美奈子ちゃんの憂鬱 心理テストはお好きですか?
桜井美奈子の日記より
お昼休みのことだ。
「心理テスト?」
「はい」
私に本のタイトルを読まれた瀬戸さんが頷いた。
「結構、面白いですよ?」
「ふぅん?」
少し、興味があったのでテストしてもらうことにした。
Q:あなたの一言で、彼を怒らせてしまいました。何を言ったのでしょうか。
1.バカ
2.セコ
3.ダサ
4.冷たい
「どれ言われても怒る気がするのは私だけ?」
「それはそうですけど……テストですから」
出題者の瀬戸さんも困った顔をする。別に瀬戸さんが作ったわけでもなし……。
「とりあえず、直感で答えるべきだそうです」
「そっか」
私は本当に直感で選んだ。
「1番」
選んだ理由は簡単だ。
あの水瀬君相手に、せこいとかダサいとか、冷たいというのは考えられない。
消去法を使うと、1番しかないんだ。
「えっと……?」
瀬戸さんが答えを教えてくれた。
「知的で、スマートな男性が理想だそうですよ?」
クスクスと、瀬戸さんが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「なら、瀬戸さんは?」
「内緒です。ちなみに、他の答えは」
2.セコ → 気前がいい人が理想。
3.ダサ →ルックス重視
4.冷たい→包容力重視の甘えん坊
「瀬戸さんは4番だね」
「どうしてわかるんです?」
「それ以外にないじゃない。それにしても」
私は少しだけ呆れた。
「それ、本当に心理テスト?」
「そうですよ?」
瀬戸さんが見せてくれたタイトルには、本当に心理テストナントカって書いてあった。
けど、こんなの、テストしなくても答えがわかっちゃう気がする。
「他には何かない?」
「えっと……?」
ペラ。
「うーん。確かに似たようなものばっかりで……」
不意に瀬戸さんの手が止まった。
何が書かれているのかは知らないけど、瀬戸さんの顔が真剣になった。
「どうしたの?」
「え?ううん。何でもないです!」
瀬戸さんはあわててそう言うと、本を閉じた。
「面白くないので、やめようかなって」
「ふぅん?じゃ、貸してもらっていい?」
「ダメです!」
瀬戸さん自身、想像もしなかったんだろう程の大声で断られた。
「ご……ごめんなさい」
あわてて口元を抑えた瀬戸さんが小声でわびた。
「ううん?いいけどさ」
「あ、そろそろお昼休みも終わりますね」
「まだ半分くらいあるよ?」
「私はもう終わりです」
瀬戸さんはそう言い残して教室から姿を消した。
とても慌てている。
それが、とても気になった。
だから、私は予防策をとることにした。
「水瀬君?」
放課後。
チャイムと同時に水瀬君の襟首を掴んだ瀬戸さんが教室から姿を消した。
まさに神速の動きだとか感心している場合じゃない。
私は水瀬君に仕掛けておいた発信器からの信号を受信するために携帯の電源を入れた。
場所は体育館倉庫。
……気に入らない生徒をシメる不良みたいな行動パターンだと思うけど、瀬戸さんだからしかたない。
いろんな意味で。
反応を追った私は、体育館倉庫の一番奥の部屋で水瀬君と瀬戸さんを見つけた。
普通、生徒が入れないように厳重に施錠された倉庫の奥。
ここまで来るドア全てのカギがこじ開けられ、南京錠やチェーンが引きちぎられていたのは、見なかったことにしたい。
半ば開いたドアの向こう。
パイプ椅子に縛り付けられた水瀬君と、対面する格好で椅子に座る瀬戸さんの姿があった。
「……あの、綾乃ちゃん?」
目の前で何が起きているのかわかっていない気の毒な水瀬君は、首を傾げていた。
「僕、何かした?」
「質問に答えてください」
瀬戸さんは、真剣を通り越してかなり怖い声で言った。
「それだけです」
「質問?」
「質問に答えること、息をすること、それ意外で口を開くことは許しません」
「質問じゃなくて尋問、の間違いな気が……はい。黙ります」
「質問1 次の色からイメージする人をあげてください。
1.青
2.赤
3.緑」
「えっと?」
水瀬君は少し考えてから言った。
「青がルシフェル、赤が瀬戸さん、緑が桜井さんかな?」
ガンッ!
水瀬君の真横、コンクリートの壁にめり込んだのは、投げ槍競技に使うあの槍だ。
どこをどう投げたのか、コンクリートの壁に半ばまでめり込んだヤリがビィィンって音を立てている。
「―――どうして」
真っ青になる水瀬君の前で、瀬戸さんが地獄の底からだって聞こえないだろうって位、怖い声で言った。
「どうして桜井さんが緑で、私が赤なんですか!?」
「へっ?あ、あの……?」
「私が緑で、桜井さんが赤です!」
瀬戸さんは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「赤は血の色!血にまみれて死ぬ者にこそふさわしい!アカは共産主義者、不穏分子の隠語でもあるんですよ!?」
人をなんだと思ってるんだろ。瀬戸さんは……。
「そんな色は桜井さんにこそふさわしいんです!」
そこまで言う?
