺に軽く口づけをして部屋を出ていった。
俺はシャツを羽織ると窓からセリアを見送る。
彼女も俺に気付いて笑顔で手を振り町の中へと消えていった。
衛兵の詰め所では、美少女が赴任してきたと男性陣が喜んだのも束の間、セリアが恋人が居ることを宣言して一緒に暮らすと言うと、一気に落胆していたらしい。
俺はそれ以降しばらくは、男の衛兵に厳しい視線を向けられるの事になってしまった。
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翌日は、セリアと二人で新居探しに町を巡った。
「家賃の半分は町が負担してくれるから、結構いいところに住めるよ」
セリアは新しい生活に胸を膨らましているのか、顔を綻ばせながら俺の手を引いて町の中を進んだ。
すでに、いくつか良さそうな物件を紹介されていたらしく、そこを順に回っていく。
昼食は港町ならではの新鮮な海の幸を楽しんだ。
そして俺は町の中央の広場に面した、人の出入りの多い建物に目を引かれた。
「セリア、あれは?」
建物に看板が掲げられているが、俺は未だにこの世界の文字が分からなかった。
「ん? あれは冒険者ギルドよ」
「冒険者......」
「興味ある? 危険な仕事も多いわよ」
「そ、そうなんだ」
俺は危険と言う言葉に少したじろぐ。
だが、やはり冒険者という言葉には少し惹かれるものがあった......。
(でも、先に言葉を覚えないとな)
一日掛けて物件を巡り、俺たちは町の中心から少し外れた場所の小さな一軒家を借りることに決めた。
グレボの町特有の白い壁に、屋根は海のような青。
2階の窓からは港が一望出来た。
「いい眺めだよ」
俺は窓際からセリアに声を掛ける。
近寄るセリアの腰に手を回して軽く抱き寄せた。
「本当ね、綺麗」
夕暮れに染まる海と町並みはとても美しかった。
そして夕日に照らされたセリアも......。
「セリアのほうが綺麗だ」
そう言って、照れくさそうに頬を染めるセリアに口づけをする。
もちろん俺も照れくさかった......。
その夜は、ベッドもまだ無いので床で毛布にくるまって眠りにつく。
まあ、相変わらず二人は盛んなので、なかなか寝ないのだが。
「一軒家にして正解だったね」
意味深にそう言うとセリアの肘がわき腹に突き刺さった。
セリアも、あの時の声が大きいのは自覚しているらしい。
翌日、隣の奥様に羨ましそうな目を向けられるのだが......。
(次からは、ちゃんと窓をしめておこう)
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数日の休養が終わり、セリアの仕事が始まった。
この世界に来て、久々の独りぼっちの時間を迎える事になる。
俺は近所の散策と部屋の掃除、そしてセリアに買ってもらった文字を覚えるための子供向けの教材を読むなどして時間を潰していった。
早く、文字を覚えて仕事を探さないとな......。
潮風に頬を撫でられながら、俺は本のページをめくっていった。