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都落ち

作者: 高木直貴

 大富豪の都落ちというルールが昔から嫌いだ。努力や運が重なってようやく掴んだ幸せをたった一つのミスで失うことが子供ながらに納得できなかった。

 思えば子供時代には似たような理不尽が沢山あった。どんなに明るい性格でも眼鏡をかけてればガリ勉とバカにされ、それまでスポーツ万能な人気者であっても学校でうんこをしてる姿を見られれば次の日から「うんこマン」と呼ばれる。きっと不意に訪れた便意によって数多くの小学生男子が、そのあだ名によって未来を閉ざされたことだろう。

 サッカーの日本代表監督もそうだ。何だか黒い噂の付きまとう組織に極東の片田舎に呼ばれて、ヨーロッパ人に比べて体格も技術も劣る黄色い猿の軍団でワールドカップで優勝しろと無茶ぶりされる。そして結果を出せなきゃ即解雇。自分だったらやってらんない。自国でサッカー解説者とか武田とか前園みたいにバラエティタレントになって芸人にいじられた方がマシだと思う。まあ、日本人を黄色い猿と見下すのもいじられる方がマシって思うのも本人次第ではあるんだけど。


 一週間前に会社をやめた。上司と些細なことで口論になり「そんなに俺が嫌なら会社をやめろ!」と言われ、売り言葉に買い言葉というやつで「やめてやるよ!」と言ってしまった。深く反省して次の日謝りに行ったけど、その時にはもう席がなかった。

 自分で言うのもなんだけど、割と真面目に仕事をしてた方だと思う。何かと批判されがちな最近の若いもんなりに、会社のことを考えて仕事もしてた。口論の原因も作業の効率化の為に新しいソフトを導入するべきだって提案したことだった。

 上司とは元々そりが合わなかったし、やめた時はちょっとすっきりした。でもすぐに親に報告しなきゃいけないって気付いてめちゃくちゃ憂鬱になった。父親は厳しい人なので、色々言われるだろうなと思ってまず母親に相談した。

 うちだけかもしれないけど、母親というのは息子のことに鈍感なものだと思う。何を言っても「そっかそっか、大変だね」で済ませる。僕はこれを「おかんはわかってくれないの原則」と呼んでいる。

 思った通り「そっか、大変だね」と母親は言ってくれた。そして「あんたも色々言われるの嫌だろうけど、お父ちゃんには自分で報告しなよ」と言って電話を切った。

 それから五時間後、父親の仕事が終わる時間を見計らって電話をかけた。子供の頃に叱られた時のことを思い出して、ワンコールごとに憂鬱さが増していく。父親は電話に出るといつも通り「おう」と短い挨拶をした。僕は緊張しながらもなるべく簡潔に仕事をやめる経緯を話し始めた。

  話ながらも僕の頭には今までの経験から「せっかく雇ってくれた会社になんてことをしたんだ」とか「お前は昔から諦めが早過ぎる」と言う父親の姿が自然と頭に浮かんだ。こういう「おやじは子供を悪いと思い込むの原理」は子供の頃は不思議だったけど、今なら分かる気がする。人間は自分の知ってる物の肩を持ちたがるから、僕の父親にとって僕より会社の方が身近なので僕を叱ってたんだろう。

 でも、父親は僕を叱らなかった。今まで聞いたこともない穏やかな口調で「そういうこともある。お前には合わなかったんだろう」という今まで聞いたこともない言葉をかけてくれた。それを聞いた僕の胸を埋め尽くしたのは安堵ではなく悲しみ。

 僕の知らないところで、父親は着実に老いていたんだ。噂には聞いていたが親の老化を自覚することがこんなにも堪えるものだなんて知らなかった。僕は胸が締め付けられる様な思いで頭がいっぱいになり、何も言葉が出てこなくなって「仕事決まったらまた電話するから」という言葉を何とか絞り出すと、ショッキングな事実から逃げる様に電話を切った。

 それから両親とは頻繁にメールのやりとりをするようになった。内容は「頑張ってますか?」という当たり障りのないものから「荷物送りました」という連絡、それに「ちゃんと飯食ってるか?」という青山テルマのそばにいるねのアンサーソングみたいなものまで多岐にわたる。けど、両親のどちらも僕を急かす様なことは一度もメールして来ない。まあ、僕が聞かれてもいないのに転職活動も経過も報告しているというのもあるかもしれないけど。

 僕はたった一つのミスで会社をやめることにはなったけど、その替わり親との関係はかなり良くなった。都落ちみたいにたったひとつのことで全てを失わなかったのは、両親が僕の歩んできた過程を汲んでくれたからだろう。あれだけショックだった父親の老いも、加齢という要因によって徐々に失っていく積み木崩しではなくて、様々な過程を経た上で、激しさや無鉄砲さなんかと引き換えに穏やかさや寛容さなんかを手に入れたということなんだと思う。

何気なく受け入れてた都落ちっていうルールは、今まで絶対的な強者だったものをドン底に叩き落とすっていうドラマチックさがあって、ちょっと半沢直樹みたいですよね。

でも自分がされると凄く悔しいです。

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