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テープカット

作者: 里緒

帰宅ラッシュで混雑した電車の中、席が空くのを通路に入って待つ。

車窓から見える景色はすっかりオレンジ色に染まっていて、今日が終わっていくことを告げている。


ふと視線を上げると、網棚の上に箱が置かれているのが見えた。

きれいな立方体のそれに、私以外誰も気づいていないようだった。


停車して、ちょうど目の前の席が空いたので、自分の荷物を取るふりをして、こっそり箱を鞄に入れた。



終点に近づくに連れて、空席が目立ってくる。

車内にいる人はどの人も魔法に掛けられたように眠りこけていて、

静かな車内に私しか生きていないような気になってしまう。


鞄からさっきの箱を取り出す。手のひらに載せてみるとずっしり重い。

そして、なんとも言い難い模様をしている。

それは、いつか見た海のようにも、近所のよく行く公園にも、昨日着ていたシャツにも見える。

どこかで見たような景色が、箱を見るたびにくるくると変わる。



留め金を外して開けてみると、小さな箱が入っている。

先ほどの箱よりやや小さいそれも、どこかで見たような色をしてずっしりと重い。

それを開けてみると、また同じような小さな箱が入っている。

その中にはまた箱が、その中には、その中には。マトリョーシカのように小さな箱がどんどんでてくる。



片手で包み込めるくらいになった箱を開けると、よく賞状などをいれる筒が入っていた。

筒を開けると同時に何かが開く音がしたが、すぐに電車の音にかき消されて分からなくなってしまう。


中には小さく折りたたまれた紙が入っていた。

開くとそこには「入学祝」とだけ書かれている。

誰かの入学祝いにつくられた玩具だったのだろうか。


少しがっかりしたが、もうすぐ駅に着くのでそろそろ片付けなくてはならない。

暇つぶしにはなったと開き直って、ひとつひとつ箱を元に戻していく。



すべての箱をまとめ、最初に開けた箱を開くと、底にはさみが入っていた。

さっきは見落としていたのだろうか、はさみは箱におさまるくらいの、ソーイングセットに入っているような小さなものだった。



はさみを取り出して、まとめた箱を入れなおそうとしたとき、肩の辺りに違和感を覚えた。


見ると、糸が一本出ている。


チョキンと糸を切ると、頭の中で音が響いて、全身がするすると、糸が解けるように緩んでいくのが分かった。


頭の先から鼻先、唇、胸を通って足先まで、体をつないでいた糸がほどけてゆっくりと下に落ちていく。


解けた糸の中からは私が出てくる。

まるで脱皮をしたように、先ほどの私と何の変わりもない状態で新しい私は糸に囲まれながら椅子に座っている。



足のほうに落ちて溜まった糸は、様々な色が交じり合って、いままで見てきたどの色にも見える。

さっき見た車窓のオレンジ、夏の日のカキ氷、昨日読んだ本の表紙、お母さんの手、学校の教室、いつか見た海、夢で見た空。

私が見てきたすべての色が糸になってそこに集まっている。


さっき糸を切った肩先を見ると、透き通ったきれいな透明の糸が出ている。

何色でもないそれは、光に照らされてかろうじて分かるくらいに目立たない。

また切ろうかとハサミを探したが、箱もはさみもどこかにとけてしまったように消えていた。





電車を降りると、すっかり暗くなった空に、きれいな青色の月が昇っている。


箱の中から取り出したはさみで脱皮した私。

私を包んでいた見覚えのある糸たちはおそらく箱と一緒にとけて消えてしまったのだろう。

私には糸くずひとつついていなかった。




街灯の光の中を、青い月を見上げながら歩いていく。

歩き出した私の肩先から出た糸が、きれいな青に染まったことに、私はまだ気づかない。



「テープカット」

20歳になった記念に書いたものでした。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

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