第九話 図鑑スキル
と、投稿できていなかった。
おかしいな~。
翌朝。
いつもどおりに目を覚ました俺は、朝と昼の鍛錬を終え、昼食を食べ終わった後、昨日調べようと思っていた『図鑑』の検証を行おうと森へ向かったのだが……。
「今は森への進入は禁止だぜ」
「あっ、そういえばそうでしたね」
森の前で止められてしまった。
まぁ、今日やらなくてはいけないという物でもないし、後にしよう。
とはいえ、実際どんな風に出てくるのかも気になるなぁ。
一度開くだけ開いてみようか。
そう思い、開いてみるのだが……。
『登録されているデータはありません』
う~ん、やっぱり手に入れるよりも前に出会ったやつらについては出てこないみたいだな。
残念。
というわけで、一度家にでも戻ろうかなと家のほうへと向かった。
その直後。
「総員、注意しろ!
北側から猪が攻めてくるぞ!!」
俺から見て右手の方角から怒声が聞こえる。
現在俺がいるのは村の東側なので北側までは少し距離があるが、運よく弓矢も持っていることだし、手助けに行くことにしよう。
ついでに図鑑の機能が見れるかもしれないしな。
こうして俺は駆け足で北側へと向かっていくのであった。
「ブヒー!!!」
そんな泣き声と共に猪が近くにあった小屋に突っ込んでいく。
にしてもでかい。
車よりも一回りくらいでかい。
猪の侵入にあわせて、その付近にいた人たちは避難しており、この場にいるのは戦闘の経験のある屈強な男たちだけだ。
あぁ、勿論俺は除くんだけどな。
今の俺を屈強な男と表現してしまうと、他のみんなはゴリラとしか表現できなくなってしまう。
「俺ももう少し大きくなったら筋力が上がるのかね~」
ぷにぷにしている俺の腕を触りつつ、そう呟く。
そろそろ筋肉をつけてもいいかな~とは思うのだが、やりすぎて背が伸びなくなるのは本当に困るのでまだ我慢だ。
それ相応に筋肉はついているし、これで困ったことはないので別にいいだろう。
さて、どうして俺がこんなことを考えているのかというとだ。
いや、ぶっちゃけ怖いんだよね、あれ。
突進されたら高確率で即死なわけだし、そうでなくとも怪我を負うだろう。
若干足が震えている。
とはいえ、このまま何もしないというのはどうかと思うし、前線では必死で猪との戦闘が続けられているわけだ。
後方にいる俺がビビッてどうするんだ。
などと自分を叱責するも、やっぱり怖い物は怖く、手が若干震えているせいでうまく狙いも定まらない。
狼のときはそれほど恐怖を抱くことはなかったのだが、この猪はその大きさゆえか、とても怖い。
見た瞬間にこれはまずいっていうのが分かってしまう感じといえばいいだろうか。
大きさっていうのはそれだけで武器になるものだし、狼と違って倒せるビジョンが浮かばない。
と若干パニックになってしまったせいで、すっかり図鑑というものの存在を忘れてしまったいることに俺は気づいた。
数回深呼吸をした後で俺は図鑑を開いてみる。
すると、
・『山にいる魔物(一件)』new!
となっていた。
この図鑑からやつを倒すヒントが分かるかもしれない。
そう思った俺はすぐさま図鑑を開く。
_____
ウリ坊(黒)
脅威度★★★★★★
体長
最大:3.47m
最小:3.47m
重さ
最大:775.8kg
最小:775.8kg
非常に強固な外皮を持っており、下手な剣でははじかれるだけである。
表面に水属性の魔力をまとっているため、毛皮は火への耐性が強く、さすがに二千℃のマグマの中で生きるのは無理だが、ある程度までであれば耐えられる。
最速で五十キロ前後という速さで突進を行ってくるため、その体格とあいまって突進の威力は驚異的な威力をほこる。
性格はどちらかといえば穏やかだが、一度興奮させてしまうと手がつけられないので注意が必要。
遠距離への攻撃手段は持っていないが、突進の速度は思う異常に速い為、距離が離れているからといって油断は禁物だ。
_____
あれ?