「いいですね!?」
「は……はい」
水瀬君は真っ青になって何度も頷いた。
「もうっ……次です」
何でですっ!
どうしてですかっ!?
ドスッ
ドカッ
ビィィンっ
瀬戸さんの罵声と壁に槍や体育用具が突き刺さる音が室内に響き渡る。
恐怖のあまりだろう、水瀬君が何度も失神したのが当たり前に思えてならない。
「いいですか!?」
ついに本を破り捨てた瀬戸さんが怒鳴った。
「恋愛における心理テストとは、恋人に対する忠誠心のテストなのです!」
それは違うと思う。
絶対、何かが違う。
「今日、悠理君の妻に対する忠誠心をテストしましたが、あまりにヒドすぎますっ!」
瀬戸さんは泣きそうな顔で水瀬君を罵る。
「グスッ……悠理君は薄情です!軽薄で、妻に対する愛情を持っていないことがあきらかになりました!」
「そ、そんなことないよぉ……」
対する水瀬君は恐怖のあまり泣いているし。
「ぼ、僕はちゃんと……」
「信じられませんっ!」
瀬戸さんは水瀬君の声を遮って怒鳴った。
「わ、私!私は絶対、悠理君を私しか見えないように―――見えないように」
よっぽど、心理テストで悪い結果が出たんだろう。
瀬戸さんだって女の子だ。
好きな男の子相手の結果が悪ければ、気にもするだろう。
結果を見て、不安に思うんだろう。
ライバルとはいえ、少し可哀想といえば可哀想だ。
瀬戸さんは、涙をぬぐうと宣言した。
「私、悠理君を洗脳しますっ!」
―――は?
「悠理君が私だけを愛してくれて、桜井さんなんてゴミだっていうことに気づいてくれるように、あんな栄養を無駄にオッパイに回してるような、頭でっかちの小娘なんて、何の価値もないことに気づかせてあげます!」
……へえ?
言ってくれるじゃない。
アタマにもオッパイにも回さず、お腹に回してるクセに。
「悠理君!明日、脳外科の先生の所に行きますっ!脳神経少しいじってもらいましょう!」
「そ、それってロボトミー手術」
「それが一番手っ取り早いです!それとも、お父さん経由で、忍軍の拷問付きの洗脳のほうがいいですか!?」
「どっちも嫌ですぅ」
「私を愛さないんですか!?」
「そうは言ってないよぉ!」
「じゃあ聞きますっ!単刀直入に!返答次第では覚悟してくださいっ!」
どこにあったのか、今までで一番太い槍を取り出した瀬戸さんが言った。
「私と桜井さんと、どっちが好きなんですか!?」
……
瀬戸さんと私。
水瀬君はどっちを好きなのか。
その質問は、正直、予想していなかった。
だけど、これほど気になる質問を、私は知らない。
祈るような気持ちで、私は水瀬君の答えを待った。
「あ……あのね?」
困ったような
申し訳ないような
複雑な顔で、水瀬君は答えを言おうとしている。
体が震えるほどの緊張の中、私は耳に意識を集中するけど―――
「何をしている」
背後からかけられた声。
驚いて振り向くと、南雲先生と福井先生が立っていた。
「体育倉庫のカギが壊されていると聞いて来た。桜井、何をしている?」
「あ……あの」
「ん?中か」
ドアの向こうをのぞき込んだ福井先生が怒鳴った。
「水瀬、瀬戸!何をしている!」
結局、瀬戸さんは福井先生に散々絞られ、最後にはお母さんが学校に呼びつけられたと聞いた。
私と水瀬君が無罪放免で生徒指導室から出されたのは当然。
帰りに駅前の書店に立ち寄る。
「あ、あった」
心理関係の棚にあったのは、瀬戸さんが読んでいたあの本。
帰ってから読む。
瀬戸さんが水瀬君に質問していた項目はすぐに見つかった。
最初の質問。
あの色の問いかけは、青が友達。赤が嫌いな異性、緑が好きな異性。となるらしい。
根拠は全くわからない。
他にも、覚えている限り、瀬戸さんと私の名前が出た所を調べてみる。
そして私は、夜通し、その結果を見直し続けた。
何度も
何度も
翌日
「どうしたの?美奈子ちゃん」
「えっ?」
「顔がにやけきっている」
「そうかな?」
「にゃあ?水瀬君に告白されたとか?」
「ち、違うけど」
「そう?」
「そうよ―――多分」
そう。
直接、告白されたわけじゃない。
だけど、心理テストの結果は、告白より意味のある答えを私に教えてくれた。
心理テストの結果。
私は水瀬君の心の中で、瀬戸さんより圧倒的に優位に立っている。
結果は、そう、告げていた。
それが、何より嬉しい。
「にゃあ……綾乃ちゃんがお母さんの実家に送られたそうだよ?」
「へ?」
「神社で、かなり厳しい修行を受けさせられるって泣いて電話してきたもん」
「そうなんだ」
お気の毒だとは思う。
あれだけ悪口言われても、そうとしか思わないのは、それだけ私の心に余裕があるからだ。
本当に晴れ晴れとした気分の中。
教室に入ってきた水瀬君に、私は元気よく挨拶出来た。
「おはよう!水瀬君!」