眠っていたら少女を助けていた
俺は突然見知らぬ世界に放り出されてしまった。
そして、多くの獣に襲われた山を抜け出すと、山道から伸びる道を寝る間も惜しんで、ひたすらに進んだ。
そして2度目の朝日を迎えた頃、俺は道の脇で木の根本に座り込んで眠ってしまった。
危険だと分かっていながら襲い来る睡魔に勝てなかったのだ。
(もう限界......)
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夕暮れ時、寝息を立てて眠る石原克治の側を馬車が通りかかる。
馬に乗って馬車に併走する男が眠りこける男を見つけ口を開く。
「なあ? あれって行き倒れじゃないか?」
「みたいだな、どうする?」
「男か。......死んでれば荷物を頂こう。生きているなら殺しちまうか」
「そうするか」
男たちは馬を木に繋いで、忍び足で眠る男に近づいていく。
その手にはギラリと光る剣が握られていた。
男達が未だ眠る克治に近づくと、克治の左腕がすっと持ち上がる。
その動きに男達は身構えるが、克治は未だ寝息を立てている。
克治の左腕から闇が溢れ出す......。
「な!」
男達の一人が叫ぶ声が響くと同時に、二人は闇に襲われ身動きが出来なくなる。
そして、一人は炎に包まれ、もう一人は鋭い槍と化した右腕に貫かれた......。
馬車の所にいた残りの一人も闇に包まれ足掻いているが、克治の胸から放たれた光に頭を打ち抜かれて絶命した。
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血と何かが焦げる臭いに俺は鼻を刺激され目を覚ました。
目の前に広がる惨状を理解する間もなく、俺は吐いた。
ろくに食事も取っていなかったため胃液しかでないが、その惨状に目を向けると再び胃がせり上がってくる感覚を感じて胃液を吐き出す。
(なにがあったんだ?)
未だブスブスと焼ける死体と頭を貫かれた死体が二つ......。
馬車と木に繋がれた馬は、何かに怯えているようにも見える。
俺は恐る恐る馬車の扉を開けてみると、そこには手足を縛られて気絶しているのか、まったく動かない少女の姿があった。
白いドレスに身を包み金色の髪を腰のあたりまで伸ばした美しい少女。
(外人かな?)
よく見れば(見たくはないが)死んでいる男達も外人のように見えた。
少女の口に回された布を取り、手を当ててみると彼女の吐息を感じ、どうやら生きてはいるようだとホッと胸を撫で下ろした。
訳の分からない世界で最初に出会った人間が死体だらけというのも滅入る話だが、少女が生きているというのが多少の救いだった。
俺は慎重に少女の身体を揺すってみる。
「ん、んん」
少女はゆっくりと目を開く。
そして俺の顔を見ると、手足を縛られながら暴れながら意味の分からない言葉をキャアキャアと叫びだした。
俺は知識にある英語を振り絞って、何とか落ち着かせようと色々と話しかけてみるが一向に通じる気配がなかった。
「まいったな......」
俺は動かなくなって泣き出した少女を後に、馬車を離れて木の根本に置かれた荷物へと向かった。
地面に転がる死体が目に入る度に吐き気に襲われながら......。
****
「さあ、これでも飲んで」
俺は通じない日本語でそう言いながら、温かいココアが注がれたカップを金髪の少女に差し出す。
安心させる為に、俺も一口飲んでみる。
暫く考えるようにカップを見つめると、少女はそっと縛られた腕を差し出してカップを受け取った。
半分ほどココアを飲むと、一息ついて色々と話しかけてくるが言葉が通じないと分かったのか、肩を落として溜息をついていた。
彼女が少し落ち着いたようなので、俺は身振り手振りで暴れないように伝えてみる。
なんとか伝わったのか彼女は軽く頷いた。
彼女の手足を縛るロープを登山用のナイフで切ると、馬車の外へと連れ出した。
縛られていた影響か、それとも恐怖の為か、彼女は足を震わせながら俺の手を借りて馬車を降りた。
彼女は外の惨状を見ると顔を歪めた。
その表情には死体への嫌悪感の中に激しい怒りを感じる。
彼女は周囲の様子を暫く見ると、馬車の御者席から男の死体を引きずり下ろし、身振りで俺に死体を探るのを手伝うよう伝えてくる。
焼け焦げた死体は諦め、他の2体の死体から皮の鎧を剥ぎとり、持ち物を馬車へと積んでいく。
俺は吐きながら、彼女とそれを行っていく。
途中、彼女に情けないなという視線を向けられたが、俺は少女の逞しさに感心するしかなかった。
そして男達の死体を埋める為の穴を掘る。
彼女は馬車に積まれていたスコップで、俺は金属の右腕を大いに活用した。
彼女は俺の奇妙な両腕に時折視線を向けるが、なにも言うことはなかった。
まあ、何か言われても言葉が分からないのだが......。
日が昇り始め、空が段々と明るくなってきたころ、俺達は死体を地面に埋め終えた。
「ふぅ」
一息つく俺に少女は少し微笑み掛け、俺の額から流れる汗を拭った。
そして、身振りでココアを飲みたいと要求してくるのが分かった。
俺は少女に微笑み返してココアを入れる準備を始めた。
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馬2頭を馬車の後ろに繋ぐと、少女は御者席に座り手綱を握る。
そして、
「カツ!」
と言って手を差し出した。
一応『カツジ』と俺の名前を教えたのだが、『カツ』で定着してしまった。
彼女は『セリア』という名前らしい。
俺は彼女の手を取ろうと右手を出すが、金属の右手が目に入り俺は少し彼女の右手を掴むことに戸惑った。
彼女はそんな俺の右手を力強く握ると御者席に引き上げてくれた。
セリアは手綱を振るい馬を進ませる。
俺たちは長い夜を乗り越え、その場を離れた......。