なんというか、絶望的なデータしか出てきていないのはなぜ?
弱点とかそういうのは殆ど書いてないし、って言うか、どうやってこのデータを集めたんだろうか。
生態とかそういうのも一切書いてないし、もしかしてこの子使えない子?
よくよく考えてみればこのスキルって『参照』スキルの派生だし、もしかしなくても使えない子なパターンなのかな?
重さとか体長とかがわかったりするのはとても便利だとは思うのだけど、どう考えても戦闘のときに役に立つようなデータではなさそうだ。
説明もいろいろと書いてくれてはいるけれど、対処法を教えてくれていない時点で、ねぇ。
ただ、こいつはとても重要な情報を一つ与えてくれている。
そう、名前だ。
『ウリ坊(黒)』
……。
嘘だろ。
なぁ、嘘だといってくれよ!
ウリ坊っていったら猪の赤ちゃんでイメージ的に気性が穏やかで可愛い感じのやつだろ。
そもそもサイズ的にこれが子どもサイズだとすると、大人サイズになった場合、かなりまずい気がする。
さて、どうする、俺?
そもそも、剣が通じないような相手に弓矢が聞くのかどうかも疑問だ。
ここは博打的な感じで魔法を打ち込むべきか?
運が避ければそれで倒せることもあるかもしれない。
但し、ダメージを与えた俺が狙われてしまう可能性を考えると正直に言ってとりたくはない戦法だ。
くっ、どうする、俺。
なにか考えないと。
そんなことを考えているうちに、前線では被害が拡大していき、すでに五人ほどが負傷している。
くそっ、考えている暇は残念ながらなさそうだ。
「ぐあっ」
あぁ、今もまた一人が猪に弾き飛ばされてしまった!
どうしよう、今迷わずに攻撃していれば被害を防げたかもしれないのに。
そんな後悔が俺の胸の中を渦巻く……。
いや、たらればをいってもしょうがない。
恐らくこの村の戦力ではこいつを倒すことはかなわない。
それならば、せめてこいつをこの村から引き離さなくては!
行くなら……、いや、ここは俺がやろう。
おそらく、森の中で一番視界がきいて、なおかつ動けるのは俺だ。
きっと大丈夫だ。
よし、いくぞ!!
今一度気合を入れなおし、俺は猪から一定の距離をとったまま回るような動きをしながら、魔法を放とうとしてふと考え直す。
よくよく考えてみれば、この弓を使えば、不安定な魔法なんて使わなくても大丈夫なんじゃないか?
属性の付与はこの弓でもできるはずだし、と。
その考えの下、俺は土属性の魔力を矢に宿して放つ。
距離はおよそ百メートル。
目標の大きさもあって難なく当てた俺はそのまま森のほうへと逃げ込む。
「おい、ウィル!?
何をするつもりだ!!」
父さんが叫ぶがこれは無視だ。
後ろを確認すると、思ったよりも効いた様でこちらを追いかけてくる。
さてさて、鬼ごっこの始まりだ!
こちらにしっかりと狙いを定めてくれるようにもう一発打ち込んでから、東方向の森の中に逃げ込むのであった。
障害物の多い森の中ではやつの突進の速さだって十分に活かせないだろうから、森の中であれば逃げ切れる余地はある。
そう考えた俺は間違っていなかったようで、やつは平野のときに比べ、突進の速度が遅くなっているように見える。
こちらも遅くなるとはいえ、やつのでかい図体が邪魔しているようでこちらに若干有利になっていると思う。
とはいえ、やつがこちらを見失ってしまっては俺の目標は達成されない。
近づかれすぎず、離れすぎずの関係を維持しながら、森の中を突き進んでいく。
後になって思ったのだが、この時に他の魔物が俺に襲い掛かるというようなことがあればチェックメイトであっただろう。
とはいえ、そのときの俺はそこまで頭が回っていなかったためとにかくやつから逃げることだけを念頭において逃走を続けていた。
やつも魔物とはいえ、ベースは猪。
であるならば、鼻が利くことは間違いないのだから、隠れるのは無駄だろう。
そもそも、こんな村の近くで逃げ切るわけには行かない。
こうして俺はどんどんと森の奥へと向かっていくのであった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
がさがさ、がさがさ。
二時間程度逃げ続けたであろうか、辺りは暗さを増し、俺の服ももうすでにボロボロになっていて、所々に亀裂が見られる。
肌のほうにも切り傷がかなり見受けられる。
正直言ってよくここまで体力が持ったなぁと思うし、やつもしつこすぎるだろとも思う。
森に入る前の二発しか攻撃を加えたりはしていないものの、未だに怒り狂っているようで、執拗に俺を追跡し続けてきた。
足を止めたら死ぬことがわかりきっている俺の体は、限界以上の力を発揮し続けてくれたようで、足を常に動かしてきてくれた。
がしかし、正直に言ってそろそろ限界だ。
今立ち止まれば、ひざが笑い出し、ろくに走れなくなってしまうだろう。
そろそろどうにかしなくてはいけない。
なにか手立てはないか、そう思い、俺は図鑑からなにか手がかりをつかめないかもう一度眺めてみる。
弱点を強いてあげるならば、遠距離攻撃の手段がないことだが、突進の速さで補っているようだし、無駄だ……、いや、待て。
なぜ俺は平面上で考えていたのであろうか、木に登ってしまえば、遠距離攻撃のできないあいつはこちらに対して、何もできないではないか!
そのことに気づいた俺は持っていたダガーを気に突き刺し、そこを起点にして一気に木の上へと上る。
何とか一番下の枝へとたどり着いた俺は、そこへとよじ登り、息を落ち着かせる。
がさがさ がさがさ
木の周りでウリ坊が俺を探しているのか、周りを回り、そして上を見上げた。
ちっ、見つかったか、まぁいい。
見つかったからといって、なにかをできるわけではないだろうさ。
木の周りをうろうろしているウリ坊に優越感を抱きつつ、俺は上からやつを眺める。
ふはははは、どうしたどうした!
かかってこいや!
そんなことを思いつつ、上からしばらく眺めていると、スタスタと猪は俺から離れていく。
「ふう、助かったか」
そんなことを口走った次の瞬間、猛スピードで突進をしてきたやつが木へとぶち当たる。
「おおう!」
とはいえ、木は人が思うより丈夫な物であり、しっかりとその突進に耐えてくれた。
これで無駄だと悟って、さっさとあきらめてくれればいいんだけどなぁ。
そんなことを思っていると木からバキバキといった不穏な音が聞こえてくる。
それと同時に俺の体が後ろ方向へと傾いていき、まずいと思った俺は反射的にジャンプし、受身を取るも、地面に叩きつけられたかなりの衝撃が俺を襲う。
「!?」
声にならない声が俺の口から漏れる。
あぁ、痛ぇなぁ、畜生。
もしかしたら骨までいっているのかもしれないな。
さっきまでがんばってくれていた俺の体はいうことを聞いてくれないようだし、おそらくは確実だろう。
全身の痛みに耐えながら、そんなことを考える。
今ので納得してどっか行ってくれればいいんだけどな。
そんな都合のいいことを考えるが現実はそうもいかない。
俺の眼の端にはやつがこちらに近づいてくる様子が映っていた。
はぁ、こうなったら死なばもろともといった感じでせめて相打ちを狙うかな。
そう考えた俺は必死に頭を動かして魔法を使おうとするのだが、全く集中できない。
無論、手に持っていた弓を打つ余裕などはない。
あぁ、これは無理だな。
たぶん村は大丈夫だろうけど、俺がやられちゃ意味ないのに。
ちょっと自分の力をやはりどこかで過信してしまったのかな。
徐々に閉じていく瞼を懸命に開けようとするが、その瞼を閉じてしまいたいという願望にあらがうことができない。
やつはまだ近づいてこないが、それも時間の問題であろう。
最後にそんなことを考ると、視界がどんどんと霧のようなものに覆われ始め、俺は意識を失うのであった。




